「先生!もっとあたしらに構って!」 作:アキラゼミ
飂熾冘巫髏が解散した事により、万魔殿議長こと羽沼マコトからの圧力も同時に薄くなった今の風紀委員会では、モルモとイオリによるD.U.への出向の任務自体が取り消されそうになっていた。
モルモは幼児化したままで元に戻る気配が微塵も無い──というのを抜きにして、そもそもゲヘナの風紀委員会である彼女達がD.U.で仕事をする必要が特に無いからだ。
しかも、仮にそれを度外視したとしても、人手が足りなくなってしまった現在のゲヘナでは、仕事が溜まりに溜まってゆくばかりである。
尤も、仕事を捌ききれないだけが理由ではない。
少し前、具体的には飂熾冘巫髏大決戦の後から、急激に勢力を拡大させた温泉開発部。カスミ率いる温泉開発部は、ハドマ自治区が由来のテロ組織こと飂熾冘巫髏が解散を発表した後から、どういう訳か解散に呼応するかのように活動を激化させたのだ。
「待てこのッ、規則違反者共めぇぇっ!!」
「『待て』と言われて待つほど、我々は正直者などではないのだよ、イオリちゃん♪」
──そんなこんなで、モルモとイオリは、出向の任務を中断してゲヘナに帰還するか──それとも、先生の護衛の意味も兼ねてD.U.に留まるか、という話し合いの為、今は一時的に帰還していた。
しかし前述の通り、仕事は酷く立て込んでいる。
出向者代表として話し合いにはモルモが出席し、イオリは任務へ駆り出されていた。今日は活動中の温泉開発部を捕らえる任務である。
「部長、見えてきたよ! 例の逃げ道っ!」
「ハーハッハッハッハーッ! チェックメイトだ! もう我々の事は追えまい、さらばだイオリッ!!」
「だから待てと──うわッ!!」
メグが「逃げ道」と呼称した「それ」は、地面に空けられた大穴だった。恐らくは温泉開発部の手によるものだろう。爆破に掘削……常套手段だ。
どうにか逃げられる前に捕らえようと追いすがるイオリだったが、温泉開発部員の手により導火線に火が走っている状態のダイナマイトを放られ、つい回避してしまった。
回避直後にダイナマイトは炸裂。大怪我を負う事は無かったものの、ちょっとした傷を受け、更にはカスミ達の逃走を許してしまった。
しかも、爆破の余波を受けて大穴の入口は崩落。穴を掘り起こさない限り、追跡は不可能になった。
カスミ達が、自らが生き埋めになるような手段を選ぶハズがない。そう判断したイオリは、溜め息をつき、肩を落としながら本部へ帰還した。
◆
「ふぅ! 今日のイオリちゃんは、いつにも増して精力的に我々を追ってきたなっ! 全員、きちんと逃げ切れたようでなにより!」
「でも部長、折角の穴が埋まっちゃったよ?」
「なぁに、数十どころか数百ある穴の一つや二つ、埋まった所で問題あるまい!」
「それもそっか!」
崩落に巻き込まれた何人かの部員を救出し、暗い坑道内を進む。洞窟を探検しているかのようだ。
閉所恐怖症でもない限り、冒険のようなこの状況すらも楽しめるだろう。
「──つい先日、温泉開発中に見つけたこの
「トリニティに出た時はビックリしたよね~!」
「ああ、正義実現委員会と鉢合わせだったからな! しかも、飂熾冘巫髏との決戦の前に顔合わせした、例の委員長の小隊……生きた心地がしなかった!」
「この穴、今回はどこに出るかなぁ?」
「ふむ、当然の疑問だな。規則性さえあれば予測もできるというものだが──経験上、そういうものは特に見られないからな……」
ゴソゴソと懐からメモ帳を取り出すと、ライトで照らしながらあれこれページを捲り、とある記載がされているページを見つけ出す。
「えぇと……? ゲヘナが2割、トリニティが2割、レッドウィンターが1割、ハドマが4割──D.U.や百鬼夜行、ミレニアム、アビドス、各地の山間部や海岸線はそれぞれ合わせても1割程度……だな!」
「なんか、ハドマに凄い偏ってるね?」
「そうだ。だからこれはハドマの者、いや正確には飂熾冘巫髏の者が作ったモノだと予想してみよう。そうだろう? 元・飂熾冘巫髏の諸君!」
「「!」」
カスミにズバッと指を指された生徒達はビクリと肩を震わせる。図星だったからだ。
カスミ達が逃走経路として利用したこの坑道は、かつて、飂熾冘巫髏の逃走経路の為にマフユ率いるレッドウィンター部隊が用意したもの。
それが温泉開発部が掘削中にたまたま発見され、温泉開発をして風紀委員会に追われる傍ら、そんな風紀委員会にもバレないようにと、水面下で密かに調査を進めているのだ。
その結果、上記の割合で各地に坑道の出口が存在している事が判明したのだった。
「……おっ、分かれ道だ……二手に分かれているな。今回はどちらへ行く? 右か? それとも左か?」
「いっその事、私達も二手に分かれてみるとか!? この穴の調査も2倍の早さで進むよっ!」
「それはリスクが大きすぎる。メグがトリニティに出て、私達がレッドウィンターに出たらどうする? きっと合流すら困難だろうなぁ。スマホの充電も、いつまでももたん。下手に脱出を試みると、今度は地盤沈下を起こしたりして本当の意味で生き埋めになるかもしれない。しかも──」
「わわわっ、分かったよ、皆で動こう! 皆で!」
「うむっ。我々がバラけるのは地上での逃走のみ。なにもこのような未知の領域で分かれる事はない。事故を招く事にも繋がる。ここは右に行こう」
カスミの鶴の一声により、左右の分かれ道を右へ進む事に決定。それからしばらく歩くと、1時間もしない内に、天井の隙間から陽光が漏れてくるのが目に入る。出口の1つに出たらしい。
「はてさて、ここは既知の出口かな? それとも、未知の出口かな? いざ、オープンッ!!」
ガコンと重い音を立てて蓋を開けると、人1人がようやく通れるかどうかのサイズの穴が顔を出す。陽光はここから漏れていたらしい。
「……ふむ。どうもここは穴が小さいようだ。道具を置いていくのも面倒だし、何人か脱出したら、この開口部を広げる作業をしようか。メグ、作業指揮は任せるぞ。私は現在地を把握しておく」
「オッケー!」
いち早く脱出したカスミは、地図を取り出すなりGPSなどを起動し、現時点を調べ地図に記載する用意をする。
それによるとどこかの自治区の郊外らしかった。寂れている──という風に見えなくもないものの、流石に、あのアビドスほどの寂れ具合ではない。
「──もしやここは、ギリギリ、ゲヘナ自治区か? いや。それにしては、近隣の建物も妙に綺麗だな。ゲヘナであればもっと荒れていてもおかしくない。しかもこれらの建物は、まるで、つい最近になって建て直したかのような小綺麗さが見られる……」
GPSの誤差を修正。現時点を補足すると、現在カスミ達が到達した場所は、ゲヘナ自治区とハドマ自治区の境界線……ギリギリ、ハドマ自治区だった。
「おぉここはハドマ自治区か! こちらの自治区に来るのは久しぶりだな! ──メグ、作業は?」
「完了したよっ! 蓋には鍵も付けて、温泉開発部関係者しか通れないようにした!」
「咄嗟に蓋を開けたい時には困るだろうが、まぁ、勝手に第三者に弄られたりするよりはマシか……」
「ねー部長、それでそれで? ここって何処なの? 今日はそんなに距離歩いてないし、ゲヘナ郊外?」
「ハドマ郊外、だな。そしてもう少し進めば、先日発見した、こことは別の坑道がある。そこを使ってもう少し遠くに逃げようじゃあないか。既に機材、資材の搬出は終わったな?」
「もっちろん!」
「よし、では行こう!」
「────逃がさないっつーのよ」
「「「っっ!?」」」
カスミの足元で跳ねる銃弾。弾の出処を見れば、何十人もの生徒が銃を構えながら包囲しようと散開しているところだった。すると、その数多の生徒を掻き分け、その隊の長らしい少女が前に出る。
ほぼ無色透明、葉脈のような細い筋しか見えない極めて特異な羽を背中に備えた長い黄色髪の少女がカスミに銃を向けていた。
「見付けたわよ、鬼怒川カスミ」
「えーと……お嬢ちゃんは誰だったかな?」
「あァ? 忘れたとは言わせないわ、指名手配犯! アンタ、ゲヘナで散々大暴れしてる温泉開発部の、鬼怒川カスミでしょ? 外見の特徴も一致してる。というか、トリニティでの飂熾冘巫髏との決戦前に顔合わせしたでしょーが!」
「んん? …………あぁ、ハドマの統治委員長か?」
「ハドマ統治委員会委員長、鐘蟲スズッ! 覚えておきなさい! さぁ、アンタら! さっさとコイツ捕まえて風紀委員会に突き出してやるわよッ!!」
「「「「おおおぉぉぉーーーーっっ!!!」」」」
鬨の声を上げて、ハドマの生徒達は温泉開発部に襲い掛かる。人数では温泉開発部が上だ、それでも地の利は圧倒的にスズ率いる統治委員会にある。
自らも応戦しながらも、カスミは自分達の不利を察知。そして、ただ逃走しようにも地の利は無く、すぐにでも捕らえられてしまうだろう事は確実だ。
カスミの決断は、極めて迅速だった。
「メグ、
「りょーかいっ!」
「あぁッコラ、逃がさないわよ!! 風紀委員会が参戦する前に、あたしらが捕まえンのよッ!!」
「ほぉ? 風紀委員会が参戦する方が君達も極めて戦いやすくなるんじゃないのかね?」
「そーよ、人数差もひっくり返せるしね! でも、手柄が減っちゃうの! 最近はロクな出番も活躍も無いんだから──ここらで一発、大物の指名手配犯1人くらい引っ捕らえてやんないと、あたしの顔が立たないんだからッ!!」
(成程、そうか。イオリちゃんはただ追跡を諦めたワケじゃないのだな。ヒナ委員長の判断だろうか? 我々の行き先を予想し、ハドマの生徒会を通して、統治委員会への助成を要求──か)
部下に指示を出し、少しずつ部下を逃がし自身も撤退の用意を進めながら頭を回す。逃走にかけては極めて自信のあるカスミだからこその余裕だろう。
(それと同時に、後から合流する形での共同戦線を持ち掛け、現在は準備中、といったところだろう。統治委員会を寄越したのは捜索と足止めが目的か。なにせ、ここはハドマの自治区なのだから。如何に風紀委員会と言えど、ハドマの生徒会との協議やら連携も無しに、勝手に武力行使はできまい。尤も、ゲヘナとハドマは姉妹校という、他校には無い強い繋がりはあるものの。結局それは表向きでしかないワケだから……
「資機材の搬入オッケーだよ! 先に行かせた!」
「よしッ! 皆、煙幕を張れ!
「「「「りょーかいィッ!!」」」」
「待っ────!?」
「ハーハッハッハッハーーッッ!! また会おう、透明な翼のお嬢ちゃん!」
カスミの高笑いと共に煙幕が張られて、その隙に坑道まで逃走。蓋を閉め鍵を掛ける。更には内から軽く蓋を溶接する事で、力押しでの開放も不可能にしてしまった。これをどうにかするにはカスミ達を生き埋めにする覚悟で爆破したり重機で掘り起こすなどの方法しかないだろう。
スズは歯軋りしながら、カスミの逃走を生徒会に告げた……。
◆
「あの、部長……」
「ん? どうした?」
「私、この道、見覚えあるような……」
「本当か? では先導を頼もう!」
「はいっ! 確かこの先、ハドマの中心街を抜けてトリニティ手前まで出る穴があったハズです!」
「それはいい! その道に進もう!」
統治委員会からの逃走中、飂熾冘巫髏ゲヘナ部隊だった生徒が、坑道に既視感を覚えた事を告げる。しかも次の自治区の手前に出るということなので、風紀委員会を更に足止めできる事は確定だった。
しかも、トリニティとゲヘナは犬猿の仲。下手に踏み込めば戦争や外交問題になりかねないだろう。
その弱点を突いてトリニティにまで逃げようと、部下達に告げる。
何度も分かれ道を通過しトリニティへと向かう。しかし────異変は起きた。
「……あっ。あれ?」
「おいおい、行き止まりじゃあないか?」
「あれ、おかしーな……前は確かに……」
「無造作に埋められたように見えるな。仕方ない、一個手前の分かれ道まで戻ろう」
「は…………い?」
「ん……?」
ゴゴゴゴゴ、と重い音が聞こえてくると同時に、地面──というより坑道全体が揺れ始めた。初めは地震を疑ったが、どうもそうではない。
腹の底から震えるような重い音と共に、震源が、上から近付いてくる。高速掘削機、否。カスミ達がどこに潜んでいるのかも分からないのにそんな物を使用するハズがない。
「────総員ッ、後ろに下がれ! 早くっ!!」
「えっ、は、はいっ!」
全員がカスミの指示で後退した直後、天井に穴が開き、陽光が差し込むと共に、1人の生徒が地面に拳を突き立てる形で登場。
瓦礫の破片も土埃も、パラパラ細かくなって風と共に宙を舞っている。
「鬼怒川カスミ……見ィ付けた♡」
先程のスズよりも長い髪を揺らして、埃を払う。新雪のように白い髪は、キラキラと光を反射して、カスミ達は思わず目を細める。
「誰だ、君は……?」
「あ? ハドマの生徒会のモンよ。私が動いた方が早いからね、ついつい来ちゃった♪」
「ッ!?」
「決戦前──あン時の顔合わせ以来よねェ。ゲヘナ部隊を何人も引き抜いた感想は? カ・ス・ミ?」
「博愛レイコか。一体どうやって位置を補足した? 発信機などを取り付けられた覚えは無いのだがな」
「
「聞き付けた……だと?」
「
「わざわざ坑道を探し当て、そこから捕捉したか。ご苦労な事だな」
「あん?
「……何だと?」
「どうせゲヘナ部隊だったヤツの案内でこの坑道を使ってんでしょ? えぇ? 違う?」
「ふむ……確かにそうだが?」
「そもそもさぁ。ゲヘナ部隊みてーな飂熾冘巫髏の中でも新参者がさ──それも下っ端がさ。現存する全ての
「ッ!?」
「私らは坑道が見付からないように動いていたし、そもそも、全ての坑道が繋がってるワケじゃない。当然でしょ? 全部繋がっていたら、1つバレたら全部バレるも同然なんだからさ……」
「な、なる、ほど……
「まっ、平たく言やぁ、そういう事になるのかな。さぁ、クソ指名手配犯……覚悟はいい?」
「覚悟、かね? 如何に君が強かろうとも、こんな閉所、しかも我々の物量に敵うとでも……」
「あっそぉ。────
「……ひっ。……ひ、ひぃいいいいっっ!!」
この後めちゃくちゃボコられた上で風紀委員会に突き出された。それによってカスミはレイコ、いや吸血鬼そのもの、そしてハドマ自治区がトラウマになってしまったようだ……。