「先生!もっとあたしらに構って!」 作:アキラゼミ
────夏休み。大多数の生徒にとって、宿題にバイトに行楽に追われる、楽しい日々を指す言葉。しかし生徒会の生徒の多くにとっては、夏休みとて宿題のみならず、仕事にまで追われる期間を指す。何なら、授業が無い分だけ仕事の割合が多いとすら言えるほどだ。
そしてそれは、ハドマ学園とて例外ではない。
「全く、先輩? プリンターに書類、
「あ、スマン、忘れてた」
「……編入届? また編入ですの?」
「あぁ、それか。昨日やった試験、合格だったからその場で書かせたんだ。強さの方はそれなりかな、アタシよりは弱いがな!」
「この学園の生徒の9割以上はルカ先輩よりずっと弱いですわ……」
「ハッハッハ!」
「その生徒さんの所属はどこの
「決まってない。が、少なくとも1年1組以外だ。2組のライムが七天魔だしなぁ、あんまり上位組に戦力が偏り過ぎるのも考えものか。うん、コイツは3組にするか」
「確かに、1年1組だと偏りが……。シエルさんも、七天魔を狙って鍛えていますものね」
「
「まぁ。ナルミさんって双子でしたのね」
「あぁ、双子はちと珍しいな。あ、書類はコッチに渡してお前はそろそろ帰れ」
「えっ? しかしまだ仕事が……」
「1年は中学のおさらいって事で宿題も多いだろ。アタシら3年はそんなに多くねーんだ、お前らより自主勉強がメインだからな。ほら、さっさと帰って宿題しろ、宿題! 学生の本分は勉強だぞ〜?」
「ふふっ、それでは、お言葉に甘えて。お先に失礼させて頂きます」
「おぉーよ」
「「お疲れ〜」」
如何に優秀であるとはいっても、リエはまだまだ1年生。生徒会では下っ端だ。幹部ではあるものの実際は「幹部候補生」のようなもの。中枢の仕事はまだ単独では任されない。
しかし期待の新人という事もあって、下っ端達の中では最も重宝されていた。
◆
そして夏休みが明け、2学期がスタート。
編入の場合は、七天魔エントリーシートを提出し入学と同時に腕試しする、という事は無い。だから正攻法で、というよりは「いつも通り」のやり方で引き摺り下ろしたい七天魔に申し込み入れ替え戦を開催する事になる。
今回、編入生に入れ替え戦を申し込まれたのは、リエだった。
ルカをはじめとする生徒会の先輩方や、七天魔の生徒達は、その編入生の見る目の無さ、そして運の悪さを思わず哀れんだ。
リエは七天魔創設以来の天才。荘厳さを醸し出す4枚もの翼に恥じぬ有能さと、強さを有している。
入れ替え戦を申し込むのなら、ちゃらんぽらんなギャルっぽく見えるライムに、何故だかメイド服を着ているリンコ、そしてナルミや他の2年や3年を選ぶのが得策だろうに──と、リエ以外の七天魔の殆どは、そのように考えていた。
少なくとも、見た目だけで格付けするとしたら、リエは見ただけで圧倒されるものがあるので、その彼女を選ぶのはあまりに「見る目が無い」と大抵の生徒が感じたのだった。
「そういえば、リエが入れ替え戦の場に立つのって何気に、入学の直後、ナルミに挑まれたあの時以来じゃないか? 1学期は誰にも挑まれなかったろ」
「言われてみれば、そうかもしれませんわ……?」
「妹の方までリエに申し込むとはなぁ。何というか姉妹そっくりだなぁ。双子ゆえか?」
「ふふっ、そうかもしれませんわね」
リエの圧倒的な「強さ」についての話は入学後の腕試しの後、本格的に全校生徒に広まった。3年を倒して七天魔に上り詰めたという事実すら、リエの強さを裏付けるデータの1つですら無く、それ故に彼女は1学期と夏休み期間中、七天魔入れ替え戦を申し込まれる事が一度たりとも無かった。
優秀な生徒が集う「1年1組」。そこに所属するリエが強いのは自明の理。しかし、クラスメイトの猫田ナルミですら、殆ど瞬殺に等しい結末だった。それ以下のクラスの生徒ならば、リエに申し込めばきっと、
「──ちっ、遅いな。ナルミのヤツどうしたんだ? 入れ替え戦を見届けるのも七天魔の仕事なんだぞ。編入初日だから、アタシら生徒会も居るのに……」
「しかも今日戦うのは、そのナルミの妹でしょう? まさか妹がリエに負ける所を見たくない、とか?」
「ライムさん。彼女のクラスメイトとして言わせて頂きますが、ナルミさんは、そのような無責任な方ではないですわ。集合時間に遅れているのは恐らくお手洗いにでも行ってらっしゃるんです、きっと」
「リエ、モモトークのグルチャで連絡来てるよ〜。
『体調不良で今日は学校を欠席します』だってさ。つい数分前に送られてきたね。寝坊して、そのままサボりとか──って、そんな事する程テキトーな子じゃないか。少しでも体調がマシにならないかってギリギリまで粘ったって感じかなぁ?」
「アハッ、寝坊からのサボりならまさに私じゃん! ウケる!」
「ライムさんはもう少し真面目にですね……」
「あぁんもうっ、分かってるってば〜♡」
「……妹の方も遅いな。もう始める時間だぞ」
「そういえばルカ先輩? 妹ちゃんって今日入学のハズだよね? なのに
「さぁな。ナルミから聞かされたんじゃないか?」
「あぁ、姉妹だし、そっかぁ。…………あ、来た!」
「「「「「!!」」」」」
七天魔、生徒会の生徒達がざわめき出す中、戦闘開始の定刻通りに現れた、ナルミの双子の妹。その少女が纏う雰囲気はまるで、ナイフのように鋭く、研ぎ澄まされていた。
見た目だけじゃない。ただ「歩いている」だけ、それだけなのに、その所作そのものが姉のナルミとまるで異質だった。
ハドマ学園の制服とは違う黒いセーラー服に身を包み、「近付く者は誰であろうと排除する」──と言い出しそうな鋭い視線を前方に投げ掛けている。
「全く、遅いぞ猫田妹。時間は守りなさい」
「定刻通りだろ?」
「戦闘開始の予定時間、という意味ならな。普通はその数分前に来ておくもんだろ」
「……チッ、年上だからってネチネチと……」
「あん?」
「どうせすぐ終わるんだ。たかが数分、どうとでもなるだろーが。何なら、朝のHRに間に合うように終わらせてやろうか? この入れ替え戦ってのぁ、朝にやる場合、HRの時間に被ってンだろう?」
「ほぉう……上等だ、アタシが相手してやる!」
「お前に用はねー。議長だか何だか知らんが入試の小手調べでアタシに勝てたからと、自惚れるなよ。4枚羽根の天使、予定通りお前だ……くひひっ♪」
真っ直ぐリエに向かって指をさす。ルカが怒りに震えるがそんなルカを制止しリエが一歩前に出る。他の生徒会の生徒に窘められて、ルカは銃から手を離した。
「ええ、予定通り私が相手して差し上げます。が、しかし、私との戦闘が終わり次第、すぐさま乱暴な言葉遣いを正し、先輩方に謝罪なさい」
「いいぞ? お前がアタシに勝てたら、だがな?」
「その自信が虚勢でない事を祈るばかりですわ」
七天魔入れ替え戦の場に立つのはこれで二度目。しかしそれ以外の場で、リエはよく見てきたのだ。根拠のない自信を振りかざし──虚勢を張る者を。
「じゃ、まず両者共に名乗れ。戦闘はそれからだ」
「何だ、面倒だな。騎士道精神か何かのつもりか? まぁいい────1年3組、猫田ナルコだ。姉貴が世話になってんな。お前を引き摺り下ろしてやる、我猛リエ……!!」
「1年1組1番、我猛リエ。恙無く返り討ちにして差し上げますわ」
「くひひっ……♪」
(ナルミさんとは違って、SRを使うんですのね。双子でもここまで使用武器が異なるとは……)
武器を手に取るナルコを見るや、リエはすぐさま作戦を脳内で組み立てる。SR──つまりはリエと同系統の武器という事だ。
当然、リエ程の猛者ともなれば同系統の武器種の使い手との戦闘法も確立済み。問題ない、油断さえしなければ勝てるだろう──と、リエ本人も周囲も思っていた。
「では…………始めッ!!!」
ルカの合図で2人は同時に撃ち合う。
両者の攻撃と被弾の様子を見るに相性の差が早速現れ始めていた。
ナルコの攻撃はリエにあまり効いていない。が、リエの攻撃も、ナルコにあまり効いていなかった。
リエは「神秘/弾力装甲」の属性を持つ。そしてこれらの要素から、ナルコは「爆発/重装甲」だとリエは推理した。つまり
「──ハハァッ!」
「!?」
それを察知したらしく、リエが本格的に動くより前にナルコが動き出した。
リエはSRを使うが、本職のスナイパーのように動かず耐えるだけではなく、動けるタイプだ。が、その「動ける」というのは、例えばリンコのような移動砲台というような意味ではない。
リエの「動ける」とは「インファイトも可能」の意味である。だからこそ、入学直後の入れ替え戦でナルミに懐に入られた時も素早く対処できたのだ。言わばCQC。近接格闘術を修めているのである。
ナルコがもっと距離を詰めてきたなら、ナルミの時と同じように、そう対応しよう──リエは極めて落ち着いていた。
しかしナルコの行動は彼女の想定を上回った。
「これでも喰らえや……!」
「っ!? 鉄パイプ──いや、アレは!」
「当然ッ、バールだァッ!!」
SRを放り、背中から取り出したのは鉄パイプ、否、名状しがたいバールのようなもの──つまり、バールである。
「いやァ────ッッ!!!」
雄叫びのような叫びと共に高く飛び上がる。まだ相当な距離がある、そんな所でジャンプをした所で狙い撃ちされるだけ──と、呼吸を整えスコープを覗くが、それがまずかった。
「うっ!?」
ナルコは太陽を背にしていた。スコープを覗いたリエは眩しさに目をやられ、反射的に目を閉じて、彼女から目を逸らしてしまう。
「オラァッ! 堕ちろッ! 死ねッ!!」
「あぐっ! ……んぎっ……あ゙ッ……!!」
それを見るや否や、隕石のような勢いで着地したナルコは急速に距離を詰め、バールで直接、リエを殴りつけた。
「ば、バールで殴んのはやりすぎっしょ! そこはせめて鉄パイプじゃん!」
「どっちも変わんないよ! とりあえず止めないとまずいって!!」
「お前達は下がってろ、アタシが行く!」
慌てるライムとリンコを落ち着かせ、ルカが銃を片手に飛び出す。リエは既に全身が血まみれで──顔や頭を守る為か、背中を丸めてうずくまっていたお陰で、ダメージは主に背中に集中していた。
「何やってんだお前はァッ!!」
「ッ!!」
ルカが思い切りナルコを殴り飛ばすと、リンコやライムを始め、七天魔の生徒がナルコを捕まえる。
幸か不幸か、致命的な怪我に至る事は無かった。しかし、背中をバールなんかで殴打されれば、翼がどうなるかは察しがつくであろう。
「おい、担架! 健康保全部も連れてこい!」
「あいよっ!」
荘厳な天使らしい雰囲気を醸し出していたリエの4枚の翼はそれぞれ滅茶苦茶な方向に折れ曲がり、骨のような白い棒が肉を突き破り飛び出していた。白い羽根を散らし、その上に赤い血を撒き散らし。リエは息も絶え絶えといった様子で、身体を丸める力すら失い、ただただ地面に這いつくばっていた。
「アタシは天使が嫌いなんだ、見る度にザワつく! 4枚の羽根なんて初めて見た、街中でお前のことを見た時からブッ潰したくてたまらなかったんだ!! ひははははっ、清々したよ我猛リエ!」
「ふざけるな! 猫田ナルコ、貴様は本日この場を以て退が──」
「お待ちください、ルカ先輩……ッ!」
「!? お前は大人しくしてろ、とりあえず担架を持ってこさせてるから!」
「私が負けたのは、私が弱いが故に──ですので、ナルコさんだけの非ではありません……!」
「こんなの普通じゃない! 弱いとか弱くないとかそういう問題じゃない! 徒手格闘ならまだしも、バールを使うのは違うだろ……! 退学だ!」
「いいのです、私が負けたのが悪いのですから──油断も何もしておりませんでしたが、その上で私が敗北を喫したので……七天魔失格、ですわね……」
「こんなの無効試合に決まってるだろ! 退学だ、退学! 猫田ナルコ、お前のような奴を我が学園に置いておくワケにはいかない……!」
「お待ちください、激情に流されないでください、先輩──私が負けたのが全ての原因なのですから、ナルコさんを責めないでください……全て私が……」
ルカに縋り付くようにして自分を責める。ルカも他の者も、なぜ彼女がそこまで自分を責めるのか、ナルコを庇うのか、まるで理解できなかった。
リエは普段から慈悲深い。教室に迷い込んだ蜂に対してだって、殺虫スプレーを噴射するのではなく外に逃がしたり、何を勘違いしたのか学園に攻めてくるようなヘルメット団に対してもたったの一撃で終わらせたり、リエの優秀な成績を妬む生徒相手に講習会を開いて成績アップの手助けをするような、そんなリエだと理解はしていても。
それでもナルコを庇う事だけは理解不能だった。
「ルカ先輩……お願い、で、す……から……」
口々に繰り返していた彼女にも限界が来たらしく担架が到着する前に気絶してしまった。恐らくは、痛みによるショックと出血に伴う貧血だろう。
「〜〜〜〜〜ッッ……クソッ、担架はまだか!?」
「お、お待たせしましたですっ! どうかしま──キャッ!? 何があったんですか!?」
「そんなことはいいから早くリエを運べ!」
「りょ、了解しましたですっ! えっと、えっと、うつ伏せで失礼しますですよ、リエさん……!」
「──ったく、この緊急時に一年坊を寄越すのか。健康保全部め、次は予算カットだな」
「……くひひっ。で? アタシは退学なのか?」
「…………」
「当たり前でしょ、流石にバールは無理だよ」
「右に同じ〜。アンタ、有名なスケバンでしょう? スケバンならスケバンらしく、バールじゃなくって竹刀や木刀でも持ってきなさいよね」
「──いいや。猫田ナルコ、お前は停学だ。来月の今日まで自宅で謹慎していろ。次は無い。すぐさまヴァルキューレに突き出す。いいな?」
「……くひひっ。1ヶ月の停学でいいってか?」
「勘違いするな。アタシの情け、温情じゃあない。お前が傷付けたリエの顔を立ててやったまでだ」
「フンッ……くだらないな」
「さっさと消えろ。アタシがお前を手に掛ける前にアタシの前から消えろッッ……!!」
「へいへい、消えてやりますよっと。オラ離せや、ピンクメイドに太ももギャルカスが」
「「…………」」
リンコとライムは勿論、この場の全員が思った。ナルミとナルコ、双子のハズの2人が、どうして、ここまでとてつもない大きな差があるのだろうと。
七天魔の中では主張も控えめで大人しいナルミの妹が
保健室に運ばれたリエの事は、その後しばらくは健康保全部が様子を見ていたが、学園内では処置が不可能だと健康保全部部長が判断し、ハドマで最も大きい病院へ搬送──そこで翼を切除することに。
それに伴う手術により、夏休み明けから間もないというのに、リエはしばらく入院する事になった。尤も、リエの学力ならば病室での自主学習だけでも十分に成績を維持できていたものの、それでも翼を失った心の傷は退院まで癒える事はなかった。
そして1ヶ月の停学期間が開けナルコが復学し、もう一波乱起きる事になる────。