※この作品はR-18です。

系   作:七星七夕

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当作品は二次創作であり、原作、実際の物事、人物、事象には一切の関連がありません、ご注意ください
また、死ぬほど捏造設定があり、原作の隙間を縫うような部分がいくつも散見されますが、これは個人の好みでありそういった作風であるとご理解いただければと思います。個人的にはその隙間は想像の余地のままになってたらうれしいな!

また、当作品は恋愛小説です
版権キャラクターとの恋愛描写や性行為描写が苦手な方は回避をお勧めします
主人公が大怪我したり戦闘したり場合によっては修行するかもしれませんが誰がなんと言おうとこの作品は恋愛小説です。ご理解いただければと思います
カップリングは「吉良イヅル×オリジナルキャラ」になります。ハーレム等の予定はありません、悪しからずお願いします










「衝動」前編

「衝動」

 

 

「はぁっ、ふっ、はぁっ…」

 

 無心に木刀を振る

 この時間は死神として何よりも大事だ

 

 そも死神において一番大事な仕事は虚の撃破と魂送なのであって、書類仕事など二の次といっても良い

 精神を静かに、一つにして、ただ目の前の剣に集中する

 素振りでもそれは変わらない

 

「ふぅ…」

 

 一旦やめて息をつく

 こんな朝早くに素振りをするのはいつ以来だろう

 変な時間に起きて散歩をしていたら道場が開いてるのを見つけて、ついこんな事をしてしまったけど普段道場は用がなければ閉まっているはず

 

「…」

 

 なにもない床を見つめて思いだす

 久しぶりに見た、あの夢を

 

「…翠霞」

 

 ぽつりと小さく呼んだ

 

 いつからか、夢を見るようになった

 

 その夢では、狼が吠えている

 崖の淵で、狼が月に向かって吠えている

 私は狼の後ろでそれを眺めていて、狼がこちらに振り向くことはない

 何度だって、何度だって狼は吠える

 ただ月に向かって吠えるのだ

 

「…」

 

 わかっている

 それは私だ

 

 月を求めて、ただ自分を見てくれと吠える私が狼なんだ

 それを理解した時、初めて狼は振り向いた

 狼は、ただ私を見ていた

 

 私はそれに見つめ返して、狼がこちらに来る

 その時、私は…

 

「!」

 

 道場の入り口から音がして振り返る

 そこには貴方がいて、私は緊張で胸が高鳴った

 

「お、おはようございます。吉良副隊長」

 

 慌てて頭を下げる

 しまったな、開けっぱなしだったから入った感じなので見られるのはまずかった

 

「おはよう。ここを開けたのは君?」

「い、いえ、私がきた時にはもう…」

「じゃあやっぱり昨日の鍵番が持って帰ってしまったんだろうな。ありがとう」

 

 そう言って貴方は去って行った

 私は私でどうしたら良いのか分からず、とりあえず木刀を片付けて朝礼に向かった

 

 

********

 

 

「現世駐在任務の説明会…ですか?」

 

 隊舎内の空いた部屋に呼び付けられたかと思うと、貴方が私にそう言った

 

「説明会ってほど大きなものでもない。僕と現世に行って駐在任務の説明をするだけだから、たいしたことはないよ」

「はぁ…」

 

 それは、駐在任務の可能性があると言うことだろうか

 死ぬほど嫌なんだけど

 

「通過儀礼のようなものだと思ってくれれば良い。全員経験してることだから」

「…わかりました」

「現世任務に行くには最低でも始解を習得してる必要がある。今の君にその可能性はないよ」

「本当ですか!?」

 

 やったぁ!

 このまま今の生活を続けたいなぁ…

 

「さて、許可は取れてるから支度ができたら向かおうか。穿界門の位置は把握してるね?」

「了解しました。大丈夫です」

「自分の地獄蝶を忘れず連れてくるように」

「う…はい」

 

 仕方ないけどやっぱ蝶苦手なんだよな…

 こう、地獄カブトムシとかにできないだろうか

 いや飛ばれると無理だから同じか…

 

「君…いつになったら慣れるんだい、蝶」

「蝶って怖くないですか…?」

 

 貴方はそこでため息をつく。私も諦めて自室に支度をしに行った

 

 

********

 

 

 穿界門前で集合なので来たわけだけど、貴方が既に居るのはどうしてだろう

 私支度に5分かかってないんだけどな

 斬魄刀と地獄蝶取りに行っただけみたいなものだし

 

「早いですね、吉良副隊長」

「そうかな?」

 

 ややそわついてるのがまた気になるけど、私が下手なミスしないか心配なのかもしれない

 …ないとは言い切れない

 

「とりあえず行こうか」

「わかりました」

 

 地獄蝶がずっとそばで飛んでるのが一番緊張する

 穿界門が開いて断界に入っていくと、薄暗い洞窟のような景色が広がった

 断界って薄暗いからなんか苦手なんだよな。圧迫感あるし

 

「断界から現世に行ったことはあるかい?」

「無いですよ。私は流魂街出身なので生前の記憶が無いですし」

 

 霊術院で特進クラスにいたわけでもないし

 

「なら驚くかもしれないね。現世は文化が違うから」

「楽しみです」

 

 なんて世間話をしながら断界を歩いていく

 拘流の壁が視界に入って、すこし緊張した

 私は止まっている拘流しか見たことないけど、これが迫ってきて飲み込まれると思うとぞっとする

 

「それにしても、説明って副隊長さんがやることなんですか?」

「あー…いや、そう言うわけでもないんだ。普通は席官がやる」

「なら何故吉良副隊長が…」

 

 貴方が視線を逸らす。少し照れたように咳をしてつぶやいた

 

「その…やや職権濫用をしたと言うか」

「…!」

 

 その言葉に、私も顔が真っ赤になった

 そんな…仕事先で一緒にいられるなんて嬉しくて死にそう

 

「…ここでの会話、十二番隊が録音してるって噂だから内緒にして」

「は、はい!」

 

 口元に人差し指を添える貴方のなんと美しいこと!!!

 私を!!その美しさで殺さないで!!!

 

「さて、そろそろ着くよ」

 

 貴方の声で正面に戻ると、そこにはいつもの障子が見える

 開いたそこを通り抜けると、夜更けの空が広がっていた

 

「わ…暗い!」

 

 そこは小さな島で、広い広い海と小さな小さな人里があるだけの場所

 夜更けのこの時間に何かが動いてる気配はなくて、空も海も陸も、闇の静寂が広がって、星と月だけが世界を見ていた

 

「ここは人も少ないからね。特例なんだ」

「特例?」

「通常、在中死神の範囲指定は?」

「五万人を目安に一人、です」

「正解。でもここは本土から遠いだろう? だから特例的に在中死神が置かれるんだ」

「はぇー…」

 

 確かに、とても五万人も人が住んでるとは思えない小さな島だ

 かと言って明るい光はずっとずっと遠くにある。瞬歩を使っても多少時間はかかるだろう

 そう考えれば、納得するのも容易だと思った

 

「こう言ったところは人口が少ない分、一見虚なんて出なそうに見えるけど」

 

 そう言って貴方は一本踏み出す。私もそれに続いた

 

「でも実際には地縛霊が出やすい場所でもある。土地に愛着のある島民が多いからかな」

「地縛霊は虚になりやすい…んでしたっけ」

「そう、だから僕たちが必要」

 

 眼下の島にはとてもそう言った雰囲気はない

 だけど、確かにその場所に愛があるなら離れたくないのも無理はないかもしれないと思った

 

「後は海で死んだ霊が寄ってきてる場合もある。覚えておくように」

「了解しました」

「とりあえず残りは見回りをしながら説明しようか」

「はい」

 

 夜空の星を眺めながら島を駆けていく

 死神なんて人間より当たり前みたいに速くて、一歩本気を出せば何メートルってひとっ飛び出来る

 

「緋月君、僕たちの主な仕事は?」

「整の魂魄の保護、魂送。虚の討伐、瀞霊廷の守護です」

「流石だね。現世でも基本的なことは変わらない。やるべきことをやって、不測の事態には連絡をしてくれれば良い」

「了解しました」

 

 一通り島を見回ると最初の地点に戻ってくる

 そこで私たちは足を止めた

 

「見回りはこんなものかな。とりあえず本日は以上無し」

「そうですね」

 

 でもその時、何か笑い声のような、そんな声が聞こえた

 

「?」

「どうしたんだい?」

 

 声の方に振り向く私に貴方が問う

 

「いや、なんか…笑い声が聞こえた気がして…」

「笑い声?」

「聞こえませんでしたか? なんか小さい笑い声…」

「僕は特に何も…」

 

 そんな会話をしている時だった

 

「「!」」

 

 噛み合わせた歯のような、異様な扉が開く

 中にいたのは、虚の仮面に顔の一部を覆われた白い服の女性

 

「…!」

 

 思わず警戒して斬魄刀に手を当てる

 あれはなんだ、見たことがない

 

 ただ、味方でないことだけが判った

 

「…なんだ、藍染サマの狙い通りだな」

 

 相手はだるそうに首を鳴らしながらこちらに歩いてきた

 藍染様…?

 

「じゃあ早速いくか」

「!」

 

 とん、とその一歩で姿を消した

 警戒して刀を鞘から半分ほど抜く

 それが正解だった、斬魄刀は相手の刃を受け止めていたからだ

 

「おぉ、やるな。それともたまたまか?」

「…っ」

「緋月君!」

 

 貴方が慌ててこちらに来ようとするから

 

「来ないで!」

 

 思わず叫んだ

 迷わず私に来たってことは、恐らく相手の狙いは私だ

 貴方を巻き込むわけにはいかないし、何より今は相手の力が強すぎて動くことができない

 

「あんたはこっちだよ」

 

 相手がそう言って貴方の方に何か小さいものを投げた

 貴方がそれを即座に叩き切るけど、その破片はみるみる大きくなって、檻のように貴方を包む

 

「なんだこれは!」

「あんた用の檻さ、特殊霊子で出来てるから斬魄刀は勿論その辺の攻撃も効かない」

 

 確かにその檻は、物理というより縛道の塊のように感じた。貴方がそっと手を触れると、静電気のようにその手を弾いたのが横目に映る

 

「さて、ホンチャン行こうぜ」

 

 相手が少し私と距離を取る

 私は改めて斬魄刀を抜いて構えた

 

「名乗っておこうか。アタシは破面No.108、オルカ様さ!」

 

 偉そうに相手は言う

 己を親指で指してさも得意げに

 

 私は何も言わず斬りかかった

 瞬歩で近づいて下から斬りあげる。しかしそれは、相手の斬魄刀と高い金属音を立ててぶつかった

 

「チッ」

 

 相手はあからさまな舌打ちを隠す気がないようだ

 そんなの今は関係ないけど

 

「ご挨拶だな。名乗ってる時にとはよ」

「お前の名前なんぞ後回しだ。彼の方を解放しろ」

 

 刀を一度離して次はすぐに正面から

 互いの斬魄刀が高い金属音のまま何度も鍔迫り合いをする

 

 でも相手は遊んでいるような調子だ、何をしにこんなところに来たのかこのままでは見当もつかない

 

「ここはお前の処刑場なんだとよ! 藍染サマの言うにはさ!」

 

 その言葉で相手は上から振りかぶる

 それを斬魄刀で防ぐと、後ろに押しやられた

 夜空なのに擦れた草履の土煙が舞う

 

「何言っててもいい、とにかく彼の方を解放しろ。お前にはその選択肢しかないと教えてやる」

 

 今、今言葉遣いを気にしている余裕はない

 早く彼の方を解放して撤退しなければ

 これはまさしく異常事態だ

 

「はぁ? バカじゃねぇのお前」

 

 相手も瞬歩で寄ってきた。後ろからきたのを振り向いて受け止める

 

「あいつはお前の力を引き摺り出すための餌なんだよ。じゃなきゃ二人いる所なんて狙うわけねぇだろ」

「!」

 

 なんで、知って

 さっき言ってた藍染は、藍染元隊長のはず

 私の秘密は、技術開発局の極秘なのに

 

「…っ、私に秘密なんてない!」

 

 振りかぶって相手の剣を払う

 動揺するな

 相手に気取られるな

 

 まだ、見られる心構えはできてない

 

「はっはーっ! なんだ動揺したのか?」

「お前の言葉に聞く耳は持たん」

「眉間に皺寄せて、余裕なさそうだぜ?」

「…っ!」

 

 そして相手は

 

「じゃあ、こう言うのはどうよ?」

 

 彼の方に刃を向けた

 

「お前がその髪結ってるやつ、外さないとあいつを斬る」

「!」

「良いのか? "今のお前"じゃあ、アタシには勝てないって解ってるだろ?」

 

 ギリ、と奥歯が鳴るのを感じた

 卑怯な。と言いたいけど、敵なんてみんな卑怯だ

 

「ほらどうすんだよ。今はアタシの方が速いぜ?」

 

 翠華…私どうしたら良いと思う?

 

 刀の柄を強く掴んで考える

 それでも、それでも私は

 

「…わかった」

 

 彼の方の命には変えられない

 髪を結っていたリボンを解く。纏められていた毛が自重に従って落ちて、風に靡いた

 

「…ほら、これで良いでしょ?」

 

 私は視線を逸らす

 相手が言ってるのはこれじゃないことくらい、判っている

 

「なんだ、そのふざけた霊圧はよ」

「…」

「やっぱ殺すか? あいつ」

 

 彼の方の方に振り向いた相手の苛立ってる様子がわかる

 でも私はリボンを解けとしか言われていない

 

「リボンを解けと言ったのはそっちでしょ? 私は言われるままにした」

「だからそれがふざけてんのかって言ってんだよ!」

「—!」

 

 相手が怒りに任せて彼の方の元へ向かった

 私は余裕を無くして瞬歩でその前に立ち塞がる

 また高い音を立てて刀が十字にぶつかり合った

 

「"今の"本気、出してみろよ。しなかったら後ろのそいつは斬る」

「…どっちもお断りよ」

「あぁそうかよ!」

 

 相手の刃は、私の斬魄刀を滑って落ちて、私の腹を斬った

 

「っ!」

 

 痛みに反応してしまい構えが崩れる

 

「はっ、今のお前じゃ歯応えもねぇ。しのごのしないといけねぇならいっそ二人とも殺すか」

「!」

 

 私も余裕がなかった

 その言葉だけで霊圧が、上がってしまった

 

「やめろ!」

 

 腹の傷なんて忘れて飛び掛かる

 相手はそれを、こちらを睨みつけながら受け止めた

 

「…ちったぁできるじゃねぇか。その調子で始解してみせろよ」

「…場所を移して良いならね」

 

 そんなことは許されないだろう

 "彼の方を囮にしてまで"私の力を引き摺り出したいなら、尚更

 

「んなわけねぇのわかってるだろ!」

 

 鍔迫り合いから離れた相手の刀が振り下ろされる。私はそれを弾くとやや後ろに退いて間合いをとった

 

「!」

 

 相手はなぜか私の後ろに向かって平手を構えている。その相手の手を見て、ニヤリとした表情を見て、衝撃が走った

 赤い閃光が集まっている、これは

 

「っ、『帳を下ろせ! 月大神!』」

 

 危うい何かを撃たれる前に相手の掌を浅く切り裂く

 傷口から変化は始まった

 

「…これがお前の能力か」

 

 相手の傷口から、石化した皮膚のような膜が広がっていく

 あんな傷じゃ大して石化できないだろうけど、とりあえずあの得体の知れない何かを撃たれるよりましだ

 あれは、確実に彼の方を狙っていた

 彼の方に背を向けて私は構え直す

 

 あぁくそ、見られたくなかったのに

 

 月明かりに輝く刀身が目立っているように見える

 霊圧を抑えて斬魄刀を浅打に見せてまで誤魔化してたのに台無しだ

 

「やってくれたな貴様…」

 

 相手は私の言葉にまたニヤリと笑う

 

「まだだろ?」

「…チッ」

「調べはついてる。刺青消せよ」

 

 私も舌打ちをしてしまった、行儀が悪い

 それにしてもそこまで調べがついてるのか、最悪だな

 でもこの内腿の刺青だけは、これだけは解くわけにはいかない

 

 見られたくないのに

 

「もう一発虚閃をくれても良いんだぜ?」

「っ、流れ星!」

 

 刃を虚空に振る。それに呼応して、斬魄刀から幾つも尖った石の矢が飛んでいった

 相手はそれをひらりと避けるけど、二、三本当たったのか切り傷を確認する

 二の腕、左太もも、右頬

 三箇所も切れれば十分だ、石化が始まるはず

 

「そんなに言うなら、私の斬魄刀も調べがついてるんでしょ?」

「勿論だな。『傷口から霊圧を石化する』…正確には薄い石の膜で覆ってそれから石化がどうとか言ってたような…とにかくそれがお前の能力だ」

「…っ」

 

 やっぱりお見通しか

 それに相手は石化が始まってるけど、動揺した気配がない。何を隠しているの?

 せめてここまでにとどめたい、能力がバレるのだけは…

 

「!」

 

 その時、相手の石化が音を立てて崩れ始めるのをみてしまった。その光景に私は強く動揺する

 

「なによ、それ」

「アタシの能力さ」

 

 相手は得意げに言う

 

「アタシの能力は音波、振動…お前の能力は全身に石化が行き渡らなければ脅威ではない。振動で早めに砕けば良い。それを藍染サマは教えてくれたのさ」

「…クソが」

「あらあら、女の子が粗い言葉遣いでしてよ〜?」

「うるさい!」

 

 また流れ星を飛ばす

 でもそれは、相手の目の前で崩れた。これも振動の効果ということだろうか

 

 なら何故最初から使ってこない?

 敵の狙いはなんだ

 

「動揺が丸見えなんだよ。でも気分がいい、ざまぁねぇ」

 

 こいつ殺す

 そう思った

 

 流れ星をもう一度、今度は無言で無言で飛ばしてそれを囮に瞬歩で間合いを詰める

 胸から上を叩き斬ってやる

 

「!」

 

 しゃがみ込んだ下から、相手の動揺した顔が見えた

 斬魄刀で防ごうとしても無駄だ、斬る

 私は斬魄刀の柄を持ち直すとそのまま相手の腹部辺りから上を斬りあげた

 

「…」

 

 僅かな返り血が頬に触れる

 胸の谷間から肩にかけて、大きく相手は出血した

 反射的に相手は私からすこし距離をとる

 

「…その傷で振動とやらが使えるとは思えんな。吉良副隊長を解放しろ」

 

 肩で息をしている相手の上半身は徐々に石化を始めている。剥がしたところで深く切ったその傷ではやがて呼吸もできなくなるだろう

 

「あぁすまんな、お前が死ぬ方が先か?」

「テメェ…!」

 

 相手がいくら私を睨みつけようと、その傷でどうこうできるとも思えない

 しかし相手は、斬魄刀を目の前に出すと叫んだ

 

「震わせろ! 共振波動(エコロカリザシアン)!」

「!」

 

 その状態でまだ何かしようと言うの?

 

 しかし相手が解号を叫んだ瞬間、あれだけ深かった傷は癒えその姿を変えた

 相手の姿は白い袴に洋風な上着のようなものから、全身を骨のような鎧に変えた。肩にはおそらく生き物の顎の骨のような意匠がある

 

「…テメェが卍解とやらをするまで待ってやろうと思ったんだけどよ。こうなったら引き摺り出してやる」

「それはずいぶん短気なものだな」

「『るせぇ!』」

「!」

 

 相手が叫ぶと、その声は衝撃波となって飛んできた

 慌てて刀を前に防ごうとするけど、あまりの衝撃に吹き飛ぶ

 

「ぐぁっ!」

「緋月君!」

 

 檻の方に飛んだからだろうか、彼の方の声が聞こえる。寝転がったまま上を向くと傷まみれの貴方が居たから、鬼道で無理やり開けようとしたのかななんて考えた

 無茶しないでほしいなぁ

 

「大丈夫、必ず貴方を護ります。それが私の…生き甲斐だから」

 

 衝撃波を喰らったせいだろうか、すこし震える体で起き上がる

 もう一度斬魄刀を構えると、相手は楽しそうに笑った

 

「アタシの叫びを聞いて起き上がるなんて! やっぱりお前楽しいなぁ!」

「うるさい…」

 

 今はそんな戯言を言っている場合ではない

 確実に相手を殺らなければ。これは何か力の増強に違いない

 

「じゃあもっかい行くぜ…『叫べ!!』」

「あぁっ!!」

 

 今度は刀で防ぐことに成功する

 ただ全身小さな傷だらけで、体が弛緩しているのがわかった

 

「アタシの共振波動は、音波を強い衝撃波に変えて放つ。音波は振動となり、お前の筋肉をシャッフルして弛緩させるのさ! さらに衝撃はお前の体を痛ぶる! そのままじゃアタシに勝てねぇぞ!」

「くっ…」

 

 確かにこのままじゃ分が悪い

 かと言って刺青は避けたい

 これをもし観測されたら、私は

 

「お前、アタシの音波が声だけだと思ってるな?」

「えっ…」

 

 その瞬間、胸に強い衝撃を感じた

 相手は遠くにいるのに、まるで直に殴られたような

 肺から空気が強制的に吐き出されて、強く咽せる

 

「衝撃なら、声ほど威力はなくたって出せるのさ。だから拳を降ればこうやって!」

「ぐっ、がっ、はぁっ、がはっ…」

 

 腹にニ発、胸に一発、顔にも一発、容赦なく衝撃波は飛んでくる

 あぁ、顔腫れたかもなぁ

 いやだな、彼の方に醜い私を見られるのは

 

 また吹き飛ばされて、震える膝で立ち上がる。何度だって刀を構えて相手を見た

 もう一回やってみろよ、と挑発するように

 

「その体でよく立つな。ならもう一発行こうか!」

「雷雲」

 

 私の言葉に、大きな一枚の岩が現れた

 その岩は相手の衝撃波を受けても崩れない

 あぁ本当、嫌な相手だな。私の能力が明かされていく

 

「なんだそれ? 盾か?」

「いろんな使い方ができるもの」

「ふぅん、『しらねぇなぁ!』」

 

 相手が叫ぶ。流石に二度目は岩が砕ける

 でも私はそこにいない

 

「!」

 

 相手が気づいた頃にはもう遅い

 背後をとって降りかかった

 後ろから首を刎ねてやる

 

「驚くと思ったか?」

 

「!」

 

 相手は余裕をもってこちらに振り向く

 私の斬撃は相手の斬魄刀で難なく防がれた

 これはまずい。すぐ回避!

 

「『叫べ!』」

 

 なんとか飛び退いて回避は間に合ったけど、袴の裾が破けた。厄介な

 

「言ったろ? 刺青消さないと勝てねぇぞ」

「…っ」

 

 それでも、わかっていても今勝たなければいけない

 これ以上の醜態を晒すわけにはいかないんだ。でなければなんのためにここまでやってきたのかわからなくなってしまう

 

「強情だな。自分の力が嫌いなのか?」

「…『今』じゃないのよ」

 

 私の言葉に相手は不思議そうに顔を顰めた。対して私はまた刀を構え直す

 でもこのままじゃまずい。弛緩した筋肉には当然力が入りづらいし、腹の傷からはまだ血が滴っている。死覇装はぼろぼろになってきたし細かい傷も少なくない

 

 何より、彼の方を捕らえたあの檻になんの仕掛けもないとは言い難い。早く勝負をつけなければ

 

「理解できねぇな、力を使うタイミングを考えるなんて。アタシにはそんなものない」

「貴様と私は違う。当たり前だろう」

 

 それだけ残してまた瞬歩で間合いを詰める。下から振りかぶった刃を当てると見せかけて片手を構えた

 

「破道の三十一、赤火砲!」

 

 相手の腹に捩り込むように火球を押し込む

 不意をつくのに成功したのか火球は相手のすぐ目の前で爆発した

 煙が晴れる頃には煤まみれになった相手が私と距離を取ったのを確認する。致命傷は与えられなかったみたいだけど、ダメージは蓄積してるはずだ

 

「はぁ、はぁ…」

「…誰が刺青解かないと戦えないって?」

 

 安易な目で私を見ないで欲しい。いつだって研鑽は重ねているのだから、力押しに頼るとは限らない

 

「テメェ…」

 

 相手が私を睨みつける。でも私も出血のしすぎだ、少し足元が危うい

 

「終わらせる」

 

 突きの構えをとる。そのまま一本踏み出して瞬歩、相手の喉元を狙って刃を向かわせる

 

「!?」

 

 でも相手は笑った

 私はその一瞬驚いて、ためらってしまう。そして相手はそれを見越したように口を開いた

 

「『合唱(コーロ)』」

 

 最初に、高い笑い声が聞こえた。子供の声のような笑い声

 驚いて、相手の喉元を突き刺せず刃先が止まる。それがいけなかった。相手も笑い出したと認知した時には、その笑い声は幾重にも幾重にも重なって

 

「あ…が、あ゛ぁぁあ゛ぁぁぁあぁぁ!!!」

 

 頭が他方向から殴られてるような痛みと衝撃に叫んだ。笑い声ひとつひとつに衝撃が込められてるような、それほどの圧力

 様々な年齢の笑い声の中には、相手のそれも含まれている。気持ちよさそうに笑う相手を睨みながら、刀だけは離すまいと強く握りしめた

 

「あ゛ぁぁぁあぁあ゛ぁぁ…っ!」

 

 耳を塞いでも音は消えない。まるで頭に直接叩き込まれてるようだ。やがで一度音が止んで、楽しそうにニヤつく相手を睨む

 

「さっきの言葉、そのまま返すぜ。誰がアタシにこれしか技がないと言ったんだ?」

「…っ」

「合唱は私の持つ中でも大技なんだけどな、生き残るなんて苦しいだろ」

 

 そのまま死ねれば楽なのにな、と相手は楽しそうに続けた。ぐらついて仕方ない頭ではすぐに思考が追いつかない

 

「…だれが」

 

 絞り出すような声、こんなものは相手の有利を知らしめるようなものなのに

 

「…元気そうだな、ならアンコールと行こうぜ」

「!」

 

 刀を構えた、意味がないとわかっていても反射的に

 でも飛んできたのは関係ない衝撃波

 

「がぁ…っ」

 

 左の肋骨の下の方で、折れるような音がした。衝撃波の影響で後ろに吹き飛び、落ち着いた時に息を吸おうとして折れた肋骨が肺に刺さったのか強い痛みと呼吸の苦しさを味わうことになる

 

 刀を支えに立とうとするけど、あまりの痛みに体が耐えかねているのがわかった。作った足場に触れてる腹部の傷も痛いし、今日は散々だ

 

「もう終わりか?」

「っ、だれ、が…っ」

 

 なんとか立ち上がる。呼吸がしづらくて常に肩で息をする形になっているのがまた苦しい

 それでも斬魄刀を構えた。撤退もできない以上こいつだけは、殺さなくては

 

「もう諦めて刺青解けよ。合唱でお前の上司の頭爆発させてもいいんだぜ」

「—!」

 

 反射的に、足が前に出ていた。痛む肺を抱えながら高く飛び上がって刃先を振りかざす。考えなしに動いてしまったせいで案の定防がれただけでなく今度は顎を下から殴られた。舌を噛まなかったのが幸いだと思いたい

 

「ぐぁ…っ!」

 

 後ろにのけぞって吹き飛ばされる。項垂れた体は彼の方の檻の前まで飛んでいってぶつかった。そのまま重力に従って落ちるのを慌てて足場を作って耐える

 

「緋月君!」

 

 貴方の呼ぶ声がする

 それだけでなんとか上体を起こして貴方に跪いた

 

 もう意識が朦朧とし始めているけど、でも私がここでやられるわけにはいかない。私が狙いなら、私が死んだら貴方がどうなるかわからない

 貴方を護るのが、私の使命。殺させたりなんかしない

 

「状況を説明するんだ緋月君! 君はなぜ狙われている!?」

 

 声が近い。もしかしたら私の高さに合わせて声をかけてるのかもしれないけど、頭を上げられないからわからない

 歯を食いしばって頭を上げる。すると貴方は案の定しゃがんで私を見ていて、いつもの困ったような八の字眉がさらに濃くなってるのを見た

 

 あぁ、心配かけてるのかな。貴方が私を見てるのかな。嬉しい、嬉しい

 だからこそ、貴方をここで殺させたりなんかしない

 

 相手から何も反応がないのが気になる。おそらくそろそろ私が死ぬか封印を解くかで待っているんだろう

 相手を"護る"ということは、私も生き残らないといけない。私の"護る"は生涯の目標なのだから

 

「…吉良、副隊長」

「どうした!?」

「お願い、が、あります」

 

 荒い呼吸の中でもなんとか微笑む。貴方にこれ以上心配はかけたくない

 

「…お願い?」

 

 不可解そうな貴方の表情を見ながら、私は涙を堪えた

 ちくしょう、ちくしょう。こんな形で使う羽目になるなんて

 こんなタイミングで貴方にバレるなんて

 

 本当に、最悪だ

 

「目を閉じて、耳を、塞いで…私を、私を見ないで、ください」

「…?」

「それで、全部終わります。貴方は私が護る。誰にも渡さないから、だから少しだけ、私を見ないで」

 

 貴方の返事を待たないで立ち上がって、相手の方にふらつきながらも歩き始める

 相手は、私のことを察したんだろう。またニヤリと笑った

 

 私は、その反応が心から悔しい。私の弱さが、この事態を生んで、彼の方を危険に晒して、まして封印まで解くことになったのだから

 これは私の自惚れ以外のなんでもない

 

 それでも、今死ぬわけにもいかない。今死ななければ、少なくとも彼の方の命は繋がっていく

 掠れる視界で、斬魄刀を逆手に持ち変える。利き手を開いて下腹部に当てた。そして詠唱は始まる

 

「…明滅は鮮明」

 この封印を解いたら、貴方はなんて言うのだろう

 

「絶望は揺蕩い」

 裏切られたと思うかな、それとも悲しく思うのか

 

「日が上りし東」

 見られたくなかった。今からでも見せないで済めばいいのに

 

「西に月ありて」

 貴方のそばにいたかった、それだけ

 

「吠えるは狼なる我」

 それだけだったのに

 

 私が弱いせいで

 

 地震のような、大きな音がした

 弾けるような、感覚があった

 

 体が信じられないほど軽くて、霊子の巡りを感じる

 これが、久しぶりの本当の私

 

 一つ息を吸って、相手を見る

 相手は嬉しそうに笑っていて、悲しくなった

 とん、と前に出て、次で相手の首を狙う

 流石に躱されたけど逃さない。そのまま身を翻して脇腹に蹴りをくれる

 

「あがぁっ!」

 

 相手は吹き飛んでいった。何度か地面にぶつかるような音がしたから派手に飛んだんだろう

 何度だって思う、これで諦めてくれればな

 無理だろうけど

 

「ふざけんなよ…」

 

 相手はすぐに戻ってくる

 そしてもう一度叫んだ

 

「『殺す!』」

「覇道の三十三、蒼火墜」

 

 無詠唱でいい、この程度なら

 相手の叫びを相殺する

 

「チッ…『合唱(コーロ)』!」

 

 また幾重にも重なった笑い声が周囲を覆う。

 頭は痛い。でも今なら

 

「雷雲、入道雲」

 

 高い高い石の壁が私をぐるりと半球状に覆うと、物理的な攻撃なのか声は静かになった。入道雲を作るのにはそれなりに霊力が必要だから、これは助かったかもしれない

 

 音が聞こえなくなったのを確認して内側から石の壁を壊す。音を立てて崩れていくそれの向こうで、相手は私を睨んでいた

 

「ここまでにしろ。もう万策尽きたろう」

 

 私の言葉に対して、相手は憤りを覚えているようだった。動かないので様子を見ていると、相手は瞬歩でどこかへ消える

 

「!」

 

 このタイミングで逃走なんて何を考えているんだ。しかし霊圧探知の下手な私ではすぐに相手を追いきれない。そして動き出した瞬間

 

「!!」

 

 右脇腹から、めり、と音がした。走り出した反動と合わせて体が横に吹き飛ぶ

 

「あぁっ、あ゛っ!!」

 

 また左肺のあたりが強く痛んだ。強く咳き込むと血が混ざってしまったのか血痰を吐き出す

 

「チッ…」

 

 周囲を睨んで霊圧探知を改めてする。しかし相手の霊圧は遠くぼやけていて、どこから攻撃をしてきたのか曖昧だ

 苛立ちに歯を鳴らすと、遠くから声が聞こえてくる

 

「はははははっ! アタシがどこにいるのかわからないだろ!」

 

 悔しいがその通りだ。くそっ、吉良副隊長ならどこにいても霊圧探知ができるのに

 

「アタシの『共振波動(エコーロケーション)』の本懐は探知。音波の跳ね返りを利用して遠くから敵を追い詰めることができる! アタシがお前を見つけられても、お前に私は見つけられない!」

 

 そしてまた高笑いが聞こえる。苛立ちながら一歩踏み出すと、背筋にぞわりと寒気がした。その寒気に従うように踵を返して彼の方の囚われてる檻へ向かう

 

「雷雲、入道雲!」

 

 反射的な行動だった。石の壁が檻を包むと、音を立てて一部が崩壊したのを見てぞっとする

 

「貴様…!」

 

 私が虚空を睨むと、また楽しそうにニヤついた相手が私の前に現れた

 

「残念、防がれちまったのか」

 

 そう言いながら心底楽しそうだ。まだ余裕があるようにすら見える

 

「お前とアタシのダメージ差で何が万策尽きたって? お前に何もできないなら動かない方を狙ったほうが早いだろ?」

「薄汚いな」

「なんとでも言えよ。ここならお前の愛しい上司サマか見てるんだ…こっちとしては好都合だね」

「…っ」

 

 確かにそうだ。むしろ狙ってた可能性さえある

 私はまんまと罠にハマったわけか

 

「どうしたよ、もう霊圧抑えきれてないぜ?」

「うるさい…」

 

 相手を睨む。光る刀身をぐるりと回して構えた

 

「破道の五十八、闐嵐!」

 

 激しい竜巻が相手を狙う。私はその隙に彼の方の居る牢からすこしだけ距離をとった

 

「おー、おー、さみしいねぇ。お前の晴れ姿くらい見せてやれよ」

 

 また遠くから声が聞こえる

 正直言ってこの状況は不利だ、相手はこっちを見てるけど、こちらから相手は見えない。まして向こうは容赦なく彼の方を狙ってくる。とりあえず入道雲はそのままにしてるけど、私が窮地に陥れば維持できるかも少し危うい

 

 やっぱり、やるしかないのか

 

「…っ」

 

 翠華、翠華

 貴女も彼の方を、あの刀を守りたいよね

 ごめんね、私のわがままで

 どうしろって言うんだ、こんなの

 

「!」

 

 迷ってるうちにまた衝撃波を感じる。こちらは斬撃で対応するけどなんとかと言う感じだ

 

「どうしたんだよ! 迷ってるとまた上司サマを狙うぜぇ!」

「貴様!」

 

 遠い声に叫んで返す

 どうあがいても彼の方の前で私の力を曝け出したいのか

 彼の方のことだ。私が守らなくたって戦えるに違いない。でも意地でも見られるわけには、もう霊圧は隠せないのだから

 

 少し遠くから爆発音が聞こえて振り返る

 すると相手が上空から衝撃波で壁を壊しているのが目に入った。急いで向かって相手に刃を向ける

 相手はこちらに気づくと半歩後ろに下がった。私の刀を避けたつもりだろうけど、光っている分実際の刃先は奥にある。それをわかっていれば

 

「っ!」

 

 逆手にとって相手の腹を切るくらいのことはできる

 

 相手は腹を押さえながら後ろに退く。しかしそこからだって石化は始まる。すぐに察したのか振動で破壊されてしまったけど、それを差し引いても腹の傷は重いはずだ

 

 それにしてもやっぱり息がしんどいな

 でももう少し、もう少しのはずだ。そろそろ諦めるか死んでくれ

 

「そろそろ諦めろ、卍解など私はもっていない」

「…嘘つくなよ。後ろのそいつの頭かち割ってでも引き摺り出してやる」

 

 相手も後に引けないと言うことだろうか、なんでもいいけどこっちのダメージとしてもこれで終わりにしたい

 

「ぐぁ!」

 

 後ろから聞こえた声に、思わず振り向く

 そこでは彼の方がなにか、ダメージを受けたようなそんなふうに見える

 

「貴様! 何をした!」

 

 また相手は笑う

 

「おいおいおい…檻に仕掛けがないなんて誰がいったんだよ。お前がだらだらしてるから檻の中で霊子が圧縮され始めてるんだ」

 

 そして相手は私を見下して表情をなくす

 

「早くアタシを倒さないと、あいつ死ぬぞ?」

「あ゛ぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 叫んで相手に飛びかかった。そんなに私の力を彼の方に見せたいのか!

 そんなことをしたら彼の方のそばに居れなくなると言うのに!!

 激情したまま何度も刀を振り下ろす。相手はそれを易々と避けてまた楽しそうに笑うのだ

 

「檻の仕掛け解いてやってもいいぜ?」

「早くやれ!」

「お前が卍解するなら、なっ!」

「あ゛ぁっ!!」

 

 今度は太腿を外から蹴られてバランスを崩した

 私が弱い、私が、弱い

 

「ちくしょう…」

 

 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう!

 

 私が弱いばかりに! こんなことになったのだ!

 刀を支えに起き上がる。震える体で、私は言った

 

「…先に仕掛けを解け、それが条件だ」

 

 私の言葉に相手はニヤリと笑う

 

「いいぜ、そのかわり嘘はなしだ」

「…あぁ」

 

 相手が一度指を鳴らすと、後ろから彼の方の声が聞こえなくなった。本当に仕掛けを解いたようだ

「あぁ後、その変な壁解けよ? お前の晴れ姿は上司サマも見たいだろうさ」

「…っ」

 

 彼の方の命がかかってる以上仕方ない。檻を覆っていた残りの石壁を崩して刃先を相手に向ける

 荒い呼吸の中で、また一つ深呼吸をする

 今回はあの時みたいな防具もない。成功するかは半々と言ったところだろうけど、それでもやるしかない

 

 応えて、翠華

 

「…卍解」

 

 そして私を、見ないで

 

 すぅ、とまた息を吸うように霊子の配置が少し置き換わる

 髪を黒から白へ

 服を死覇装から巫女装束へ

 瞳を緑から赤へ

 頭の上の方から音がして、反射的にそこを動かす。どうやら耳も変わったようだ

 少しだけ、さっきよりも視界が明るく感じる。月の光が強くて、私は涙がこぼれそうになった

 

「…『月花紅月狼(げっかこうげつろう)』」

 

 これが私の卍解。

 月を求め、月を愛し、月に仕える…彼の方の為にあるという私の決意

 私の背後から人の身の丈を越える白い狼が…翠華が姿を現す。もう後には戻れない以上、背に腹はかえられない

 

「これでいいのか」

 

 私の声はひどく不機嫌だ。そんなことは相手にも伝わっているだろうけど、こちらとしては伝えていると言う方が正しい

 

「やっと化けの皮が剥がれたな。待ってたぜぇ…!」

 

 楽しげな相手の顔が憎い。何よりも己の弱さが、憎い

 

「翠華!」

 

 叫びと共に翠華が前に出る。大きく開いたその口で相手に噛みつこうとするけど、相手はまさかの距離を取った。また瞬歩でどこかへ消えていく

 

「っ! 逃がすか!」

 

 即座に追いかけても相手の方が早い。私だって歩法はそれなりにできるのに

 また見失った。相手の声がする

 

「はー、危ねぇ危ねぇ。狼の牙は鋭いからな」

 

 ふと、相手の声を聞いて気づいたことがあった。さっきより声の位置がわかる。方角としては東北東で、そちらに顔を向けると翠華もまたそちらを向いていた。卍解して聴覚も上がったのだろうか、しかしこれは好都合だ

 翠華の背に乗って相手を追いかける。相手の影が見えたあたりで刀を構えた

 

「流星群」

 

 流れ星とは流星。規模が大きくなればそのまま威力も変わる

 石の矢は刀から出るのではなく天から降り注いだ。何千という石の矢が雨の如く降りかかる

 

「チッ!」

 

 相手がまた距離を取る。でも次は逃さない

 

「雷雲、鰯雲」

 

 鰯雲は天候が荒れる予兆だという。雷雲の壁は幾重にも幾重にも縁を描くように現れ、相手を囲い切る

 

「っ、『合唱(コーロ)』!」

 

 また重なるような笑い声が石の壁を砕く。でも砕くことができるのは付近の何枚かだけだ、壁は幾重にでも広がっている

「流星群」

 

 もう一度石の矢を降らせる。相手の技が発動してる以上矢が相手を傷つけることはないけど、翠華が入れ込む隙を作れればそれでいい

 私を降ろした翠華は石の壁に紛れて、跳ねるように進みながら相手に向かっていく。流星群の石の矢が尽きた辺りでまた大口を開けて、相手の腕に噛み付いた

 翠華の牙は月大神の刃と同じだ、噛んだ先から石の膜で相手を覆う。でもこのまま剥がされたら意味がない

 

「クソ狼!」

 

 相手の即座の対応で出た蹴りに翠華もやや吹き飛ばされる。石の壁に当たって一枚が砕けた。それでも翠華は起き上がってまた飛び掛かる

 

「水鏡」

 

 月を見るのは湖も同じ。石の壁を水面に見立て鏡を作る。水面に映る月の光を反射して敵に当てればそこから少しずつ侵食は始まっていく

 

 鰯雲の隙間から翠華と相手の攻防が見える。翠華に気を取られた相手が水鏡に気づくはずもなく、上がった腕を動かせないとわかった瞬間私は飛びかかった

 

「なん、だこれは!」

 

 相手は何度も振動で石の膜を剥がそうとするけど、剥がした先から他の箇所が石化する。水鏡は何枚もあるのだから、幾つもの月が相手を"見ている"のだ、逃しはしない

 

 徐々に動けなくなる相手に翠華が飛び掛かる。

 相手がそれに気を取られてる隙に私が彼女の後ろについて、横に飛び退いた翠華のさらに後ろにいた私の刃が相手の喉元を突き刺した

 

「はぁ、はぁ…っ」

 

 肉を絶った、独特の感触が刃を伝って私に触れる

 相手が口からごぼり、と血の塊を吐くのが聞こえた

 

「は…やる、じゃ、ねぇか…」

 

 私は応えない、応える意味もない

 

「お前の、勝ち、だよ…」

 

 話してる合間も相手の石化は進んでいく。私は喉元から刃をぬいて完全に石化した相手が塵となっていくのを眺めていた

 

 同時に石の壁が音を立てて崩れ落ちる

 私もまたその場に崩れ落ちた

 

「はぁっ、はぁ、はぁ…っ、はぁ…」

 

 集中で散っていた痛みが帰ってきた。呼吸はしづらいどころではない、呼吸が痛い。腹の傷も流石に血は止まってそうだけどまだ激痛を発してる

 立ち上がるのも難しい。左肋骨を押さえてないと呼吸ができない。翠華はそんな私に寄ってきた

 

「ごめ、すいか…あのかたを…っ」

 

 翠華はやれやれと言った様子で檻に向かった。力づくで檻を壊したのか、家屋を押し潰すような音が聞こえる

 重たい音を立てて帰ってきた翠華は背に彼の方を乗せていた。もう今更見られても同じだと嫌味を言うように

 

 私は唾液を飲んで、左肋骨を押さえながらなんとか跪く。頭を下げて、言葉を捻り出した

 

「申し訳、ございま、せん…っ。貴方様、にお怪我を…」

「喋らなくていい! 今はその傷の手当てが先決だ!」

 

 貴方が私に駆け寄る。あぁ、貴方は優しいな

 

「い、ぇ…これが、私のしめい、です、ので」

 

 一つ言葉を発するのが痛い

 咽込めば必ず血痰を吐く

 

「とにかく卍解を解くんだ。応急処置をする!」

「わ、かり、まし…」

 

 なんとか刀を鞘にしまって卍解を解く。上手く言えないけど、力が抜けるような感覚があった

 

 あ、でも、卍解解くんじゃなかった。そうすぐに思った

 

 緊張が解けるということは、意識が手放されるということで

 体に力が入らなくなって、そのまま重力に従って落ちていくのにそこで踏ん張れない

 

 だめだ、眠い

 

 

 

 

続

 

 

 

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