「先生!もっとあたしらに構って!」 作:アキラゼミ
「何が起きてるんだ……っ!?」
ハドマ学園に到着した私は背筋に悪寒が走るのを感じた。第一校舎3階のある部分は、壁が壊されて室内が丸見えになっている。あそこは生徒会室だ。
以前は1階にあった生徒会室だったが、襲撃対策という事で、再建された第一校舎の生徒会室は3階中央部、それも校庭に面した側に設置されている。
そんな生徒会室の壁が、爆弾でも使われたように吹っ飛ばされているのが分かった。生徒達も校庭に出てきており、何だ何だと騒ぎが起きていた。
「あ、先生!」
「もう騒ぎを聞き付けたんですか? それにしては早すぎる気がしますけど」
「サラ、ヒトデ! ──あれは何!?」
「分かりませんです! でも壁に穴があいた瞬間を見てた人からの話を聞くにまた襲撃です! それも今度は……多分、剣道部の部長じゃないかと……!」
「猫田ナルミか猫田ナルコかはよく分かりません。双子ですから、見た目はそっくりですし。遠目から見ていたんじゃ判別なんてできませんが。だけど、そのどっちかが校庭から生徒会室に直接……ッ!」
「なんだって……!?」
猫田姉妹による作戦はもう始まっていたらしい。私がハドマ学園に訪れるより前に、始まっていた。とにかく、私がするべき事は────。
「サラとヒトデは、怪我人の保護とケアを! 私は現場に行くッ!」
「了解しましたですっ!」
「お気を付けて……っ」
昇降口に入る前から分かる。入口周辺や昇降口はとっくに生徒達でごった返していて、私1人でさえ割り込む余地が殆ど無いくらいだと。
こんな時は、非常階段を使うに限る。こういった学園には大抵、あるものなのだ。校舎の側面に設置されている「非常階段」というものが。
「まぁ、そうだろうと思ってたさ……思ったとも」
当然、鍵は閉まっている。しかしそんな鍵なんか関係ない。至近距離から、そして、同じ箇所に連射してやれば拳銃でもギリギリ壊せなくはない。
それにしても、これではまるで私がハドマ学園に攻め込んでいるようだ。
「アロナ、プラナ。周囲の地形情報や、戦闘情報をスキャン、処理して教えて。私の防御の事は、一切考えなくていい」
『りょ、了解しました!』
『先生……お気を付けて』
鍵を破壊し、扉を蹴破り3階の廊下に踏み込む。廊下では凄まじい連射力を有するらしい銃の銃声が響き渡っている。この音は……スズのSMGだ。
サラ達の話とこの状況を合わせると、生徒会室を襲撃してきた猫田姉妹を、スズが迎撃している──という所だろうか。
『スキャン完了ですっ! 生徒会室で、スズさんとリエさんが、ナルミさんと戦っています!』
『位置からしてリエさん以外の生徒会の生徒さんが間もなく現場に到着──ナルミさんとの総力戦か、恐らくは逃走を図るかと思われます』
「っ、急がないとだね……!」
全くマコトめ、ハドマ学園の人数に不似合いな、無駄に大きな校舎を建てて! 非常階段を設置したところは褒められるべきところだが、校舎が広いとそれだけ駆け付けるのがどうしても遅くなる。屋内なのに自転車やバイクで走りたくなってしまう。
「先生!!」
見たところ戦闘が終わって間もないらしかった。屋内戦ならではの、熱気が籠ったこの空気。ほんの1、2分前まで戦っていたのだろう。もっと早く、現場に駆けつけていれば……。
「……ったく。先生ってば、また急に来て……」
「騒ぎを聞き付けたんですのね?」
「成程、そしたらこーなってたってワケね。全く、酷いタイミングだわ」
「その事なんだけどさ、現場の後処理が終わったら時間くれる? 伝えときたい事があんのよ」
「はぁ、壁にも穴が空いてしまいましたわね。窓も発注しなくては。リンコさん達に、また修理依頼を出すようですわ……頭が上がりませんわね」
「ルビー居ない時のあたしより酷い暴れっぷりね。アイツ、ここまで強いならどうして…………ん?」
「……ね、何か妙に光ってない? 正門のとこ……」
「遠くてよく見えませんけれど。うーん、気のせいではありませんか……?」
しかし遅かった。
ギラリと陽光を反射する鈍色の飛来物を、視界に収めた。けれど弾丸のように、光のように速く動くソレから逃れる事は、もはや不可能だった。
事故の瞬間はスローモーションのように見える。
そんな言葉がまことしやかに囁かれている上に、私も何度かはそれを体験した事がある。
あぁ、
でも大丈夫。即死さえしなければマエストロから授かったこの
身体は咄嗟に動かないクセに、それに反比例するかのように、不気味なくらいに思考は高速で巡る。思考の速度は光速すら超えているんじゃないか、と自惚れてしまいそうな程、次々に言葉が紡がれる。無論、口にする言葉ではなく脳内での独白だが。
まぁ……そんなものだ。人間なんて。
私は目を瞑り、その攻撃を受け止めようとした。
パシャッ。
生暖かい液体が、足に掛かった。次いで、鉄にも似た、
痛みは無い。死に掛けで痛みが飛んでいるとか、そういう話ではなく。……本当に、痛みがない。
まさか。
私を庇った生徒が代わりに攻撃を受けて────顔中に溢れた冷や汗や脂汗を、瞼を開く動作だけで吹き飛ばすような勢いで、目を開けた。
違う。私は誰にも庇われてなどいなかった。
赤黒い飛沫が、私の横で弾けていた。
前で、ではない。私に向けられた攻撃が第三者に庇われたのではない。
私の横で、誰かが攻撃を受けた。
「……ゲホッ」
「レイコぉぉっ!!!」
私が動くより早く、スズが私の足元に倒れ伏したレイコを抱き起こす。
血を吐いて倒れた彼女の胸には、深々と白っぽい木製の矢が突き刺さっていた。しかもその位置は、正確に彼女の胸を捉えていた。明らかに致命傷だ。
「この矢……まさかこれもナルミの仕業なワケ!?」
「何をしてるんですかスズさんッ! その矢を早く抜きなさいッ!!」
「リエ、矢に触らないで! 抜くと血が溢れる!! レイコを殺したいのッ!?」
「っ……!!」
最悪だった。彼女の矢は、レイコの心臓を深々と貫いていた。刺さっているどころではない、背中に矢じりが突き出しているのが分かるくらい、完全に貫通してしまっていた。
更にその矢じりはまるでナイフのような形状で、これは殆ど矢という飛来物としてではなく、ただの刃物での刺突にも等しい攻撃であった。
キヴォトスの民は、獣人の市民も含め、何故だか銃撃だの爆撃だのに対する強い耐性を持っている。だからたまに「物理攻撃は大して効かない」という思い込みをしている者が居る、ほんのたまにだが。
しかしそれは、大きな間違いだ。勘違いにも程がある。包丁で指を切ったり、猫に引っ掻かれケガをして猫がトラウマになる。そんな生徒が居るんだ。怪我の治療ではメスや針が使われ、サオリは刃物を携帯している、ワカモは銃に短剣を取り付ける事で銃剣としている。ミサキだって……。
キヴォトスの民にも物理攻撃は通用する。衝撃にちょっとした耐性を有するだけで、刃物耐性があるワケではない。それらに関しては人並みだ。それも私のようなキヴォトス外の民がよく知る意味での、真の意味での「人並み」なのだ。
そんな「人並み」程度の耐性しか持たないのに、刃物のようなもので胸部を貫かれれば…………。
「……いやぁ……最強への、道……。道半ば、だなぁ……」
「へっ……泣いてる、せんせ……だっさぁ……♪」
「そぉ…………でも、これ……ムリだなぁ……ふふ……」
手を握った。
まるで機械のように冷たく、既に血の気がまるで感じられない。アルビノでもないのに、まるで髪のように肌も白くなっている。
吐かれた血や飛び散った血が酷く悪目立ちする。あれだけドクンドクンと強く脈打っていたのが全て嘘だったように、血の「圧」を全く感じられない。
「……もぉ……せんせ、の顔……み……見えない、や……」
ダメだ生徒に私の複製能力を使ってはいけない。これはキヴォトス外の存在である私だから薬として働く能力──キヴォトスの、特に「神秘の器」たる生徒に使えば薬になるどころか毒になってしまう。
一か八かなんて、ここで試せるハズもない。もし本当に毒になるのなら私がレイコを殺す事になる。
どうにかして彼女を助ける方法は……。
「また……ルーちゃんと……バカ、やりたかっ……た……なぁ…………」
「ああぁぁぁっ……レイコ! レイコぉっ!!」
「そんな、レイコさん……どうしてこんな事に……」
自他共に認めるハドマ学園の最強・
血の気と野性味、波乱と欲望に溢れた、あまりに短すぎる生涯に幕を下ろした。