「先生!もっとあたしらに構って!」 作:アキラゼミ
第1話:8years ago ~堕ちた天使~
少女は退屈していた。
平和で、平穏で、平坦で、変化の無い日々に。
少女は辟易していた。
仮面を被り、取り繕って、ただ「演じ」ている、周囲の人間の浅ましさに。
少女は嫌悪していた。
内面を押し隠すという行為そのものを。
少女は厭悪していた。
嫌いなハズの環境に縋るしかない、幼くて、何もできない自分を。
少女は絶望していた。
吐き気を催す程に大嫌いな環境に包まれながら、このまま大人になっていくのかと。
◆
──お嬢様もしっかりなさってください。少しは従姉妹の〇〇様を見習って──。
──〇〇様は本当に心優しいお方です。貴女も、あの方を目標に日々邁進しましょう──。
──大丈夫。貴女は、あの方との確かな繋がりがあります。血という切っても切れぬ繋がりが──。
──悪魔など捨ておきなさい。塵芥より煩わしい存在など今すぐ消し去りたい程だというのに──。
「……はっ……」
全身を汗で濡らして少女は目を覚ます。どうやら悪夢に
(……
この少女が今よりも幼い頃。具体的には幼稚園に通っていた頃、家では、常に
彼女はそれが嫌で、卒園と同時に、全寮制の小中一貫校への進学を決意。そのついでに、実家のあるトリニティ自治区を抜け出し、隣のハドマ自治区に住む事にした。
「おはよう。……大丈夫? 凄い汗だよ?」
「おはよ。別に大丈夫だよ。ちょっと、布団の中が暑くてさ」
小中一貫校であるこの学校は、規模が大きい分、人数も多い。当然だがそうなると部屋数も限られているので個室を与えるワケにいかない。故にそこに住まう生徒達は、大体が2人から4人で一部屋だ。
まずは学年毎に区分し、更に種族毎に区分する。
ハドマ自治区はトリニティのように天使が居て、ゲヘナのように悪魔が居て、他の自治区のように、人間も居る。様々な種族が混在するからこそ、他の学校に比べると少々ややこしい部分がある。
「楽しみだねっ、今日の見学学習!」
「そーね」
満面の笑みと共に投げ掛けられたルームメイトの言葉も、壁打ち同然に素っ気なく返す。
この日、少女達は「見学学習」の予定であった。向かう先は、トリニティ自治区────トリニティ総合学園。
トリニティが嫌でハドマに逃げてきたこの少女が本来進学するハズであった、キヴォトスでも有数のお嬢様学校だ。
「はあ……憂鬱」
「え……あ、そっか。トリニティから来たんだしね。見学しなくても〜……って感じだよね」
「まぁね」
自分の考えとは違うが、下手に否定しても面倒になるだけ。余計な説明をするくらいならと、少女はどこか上の空気味にも聞こえる、適当な一言だけを返した。
少女の名は、
◆
『──そしてこちらが、トリニティ自治区内で最も大きな博物館です。今向かっているレストランにて昼食を挟み、皆さんもあの博物館に行きますので、どうかお楽しみに!』
(ダル……食後とかクソ眠いタイミングじゃん……)
トリニティ育ちのルーシィは当然、その博物館も行った事がある。そしてその感想は実にシンプル。
──「つまらない」、ただそれだけ。ルーシィは芸術が分からない。美しいとも、何とも思わない。せいぜいが音楽くらいである。それだって、気分が盛り上がるか下がるか。聞いていて気持ちイイか、そうでないか。その程度のものだ。
尤も、齢8歳にして芸術を理解する方が恐ろしいくらいだろうが──とにかく、ルーシィは芸術にはとんと興味が無く、博物館の後に行くであろう学園くらいしか、ほんの少しでも興味が引かれるものは存在しなかった。
教員ロボ──いやアレはガイドロボだろう。殆ど外見に差は無い、コピーアンドペーストしたようなロボットがニコやかな顔を表示しながら、たった今通り過ぎた博物館の説明をしているが、あまりにも憂鬱過ぎて頭に入らない。
「……チッ」
ここまで説明が頭に入らないのには理由がある。
博物館に行った事があるから? 否。
トリニティに戻る事が既に憂鬱だから? それもあるにはあるが、それが全てではない。
悪夢を見たという実感があるのに、それを何一つ覚えていない。人一倍優秀な頭脳を持つルーシィはそれがどこか気持ち悪く──そして、トリニティに戻ってきたという不快要素が加わった事によって、一層、彼女の機嫌は明後日の方向に捻じ曲がった。
レストランに到着し、いざ食事を始めても、心に一度巣食ったモヤモヤは消えない。好きな料理のみ注文して、幼い子供のように好物だけを貪りつつも一度「不快」に感じた感覚は焼き付いて離れない。
「……あ。見てルーシィちゃん、外!」
「?」
「ゲヘナの子も来てる! 同い年くらいかなぁ?」
「じゃないの」
外を見れば、ゲヘナの生徒らしき子供達が先程のルーシィ達のように長い長い列を形成してどこかへ向かっている。
しかし、あまり空気は良くないらしく、押したり引っ張ったり、足を掛けて転ばせたりなど──俗に言ういじめのような行為が所々で見受けられる。
発砲して近くの生徒に当てたり、なにやら今にも戦いが始まりそうな空気だ。
「……なんかヤダね……何やってるんだろ」
「さぁね」
動物園の檻の中に居る動物を見るような気分で、外に居るゲヘナから来たと思しき者を横目で見る。
トリニティの者と比べて、所作がどこか下品だ。だが変に取り繕っている感じはせず、そればかりか全身で「己」を表現しているようにも見えた。
彼女達は素の性格が荒々しいのか、素を見せるとたったそれだけで暴力的に見えてしまうのだろう。
トリニティはお嬢様学校というよりお嬢様学区。自治区そのものがお嬢様風味だ。だからなのか変な争いも基本的には起きないし、仮に起きたとしても落ちぶれた不良が勝手に騒いでいるだけだったり。しかしトリニティで起きるいざこざの多くは、他の自治区から来た者が起こしたものだ。
トリニティでは皆が無害な生徒を
幼少期から聡明だった彼女にとって、見え透いた演技は見るのも苦痛で──そこに自分が居るのも、苦痛で仕方なかった。
トリニティを飛び出したのはそれが理由だった。
仮面を被るのは、嫌だった。
住民も生徒も、揃いも揃って仮面を被り、何かを演じているのを見るのが苦痛だった。
──そこに自分が居る事すらも、苦痛だった。
「……いいなぁ」
「えっ? 何か言った?」
「うっ、ううん、なんでもない!」
ルーシィは、今日一番感情が籠った返答をした。それは、自分勝手に振る舞う悪魔たちを羨む言葉を己自身で否定する言葉だった。そう──奇しくも、ルーシィ自身が嫌いな「仮面を被る」ことだった。
◆
昼食後、博物館にて。
芸術への理解を深めさせたり、好奇心を刺激する為なのか、全体での団体行動や班行動ではなく自由行動という事になった。
どうせ来たなら1人で静かに鑑賞したいと考えた彼女は、ルームメイトを置いて1人で博物館の中を巡る事に。
しかし、同じく客として来ていたある少女達は、ルーシィを見るや、くすくす控えめに笑い始める。
「アレってもしかして針村さんでは?」
「ふふっ、えぇ、
「…………」
トリニティ総合学園に進学すべく教育されてきたルーシィは、その圧力を振り切り、半ば勘当に近い形でハドマ自治区へと逃れてきた。
よって、ルーシィの過去を知る者達の大半から、彼女は「ワガママな娘」「親不孝者」という烙印を押されていた。
しかし本人もそれを事実として受け止めていた。取り繕ったり、如何にもお嬢様風味のトリニティが嫌だから。実家を飛び出したのだから──ワガママだったり、親不孝だと言われるのは、客観的に見て当然の事だった。
ルーシィは聡明な子だ。まだ幼いにも関わらず、感情と理性を切り離し、自分の感情を抜きにして、あらゆる物事を客観視できる。そういう、俯瞰的な視点を持てる子供だ。
だから、自分がそういう事を言われる立場にある子供であるのは当然だと、諦観と言える程、冷めに冷め切った感想を持っていた。
「相変わらず静脈血のような汚い赤の髪ですわ~」
「まるで返り血を被った悪魔のよう。穢らわしい。何故、彼女のような愚者が一時的にもトリニティに根を下ろしていたのか……我がクラスの恥ですわ」
「…………悪、魔?」
「「?」」
「悪魔って……」
────悪魔って何なの?
問い掛けを投げようとした瞬間、ルーシィは頭に違和感を覚える。ズキズキと脈拍に同期するような一定のリズムを刻む。
痛みが広がると同時に、どこかで聞いた「声」がルーシィの脳内で何度も何度も何度も木霊する。
「──あ」
少女は思い出した。
夢の中で聞いたこの言葉は、幼少の頃から実家で繰り返し何度も聞かされた言葉だった。母だったか使用人だったか、家庭教師だったかは分からない。しかし「家で」「ずっと」「聞かされた」言葉だ。
家を出て数年が経つ今でも魘されるくらいには、脳に深く刻まれ、そしてトラウマになっている。
それでも夢の中以外で思い出す事がないくらいに忘却の彼方へ追いやっていたという事は、無意識の内に、嫌な記憶に蓋をしていたのだろう。人の脳は往々にして
尤も、ルーシィの脳はそこまで働かなかったが。
「どうかしました? 先程から黙りこくって」
「悪魔と同じ、下劣な存在だと気付いたのでは?」
「ぷくっ……ふふふっ、やだもう、そんな言い方……針村さんも一応、私達と
「あらそうでしたわ、ふふふっ♪」
「…………」
特に返事を返すことなく、黙って踵を返す。顔を見合せて笑っていた2人は当然、呼び止めるが。
「針村さん?」
「……無視とは、流石はワガママ娘ですわね」
「そうですね。ワガママは今も健在のようで♪」
そんな声を背中の翼で弾き返しながら、彼女は、フラフラと博物館を出て、誰より早くバスの中へと戻った。もう、頭がボウっとしてろくに働かない。
旧友──と呼ぶには関係性が悪いが──と会ったせいだろうと彼女は思っていたがそんな事はない。
「はぁ……。何かもう……疲れたな……」
仮面を被るのが嫌だった。
仮面を被らされるのが嫌だった。
仮面を被った人と関わるのが嫌だった。
だから家を出た。後悔していないし、これからもきっと後悔することなど無いのだろう。
ならば、仮面を被っていない人となら……?
「……無理。無理過ぎるね……」
否、否、否。大いに否定した、否であると。
つい今しがた博物館で話したあの2人は、仮面を被って
きっと「否」だろう。オブラートに包んで嫌味を言ってくる、という意味でなら仮面を被っている。しかしそうではない。
あんな排他的で、差別主義で、意にそぐわぬ者を排斥するようなあの気質。種族柄か土地柄なのか、その根本的な原因までは幼き彼女には読み解けない事象であったが。
そんな幼き彼女にもたった1つ、これだけは断言できる事があったのだ。
────
もちろんルーシィも理解していた。そこに住まう人間だからと、必ずしもそうではないと。
しかしそう割り切るには、関わってきた人間や、彼女の育った環境があまりにも悪かった。普段なら自分の感情と理性を切り離して思考できる彼女も、こればかりは、理解していても割り切れなかった。
1という数字を3で割るように。
3分の1という分数で表記できると知りつつも、どうしても少数で表したいのだと願うように。頭で理解していても、心の中では割り切れなかった。
どうしても、この場所とは相容れない。住人とも土地柄とも、相性が悪い。そんな事なら、ゲヘナのような滅茶苦茶な環境の方がまだ気安く過ごせるしそこで生まれたかったとすら考えた。
尤も、それは流石に危険すぎるし平穏など存在もしていないコトは分かっているからこそ、その中間であるハドマに根を下ろしたワケだが……。
「…………ダメだ。全然、わかんないよ……」
当然、幼き彼女に全てが理解できるハズもない。だって、そんな事が子供に分かるならトリニティとゲヘナはとうに和解しているのだから。彼女の幼い乱れた心は、深く暗い闇の底へと沈むのみである。
ただ1つ、言葉にできないながらも確かに完璧に理解できた事があるとするのなら。
天使などより、悪魔の方に憧れを抱いた────という事実のみである。
◆
帰りのバスの車内にて────。
「あれ? ……ねぇねぇ。羽、抜けてるよ……?」
「生え変わりかな? もうすぐ冬だしね」
「そ、そうなの……? でも、なんか、白じゃなくて黒い羽が見えてるよ……?」
「……黒は温かいし。ほら、理科で習ったでしょ」
「そっか! 黒は光を吸収しやすい……んだっけ?」
「そーそー、それそれ。だからね、
「そーなんだ! 凄いね、ルーシィちゃんの羽!」
「……。……えへへ……そっか。
それから間もなく、少女の翼は、黒に染まった。翼の付け根──根元の方から順に生え変わり見事なまでに墨のような美しい黒の翼に生え変わった。
ルームメイトの少女を含めて、誰もが彼女本人の言う「生え変わり」という言葉を信じていた。が、次の春が来ても、そして夏になっても──再び翼が白く染まることは、ついに無かった。
こうして、天使でありながら
超特大案件(キサキのリクエスト)も消化できた事ですし、第2部もスピード上げて書いていきたいと思いマッスル。
その時はこっちの更新が遅れるかもしれないので、まぁその辺は許してクレメンス。