「先生!もっとあたしらに構って!」 作:アキラゼミ
ゲマトリアの3人がハドマ学園の生徒を誘拐し、実験を始めて数日。彼らの実験は、まさにトントン拍子。極めてスムーズに進行していた────。
「では軽くおさらいをしましょう。彼女達の有する遺伝子は2種類あると言えます。大元であり基礎と言える『生まれながらの肉体の遺伝子』と……」
「そして、何者かによって後天的に植え付けられた
『吸血鬼の遺伝子』だ」
「この『吸血鬼の遺伝子』が元の遺伝子の半分程を上書きする事によって、その者の肉体をも強制的に作り替える。それが『吸血鬼化』の正体です」
「『吸血鬼の遺伝子』が作用する箇所は、おおよそ決まっていて、主に眼球、筋肉組織。筋肉の中でも増帽筋、広背筋などの変化は頭一つ抜けて凄まじい変化率だ」
「それというのも、そもそも彼女達の翼が筋肉質な構造なのは、吸血鬼の翼そのものが、背中の筋肉が変形したようなものだからでしょう。鳥のような、骨に肉付けされたような翼とまるで異なる構造だ。骨こそあれど軟骨程度。筋肉のようにしなやかだ。ゲヘナ学園の
「そして歯。特に犬歯だ。噛みつきに特化するよう鋭利に、そして長くなっている。その上で、まるで蛇の
今の肉体から吸血鬼の要素を抜き取って考えるとおおよその変化した箇所が伺える。変化した箇所も発現した弱点を除けば全員が共通している事から、因数分解をするが如く、この場の全員に共通した、特定の
「獣耳や尻尾などの要素は元のままなのでしょう。尻尾や猫、犬などの耳を有している生徒がチラホラ居ることですし」
「あぁ。確率で尻尾が抜ける事もあるかもしれんがしかし、少なくともそのような肉体の変化があった痕跡は特に見受けられなかった事だしな。そして、翼に関しては────」
「翼に関しては恐らく、生来の翼は抜けて、新たに生えると見て良いでしょう」
「……『天使』すらも悪魔の一種である『吸血鬼』に堕とす事ができるのだとすれば……」
「種族の違いを埋める程に強力な、強制的な神秘の器の作り替え、歪曲、そして神秘の上書き。やはり我々が睨んだ通りでしたね。彼女達『吸血鬼』は、凄まじいポテンシャルを秘めています」
「さればこそ──今日から、新たに一歩踏み込んだ実験を開始するワケだな」
「始めましょう、マエストロ」
「新たな芸術の為に──」
「新たな神秘の探求の為に──」
「そういうこったぁ!!」
◆
「フー……。
シャーレにて仕事をしながらも、想うのは彼女、そしてハドマの生徒の事だった。愛する彼女の事は勿論のこと、ハドマの生徒については、今回も絶賛問題が起きている最中だからである。
バイト扱いにするとはいえ、研究者に預けているというこの現状──更生させる為とはいえ、少々、強引かもしれない。
まあ、あの吸血鬼達の事だ。もしも仮にブラックマーケット等に売られるなんて事になったとしても余裕で逃げ延びる事はできるだろう。
「先生、まだハドマ学園と関わりを?」
「そうだよ?この前の出張もそうだしね」
「ハドマに行くの、もうやめてくださいよ……。また私が責められたりしたらどうするんです?」
「それについてはモロにカヤの不祥事のせいだし。あまりにも自業自得過ぎて擁護のしようが無いよ」
「先生が出張すると、
「まぁまぁ。慣れだよ、慣れ。全ては慣れさ」
「慣・れ・ま・せ・ん・よッ!!」
カヤの喚き声を華麗にスルーしつつ、想像する。飂熾冘巫髏の戦力の半数以上を占める「悪魔」に、そして「天使」について、思考を巡らせる。
一般的なキヴォトス人や獣人、天使に比べると、ゲヘナ等に住まう悪魔、そして吸血鬼……というより恐らく「悪魔」と呼ばれる生徒については、頭一つ抜けて肉体が頑丈だと見ていい。
ノドカから聞いたが、ゲヘナの寮の温泉は70℃に及ぶのだそう。タンパク質の変性は60℃から始まるハズだから、私のような「普通の人間」が入れば、肉体を構成するタンパク質が変性して普通に死ぬ。
キヴォトス人のノドカさえ熱すぎてドン引きしたらしいので、やはりゲヘナの者達の頑丈さになんて改めて言及するまでもないだろう。
トリニティにもミカ、ツルギなどの突然変異にも思える特異な生徒は存在しているものの、全体的な頑丈さはゲヘナの方が上に思える。
そして、そんなゲヘナで頭一つ抜けて頑丈なのが風紀委員長、空崎ヒナ。ヒナの頑丈さは異常だと、常々思う。巡航ミサイルが落ちて瓦礫に埋もれてもすぐに戦闘を開始し、しかもそれからしばらく継続戦闘できるくらい元気だった。
──この辺は「頑丈さ」の話だ。吸血鬼は大抵が頑丈。更に、基本的にはネルのように復活が早く、何より特筆すべきはその膂力。鍛えたからと言って新幹線並の速度で暴走する特急列車と並走、更には追い抜く程の走力や己の翼で滑空できてしまう程の跳躍力と、体幹。
こんなのどう考えても「鍛えたから」であっさり済まされていい強さや特異性ではない。
「……明らかに狙ってる、よな……」
吸血鬼の特異性を思い返してみればその研究者がハドマ学園に目を付けたのも頷ける。しかし私にはどこか違和感が拭えなかった。
そういった特異性に目を付けるのって、まるで、黒服がホシノを狙った時のようで────。
「先生、居る?」
「あ。はーい!」
執務室に、生徒が来たらしい。普通に入ればいいものを、入口で私を呼ぶとは。恥ずかしがり屋さんなのだろうか──などと思っていた私の姿はきっと爆笑モノだっただろう。
「な……ッ!?」
「ハロハロ〜♪ せ・ん・せ♡」
執務室に来ていたのは、何を隠そう、飂熾冘巫髏総長のルーシィだった。
突然の来訪に、私が驚いたのは言うまでもない。思わず後退りしてしまう程だし、ルーシィにも私の驚き具合はよく伝わってしまった事だろう。
それを見ながらも、彼女はいつもの不敵な笑みを口元に湛え、私を上目遣いで見上げながら、静かに言葉を紡いだ。
「ね……先生。部下達と連絡が付かなくなった件に、先生も一枚、噛んでるんだってね?」
「……どうして?」
「リエ達の話、盗み聞きしちゃった♡」
それなら確信を持って聞いてきているんだろう。下手な誤魔化しは私の首を絞めるだけだ。ここは、腹を括って認めるしかない。
「……そうだよ。私がリエに助言したよ。『彼女達を研究者に預けて、面倒を見てもらおう』ってね」
「バイト扱いがどうのって聞いたけど?」
「如何にテロ組織の構成員だろうと給金を受け取る権利はあると思って。草むしりだの掃除だのという普通の『奉仕活動』とは少し違うから。『吸血鬼についての研究の手伝い』という名目だから、バイト扱いという事にして、賃金を支払うように、約束を取り付けてみたんだ」
「相変わらず、お人好しというか、何というか……。分かってる?飂熾冘巫髏はテロ組織なんだよ?金を流していいとか思ってるの?活動資金にするよ?」
「また暴れるようなら、また私達が止めるからね」
「っ……」
確信を持った口調で言い放ってやると、不満気な顔で口をへの字にする。キッと睨みあげてくるが、私はそれをニコニコと受け流す。一度負かした敵に負けてやる程、私は優しくはない。ましてや、他の学区だったり他の生徒も関わるのなら尚更だ。
「……あっそ。そんで?先生はその研究者について、何か知ってるの?」
「……何も。ただ、その辺の事はリエが把握してると思うけれど……」
「リエ達も何も知らないってさ?」
「え」
「業者の名前は?会社名は?」
「そういえばリエから聞いてないな……」
「はぁ〜……ったく、抜けてるなぁ。なんで先生は、素性の知れないヤツに預けようと思ったワケ?所詮テロ組織の構成員だから、多少酷い目に遭った所で関係無いしって?」
「そんなつもりは微塵も無いよ。ただ、リエが信用できると判断した相手だったら私も信じようって。研究者を信じたリエを信じた、って感じかな」
「やっぱ、お人好しだなー。ソイツの名前から色々私らの情報網を使って洗ってくしかないか……」
「え?名前、分かるの?」
「ええ、名前だけはリエも知ってるみたいだった。ゴルゴーン?違うなぁ、ゴルゴンダ?だっけかな。
『ゴルゴンダさんには頭が上がりませんわー』って言ってたよ?」
「ッッ!??…………ひょっとして……ゴルコンダ?」
「あ、そーそーそれそれ。紛らわしい名前だよね。まぁ、そんなの偽名だろうけどさ」
「……………………」
ゴルコンダが「研究者」?違うか。「研究者」と名乗って、ハドマ学園へと乗り込んできた……?
何の為に?本当に「吸血鬼についての研究」の為なのだろうか?テクストの実験ならばいざしらず、そんな科学じみた研究を……ゴルコンダが……?
「……?先生?どうしたの、そんな難しい顔して」
「ルーシィ。……この件にはもう関わらないで」
「えっ?」
「もしかしたら、もしかするかもしれない。いや、無いとは思う、思うんだけど、危険だ。ルーシィはこれ以上、この件には触れないようにしてほしい」
「ふざけないで!部下を勝手に研究者なんかに差し出されといて、はいそうですかって引き下がれって言いたいの?おかしいよ、先生!?」
「そうじゃない、私が連れ戻す」
「……え」
「……認識が甘かった。私の失態だ。研究者を名乗るその人物に、最初から、私が会っておけば良かったかもしれない。いや、たらればを言っても仕方ないというのはそうなんだけど……ともかく、ここからは私が動く。早く連れ戻さないと、嫌な予感がする」
「なら私も……ッ」
「いい。ルーシィは、待ってて。それだけでいい」
「……待ってて、って……」
「ともかく。飂熾冘巫髏の子達に危険が無いのか、まずは確認だね。連れ戻すかどうかはそれからか。私のツテならすぐだよ」
たかが「名誉顧問」とはいえ、私に声を掛けずに生徒達に手を出すような実験を進めるなんて。一体どうしてしまったんだ、ゴルコンダ。下手すると、ゴルコンダを名乗るフランシスかもしれない。
マエストロも認める危険人物ことフランシス──彼の真意は未だ不明……。
「待ってよ先生!ソイツ、ゴルコンダ?ってヤツは本当に危険なのっ?」
「危険ではないよ、基本的にはね。だけど、危険に晒しかねない事はするかもしれない、可能性だけの話だけど。それと──なんていうか彼は多重人格者みたいなもので。ゴルコンダは危険ではないけど、危険な方の人格に切り替わったら──どうなるのか私も予想がつかない。だから、まずは安全の確認が最優先なんだ。ルーシィは動かないで、安全が確認できたら必ず真っ先に伝えるよ」
「…………」
◆
先生とルーシィがシャーレで邂逅を果たした頃。彼らの実験は大体が終わりを告げ、とうとう大詰めという段階にまで至っていた。
彼らは実験場「教室」から大勢の生徒達を引率し実験室へと誘導する。その様はまさに「先生」で、彼ら本人もまたそのように感じていた。
大学の大講堂のようなとてつもなく広い部屋への誘導を終えると、重厚な扉を閉め、マエストロ達は教壇に立つ。教卓──と呼ぶには些か大きな机には1人の少女が眠るように横たわっていた。
「コレを見ろ、ハドマの生徒達よ。ここに眠るは、私の作品の1つ『人工天使擬人化シリーズ』の次女
『アンブロジウス』……を模したモノだ」
「あんぶれら……じうす?」
「……?」
「はぁ」
「今からお前
マエストロが吸血鬼化実験の素体として人工天使擬人化シリーズのアンブロジウスを選んだのには、理由があった。
ヒエロニムスでもなく、現時点で最強だと言えるグレゴリオでもなく、アンブロジウスを選ぶだけの理由がある。
それは──元の人工天使と、新たに作った擬人化人工天使の両者間において、最も大きなギャップがあったのがアンブロジウスだったからである。
元の人工天使のアンブロジウスは、製作者であるマエストロも認める「失敗作」であった。対して、過去の反省を活かして改めて製作された擬人化後のアンブロジウスはマエストロも認める「成功作」へ名誉挽回を果たしていた。
彼はそのギャップに対して、今回は吸血鬼化への期待を大いに込めていたのだ。
「その実験さえ上手くいったなら、此度の実験は、全て終わりだ。お前達もハドマの自治区に帰そう。飂熾冘巫髏でのテロ活動でも奉仕活動でも、学業に部活に委員会に……好きにするがいい」
「叶う事なら、他学区を荒らすような真似は、もうしないで頂けますと……私共としても助かりますが」
「そういうこったぁ!!」
「「「「…………」」」」
「でも総長が……」
「レイコさんは辞めたけど今の副総長も強いし……」
「
「ええ。あなた方の『強者に従う習性』についてもこれまでの実験や検査にて既に把握していますよ」
「お前達のその習性は恐らく、吸血鬼が個人で強い我を持つようになると、その『神秘』にてあっさり世界を征服できてしまうからと、この世界を作った
『神』と呼ばれる存在によって備え付けられた──言わば『
「ともかく。最後のこの実験は、あなた方が全員でコトに臨む必要があるのです。これが最後ですよ。あなた方の力……貸して頂けますね?」
「……」
「……上手くできる自信は無いけど……」
「ここまで来たら……ねぇ」
「寝てる間も変な音声で頭ン中掻き回されてガチでイライラしてるから……さっさと帰りたい……」
「────さっさと結果を出せば、その分、早めに帰る事ができる。早く帰りたいなら──世を騒がせ力を振るう日常に戻りたいなら、後は分かるな?」
マエストロの更なる後押しもあり、口々に文句は言いつつ眠るアンブロジウスへと駆け寄る少女達。
吸血鬼達は、多かれ少なかれ「本能」で第三者を吸血鬼化させる方法は知っている。それが上手いか下手かは個人の技量に委ねられるのは否めない所はあるものの……教えられるワケでもなく、吸血鬼化の方法は、全員が熟知していた。
何人もの生徒が、横たわるアンブロジウスの身に噛み付き、吸血鬼化効果を持つエキスを、強制的に流し込んでいく。
その様子をも観察してデータとするマエストロとゴルコンダは流石と言わざるを得ない。どんな事も漏れなくデータに残している。
「……来るぞ」
「ええ。遂に、ですね」
「そういうこった……!」
そして、今。
彼らの実験室にて、狂気の怪物が産声を上げた。