また、死ぬほど捏造設定があり、原作の隙間を縫うような部分がいくつも散見されますが、これは個人の好みでありそういった作風であるとご理解いただければと思います。個人的にはその隙間は想像の余地のままになってたらうれしいな!
また、当作品は恋愛小説です
版権キャラクターとの恋愛描写や性行為描写が苦手な方は回避をお勧めします
主人公が大怪我したり戦闘したり場合によっては修行するかもしれませんが誰がなんと言おうとこの作品は恋愛小説です。ご理解いただければと思います
カップリングは「吉良イヅル×オリジナルキャラ」になります。ハーレム等の予定はありません、悪しからずお願いします
「昼と夜と桜と」
桜を見にいかないか、と貴方が言った
それはいつものお泊まりの夜、お風呂上がりの縁側を照らす月の下で
「それは…お花見、というものですか?」
私が問いに対して何も考えずに返した言葉を聞いた貴方が少し驚いた顔をする
言われてみればもうすぐ暦は春だ。その手前である今はむしろ一層冷え込んでいるけど
「そうだけど…もしかしてお花見、したことないのかい?」
「えぇ、はい…」
また問いに対して素直に頷くと、貴方はなんとも「勿体無い」とでも言いたげな目で私を見た
「本当に一度もないのかい?」
「そうですね。住んでいる付近に桜の木もありませんでしたし、貴方に出会うまでは他人に興味もなくそういった集まりにも行かなかったので…まぁ、目のこともありますけど」
桜そのものを見たことがないわけじゃない。おじさんが山菜を卸しに行っていた旅館には植っていたし、霊術院にも植ってたような気はする。でも催し物として桜を見たことはないなぁ
「…」
私の回答に貴方は何故か少し黙ってしまった。何かおかしなことを言っただろうか…確かに俳句を嗜む貴方からするとどこまでも風流のない生活をしてきたわけだし、呆れられてしまったのかな…つらい
「…イヅルさん?」
「もっと早く言ってくれたらよかった」
「何を、ですか?」
「君は色のついた世界がどういうものなのかをわかっていない」
「…」
私は目をぱちくりする。色のついた世界というだけなら、もうたくさん見ているはずなのに、と
「桜ももう満開になる。来週には休暇をとって行こう」
「わ、わかりました…」
急なことに驚くけど、貴方がそう言うのならとても大切なことなんだろうとは思った
********
「…と、いうことがありまして」
正直気まずいなぁと思いながらこの間のことを相談しているのは松本副隊長相手にだ
上官にこんなこと相談するのおかしいってわかってるんだけど、悩んでるのが顔に出てしまったのか十番隊に書類を届けにきたら問い詰められてしまって今は引きずられるように居酒屋に連れ込まれている
そうは言っても目の話は言いづらい気がしたので言ってないけど。その場で証明できるわけじゃないし
「寂しい人生送ってるわねぇ…そりゃ吉良もため息つくわよ」
「言い返す言葉もないと言いますか…まぁそんなことで来週お花見に行くことになりまして、何を着て行くかと悩んでいたわけです」
「あんたそんなに服無いの?」
「昔、雛森副隊長に対抗して買ったものはいくつか…買ってから後悔したので着てないですけど。後は月大神と出かけた時の洋服とか…」
「着ればいいじゃない。似合うと思うわよ?」
松本副隊長は盃に注がれたお酒をのんびり飲みながら私の話を聞いているけど、お猪口じゃなくて盃なのはどうしてなんだろう…
「雛森副隊長と違って目つきが悪いので目立ってしまって…それこそ着物は試着室で着た時に気になりはしたんですけど悔しくて買ってしまったんです。大したものではないんですけど…」
クマは以前松本副隊長から教えてもらったやり方で隠すのは当然として、目つきだけはどうにもならないからなぁ…服も紬は普段着だから使いたくない。でも持ってる洒落着なんて本当に雛森副隊長に対抗して買った小紋とか御召くらいしかないし…身の丈にあった外出着くらい買っておくべきだった
「なら尚更着るべきじゃない?」
「えっと、それは…どのような意図でしょうか?」
「いつまでも雛森に苦手意識持ってても仕方ないじゃない。そういう時は荒療治だとしても克服するべきよ」
松本副隊長はそう言ってまた盃に口をつける。その様子を眺めながら、私としても一理あるかもしれないと思った
実際、いつまでも雛森副隊長に苦手意識を持ってるわけにもいかない。彼の方がどうのというより普通に人として失礼だ
雛森副隊長は昔香袋もくれたし会えば優しくしてくれるし、作り過ぎた煮物渡した時も美味しいって感想までくれたし…本当に非の打ち所がない…時折男の人が雛森副隊長に関して話してるの見かけるけど、家庭的な女性という価値観ならあの人がダントツで想像されると思う。それだけ雛森副隊長って素敵な方なんだよなぁ
それでいて見た目も愛らしくて綺麗だし、少し小柄で庇護欲をそそられるし、気立もよさそう…考えるの辛くなってきた
「そうですよね…普通に雛森副隊長に失礼ですし、頑張って着てみた方がいいような気がしてきました」
「そもそもあんた、雛森の何が苦手なのよ」
「生きてるだけで魅力的なところですかね…私の思う理想的な女性、みたいな感覚で見ている方なので」
嘘はついてない。付け加えるなら彼の方が雛森副隊長を好きだった、ってだけじゃなくて私じゃとても敵う魅力がないという話ではあるけど
「理想ねぇ…例えば?」
「一見気立のいい家庭的な女性に見えて芯のあって戦闘力も高く仕事ができるところです」
「あんた雛森のことよく知ってるわね…」
「この程度でしたら表面的ですぐ手に入るような情報ばかりだと思うのですが」
よく知ってる、なんてことはないと思うけどな。どれもこれも有名な話だし
「副隊長さんともなると評判は嫌でも流布されているものですから。端くれの席官ならいざ知らず、という話ですよ」
これは本当にそう。ましてや根も葉もない噂なんてごまんとあるしね…人気者も大変だよなぁ。端くれの目立たない席官には縁遠い話だよ
「まぁ、ですので…松本副隊長がそこまで言ってくださるのでしたら着物は着ようかと」
「いいじゃない。似合わなかったらそのとき買えばいいのよ」
「ありがとうございます」
なんて言いつつ、やっぱり気が引けるけど…やるだけやってみるか
********
…そう気合いを入れて当日に備えていたはずなのに、私は今何故か現世にいる
何故と訊かれれば勿論お花見の場所が現世になったからなんだけど、流石に現世で動きづらい格好をするのに憚られた私は洋服に袖を通した状態である街の駅に立っていた
とは言っても今着ているのは翠霞と買い物に行った時に買った雛森副隊長も行かれるというお店の商品で、膝下丈のスカートにブラウスと薄いジャケット、そしてとりあえず髪型を変えてみてはいる…けど
まぁ正直馬子にも衣装っていうか、この格好でもあんまり可愛いとか自分が変わっているような気はしない。勿論お化粧だって気合い入れてしたけど、クマが隠れるだけであんまり意味なかったり似合ってなかったらって思うと不安がすごいし
「…」
そしていろんなことが怖すぎて早起きしてしまって待ち合わせの三十分以上前から待ち合わせ場所につっ立ってる私はバカじゃないだろうか
確かにその辺の喫茶店でお茶の一杯でも飲んでればいいんだろうけど、彼の方のことなので絶対に十分前には集合場所に来る、と私は確信しているので不用意に動きたくない
「早くてあと二十分くらい…」
どうしよう、似合ってなかったら。髪も一応、服の雰囲気に合わせて下ろしてみたけど…普段一本にまとめてる以外はやらないから変な感じがする
髪飾りも、今は義骸に入ってるからいつものリボンである必要はないしと思って違うやつにしてきちゃったし、そもそも彼の方が遠くで私をみた時誰かわからなかったりして
「あの…」
「!」
募る不安に頭を悩ませていたら、視界の外から声をかけられた。反射的に振り向くと知らない男の人が困った様子でこちらに話しかけている
「えっと…なにか?」
とりあえず何用か、とは訊くよね。一応…
「すいません、道を尋ねたくて。反対口にある役所に行きたいんですが…」
「それは…ごめんなさい。私もこのあたりに住んでいるわけではないのでわからないです」
この辺りどころか現世に住んでないけど…
でも困ってるみたいだし申し訳ない気持ちはあるような
「あぁ、俺地図はあるんです。でも見方が良くないのか同じところをぐるぐると回ってしまって」
「はぁ…」
そう言って知らない人は懐から取り出した地図を広げる。でもどう見ても簡易的な地図だから、私から見ても土地に詳しくない人がわかるとも思えない
ていうか、地図見せられてもわからないのに食い下がれてるのなんでだろう
「ここが駅で…今南口ですよね?」
「そうですね」
「そこから…右、だと思うんですけど」
あ、この人地図回しながら見る人なのか、通りでわからないわけだ。
とは言えよく考えたら駅員さんに訊けばいいのに、この人はなんで私に訊いたんだろ
「すいません、お姉さん今時間あったりしますか?」
「ないです」
「えぇ、困ったな…全然地図が…わからないのでついてきてほしくて」
「人と待ち合わせをしているので、そういったことはできません。これ以上は駅員さんに話しかけた方がいいと思いますし」
何かおかしい気がする。見知らぬ他人についてきて欲しいなんて子供でも言わないと思うのに
「駅員の人は怖くて…あなたなら答えてくれると思って」
「はぁ…だとしてもついていくことはできません。必要な場所なら駅員さん程度に怯えないでください」
私は相手の目も見ずに言葉を返す。やっぱりおかしい、私はここまで表情筋の一つも動かしてない。それなのに駅員さんにビビるような人が私に怯えないなんて思えないもの
早くここから少し離れないと、彼の方にはとりあえず伝令神機で連絡を入れて…
「っ、いいから! すぐに終わりますから!」
「! いっ…」
しまった、思考に気を取られて視界の外まで意識を向けてなかった。戦闘状態でもない現世で神経を張り詰めててもしょうがないし、なんて考えてたのが仇になってる
無理矢理掴まれた腕が痛い。とりあえず振り解いて…
「っ!」
思い切り力を入れて振り払ったつもりなのに相手の手が振り解けないなんて、そう思ってからはっとした
そうだ、義骸の能力は一般的な人間程度しかない。つまり今の私じゃ相手が男である以上勝てるとは限らない…どうしよう、柔術でも使うか?
でもそれだと騒ぎになるか…彼の方を困らせたくない、困ったな
「やめてください。警察を呼びますよ」
「困ります! あなただけが俺は頼りで…」
「知りません。貴方の肝の小ささをこちらが助かる理由なんて…」
「いいから! すぐ終わるんだからいいだろ!」
相手が突然叫んで少し気圧された。やばいな、この人頭おかしい人としか思えない
でもこのままだと無理矢理連れていかれる。現に今も相手は私の体を引っ張ってきて連れていかれそう
どうする…ここなら人も多いし、騒ぎにはしたくなかったけどとりあえず叫べば…
「すいません、彼女が困っているのでやめてもらえませんか」
「!」
当然聞き覚えしかない声がして顔が上がる。するとやっぱり貴方がいて少し驚いた。そしてやっぱり予想が当たったような気もする
「なんですかあなた、俺は彼女に道を訊いて…」
「もう訊いてないじゃないですか、腕離して」
「アンタは少し黙っててろよ! こっちはいだだだだだだだっ!?」
こっちの言葉に対して急に相手が叫ぶから反射的に少し体が跳ねた。そこからそろりと目を開けると、いつもと違って強く怒っているような貴方が見える。そして私の腕を掴んでいた相手は腕を無理矢理背中に回されて痛みに顔を歪めていた
そのせいか掴まれていた腕が解放されたけど、少し痛いな…まずい
「これ以上粘るのはやめた方がいい。解放されたいならね」
「ぐっ…わかった、わかったから…」
肩の関節から無理に捻じ曲げられそうになっている痛みに耐えかねたのか、相手は降参したような言葉を述べる。それから貴方が相手を解放するとそそくさと相手は去っていく
何がしたかったのか知らないけど、少なくても頭がおかしい人だったな…義骸に入ってなかったらねじ伏せてたのに、こういう時に義骸は不便だ
「大丈夫かい?」
「えっと…腕は少し痛いですけど、大丈夫です。お手数をおかけして申し訳ありません」
貴方の優しい声が聞こえる。心配してくれてるのか、少しだけ声音が揺れていて嬉しくなってしまった。いけないいけない…迷惑をかけてしまったのに
それにしても嘘をつけないってこういう時本当に不便だ。心配をかけさせたくないのに「なんでもないです」って言えないから
「少し冷やそう。冷たい飲み物程度の冷たさでも変わるから」
「いえ…これ以上ご迷惑をおかけするわけには」
「迷惑なわけないだろ。むしろ遅かったくらいだ、申し訳なかった」
「そんな! 貴方は助けてくださったわけですから…」
貴方が気にすることじゃないのに、と言いかけて言葉が止まった。何故って、貴方が急に掴まれていた方の腕を持ち上げたから驚いて
それから貴方は「ごめん、皺になるかもしれない」と言いながら私の着ているジャケットの袖をまくってさっき掴まれた場所を見始めた
「結構強く掴まれているじゃないか…すぐに冷やそう。あぁでも、一緒に来て」
「そんな、貴方が心配なさるほどでは…」
「駄目だ。こういった掴まれた場所は後であざになりかねない。すぐに行こう」
「え、あ、ごめんなさい…」
あぁ、申し訳ないな。さっきの人だって上手くいなせたかもしれないのにいつもの調子で冷たくしてたら食い下がれて…そのせいで少し動揺したし
心配かけるなんて駄目なのに
「謝ることじゃない。でも一緒に来てほしい、心配だから」
「心配…?」
「また君が変な輩に声をかけられるのは心配だ」
「!」
え、そん…心配ってそういう?
嬉しくて顔から火噴きそうだ…
「えっと…とりあえずそこの売店でいいか。飲み物以外で代わりになるようなものがあるといいけど」
そう言って貴方はまるで当たり前みたいに私の手を引いて歩き出す。どうしよう手に変な汗かいたりしてないよね? 嬉しさと緊張で腕の痛みなんか飛んでっちゃったよ!?
頭はその思考でいっぱいで、この後売店に着くまでの記憶がない
***
「わぁ…これはすごいですね」
待ち合わせこそ少しアクシデントがあったけど、その後は貴方が買ってくれたアイスで少し腕を冷やしてから予定通りに移動した
腕を冷やしていたアイスが便利で、栄養ゼリーみたいな容器に入ってるから保冷剤みたいに使えてその後で食べて処理できるという…現世には凄いものがあるなぁ
なんて思いつつ、私は今日どこにいくのが知らないので貴方の行く道についていくと何やら大きな公園にたどり着く
そして、たどり着いた先で目に入った光景が私にとってあまりにも美しかった
公園に入って最初は少しだけタイルの広場みたいなものが広がっていて、その奥は土でできた歩道と整えられた木々が植っている。そして歩道の右側には連なるようにたくさんの桜が咲いていた
「桜の下まで行こう。並木の隣は湖になっているから、きっと綺麗だ」
「はい!」
二人で歩き出して歩道にまで出る。すると歩道はなにか…歩きやすいように少し滑り止めのような加工がされているのに気づいた。その傍にある看板に目を向けると"ウォーキングコース"と書かれていて、なるほど歩くための道なのかとすぐに気づく
そして上を見上げれば、空へ広がるように枝を伸ばした桜が満開の花を咲かせている。散っていく花びらは風に乗ってふわりふわりと宙を舞い、そして地面へ落ちていく。快晴の青空と相まって言葉にならないほどその景色は美しい
ずっと、ずっと目に光が差し込んでいるみたいに思える。今までと見えてる光は変わらないはずなのに
「気に入ったみたいだね」
「なんか…上手く言えないですけど凄いです。綺麗な景色ってこんなにも鮮やかなんですね」
そう言いながら、なんとなく瞳を緑色にした時を思い出した。あの頃はどんな景色もこれだけ綺麗に見れていたような気がする
「言っただろ? "君は色のついた世界を知らない"って。本当に色のついた世界は、いつだって季節に寄り添い彩に溢れているんだ」
語りかけてくれながら桜を眺めて私の隣を歩く貴方は、ラフに前開きのパーカーとシャツに細身で生地の柔らかそうなパンツ、それにスニーカーでコーディネートしていた。私はそれを少し意外に思いつつ、でも似合ってるから全然最高
なんで意外かと訊かれれば、パンツは同じでも上は柔らかいシャツにカーディガンとかそんな感じでくるのかなぁと思っていただけ。でもこの親しみやすい感じも好き。なんでも似合うのは体型が細いからなのかなぁ
「色のついた世界…」
今までやっと人と同じように見えるようになった景色が、色のついた世界だと思っていたのに。きっと貴方が言いたいのは"それだけではない"ということなんだろう
でも目の前の光景を見ているとそれがなんとなくわかるような気がする。確かに私は貴方と出会うまで世界の色にまで目を向けていなかったし、貴方に出会うまで他人なんて気にならなかった
貴方といると、少しずつ世界の輪郭がはっきりとしてくるように思える。きっとそれは素晴らしいことで、喜ばしいこと
「せっかく来たんだからすこし歩こう。湖と桜の合わさった景色はきっと安らぐから」
「はい、イヅルさん」
湖をぐるっと一周するように続いているように見えるウォーキングコースというものに沿って、二人で歩き出す
一歩踏み出すたびに見える桜の花びらが舞う景色が本当に綺麗で、まるで違う世界の景色を見ているように思えた
「綺麗ですね…現世ってこんなに綺麗なんですね」
「それは場所にもよると思うけど…少なくともここは美しいと僕も思うよ」
そしてこの景色の中で貴方の隣を私は歩いていて、貴方とこうして会話をしてる…夢でも見ているみたい
あぁ、幸せだな…
私ばっかり幸せで、それはすごく申し訳ないけど。貴方に何かできることはないだろうか
「このあとどうしますか? 約束通りお弁当は用意しましたけど…」
「ここを一周回ったら食べようか。それから先は休みながら決めよう」
「わかりました」
こうして歩いていると、貴方の手につい意識が行ってしまう。繋げたらいいのにな、とか思うのに言えない自分が憎い
でもしたいなら、勇気出さないと。根性だ根性
「…あの」
「どうかした?」
「運動するために来ているわけではないので…手とか、繋げたらなと」
「!」
「お嫌でしたら.諦めるのですが」
はっずかしいなこれ…慣れそうな気がしない。道端で堂々と腕組んで歩いてる人たちってどうなってるの!?
「えっ」
そんなことを考えていたら、自分の手に少し冷たい手が触れる。驚いて見上げると、貴方も顔が赤いし視線も合わない
「驚かないでくれないか…君が言い出したんだから」
「ご、ごめんなさい。嬉しくて」
「なら、いいけど…」
あー、やばい。嬉しすぎて言葉とか出ない
夜伽をしないわけじゃないのに、こういうことが恥ずかしいのは何でなんだろう。嬉しいから何でもいいけど、でも恥ずかしいし嬉しいしどうにかなりそう
ここから先桜を楽しむとかできるかな…
「大丈夫」
「?」
「ゆっくり歩こう」
「…!」
もしかして考えてたことがバレていたんだろうか…でもその言葉はとても温かくて、それがすごく嬉しい
「はい」
そう言って私はできうる限りの感情で笑った。そして貴方は、それにすこしだけ笑い返してくれる
***
「ほわいとさくらふらぺちーの…?」
私は目の前の看板を睨みながらよくわからない商品名を呟く
公園をぐるりと一周した私たちは、桜を楽しみながら広い芝の広場に設置された長椅子でお弁当を食べた。その長椅子は同じ素材の机を挟むように置かれていて、おかげでお弁当が広げやすくとても助かったなぁと思い出す
お弁当の中身なんて大したものじゃなくて、おにぎりに豚の生姜焼きと卵焼き、それからインゲンの胡麻和えとか添えただけの簡素なやつだけど貴方が喜んでくれて嬉しかった
そして今、公園の付近に建てられている大きな商業施設に私たちは来ている
貴方が誘ってくれたので試しに来てみたはいいけど、とても賑やかでこれはこれでびっくりした
そしてその入り口付近でいろんな人が似たような容器の飲み物を飲んでいたので、その容器についていた印を元にお店を見つけて看板を睨む…というのが今
「うーん…」
「どうしたんだい?」
「この商品、桜ってあたりが気になるんですけど…お店に入るか悩んでいます」
「無理することはないと思うけど」
なんて言う貴方はやたらとそわそわしているように見える。こういうところ慣れてないんだろうな…そんな気はしてたけど無理に誘ってくれたりとかだったりして。そしたら申し訳ないけど、私がここで悩んでたら余計に気疲れさせちゃうよね
「よし、買ってきます」
「え!?」
「待ってていただいても大丈夫ですよ。イヅルさんにも気になるものがあるなら買ってきます」
「いや、僕は…」
「そうですか? ならそこの長椅子に座ってるといいかもしれないです」
私の提案に貴方が賛成すると、一度解散となった。なのでそのまま店内に入っていく
結構並んでるなと思ったけど、進みは早いのかすぐに私の番が来た。なので会計台に置かれた品目の中から飲みたいやつを見つけて指差す
「これください」
「サイズがお選びになれます〜」
「真ん中ので」
「かしこまりました〜。他にご注文はございますか?」
「あぁ、なら…」
***
「ただいま戻りました」
広い通路に置かれた長椅子に座る貴方に声をかける。貴方は伝令神機を何やら操作していたので仕事かな…と勝手に思った
「おかえり。目的のものは買えたかい?」
「はい。隣に座ってもいいでしょうか?」
「構わないよ、それに許可なんて取る必要もない」
「あ、ありがとうございます…」
許可取らなくていいんだ…とすこし照れる。私は何も言わなくても貴方の隣に座っていいんだ、嬉しい
「では失礼して…これ、飲みますか?」
「え?」
「一人で飲むのすこし寂しくて、イヅルさんの分も買ってしまったんです。甘いものはお得意でないとわかっていたのでその点は留意して選んだつもりなのですが」
「…」
あ、やばいミスったかな…いらないかもしれないのにわがままで買ってしまったから押しつけになってるかも
「あ、要らないなら私が…」
「いや、貰うよ」
「いいんですか?」
「僕も慣れない場所ですこし疲れたから。ありがとう」
「…!」
そう言って貴方はすこし微笑んで、それから飲み物を受け取ってくれた。でも炭酸飲料って飲むんだろうか…檸檬って書いてあったからスッキリしてそうだなと思って買ったけど
「ん…美味しいねこれ」
「よかった、炭酸飲料飲めるか確認しないで買ってしまったので」
「これでも子供の頃はラムネとか飲んだよ」
「私は飲めないわけじゃないんですけど、すこし苦手なので失敗したかと…ほっとしました」
本気で安心した。炭酸って苦手かどうか人によるから…実際私はがぶ飲みできないので買ってからしまったと思って割と焦ったし
「檸檬が強いのか結構酸っぱくていい。甘すぎないけどすこし蜂蜜の印象があるのも美味しいと思う」
「確かに美味しそうですね」
何だっけな、なんかおすすめされてたやつで別の品目扱いになってたのかチラシになってたやつで…れもねーどすかっしゅ、とか書いてあった気がする
でも今思うと檸檬って初夏から夏ってイメージなんだけどどうして春に推してるんだろうか
「一口飲むかい?」
「ふぁっ!?」
完全に不意打ちだった一言に変な声出た。ひとくち? まってそれって、
「い、いいんでしょうか…それは…」
突然挙動不審になる私。そして貴方もまた私を見て何かに気付いたのか一瞬"しまった"と言いたげな顔をしてから頬を赤くしてよそを向いてしまう
「あ、いやその…ごめん。不用意なことを言った」
「いえ…お気になさらないでください…」
そして私も間接キスという貴重な体験を逃したことに今気づいた。馬鹿…
「でもまぁ、美味しいのは本当だから」
「よかったです…」
「君は飲まなくていいのかい? 自分の買った分」
「あっ!」
やばいすっかり忘れてた。っていうか気づいたら指先めちゃくちゃ冷たい…そんなに冷たい飲み物だったのか、ぬるくなる前に飲みたいな
「い、いただきます…」
吸い口からしっかり吸い上げるイメージで一口
「あ、美味しい」
一口でわかる美味しさというか。確かに桜餅に使ってる塩漬けの葉っぱの香りのようなものがふんわりするけど、基本的には牛乳なのかな、そんな感じの柔らかいものが基礎になってる飲み物だからクセがない
それでいて本当に小さい小さい氷が液体と同化するように入っていて、その氷が冷たくてスッキリするし牛乳の少し重い脂肪感みたいなものをさっぱりさせてくれる
本当に美味しいなこれ…
「美味しいならよかった」
「なんか、牛乳寒天に桜の花びらの塩漬けが散らされてるものを食べているような感覚になります」
「なんだいその…伝わるような伝わらないような感想は」
「うーん語彙が多い方ではないので…申し訳ないです」
伝わらないとなるとなんて言ったらいいんだろうな…私は使える語彙が多くないし
「それこそ一口飲みますか? さっきと立場が逆で申し訳ないですが」
「え」
「あ…お嫌でしたらご無理なさらず…」
こういうのって抵抗感ある人いるし、私は少なくとも貴方以外とやるのは死んでも嫌なので断られたらそれはもうしかたない
なんて考えていたら、貴方が一つ咳払いをした。何だろうと見ていると少し赤い顔した貴方が少し俯き気味で呟く
「んんっ…その、君がいいなら…」
「ふぁ」
「なんだい…言い始めたのは君だろ」
「ごめんなさい嬉しくて変な声出ました」
「…」
あぁ、貴方が顔を赤くしつつも若干呆れたような目でこっちを見てる。美しい
しかし確かに言い出したのは私なので、静かに吸い口を差し出すとおず…と貴方がそこに口をつける
「ん…少し飲みづら…」
「強めに吸ってください…かき氷みたいな飲み物なので…」
「そう…」
あー…やばいなこれ…
そう思わざるを得ない光景が目の前で広がっている
差し出されている吸い口に対して貴方が必然的に屈む高さに私の手があるので、貴方の顔が長い前髪で少し翳ってしまう
それゆえに、下を向いているゆえに…なにかいけないことをしている気持ちになる
何だろうこの…本能を煽られる耽美さは。こういうのは現世だとなんて言うんだっけ…
「あ、本当だ。甘いけど飲みやすい気がする」
「えっあっ、そうですよね! 美味しいですよね!」
「何かあったかい? 急に慌てて」
「いえ、その…ごめんなさいうまく言えなくて…」
嘘じゃない。本当にあの何とも言えない美しさを表現できないから
そう…現世で言う"えっち"ってやつだと思う。耽美だけど、それゆえに本能に直接訴えてくる感じ
ここが人目につくところじゃなかったら危なかったかも…絶対キスしてた…
「…?」
「私にはこの感情を説明できないので…忘れて…」
お願いだからせめて今は忘れて…うまく言葉にできないくらいえっちだった…
「あぁ、そうだ」
「はい?」
「今度こそこっちも飲んでみるかい? もう今更だし」
「あ、貴方がいいのでしたら…」
「構わない」
まさかの奇跡にとりあえず内心で深呼吸する。私生きてるよね?
貴方と間接、きす…。いや確かにさっきしたようなものだけど貴方が口をつけた飲み物に私なんかが口をつけていいの…?
「で、では失礼して…」
差し出された吸い口に対して挙動不審全開で近づいていく私。緊張でやばい汗かいてる気がする、どうしよう
それでもせっかくの機会を絶対に逃したくない。なので必死で平静を装い目の前の吸い口に口をつける
「ん…」
吸い口から液体を口に含むと、炭酸特有の刺激が下に広がって同時に液体に含まれる味わいや香りが弾けた
確かに口の中に爽やかで酸味の強い檸檬の香りが広がる。でも檸檬特有の苦味はなくて飲みやすいし、貴方が言っていた通りすこし蜂蜜のような香りと控えめな甘さを感じた
「美味しい…さっぱりしますね」
「あぁ、うん…」
「如何しましたか?」
「いや、気にしないで…」
「?」
私がさっきの貴方と同じ行動をしたので…貴方も何か感じるところがあったんだろうか。でも私と違って下世話なこと考える人じゃないし…
うーん、考えてもわかんないからいっか
「それにしても君っていつも度胸があると思うよ」
「そうでしょうか?」
どっちかっていうとただがさつなだけなような
「あぁいった洒落た店に堂々と入っていけるのは感心する」
「まぁ…わかんなくてもあぁいうのって『これください』って品目指差せば伝わりますから」
気にしても無駄というか。まぁ注文して間違えたらその時はしょうがないね、って思える人じゃないと使える手段じゃないけど
「僕にはすぐできそうにない。どうにも緊張してしまって。この店は松本さんが以前呪文みたいなことを店員に言ってたから…苦手意識あるし」
「無理しなくていいと思いますが…」
別に入らないと死ぬわけじゃないしね…
でも確かにいたな、隣の会計の人の注文すごい長かったし何言ってるかわかんなかったから、貴方が言いたいのは多分そのことだと思う
「喫茶店に入ることそのものはできるんだけど、あぁいった注文の特殊な店はまだ、少し」
そう言って貴方は少し視線を逸らす。それを見て私はやっぱり、できないからと言って死ぬわけじゃないしなぁと思いつつ貴方を見つめる
「でも言われてみるとよくわからない言葉ばっかり書いてありましたね、あの店の能書き」
トールとかショートとか…はわからなくもない。多分大きさだから
でもエスプレッソ? とかはわかんないし、ミルクは確か牛乳のことだったような…現世のカタカナ語は本当に曖昧な記憶しかない
「そういうお店だからね…さっき言った通り松本さんとかなら詳しいんだけど」
「あー…確かに詳しそうですね」
松本副隊長ってなにかと現世で買い物してるらしいし、あんまり不思議じゃないなぁ
そういえば私にお化粧教えてくれたのは松本副隊長だし…お土産でも買って帰ろうか、と考えながら飲み物の最後の一口を飲み込む。うん、美味しかった
「あぁ、飲み切ったんだね」
「? はい」
「じゃあ容器貸して、捨ててくるから」
「えっ、いやいいですよ。私がやります」
「飲み物を買ってきてもらったのにそれはよくない。ここにいて」
「あっ…」
私がやるって言ったのに、貴方は私が持っていた容器を手品みたいに持ち去るとそのままさっきのお店に流れるように入ってゴミ箱に向かってしまった
さっき入れないって言ってなかっけ? 注文がなければいいとかなのかなぁ…
***
「…ここですか?」
「うん」
あー…どうしようこれは
困ったな、ここは私が好きな部類の服のお店だ。動きやすくて女の子らしさとかあんまりなくて、靴も今履いてるみたいな硬い靴じゃなくてそれこそ前欲しいなって思ってたスニーカーとかランニングシューズとかそういうのが似合うやつ…
なんで私の好み知ってるんだろう、いや試されてるのか?
確かに翠霞に服を買ってもらった時、少し興味が湧いてあれこれ調べたけどスカートも好きだけどパンツスタイルの方が好きだし、なんならジーンズとかTシャツとかパーカーとかばっかり覚えてなんかいけない気がして本を閉じたわけで…
女の子らしい格好も好きだけど、動きやすい方が好きっていうか…でも貴方の好みには合わせたくて…
でも、なんで貴方が私をこの店に連れてきた理由がわからない
「君はこういった店の方が好きだろ?」
「なんっ…なんで、そう思うんですか?」
嘘つきたいわけじゃないし、とりあえず失礼だけど質問で返してお茶を濁す
「今日の服はよく似合ってるけど、無理しているのも見ていればわかる」
「似合っ…! あ、ありがとうございます。でも無理してるわけじゃ…」
無理まではしてない。ただ貴方の好きな形でいたいから、少し背伸びしたかっただけ
でも似合ってるなんてそんなさらっと言わなくても…て、照れる…
「君が雛森君みたいに在ろうとしてるのだろうというのは、誰が見てもわかるよ。でも君は彼女にはなれないし、君は彼女になりたくないのだろう?」
「! それは…違いますよ。私は雛森副隊長になりたいのではなくて、貴方の好みの服とか着たいだけで…」
雛森副隊長が好きなら、あの人に似合うのはこういう服だよなとは思うけど。背伸びしたいのも本当だし、ちょっと複雑
「知ってる。君のことだからそう言うだろうって」
「ならどうして…」
「僕の好みが知られているなら、君の好みはこっちだろうと思って」
「え」
いつバレたんだ?
私そう思われるようなこと一言も言ってないような…
「君と雛森君だと天地の様に正反対だからね」
「…」
言ってることは間違ってないけどなんか馬鹿にされた気がするのはなんでだろう
「だから…君は君でいて欲しい」
「!」
「僕は理想を手にしたくて君の手を取ったわけじゃない」
「それは…」
確かにそうだと思いたいけど、貴方の好みではいたいわけで…でもそう言ってくれるの本当に嬉しくて…どうしたらいいんだ
「そんなに悩むことかい?」
「悩みますよ…似合ってるって、言ってくださいましたし」
「うん。普段纏めてる髪が降りてるところを外で見ることはないから新鮮だ」
「あ、ありがとうございます…」
はわ…髪留め変えてよかった…嬉しい…
ていうか服褒められるってこんなに嬉しいんだ。ううん、ますます貴方の好みを身につけていたいような
「それでも君は君だから、君の好きなものをもっと見たいと思う」
「…っ!」
また殺し文句みたいなことを言って!
なんかいいかなって思ってきちゃうじゃん!
絶対、絶対貴方の好きな女の子になんてなれないのに…
「こういった服はどうしても露出が増えますし、女の子らしくはならないですし…」
「ならとりあえず見せて。それから決めよう」
「え」
「ほら、もたもたしない」
「えぇ」
***
「き、着てみましたけど…」
おず…と一言、試着室の内側から外に向かって
カーテン開けるの怖いなぁと思いながらとりあえず言うだけ言ってみる。でも怖いから本音としては開けたくない
「開けていいかい?」
「…素直に感想を言ってくださるなら」
「約束するよ」
震える手でカーテンを開ける。半分くらいヤケだけどもう仕方ないよね!
「…っ」
脚出す方がなんか動きやすいから好きなんだけど、でも下品って言われそうで辞めてたんだよな…
まぁ雛森副隊長も膝が出る程度のスカートは履くかもしれないけど、膝周りに布があるのって邪魔くさくて…それならいっそ短くしたいとはずっと思ってた
なので、私が今着てるのは少し余裕のある輪郭のパーカーと短いキュロットスカート。上着の下は薄手の七分袖のシャツで、試着できないからつけてないけど長い靴下とキャップにごついスニーカーを本当は合わせたいところ
キュロット好きなんだよね。スカートに見えるけど中はショートパンツになってるから本当に動きやすい
「…その」
「本当に君と雛森君は正反対だな」
「…」
それが感想…?
うーんと…私喧嘩売られてるのかなぁ
「…お嫌い、でしたら」
「あぁいや、そうじゃない。君らしいと思ったんだ」
「私らしい、ですか…」
「あぁ。なんというか…想像以上に僕の中の"女性らしさ"を裏切ってくる」
「喧嘩売ってます?」
あ、やばい。素直に出てしまった
流石にごめんなさい、と言いつつ口元を手で覆う
「だってそうだろ? 強いて言うならスカートにそれらしさがあるだけで、それも脚出過ぎだと思うし運動でもするような服装でとても女の子らしいとは…」
「わかった! わかりましたから! 脱ぎま…」
「待つんだ!」
「…」
言われて止まったには止まったけど、これ以上何を言うっていうの?
そんなに気に入らなかったなら素直に言えばいいのに
そして今履いてるのスカートに見えるだけでスカートじゃないんだよな…そういう意味でも期待とか裏切ってそう。怖くて言えない。
「似合ってないとは言ってないし…そういう僕の固定概念を崩すところが、君らしいと言ってるんだ」
「…? それって、どういう…」
「その…君に合ってると思った。君は活発だからお淑やかとは程遠いし」
「…」
「だから服装も動きやすそうなもののほうがよく合ってる。僕のところに来る時、君はよく走るから」
「…!」
ちょっと意外というか…てっきりさっきは否定されてると思ってたのに。そんなに嫌だったかなって…
まぁ、確かにお淑やかとは程遠いしよく走るけどさ。だからそこは少し複雑だけど、やっぱり好きな服を合ってるって言われるのは、すごく嬉しい
「それに、僕の時とは大違いだ」
「何かあったんですか?」
「こういった時の服はわからないから、阿散井君と檜佐木さんに意見をもらいに行ったんだけど…そしたら一緒に服を見ることになって、その時は酷かった…」
思い出すのも嫌なのか貴方はためいきをつきながら目元を覆っている。何があったのかわからないけど、余程疲れるようなことがあったのは伝わってきた
「お、お疲れ様です…」
「僕の話はいいよ。とりあえず買いに行こう」
「え?」
「そのまま着ていけばいい。僕が買うから」
「まっ、待ってくださいそんな…」
なんで買うなんて話になってるの!?
それも貴方がなんて…話も急だしなんだかんだ高くつくだろうし申し訳ないし…どうしようこれ
「他にも小物がいると言っていたね、持ってきて」
「だから、申し訳ないですし気にしないでください。今度自分で買うので…」
貴方がいいと言ってくれるならありかなとは思ったし、買おうかなとは思ってたけどこんなことになるなんて
しかもここまで強引に話を進めようなんて貴方らしくないというか…どんな貴方も好きだけど、どう考えても原因があるはず
「いいんだ、僕がやりたいことだから」
「え…?」
「以前翠霞さんに服を買ってもらったと言っていたろう、それで僕の好みに合わせてくるなら僕は君らしい服を君に…その、贈りたいと思って」
「…!?」
そん…っ、対抗意識ってこと!?
顔真っ赤だし…私まで赤くなりそう。嬉しいけど、私のことそんなに良くしてくれなくても嫌いになったりしないのに
「私、貴方が服を買うかどうかとか受け入れてくれるかどうかで貴方への感情が変わることなんてありません。だからこんなに良くしてくださらなくても…」
「違うよ。確かに君の趣味は僕とは違うけど、そんなことを考えたわけじゃない。ただ本当に、よくあってると思ったから…」
「…っ!?」
まって! まってまってまって!!!!
あ、頭がおかしくなる。だって貴方が、貴方がそんなに私を見るなんて思ってない!
私は貴方に見てほしいけど貴方が本当に私を見てくれるかは別問題だから考えてこなかったのに!
静かで後ろ向きで過去を忘れられない貴方なのは変わらない、変わらないけど、だからこそそんな貴方が"私"を見てる
心臓がおかしくなりそう、泣きそう、化粧崩れちゃう。それなのに嬉しい、本当に嬉しくておかしくなる
「僕なんかに買われた服を着たくないならいいんだけ…」
「それは絶対違います! すごく、すっごく…っ、嬉しいんです!」
「…」
貴方は私の言葉に面食らったみたいにきょとんとした顔を見せた
嫌なわけないのに、どうしてそこで後ろ向きになるのかな!?
「だって貴方が、私を見てる…」
今、今貴方の中に私は"私"としているって期待してしまう。そして同時に、やっぱり勘違いだったら嫌だなとも
だって私は貴方を追いかけて貴方の背中を押して幸せにしてあげたいのであって、隣に立てるなんて思ってない
「嬉しいから、嬉しくて嘘みたいで…びっくりしちゃって。ごめんなさい」
「…そんなに驚くことかい?」
「前も言ったじゃないですか、貴方の周りにはたくさん人がいるんです。私はそれに埋もれないようまだ頑張ってるところだから…だからそう言ってもらえるのは嬉しくて、えっと…」
うまく言えないな…素直に言えばいいだけなのに。あぁ、貴方が待ってる。待ってるのに心臓がうるさい
「ふ、服を買っていただけるならありがたく受け取らせていただきたく…」
「そんなに畏まらなくても…」
「いや本当、今心臓壊れそうで…一式持ってきた方がいいって話でしたよね…? とりあえず着替えてとってきます…」
「あぁ、うん」
貴方が私だけみてるなんてありえないのに。私は貴方を一人になんてさせないけど、貴方はいつだって私を切っていいって思ってたから
でもこんなの、期待しないでいられないよ。そうでなくても日に日に欲張りになってるのに
そう考えながら試着室のカーテンを閉めてすぐに着替えて、頭の中をぐちゃぐちゃにさせられながら服と小物を取りに行った
もうなにを考えていいのかわからない
***
「本当に良かったのでしょうか、あの服から着替えてしまって…」
「じゃあ君は僕の指示がきけないというのかい?」
「そんなことはしません、現に着替えていますし…ですが貴方の好きな姿でいたくて」
そんな話をしながら私たちは今、夜の人気のない住宅街を歩いている
あの後私は本当に欲しい服と小物を一式買ってもらえてしまった。そしたら「そのまま着替えて欲しい」なんて言われて今着てるわけだけど、その前まで着てた服がそれはもう貴方の好きな類の服だろうなんてわかりきっていたので不安にはなる
「…」
「如何しましたか?」
「…君は君で、無意識に相手を勘違いさせるようなことを言う人間だと自覚した方がいい」
「勘違い、ですか?」
それを素直に口にしたら、貴方が少し気まずそうに視線を逸らしてそう言ったのでうまく意図を読み取らず頭に疑問が浮かぶ
勘違い、ってなんだろう。私は貴方に喜んで欲しかっただけなのに
まぁ確かに"貴方の好きな私"なんて初めからこんなじゃじゃ馬じゃ難しいかもしれないけど
「やっぱり自覚がないのか…まぁいい、そんなことより行きたいところがあるんだ」
「この時間にですか? 私は構いませんが…」
あたりはもうすっかり真っ暗どころか、晩御飯どきだって過ぎてしまっている
そういえば、商業施設の中にあった飲食店のご飯おいしかったな…現世でも違う国のご飯屋さんで、イタリアという国の料理を扱った安価なお店だったけど"パスタ"というものを初めて食べた。服に跳ねたら嫌だから食べるものは選んだけどまた食べたい。
最後に食べた甘味も最高に美味しくて、それなのに予想していたよりずっと安価で済んだのにびっくりした。そして自分の分自分で払おうとしたらそれは止められてしまい…結果的に奢られたのはちょっと申し訳ない
そんなことを思い出しつつ、とりあえず貴方の言う"行きたいところ"に向かってついていく。どこにいくんだろう?
「どこにいくのか訊いてもいいでしょうか?」
「まだ秘密にさせて欲しい。今日の目的の一つだから」
「そうですか…わかりました」
***
とりあえず疑問に思いつつ道を進んでいると、何やら見覚えのある景色がちらほらと見えるようになってきた
あれ、とは思いつつそのままついていくと、最終的には昼間に来た公園にたどり着く
「ここ…ですか?」
「あぁ。こっちに来て」
私の疑問が解消しないまま貴方は公園に足を踏み入れてまた歩き出す。でもそっちはさっき歩いたところではないような…
***
「ここに来たかったんだ」
貴方がそう言って、目的地で足を止めた私たちの視線の先には街灯に照らされた一つの長椅子が置いてあった
すこし寂れた空気のその場所に人気はなく、ここに何の用事かと不意に上を見上げた私の視界には花びらを散らせながら夜の闇にぼんやりと浮かぶ大きな桜の木が目に入る
「あ…」
これは、また…
そう思って、つい足が前に出る。そのまま長椅子のすぐそばまで進んで上を見上げると、昼とは全く違う印象の桜の木が見えた
昼の桜は華やかで優しい印象だったけど、夜の桜は流石で儚く…少しだけ怖いものに感じるのに惹きつけられた
「違いがわかるみたいだね」
そう言いながら、気がついたら貴方が私の隣に立っている。私は少しだけ貴方に顔を向けて、すぐに桜へと視線を戻した
ひらひらと風に花びらを乗せる桜は、広げた枝を人に伸ばしているようにも見える。先端の細い枝が少しだけ垂れるように伸びていて、太く大きな幹と合わせて今にも襲いかかってきそう
まるで人を惑わせて襲う化け物のようだ。でもその姿は確かに美しく、月明かりに浮かんでいる部分と街灯に照らされている部分ではまた印象が違う
あぁ、やっぱり桜って綺麗なんだな
「…少し怖くて、綺麗ですね」
「怖い?」
「伸びる枝の印象が違うので、ついそんなことを思いました。綺麗な花びらで人を誘って食べてしまう何かのような感じがするのに、確かにその姿は綺麗で…こんなにも昼と夜では印象が違うんですね」
「昼と夜の印象の違いがわかってくれるなら良かった。でも君は、人とは少し変わった視点をしているみたいだ」
「なんか、そんな気はします。桜は儚さが美しいと聞きますが、私には少し違って見えました」
少なくとも"儚い"とは感じなかった
あれはもっとこう、前向きに見えるもの
「では君にはどう映ったんだい?」
「昼の桜は人を応援しているように見えました。舞い散る花びらは私たちを歓迎していて、ここから今度は枝に葉の芽が出るのだと思うと新しい世界への移り変わりのようなものを感じました」
「そして夜は人を拐かす美しい化け物、か…その考え方は随分と極端だ」
「でもどちらも綺麗です。少なくとも儚いとは感じませんでした」
生き物の見た目なんてさまざまで、その違いや行動には必ず意味がある。ならきっと桜の花びらが散るのにだって意味があるだろう、そう考えた時私の中で桜に儚さは感じなくなった
「君といると気づきが多い、そう感じることがある」
「そうですか?」
「君は僕と同じように後ろ向きなところがあるけど、ものの感じ方や考え方はまるで違う。僕は舞い散る花びらにいつも"別れ"を感じているから」
何となく、貴方ならそう言うような気がしつつ質問を返す
貴方が何を思ってそう言うのかはとても知りたい
「何故、ですか?」
「君の言う通り、桜は花びらを散らせながら新しい葉を芽吹かせる。そこにあるのは春への別れ、そして門出という別れがあった示しでもある。だから僕はそこに寂しさと少しの悲しみ、そして時の流れを感じるんだ」
「…」
言葉の引き出しが少ない私では、上手い切り返しは思いつかなかった。でも貴方は確かにそう考えるだろうとも思う
そうか、貴方は春が去っていくことを寂しいと思うんだ
「そして夜桜には風情を感じる。舞い散る花びらが月明かりに浮かんで、でも夜はまだ少し冷えるからまるで春なのに雪が舞っているような感覚になるんだ。その景色を見ていると確かにどちらも儚いと思うし、美しいとも感じる」
「イヅルさんは春がお好きなんですね」
「どうしてそう思うんだい?」
「門出というのは一見めでたいことに言われますが、確かに別れであることに変わりません。なのでそこは貴方がいうような気がしてきました。ですがそこに名残を惜しさを感じるということは、温かな世界の変化の裏にあるほんの少しの寂しさを愛しているということ。そう思ったんです」
その寂しさを愛せるところも貴方らしいと思う。いい意味も悪い意味も確かにそこにあるのは事実で、喜びと寂しさが裏表にあるのが門出と春という季節。その裏側の寂しさを愛せるということは、温かな別れを愛しているということじゃないだろうか
「…やっぱり君は、僕とは考え方が違うな。僕はこの感じ方をよくないものだと思っていたから」
「そうですか? 物事の裏側まで見て、それでも愛するというのはすごいと思いますが」
「他人から見たら陰気な考え方だよ。みんな明るくて綺麗なものが見たいからね」
「では、綺麗なものだけ愛せればいいのでしょうか?」
貴方の言葉に、素直な疑問が口をつく。でも貴方は何故か不思議そうな顔をするから、とりあえず言葉を続けた
「物事には裏と表があります。例えば三番隊の隊花は金盞花、その意味は「絶望」、そしてその陰惨な絶望があるからこそ人は戦いを恐れるのだと言われています」
「…そうだね」
「ですがこの場合の絶望とは優しさでもあると私は考えています。何故なら我が隊の指す絶望は人を戦いから退け、本当に必要なものを守るための絶望だと思っているからです。そこに人や戦いを安易に貶し踏み躙るような意味合いはなく、愉悦も存在しない。であればそこにあるのは意味のある言葉ではないかと思うのです」
「…」
「物事の裏と表とはそうやって感じるものだと私は考えます。だからこそ裏と表を常に見ることのできる貴方は知性のある方だと思う。別れの名残りにある寂しさを愛している貴方のそういったところが好きですよ」
絶望は本当に悲しい言葉なのだろうかと、時折考える。その凄惨な出来事が救いだと思ったことはないけど、そこには必ず原因やきっかけとなる出来事が存在するものだ
絶望的な状況でも立ち上がる人がいるように、絶望を忌避することで得られる成功は存在する。絶望から人々が戦いを忌避するのであれば、それは確かに人を守る言葉だ
人は英雄的であることが正しいとは限らない。ならば一見陰気である言葉にも価値や意味は存在する。それだけのこと
「君のその考え方は何というか…突き抜けて前向きだな」
「前向きではないです。決めつけることが嫌いなだけ…その言葉の意味について考えることに意義はあります」
きっと他の隊の隊花にも意味のいいところと悪いところがあるはずだ。でもこの"絶望"に宿る優しさを貴方は理解してるはず。それなのに前向きなんてことはない
「私は貴方の斬魄刀の能力を正確に把握しているわけではありませんし、私の斬魄刀についても細かい話をしたことはないと思います。ですがそれは間違っていることでしょうか。そこには意味があると私は考えます。それと同じことです」
初めて貴方の家に行った時、貴方は私の斬魄刀を床が抜けるくらい重くすることができたけど、それがどういった原理でそこから何ができるのか、そしてあの不思議な形の刃の意味までは知らない
そして私の斬魄刀の能力は石化。中から近距離で戦闘を行い、相手をじわじわと死に追いやる
私の斬魄刀が隊花に沿っているとは思わないけど、誰かを守る力にはなる。弱くてもやることはある…なら秘密にすることにも意味はあるはず
翠霞は、侘助の能力を細かく知ってそうだけど
「なんて、変な話をしちゃいましたね」
あはは…と笑いつつ恥ずかしいのでキャップの鍔を下げて顔を隠す。自分語りをしてしまった
「確かに、僕のことをそんなに前向きに考える人は珍しいとは、思うよ」
「だから前向きではありませんって…貴方の思考は冷静であるからこそ後ろ向きがいきすぎてるのは確かに知ってますし」
「いや、君の考えは前向きだ。そこに意味があると考えることは目の前の物事に可能性を見出している。そして君の言う可能性はいつだって前向きなものであることに変わりはない」
「そうですか…? あんまり自覚はないです。可能性は所詮可能性であって、絶対ではないですから」
それは夢みがちと言っているようなものだ。貴方がそう言いたいわけじゃないのはわかるけど、それくらい私の言葉はあやふやで輪郭がぼやけている
「そういう変なところだけ後ろ向きだよね、君って…」
「いつも後ろ向きだと思いますけど…松本副隊長から以前貴方によく似ていると言われました」
「松本さんに?」
「どういう意味か、細かくはわからないですが…少なくともあの時の私はとても後ろ向きで気持ちが沈んでいたので落ち込んだ時の貴方に似ていたのかもしれません」
貴方も落ち込む時は本当にどん底まで落ち込むからなぁ…雛森副隊長に手を上げたって牢で暴れ回った時とか、市丸さんがいなくなった直後とか本当にそう…
「僕はそうは思わない。君は僕とはまるで違う」
「それは…そうでなくては困ってしまいますね」
「困る?」
「私と貴方が同じなら、私が貴方を貴方として好きだと通じなくなってしまうじゃないですか。私は私として生きてるから"違う価値観の人間でも貴方が好きだ"と主張できるのであって、同じ人間なら意味はないですから」
私は、私が貴方を好きなのであって貴方が貴方を好きなわけじゃない。でもそこに意味がある
私と貴方は違う人間だからそばにいることに意味がある時だってある。そして同じだけ、同じような人間がそばにいる場合だって意味があるもの。どっちもになることはできないから、それなら私は私として貴方を好きでいたい
「…」
「なにか、おかしなことでも言いましたか?」
でも何故か貴方は黙りこくって顔を背けてしまった。おかしなことでも言って怒らせてしまっただろうか
「そうじゃない。ただ、その…君のそれは殺し文句だ」
「そうでしょうか? そんなものだと思いますが」
「わからないならいいよ…」
そう言う貴方は少し耳が赤いような気がしなくもないけど、暗がりなので正確ではない。でももし顔が赤いとして、そんなに赤くなるようなことを言った感じもないけどな
「人間にいいところと悪いところがあるのは当たり前のことで、私は貴方だからその全てを好きになったしこれからも好きでいたいと思う。だから私は翠霞と、月大神と契約できたんですから。それだけですよ」
「…わかった、わかったから少し止まってくれないか。そういった言葉は慣れていないんだ」
「? わかりました…」
慣れないって何だろう。私はいつも通りの発言しかしてないけど…?
いつも通り、貴方が大好きだって言っただけ。でも普段はこんなに戸惑ってないから、ちょっと不思議
「はぁ…桜を見にきたのにこんな話をするとは思ってなかったな」
「確かにそうですねぇ…これはこれで桜の魔力な気がしますが」
「なんだいそれは」
「美しいものを見ると、人間は本性の一部を現すとは思いませんか? 感受性とはある意味そういうもので、だからこそ普段しない話なんかしちゃうのかなと」
「…君は探偵にでもなるのかい?」
「まさか、そんなに頭良くないですよ」
私の座学なんて散々だったんだから、探偵なんて頭良くないとできない仕事むりむり
なんて自分に対して呆れ気味に考えていると、貴方が不意にこちらを見た。その瞳は街灯に照らされて息を呑むほど美しくて…やっぱり惹き込まれる
「…君は、今日の景色をどう思った?」
そこから貴方が、私にそう問うた。なので私は、言葉をまとめるために少し考えてから口を開く
「今まで見たことのないものを見ていると、確かに思いました。遠い記憶になるような景色ではなくて、確かに目の前にあるんだと思わせてくれる喜びがありました」
「それで?」
「"色のついた"景色とは、確かに私の今まで見ていた景色だけではないのだと…思いました」
「…そう、それは良かったよ」
私の回答に、貴方はほんの少し柔らかく微笑む。それが私はとても嬉しかった
「流石にそろそろ帰ろう。明日は仕事だから」
「そうですね。寝ないと大変ですし」
短いやり取りの後で私たちは義魂塊を使って義骸を脱ぐと貴方が穿界門を開く。そして地獄蝶と義骸を連れて帰ることにした
今日の桜は忘れられそうにない。だって焼きつくほど綺麗なのは貴方が隣にいてくれたからだもの
貴方と見た景色だから鮮明で、貴方と見た景色だから明確で、貴方と見た景色だから美しかった
でも貴方はそう言ってもわからないような気がする。私と同じだったらいいのにとも思うけど
わからなくてもいい、それならそれで私が大切にするから
続
…試着室で問答をすな、と間隔空けをしながら思いました