「先生!もっとあたしらに構って!」 作:アキラゼミ
入学式の翌日。シエルが登校すると、学園内は、どこか異様な雰囲気に包まれていた。
学年一、いや学校一と言っても良いくらい登校が早いリエは、何故だか教室に居ない。トイレにでも行ってるのかと覗きに行くも、リエどころか人っ子一人いない。
生徒は自分達の教室に篭ってザワザワと自習中のようなうるささ──休み時間ほどではない、微妙な雑音を奏でている。
「あ、おはようございます」
「はよ。……あれ、ピンクのも居ないんだ?」
「リンコさんですか? そういえば来てませんね」
リエの机上にはカバンがあった。つまり教室には居ないものの、既に登校はしているらしい。委員会だったり係なども決まっていないのに、妙だ──と眉を顰める。
リンコはカバンすらないので登校もしていないと分かるが、それはそれとしてリエの行方が知れないというのは、シエルにとっては酷く不安を煽られるものだった。
「てか、なんかやけにザワついてない? 廊下にも殆ど人居ないじゃん。廊下で立ち話してはいけないなんて校則、あったっけ?」
「あ、実はさっき校内放送があったんです。『朝のHR前に臨時の集会を放送でやるから早めに教室に入っててください』って内容の。それと、七天魔の生徒は生徒会室に呼び出しされてましたね」
「あー、だからリエ居ないのか」
「多分そうだと思います。だけどリンコさん、まだ来てないっぽいから、さっきの放送、聞いてないんじゃないかな……」
「え? リンコ、まさか七天魔になったの??」
「そうですよ! 確か合計3人だったかな。昨日の時点で1年生が3人、七天魔になったんです。勿論リエさん含めてですよ? 先輩達も『今年の1年は粒揃いだな』って言ってました」
「……アンタがここに居るってことは……」
「私は違いますよ。って、見てたじゃないですか。私がリエさんに負けるとこ……」
「あの後で、他の先輩達にリベンジして勝ったかもしんないじゃん?」
「あぁ、確かに。──リエさん、優しいですよね。私がすぐ回復できるように、行動不能に追い込む所までしかダメージ与えてこなかったんです。だからもし、私がその気になってれば、確かに他の先輩に挑めたかもですね……」
「そーそー。じゃ、あんたじゃないなら誰?」
「隣のクラスの子ですよ。なんて言ったかな、少しギャルっぽくて……ちょっと私は苦手ですね……」
「あんたの好みはいいよ。──で、リエとリンコ、そのギャルの3人が七天魔になったってワケね?」
「そうです!」
それから間もなく、校内放送が入った。どうやら七天魔のメンバーに入れ替わりが発生した場合は、こうして校内放送を使って校内に通達するシステムらしい。
『1年2組、
『1年1組、我猛リエです。同じく勝負はいつでも受け付けております──が、誰にも負けませんわ』
『1年1組、砂田リンコでーす☆ 今度ね、新しい部活を立ち上げるから、もし良ければ見学だけでも来てねー! 力が強い子なら、特に嬉しいかも〜! じゃ、よろしくー!』
『──以上、3名。そして次に、誰が七天魔を脱退したのかだが──』
まずは新メンバーの紹介を。その後に、誰が誰を倒し、七天魔を抜ける事になったのか──という、勝った本人にとっては栄誉ある報告、負けた本人にとってはもはや公開処刑にも近い内容までもが放送されるらしい。
それによると、リエは入試の際に3年の先輩を、ライムは昨日、2年の先輩。そしてリンコは何と、議長である赤津ルカを打倒したのだそうだ。
しかも、放送しているのは他でもない議長本人。マイクとスピーカーを通した声でも、悔しさがよく伝わってくる。今すぐ舌を噛みちぎり死ぬのではと焦る生徒が出るくらいには、今にも発狂しそうな、悔しさが滲んだ声だった。
そして、リンコが議長を倒したと聞いて、本人のクラスである1年1組は当然、他のクラスからも、酷いざわめきが起きた。
七天魔の中に序列は無い、だが暗黙の了解として最強の生徒が七天魔首席と議長を兼任する────という認識があった。
だからこそ、そんな「ハドマ学園最強」とされるルカを、入学したてホヤホヤの新入生が打倒したと知らされれば、もはや悲鳴に等しい叫び声を上げるくらいの衝撃と思わずにはいられなかったらしい。
シエルですらも、目を丸くして声を失い、黙ってスピーカーを見つめる事しかできなくなっていた。
「リンコさん、強いんですね……夕方まで寝てないで見ていればよかったです……」
「……リンコ、そんなに強いの……?」
「そうみたい、ですね……」
シエルは手が震えるのを感じた。
入試の際に、リエは3年の先輩を倒した。それを面白がったルカに、入試には何ら影響の無い完全なエキシビションマッチを申し込まれ、そしてリエは負けた。初見とはいえ、リエが戦闘で負けたのだ。
リエを倒したルカを、リンコが倒した──つまり強い順はリンコ、ルカ、リエ──という事になる。
それに気付いたシエルは、いつの間にやら、血が滲む程に拳を強く握り込んでいた。
リエの最強伝説は高校生になっても揺るがない、そう思っていたのだ。それがどうだろう。入学してたったの2日目でひっくり返されてしまったのだ。
リエの強さを、リエを信奉するシエルにとっては耐え難い現実であった。
しかも、どうせ彼女を超えるなら自分の手で──という想いすらも、ルカが七天魔を脱退したことで叶わぬ夢になってしまった。
あれほど悔しさを滲ませるルカならば、七天魔に返り咲くだろうか────そう希望的観測に委ねるくらいしか、シエルにはできなかった。
「みんな、おっはよー♪」
「おはようございます、皆さん」
いつの間にか放送は終わっていたらしい。教室にリンコとリエが戻ってきた──が、クラスメイトの視線は2人に……いや、リンコに釘付けだった。
「め、メイド服……?」
「そう、私が立ち上げる部活のユニフォームだよ! って言いたい所だけど、機能を搭載しすぎちゃって予算オーバーしちゃったから、まだ1着しか作れてないんだよね〜」
「いやそうじゃなくて、制服は……?」
「制服? あぁ、あんな動きにくいの着ないよぉ。この服、私がデザインしたんだ。見た目はシンプルだけど、色々と機能が詰まってる上に可動部は広く手足を動かしやすいの。七天魔になったんだから、これくらいの自由、享受してもいいでしょう?」
クラスメイト達は押し黙った。天才の考える事は理解できない──と言わんばかりに。議長を倒せるという事は、まず間違いなく、リンコはハドマでは最強格。その最強格がなんとメイド服を着て授業を受けています──なんて、誰が認められるだろう。
制服じゃないなんて舐めてるだろう、と言いたい生徒が多数であった、しかしハドマでは強さこそが正義。リンコに逆らえる生徒など、このクラスには存在しない。
シエル以外の生徒にとっては、唯一、傍若無人な彼女と対等の強さかもしれない──といった希望を抱かせてくれるのが、リエだった。
故に、クラス委員長に誰かを推薦する時なども、自然とリンコよりリエに票が集まり、人望なども、リエの方が圧倒的だった。そもそも生徒会を目指すリエは自分から立候補するものの、リンコは微塵もクラス委員などをやりたがらないが……。
そしてリエもリンコも、お互いの強さを、技量を測りかねていたのだろう。シエルやクラスメイトが望んでも、リエとリンコの戦闘は実現せず、2人は共謀しているかのように、のらりくらりと「2人で戦ってくれないか」という声を躱し続けていた。
その際の言い訳は、決まって「どれだけの規模になるか分からない」や「危険だから」というもの。中学生時点で高校3年生、入学直後に最強であろう議長を倒せる技量を有する2人がそう言うのなら、本当にそうなってしまうのだろう────と周囲は渋々ながらもその声で納得せざるを得なかった。
◆
────リエが生徒会幹部まで上り詰めたのは、一学期の終わりが近くなってから。リエを支持する声があまりにも大きく、選挙するまでもなく、今の幹部を1人引き摺り下ろしてリエに幹部をやらせろという内容の声が高まったが故の事だった。
そしてそれとほぼ同時期に、ナルミが他の先輩を打倒し、七天魔に昇格して、剣道部を立ち上げた。生徒会であるリエと部活を立ち上げた経験者であるリンコが部活の立ち上げ方を手取り足取り指導したことにより、夏休みに入る直前にどうにか剣道部を創設でき、リンコの助力により道場も建設された。
──なお、この時点で、七天魔はその半数以上を1年生が占めていた。