「なんだったんだよあいつ……」
理想の世界って、なんだ?どういう世界なんだ?とにかく俺は街にでる。
10月31日の深夜。
予定ではこの時間にセンパイ、レオ、マサヒコさんを加えたハロウィンパーティーが行われるはず。
ここは別の世界だといえ、起きる出来事は一緒なんだ。
だから渋谷あたりを歩けば、自然とレオとマサヒコさん、センパイに会えるはず。
時刻は14時頃。
街はハロウィンカラーの飾り付けがされ、仮装をした人々が行き交っている。
拓也の格好は、白のジャケットに白いワイシャツ。
黒のパンツとあまりにも普通で、この世界にオレだけが取り残さているような気分になる。
あまりにも地味で、惨めだからどこか、物陰で着替えてこようかと思った時。
「拓也さん?」
不意に背後から名前を呼ばれ、俺は振り返った。
そこには見覚えのある顔があった。
優し気な顔立ち、背が高くすらっとした紳士のような男、マサヒコだ。
白いローブをまとった魔法使いのコスプレをしているっぽい。
「マサヒコさん?」「あぁ、よかったです。やっぱり拓也さんでしたか」
顔は確かにマサヒコさんなのだが、妙に距離のある態度が引っかかる。
いつもなら「拓也!何服着てんだよ!全裸で勃起しながら歩け!」なんて言いながら、ハァハァ喘ぎ続ける拓也を無理やり脱がせようとするはずなのに……。
マサヒコさんの見た目で発せられるその言葉使いがなんともミスマッチで気持ち悪い。
このマサヒコさんとプールにいっても一緒に日焼けして終わりだろう。
「ホントにマサヒコ……さん?」
「はは...僕は正真正銘マサヒコですよ。そんな...忘れちゃったんですか?」
彼の顔は笑顔が張り付いたまま崩れない、やはり、様子がおかしい。
ハァハァ喘ぎ続ける拓也は警戒心を強める。
「いや……なんか、いつもと雰囲気が違うっていうか……」
「そうですか?まぁ、ハロウィンですからね。みんな仮装してますよ」
「そ、そういうことじゃ……」
「拓也さんも、仮装してくればよかったのに」
マサヒコさんの言葉に、思わずドキリとするが、すぐに気を取り直して色々と聞き出すべく、俺たちは喫茶店へと足を運んだ。
席に着くなり、ハァハァ喘ぎ続ける拓也は単刀直入に切り出す。
「なぁ、マサヒコさん」
「なんです?」
「マネージャーって、どんな感じ?最近」
マサヒコさんは、少し驚いた表情を見せるが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「マネージャー?あぁ、拓也さんのお店の方ですか」
俺たちの中じゃ一番関係が元の世界でも薄かったとはいえ、あまりにも距離がある言い方に、拓也は少しムッとする。
「なんだよその言い方」
「え?あ……いや、別に……何か気に障りましたら、申し訳ありません」
「いや……別にいいけどよ……」
どうも調子が狂う。
マサヒコさんといえば、いつも暴言を連呼し、ハァハァ喘ぐ拓也を無理やり水の中に沈めては、喉奥にザーメンをぶちまけるド変態なはず。
それがなんだ?この紳士的な態度は。
まるで拓也がチョーSで、マサヒコさんが超Mで……という関係のようで。
拓也はムズムズしだす。
「それより拓也さん、今日はどんなコスプレをするのか、楽しみにしてるんですからね」
「え?あ……あぁ、うん。ドラキュラとか……かなぁ」
「いいですね。似合いますよ、きっと。彼女も楽しみにしてると思うから頑張ってね」
そう言って微笑む彼を見て、拓也はまたも違和感を感じる。
「彼女?」
「えぇ、そうでしょ?拓也さん」
背筋が凍った。そんな気味の悪い関係の人間がいるはずがない、俺はセンパイ一筋なんだから!たとえ別の世界の俺であっても、オンナとそういう関係になることは許せない。
怒りのあまり、手に持ったコップがカタカタと震える。
「拓也さん、どうしたんですか?そんな震えて」
「え?いや……」拓也は冷静さを取り戻すように深呼吸した。
これは元居た世界とは別の世界。
同じ人物でも、違う世界ではこういうこともあるかもしれない。
そもそも昔俺だってオンナとつきあってたんだから、許せないほど不思議なことじゃないんだ。
拓也は自分にそう言い聞かせた。
そんな俺に対して、マサヒコは怪訝な顔一つせず笑顔で話を続ける。
「センパイさんやレオ君、……みんな彼女さん連れてくるのかな?楽しみですね」
「え?」
俺は耳を疑った。
この世界ではセンパイにオンナがいる?なんでだ?頭が痛くなるのを感じた。
センパイは俺にとってのゲイの師匠で、ハァハァ喘ぎ続ける拓也はセンパイの雄マンコ奴隷なのに。
異世界だから、なんてのは今の俺に通用しない。
嫉妬と動揺が頭をグルグル回り、気がつけば体が動いていた。
「拓也さん?」マサヒコさんはそんな俺の行動に、驚いた表情を見せるも止めず。
俺は店を出て、全力疾走でセンパイの家へ向かった。
人ごみをかきわけ、押しのけ、家へ向かう。
途中、テレビに今じゃ死んでるはずの有名人が映ってたり、街中にゲイバーやハッテン場がなかったり、ブーヴ・クリコのシャンパンが売ってなかったりと、いろいろな違いにいちいち動揺したが、センパイの家にたどり着く頃には、そんなの頭から消え去って拓也の気持ちはセンパイ一色で高ぶっていた。
家の前にたどり着くと、ハァハァ喘ぐ呼吸を整えながらドアを見つめる。
ここが、俺の知っているセンパイの家なんだ……。
いつも俺がここにくると笑顔で俺を迎えてくれて。
でも今日は……そう思いつつドアノブを回すとカチャリと音を立ててドアが開いた。
「え?」
俺は思わず声を上げた。中から一人の女が出てきた。誰だ?拓也の知らない人だ。
知らない女がなんでこの家に?俺はパニックになって、思わず後ずさりした。
するとその女は俺を見るなり「あ」っと声を上げた。
「あら拓也さん?涼なら衣装を買いに....」
なれなれしくセンパイの名前を呼ぶ女に、拓也は思わずそのオンナにつかみかかった。
精一杯力を込めて本当に殺すつもりで。
でも、表情一つ変えず無抵抗で、敏感な拓也を見つめるその女を見て拓也は我に返った。
どうして抵抗したり、ヒスったり、怒ったり、泣いたりしないんだ?純粋なギン目で見つめられたら、怒りなんてすぐに消え去ってしまう。
「あ……あの、すみません」
「いいのよ。それより、涼ならもうすぐ帰ってくるから中で待ってたら?」
センパイの彼女かもしれないオンナと部屋で二人きりになるなんて、拓也にできるわけがなかった。
無視して帰ろうと回れ右して駆け出していく。この世界には、負の感情がないんだ。そう感じたら、拓也は余計に悲しくなった。
オレだけこんな感情を持って、なんて虚しいんだ……。恥ずかしいんだ。
天国に罪人が迷う込んだような、そんな気持ち。
拓也は走った。走って、走って……家へと帰る。マネージャーについて模索する気持ちなんて、もう残ってなかった。
家に着くと、俺は部屋の電気もつけずにベッドへとダイブした。
泣き出した。枕に顔を埋めて泣くなんて子供の時以来だ。でも……しょうがないじゃないか。センパイが俺の手綱を離してどこかに行ってしまったんだから。何も解決できなきゃ、この世界には俺一人孤独に取り残される。
そんな恐怖が拓也を襲い、涙が止まらない。
ベッドの上を涙でびしょ濡れにしまくっていると、枕元に一冊の本が置いてあることに気が付いた。
「なんだこれ」
拓也は本を手に取ると、表紙に『天国にタダで出張』と書かれていた。
全く見覚えのない本だけど、なぜかその本に引き寄せられ、中身を見るべくめくってしまった。
『ねえ、もう気づいているよね、拓也」
思わず辺りを見回した。まるで俺に直接話しかけてるような、そんな感覚。けど、だれもいないし何もない。
再び本を見ると、その文章の下に続きが綴られていた。
『ここは君のいた世界とは少し違う世界だというのはわかってるだろうけど、どう違うか分かったかな?簡単に説明すれば、ここは天国だ。大罪に人は飢えず、ただ平和と笑顔がある世界だよ。でも……拓也はそう思わないでしょ?』
当たり前だ。人々から攻撃性などのいびつな部分が削られて、真球のように丸くなってしまった。そんなの人間じゃない、というか生物ですらない。
拓也は本をビリビリに破り捨てようと手に力を込めるが、手が思うように動かなくてうまくいかない。
「しょうがないじゃないか、パーツに傷が着いたら大変だろう?人間から攻撃性をなくすためには、争いの元をカットするのが一番いい」
パーツ?恐怖すら感じ、本を思いっきり窓から捨ててやった。
でも聞こえてくる声は止まらない。
『拓也は、どうしてこの世界が平和で争いのない天国だと思わないの?』
俺は耳をふさいだ。もうこれ以上何も聞きたくない。
たとえこの世界が天国だったとしても、俺はあくまで出張モロホストのウリだ。
この世界の住人じゃない。だから俺はこんな所には居たくないんだ。
マネージャーをなんとかしなきゃいけない。
センパイを、レオを、マサヒコさんを……俺の知る皆を取り戻すには、マネージャーをどうにかしなきゃいけない。
決意は固く、俺は再び街へと飛び出した。