※この作品はR-18です。

ユー・アー・マイ・スペシャル   作:グリム・グリルグリン・グリーングリップ

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19 誰に言ってんだよ


 

 

 

 1.

 

 

 

 うだるような暑さも、肌寒さもない天気だった。

 秋模様の校庭に、二人の呪術師が対峙している。

 

 片方は、呪術高専東京校の二年生。禪院真希。呪具使いながらも今は武器は持っておらず、腰を低くし、無手で構えながら、凛々しくも好戦的な表情を隠していない。

 もう片方は、高専に属していないフリーの呪術師。坂本。こちらも無手であり、ジャケットとネクタイを外したシャツ姿で、闘気を滲ませる禪院真希を前にして特に身構えるでもなく、腕を下ろしたまま、無形に佇んでいる。

 互いに(まばた)き一つしていない。会話も無い。空気だけが張りつめている。誰かが唾を呑んだ。

 

 突然、何か(・・)の破裂する音が響いた。一度ではない。二度、三度と続く。禪院真希と坂本の位置は変わっていない。ただし禪院真希は、闘牛が地面を蹴り叩くように、少し引いた右足で地面を強く踏みつけている。

 〃、々、〃。

 坂本も、同じように踏みつけていた。そのたびに禪院真希と坂本の()で、強く踏みつける地響き(・・・)とは別の、見えない何か(・・)が衝突して弾けるような破裂音が繰り返されてゆく。

 足踏みのタイミングは、ほぼ完全に一致していた。最初に坂本の付近で響いた破裂音の発生場所は、足踏みの回数を重ねるたびに、まるで押し合いが発生しているかのように、両者の真ん中に近いほうへ変化している。

 巻き込まれないように観戦している釘崎野薔薇(くぎさきのばら)には、何が起きているのか、皆目見当がつかなかったが。実際は見えていないだけで、既に戦いは始まっているらしかった。

 

「なにしてんだ、あの二人?」

 

 困惑と緊張の混じった声で、虎杖悠仁が呟く。向かい合うだけで動かない、どちらも足踏みしているだけ、しかし何か(・・)のぶつかり合う、尋常でない音がする。同じく観戦している伏黒恵は、何か(・・)のタネを理解しているのか、顔を引き攣らせていた。

 

「ゴリラだ。ゴリラ同士で威嚇してんぞ」

 

「しゃけ……」

 

 二年の男子組である呪骸(パンダ)と狗巻棘は、異様な空気に吞まれることなく、茶化すように言っていたが。すると二年の女子組である禪院真依が、「ちょっとパンダ」と目を鋭くした。

 

「おじさまがゴリラだって言いたいの。アンタのガラス玉、曇ってんじゃないの?」

 

 坂本菜々子と坂本美々子も。義父のことを言われ、半眼になって、ぶーぶー口を尖らせている。

 

「そーだそーだ。デリカシーなさすぎ」

 

「パンダといえど、吊るさざるを得ない」

 

「当たりが強すぎる。オマエらパパのこと好き過ぎだろ」

 

「はあ? あんたのパパじゃないんだけど?」

 

「おっと、地雷だこれ」

 

「吊るす」

 

「要らないんなら要らないって言いなさいよね。そのガラス玉、引っこ抜いて捨ててあげるから」

 

「三人とも目がガチなんだわ。棘!」

 

「おかか」

 

「あたま綿素材(スカスカ)の畜生はこれだから」

 

「ほんとそれな」

 

「言っていいことと悪いことがあるだろ。パンダ差別反対! 厳重に抗議する! 弁護人に華を召喚!」

 

「え、いやです」

 

「うお即答。じゃ、じゃあ津美紀を召喚!」

 

「じゃあってなんですか、じゃあって」

 

「華ちゃん。えっとね、パンダさんは……、……………パンダだから…」

 

「流石の津美紀でもフォローできないってさ」

 

「なん…だと…」

 

「優しいからって変に絡んでんじゃないわよ。だいいちパンダに人権は存在しないわ、だってパンダだもの」

 

「がーん」

 

「がーんて。自分の口で言ってるし」

 

「俺には人権が無いってのか……」

 

「笹食ってるやつに人権なんてあるわけないでしょ」

 

「俺は笹は食わねえっ」

 

「じゃあなんでパンダ名乗ってんのよ」

 

「うおォォォっ」

 

「パンダ先輩、野性が出かけてるって。抑えて抑えて」

 

「悠仁ィ。ひどくね? 身体はモフモフでも心はガラスなんだぞ。もっとデリケートに扱えよ、泣いちゃうぞ。泣いちゃおっかなあ――!!」

 

「うるさ」

 

「ていうかオマエら、真希のほうはいいのか」

 

「急に冷静になるな」

 

「真希は握力1t(トン)超えてるし、別にいいんじゃない?」

 

「それマジ?」

 

 てめえ等ふざけんなブッ飛ばすぞコノヤロウ。いつもの禪院真希であればそう噛み付いてくるに違いない、くだらない言い合いをしていると。

 

 いきなりだった。

 

 消えた(・・・)。次の瞬間には間合い(二〇メートル)を助走も無しに二歩で踏み潰した禪院真希が、坂本の背後を取っていた。

 加速を無損(ゼロロス)転換した後方回し蹴り。強靭な肉体を大弓にして放つ剛撃が、坂本の頭部を捉えたように思われたが。

 当たっていない。体幹を低く捻るように回避した坂本は薙ぐような足払いを仕掛けている。外した禪院真希は軸足を刈られる前に直ぐさま跳ね退くが、滞空の僅かな間隙を縫い、禪院真希の懐に坂本の抉り込むような掌底が突き刺さっていた。

 勢いよく吹っ飛んでゆく。宙を一回転した禪院真希は、しかし軽やかに着地すると、ふらつくことなく(おもて)を上げた。あれだけの速度で叩き込まれたにもかかわらず、内臓を損傷して吐血するでもなく、勝気な笑みを崩していない。

 

「わぁ」

 

 一秒にも満たない攻防だった。釘崎野薔薇にとっては、いきなり坂本の背後に現れた禪院真希が突然ぶっ飛んだようなものだったが。繰り広げられた戦いに、早くも圧倒されていた。

 というか、戦いのレベルが凄すぎてじゃっかん引いてしまう。

 

 地響き(・・・)。次いで倒れそうなほどの前傾姿勢を取った禪院真希が、――転瞬/肉薄――、開いた距離を一歩で埋めた。

 息を継ぐ間もなく、先ほどよりも長い超至近距離応酬(インファイト)が開始される。

 

「やべーって。何やってるかぜんぜんわっかんねえ」

 

 裏拳。半身。掌底。円転。肘。返し(カウンター)。靠撃。膝。(かかと)。手刀。駆け引き(フェイント)(ブラフ)

 

 獰猛に吼えた禪院真希が、虚空(・・)を踏みつけて飛び上がるや旺然(おうぜん)着地(・・)した。衝撃/激震。「うおっ」「やばっ」「きゃっ」パンダたちの驚愕と共に。

 隕石(・・)さながらの落下威力で地面が罅割れ、陥没し、豪快に引っ繰り返った。浮き上がった土塊を指で圧し出した禪院真希は無数の破片を瞬時に即席弾幕として扇状(せんじょう)に撃ち放ち、坂本も即座に大物のみ破砕し小物は拳圧でいなし(・・・)凌ぐと、土塊に隠れて接近した禪院真希の正拳を見ないまま受け流し遅滞なく反撃へ繋げるが。

 激流さながらの拳脚の合間だった。禪院真希は爪先を引っ掛けて力業で地面を隆起させると雪崩のように蹴り飛ばし、坂本がそれを冷静に躱してみせたところで。

 指弾。五指で弾き飛ばす、このとき初めて披露した禪院真希の虎爪の如き“空気撃ち”が襲い掛かった。至近距離の目潰しを嫌い坂本が僅か(・・)に顔を逸らした刹那、ほんの微かに生まれた死角を逃さず踏み込んだ禪院真希の掌底が伸び、震脚が炸裂する。

 勁が打ち抜いていた。坂本の身体は、砂利を滑りながら凄まじい勢いで飛んでゆく。舞い上がった塵埃がようやく収まると、互いに一撃を貰い合った両人は、距離を開けたまま静かに向かい合った。

 

 坂本の頬には、一筋の赤い傷がついている。足元に震脚の跡(クレーター)を作った禪院真希は得意そうに笑っており、坂本も小さく口角を上げると、切り傷の上を(こす)るように指先で撫ぜた。

 

「悪くない」

 

 指先が離れると、頬の傷痕は初めから無かったかのように消えている。接触(インパクト)の瞬間に咄嗟に後方に飛んで衝撃を逃がしていた坂本は、痛みとは無縁の表情をして、したり顔の弟子に呼びかけた。

 

「なかなか効いた。ただ、もっと速くできるだろう」

 

「いいのかよ。あとで泣きごと言ったって知らねーぞ?」

 

「望むところだな、それは」

 

 笑い合う。

 消える(・・・)

 激突。

 

 目まぐるしく上下左右にと入り乱れ、吹き荒れるように戦技を浴びせ合う。闘いの余波で整地された校庭が容赦なく削り散らされてゆく。怒涛に繰り出される戦技はあまりに速過ぎてほとんど目で追うことが出来ず、どんな流派で如何なる歩法を組み合わせているのか、いったいどれが本命でどれが牽制なのか、釘崎野薔薇にはてんで(・・・)判別の付けようがない。

 ヤバ過ぎでしょ、なんか速過ぎて腕の残像とか見えてるんだけど。つーか普通に空飛んでるし。私ってば間違えてフィクションの世界に来ちゃったとか?

 開戦時点で、古武術における“気当て”ではなく体内で練った(エネルギー)を飛ばし合い落とし合うという常識外の競り合いを見た時から、半ば理解を諦めかけてはいたが。

 肉体強化(フィジカルギフテッド)という超次元(ステージ)に立つ禪院真希が指折りの実力者であることは知っているつもりだった。それでも、ここまでデタラメな(パワー)だとは。そりゃあ気軽に全力など(ふる)えないはずだ、ひとつ間違えれば相手が粉微塵になってしまうだろうし。

 そして、だからこそ。超次元フィジカルギフテッドを相手にして術式を使わず身体強化だけ(・・)で渡り合えている坂本の姿には、驚嘆とかの感情が生じる以前に、より困惑が先んじてしまっていた。

 

「ねえ。……坂本さんって、強すぎない?」

 

 釘崎野薔薇の言葉に、二年組が顔を見合わせた。

 

「そう? おじさまはいつもだいたいあんな感じよ」

 

「つよつよお父さんだから」

 

「ねー」

 

 釈然としない気分になっていると。「わかるわー」最近任務で一緒になったらしい虎杖悠仁が、能天気に頷いた。「すっげえ強いよな。こんなにヤバいなんて知らなかったけど」

 

 伏黒恵は、釘崎野薔薇の疑問にピンときていない顔をしている。禪院真依の横に座る伏黒津美紀は、もともと高専転入前は非術師であったせいで呪術師同士の戦闘規模(スケール)を正しく理解しきれておらず、呪術師そのものが“こういうもの”であると誤って受け止めている節があったが。

 伏黒恵の隣に座る来栖華は、そもそもこの戦いに対する興味が薄そうで、やはりピンときていない様子だった。

 

「まあ、知らなきゃびっくりするよな」とパンダ。「けっこう昔だけど、悟と戦って引き分けたらしいし」

 

「先生と? マジで?」

 

「しゃけしゃけ」

 

 狗巻棘がおにぎり語で肯定している。事実ってことか。なんだか溜め息が出た。どうやらドン引きしているのは私だけらしい。

 

「頑張れーっ、お父さん」「ファイト、お父さん」

 

「頑張って、おじさま」

 

 釘崎野薔薇の内心を知る由もない菜々子と美々子、禪院真依が手でメガホンを作って応援している。

 

「私には無えのかよっ」

 

 禪院真希が張り上げると。「……頑張ってください、真希さん!」釘崎野薔薇も、自分のなかの微妙な感情を振り払うように、負けじと声を張り上げた。「おら男子どもっ」

 

 急かされた男子たちは、うおー頑張れーやっちまえー明太子ーだとかの声援を送り始めている。両者と昔から付き合いのある伏黒津美紀は、「ど、どっちもガンバレーっ」と遠慮がちに応援していた。

 

「アゲてけよ、師匠!」

 

 常人が貰えば一発で爆散する威力の拳脚をとんでもない速度で雨のように放っている禪院真希と、それらの苛烈な攻撃を見切りつつ後の先(・・・)を取り続けることで冷静に捌き続けている坂本を眺める。

 

 他の生徒たちと比べると、接点は少ないほうだろう。せいぜい話したのは特別授業のときくらいで、そのとき取り組んだ課題の難易度が(釘崎野薔薇視点では)理不尽レベル過ぎて――なのに伏黒恵は軽々とクリアして、達成出来ないのは新米呪術師の虎杖悠仁と自分だけだったものだから余計に――キレそうになって。でも叱られるとか馬鹿にされるとかは無かったし。むしろ担任の五条悟よりも、よほど教師然としていた。

 だから、嫌いというのとはちょっと違う、と思う。ただ、苦手意識のようなものがあるのは確かだった。

 

「検証は、これくらいでいいか」

 

 制限時間を過ぎたからか。いつの間にか、禪院真希と坂本が地上に降りてきていた。どちらが勝ったのかは判らないが、どちらにも目立った怪我は無い。あんなにも激しい戦いだったわりに、軽い運動をした程度にしか疲れていないように見える。

 

 なだらかだったグラウンドの地形は、たった二人が争った結果、ハリケーンが暴れたかのようにでこぼこ(・・・・)に様変わりしていた。

 

「すげえー。ざ・リアル・カンフーハッスルって感じ。呪術師ってほんとファンタジーだよな」

 

「ファンタジーっていうか、悠仁も含めて、俺たちはオカルトの住人だぞ。まあアレ見るとあながち間違ってないのがイカれてるよな。あんなのもう特級ゴリラだろ」

 

「パンダ」

 

「サーセン」

 

「俺にもできっかな。そういや伏黒は、カンフーハッスルって知ってる? チャウ・シンチー監督主演の」

 

「……はちゃめちゃなやつだろ。昔、鍛錬の参考に見せられたことはある。もう覚えちゃいねえけどな」

 

「俺はカンフーパンダ派だ。なぜって俺はパンダだからな! DVDも持ってるゾ(まさみちに買ってもらった)」

 

「じゃあじゃあパンダ先輩、今度みんなで上映会しよう! なんなら俺の奢りでドリンクもつけちゃう! 楽しみだな、伏黒!」

 

「モノホンのパンダも一緒だぞ!」

 

「いや見ねえよ」

 

「「…なん…だと…」」

 

「逆になんで俺が見ると思ったんだよ」

 

 そんなこと言わずにさァッ。

 ぜったい面白いからさァッ。

 なあなあなあなあ伏黒ォー。

 ナアナアナアナアナアナアナアナアー。

 

「見ねえっつってんだろ。服を引っ張んじゃねえっ、新手の鳴き声かそれ」

 

「ふふふっ」

 

「……なんで笑ってんだよ」

 

「ごめんね恵、でもおかしくって。ふふふ」

 

 義姉相手には(重油まみれのカモメに火をつけて遊んだりしてそうなのに)強く言い返せない伏黒恵は新鮮だったが。「恵、頼むわ」禪院真希に呼ばれて立ち上がると、伏黒恵は少し疲れた様子で影絵を編んだ。

 

「【円鹿(まどか)】」

 

 影の中から、のそりと四つ目の大きな鹿の式神が出現する。人の数倍はあろう巨躯から〈反転術式〉と同様の正のエネルギーが放出され、正面に立つ禪院真希の負っていた傷が、完全にとは言えずとも癒されてゆく。

 他者への〈反転術式〉の行使。その事実は希少過ぎるにもほどがあったが、釘崎野薔薇は既に今日の組み手で負傷した傷を治してもらっていたので、今さら驚いたりはしなかった。おかげで毎回いちいち保健室に行ったり、ただでさえ忙しそうにしている家入硝子の手を煩わせずに済むようになったので、釘崎野薔薇としては「御三家相伝なだけあって意外と便利よね〈十種影法術〉」というのが率直な感想だったものの。

 とはいえ消費する呪力量は他の式神と比べても多いらしく、現時点ではあまり連発できないらしい。伏黒恵は発動の感触を覚えることで術式の最適効率化を探っており、今も禪院真希に〈反転術式〉を掛けながら、坂本にアドバイスを求めていた。

 

「………、」

 

 坂本さんね。釘崎野薔薇は、声には出さずに呟く。意識の先は、自然と、彼のほうへ移っている。

 

 苦手というか、やっぱり心に引っ掛かるものがある。わだかまりの理由は、ここまでで何となく分かっていた。坂本と話している先輩たちの表情。坂本(おとこ)に向けているその表情(かお)が、釘崎野薔薇の記憶にある“ムカつく女”を微かに彷彿とさせるからだ。

 

 かっこいい真希先輩。ふつくしい真依先輩。可愛い美々子先輩。ギャルカワな菜々子先輩。狭く淀んだ田舎から出てきて、新天地である東京の高専に入学して、まあまあ(・・・・)な仲間にも恵まれて、“ムカつく女”とは違って尊敬できる女性の先輩たちとも知り合えた。

 その尊敬できる先輩たちが、一人の男と仲良くしている。義父だから、師匠だから。事情は聞いている。だとしても、やけに近しい関係に思える。ちょっと親し過ぎるように見えてしまう。何か(・・)あるんじゃないかと、穿って考えてしまう自分がいる。だから、もやもやとしている。

 

 気が付くと、息の合った兄弟みたいにパンダと虎杖悠仁が踊っていた。動きと声を揃えて“ハッ”とポーズを取り、カール・ダグラスの「カンフー・ファイティング」を――サビ部分しか覚えていないのか――やたらええ声(・・・)で繰り返している。そこに狗巻棘も加わってノリノリで踊り出すと、伏黒津美紀はツボに嵌ってしまったらしく、くすくす笑いながら肩を震わせていた。

 

 これって嫉妬なのかしらね。釘崎野薔薇は自嘲する。憧れの先輩たちのグループに属していると思っていたのに、先輩たちは自分がよく知らない男と仲良くしていて、たとえば自分だけが仲間外れにされたとでも感じているような。もしそうなら、我ながら女々しいったらありゃしないわね。あー、やだやだ。

 

「釘崎?」

 

 虎杖悠仁が、怪訝そうに見ている。いっちょまえに心配のつもり? なら先にそのダサい踊りやめなさいよ。

 

「……なんでもないってのっ」

 

「あでっ。なんで叩いたよ――って、うわ。うわ!」

 

「なによ」

 

 急に騒ぎ出した虎杖悠仁の視線の先を辿ると。校舎から近づいてくる、二つの人影が見えた。

 

 片方は、夏油傑。高専教師にして世界に四人しかいない特級呪術師。

 もう片方は――

 

「順平!」

 

 大きく腕を振った虎杖悠仁が駆け出してゆく。遠目には、知らない顔だった。場にいる全員が見合わせる。

 

「もしかして新入りか?」踊りを続けながら、パンダが呟いた。「去年といい今年といい、東京校は豊作だな」

 

 釘崎野薔薇は。

 

 内心に渦巻くものをひとまず棚に上げ、新入り(・・・)がやって来るのを、大人しく待つことにした。

 

 

 

 2.

 

 

 

 車窓から外を覗いている。

 

 田園風景が流れてゆく。閑静な住宅街に変わり、看板と人混みの激しい商業地に変わり、延々と景色が途切れることは無い。

 

「与くん」

 

 車両の震動を感じる。水色の声に呼ばれ、与幸吉は振り返った。

 

「なんだ」

 

「どうしました? 箸、止まってますけど。もしかして苦手なものでも入ってた?」

 

 テーブルの上に弁当を広げた三輪霞が、小首を傾げている。はらりと水色の髪が揺れた。

 指を伸ばせば、触れられる距離に顔がある。

 

「いや、そういうわけじゃない」

 

 一瞬考えただけだ。与幸吉はかぶりを振ると、中断していた食事を再開した。流動食や点滴ではない、固形の唐揚げを口に含み、触感と香りと味を確かめながら、よく噛んで飲み込む。

 

「おいしい?」

 

 訊いてくる三輪霞は、何が面白いのか笑顔だった。「……ああ」答えると、更に嬉しそうに笑う。「そっか。私も食べちゃおーっと」

 

「霞ちゃんは元気でいいなあ。私、新幹線って苦手。ちょっと酔っちゃったかも」

 

「酔い止め飲まなかったの?」

 

 座席に(もた)れて眉間を寄せている西宮桃(にしみやもも)が呟くと、引率の庵歌姫が、鞄から手際よくピルケースを取り出した。

 

「これ飲んじゃいなさい、すぐ効くやつだから。飲めそう?」

 

「ごめんね、歌姫先生。……箒だったら酔わないのになあ」

 

「大丈夫っすか?」

 

 向かい席に座る、自分の弁当をとっくに平らげていた京都校一年生の竜胆(りんどう)サキが、一昔前のスケバン然とした風体(ふうてい)に心配を滲ませている。

 

「サキちゃん、食べられそうなら、私の食べちゃっていいよ。こっちの、まだ箸つけてないから」

 

「いいんすか、頂いちゃって。あざまーすっ」

 

 不意に。「気を緩め過ぎだ」

 

 それまで黙っていた加茂憲紀が、水を差すように言った。

 

「“完璧”を志す君にしては珍しい。油断だな」

 

「グロッキーになってる奴に言うことじゃねえだろ」

 

 竜胆サキは、年長者である加茂憲紀に物怖じせず睨み返している。それに苛立ちを見せるでもなく、加茂憲紀は淡々と続けた。

 

「私と西宮は三年だ。交流会に参加するのは今年が最後ということだ。交流会での活躍がその後の呪術師としての人生を左右する場合もあるだろう。油断を指摘するのは当然のことだ、ただでさえ向こうは強力な布陣が揃っている。メカ丸……いや与、東京校で警戒すべき相手は?」

 

 話を振られた与幸吉は。箸を進めながら、そうだな、と記憶している情報(データ)を呼び起こした。

 

「まずは伏黒恵。こいつは御三家の相伝である〈十種影法術〉を受け継いでいて、あの五条悟に師事している、天才と評判の二級術師だ。次に禪院真希と禪院真依。この二人も御三家の出で、禪院真希のほうは去年の交流会で一級術師を含む複数の京都勢を撃破している。それと呪言師の狗巻棘。準一級で、こっちも当然ながら強い。あとはパンダ…――はパンダだからいいとして」

 

「ちょいちょいちょいちょいちょいちょい。なんすか急に、パンダって。どっから来た単語だよ」

 

「パンダはパンダだが」

 

「いや他にないんすか」

 

「聞いたところによれば、ゴリラでもあるらしいが」

 

「一個もわかんねえよ。どういうことだよ?」

 

「サキさん、その気持ちよ~~~くわかります。私も知ったとき混乱したもん。そうだ、写真あるから見ます?」

 

「……うお。まじでパンダだ」三輪霞の携帯を覗き込んだ竜胆サキが、目を見開いている。「しかも笑顔でピースしてる」

 

「話もしたんだけど、けっこう渋くていい声してて」

 

「パンダが?」

 

「そう、パンダが。踊ってる動画もあるよ。これとか」

 

「……めっちゃキレキレのダンスしてるぅ――!」

 

 どんどん脇道に逸れてゆく。「とにかく!」と加茂憲紀は、声を大きくして軌道修正を図ろうとしたが。

 

「油断して勝てる相手ではない。今年は幸いにも特級術師である乙骨憂太は出場しないという話だが、粒揃いであることに変わりはない。なればこそ緊密に連携して動く必要がある」

 

 コイツらなんでセグウェイで逆立ちしてんの??

 霞ちゃん、それ私も見たーい。

 いいですよー。

 

「聞け、オマエたち」

 

「ちょっと。私も興味出てきたんだけど」

 

「先生!?」

 

 盛り上がっている女子組をよそに。白米を噛み締めながら、与幸吉は思考を推し進めた。加茂憲紀の言うことは確かに正論だが、成功する見込みは薄いだろう。なにせ東京校側の戦力が潤沢過ぎる。足並みを揃え一丸になって動こうにも、まず京都校側で唯一の一級呪術師にして随一の変人――今は「高田ちゃん」の撮影がどうとかで別行動しており、のちほど合流する予定――でもある東堂葵を制御できるとは思えないし。

 そもそも作戦を立てようにも、加茂憲紀は今回の交流会の方向性を間違いなく左右する、京都校学長の楽巌寺嘉伸から下された命令をチーム内に共有していなかった。恐らくは外部に情報が漏れるのを警戒してのことだろう。たぶん庵歌姫も知らされていない。与幸吉は“それ”を探り出した時、驚きと同時に呆れを覚えたものだった。

 

 “虎杖悠仁暗殺計画”

 

 命令の大本は呪術界総監部の保守主流派層。新しい風を求める革新派筆頭の五条悟と相性の悪い彼らは、姉妹校交流会にかこつけて“宿儺の器”の殺害を目論み、あわよくば五条一派の漸減(ぜんげん)を狙っている。

 雇い主への警告は既に済ませてあった。上層部の暗躍を予期していたのか、五条悟に驚いている様子は無かったが。与幸吉は引き換えに、追加の指示と別件の情報を受け取っていた。

 

 “交流会開催に際し、呪詛師もしくは呪霊による組織的な襲撃の(おそれ)あり”

 

 五条悟が突拍子も無く思いついた、悪ふざけならばよかった。しかし夏油傑や坂本といった、普段は真面目な大人たちまでもが真剣に捉えている辺り、馬鹿にはできない確度らしい。

 よりにもよってこのタイミングで。そう愚痴りたくなるのと同時に、どうしても頭に浮かんで離れないのは、夏頃まで与幸吉が繋がっていた“敵”に関してだった。

 かつての自分に交渉を持ち掛けてきた、額に大きな縫い痕(・・・)のある呪術師。その正体については、坂本たちからある程度聞かされていた。ろくでもないやつだと思ってはいたが、まさか一〇〇年以上も他人(ひと)の肉体を乗っ取って生き続けている化物(ばけもの)だとは、想像の埒外だった。もし本当にそうであるならば、特級呪霊たちと手を組み、東京で大規模呪術テロを画策するくらいのいかれ(・・・)なことにも納得がいく。

 ぞっとしない話だ。混迷の時代ならばともかく、現代では組織化された呪詛師はたいてい刈られるか地下に潜ったので、何処も派手な戦力は残していない。高専を襲撃できる強大な戦力を持っていて、且つ本気でやりそうないかれ(・・・)集団は極めて限られる。そしてあいつらは、高専内部の地形や構造などにも興味を持っていた。断定は出来ずとも、襲撃者はかなりの可能性で“敵”の一派ということになる。

 

 アイツらと結んだ“京都校の人間には手を出さない”という契約は、〈天与呪縛〉解呪の際にまとめて破棄されていた。

 

「―――」

 

 溜め息が出そうになり、与幸吉は慌てて我慢した。生身では初の公式戦となる自分を、三輪霞は気にしている。周りに見劣りしないようそれなりの用意もしてきたが、これ以上彼女に要らぬ心配を掛けたくはない。

 苦いものを呑み込んで。思い返したのは、このあいだ初めて仲間たちと行った、カラオケのことだった。

 

 ――「それでは“メカ丸全快おめでとう&改めて与くん歓迎会”ということで、カンパーイ!」

 

 長年の呪縛から解放され、与幸吉が京都校の仲間たちと生身で対面を果たしてから、暫く経ったある日。貸し切りにしたカラオケ店で、三輪霞発案のささやかなお祝い会が開かれた。

 西宮桃、竜胆サキ、京都校のもう一人の一年生である新田新、担任の庵歌姫、普段はイベント事にあまり付き合わない加茂憲紀と東堂葵も任務(スケジュール)を調整して出席し、彼ら彼女たちと一緒に、与幸吉は生まれて初めて飲んで食べて歌って騒いで賑やかに笑い合う時間を過ごした。

 

 ――「メカ丸はこの曲歌える? えっホントに? じゃあ私とデュエットしよ! これって“月刊少女野崎くん”のオープニング曲なんだけど、私がアニメにハマったきっかけで……」

 

 ――「桃先輩、カワいーッ」

 ――「サキさん、イケイケーっ」

 ――「歌姫先生、プロみたい!」

 

 ――「東堂先輩、歌上手くない?」

 ――「加茂先輩、その顔で英語ペラペラは逆に狙い過ぎでは?」

 ――「新田くんは、……が、頑張ったよねっ」

 

 ――「誰ですか歌姫先生にお酒飲ませたの!」

 

 ――「与くんって、まだちょっと言い慣れないけど。これからは……じゃないか、これからもだね。よろしくね、与くんっ」

 

 カラオケには不慣れだったこともあり、それほど歌えはしなかったものの。楽しい時間だった。かけがえのない思い出になった。〈記憶媒体(メカ丸メモリー)〉にもしっかり保存してある。都合が合えば、またカラオケに行く約束もしていた。そのときまでに「すっごくおすすめ!」と布教されたアニメも履修しておかなくてはならなかったが。

 

 カラオケに限らず、したいことは山のようにあった。行きたい場所。触れてみたい景色。話したいこと。かつて暗がりで夢想し、諦めていたはずの“ひなた”の道を、与幸吉は自分の足で歩いている。“世界”を己の肌で感じ、人間らしい営みを送り、未来に希望を(えが)くことを許されている。だからこそ。

 するべきことは変わらない。罪滅ぼしという理由も、違ってはいない、けれど。――だとしても、それ以上に湧き上がる想いがある。

 

 大切な仲間を、そして水色の彼女を。「俺が守る」憧れのヒーローのようにはいかずとも。それでも、自分が、と。

 

「え」

 

 ……ん?

 

 視線を感じる。なんだ? 全員が見ている。加茂憲紀。竜胆サキ。庵歌姫が、ぽかんと口を開けて。

 三輪霞も。目を丸くして、与幸吉を見ている。

 

 ヘンというか。

 みょうな空気だった。

 

「ん?」

 

 沈黙。グロッキーになっていたはずの西宮桃が、何故だか急に、にやにや(・・・・)という副詞がぴったりな表情になっている。

 

 にやにや。にまにま。庵歌姫までもが。

 

 ……………んんんんんん???

 

 

 実は声に出ていたと知った与幸吉が羞恥悶絶の顔芸を披露する衝撃の展開まで。残り時間、あと六秒。

 

 

 

 

 3.

 

 

 

 待機室の複数あるモニターに、学生たちが映し出されている。

 

 禪院真希。禪院真依。坂本菜々子。坂本美々子。パンダ。狗巻棘。虎杖悠仁。伏黒恵。釘崎野薔薇。来栖華。

 加茂憲紀。西宮桃。東堂葵。三輪霞。与幸吉。竜胆サキ。

 

 彼ら彼女らは覇気を漲らせる、雑談でリラックスしている、緊張しているなどの差異はあれど、それぞれに過ごしながら、開始の合図が打ち鳴らされるのを今か今かと待っている。

 

「開始一分前でぇぇす。ではここで夏油センセーにありがたーい激励のお言葉を頂きまーす」

 

「えッ」

 

「私かい? それじゃ、本日は皆さんお日柄もよく……」

 

「オイッ」

 

 私じゃないのかよ。どうやらスピーチを準備していたらしい、庵歌姫が恨めしげに凝視しているのを尻目に、五条悟から通信機を渡された夏油傑が流暢に喋り出すのを聞いていると。

 坂本の隣に座る、フリーの呪術師である冥冥(めいめい)が言った。

 

「そういえば、また大物を討伐したと聞いたよ」

 

「耳が早いな」

 

「狭い業界だからね。アンテナは常に張っておくものさ」

 

「なるほど」

 

 強敵、ではあった。一級相当の呪力量を持つ多数の配下を従えている特異性。特級のなかでも上澄みの呪力規模はもとより、計画的に潜伏を繰り返し、長い年月を掛けて九州全土を巻き込みナンセンスな儀式を執り行おうとしていた、悪辣で人間のような知性を兼ね備えた呪霊だった。

 本来であれば五条悟や夏油傑が出張るような案件だ。それが坂本に回ってきたのは、運が良かったのか、それとも何者かの意図が含まれていたのか。少なくとも、対処したのが坂本でなければ犠牲者は更に増えていただろう。儀式の発動前に(くわだ)てを潰せたのは、上々の成果といっていい。

 面倒な思いをしたのは、むしろ事が終わった後だった。

 

「変わらないな」

 

「主義主張が変わるほどの悩みは、抱えないようにしているからね」

 

「立派な心掛けだ。羨ましいよ」

 

「私はてっきり、好んで首を突っ込んでいるとばかり思っていたけれど」

 

「そいつは誤解だな。俺は普通に暮らそうとしているだけだよ。必要だから、そうしているってだけのことでね」

 

「それでときどき話題になるわけか。()も、色々とあるようだし」

 

 いかにも意味深長だったので、坂本は軽くわらい声を上げた。

 

「噂か」

 

 今に始まったことではない。禪院姉妹を引き取った時には、出涸らしを好む悪食(あくじき)と嘲笑われた。禪院真希が〈天与の暴君〉の再来となり、禪院真依が準一級術師の資格を得てからは、そういった声は聞かなくなった。なかには直接言ってくる気合の入った輩もいたが、どんなに口性(くちさが)無い連中でも、一度話をすれば以降は口を閉ざすようになった。

 

「ご苦労なことだ。君の眼にはどう映っているのかな、俺は?」

 

「変わらないね。普通のように見えて、危険な男ってところかな」

 

 冥冥は、くすりと笑った。坂本は、ただ笑みを返した。

 

 すぐ傍で聞いていた夜蛾正道が、気まずげに咳払いをしている。吉野順平と伏黒津美紀は、よくわかっていないというように首を傾げあっていた。

 

「それでは先輩、最後に一言どうぞ」

 

 スピーチを終えた夏油傑が、庵歌姫に端末を差し出した。

 

「げえっ。アンタに先輩って言われるとなんか鳥肌立つわ」

 

「酷いな」

 

「センパーイ」

 

「アンタは黙っとけ」

 

 予定を狂わされた庵歌姫は、それでもまとめようとして。「怪我をするなとは言いません。ですが、助け合いの心を忘れずに――」

 

「時間でーす」

 

「ちょっまっ、喋ってるでしょうがっ」

 

 子供染みたノリで邪魔をした五条悟が、ハイテンションでボタンをプッシュした。

 

「それじゃ、カモン・ミュージック!」

 

 スピーカーから“ハイッ”という男くさい掛け声と、エッジの効いたエレキベースが流れ始める。かと思えば次の瞬間には、疑問符をハジケ飛ばすような音量で「バカサバイバー!」とビンビンにマッチョしい歌声が鳴り響き、絶叫にも似た庵歌姫の愉快な悲鳴が轟いた。

 

「なにこれェェェ!?」

 

「姉妹校交流会、スタートォォ!」

 

「またアンタか五条ォ~~~~~~~!!」

 

 姦しい観覧席をよそに、両校の生徒が動き始める。

 

 今回の交流会団体戦は高専敷地内の指定区画に放たれた二級呪霊(フラッグ)を先に見つけ出して祓う、もしくは放出された三級呪霊を討伐し、団体戦終了時点で討伐ポイント数の多いチームの勝利というルールだった。戦略の一環として生徒間の直接的な妨害行為も認められており、また両校の人数差を考慮して、京都校側には獲得ポイント量の調整が入っている。

 東京校チームは人数の優位性を活かし、呪霊狩りのために二部隊――A班:禪院真希、坂本菜々子、伏黒恵、来栖華、パンダ/B班:禪院真依、坂本美々子、狗巻棘、虎杖悠仁、釘崎野薔薇――に分かれて行動していたが。

 

「なんだ、こっちじゃねえのか。だが良いスピードだ。一年、名前は」

「虎杖悠仁」

「そうか。オマエに一つ聞きたいことがある。どんな女が好み(タイプ)だ?」

 

 B班が京都校の東堂葵に襲撃され、フィジカルに優れる虎杖悠仁が足止めを引き受けて他メンバーが全力散開した時点から、少しずつ交流会の行方が捻じれてゆく。

 

「しいて言うなら……ジェニファー・ローレンスとか…?」

「―――――――地元じゃ負け知らず、か。どうやら俺たちは、“親友”のようだな」

「いま名前聞いたのに!?」

 

「オマエらいつまで馬鹿やってんだ」

 

「真希先輩っ」

「ほう。そちら(・・・)から来てくれるとはなァ、禪院真希!」

「無事みてえだな、悠仁。恵が心配してたぞ。ところでオマエら、もしかして知り合いか?」

「“親友”だ」

「いま会ったばっかなんだけど!?」

「すまんな親友。親睦を深めたいところだが、俺には優先すべきことがある。禪院真希、俺はこのときを待っていた。オマエを打倒することで、俺は一皮剥けた新たな俺として高田ちゃんに会いに行く!」

再戦(リベンジマッチ)ってわけか。意気地があるのは買ってやるよ、叩いても簡単にへこまない相手のほうが潰し甲斐があるってモンだ」

「あの、俺は…?」

「コイツは私が請け負う。悠仁はひとまず真依たちと合流しろ、近くまで来てっから。オマエ、京都校の連中に狙われてるかもだ」

「なんでっ?」

「その辺の説明は真依から聞け」

「いくぞォォォ。対戦よろしくお願いします!」

 

 禪院真希 VS(ヴァーサス) 東堂葵。

 

 

「やっぱり集まってたわね。予想が当たって嬉しいんだか嬉しく無いんだか」

「禪院真依。と、一年の」

「釘崎野薔薇よ、京都校(キョートコー)の先輩」

 

「……真依」

「元気そうね、霞」

 

「坂本美々子と、狗巻棘はどうした」

「言う必要ある? アンタに訊きたいことがあんのよ。アンタたち、虎杖を殺す気?」

「そうだと言ったら」

「…ハァ~~~~。それは学長の指示?」

「私個人の判断でもある」

「ふざけんじゃあないわよっ」

「それを聞いて、此処を通すわけには行かなくなったわね」

「高専に所属する呪術師で、虎杖悠仁のような半端者がいるのは由々しき事態だ。ましてや彼は宿儺の器。なぜ庇う。君も、御三家の人間だろう」

「冗談は髪型だけにしてくれない?」

 

 

「なに!? メカ!? ロボ!?」

「悪いが仕事なんでな」

「どうなってんの~~~~!?」

 

 

「もう一人そこに隠れてるわね。恥ずかしがり屋なのかしら」

 

「ちっ」

 

「野薔薇」

「ウッス」

「あっちは任せるわね」

「ウィーッス」

 

「君ひとりで、私と三輪を相手すると?」

「自信が無いのかしら、加茂家の次期御当主さまは?」

「たとえ二対一だろうと、加減はしないぞ」

「ごめんなさい真依。でも、私は――」

「霞、アナタずいぶん偉くなったのねえ?」

「アッやっ、いえっそのっ。これはその、あのですね……」

 

「よくよく腑抜けた集まりってわけね、京都校の奴らは」

「ああん? なんだテメエは。誰が腑抜けだよ、調子こいてんじゃねえぞコラっ」

「はン。ネチネチと陰湿な作戦立てるうえにボキャ貧かよ、腰が引けてんぞヤンキー女。私は釘崎野薔薇。覚えとけ、テメエをぶっ潰す女の名前だよ。ボコボコになって口が利けなくなる前にソッチも名乗れや」

「上等だよ、黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって。もう我慢ならねえっ。あたしは竜胆サキ。テメエこそ覚えとけ、お望み通りボコボコにしてやるよ!」

 

「なぜ庇うのかって訊いたわよね。答えは簡単、五条悟よ。アレの庇護してる相手に手出しするなんて冗談じゃない、怪獣の逆鱗を踏みつけるようなものよ。それすら忘れるなんて、加茂家はよっぽど頭が空っぽなのね」

「御三家の誇りは――」

「クソ食らえよ。私そういうの興味ないの、というか嫌い。そういうのを押し付けてくる(かび)臭い連中もね」

「……そうか」

「霞」

「ひゃいっ、なんでしょうか」

「対戦系のゲームで、絶対に勝つ方法って知ってる?」

「は、え? いやあ、想像もつかないですけど」

「難しいことじゃないのよ。とっても単純でとってもシンプル。誰かが負ければいい(・・・・・・・・・)の。自分以外の、誰か(・・)がね」

「……なんだか笑顔がとっても怖いです、真依!」

「三輪、気を抜くなっ」

「さっきアナタ、二対一とか言っていたけれど。どうかしらね? ――【熾きなさい】、〈月霊髄液(Volumen hydrargyrum)〉」

「式神か!」

「【戦闘形態(アサルト)】モード。安心なさい、やさしく絞め落としてあげる」

 

 釘崎野薔薇 VS 竜胆サキ。

 禪院真依 VS 加茂憲紀・三輪霞。

 

 

 それぞれの場所で、それぞれの戦端が開かれてゆく。

 

「みんな凄いなあ」

 

 吉野順平の呟きに、伏黒津美紀がこくこくと頷いた。

 

「冥さーん、悠仁周りの映像ちょくちょく途切れてるけど?」

 

「生き物は気まぐれだからね。視界を共有し続けるのも楽じゃないし」

 

「京都校もなかなかやりますね。数でも劣るのに、私の生徒たちを相手に、どうして善戦してるじゃないか」

 

「アンタそのナチュラルに煽る癖いいかげん直しなさいよ」

 

 ちょくちょく棘のある会話を聞き流しながら。坂本は、冥冥が操縦する黒鳥(カメラ)の映像を眺めた。

 

 問題は起きてない。東京校チームは京都校チームの暗殺計画を察知するや直ぐにA班B班間で連絡を取り、現在位置や術式相性を考慮してそのまま呪霊狩りを続行するα部隊と、虎杖悠仁に合流するβ部隊の二つに人数を分けた。β部隊が京都校と激突し足止めしている間もα部隊は呪霊捜索と討伐を続けている――討伐状況は待機室に張り付けられた「札」で確認できる――ので、両校の獲得ポイント差は大きく広がっている。

 京都校が逆転するにはβ部隊を倒すか、逃げ切ったうえで更に二級呪霊(フラッグ)を先取するしかないが、簡単なことではなかった。合理的に考えれば、数で劣る京都校は東京校との戦闘を回避して呪霊狩りに勤しむか、東京校メンバーをなんとか分断し各個撃破してゆく必要があったが、それが出来なかった以上は勝敗はもはや決したといっていい。

 

 坂本はちらと、京都校チームに虎杖悠仁の暗殺命令を出したと思しき楽巌寺嘉伸を窺った。落ち窪んだ眼窩。五条悟の軽薄さとは真逆の、物々しく老獪な気配。この事態をどう捉えているのか。

 

「なに?」

 

 突如として。

 呪霊の討伐状況と対応する、すべて(・・・)の「札」が赤く焼滅した。

 

団体戦(ゲーム)終了…? しかも全部東京校(あかいろ)よ」

 

 しかし黒烏(カメラ)は、誰もその瞬間を確認していない。

 坂本は、周りに気づかれないように拳を握った。

 

「〈五条悟っ〉」

 

 時置かずして、事前に与幸吉に造らせていたMMM(ミニメカマル)通信機から、喫緊の声が発せられた。

 

「五条、なによそれ。今の声って」

 

「ハイハイ歌姫はあとにしてねー。こちらGTG(グレートティーチャーゴジョー)だよ。んで、どったの」

 

 M(スリー)通信機一号が言う。「〈交流会に投入される呪霊は二級のそれだと聞いている。だが今こちらが確認したのは明らかに一級か、もしくはそれ以上の呪力量だった。これは予定通りなのかっ?〉」

 

「――傑、ビンゴ」

 

「やれやれ」

 

 五条悟と夏油傑は、同時に肩をすくめた。

 

「手早く伝えるよ」M3通信機二号を取り出した夏油傑が、手元に話し掛ける。「それはイレギュラーな“敵”だ。私たちも向かう。周りの子を退避させられるかい?」

 

「〈了解した。今やって、―――三輪!〉」

 

 符牒を伝えたところで、通信が途切れた。通信できる状況ではなくなったのか。

 

「五条っ、」

 

「敵襲ってこと。説明してる暇ないでしょ、ほらトロトロすんなって。急いだ急いだ、お爺ちゃんもお散歩の時間ですよ~」

 

 庵歌姫は。青筋を浮かべ掛けているが、今は争っている場合ではないと思い直したようで、それ以上は突っ掛からなかった。

 

「坂本」

 

 立ち上がった夜蛾正道が、サングラス越しに見てくる。

 

「すまないが」

 

「協力しますよ。娘たちもいますんでね」

 

「……助かる」

 

 冥冥には生徒の位置情報を連絡し続けるよう指示し、夜蛾正道は吉野順平と伏黒津美紀を送り届けると、「天元」保護の為に高専地下の薨星宮(こうせいぐう)へ向かった。

 坂本も他の教員たちと共に観覧席の外へ出ると、いよいよ異常事態の発生を決定づける、空に在り得べからざるものが浮かんでいるのを目にし、走る脚に力を入れる。

 

「“帳”――」

 

 快晴であったはずの青空に、墨汁をぶちまけたような黒が沸いている。溢れるように噴き出した黒は天を広く覆い、生徒たちを閉じ込めるように降りてゆく。

 

「ま、別に破りゃいいだけのハナシでしょ」

 

 降り切った「帳」の前に立った五条悟が、無造作に手を伸ばした。本来であれば、為す術なく通り抜けられるはずだったが。

 五条悟の指は、その場にいる者たちのほとんどの予想を裏切り、感電したかのように弾き離された。

 

「ちょっと。なんでアンタが入れなくて、私が入れんのよ」

 

 既に半身を「帳」の向こう(・・・)に浸した庵歌姫が、訝しんで言った。その隣では楽巌寺嘉伸が、特に問題なく「帳」の向こう側に通り抜けている。

 夏油傑も。坂本も、通り抜けるのに抵抗感や支障は何ら起きていなかった。

 

 五条悟だけが。「帳」に触れた瞬間に弾かれ、明確に侵入を拒絶されていた。

 

「なーる。いちおう対策はしてきてるってわけね」

 

 “五条悟の侵入を拒む代わりにその他すべての者が出入り可能な結界”

 “最強”にピンポイントで対策(メタ)を張った、“敵”の策の一つ。

 

「ていうか傑さあ、オマエ舐められてんじゃん」

 

 へらりと笑った五条悟を、夏油傑がじろりと睨みつけた。

 

「五条君。こちらを本命と見せかけた、誘導という可能性も有り得る。気は抜くなよ」

 

「分かってるって。忌庫の浮標(ほう)はどうなってる、傑?」

 

「今のところ、動きは無いが」

 

「りょーかい。そんじゃ、そっちは頼んだからね」

 

 此方(こちら)彼方(あちら)を隔てる境界(さかい)。虎穴に入るようなものだ。いざ踏み込もうとすると、夏油傑が立ち止まった。「悟――」表情に険しさはない。ふざけてもいなかったが。

 

「なんだよ」

 

「くれぐれも、しくじるなよ」

 

「へっ。誰に言ってんだよ」

 

 坂本は振り返らず、「帳」へ侵入した。

 

 通り抜けた途端に。樹々が放つ本来の清涼さとは真逆の、真っ黒で濃い“呪い”の気配に出迎えられる。

 庵歌姫がしかめ面になっていた。空間に滲んでいる気配だけでも、特級相当であると推測できる。“最強”の投入を封じられ、襲撃者の戦力も底が知れない。由々しき状況だったが。

 

「坂本さ――」

 

 全て問題なし。順調(・・)に進んでいる。坂本は否応なく顔を引き締めている夏油傑と視線を交わし、ここからの作戦を話そうとして。

 唐突に。

 大気の組成すべてが黒泥(こくでい)に塗り替えられたような、まったく予期せぬ、あまりにも脈絡ない、圧倒的邪悪(・・)としか言いようのない気配の出現に。一瞬、息を止めた。

 

「今の、は」

 

 引き攣った声。庵歌姫は青褪め、楽巌寺嘉伸は戦慄と驚愕に目を見張っている。

 

 脅威となる特級相当の呪霊とも異なる、あるいは上回りさえする、破滅の先触れであるような(おぞ)ましい気配だった。

 

 喉が渇く。鼓動が早まるのを感じる。それ(・・)に、覚えがあった。前に触れたことがあり、肉体が忘れていなかった。あるいは今も戦っているはずの菜々子と美々子であれば、気付けたかもしれない。

 

 

 

「宿儺だ」

 

 

 

 ネクタイに指を掛け、坂本はわらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





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◆誰?

  • 釘崎野薔薇
  • 伏黒津美紀
  • 三輪霞
  • 西宮桃
  • 庵歌姫
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