ユー・アー・マイ・スペシャル 作:グリム・グリルグリン・グリーングリップ
20話のPart1の投稿です。
本当は従来通りPart3まで揃えてから投稿する予定でしたが、【呪術廻戦アニメ第59話 仙台結界】の熱量が激烈にアチチチで凄まじく、思わずあてられてしまいました。
投稿してぇ~っと気持ちが抑えられなくなったのでPart1だけでも変則的ですが投稿します。
一万四千字。スケベはありませんが、楽しんで貰えると嬉しいです。
4(-58).
生まれたときから、不快だった。
5.
“最強の武術”とは何か。
禪院真希は考える。古今東西、数多の武術家が追い求め、夢想し、栄枯盛衰を織り成しながら現代にまで受け継いできた
「ヌぅんッッ、」
鞍馬流。吉岡流。
かつて禪院真希は師が何処からか流派の継承者を探してくるたびに赴き、時には海外にまで出向きながら、何代にもわたって鍛え抜かれてきた知識や
流派の比較によって構造の良し悪しを見抜く“眼”を育て、流派が辿り着く奥義の精髄を模倣し吸収する。そんな日々のなかで禪院真希が面白いと思ったのは、国すらも違う別々の土地で発達した武術でありながら、その底流にはひとつの共通の理念が存在していることだった。
“如何にして自然に、相手を意のままに制するか”
槍術であれ拳術であれ変わらない。すべての武術は、ひとつの理念を体現するべく切磋されてきた。その方向を目指し、突き詰め、極めるべく不断の努力を磨いてきた。
では
頂点。あらゆる武術をひっくるめても究極に位置する、つまりは“最強”と呼べるソレ。その至高を冠する条件として、ならばその武術は――“必ず勝ち・決して負けず・
「コォあッッ、」
能うならば間違いなく最強だろう。だが禪院真希がそれまで対峙してきた、最強の看板を掲げた何人もの武術家たちは、いずれも最強足りえなかった。
このまま無欠とは程遠い技術を学び続けて、それで呪術師として強くなれるのか。これ以上は無意味なのではないか。恒例の手合わせをしながら不満を投げ掛けると、師は「そうだな」と内心を見透かしたように笑った。
――「予定よりかなり早いが。確かに技術の習得は一通り済んでいるし、なら、次の段階に入っても問題はないか」
よっしゃあっ。そのときの禪院真希は、ただ無邪気に次の段階にいけることを喜んだ。今度はなにすんの、もっと歯応えあるのでもいーぜ。
浮かれる弟子に対して、ところが師がさらりと告げた内容は、それからの禪院真希が生涯をかけて取り込むことになるであろう難題だった。
――「じゃあ次に挑む目標だけど。ずばり、真希には“最強の武術”を目指してもらう」
「トォあァッ、」
裂帛の気合。拳風。
見通しの良くない森林という
身代わりとなった樹幹が爆散するように圧し折れる。
森林破壊に躊躇が無い東堂葵は障害となる樹木を次々に殴り倒し、大型の人食い鮫だろうが殺人熊だろうが一撃で撲殺する呪力を込めながら、幼児が目撃すれば号泣も止む無しな凶相で迫ってくる。
怒涛の連撃。それらを
為す術なく飛んでゆく東堂葵が鋭い樹枝に突き刺さる寸前、――【拍手】――、されどその巨躯が掻き消える。
背後に。物体の出現を感覚し、禪院真希は意識をそちらを向けた。呪力を込められた砂粒が落下する。そこに、東堂葵の姿はない。
視線誘導のブラフ。禪院真希の視界の逆側、投擲される直前に撒いておいた微細な呪力片と〈
投げ飛ばされた際の自身の慣性すらも加えた剛力の一撃を、しかし禪院真希は振り返りもせず、片腕で止めた。
咄嗟に体軸を捻り逃れようとする東堂葵の脚を手首を回すだけで持ち上げ、復帰の暇を与えず、鞭のように背中から叩きつける。伝播した亀裂が塵砂を噴き、次いで禪院真希は持ち上げた東堂葵をハンマー投げの要領で渦の如く振り回すと、今度は遠心力を乗せて投擲した。
回転する人間砲弾と化した東堂葵が射線上の樹齢一〇〇年を超える大木に激突し、軒並み大破させるも推進力は止まらず、もんどり打って宙へと放り出される。
僅かな静寂。常識を考えれば、死んでいてもおかしくはない。
だが此処にいるのは、いずれも常軌を逸脱した者たちだった。
「――流石だ」
舞い落ちる大量の緑葉を払って。裸の上半身を創傷と泥にまみれさせた東堂葵が、勇ましい声をして立ち上がる。
額から血を流しながら。御機嫌に、ぱちぱちと拍手を鳴らして言った。
「見事と言わざるを得ない。流石は禪院真希、俺の上を行く
「誰がライバルだよ」
「だが惜しむらくは、今の俺ではオマエの全力を引き出せん。なんたる惰弱か、知らず知らずのうちに足踏みしていたとはな。謝罪しよう、これは俺の未熟だ。禪院真希、オマエの所為ではない」
「あいかわらずキモいな」
肩を竦めながら、今の台詞を実家の一級呪術師以下の奴らに聞かせてみてえもんだと思いつつも。禪院真希は確かに、東堂葵の言うように戦闘が始まって数分が経つが全力は出していなかった。腰に佩いている呪具も、今日はまだ使っていない。
「だが! このままおめおめと引き下がるようでは高田ちゃんに顔向けができん! 高田ちゃんは言った、“やる前に負けることを考える馬鹿がいるか”と」
「それ言ったの猪木だろ」
「ゆえに、俺の全身全霊をぶつける! 上げるぞ、ギアを!」
コワモテに笑うや、東堂葵の呪力が更に漲り、大胸筋と上腕筋が「ヌゥゥゥン!」と
「刮目の時だ、この為に編み出した新技――」
術師として
東堂葵が、動こうとした瞬間だった。
不意に。まったく予期せぬ、そそけ立つような
爆発的に地面が隆起し、大樹が根元から引っ繰り返り、巨大な“壁”が眼前に出現した。
「―――」
思考よりも速く。禪院真希は迷いなく横に飛び退き、雪崩のように押し寄せる“壁”の進行範囲から外れた。
視界の端で、東堂葵が“壁”に巻き込まれたが。距離を取って着地する。割り込んできた攻撃の全貌を見上げて、でっか、と思わず呟いてしまった。
目算で、縦横に一〇〇メートルはある。いきなり“山”が出現したようなものだ。夥しい大樹が集合して巨塊となり、巨人の指のように枝分かれしている先端が、東堂葵のいた方向を串刺しにしている。
誰かの術式の産物だろう。「京都校の」口に出してみて、禪院真希は直ぐに首を傾げた。
二年生以上の生徒についてはある程度知っている、アイツらにこんな真似が出来るか? 事前情報に無かった一年生によるものだと仮定しても、これほど大規模に術式を行使できるヤツなら噂の一つや二つ聞こえてくるはずだ。
そもそも、
「見えてんだよ」
分析を妨げる殺意。ある意味では馴染み深い、
頭上で、空気が張り裂ける。
鯉口は切ってあった。刀柄を握りざま、抜き撃ちで跳ね上げる。屈んだことで溜力した
「そうか」
勢いよく吹っ飛んだ敵が、慣性に引っ張られて着地する。
容赦はしなかったが、蹴り砕いたはずの手応えは無かった。その理由は、実に得心がいくものだった。
「……師匠が言ってた“招かれざる客”ってのは、オマエのことか」
交流戦が始まる前に、禪院真希たち“四姉妹”を集めて言った坂本の話を思い出す。
高専にいないはずの、一級どころではない、間違いなく特級クラスである筋骨隆々な人型呪霊に向かって、禪院真希はわらいかけた。
「■■■■■(愚かな児等よ)」
左腕を布のようなもので覆い、
「■■■■■(私はただ この星を守りたいだけだ)■■■■■(森も海も空も もう我慢ならぬと泣いています)」
並みの一級呪霊であれば、最初の斬撃で両断できていた。しかし紋様を描いた呪霊の白い
「■■■■■(これ以上 人間との共存は不可能です)■■■■■(星に優しい人間がいることは彼らも知っています)」
明らかな
「■■■■■(しかし)」
となると、禪院真希に取れる選択肢は大まかに二つ。この場で戦うか、それとも
「■■■■■(その慈愛がどれだけの足しになろうか)■■■■■(彼らはただ時間を欲している)」
いいや待て。思想犯じみた演説をする呪霊を見ていて、何かが
敵は、本当にコイツだけなのか?
「■■■■■(時間さえあれば 星はまた青く輝く)」
ふっと湧いた違和感だが。単独ではない、コイツ以外にもいる。そう想定して動いたほうがいい。だとすると、退くという選択肢は無くなる。此処で
「■■■■■(人間のいない時間)■■■■■(死して 賢者となりなさい)」
「眠くなるような
方針は決まった。幸い武器に支障は無い。戦力差調整で設けられた、東京校側の呪具使用制限数に引っ掛かるので持ち込めたのは
「ふん、無粋な奴だ。俺とライバルの戦いに割って入ろうとはな」
いつの間にか。
隣にしれっと着地していた東堂葵が、血を流しても五体満足で、何事も無かったかのように言った。
そのことに、いちいち驚いたりはしない。こういうヤツだから、
「東堂。此処はいい、先に他の連中の援護を頼む」
「―――――なるほど。この襲撃は、俺たちへの挑戦というわけか」
こいつイカれてるけど頭の回転は速いんだよなあ。「そうだ。死人が出たら、私たちの負けだ」
「いいのか、俺を
「オマエは、つまんない暗殺とかガラじゃねえだろ」
「ふっ。よく理解しているようだな。流石は、
「オマエのその私に対する信頼の厚さはなんなんだよ」
禪院真希は。抜き身の刃に指の腹を当てると、擦りながら、朗じるように
「“
禪院真希が“天与の暴君”に至り得る資格を得た際に師匠から与えられた、この世にただ一振りだけの妖刀。最上大業物。
その刀身に刻まれた〈
「――【熾きろ】、〈
稠密な呪力の深層を
「行け」
「
呪力強化した脚で、東堂葵が風のように飛び出した。
直後に禍々しい気配が拡大し、さながら発芽するかのように地中から樹木を模した呪力塊が飛び出し、東堂葵に襲い掛かる。
それらよりも速く。呼吸法によって体内環境を切り替えた禪院真希は、地を蹴っていた。極まった身体操作は踏み出しの一歩で最高速度へ至らしめ、敵の
間近の恐るべき威容に臆することなく、禪院真希が繰り出した
一閃。
「■■■■■」
逆袈裟に刻んだ斬傷が眩く輝き、
続けて跳ね上げた
「■■■■■」
焦炎。
苦悶、あるいは悲鳴のような
刃音をも置き去りにする斬撃に次ぎ、破裂した鮮血が燃え盛る。呪力の“起こり”。禪院真希の足元が壊死した皮膚のように罅割れ、
不意を衝くように至近距離から飛び出した、その禍しい槍先に、既に禪院真希はいない。
「コッチだ」
声で位置を撹乱し、背後に回り込む。
紅焔。
「■■■■■」
人型呪霊は構造が人体とイコールではないが近似する部分も多い。巨躯を支える膝裏が砕け、呪霊の姿勢が揺らぐように崩れた。苦し紛れの横薙ぎ。禪院真希は踏みしめた地面の反発力によって体内で
炎の尾を引きながら吹っ飛んだ呪霊が、顔面から突っ込んで横転する。
距離が開くと、禪院真希は息を大きく吐き出して深く吸った。訓練で培った呼吸法の
じゃっかん震えながら起き上がった呪霊の躰は、燃え続けていた。都合四度の斬撃を浴びせたが、削り切るには至っていない。呪霊の部位は、禪院真希としては完全に断ち斬るつもりだったが、しかし実際は七割ほどしか斬れていなかった。
かなりタフだな。胴と肘と膝裏の断面を赤々と燃え上がらせ、呪力を回して何度も治癒しようとするも“炎”をむしろ延焼させている呪霊を観察しながら、禪院真希は眼を細めた。
東堂葵の姿は、もう見えないほど遠くなっている。
「■■■■■(私の呪力を燃やしているのか)」
呻くような
その左腕で手刀を作り、中途半端に繋がっていた右腕を切り落とす。完全に断ち切られた右肘が落下して再び呪力が巡ると、瞬く間に絶たれた
流石は特級らしく、仕組みを理解するや他の燃え盛る傷口も同じように削ぎ落とし、数秒と掛からずに元通りに再生させた。
「■■■■■(燃え残る斬撃を放つ)■■■■■(私とは相性の悪い呪具ですね)」
「そうかよ」
禪院真希はわらうだけで、否定はしなかった。推測は半分正解で、半分間違っている。
〈油煎呪法〉、これ単体に術式対象を燃やす効果はない――坂本の
この呪具に組み込まれた“製作者である坂本を除き禪院真希以外の人間が扱おうとすると呪詛される〈縛り〉”の部分を横に置いても、普通の術師が頑張って〈酒撫〉で斬りつけたところで、燃える斬撃にはならない。せいぜい斬りつけた箇所が即座に可燃化するだけで終わり、多くの一般的な術師らにとって〈酒撫〉は「わざわざ危険な接近戦に持ち込んで
だが、遣い手が呪術師をして不可視の剣速を為せるのなら。この呪具は真価を発揮する。
「■■■■■(それに驚きました)■■■■■(あの男と比べて アナタからは呪力をまるで感じない)」
「意外か? 私も、呪霊が環境活動に熱心ってのは初耳だったな」
「■■■■■(だというのに 今の動き)」
「けどよ、オマエは気付いてないかもだけど。私らも、あんがい環境活動には熱心なんだぜ」
口端を吊り上げ、禪院真希は言った。
「なんせ呪霊っていう、祓っても
「■■■■■(アナタは 我々の目的のため)■■■■■(ここで斃れておくべきだ)」
呪霊の姿が掻き消える。
再生した巨躯で接近し、禪院真希に殴打を加えようと試みる。
「頭のほうも、
その動きのすべてが、禪院真希には見えていた。
距離を把握する。
軌道を想定する。
思い描く通りの足捌きで粉砕必須の殴打を回避し、刀身を跳ね上げる。
顔面の硬皮に。稲妻の如く奔らせた銀線は
「■■■■■」
噴炎。
眼窩から生えた樹枝を断ち斬り、融け失せた顎と頭頂の切断面から、派手な火の華を咲かせる。
直後に足元から出土した大量の呪木が、のた打ち回るように地表を薙ぎ払った。
「■■■■■(なぜ)」
その一切を溶断し、禪院真希は燃え融ける紙吹雪を駆け抜けて剛斬を浴びせる。
「■■■■■(なぜ?)」
呪力波が広がり、色とりどりの花畑が生い茂った。花々が震えるや
よりも速く焼き祓い、転瞬。臑下を斬り裂いて転倒させる。
「■■■■■(なぜ躱せる)」
「慣れてきた」
鞍馬流〈
相生流〈
大原一刀流〈
「■■■■■」
棍棒のような大脚が振り回される。
「■■■■■(なぜ当たらない)■■■■■(なぜ)」
一撃で生物を挽肉に変える威力。とはいえ、東堂葵のほうがスマートだった。洗練され切っていない。突出した身体性能を振り回しているだけで、視たあとに避けるくらい造作もない。
猛然と振るう呪霊の、そのすべての攻撃を上回る速度で、禪院真希は斬撃を返してゆく。
「■■■■■(なぜ私が―――)
「アタマ使えよ、木偶の坊」
瞬撃。
奔らせた刀身が、今度こそ断ち斬った右腕を跳ね飛ばした。
燃え盛る血飛沫と右腕が、太刀筋に沿って地面に撒き散らされる。
「これは受け売りだけどな。岩には岩の、鉄には鉄の、バターにはバターの斬り方ってやつがある。呪霊も同じだ」
最初は七割しか斬れなかった部位も、斬り続けるうちに、
特級という評価を加味しても頑丈な表皮。だとしても。
「これだけ斬ってりゃ、そりゃあ慣れるさ」
肉薄。呪霊は、禪院真希の剣速を追えない。姿を捉えられない。
切先で眼窩を突き抉り、鮮血が噴くよりも先に、喉を衝き貫く。
炎。
焔。
回復させない。修復を追いつかせない。〈酒撫〉によって可燃化した部位は着火してしまえば完全に削り落とさない限りは鎮火できず、しかし禪院真希は呪霊が削ぎ落とす好機を悉く潰してゆく。
「あとオマエさあ」
返り血を避け、脇下を斬り抜けた禪院真希は。低い声でわらった。
「ひょっとしてまだ、自分は死なないとでも思ってんのか?」
「■■■■■(―――――私は)」
ガラスが割れるような、
激震。
間欠泉と見紛う勢いで、大地が浮き上がった。
飛び退いた禪院真希の頭上に、透明な影が降りる。呪木の織り成す巨大な“壁”が聳え立ち、出現したのは、見上げるばかりの“山”だった。燃える呪霊の姿が凄まじい物量の“山”に押し上げられ、ぐんぐん垂直に上昇してゆく。
届かない場所まで逃げて再生の時間を稼ぐつもりか。だが特級呪霊ほどの強い気配なら、一度認識してしまえば辿ることくらいわけもない。
握り込んだ〈酒撫〉を確かめ、禪院真希は深く息を吸った。
跳ぶ。
躍るように“壁”を蹴り、押し並べられた呪力面を砂のように踏み固めて足場とし、昇る。波濤を沈まずに疾走するように、重力を突き放す推進力を一気に生み出し駆け上がる。
縦横無尽に。崖壁も海上も同じだった。禪院真希の道行きを阻むことは出来ない。
「おっと」
振動。爆発。“壁”がうねり、
すべて躱した。
そのとき、空が
黒い空。――いいや違う、これは。
「……“帳”か!」
思考の間隙を突くように。
唐突に、踏み台となる“壁”が消失した。巨大な質量であった“山”そのものが丸ごといきなり。駆け上がってきた
「■■■■■(大地の有難味を知るがいい)」
そして一気呵成とばかりに“山”の奥に潜み、燃える部位を切り離し、傷を治癒し終えていた呪霊が呪木の混合群を放出した。
巨大で鋭利な物量体。空中に投げ出された人間を粉砕するには過剰なほどの破壊力。
この高度、この速度、この角度では避けられない。
もし呪霊が
「よお――」
空気の“面”を蹴り、
巨大で鋭利な物量体を躱し、
自然落下を凌駕する速度で急降下し、
驚愕しているらしい呪霊に組み付く。
「さっきぶりだなァ!」
跨った状態で〈酒撫〉を持ち上げ、顔面に突き下ろした。
「■■■■■」
硬い皮下に刻み込んだ術式効果が摩擦熱によって着火し、傷口から破裂するように紅蓮が噴き出す。
暴れ狂う呪霊を無手で殴りつけて拘束し、開いた傷口を烈火の如く切先で突き抉り、意識の連続を絶つように繰り返し突き削り、可燃化した部位を哄笑しながら滅多刺しにする。
「■■■■■」
抵抗などさせない。
浮遊感。荒ぶる風。乱れる髪。地表が近づく。構わなかった。
焼き焦がす。何度でも。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
「■■■■■(――――――ぁ ぁ あ)」
もはや人類に絶滅を勧告する得意げな様相は無い。
信じ難い悪夢と遭遇し袋小路に追い詰められた人間のように、呪霊は禪院真希を見上げた。
その眼窩に突き刺す。
炎。
希望も安寧も、その“魂”ごと斬り刻む。完膚なきまでに。
燃えて、尽きろ。呪霊。
「■■■■■■■■■■(あ あ あ あ あ あ あ あ あ ――――)」
あるいは、待ち受ける死への恐怖が呼び起こしたのか。
切り刻まれ、焼き尽くされるだけだった剥き出しの魂が、掻き毟るように絶叫した。
「■■■■■(――――――――― 領 域 展 開 )」
死に体の躰から、呪いが噴出する。
激突の間際に。
禪院真希が飛び退くよりも速く。
左肩の“眼”が開いた。
「【■■■■■(
景色が、一変する。
「■■■■■(まさか)」
一瞬で塗り変わっている。
高専敷地内の森林ではなく。一面が、豊かな花畑へと様変わりしている。
晴れ晴れとした蒼穹。
のどかな日差しを浴びる花々。
ぽつぽつと間隔を空けて伸びる螺旋樹が、どこまでも、果ての無い海のように広がっている。
「■■■■■(ここまで)■■■■■(たったひとりに追い込まれるとは 驚きでしたが)」
ただひとりの為だけに生み出され、その思想と存在を祝福し、肯定する理想世界。
「■■■■■(私は花御)■■■■■(アナタを憎しみによってではなく 使命ゆえに滅ぼす者)
呪霊:
また“領域”は閉じきり、優位性の極みである“必中必殺効果”が付与された。逃げ道は無い。
此処に、形勢は逆転した。
「■■■■■(さあ 息の根を)」
花御は。
そこで、はたと固まった。
「■■■■■(――――どういうことだ)」
言葉を失っている。
思考が止まり、ようやく気が付いたとでもいうように。
確かに“領域”に閉じ込めたはずの禪院真希の姿が見当たらないことに愕然とし、今さら周囲を見回した。
「■■■■■(なぜ――――)」
いない。
何処にも。
花御の“領域”でありながら、その居場所を感知できない。付与された“必中効果”が機能していない。
当然だった。禪院真希は呪力を全く持たない。結界術において、この身は建造物と同等の扱いになるのだから。
呼吸法。拍動を分間一五〇〇に。
あまり使いたくないんだけどな、と頭の隅で思う。使うとこれ、あとですっげえ腹減るし。
「■■■■■(そ―――――)」
血液循環量が急増したことで、四肢に血管が浮き上がる。絶えず放熱し発汗する皮膚からは陽炎と見紛うような
だが禪院真希の思考は。冷水のように醒め、曇り無き鏡のように澄み渡り、凪いでいた。
「■■■■■(こ―――――)」
「“
納刀した〈酒撫〉の呪力が、呪詞の導きによって吸い上げられる。花御の見当識から
術者式“簡易領域”の最大手である「シン・陰流」が術者を中心に展開される円形結界であるのに対し、禪院真希の展開した“簡易領域”は「縦長」だった。
“
敵の“必中効果”から一秒でも長く身を守ることを目的とせず、敵の“必殺効果”が術者に牙を向くよりも先に一秒でも早く敵を討ち滅ぼすことを至上命題とした、命を
その記録は現代では断絶し高専書庫にも僅かな資料しか残されていなかったが、禪院真希は坂本や五条悟たちの協力を得て“千影流:簡易領域”を独自に再現することに成功し、結界の発動条件として訓練時を除く三つの〈縛り〉を課した。
一つ、“発動対象が一級相当以上の呪霊・呪術師・呪詛師に限られること”。
二つ、“発動対象との戦闘時間が一分間を超過していること”。
三つ、“再使用の際には三分間の
そして“領域”内での結界強度と補助機能を担保するべく、禪院真希は更に追加の〈縛り〉として“発動から一秒後に必ず結界を崩壊させること”も組み込んでいた。
かくして成立した“簡易領域”は禪院真希を中心に瞬きの速度で細長い
一秒後の崩壊。それは裏を返せば結界の寿命を一秒で使い切るという意味であり、例え如何なる強者の“領域”内であったとしても、ほんの一秒の間だけは、確実に機能するという宣言でもある。
明鏡止水。
抜山蓋世。
禪院真希には。その僅かな一秒の間だけで、万事がこと足りた。
花御が振り向こうとする。
「―――【
抜刀。
花御は躱せない。鞘から躍り出る刀身を、撃ち放たれる銀閃を認識することも。稲妻の如く轟いた
「■■■■(――――――――)」
誤差〇.〇〇一秒以内に繰り出される、音すらも追い越す
誤差〇.〇〇一秒以内に凝縮された刃、その斬撃の軌跡が
誤差〇.〇〇一秒以内に織り成される可燃化と全燃焼が、強靭な外殻を粉々に剛砕して。
塵ひとつ残さずに、此の世から絶尽する。
「■(――――――――――――――――――)」
花畑が、霞むように溶けた。
晴れやかな〈朶頤光海〉と禪院真希の“簡易領域”が、同時に崩壊する。
陽光。
微風。
次の瞬間には。禪院真希は、もとの場所に戻ってきていた。
森林。
数秒前と何も変わっていない。
気配は消えている。何の呪いを残すことも為せずに、自分の身に何が起きたのかも判らぬままに。
呪霊:花御は消滅した。
「………、」
うるさい心拍数を、徐々に元の状態に戻してゆく。禪院真希はそろそろと息をつき、静かに鞘に納めた。最後は荒っぽい遣い方をしたものの、“簡易領域”に組み込んである呪具の保護機能のおかげで〈酒撫〉には刃毀れ一つ起きていない。
「まあまあだったな」
強くはあった。特級だろうし。でもまあ
「にしても、ツイてるな。〈黒閃〉」
打撃との誤差〇.〇〇〇〇〇一秒以内に呪力が衝突した際に生じる、空間の歪み。黒閃。いくら〈簡易領域:雷切〉が超速の絶技だとしても、必ず発生するわけではない。今回は、ゲームで云うところの一割の追加効果を引いたようなものだ。
放てる斬撃の総数は発動者の肉体性能に依存する。フィジカルギフテッドと相性の良い武技だったが、あいにく“てんのめぐみ”も無しに狙って出すには、まだ技術が足りていなかった。単純に二刀流にすれば解決する問題でもないし。ともあれ、幸先が良いのは確かだろう。
成長している。呪霊を祓った景色を見ながら、改めて思った。ちゃんと、私は強くなれている。
――「“最強の武術”? そんなのホントにあんの?」
かつて禪院真希は、師からその観念を聞いた。
――「実を言うと、有るといえば有るし、無いといえば無い」
――「どっちだよ」
――「うーん。無いかな。まだ」
――「ねえんじゃん。……まだ?」
君が創るんだよ真希。師は、肉体の
それは舗装されていない、誰も開拓したことの無い未知の地平への挑戦だった。
君は君の身体の動かし方を知り、歴々と継がれてきた技の奥深さを知り、相手を見極める眼を
今の君は強い。間違いなく。技術でも体力でも、並の術師じゃ及ばないだろう。だが君であればもっと先を目指せる。君は君だけの素質を活かすことで、更に突き詰めることが出来る。
もし君が鍛え続けた先に、君だけの
どうする?
もちろん、今でも充分に強いから、いったん休息期間にしても構わないけど。
――「私だけサボるってのもな。それに、伸びしろがあるんなら、試したい」
――「オーケー。それじゃあ改めて。禪院真希、君は何のためにちからを求める?」
――「面接かよ。そーだな、ムカつく奴らを見返すために」
――「ほうほう」
――「あと、ムカつく奴らをシバき倒すために」
――「なるほど」
――「そんで、その。……家族、みんなを守るために」
――「…そうか」
――「あ~っ、あと。師匠にも、一度は勝ちたいし」
――「そうか。いいね」
――「…だろ?」
呪力を持たない者のための武術、呪力を持つ者のための闘法、そのどちらにも属さない、およそ世界にただひとつだけの“天与の暴君”の「武術」を創り出す。
安易な模倣でも飛躍した奇技でもない、禪院真希にしか為し得ない“物の理”を己の血肉から生み出し、武技として昇華し、術理に落とし込む。
簡単ではないし、だからといって諦めるつもりは無い。歩き甲斐のある長い道で、越える甲斐のある高い壁だった。
その成果の一つである〈雷切〉の威力に満足したところで。ふと禪院真希は、違和感を覚えた。
首を傾げる。
でも考えろ。見逃してはいけない気がする。違和感。何がだ、私は何をおかしいと感じている?
思い返せ。胸騒ぎがする。
見えているはずのものを見落としてしまっているような。
悪い予感が先行して背中に冷や汗が伝うのに肝心の捜索物に一向に気付けていないような、拙い感覚がある。
「呪霊の……消え方……」
消失反応。
「そうだ」
消失反応が無かった。〈雷切〉で斬り刻み、〈酒撫〉で絶尽したとしても。必ず、祓除完遂時には僅かでも発生するはずの現象が、呪霊:花御には無かった。
「――どういうことだ?」
◆
「あーあ」
女が言った。
女の前には、宿儺の器が立っている。
「オマエ、なんなんだよ」
「……ひどいなあ。忘れちゃったのかい?」
宿儺の器の問いに。
「私は――」
女は、わらって答えた。
君のお母さんだよ、悠仁。