ラタトスク。それは精霊を武力鎮圧するのでは無く、あくまで平和的に保護する事を目的とした秘匿組織だ。
そんな組織に加わる事5年、琴里は子供ながら数々の困難や苦悩を味わいながらも自我を保ってきた。そう、全ては愛しの義兄である士道との未来を夢見て。
※
夏の某日。フラクシナスの自室にて、琴里は暗い顔をして椅子にもたれ掛かり、
「私は所詮…士道にとってはただの妹でしかないのかしら…」
と、いかにも少女らしい悩みを呟いた。
普段、黒リボンを付けている時は『強い』モードだが、そんな琴里が悩む発端となったのは、楽しみにしていた士道とのデートにあった。
折紙というイレギュラーによって"愛してる"と、自分の気持ちを士道に告白する羽目になったのだが、肝心なその返答は"妹として好き"であった。
自分を大切な妹として思ってもらえるのはありがたいが、それ以上に1人の女として少しでも意識してもらいたかったのだ。
兄妹だからこそお互いを大切に思えるが、逆にいうとそれ以上は難しいという事だ。勿論、士道に恋人や妻ができてしまったらそれっきりだろう。そう思うと目尻がジワジワと熱くなるのを感じた。
しばらくして、気持ちを落ち着かせる為にハンカチで目を覆い深呼吸すると、扉からコンコンと乾いたノックが聞こえた。
「…どうぞ」
ノックに応えてやると、ガラガラと扉が開き、友達である令音がユラユラと紅茶セットを持って入ってきた。
「やぁ、琴里…ん?どうやら何か思い悩んでるようだね」
解析官だけあって、目尻が少し赤くなっているのに気が付いたようだ。
「え!?……はぁ、やっぱり令音には隠せないわね」
「見ればわかるさ…ちょうどいい紅茶が入荷されてね。飲みながらゆっくり話してみてくれ」
令音がソーサーと紅茶の入ったコップを琴里の前に置いた。
コップを持ち上げると、ソーサーには溢れ出た紅茶が輪っかを作っていた。普段から足下が覚束ないせいか、それともノックした時にお盆を片手で持ったせいか分からないが、そんな所がいつもの優しい令音らしいと微笑ましく思えた。
令音が真摯に聞いてくれたため、休憩時間のギリギリまで琴里は自分の思いを全て話した。士道に1人の女として好きになってもらいたい事、将来的に結ばれたい事、ラタトスクの方針上仕方ないとはいえあまり他の女とベタベタしてほしくない事など、令音にしか話せない事全部だ。
「なるほど、つまり君は心の底ではシンを独占したい。と」
「勿論、自分の立場も分かってるし、うち〈ラタトスク〉の方針上仕方ないのは分かってる。でも、でも…」
どうしても士道だけは易々と諦めがつかないのだ。ここで諦めてしまっては、これまでの努力が水の泡だ。かと言って、今ここで恋人関係になっても後々士道に迷惑を掛けかねない。改めて自分の置かれている環境を考えると、心が痛く苦しくなる。
気がつくと、令音が自分の目尻をハンカチで拭ってくれていた。色々と思い耽っている間に思わず涙が出てしまっていたらしい。
「…悪いわね、こんな姿見せて。…明日には本調子に戻るから」
「琴里、無理はよくないよ。その気持ちは放っておくと、どんどん大きくなって、徐々に自分を蝕んでいくよ」
「そんな大袈裟な……でも、確かに今とても辛いわね…いっそ今告白して大胆に振られた方が、けじめが付いて楽になれるかしら」
「そんな、他の子達に譲るだなんて君らしくないね」
「だって……ッ、、私はッ、…」
堪えていた大量の涙がここにてポロポロと雫となって目から落ち始めた。そんな琴里を慰めるかのように令音が強く抱きしめ語りかけた。
「琴里、君はこの歳でこの職務をこなせる凄いやつだ。だから、もう少しだけ頑張ってみないか?」
「頑張るって…どう頑張ればいいのか分からないわよ!」
「君は大事な事を見落としているよ」
「?…大事な事?」
「多少卑怯な手ではあるが、恋人になる予約を入れるというのも一つの手だと思わないかい?」
「恋人になる…予約?」
初めて聞く言葉に思わずポカンとなる。
「ああ、予約だけならシンの任務に影響を与えにくいし、何より君にも余裕が生まれると思わないかい?」
確かに令音の言う通りだ。自分は気がある事を告知しつつ、その間自分磨きに時間を掛けられる。琴里の場合、まだ中学生なのでなんとも言えないが、高校生、大人となって、期が熟してから恋人の予約回収で結婚エンドも狙えるオイシイ案件だ。
「確かに…まさしくその通りだわ。私としたことか、こんな大事な事を見落としていたなんて」
「どうやらいつものペースを取り戻したみたいだね」
「ありがとう、令音。緊張するけど、士道に持ちかけてみるわ。…それにしても令音、よくこんな事思いついたわね」
「琴里には後悔して欲しくないだけさ…私みたいにね」
「え?」
「そうだ琴里、これを持っていくといい」
かなり気になる事を聞いたような気がしたが、琴里は携帯と貰った物を持って我が家へと向かった。
※
夕方。勢いで飛び出してきたとはいえ、今頃になって緊張感が胸いっぱいに広がって仕方がなかった。
よくよく考えてみれば、令音が話した予約というのも、士道本人が認めてくれなければ意味がないのだ。かと言って、今日話を持ち出さなければ手遅れになるような気がしてままならない。
令音の声をもう一度聞こうと携帯に手をかけると、それと同時に玄関の扉の音がした。
「おかえり、士道、あのね…」
「ふぇ!?琴里!?」
「…何よ、もう…」
「…?何かあったのか?」
「えぇと…そうよ!士道から先に言ってちょうだい」
「俺から!?」
「士道も何かあったみたいね」
琴里は士道をソファーへと引っ張って行き座らせた。
「…えぇと、あのだな…琴里、実は今日、十香に恋人になってくれと言われまして…」
「…そう…」
何故だろうか、琴里はどこか心に穴が空いた気がした。この流れ、つい先日のデートの日、妹として好きと言われた、あの上げてから落とされるような感覚を思い出す。
「で…士道はどうするの?」
「俺か?…俺は…」
ドキン、と胸が高鳴る。それと同時に思わず目を強く瞑る。
ー
ー
ー
「俺は断ったよ」
「…え?…あの十香だよ?スタイルもいいし綺麗だし…」
「よく聞いてくれ。俺は十香を救たくて近いたし、この世界を教える為に一緒に生活してきた。けれど、それだけで恋人になるのは違う気がするんだ。もっと十香には世界を知ってもらってから真剣に考えて欲しくて…」
「はぁ…全く、ヘタレなのか堅実なのやら」
「うぐっ…とにかく、十香は今凹んでるだろうから、そのアフターケアを頼めるか?俺が行ったら逆効果になりそうでさ」
「…分かったわ」
琴里はゆっくりと視線を足元は落とすと、ふと心に葛藤が生まれた。
・直前に人を振った人に色恋話しをして通じるのだろうか
・ライバルが一時期除外された時に食い付いて図々しく思われないか
・大変な時に漬け込むタチの悪い妹と思われてしまわないか
状況としては最悪だ。やはり今日は諦めるべきなのだろうか。しかし心の奥底では今行けとのゴーサインを出していた。
(もう…どうすればいいの…助けて令音、士道…)
心が再び挫けそうなり、意識せずとも拳と目に力が入る。
気がつけば目の前は深海を思わせる暗闇が広がっていた。このまま心まで沈んでいきそうな暗闇。
…
…
…
そんな暗闇状態を破ったのは士道だった。
額にどことなく生暖かい感触を感じ、そっと目を開ける。すると、士道が自分の額に手を当てていた。
「琴里、大丈夫か?熱はないみたいだけど…」
心配する士道と無言のまま目が合う。
(きっと今言わなきゃこんな状態が続きそうだわ…よし、決めた!)
琴里は覚悟を決め、今あるリボンにそっと手を伸ばした。
→分岐(後半)へ続く
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