岡崎泰葉さん、女の子の「後輩」にイカされてしまう 作:ふりーじ屋/家庭内禁書
Skebリクエスト内容(→https://skeb.jp/requests/772041)に「泰葉らしい部分での因縁」とあり、これなんだろうな……って考えてのめりこんだぶんだけ、ご依頼より字数がかさんでいます。
作中の泰葉センパイが歌う歌詞はすべて間違っていますが、忠実にしちゃうとそれはそれで怖いので直しません。
(ハーメルン転載する前は考えてなかったのですが、正確にしちゃうと使用楽曲情報も書かなきゃならんですし……)
あたしのスマホには、アイドル・岡崎泰葉にとって……世間に知られたら、命取りになりかねないほどのスキャンダルになる音声が入っています。
うら若き乙女にあるまじき……それでいて下世話な需要がある、つまりやらしいシロモノです。
あたしが録ったのです。
……他人に説明するとしたらこう言って間違いはないのです。
けど、あたし自身の舌でこう言ってみると、耳にこういう言い方があまりしっくりきません。
まず、岡崎泰葉はあたしにとってはいまだに女優です。女優であるべきだったんです。いまだってアイドル転向したと言いつつ何食わぬ顔でドラマ出たりなんだりしてるじゃないですか。
あと、泰葉“センパイ”です。呼び捨てなんてとんでもない。あの人と知り合ってから、あたしがあの人に呼びかけたうち9割以上は「泰葉センパイ」って呼び方だったはず。実際、あたしは芸能界で泰葉センパイ――女優・岡崎泰葉――の背中を追いかけてきました。芸歴で――ついでに、実年齢でも――泰葉先輩は、いつもあたしの一歩先か二歩先にいました。
あと、最後にもうひとつ。
命取りになりかねないほどのスキャンダルになる……ってのは、泰葉センパイだけじゃなく、あたしにとっても同じです。
※
あの日、泰葉センパイとあたしは都内某所のラジオ局のなかでばったり顔を合わせたんです。
あたしはマネージャーさんと一緒で仕事上がりだったところ。泰葉センパイもスーツ姿の若い男の人ひとりだけが連れでした。顔つきや立ち居振る舞いから見る限りリラックスしているようでした。あたしと同じように仕事上がりだろうと思って声をかけました。
おはようございます、あがりですか? と、あたしは膝を軽く曲げながら聞きました。
そうだね、“たっちゃん”も? と泰葉センパイ。
たっちゃんは泰葉センパイがあたしを呼ぶときの呼び名です。
実を言うと、あたしも名字がオカザキなのです。芸名も本名も。ただ漢字で書くと“岡﨑”、つまり立つ崎なので、たっちゃん。
あたしは、自分から泰葉センパイに向かって親しげに声をかけておきながら、泰葉センパイから親しげに返してもらうと、なんだかイライラしてたまらなくなりました。それを察してか、あたしのマネージャーさんが、横から「早くおしゃべりを打ち切ってしまえよ」という顔をしていました。
「泰葉センパイ」「たっちゃん」などと親しげに呼びかけあっているくせに、あたしと泰葉センパイはさほど親しくありません。
だいたいにして「たっちゃん」って呼び方があたしにとってす~っごく嫌な思い出に由来しています。初めて泰葉センパイととあるドラマで1話がっちり共演したときでした。台本チェックしてたらキャスト表であたしの「岡﨑」が泰葉センパイの「岡崎」って誤植されててスタッフさんツメてたときに、横から泰葉センパイが「あまりワガママ言って進行のじゃまにならないようにね」とでも言いたげに「これからたっちゃんって呼ぶようにしようか」とかなんとか言い始めて……たぶんセンパイは、悪気なく。それからあたしは現場で「たっちゃん」になってしまいました。
あたしが間違えたわけじゃないのに。なんであたしがワガママで、泰葉センパイが物わかりいい子みたいな扱いになるんでしょう。
それでもあたしたちイメージ商売ですから腹が立つのを無理やり押し込めました。芸能人やってるとこういうコト気にしなきゃいけないのきゅうくつです。あたしも名前を商売道具に使っていなければ、名前書き間違えられてこんなにイライラしなかったかもしれないんですけど。
それから泰葉センパイとは、あちこちの現場で顔を合わせて、そのたびにあいさつしていくらか仕事の話を……ぐらいの間柄でした。
いや、女優じゃない人の感覚だと「いくらか」じゃ済まないぐらい話しているかも。
映画やドラマや舞台だと打ち合わせでみんなけっこうしゃべりまくるんですよ。あたしたちは、どういう観客に見せたらウケるだろう、ってマーケティングに乗っかって動いているんで……どういう客層なら興味を持ってくれそうだ、そういう客層をハラハラさせたりドキドキさせたりシクシクさせたりするにはどうすれば……って計算を各自やっておいて、しかもその計算が演者や制作進行や広告宣伝のあいだできっちりすり合わされ共有されている必要があります。
まぁ「きっちり」は理想論ですけど。
そういう流れの最前線にいるあたしたち演者も、セリフ1つずつ、仕草1つずつに、配役されたキャラクターをもとにした計算ではじき出した根拠を求めます。前々からそう思っていた……とか、状況に流されてつい……とか。根拠をもとにセリフや仕草を解釈して、演じているわけです。どういう解釈がいいか、演者どうしでもそれ以外でもいろいろ話し合う必要があります。
泰葉センパイはあたしと1歳だけ年上のほぼ同年代。しかも泰葉センパイが大人しくて優等生っぽい路線、あたしがやんちゃな問題児路線だったので、学園ドラマなどでセンパイがあっち路線の枠、あたしがこっち路線の枠って共演することがままあったのです。
ただ、仕事以外の話はしませんでした。事務所も出身地も違くて、共通の趣味も友達もありませんでしたから。
ラジオ局でばったり顔を合わせたときに話を戻します。
あたしは泰葉センパイをカラオケに誘っていました。なんだか衝動的に。そして強引に。泰葉センパイのちっちゃい手を握ってあたしがぐいって引っ張るとセンパイの体勢がかしぐ。
泰葉センパイの手をつかみたかったからなにかに誘おうと思って思いついた名目がカラオケだった、ってだけかもしれない。センパイはカメラやマイクがないところでもお利口さんだから、あたしにそうされても露骨には嫌そうな顔つきや素振りを見せない。あたしのマネージャーさんは露骨に困惑していました。
あたしは泰葉センパイより20センチぐらい背が高い。ランドセル背負わされてたころはセンパイと大差なかったんですけど、セーラー服やらブレザーやら着る年ごろになってからぐんぐん伸びだして。仕事で着るものは合わせてもらうからまだしも、プライベートでの学校の制服はサイズ違くなって使い物にならなくなって「成長期の男の子みたい」なんてお母さんに呆れられました。
だから肉体的にはセンパイをぐいぐい引っ張れてしまいます。
身長についてもあたしは泰葉センパイとの思い出があります。
あたしがかつて「身長が高いとドラマや映画で使いにくいって言われまして」とかなんとか愚痴ったんです泰葉センパイに。あたしの身長170ちょっとになってたので下手な俳優より高くて、一緒に並ぶと画面づくりが難しいのですって。事務所からは「アイドルとかミュージカルとか、ステージで踊る路線のがいいんじゃないか」とも。ただの自慢ですが、手足が長いと振り付け一つ一つ演(や)ったときの印象がだんぜん強いのです。
いま泰葉センパイがアイドル路線に転向していて、あたしが女優路線のままですが、愚痴ったときはあたしのほうがアイドルに近かったのです。
泰葉センパイはいかにもお利口さんなので、とある俳優さんの例を出してあたしを励ましてくれ……とあるって言うかここ伏せる必要ないんで名前出すとセンパイが例に出したのは阿部寛さんです。
泰葉センパイがあたしに語ってくれたのはだいたいこんな話です。
阿部寛さんってあたしたちからすると俳優のイメージしかないですけど、「たっちゃんや私たちが生まれる前」……阿部さん当人が大学生だったころは、ファッションモデルとしてブレイクしていました。でもファッションモデルは年食うとやりにくい仕事だからって、卒業が見えてきたころ芸能界を引退するつもりだったようです。雑誌オーディションあがりだったそうで、毎年同じ登竜門をくぐってくるライバルが増えていきますからキツいんでしょうね。
それで就活で電機メーカーとか申し込むと(阿部さんは中大の電気工学科卒なんだそうです)そこでは「あの『メンズノンノ』の阿部寛が」って腰掛け扱いされて。いまよりずっとファッションモデルの知名度や影響力が高かった時代だそうで。
じゃあそれならと俳優に転向しようとしたら、ファッションモデル時代のイメージやら、あのこってりしたお顔やら、公称189センチだけどたぶん190センチ以上ある長身やら……のせいで「フェラーリで乗り付けるような」二枚目役しかできず仕事が減る。そういう二枚目役って1作品に1役あるかないかですから、元のパイが少ないんです。俳優稼業が成り立ちません。
モデル時代の実績や強みだったものが、俳優業で足かせになってしまいましたとさ。
そんな羨ましいけどどうしようもなく重いハンデを背負った阿部さんは、一時は「あの人は今」ってぐらい忘れられていたそうですが、それでも俳優として自分を磨き続けたそうです。高倉健さんの演技を直に見て勉強するためエキストラと勘違いされるほどの端役でも取りに行ったり、公演期間中すら目まぐるしくセリフや演出を切り替えちゃうつかこうへいさんの舞台で鍛えられたり、それらと並行して古武術や殺陣の稽古を受けたりして……その後のご活躍は「たっちゃんや私も知っている通り」とのこと。
泰葉センパイから阿部寛さんの例をもって励ましてもらったときのあたしの気持ち、なんと説明したら伝わるでしょう。
それまであたしは泰葉センパイを鼻持ちならないって思ってたんです。センパイはとにかく自分を抑えた優等生で、控えめで、いつも周りを立てて、あたしと似たような名前で、いつもあたしより評価が高い。現場でも世間でも。あたしはだいたい「じゃないほうのオカザキ」でした。
また優等生らしいことふかしやがって。それが半分。
でも残り半分で、泰葉センパイも……あたしが気づかなかっただけで、本当は演技とか、女優とかにこだわっていたんですか? 芸能界でとにかく生き残れればいいみたいなスタンスだけ表に見せてたけど、裏では、実は……?
まぁ、それから泰葉センパイは女優からアイドルに看板をかけかえてしまいましたが。
勝ち逃げされちゃった……って思うのは、おかしいでしょうか?
「たっちゃんが私をカラオケに誘うなんてね、いちおう時間は……」
また、ラジオ局でばったり顔を合わせたとき……の、少しあとに話を戻します。
「やった! アイドルのナマ歌ひとりじめなんてうれしいーっ」
「それ女優のセリフじゃないでしょ……ああ、何かお話?」
「ええ、年ごろの女子どうしじゃないとできないんですー」
ラジオ局から、てきとうなカラオケボックスに。折よく空いてて部屋選び放題でしたけどあたしと泰葉センパイの2人きりだからいちばん狭い個室に。
フリータイムにドリンクバーつけて、アイスも一皿ずつとってきて。
それからあたしは泰葉センパイを押し倒しました。
「……あなたが、こんなことするとは思わなかったけど」
「でしょうね」
あたしが体格差を生かして泰葉センパイのプリーツスカートをずるずる剥ぎ取ろうとすると、センパイも戸惑うのをやめました。
「だったら……」
「泰葉センパイ」
あたしを信頼していたかのようないい子らしい口ぶり、やめてください。
「あたしが泰葉センパイのことをどう思っているか……? それを、センパイがちょっとでも考えていたら、あたしと2人きりでノコノコとカラオケなんか行けないはずでしょう」
信頼していたんじゃなくって、歯牙にもかけていなかったんですよね。それで無警戒だった。もしあたしがよくしらない自称ファンの女の子だったら万が一にもこうはならなかった。
でも泰葉センパイそんな深刻な顔つきしなくていいですよ。あたしが、アイドル・岡崎泰葉の面の皮の厚さを測ってあげましょう。それだけの話です。
アイドルとしてのイメージを守れるか、守れないか、その二択だけ。演技ってそういうものですよね。30パーセントぐらいイメージが伝わるとか、7割伝わったということってあまりありませんね。
作り込んだイメージがきちんと伝わるか、伝わらないか。保てるか、失ってしまうか。全か無か。
泰葉センパイは優等生なりに抵抗してくれましたが、こういうとき体格差は残酷です。サシの取っ組み合いじゃ、泰葉センパイはあたしにかなわない。身長が違うから腕力も体重も違う。ああ、阿部さんみたいに古武術やっていればよかったですね? それか、目を突いたりとか髪を引っ張ったりとかもっと優等生らしくない抵抗ができてたら。
あたしは泰葉センパイに無理やりキスして、それをスマホに録っちゃいました。
「これで、お互い、ただじゃ済まなくなりましたねぇ……?」
キスだから、あたしもばっちり映ってます。これもスマホに残っています。あたしも気が変になってたようです。
「……録るのは、やめて」
「あはは、ふつうは乱暴をやめろ、でしょう!」
録画をやめてあげました。でも録音はこっそり続けました。
カラオケボックスの音が反響する狭い個室だったんでセンパイの声がじゅうぶん録れてました。
だから。
あたしのスマホには、アイドル・岡崎泰葉にとって……世間に知られたら、命取りになりかねないほどのスキャンダルになる音声が入っています。
うら若き乙女にあるまじき……それでいて下世話な需要がある、つまりやらしいシロモノです。
あたしが録ったのです。
※
泰葉センパイにカラオケマイクを持ってモニターの正面に立ってもらいました。薄暗いカラオケボックスのなかで、業務用モニターの液晶のぼわっとした光がセンパイの肌と乱された着衣を青白っぽく照らしていた……って記憶が、スマホで録音したのを聞き返すだけで目の前に浮かびます。センパイの着衣は、白地に差し色の青が入った半袖ブラウスに赤いネクタイ、青いプリーツスカート。メガネもかけていました。「無難と思いますけど、センパイのお人形さんみたいな丸っこい顔にはもうちょっとフレーム角ばっててもいいかもですね」って思う楕円形のオーバルでした。メガネ、前々からセンパイがかけているところ見た覚えがありますけど、それが伊達じゃなくて、うっすらだけど度入りだってはじめて気づきました。
スマホでくだんの音声ファイルを再生し続けていると、アイドルソングのイントロが聞こえてきました。あたしが泰葉センパイの「ナマ歌ひとりじめ」をお願いして、泰葉センパイがちょっとキンキンした響きでここから歌ってくれたんです。泰葉センパイ、最初はステージマイクのやり方でカラオケマイクやっちゃってました。友達とカラオケあんまり行ったことないんですか? でも、さすがに声をすぐ修正して……「逆境こそがチャンスだよ――さあ来い、さあ来い――カラダ張りまくって♪」……嫌味な曲目だったかな?
でも、ちゃんと歌ってくれました。
不意に、ほんのちょっとだけ、泰葉センパイのトーンが揺らぎました。
それは、あたしが泰葉センパイの耳に、ふぅーって息を吹きかけたから。軽く吹きかけただけだから音声にあたしの吐息は残っていないけど、もうセンパイの反応で思い出せる。あたしが確かにそうしたって事実も、そのときの肺やくちびるや頭や背筋がゾクゾクした感覚も。
「センパイ、敏感ですね~。これじゃ、へんなところ触ったらポトって落ちちゃいそう。ドキドキしちゃいます」
泰葉センパイは素知らぬ顔で歌っていました。持ち歌じゃないからか、歌詞はモニターを見ていないとわからないみたいだけど。あたしのまつげがセンパイにくっつきそうな距離でした。
歌詞を見るじゃまにならないよう、あたしは泰葉センパイの横に陣取りました。すぅってうなじの匂いをかぎました。甘酸っぱくていい匂いがした……聞いているだけのいまでも、鼻の少し奥まったところにほんのり蘇ってくるよう。これ、あたしも同じ女の子だからわかります、制汗剤やら香水やらはほんのちょっと、センパイのカラダそのものがいっぱい詰まった匂い。
「髪、撫ででもいいですか? 泰葉センパイ、昔からいっつもぱっつんで……いったんそれで顔と名前を覚えられちゃうと、変えにくいですよね、わかります」
泰葉センパイは、あたしの目から見ても、まだ素知らぬ顔で歌っている。
本当にすごい。すごいことなんですよ?
あたしがもっとも簡単だと思う演技は、死ぬ演技です。人はみんないつか死にますけど、死んだ経験のある観客はいません。他人の死に立ち会った経験がある人だって少ないでしょう。しかも現実でもフィクションでもいろんな死に様があります。だから演技に「そんなの違うでしょ」ってケチをつけにくい。
死ぬ演技に比べたら、歌う演技はだいぶ難しいはずです。自分で歌った経験のない観客なんて、まずいません。他人が歌うのに立ち会った経験がある人だってたくさんいるでしょう。
「このぐらいなら、ぜんぜん余裕そうですね。もっとイケないとこ、触ってもいいですか?」
あたしが許可を求めるのは口ぶりだけ。泰葉センパイの、ちょっぴりプリーツのよれちゃったスカートごしに、太腿とお尻を撫でる。
またほんのちょっとだけ、泰葉センパイのトーンが揺らぎます。
手が、センパイのさらっとしたプリーツスカートと、その向こうの肌のわずかな強張り具合を思い出します。
ここで一曲終わります。まだまだ、いけますね。さすが泰葉センパイ。
まぁ、もう一曲。
泰葉センパイなら、知らない曲でも、ガイドボーカルがあれば歌えますよね?
「え、ええと……コール、コール、コール――ホワット・ユア・フォン・ナンバー……えぇえ……?」
泰葉センパイが戸惑ったのは無理もありません。あたしが、あたし自身でもよく知らないK-POPをてきとうにタブレット端末から選んでカラオケのリクエストに飛ばしたからです。英語の部分ならともかく韓国語だとだめみたいです。
それはそれとして、K-POPって歌舞伎なんじゃないかって濃いメイクしますし、足腰やたらくねくねしてる振り付けでなんだかえっちだし、あれがもっと日本で流行るようだとあっさり優等生キャラのセンパイはやりにくいかもですね。ただK-POPってアメリカの後追いだから、どうなるのやら。
「足、震えてますよ? センパイっ」
泰葉センパイのプリーツスカートは校則をきっちり守っているのか膝丈でした。その膝がしらや膝裏を、すーって指先で不意打ちに撫でてあげました。「震えてますよ?」ってクチだけで煽ってみました。でも声も吐息も足もほとんど震えてませんでした。ここらへん皮膚が薄いし、あまり触られ慣れていないところだろうから、つい反応してしまいそうなものなんですが。
やっぱり泰葉センパイはすごい。
監督、演出、ディレクター、プロデューサー……そのほかいろいろ、芸能界の偉い人は、不思議と、簡単なことをえらく難しそうに見せる。それに、あたしはよく心のなかでよく失笑させられます。
でも泰葉センパイは逆です。難しいことを、えらく簡単そうに見せる。それでいて、みんなにずっと慕われてる。
なんでそこまでできるんです?
「うーん、よく知らない曲入れちゃって、盛り上げられなくてすみません。ちょっと、前の人の履歴を見てみましょうか。ふふ、本当に友達どうしでカラオケ行ってるみたいですっ」
カラオケの履歴は、一昔二昔まえの曲目が多いように見えました。たまに近年のが入ってるかどうか、って具合でした。
あ、アニソンもある。女の子向けの。懐かしい。録画してもらってよく見てたなぁ……また深く考えず入れちゃいました。
「泰葉センパイはちっちゃいころ、女の子向けのアニメとか見てました? おもちゃ買ってもらってました? あたしの地元では木曜日にやっててそれを録ってもらって……あ、もしかして、センパイはおもちゃを宣伝する側だったとか」
「……まぁ、その」
泰葉センパイの表情と声音は、歌っている時がウソのようにどんよりしています。イケませんねぇ。
あたしたちにとって、懐かしくて明るくポップでガーリーなナンバー行ってみましょうっ。
「……あの日とちがう自分がいた――いまを好きになる、ありがとーっ♪」
泰葉センパイが、あたしにすりすりあちこち触られながら、かわいく歌ってくれている。
まだまだ自然体でした。
あたしたち女優は、意識的に「自然体」な姿を見せる必要があります。矛盾してますね? でも言葉にするとそんな感じのことを求められています。
この「自然体」を見せる手っ取り早い方法は、ちょっぴり集中力を散らすことです。
例えば、学校で憧れの先輩に「好きです」と告白するとしましょう。演技じゃなく。その直前は、肩に力が入ってカチカチになって、くちびるも舌もうまく回らないでしょう。目も合わせられないかも。「好きです」って言えても、妙にキンキン甲高い声になっちゃう。目の前の人を意識しすぎるとそうなる。
でも、告白の直前に、まったく関係ない動作を……例えば、バレエのグランフェッテをマネして片脚で2-3回くるくるターンした直後に「好きです」って言えば、ターンに集中力がとられていて、ずっと自然に言えます。
なに、ターンするのが不自然? うるさいですね……。
いまの、歌に集中力を取られている泰葉センパイは、どこまで自然なんだろうか。
「きっと♪ 終わりはないよ……っ!?」
あたしが、泰葉センパイの膝丈プリーツスカートをぴらってたくし上げてしまいました。いまどき小学生男子だってやらないスカートめくり。
センパイのすらっとした脚が、あたしの手の届くところに無造作に伸びていました。スタイルだけはセンパイに負けてないと思っているあたしですら、息を呑んでしまいそう。
「……うふふ、おみ足拝見しちゃいました。水着グラビアの需要、ありそうですね~」
笑ってごまかします。あたしが泰葉センパイの面の皮を剥がそうというのに、あたしが動揺しちゃいけない。あのとき、あたしが泰葉センパイの様子をうかがっていたように、泰葉センパイだってあたしの様子をうかがっていたはず。
あたしも、泰葉センパイも、演技している真っ最中の女優でしたから。
「……何気ない毎日はー♪ 何かが足りなかった――空っぽのような気がしていたーっ♪」
女優は確かに、素人さんよりウソをつくのがうまいです。それはみんな大なり小なり知っています。でも、どんなウソをいちばんよくついているか、どんなウソをいちばんつかなきゃならないかは、あまり知られていません。
いちばんつかなきゃいけないウソは、目の前にいる相手のことをそれほどしっかり見聞きしていないふりをしながら、しっかり見聞きすることです。
あたしたちの商売は、共演者のセリフや動作と自分のセリフや動作をすり合わせて、一つのドラマなり舞台なりの雰囲気を作る必要があります。そのためには、自分以外のヒトやモノやコトをしっかり観察したり傾聴したりしなければなりません。でも、観客や視聴者の皆さんからすると、そういう観察や傾聴は、日常でやらない仕草ですから、不自然に感じられてしまいます。芝居がかってくどく見えてしまう。だから、観察や傾聴をしながら、そうしていないふりをする。くどく見えないように。これが女優いちばんのウソです。
「どんな出会い――どんな世界がつながる――♪ さみしい気持ち、うれしい気持ち、連れ出して――♪」
あたしはゆっくり泰葉センパイの膝上をさすりました。痛かったりくすぐったかったりしない具合にしましたが、触っている場所は内腿とかお尻とか、完全にセクハラ。あたしの手のひらと比べるともちもちしていました。つまりさほど緊張していなかった。
「……泰葉センパイ、下着の替えは持っていますか?」
「あの日とちがう――自分がいたっ♪」
「まぁ、最悪スカートは履けるままにしておきますよ」
泰葉センパイにスカートを履かせたまま、あたしは手触りだけで下着に探りをいれます。つるつるしたシルク……いや、実用性が必要なだいじなところは綿みたい。生理用品とかがないことも確かめました。体臭の時点で大丈夫そうだってわかっていましたけど、いちおう。「スカートは履けるままにしておきますよ」って言ったそばから血ジミつけたら格好悪いですからね。
あたしの指先が、泰葉センパイのだいじなところのなんだかこもった気配を感じ取れていた。ちょっと湿っぽいけどえっちな汁ではないでしょう。
冷や汗とか脂汗だったのかな。そうだったらいいな。
「っ!」
クリトリスあたりを撫でようとしたら、いきなりアタリを引いてしまったようでした。音声にもばっちり残っていました。あたしは泰葉センパイの眉毛がびくってしたのまで思い出せる。
けれどさすが泰葉センパイ、すぐに楽しそうな顔で軽快なアイドルソングに戻る。
「こんなすぐ触っちゃうつもり、なかったんですけどね」
あたしも余裕ぶりながら、さらに指での刺激を繰り返します。弱くてじれったくなるほどの刺激がクリトリスにちょうどいい……どうなんだろう、泰葉センパイの好みは。
親指の腹でスタンプでも捺すようにまんべんなく圧迫しました。人差し指と中指で、突起の根本をくるくるなぞりました。布越しでいいんです。むしろ布のほうが、指の皮膚より表面がさらさらしていて摩擦が効くのでは、って感覚まであります。
あ、曲が終わってしまいました。スカートからいったん手を抜いて、もう一曲……その前に。
「歌いっぱなしですし、お飲み物でもいかがですか? アイスは溶けちゃってますけど」
泰葉センパイは何食わぬ顔でコップの烏龍茶を飲んでいました。烏龍茶の氷はまだ溶け切っていませんでした。こくん、って喉が動いたのを見てドキドキしました。センパイは首もほっそりしているから動きがよくわかるんです。でもスポーツドリンクや炭酸飲料のCMに出るなら、もうちょっとだけ太くて日焼けしている喉がいいでしょう。
もう一曲。タブレットに表示されてた10年代ヒット曲特集から当てずっぽうに。
「わたし、以外……っ!?」
のっけからクリトリスをつまんじゃった。
あ、コーラの宣伝ソング選んじゃってました。泰葉センパイが喉こくんってさせてたの、意識してなかったつもりで意識しちゃってたかな。
「良くなりそうなあしたに期待するたびに――だけど、いざ始まれば一人芝居――♪」
あたしはあいかわらず手探りで泰葉センパイのあそこをすりすりしていた。クリトリスがかろうじてそれとわかるぐらい勃起していた。たぶんセンパイの意思と無関係に。
たぶん、クリトリスをつねっちゃってたらさすがに泰葉センパイももだえたでしょう。でもそれじゃだめだからあたしはしなかった。むしろ、間違って痛がらせないよう、めいっぱい優しく、ていねいに、ていねいに、扱いました。
だって、そうでしょう。暑い、寒い、痛い、苦しい。眠たい。お腹が空いた。お手洗いに行きたい。生理が重い。そういうのは、誰だって――それこそあたしだって――同じように反応しちゃうから、面の皮を剥がしたことにならない。
「だけど意外と目をつむった瞬間に……んっ……!?」
「……あはっ」
泰葉センパイのあそこをまさぐっていた手をまた引いて、あたしはまさぐっていなかったほうの手と指を組み合わせた。どすん、とソファに座って、組み合わせた両手のうえにあごを乗せました。
指先がちょっと汗臭くなってた。
「私以外私じゃ――ぁ、っ――当たり前だけどね――♪」
あたしが距離を置いているのに、泰葉センパイの声がわずかに乱れる。
あたしに匂いをかがれちゃった、ってわかったんだ。当たり前ですよね。素知らぬふりをしているだけで、あたしのことをしっかり見ているんだから。
「もっと違う設定で、性格で、価値観で、出会って――♪」
そしてあたしだって、泰葉センパイの反応がわかっちゃう。
「このままキミを連れて行くよ――揺れたり震えたりしたって――♪」
やっぱり、あたしまでドキドキする。
「……泰葉センパイ」
あたしのつぶやきが、間奏できゅんきゅん泣くエレキのあいだに混じって録音されていました。
言葉や小道具やシチュエーションまで使ったウソを見抜くのは難しいけれど、体だけでつくウソって実は見抜くのが簡単です。
例えば……ある俳優の肘とか膝だけに豆電球を着けて、部屋を真っ暗にして、そのあとその俳優に重い段ボール箱を床から持ち上げてもらったり、持ち上げるマネをしてもらいます。それをふつうのカメラで録ります。すると映像では豆電球の動きしか見えません。けれど、俳優が箱を実際に持ち上げているか、マネしているだけなのか、映像を見れば簡単にわかってしまいます。俳優が演技のプロで、カメラ映像を見る人が素人であっても。
体だけのウソはすぐバレちゃう。
「歌、お上手ですね。でもアイドルって、そのぐらいのお歌で、お金がとれるんですか?」
離れたまま、ちょっと煽ってみます。でも、あまりプロらしく歌っちゃうと、それはそれで。
プロの女優は、あんまりプロっぽく見られては困る、というジレンマがあります。
歌の上手い下手なんて素人でも聞けばだいたいわかります。特にステージでステージマイクを持たされたとき、「歌が上手な素人」と「プロの歌手」の差は露骨です。ステージマイクは広いライブ会場にしっかり音を届ける仕組みになっているから、カラオケボックスでのカラオケマイクとはぜんぜん勝手が違います。泰葉センパイも、ステージはともかくカラオケ慣れしていないのかそこちょっとだけしくじってました。
まぁ、プロって、そういう……素人とはっきり差別化できるスキルを持っていて、それを売る……それがふつうですよね? ふつうのプロってのも語弊がありますけれど……でも、もし女優がスキルをはっきり見せたら?
「生きていたいの――ふつうでしょう♪」
あの人の演じる役って、何を演じてもあの人だよね……ってなってしまいます。
正直、泰葉センパイってそのクチあったと思うんです。センパイの需要は、こういうと失礼かもですけど、演技力というより、人望だとも思います。泰葉センパイが現場に入ってると、あたしみたいな子が大人しくなる。あぁ便利ですね。
もう一曲入れ直すあいだ、あたしは自分のメロンソーダをなめました。ハッタリばっかりしゃべっていつのまにかカラカラになってた喉に、メロンなんか入っていないメロンソーダ。
あたしにあそこいじられているのに素知らぬ顔の泰葉センパイ。
楽しく歌手ごっこするための個室。
ウソばっかり。
「ちょっと、このあたりで力強い男歌を一曲いってみましょうか」
でもウソはすごいんです。
昔、スナック菓子のCMに出させてもらった時、「ちゃんとした演技に必要ですから!」「社会科見学と同じです!」と言い張って、そのメーカーさんの製造工場にお邪魔したことがあります。
そこでフレーバーを扱う人から調合された香料をかがせてもらって、びっくりしたことがあります。チーズとか、海苔とか、バーベキューとか、コンソメとか、そういうの、実物よりも香料は本物らしい匂いしてます。目をつむって、本物とかぎ比べさせられたら、本物を選ぶ人なんていないだろうってくらい。
あたしたちの演技も同じです。演技は最初っからウソっぱちです。
でも、本物より本物らしいウソは、作れます。
「そーの船を漕いでいけ――お前の手で漕いでいけーっ♪」
泰葉センパイのウソはきれいだから、あたし、きれいに剥がしてあげたかったのにな。
※
「あたしも、マイク使わせてもらいます。うまく拾ってくれればいいけど」
なんの変哲もない道具が、ときに演技のプロのあたしたちでもびっくりするぐらい、演技を左右してしまう場合があります。
ちょっと前、養成所の練習で「部活の先輩に『おつかれさまです!』と声がけする」スキットに苦戦している後輩を見ました……「たったそれだけに苦戦?」って思ってはいけません。言いましたよね? 死ぬ演技とわけが違います。「おつかれさまです!」と言ったことのない日本人はそうそういないでしょう。
そのときあたしは、自販機で小さいミネラルウォーターのペットボトルを買ってきて、その後輩に手渡しました。すると後輩は、ぐっと自然に「おつかれさまです!」と言えるようになった。なぜだと思いますか。ミネラルウォーターのボトルを手渡しできる状態が、手ぶら状態より「おつかれさまです!」というセリフとうまくマッチするからです。
逆に、マッチしない道具があると、演技はずっと難しい。
泰葉センパイには、ずっと難しくしてあげたほうがいいでしょう。
「……うまく拾ってくれればいいけど。カラオケマイクってポップガードなし前提の、それなりの感度でしょうし」
泰葉センパイはわかっていたでしょうが、念押ししました。
あたしがマイクで拾おうとしていたのは、まともな歌声ではありません。
「この舟に、巧みにかざせよ、キミの名を――ん、くっ――夢でー、また会おうと、向かう地に――♪」
左手にマイク、右手はまた泰葉センパイのスカートのなか。やりにくかったので、あたしは床に膝をついてスカートのなかに首を突っ込んでしまいました。たぶん演技じゃないっぽいセンパイの匂いをじかに嗅ぎました。
もう、しっとりぐらいには濡れてた……かな。
「さすらえど、さすらえど、果ての見えない旅路に――ひゃ、あっ!?」
「動かないでくださーいっ」
また、クリトリスを責めました。
「っ!!」
泰葉センパイの内腿がマイクのヘッドにむにゅってぶつかって、ボッて雑音。センパイの腿裏あたりが、スカートに潜り込んだあたしからもこわばったように見えた。
いきなりのノイズに驚いたんですか。
それともここまできてさすがにあたしの意図に気付きました?
「その船は、いまどこに、ふらふらと……ぅ、あ――浮かんで、いるのっ――」
「できませんか?」
あたしも泰葉センパイも……もしかすると芸能界のパフォーマーってみんな「できないの?」って煽りに弱いとこあります。
できなきゃ、仕事がなくなりますから。
「……できませんかね」
あたしの意識には、スマホに録音されていた泰葉センパイの歌声より、泰葉センパイのあそこがくちゅくちゅささやいているのをなんとかマイクで拾ってあげようと、センパイのすらっとした両足のあいだで躍起になっていた心地のほうが、ず~っと濃く渦巻いていました。こうして聞いて思い出しているいま、そうなんです。
やっていたころは、もうそれしか考えてなかった。くちゅ、くちゅ、ってあたしの耳には聞こえるのに。泰葉センパイにも聞かせてあげなきゃ。そんな感じでした。
「船をこぎ、船をこぎ、脈々とつらねよ、キミの――っ!?」
もう曲を選ぶのめんどくさくなって、あたしはタブレットから履歴を呼び出して同じの即リピートです。
また、エレキギターを無理してMIDIで打ち込んだイントロをカラオケが吐いて、泰葉センパイが歌ってくれる。
「流されまいと逆らいながら、船は挑み、痛み――♪」
あたしは泰葉センパイのあそこをいじりながらマイクぐりぐりしてました。夢中でやってて感覚的にあっというまでした。
でもこうやって聞き返すとなかなか長く感じます。けっきょく、くちゃくちゃ、とか、ぐちゅっ、って音が拾えていません。しょうがないなあたし。
泰葉センパイはきっとあたしよりもっと長く感じてたはずです。
「お前が消えて――喜ぶ者に――お前の――はぁっ、ふぅっ!?」
「センパ~イ?」
有名な演出家のセンセイから聞いたことがあるんですが、実際に演じている最中の演者は、演技をはたで眺めている人より、演技している時間を長く感じるそうです。例えば抜き稽古のとき、はじめて動作も込みでその台本のセリフを読み上げながら、横から演出家が「もっとこうして」と指示するとしましょう。そこで演出家がいちばん多く言わされる指示は「もっとセリフとセリフの間をとれ」なんですって。
そのセンセイは、「演者は、もう台本を覚えてるから、ついスルスル進めたくなっちゃうんだろうか」って補足してくれましたけど、演技する側から言わせてもらえば、その理屈ちょっとしか関係ないと思います。演技している最中は、単純に時間を長く感じます。
そう、だから、泰葉センパイはあたしよりこのときをきっともっとずっと長く感じていたはず。音が拾われちゃうかも、って緊張感もあったでしょうし。
「すべての、港の、明かりが、消えて、も……んくっ……はぁ、あっ……はぁっ……ハ、あッ……」
リピート、何回したあとでしょうか。
だいぶしんどくなってきたらしく、はじめて泰葉センパイがあたしに弱音を聞かせてくれました。
「あの、その……ナカは、やめて……」
はじめてっていうのは、あたしが出会ってからはじめて、という意味です。
すごいですよね。泰葉センパイの弱音ってそのぐらいレアなんです。
「やめてもいいですけど、そうすると、そのぶんあたしは、泰葉センパイの外に集中できますよ。ナカって、クリほど気持ちよくない気がしますが……それとも、センパイはナカ派なんですか?」
もう一曲。ろくでもないアンコール。
心なしか、泰葉センパイの腿やお腹のあたりがびくり、びくりってこわばる頻度が多くなってきた。
あれ、あたし、強くしすぎました?
「その船を漕いでゆけ――お前の手で――ん、ふっ……!?」
下着と泰葉センパイのあいだに指先で入る。もっとあったかい。
やっぱり濡れてる。ちょっとだけど。
「ぇ、く……~っ!!」
なんだかいきなり泰葉センパイがソワソワしだしました。
なんでしょう。歌、まだ終わってませんけれど。
「そ、その……お、お手洗いに……お、おねがい、だから……」
ああ、生理現象ですか。喉が渇かないよう、曲のあいだにドリンク飲んでましたものね。
それなら、しかたがありません。
「ちょ、あ、やめ……ッ!? あ、あなた、何考えて――ぅ、あ、っ!」
力ずくで、こんどこそ泰葉センパイのスカートを剥ぎ取ってしまう。
これでトイレにいけますか?
「か、返してっ! そえ、あっ、んんんっ――!」
スカートぶん投げて、押し倒して、うっかりマイク落としちゃったごとんって音。
そこから先は、しばらくカラオケのメロディばかりが残っている。
あたしはその意味を知っている。
泰葉センパイを押さえつけて無理やりキスして、くちびる噛まれちゃった痛いのとまずい血の味を思い出しちゃう。
センパイの生暖かいおしっこで膝とか靴下とか濡らされちゃったのも、思い出しちゃう。録音できてなくても、これであたしはじゅうぶん。
「……あとで、店員さん呼びませんと、ね」
泰葉センパイはくちびるだけでつぶやいてた。
あなた、これで満足ですか、って。たぶんそんな感じ。
まさか。
アイドルだって女優だって、おしっこぐらいするでしょう。
泰葉センパイのシンボルであるぱっつん頭がだいぶ乱れていました。変に汗を吸ってばっさばさ、そのうえジタバタして型くずれして。
あたしの気分も同じぐらい乱れていたと思います。
※
おしっこまみれの下着を脱がせて、それからスカートを返してあげて、仕切り直し。
「ため息、微笑み――あなたに向けられる――狂わせて――♪」
「みんなから『いい子だ』って評判だった泰葉センパイが、だいぶ悪い子になってくれましたね。アイドルになっちゃったせいでしょうか?」
泰葉センパイの頬が赤くなっていました。チラチラ色の変わるカラオケボックスの明かりでもわかりました。
涙がこぼれそうなぐらい目が潤んでいて、声の具合も綱渡りみたいに危なっかしくて。そんなのまでわかりました。
「砂を噛むように吐いた――なぞるだけ、の、せん――ん、ぁぁ……っ……!!」
あたしがちょんといじってしまうと、もうこうなってしまう。
あたしみたいな子におもらしさせられちゃった……っていうの、泰葉センパイでもやっぱりショックだったんだろうか。
「あなたを支配したいと、とらわれのマリア様、あ、が――くひぃっ……!」
「……あははっ、もう歌えませんか?」
泰葉センパイのあそこは、指で探る限り、首から上と同じぐらいできあがっているようすでした。
クリトリスはもちろん、ぴらぴらしているところもぬらぬらべたべた濡れていました。拭いきれていないおしっこじゃありませんよね。
「崇められるほどに――う、ぁ――自由を、失って――♪」
泰葉センパイの内腿やふくらはぎが、びく、びくんっとこわばったりゆるんだりします。
「立っているのがお辛いなら、肩でも貸しましょうか?」
「太陽と月――光と影――虚栄と実像――欲望と理性――♪」
あたしの指示通り動いてくれているのに、無視されたようでムカついて、つまんで、きゅってしてしまいました。
いままでやさしくしてたつもりなんですけど。あーあ。
「あざむきと、真実――きゃっ、や、め、ぁあ、そんなっ……う、ああ……は、ぉ、ァ、あ……ッ!!」
「セ~ン~パ~イ♪」
「っふ、ぐぅうう゛うっ!」
濁った声でした。これ、いざとなったら「デスメタル歌ってました」って言うしかありませんでしたね。
それでごまかせるか疑問ですが。
「依存のループに――突き落としたはずなのに――罪ね、あなたが欲しい――♪ 歌ってくださいよ、センパイっ」
「う゛ぅー……あぐ、く、ぁ……も、ぅ……むり、むぃ……そ、そぇ、だめ、だ、めぇ……!」
「きれいでしょう、強いでしょう――さぁ汚して見せて♪」
泰葉センパイが歌を聞かせてくれたのにあてられてか、あたしは必要もないのに泰葉センパイにおっかぶせるように歌っていました。歌いながら泰葉センパイのあそこをいじっていました。
「きゃんっ……!? あ、ふ、ふぁ……ま、またぁ」
泰葉センパイはもうすっかりへなへなになってます。
でも、それはフリかもしれません。
泰葉センパイが本当に気持ちいいと感じているか、本当に恥ずかしいと思っているか、あたし、はっきりとはわかりません。
学校の友達に「ベテランの怖い監督や演出家の人だと、役者が何を考えて演技してるかわかっちゃうんだよね?」なんて言われて、つい「そんなわけないでしょ……」とぼやいてしまったことがあります。『ガラスの仮面』の大げさな部分でも読んじゃったのかな。それじゃ監督や演出家じゃなくて、占い師か超能力者です。
あたしたちはもっと理屈っぽいんです。マーケティングって理屈のうえに乗ってますからね。もっと前衛的な演劇とかだと違うかもしれませんが。
「まぼろしを、永遠を、いだくように、もとめ――くひっ、ひんっ! はぁぁっ、んぅぅぅっ……!」
例えば……名探偵ホームズが友達のワトソン博士に推理を語って聞かせるとき、たいがい結論から言うんですね。意外な真実を突いた結論を。するとワトソン博士は面食らう。「もし君が中世にいたら、魔法使いと間違えられて火炙りにされてた……」とか言ってたのは『ボヘミアの醜聞』だったと思います。でも、直後にホームズから手がかりと推理、結論までの道筋を説明されると、ワトソン博士は「ぼくにもできそうな気がするんだけどなぁ」とぼやく。そうして「ぼくにもできそう」ってワトソンと読者が納得してくれたら、推理ドラマの推理として成り立ちます。ほら理屈っぽい。
演劇の役作りは、そういう推理に似ています。
「こおった心のまま、あなたが、ほし――あ……あ、あっ、あ、だ、めぇっ、く、るっ」
共演者や脚本家、演出家、監督と額を突き合わせて、どんな役の姿を作れば、観客が「え!? でも、やっぱりそうだったんだ」と思えるのか、推理して、すり合わせていく部分があります。ちょうど、ドラマの名探偵が、聞き込みしたり手がかりを拾い集めたりして推理を組み立てるように。
あたしは、まるで探偵になったつもりで、泰葉センパイの体をまさぐって、それを手がかりにして、その皮一枚向こうで震えているはずの心をかぎ回ります。
泰葉センパイの役は、どんなものですか。
「お、ねが……とめぇ……えああっ!」
手のひらで、泰葉センパイのクリトリスをべったり押す。でもさっきと同じじゃないですよ。押しながら、ナカに突っ込んだ指からはクリトリスの裏あたりをずりゅずりゅ。「ナカはやめて」なんて忘れちゃいました。
「う、うっ……うううっ、ぐっ…… う、ふううっ……!」
「カンペキとは終わりのことよ――絶望のことよ♪」
泰葉センパイが詰まったらあたしが歌ってあげました。
あたしの指をセンパイのあそこがきゅうきゅう締め付けていました。これじゃなかなか声も出ないでしょう。すらっとしていた足がぷるぷる震えてすごく心細く感じられました。
「あっ、だ、め――きゃぅうっ!?」
「静かにしてください、いくら女2人だけの部屋でも、あんまりきゃあきゃあ言ってたら店員さんが怪しみますよ」
「ぁ――んんっ、ふ、ぅう、んんんッ……!」
「……叫ぶ胸が、あなたのせいで震えた――♪」
くちゅ、くちゅ、という水音が鳴っていたはずです。あたしは聞いたんです。スマホには録れてないけど。
「や、あ……かはっ、ぁ、あッ、は、ぅ、ぁあぅ……っ!」
「いやよ、どこにもいかないで――♪」
「ぁ――んんっ、ふ、ぅう、んんんッ……!」
がくん、ってあたしの胴になにか重みがかかる。泰葉センパイの背中かお尻かの体重が押し付けられて、って気付きました。
あたしは片腕と胴でそれを支えてあげた。そうしながら、残った手でじゅく、じゅく、くちゅ、くちゅって。
「あ、くっ、ふ……ぅ、うー……ッ、ん、ッ、んんーっ!」
「傷ついて、傷つけた、理性は夜霧の向こう――♪」
「あ、あ、ぁ……ああ、だ、めっ、それ、来る、からっ……!」
泰葉センパイが、目尻も目頭も口元もくしゃくしゃにして泣いていました。瞳が半分ぐらいまぶたに見え隠れしていました。目を白黒させるってこういうようすのことだったんだなぁ、って勝手に納得しました。
「んっ、うっ、あ、あっ……! あぁっ、はぁぁぁぁ……!」
「よろこびに揺れる瞳を見せて――悲しみにむせぶ声をきかせて――♪」
まだです、泰葉センパイ。あたし、もっとこうやってセンパイときゅってシたりぎゅってされたりしたくなってきました。
いまこうして録音したの聞いているだけでも指先が震えてきます。
「いや、い゙や……これい、や……ああァああ゛っ!!」
泰葉センパイの反応が特に悲痛になるのは、クリトリスの裏あたりだったかと思います。
すりすり、ずりずり。センパイの息がワンちゃんみたいに短く熱っぽく危うくなっていきました。
「あああ゛っ、ふわあぁっ……! あ゛、あ゛ーっ……!」
もうカラオケマイクが拾ってるのか、素でスマホのマイクに拾えるぐらいの大声になってたのか、わかりません。覚えていません。泰葉センパイがマイクを持っているかどうか……より、感じたいことがほかに多すぎました。
「そこにある心――暴いて、さらけ出しなさい――♪」
「あ、いぐっ!! んっ……あ、はッ、アッアッ、アッ……!」
それから泰葉センパイは、がっくんって完全に腰砕けになって、あたしが支えてあげなければならなくなりました。センパイも、それからあたしも、カラオケどころではなくなって、曲の残りの伴奏が切れました。
端末で予約していた曲リストが使い切られて、新しく配信開始した曲の歌手の誰かがなにか宣伝コメントを流していました。まだ、あたしは泰葉センパイのあそこに指をはめたまま、体重を負わされたまま。その熱っぽく重たい感じからとにかく離れ難かった。離した瞬間に消えてしまうかもしれない、とさえ思って。
不意に、「お時間が近づいてきましたよ」ってカラオケの内線が鳴って、あたしはびくってして我に返りました。
それからちょっとバタバタしました。
あいかわらずどろーんって放心状態の泰葉センパイのあせを拭ったり服をなんとかしてあげてたら、あたしが乱暴をやめてセンパイの気が緩んでしまったのか、ちょろちょろっておしっこ漏らされてしまいました。
その水たまりのうえに、すっかり溶けちゃったアイスと、ほとんど残っていないメロンソーダをぶちまけて、店員さんに「ごめんなさいジュースこぼして、なにか拭くのください」「いやいやいや自分でやりますって! もうたっぷり歌いましたし!」とかなんとか取り繕ってたら、泰葉センパイはいつのまにかのろのろと気だるそうに自分で身支度の続きをしていました。
※
たぶん、あたしがもう何もしなければ、泰葉センパイはあたしの暴挙を表に出さないでしょう。
これがもし、脂ぎったスポンサーや業界の大物に脅されてレイプされたという筋書きなら、世間のみんなのうちみんなが泰葉センパイに同情してみせるだろうけれど。
あいにくあたしは年下の女の子で同業者です。世間のみんなのうちそれなりの割合が『岡崎泰葉のほうにも何かあったな』とゲスの勘繰りをするにきまってます――若い女優どうしが痴情のもつれか?――おぉ、他人事と思うとあたしもちょっとゲスい興味が湧いてきます。
で、そうなったときの展開は予想し難いのです。ただ少なくとも、あたしよりいい子ちゃんであるセンパイのほうがダメージ大きそうです。自分の事務所からクサイもの扱いされてフタ、って裏目はじゅうぶんありえます。
泰葉センパイなら、そんな裏目を避けるでしょう。
センパイって、ファンやスタッフから思われているより、も~っとずっと慎重で、とにかく生き残れば次がある、ってスタンスだったから……アイドルになってからスタンス変えてるかもしれませんが。
センパイは、あたしもこのことを黙っているだろう、と見ているでしょう。
あたし、これが表に出ちゃったらレイプ魔です……さすがに女優として終わる、ってわかってます。
命取りになりかねないほどのスキャンダルになる……ってのは、泰葉センパイだけじゃなく、あたしにとっても同じです。
もしかして。
泰葉センパイがカラオケであたしにあんなにあっさり身を任せていたのって……あたしだったら、どうせ完全に取り返しのつかないコトまでできないだろう、イヌに噛まれたぐらいで終わるだろう……って見透かしてたから、そうですか?
……録ったファイル、送りつけたら、泰葉センパイ、あたしのこと、どう思ってくれるかな。
さすがに「なにをやらかすかわからない」って思って、なんとかしてくれるかな。
……だめですね。ぜったい足がつく。
たとえあたしが都合のいいように音声データを切り貼りしても、そうやっていじられたデータが世に出れば、必ず元データを探す人がいる。その手から逃げられるほど芸能界は広くない。芸能人やってるとこういうコト気にしなきゃいけないのきゅうくつです。あたしも名前を商売道具に使っていなければ、こんなコト気にしなかったかもしれないんですけど。
(おしまい)