「先生!もっとあたしらに構って!」 作:アキラゼミ
「代償……?」
『はい……っ。あの時、ユメさんを助けに、2年もの時間を遡った代償で……』
『シッテムの箱と大人のカードの併用による人工の奇跡「時間遡行」は、遡った時間分、使用不可能な状態に陥っています』
「……」
道理で、大人のカードをレイコに使っても、何の反応も無いワケだ。
あの時、ユメを助けに行った事は後悔してない。あれは、ホシノの心を救う為に必要だった行為だ。私だって遊び気分で過去を改変したワケじゃない。
でも、その代償で、今度はレイコを助けられないなんて……そんなの、あんまりじゃないか。
「……先生、居る?」
「ん……どうしたの、テンコ?」
「レイコの身体、綺麗にしてやんないと。姉さんは目がアレだし、というか現場検証中だし。だから、私とサラ部長の2人で担当する。一旦、保健室から出てくれない? なるべく早く終わらすから……」
「……うん」
所々に絆創膏を貼り、包帯を巻いたテンコにそう促され、保健室を出る。私と入れ替わるようにしてグスグスと泣きながらサラが保健室に入っていく。彼女の死について、ヒトデに聞かされたのだろう。
そして、そのヒトデは──保健室の入口の前に、座り込んでいた。
「……先生」
「……うん」
「アイツ……最後に、何か言ってました……?」
「……。またルーシィとバカやりたかった、って」
「……あはっ。レイコらしい、ですね……」
「本当にね。レイコらしいよ……本当に」
「くっ……う、ううっ……ぐっ……ひっく……うぅ……」
ヒトデとレイコはあまり仲良くなかったハズだ。レイコからヒトデの話を聞いたことは無いものの、ヒトデからレイコの愚痴のような話はよく聞いた。
──いや、不仲という事ではないかもしれない。ヒトデに愚痴を言っているつもりはなく、単純に、友達の事を私に話してくれていただけなのかも。
もしそうなら……ヒトデも、こうもなろう。
「レイコ、私の、数少ない友達、だったんですっ……アイツは、誰にでもあの調子で、気軽に絡むから……わた、私、人を匂いで判断して、あまり、他人とは絡まなくって……。普段は、サラ部長としか絡まないせいで……私は……いつも、ぼっち、だから……」
「……うん」
「不良グループ、っていうか、テロ組織ですけど。飂熾冘巫髏に勧誘されて、良かったです。部長とも出会えたし、ウザ絡みばっかだけど……レイコとも、出会えたんですから……ッ……」
不意に言葉を切り、子供のように泣き喚く。声に触発されて一度、テンコが「うるさい!」と廊下に怒鳴りに来たものの、ヒトデがその声をも無視して泣き続けていると、テンコも涙を滲ませ、静かに、保健室に戻っていった。
それから間もなく、小走りでリンコが現れた。
どうやら生徒会室の現場検証が終わったらしい。現場の片付けや補修工事などは、まだ、目処すらも立たないようだ。
「──それで、凶器の方も回収したいんだ。現場に残された弾痕はスズのだけでさ、現場検証もなにもろくに出来ることが無くって。とりあえず、3組の猫田ナルコが犯人……って事でいいんだよね?」
「そのハズだよ。何故かスズはナルミって呼んでた気がするけど……双子だから混同しているのかな」
「そうだと思う。ナルミは私のクラスの子だけど、こんな事するような子には見えないしね……」
「そっか……」
「それにしても、レイコが殺られるなんて。心臓を貫かれてたってリエからさっき聞いたけど、いくら心臓を貫かれたからって死ぬのかな、吸血鬼がさ。だって、骨折もその日のうちに治りかねないくらいヤバい再生力だよ……?」
「それでもダメなんでしょ。吸血鬼の弱点としても
『心臓に杭を打つ』というのは有名な話だし……」
しかし、アレは「心臓に杭を打つくらいしないと吸血鬼は殺せないよ」の意味だった気がするけど。しかしそれでレイコが死んだのなら、本当にコレが弱点だったのか……。
いやそうじゃないだろう。心臓に穴が空いたなら誰だって死ぬ。弱点も何もあったものではない。
「もしレイコが生きてたら、弱点克服しようとして対策を練ってたんだろうなー。あの子ってそういう研究熱心なところもあったからさ」
「吸血鬼とか吸血鬼じゃないとか関係ないですよ。心臓って、人体においてそれくらい大事なトコなんです。生きとし生けるものの殆どが、心臓は弱点。吸血鬼の弱点じゃありません。レイコに弱点なんかありません、弱点など無かったんです。私なんかの雑多な吸血鬼とは違いアイツは完全無欠な天才で、最高で、最強の吸血鬼なんですよッ!!」
「そ、そうだね、ごめん、余計な事言ったね……!」
「なのにどうして死んだんですか! どうして!」
ヒトデ自身よりも身長が高いリンコの首を掴み、ギリギリと持ち上げる。苦しそうに謝るが、彼女にリンコの言葉は届いていない。
「リンコを離しなさい」
「っさい! 先生に何がわかんですか! アイツは確かに恐れられてたし、吸血鬼部隊なんてアイツの支配下としか言えない環境だった! でも恐怖だけじゃない、なんだかんだでアイツ自身のカリスマがあったからこそ同族の皆がついていってたんだ!! ルビーだって私だって、レイコには遠く及ばない! 最強の中の最強だったんだ! レイコに弱点なんか無いんだ、最強なんだからっっ!!!」
早口でそう捲し立てたヒトデは、リンコのことを壁に押し付けて、泣き叫びながら、どこかに走って行ってしまった。
彼女を追おうとするも、ふと思い直し、壁に頭を強く打ち付けたであろうリンコの介抱に入る。
「……ゲホ、ゲホッ……」
「大丈夫、リンコ……?」
「うん、私は大丈夫……それよりヒトデを……」
「あの子は…………今は、そっとしとくのがいいよ」
「ん……そーだね……」
直後、悲しみと苛立ちが綯い交ぜになったような複雑な表情で、テンコが勢いよく引き戸を開ける。そのあまりの勢いで、戸のガラスにピシッとヒビが入ってしまった。
「なんだ、姉さんか。……ヒトデは?」
「泣きながらどこか行っちゃった」
「フン、やっと静かになるのね。で、現場検証は? 何か分かった?」
「なんにも。だって銃を使ってなかったっぽいし。ましてや武器に使ってた弓も矢も木刀も学校の備品でしょ? 検証も何も無く現場を片付けて終わり。工事の見積もりとかはまた今度。テンちゃんこそ、矢、取り出し終わった?」
「とっくに終わってる。遺体の縫合も、サラ部長にやってもらった。そっちは中々進まなかったけど、さっき、やっとね」
「無理も無いよ、サラちゃん感情豊かだもの」
「姉さんが無駄に冷静過ぎるだけ。部長なんかまだ保健室で泣いてるし。私も未だに信じられないよ。あのバカが、ホントに死んだなんて……」
「信じたくはないけど、現実は受け止めなくちゃ。じゃあ、凶器の解析に入るから、矢を受け取ってもいいかな?」
「……多分、解析の必要は無いよ」
「へ? どうして?」
「姉さんなら……コレ、見た事あるから」
「え? 弓道部の道具の補修、私が手掛けたことは無いと思うけど……」
「無いよ。部活の備品の補修とかは、主に私と他の部員達で引き受けてるからね。でも絶対、姉さんはこれを知ってる。……絶対にだよ」
「えぇ……? よく分からないな……」
「分からないハズない! これを作ったのは絶対に姉さんだ! 作業現場、私も見てるんだからッ!」
テンコが手袋を付けて私達の前に突き出すソレを見て、義眼を付けた状態のリンコは目を丸くした。そして……手を、口を震わせた。
「ホントに……コレが、レイコを……?」
「そうよ! この白樺の矢も、銀製のナイフもッ! どちらも姉さんがクラスメイトの──猫田ナルミの依頼を受けて製作した物だったハズでしょッ!?」
「ッッッ!!」
「別々に注文するとは小賢しい事をするよあの女!
白樺の矢に銀の鏃なんて取り付けたなら、明らかに吸血鬼を殺す気だってバレる! ましてや吸血鬼をかなり多く擁する技術開発部のヤツには特にね!」
「そんな……ナルミ、嘘でしょ?」
「ナルミがそうしたのか、ナルコがナルミの物品を奪ってそうしたのかは分からないけど、間違いなくコレは姉さんの手掛けた作品だよ! 今更、鑑定や検証や解析の必要なんか無いでしょ!?」
「……うん」
「姉さんに作ってもらった銀製のナイフの刃先を、弓ノコか何かで切ったんだろうね。粗末な断面が、ちょっとチラ見えしてるよ。で、それを鏃に上から被せるように曲げて圧着した。溶接は難しくとも、圧着だったら素人にとっても比較的簡単だからね」
「そっ、か……」
確かに弓ノコのような工具で切ったらしい
「ごめん、テンコ。素人質問で申し訳ないんだけどどうして圧着だと分かるの? バリが見えるから、元の製品から自分で切り出した──っていうのは、私も分かるんだけど」
「ん? あぁ、コレ見て。上下左右、斜め4ヶ所の計8ヶ所に強く押したような凹みがあるの分かる? 私でも見えるから、先生にも見えると思うけど」
「よく見えないけど……薄らとだけ……」
レイコの血がベットリと付着していて見えない。私は血に耐性があるタイプなのに、何故だろうか、レイコの血だと思うだけで胃の中のモノが喉にまで込み上げてくるような奇妙な感覚が……。
「これさ、圧着工具の跡なの。配線とかで、端子を取り付ける時に圧着ペンチっての使うんだけどさ。矢の太さ的にも、配線に使う用の圧着ペンチで多分イケると思う。しかも銀って展延性に優れるから、内側の鏃が壊れる程の力を込めなくても良かったのかもしれないね」
「鏃のみに銀を被せたのは、
「同意。あぁ、箆ってのは、矢の棒の部分の事ね。シャフトっていえば分かる?」
「大丈夫、箆は分かるよ」
「あ、そう? なら良かった」
ナイフから刃先を切り出した際はヤスリ掛けすらしないというのに、圧着する時には上下のみならず左右、斜めからも圧着する徹底ぶり。
どこか、ナルコの歪んだ拘りのようなものが垣間見えたような気がした。
「これなら解析はいいでしょ? パッと見で分かるくらい粗雑だからね」
「うん……ましてや私の作品が凶器に使われたなんて信じたくない、というか見たくないし……」
「しっかりしてよ、姉さんが殺したワケじゃないんだから気にするのはおかしい。矢なんて道具だよ。道具を悪用した人間が絶対に悪いの。作った人は、悪くないの。それを混同するバカも割と居るけど、それは絶対に間違ってる。分かってるでしょ?」
「うん……」
キヴォトスに来る前に居た世界でも、見た話だ。道具の製作者はそれを想定しておらず、悪用された事に対して心を痛めた、なんて話は割とよくある。
悪用される事までは想定していても、その結果、話が想定外の方向に転がっていく──なんて流れも歴史として残っていたはずだ。
そういった「人の営み」というものは、私の居た世界もキヴォトスも、変わらないのかもしれない。
「──さて、と。この証拠品、統治委員会に提出に行かないとね。姉さんはどうする?」
「私は……ナルコの捜索でもしようかな……って」
「それがいいね。アンドロイドリンコも動員すれば割とすぐに見つかりそうだし。あ、でも、姉さんは統治委員から事情聴取とかされるだろうし、依頼を受けた時の帳簿とか用意しといた方がいいよ」
「うん、そのつもり。スズに会ったら、私は工場に居るって言っておいて。私からは行きづらいや」
「うん、分かった。でも変な気は起こさないでよ? 姉さん、変な所で思い切りがいいんだからさ」
「分かってるよ。大丈夫だから」
「ふーん? 先生、時間あったら姉さんについててくれない? 姉さんの見張り役っていうかさ?」
「分かった、任せて」
「いいって〜……」
「はいはい、さっさと帳簿を用意してアンドロイドリンコ起動して待機! 早くして!」
「はぁい……」
ガックリと肩を落とすリンコに付き添い、2人で技術開発部の工場へと向かう。空気は重く、2人の間に言葉も無い。
自分の作品が悪用され人が死んだ。そう知ったら物作りに携わる人なら誰でもこうなり得るだろう。私は物作りに携わる人間ではないが、その気持ちを推し量る事だけならできる。
いや……私には、それしかできない。
「リンコから見て、ナルミってどんな子なの?」
「唐突だね、どしたの?」
「このままだと、リンコ──重みで潰されそうだ。誰から見てもそう見える。何でもいいから話して、気を落ち着かせた方がいい」
「大袈裟だなぁ……」
「大袈裟に見えないから、そう言ってるんだよ?」
「それを言うなら、先生もそう見えるけどね」
「っ!」
「まぁ、それも仕方ないよねぇ。手の掛かる子ほど可愛いって言うし、何ならレイコともセックスする仲だったんでしょ? 先生にとっちゃ彼女が死んだようなものだもの。本当なら、今すぐ泣き叫びたいくらいじゃないの?」
「…………」
「よく我慢してるよ、先生」
「……………………」
雑談で気を紛らわしてあげよう──などと、私のくだらない思い上がりだったのかもしれない。逆に私の方がリンコに助けられてしまった。情けない。
◆
技術開発部の保有する工場にて、受注した依頼を記録した帳簿を引っ張り出し、統治委員会の来訪をゆっくり待つ。
この頃になると、現実は受け止められずとも心はほんの少しずつ落ち着きを取り戻してきていた。
リンコはアンドロイドリンコ4機を稼働させて、自治区内を虱潰しに探しに行かせた。自立稼動するアンドロイドは、リアルタイムで、情報をリンコのスマホに共有している。
捜索対象は猫田ナルコ。双子であるが故に容姿も一致しているので、姉のナルミも引っ掛かるかも、というのが唯一の懸念点らしいが……。
心が落ち着くと言われるダージリンを飲みつつ、スズ達が来るまで、雑談する事にした。
「ナルミがどんな子か、ね。天真爛漫、ちょっぴり天然っぽくて、皆からの愛されキャラ。思い込みがちょっと強めなトコあるけど、それも含めクラスの皆から愛されてるって感じかな」
「勘違いで攻撃してきたり?」
「アハハ、そんな感じ。先生もやられた?」
「ギリギリ、回避したけどね」
「流石〜。──病弱ってワケではなさそうだけど、貧血体質なのかな。結構な頻度で保健室に行って、そのまんま早退しちゃうんだ。妹のナルコの方は、よく分かんない。クラスも違ければ喋った事も特に無いし。確か妹の方は私の隣の隣のクラスだっけ」
「リンコやリエ、シエルが1組で、ナルコが3組、だったっけ?」
「そうそう。3年3組だから先生の知ってる生徒で言うと、レイアやライムと同じクラスだと思うよ。でも……ちょっと、聞きづらいよね、雰囲気的に」
「……うん……」
レイアはレイコの従姉妹。年の差も2歳のみで、実の姉妹のように仲良くしている、と聞いている。良くも悪くも、ただの友達以上に本音で語り合える貴重な関係だ、と。
ライムは──言うまでもない。小学生の頃からの付き合いで、ルーシィとレイコに次ぐ飂熾冘巫髏の創設メンバー。レイコの死なんて、どうして言えるだろう。隠せないのは分かってる、いずれ分かる事だろう。でも、そう簡単に言えない。どの面下げて言えるだろうか、レイコが殺されたなんて……。
「ふと思ったんだけどさ。レイコの遺体を吸血鬼化させる、なんて。そんなワケにはいかないよね?」
「……? どういう事?」
「ほら、ヴァンパイア・ロードの実験結果。前に、ゲマトリアって人達から教えてもらったでしょう? 吸血鬼化を重ね掛けすると強大な力を得られるって記述があったよね。
「ダメだよ。重ね掛けする毎に強くなるが、それに比例するように自我を喪失し獣のようになった、と書いてあったでしょ。──それに、そうならないと仮定しても……それをやるには、もう、遅いよ……」
「だよねぇ。死んでるって事は、もう、生体機能が止まってるワケだもんね。幾ら再生力が高くとも、そもそも細胞分裂とかしないワケだから、試しても無駄か……」
そうだが、そうではない。遺体を弄ぶような事をするな、と遠回しに言っているんだ。リンコは──彼女はちょっと、マッドなところがある。少しだけゲマトリアに近い域に踏み込みつつある気がする。
失明してしまったからと自分の手で自分の眼球を摘出した事といい、リンコは、気軽に最後の一線を越えそうな危うさがある。一般的な常識もあるのに何故たまにそんな一面を覗かせるのか……。
「……あ。ホントに居た。ちょっといい?」
その時、工場の入口から、スズがひょっこり顔を覗かせた。テンコから話を聞いたのだろうか、少し急いでいるような雰囲気を漂わせつつも落ち着きを取り戻した様子でリンコの傍にやってきた。
「あ、スズ。矢についてでしょ? テンちゃんから聞いてると思うけど、私がナルミから受注したの。でもっ、ナルコがそれを悪用したんだと思うんだ。ナルミは、そんな事できるような子じゃないしさ。スズも、ナルコと戦ったんでしょ……?」
「あー。そんじゃあ、そこから話すようね。先生も聞いててくれる? リエもかなりショック受けてた話なんだけどさ……」
「「?」」
リンコの話を聞いて、スズは気まずそうな顔に。彼女はどうやら、私達が知らない情報を握っているらしく、それを教えてくれるとの事だが、リンコと私は揃って首を傾げてしまう。
そして次に彼女の口から紡がれた言葉を聞いて、私達は揃って息を呑むことになる────。