「先生!もっとあたしらに構って!」 作:アキラゼミ
わんわんと声を上げて泣くスズ、啜り泣くリエ。シエルもギリッと歯を食いしばり涙を耐え、アンナなどは茫然自失としている。
私は……。
「くひっ、ひひひ! 案外ラクだったな、最強への下克上も。まァ如何に膂力に優れる吸血鬼と言えど我々人間サマの『技術』には敵わないという事だ。それを知る事ができただけでもこっちは満足満足! アーッハッハッハァ!!」
「お前……!!」
音も無くそばに現れた彼女は、背に機械式の翼を備えていた。背負うタイプの、機械式の翼。これはテンコの発明品……アストラル・ウィングだ。
「それはテンコの! 何でアンタが……!」
「あん? 第二校舎の屋上で、アイツがコレ使った商売やってんの、知ってんだろ? ちっとばかし、借りてきてやった♡」
ニヒッと口を歪めて笑う。それを見て分かった、絶対に
空に浮かぶ彼女は、レイコの遺体を見下しながら口元を吊り上げる。計画が上手くいったことを喜ぶように、腹の底から歓喜するように。
「一線を超えるのって、思ったより簡単だったな。こんなアッサリとは思わなかった。それとも上手く弱点を突いたからかな? くひひっ……♪」
「な、どーだ? ニャルコ様の
「猫のように速く。パワフルに。美しく。そして、しなやかに。狙った獲物は決して逃さない。そんなアタシら姉妹を見て、誰が呼んだか、いつの間にか異名が付けられてた。くだらねー事すんなと当時は吐き捨てたがな」
「
「……あ? なんだって?」
「ほざけッ!!」
「危ないッ!!」
スズが私を突き飛ばす。私が立っていた所には、ナルコの放った矢が何本も突き刺さっていた。もしスズに助けられていなければ……。
「バカッ、避けられないくせに煽らないで!」
「くく、よく助けられたな鐘蟲スズ、統治委員長も伊達ではないらしい。くひひっ……!」
「ナルミィ! 自分が何をしたのか分かってんの? レイコを……レイコをッッ!!!」
「だから? 何だ? お前らが悪魔らしくあろうとしないなら、ただの人間たるアタシが、悪魔として振る舞ってやる。──キヴォトス史に残る虐殺を! 天使の大虐殺を! ここに宣言してやろうッ!!」
「っ!?」
「矯正局にブチ込んでやるってか? できるのか、先生? アンタなんかに?」
「優しい先生には生徒を檻に入れるなんて無理よ! でも、そんな感情は無い統治委員長たるあたしが、あんたを潰してあげるわ!!」
「ヴァルキューレに突き出してさしあげますわ!」
「れ、レイコさんの、敵討ちですっ……!!」
「レイコの事は決して好きじゃない。飂熾冘巫髏の副総長だったヤツが生徒会なんて、リエの判断でも反対したい。それくらいコイツのことは嫌いだよ。それでも、そんなレイコよりあんたの方が嫌いだ」
「そんな『嫌い』なヤツが、自分のクラスメイトに居るのだと気付けなかったクセに、哀れなものだ。後悔しても遅いんだよ、マヌケめ」
「クソ天使に与する悪魔など不要だ。統治委員長、お前もだろ? いつもの銃撃戦などでは味わえない本物のスリルを体験させてやる……!」
「あたしに全く歯が立たなくて、自分は引っ込んでナルミに戦闘任せただけの雑魚のクセに、遠くから狙い撃ちできた程度でイキってんじゃないよッ!」
「なら、その雑魚に殺された博愛レイコはよっぽど雑魚だったんだなァ? くひひひっ!!」
「お前ぇっ……!!」
スズの肩に手をかけ一歩踏み出す彼女を止める。私だって、今にも銃を乱射したいくらいにはかなり腸が煮えくり返っているが、少なくともそれは私のやることではない。それは「大人」ではない。
「フン、くだらない理想論だ。まぁいい。ソイツの葬儀でも何でも執り行えばいいさ。通夜状態の時にもう一件、もう一件と次々に葬儀を増やしてやる。尤も、その参列者は1人ずつ減るだろうが──」
その時、一発の銃声が轟いた。バキャッと金属がひしゃげて破損した音、次いで、革靴がコツコツと床を打つ音。発砲は私の背後から。
誰だと振り向くと、目元を赤く腫らしたルビーがそこに立っていた。震える手で、ナルコに向かって発砲したらしい。彼女の弾丸は、虚しくもナルコに当たらず。しかし、アストラル・ウィングを綺麗に貫いていた。
「く、そ……ッ、
「あなたはとっくに堕ちていますよ。人としてね。物理的にも落ちてください。願わくばそのまま頭を強く打ち付け、地の獄に縛り付けられてください。二度と空を飛ぼうとしないで……!!」
追加で発砲し、反対の翼を撃ち抜く。バランスが崩れ、ナルコは真っ逆さまに墜落していく。慌てて穴の傍に駆け寄り下を見るも、受け身をとり着地、逃走を開始していた。
すぐに追跡を──と、ほんの一瞬だけ思ったが、そんな気分にはなれなかった。ルビーも、スズも、追い掛ける気力は既に無いようだった。
「……レイコ……間に合わなくてごめんなさい……」
「……間に合ってても助けられなかった。ここに居る誰のせいでもない。アイツのせいよ」
「はい。……あの、先生」
「葬儀の際は、ゲーム開発部の人は呼ばなくていいですよね。あんなに楽しい別れ方をしたのに、次に再会するのは写真越しなんて……あんまりです」
溢れて止まらない涙を袖で擦りながら、鼻声で、モモイ達を呼ばなくて良いかと確認する。私には、まだ、そこまでは考えられない。
ルビーは、泣きながらも冷静らしい。今だけは、彼女が私よりずっと大人に見える。
冷血と言いそうな人も居るだろうがそれは違う。レイコの死に涙しているのだ、冷血なハズがない。
「……すみません。余計な事を言いました」
「誰よりも冷静なのは間違いなくあんたの良い所。余計じゃない。……気にしなくていいから……」
スズはというと、出会いは最悪だったが、今では良きライバルとして切磋琢磨していたらしい。尤もライバルと言えるほど対等でもなかったらしいが、少なくとも、スズにとってはかなり良い修行相手になっていたらしかった。
レイコとしても、力の差はあるとはいえ、自分にしつこく食い付いてくるスズと戦うのは楽しかったらしい。それを見ていたらしいルビーが言うのだ、きっとそうなのだろう。
私の見ていないところでも、生徒達は交流して、平和に、楽しく過ごしていたのだ。それができる子だったんだ、レイコは。
なまじ戦闘狂と呼べるほど戦闘が好きで、自分の力を奮う事に躊躇いが無く、それを楽しめる性格の持ち主であるが故に、乱暴者と思われやすいレイコだったが。
やり過ぎたと思えば敵にも謝罪に行けるくらいの常識はあった。口調は生意気でも、相手を思いやる気持ちは誰にも負けてなかった。
戦闘に関する知識や技術が豊富なだけではなく、少しでも興味を持った分野に関する知識にも貪欲で流石はルーシィと長い付き合いがある子だなと舌を巻いた事だって多々ある。同い年ならばルビーには負けるものの、頭脳面でも優秀だった。
先生の彼女として胸を張れる生徒になる──と、不良の道から足を洗い、不良娘としての行動も改め授業にもきちんと出席するようになっていたのに。
彼女の高校生活が、やっと本当の意味で始まったところだったというのに。
私が不甲斐ないせいで。私が、穴から離れるよう指示したせいで。伏せるように指示していたなら、もしかしたら被弾しなかったかもしれない。何なら被弾しても助かっていたかもしれない。私の指示が拙いせいで、レイコを死なせてしまった。
レイコを殺したのは、私だ。
ナルコを殺人犯にしたのは、私だ。
「『レイコを殺したのは私だ』とか思わないでよ」
「穴から離れるのは正解。間に合わなかっただけ。多分、伏せても無駄だった。あの攻撃は間違いなくレイコを貫いてた」
「あの攻撃は間違いなく先生を狙ってたよ。先生とレイコの中間──の少し後ろあたりに居た私だから矢の軌道が見えた。でもあの矢、先生に当たる前に曲がった。ナルミのヤツ、『曲芸』なんて言ってたでしょ。だから……矢を曲げる技……なんだと思う」
「バカ言わないで! 守れなかったら自分がそれをやったようなもの──って、そんな理論、あたしは絶対に認めないから!」
「もしそんな理屈が通るんなら、前のハドマ学園を壊したのはレイコじゃなくてあたしで、リエだよ! あたしもリエも、この学園を守れなくて、レイコにされるがままだったんだ! じゃあ、先生は学園を守りきれなかったあたし達を責める!?」
「じゃあッ!」
「〜〜〜〜〜〜ッッ、バカ言わないでってばッ!! 歩兵しか持ち駒が無いのに飛車角を兼任したようなヤツに勝てるか!! 先生が悪いんじゃないよ!! これは他責じゃない、責任転嫁なんかじゃない!! あたしらよりちょっと早く生まれた大人だからって何でもかんでも自分の責任にしようとすんなっ!! 先生のバカッッ!!!」
涙を散らして、吐き捨てるように叫んだスズは、泣きながら生徒会室を出て行った。スズに続いて、追い掛けるようにルビー、シエルも出て行った。
私は声のかけようがなかった。言葉が無かった。
生徒を、子供を守るのは大人たる私の役目。その考え自体は、スズに怒鳴られた今も変わらないし、きっと今後も変わらない。それどころか、きっと、この考えが揺らぐ事すらも無いのだろう。
「……先生。あまりご自分を責めないでください」
「そうです……あんなの防ぎようがありません……。狙撃についてもそうです。本当なら、スナイパーの私が、真っ先に気が付くべきでした……」
「アンナさん……それを言うなら私もですわ」
「だとしてもそれは、たらればの話です。それに、誰しもがそうです。理想を思い描いていても現実は決してそうはいかない。──悲しい事ですがこれが現実なのです。改めて、強く思い知らされました」
どうして、私よりも幼いこの子達の方が、現実を見れているんだ。情けなさのあまり、涙も枯れる。深爪の一歩手前ほどに整えられた爪が、手のひらに食い込み、血が滲む。
「……? 先生、レイコさんを抱えてどこに……」
「えっ?」
「……はい。レイコさんをお願いします。私達は……現場の片付けなどをしておりますわ」
アンナとリエをその場に残し、レイコを抱えて、生徒会室を出る。私の腕の中で静かに眠る彼女は、既に、人としての温もりを殆ど失っていた。冷たい床の上に、長い時間、寝かせてしまっていた。
「先生!」
「破片を受けた怪我人の治療は済みましたです!」
「それ、レイコですか? まさか、気絶してます? レイコの事です、またEX暴走で自ば…………え?」
流石はレイコと同族、吸血鬼。私の腕の中で眠る彼女を見て、もしくは血の匂いを感じ取ってなのか顔色を一気に青ざめさせる。
「せ、先生ぇ……れ、レイコは……?」
「は…………は、い……す、すぐ、に……用意を……っ」
身を翻して私より一足早く保健室に行こうと歩を進めるヒトデ。しかしそこから3歩も歩かない内に床に膝をつき、口元を抑え……嘔吐した。
「ひ、ヒトデ!? どうしたんですか!? 一先ず落ち着いてください……ほら、背中叩きますから」
「……っ……って、くだ、さぃ……」
「はい?」
「黙ってくださいっ! 話し掛けないでください! もうそれどころじゃないんですよ! 友達が死んでどうして落ち着けるとか思ってるんですかっっ!? そういう能天気な所、普段は良くてもこういう時はウザったくて仕方なっ──オ゙エ゙ェェッ……」
「死ん……って、しっかりしてください!!」
人の死は周りをも不幸にする──その事が改めてよく分かった。如何に生徒がやった事だろうとも、こんな事は絶対に許さない。
もう絶対に、誰も死なせない。
レイコの目元に光る、渇きかけの涙を指で拭い、絶対の意志を以て、固く誓った。