※この作品はR-18です。

ユー・アー・マイ・スペシャル   作:グリム・グリルグリン・グリーングリップ

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05 そういう問題じゃねえ

 

 

 

 13.

 

 

 

「「らーき・らき・らき・らーき・らき・らき……」」

 

 走行するセダンの後部座席では、洋楽の同名楽曲をカバーしたミヒマル・ジーティーの「アイ・シュッド・ビー・ソー・ラッキー」に合わせ、今は養子に入り「枷場」ではなくなった菜々子と美々子が、子供特有の高い声で歌っている。

 サビ以外の部分は身体を揺らしつつノリノリの鼻歌でしのぎ、サビが来ると全部「らきらきらき」のゴリ押しで貫き通す双子だったが、バックミラーに映る姿は楽しげであり、曲が終わってカーステレオから流れてくる声がラジオパーソナリティに戻ると、すん(・・)とした表情になった。

 

 そんな露骨な二人に苦笑しながらも、車窓から見える道は山間の様相を強めており、坂本はいよいよ目的地が近いことを告げた。

 

 東京都郊外にある筵山麓(むしろやまふもと)。都内でありながら樹々に囲われ年季ものの寺社仏閣が建ち並ぶ古びた場所に、その施設はある。

 

「ここが、そうなの?」

 

「ああ。俺たちと同じで、呪力が使える人たちの学校だ」

 

 東京都立呪術高等専門学校。外向けに私立の宗教系学校を装っているが、真実は日本に二つしか存在しない呪術師の育成機関にして重要活動拠点でもある。

 入り口の駐車場に降り立つと、出迎えらしき強面の男が目に入った。

 男の周りにはユニークなフォルムのヌイグルミが六つ陣取っており、それらが戦闘力を有した呪骸であると知らない者からすれば、可愛さに思わず黄色い声を上げるくらいには目立っている。

 現に菜々子と美々子も、目を輝かせていた。

 

 どうも初めまして、と近づいていった坂本に突き刺さる視線には、ありありと警戒が浮かんでいたが。

 

「そんなに心配せずとも。電話でも話したとおり、あなた方と戦争しに来たわけじゃありません」

 

 ご苦労なことで。周囲に潜んでいる伏兵らしき存在に内心ぼやきながらも、坂本は笑顔で言った。

 

「今日の目的は、あくまでもこの子たちの見学です」

 

 当初は、普通学校への入学を検討していた。しかし双子の非術師に対する忌避感は想像以上に根深く、菅田真奈美とも相談した結果、ひとまず高専を試してみることになった。

 呪術の腕を磨くだけならば、坂本が手ずから指南すればいいが。それだけでは視野が限定されてしまう危険性がある。二人を箱入り娘に育てるつもりは無かった。視野が狭ければ判断力が鈍くなるし、ひいては呪詛師のみならず非術師の悪党たちとも渡り合えなくなり、それこそ若くして冷たい棺桶(はこ)に入ることになる。

 狩られる側にならないためにも、ある程度の社会性や()は養っておいた方がいい。将来を思えば高専と繋がりを持っておくのは、悪い話ではなかった。

 

「ほら、挨拶は?」

 

 坂本が促すと、最初はヌイグルミに惹かれるも自分たちを見下ろす強面に気が付いて背中に隠れていた双子が、おずおずと顔だけ覗かせた。

 

「坂本菜々子……です」「坂本美々子。……です」

 

 眉間に皴を寄せた男は、小さくため息を吐くと。

 双子の目線に合わせるように膝を折り、コワモテに反した穏やかな口調で言った。

 

「私は夜蛾正道。ここの学校で教師をしている。――ようこそ、呪術高専東京校へ」

 

 

 

 14.

 

 

 

 サングラスを外した五条悟と向かい合うように、スーツの前ボタンを外し、ネクタイを緩めた坂本が立っている。

 

 片や敵意に満ちた刺々しい表情で、片や真逆で好意的ですらある微笑を浮かべながら。互いに距離を開けて対峙する二人を覆うように校庭に「帳」が下ろされてゆくが、祓除の際に使用する「帳」とは条件が違い、今回は内部が透けて外から見えるように設定されていた。高専に駐在する結界術に優れた補助監督たちの尽力により、“五条悟と坂本以外の人間が自由に出入りできる”等の縛りによって模擬戦闘用の「帳」の強度を底上げしたという。

 

「本当にいいんですか」

 

 言外に納得していないと夏油傑が問い詰めると、夜蛾正道は眉を寄せる動作に、心労のほどを滲ませた。

 

「やむをえまい。奴が実力を見せるのは条件だった。悟と戦うことになるのは想定外だったが」

 

「見せるとは、誰にですか」

 

 沈黙。しかし用意された見物席を陣取っている学長たちへと視線を向けたことが、答えを物語っていた。

 

 夏油傑が自分らと同じように「帳」外で待機している菜々子と美々子、その隣に座っている家入硝子を一瞥した直後、「帳」内で呪力が膨れ上がり、ついに火蓋が切られた。

 

「〈術式反転〉、【赫】!」

 

 〈反転術式〉を他者に出力できる家入硝子がいるとはいえ相手を殺傷しかねない攻撃は厳禁、と事前に二人には注意がされていたはずだが。

 開幕早々、五条悟の指先から「無限」を発散(はんてん)させることで生じる強烈な衝撃波が弾き出され、射線上の空間を一瞬で抉り飛ばした。

 地面もろとも豪快に削り消す一撃は非殺傷威力申告を明らかに欺瞞していたが、〈術式反転・赫〉――単純計算で〈術式順転・蒼〉の倍の出力を要する攻撃――を事もなげに躱していた坂本は、「赫」の通り過ぎた余波でスーツをはためかせながら、じゃっかん顔を引き攣らせている。「凄え火力」

 

「【赫】ァ!」

 

 まともに当たれば一撃で肉体を消し飛ばし得る破壊力を、五条悟は一射二射三射と連続で放つ。だが軌道を読んでいるのかすべて身軽に回避し切り、砂塵が巻き上がった次の瞬間には、坂本は爆速でステップを刻みながら五条悟に接近していた。

 呪力を〈六眼〉で追える故に爆速の挙動にも即応した五条悟が、すかさず「蒼」の収束反応を生み出すが。坂本の驚異的な肉体強化に目を見張った夏油傑は、次いで引き起こされた事態に、更に驚愕することになった。

 坂本はあろうことか「蒼」を突っ走り(・・・・)擦り抜けて(・・・・・)肉薄し――彼我の差を踏破された五条悟が眼前の敵へ超至近距離で「赫」を放とうとした刹那。「赫」が射出されるよりも早く五条悟の手首を弾き上げる(・・・・・)と、「無限」に阻まれた五条悟の顔面を蹴り飛ばした(・・・・・・)

 

 あらぬ方向を撃ち抜いた「赫」が「帳」に命中し、吹っ飛ばされた五条悟は、吹っ飛んだ滞空姿勢のまま「赫」の次弾を放つが。

 坂本は殺意マシマシの一閃を、強靭な体幹任せに、仰け反るように回避していた。

 

 追撃はない。両者の距離は再び引き離され、早速〈反転術式〉を使わされた五条悟の舌打ちが校庭に響く。

 

「先生、今のは」

 

 補助監督の「ワァァァ帳ガァッッッ」という気の毒な悲鳴が木霊するのを聞きつつも、夏油傑は声を上げずにはいられなかった。

 

「ああ。間違いなく、悟に触れていた。〈無下限呪術〉を持つはずの悟に」

 

 五条悟は「無限」に護られている。「無限」は五条悟へのあらゆる「攻撃」を無効化する。

 坂本はその「無限」を無視して「攻撃」を成功させていた――現代術師の頂点にして紛うことなき“最強”であるはずの五条悟を相手にして!

 

「おい」

 

「うん?」

 

「今のは、あんときと同じ……っ」

 

「ああ、〈領域展延〉のことか。お察しの通り〈無限〉を貫通できる。というか元気だな。結構、本気で蹴飛ばしたはずなんだけど。相変わらず頑丈だな」

 

「――〈術式順転〉、【蒼】」

 

 収束反応を空間と座標の圧縮に応用した超々高速移動。それにより瞬間転移さながらに坂本の前に出現した五条悟が、軌道上で巻き上がった土塊が落下するよりも早く、拳を降り抜く。

 拳撃としてはありえない鈍重な打撃音と共に吹っ飛ばされ、衝撃のあまり滑りながら着地した坂本は、眉をしかめつつも、身体から正のエネルギーを立ち昇らせた。

 

「速すぎんだろ、ほとんど見えなかったぞ」

 

「……〈反転術式〉」

 

「おかげでイイのを貰っちまった」

 

 坂本が掌を当てていた傷は、既に修復し終わっている。

 

「おまえ、何者だよ」

 

「見てのとおりさ。どこにでもいる、平凡な夢を持った男だよ」

 

「ふざけろ」

 

「ふざけちゃあいない、本当のことだ。()()さ」

 

 君の〈眼〉に映っているとおりのな。そう嘯いた坂本からは、身体に穴を穿たれかけておきながらも、やはり敵意や殺意といった負の感情を感じられない。言葉の節には、むしろ親しみさえ込められていた。

 

「というかだ。さっきのビームで俺のネクタイ、ちょっと削れちまったぞ。ほら、先っぽの部分。どうしてくれるんだ。貰いもんだぞ、これ」

 

「知るかよ。人の顎、簡単に砕きやがって。なんならもっと愉快にしてやろうか、今度はおまえの顔面ごとな」

 

「こわいこと言うね。少し心配になってきたよ。本当に大丈夫か、この学校? むしろ悪影響あたえそうな気がしてきたな。なんなら今からでも帰ったほうがいいか」

 

「逃がさねえよ」

 

 小休止が終わる。高速接近した五条悟の拳撃を食らい、坂本が吹っ飛んだ。一打。二打。もんどり打ちながら立て続けに殴り飛ばされ、しかし三打目が放たれる寸前に、動きがあった。「直線か。なら、やりようはあるな」

 

 五条悟が振り抜いた瞬間、坂本に触れた五条悟の身体がくるん(・・・)と回り、勢いよく宙に放り出された。

 

「てめえ――」

 

 着地し、進入角を変え、再度背後を取って振り被ろうとするが。接触の瞬間にくるり(・・・)と前のめりに回転し、危うく地面に突っ込みそうになりながらも、五条悟は自身に起きた摩訶不思議な現象に目を丸くした。

 

「なんだ、今の」

 

「さて。何かな」

 

 がんばれーっ。

 がんばって、お父さんっ。

 

「娘たちが見ているんでね。面目は立てさせてもらう」

 

「ほざけ。こっからだろうがっ」

 

 猛打。

 「蒼」。

 蹴撃。

 「赫」。

 

 裏拳。

 踵。

 掌底。

 肘。

 靠撃。

 膝。

 手刀。

 

 絶え間ない円転と目まぐるしい攻防。遮蔽物のない「帳」という閉鎖空間内で入り乱れる衝撃波が地面を粉砕し、空間を軋ませるほどの夥しい呪力が機銃のように炸裂し、強度を維持するのに必死な補助監督たちは顔を真っ青にして今にも倒れそうになっている。

 

「先生」

 

 夏油傑は。制服の傷の数を増やしてゆく(・・・・・・・・・・)五条悟を見つめながら、問わずにはいられなかった。

 

「彼は、いったい何者なんですか」

 

 深いため息。特級呪術師と市井の術師の対戦という、本来ならば不成立のはずが何故か成り立っている異常としか言いようのない応酬を目の当たりにしながら。

 

「呪詛師だ。……()、という枕詞が付くが」

 

「呪詛師」

 

 もう五年以上も前の話だ。夜蛾正道は「帳」から目を逸らさないまま、静かに話し始めた。

 

「当時、東北を中心に活動範囲を広げる、とある宗教団体が問題視されていた。その団体は“癒し手”と呼ばれる術師を擁し、その人物は、他者に〈反転術式〉を掛けられるという疑いがあった」

 

 夏油傑は思わず、双子とお喋りしている家入硝子を見た。

 

「まさか」

 

 お父さんは、どんな人?

 お父さんは――すごくやさしくて、かっこよくて。

 私たちを、たすけてくれた。

 助けてくれた? 

 うんっ。 

 そっか。ふうん。まーた女の子助けてるんだ、あいつ。

 ふふーん。

 そうだ。飴あるけど食べる? 棒付きのやつだけど。

 たべる!

 ありがと、おねえちゃん。

 二人は、お父さんのこと。好き?

 うんっ。

 だいすき。

 

「知っての通り、他者に〈反転術式〉を掛けられる術師は希少だ。その術師の情報が、裏社会の呪詛師や非術師の勢力にも流れ、それぞれが“癒し手”を獲得しようと、呪術界を巻き込んで抗争が勃発した」

 

 お父さんはいつも、どういうことしてるの?

 おしごと。

 くるまとか。

 このまえは、いっしょにあまいの食べた。

 しろくて、まるくて、あまいやつ。

 白くて、丸くて、甘い……なんだろ、アイスとか?

 すっごいあまかった!

 またつれてってくれるって。

 たのしみー。こんどはあかいの食べるっ。

 私はプルプルのがいいっ。

 ぷるぷる……だめだ、分からん。他には?

 ほか?

 プルプルじゃないの……?

 うーんと、プルプルは別にいいんだけど。お父さん、ほかにどんなことしてるのかなーって。

 ほかは、うーん。

 

 そうか、受け流してんのかっ。俺の力を利用して、俺そのものを! どーりで!

 柔能制剛(じゅうよくごうをせいす)さ。とはいえ〈展延〉越しでもキツいか、なかなかっ!

 おもしれえ――!

 

 あ。あと、マナミとおはなししたりしてる。

 マナミ……って、女の人?

 うん。

 お母さん?

 ううん。

 ううん、って。違うの、お母さんじゃない?

 うん。

 へぇー?

 あと、このまえ、ぎゅーってしてた。

 うん。してた。

 ぎゅー……?

 

「あの坂本という呪詛師も、もとは“裏”の一味だった。だが何がどうしてかは知らんが、抗争の最中に“癒し手”を連れて反旗を翻したらしい。結果的に“裏”の勢力は壊滅し、“癒し手”は高専で保護されたが。俺はあの騒動にほとんど参加していないから、詳しいことは分からん」

 

 お父さんにのってね、ぎゅーって。

 あとね、あとね。ちゅーって。

 ちゅーって。

 それって――

 私も、お父さんとちゅーってして。

 え”っ。

 

 いい加減だせよ、てめえの術式を!

 それは君次第だ、五条悟!

 そうかい、なら――〈蒼〉〈蒼〉〈蒼〉〈蒼〉〈赫〉!

 ばかすか撃っていい火力じゃあねえだろうに!

 〈赫〉〈赫〉〈赫〉〈赫〉〈赫〉〈赫〉〈赫〉〈赫〉〈赫〉ァ! へえ、今度はなに見せてくれんだよっ!?

 

 でもね、マナミが、そういうのはだめだって。こどもだから、まだはやいって。ずるいよね。

 ねー。私たち、マナミがかくれてしてるの、しってるのに。

 ずるーい。私も、ちゅーしたーい。

 させろー。

 ろー。

 ちょちょちょ、ちょっと待って情報量が……それってセッ、……くぅッ、…スゥゥゥゥ……。

 ちゅっちゅ。

 ちゅっちゅー。

 

「噂では、あのあと御三家と何らかの取引を結んだという話もある。現に奴は紛れもなく呪詛師だったが、あの騒動のあとに呪詛師として手配されたとは聞いていない。詳細を知りたいのなら、本人に訊いてみるといい」

 

 それとなく夏油傑が家入硝子を見やると、彼女は「ぶつぶつ」と何か呟いていた。今訊くのはやめておこう(ちょっとこわいし)と思い、「帳」のなかの戦いに意識を戻すと。

 五条悟が地面ではなく空中に浮いており、そして何故だか坂本も同じように宙を踏み、空を飛び回りながら格闘戦を繰り広げていた。

 

「は?」

 

 夏油傑だけでなく、夜蛾正道も、学長も、家入硝子も、補助監督たちも。唖然としてしまう。「すごーい」「おそらとんでる、お父さん!」と双子だけは喜んでいたが。

 

「それがてめえの術式ってわけか」

 

「使う気はなかったんだけどな。君相手だと、今はあまり意味がないし」

 

「油を操るんだろ、それで大気を固めて……拡張術式? 〈反転〉? まあいいや、俺の上を取ろうとしたんだろうけど、あいにくだったな。俺の術式は空だって抑えられんだよ」

 

「確かに。君が空中戦に慣れているのは誤算だった。なんでもありだな、〈無下限呪術〉は」

 

「それだけじゃねえ、視えて(・・・)んだよ。それ(・・)、術式と同時に使えないんだろ?」

 

「……本当に。厄介なもんだな、君って術師は」

 

 二度目の小休止が終わる。両者ともに空を高速で駆け巡り、激突し、両者ともに(・・・・・)生傷が増え続けてゆく。

 

「――ッ同時に使えないくせに、なんで飛びながら俺に届く(・・)んだよっ!」

 

「打撃の瞬間にオンオフを切り替えてるだけだ、視えているなら分かるだろうっ?」

 

「〈六眼〉もねえのにどういう呪力操作してんだよ、おめえは!」

 

 怒っているのか呆れているのか分からない声で叫んだ五条悟は。

 傷だらけの制服をなびかせ、二〇にわたる攻防の末に。

 

 不意に手を止め、足を止めた。

 

 それを、同じく傷だらけの服装と化していた坂本は、五条悟より高所に位置取りながら、不審な眼差しで見返す。

 

「……もういいよ」

 

「なんだ、急に?」

 

「あんたじゃ俺は斃せない。というかあんた、そもそも格闘で俺に勝とうとか、(はな)から考えちゃいねえだろ」

 

「どうだろうな」

 

「認めてやるよ。……あんた、ほんとにイカレてたんだな」

 

「君も、いい度胸してるよ。ほぼ初対面の相手にイカレてるとか。モラルがないな」

 

「褒めてんだよ」

 

「そりゃ光栄だね、“最強”のお墨付きか。素直には喜べないな」

 

「素直に受け取っとけよ。……けどな、」

 

 いつまで俺を見下ろしてる気だ(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 肌を打つような気配が、「帳」に満ちた。

 五条悟が、わらっている。

 

「そりゃ失礼」

 

「俺は見下ろすのはよくても、見下ろされるのは好きじゃない。そういうやつは全員ぶっ潰してきた」

 

「気持ちはよくわかるよ、あまり大きな声じゃ言えないが」

 

「だったら、これも分かるよな」

 

 空に立ちながら、五条悟が呪力を漲らせた。

 

「〈術式順転〉、【蒼】。〈術式反転〉、【赫】」

 

 顔色を変えた坂本が足場を破棄し、地上に着地する。

 

「本気かよ?」

 

「順転と反転、それぞれの〈無限〉をぶつけると、何が生まれるか知ってるか?」

 

「よせ悟!」

 

 夜蛾正道が叫び、それに被せるように坂本が唱えた。

 

「冗談だろ、――【嗤笑蓮華(ししょうれんげ)】」

 

 眩い輝きが生じ、「帳」内のあらゆる場所で「光」が狂い咲く。威力皆無と引き換えにあらゆる術師の視認空間を「光」で塗り潰す妨害特化型拡張術式。

 だが〈六眼〉保持者である五条悟の視界は、坂本の姿を捉えている。

 

「これで(しまい)だ。――避けてみな」

 

「【御堂幽鬼(みどうゆうき)】」

 

 「光」のなかで、坂本が更なる拡張術式を発動した、直後。

 

 

 

「〈虚式〉、【(むらさき)】」

 

 

 

 巨いなる隕石の如く。解き放たれた二つの「無限」の衝突によって生じた仮想の質量は、物理世界の秩序を傲慢に嘲笑うように失陥させた。

 

 着弾。

 衝撃。

 割断。

 崩壊。

 

 大地を呑み込んだ「茈」は射線上の「帳」を消し飛ばし、校舎を蹴散らかし、樹々を薙ぎ払い、地中を抉り喰らったのち――込められた呪力が失われたことで幻のように消失する。

 

 見物人たちは激震によって引っ繰り返り、呆然と戦慄き、言葉を失い、立ち上がることもままならなかった。

 

 幻ではない。「茈」が通り過ぎて生まれた空虚な空間には、人知を超えた絶大な破壊の、寒々しい(わだち)だけが刻まれている。

 

「お父さんっ!」

 

 双子の悲鳴が重なった。誰もが、砕かれた「帳」の中身を見る。

 「光」は消えていた。

 

「嘘……」

 

 誰が呟いたのか。

 

「へえ」

 

 着弾点の大穴の直ぐ横に。

 

 

「やるじゃん」

 

 

 坂本が立っていた。

 死体としてではない。己の意思で、己の二本足で立ち続けながら。右腕が根元からぷっつり(・・・・)消滅している状態で、ニヤニヤしつつ地上に降りてきた五条悟に、食って掛かる。

 

「こ……んのっ、加減しろよ、馬鹿ガキ」

 

「ははっ」

 

「はぁ~~っ、流石に死ぬかと思った」

 

「キレんなよ、腕取れてんぞ?」

 

「誰のせいだと思ってんだよ……」

 

 何故か一転して上機嫌な五条悟をキレ気味に睨みながら、坂本は何度か右肩を動かして顔をしかめると、舌打ちを一つ。無事な左手で「烏枢沙摩明王」の掌印を組んだ。

 

「【領域展開】――」

 

 ぽかんと見開いた五条悟の前で、空間を遮断する〈生得領域〉の結界が展開され、坂本の姿だけを呑み込む。

 

「え。おーい?」

 

 数秒ほど経過すると〈領域〉が解かれ、再び坂本が現れた。

 その右肩には、服が消えて剥き出しになった、つい先ほど消滅したはずの右腕が元通り(・・・)に生えていた。

 

「ああ、〈反転〉? 呪力の質もだけど、相変わらず呪霊みたいだな」

 

 にわかに戦いが再開される可能性もあったが。

 

「骨ごと全部もっていかれたからな、回復特化設定した〈領域〉でバフ盛りした。ほんと、無茶苦茶してくれやがったな五条悟」

 

「まあまあ。無事だからよかったじゃん。どうせ〈反転〉使えるんだし、あのくらいじゃ死なないでしょ」

 

「さっきから寝てんのか、君は? それ人の心ねえやつが言う台詞だからな。……どういう教育してんだよ、ここの連中は」

 

 呪術を学ばせる前に、まず常識を教えとけよ。

 俺ジョーシキって嫌いなんだよね、つまんないし。

 そういう問題じゃねえ。

 

「最後のあれ(・・)って分身? どっちも本物に視えたけど」

 

「そうだよ。式神術の応用だ」

 

「へえ。ていうか〈領域展開〉できんだね、おっさん。名前なんて言ったっけ?」

 

「坂本」

 

「じゃあおっさんに頼みがあるんだけどさ、もういっかい〈領域展開〉してくんない? 俺、まだ感覚つかめなくてさ。術師のバージョンも体験してみたいんだよね」

 

「ふざけろ。殴るぞ」

 

「こわー。すぐキレるし。更年期?」

 

「本気で帰りたくなってきた」

 

「おいおい、遠慮すんなよ。歓迎するぜ、新入生?」

 

「俺が入学するわけじゃねえよ」

 

「あ、そうなの」

 

「やっぱ沸いてんだな、君は」

 

 不思議と、両者の間の緊迫は薄れている。

 

「にしても〈領域展延〉ね」

 

「……そうだ。術式を中和できる、たとえ〈無限〉だろうとな。ただしデメリットは君が見たとおりだし、相手を斃したいだけなら術式を走らせた方が手っ取り早い。まあ滅多に使わない技術さ、俺も他に使ってる奴は見たことないし」

 

「じゃあなんであんとき、おっさんは使えたんだよ」

 

「色々あるんだよ、人には事情ってやつが。まあ君を相手にする場合だと、御誂え向きというか、必須になるだろうな」

 

「へー」

 

「そうだ、五条悟」

 

「なんだよ。ていうかなんでフルネームだよ」

 

「五条悟君。〈縛り〉の内容、覚えてるだろ。一つお願いしたくてね」

 

「げっ」

 

「俺の娘。あそこに二人、ほら、硝子の隣に座ってるだろう? あの子たちの庇護を頼みたい」

 

「ヒゴー?」

 

「後ろ盾になってほしいんだ。あの子らはどちらも訳ありでね。俺は総監部のお偉方や御三家とちょっと(・・・・)ゴタついた過去があるから、茶々を入れられないか心配なんだよ。だからさ」

 

「いいよ別に、そんくらい」

 

「助かる」

 

「つーか、そんなのに〈縛り〉使うのかよ。自分で言うのもなんだけど、俺相手に貸し作りたい奴らが聞いたら、泣いて悔しがるだろうな」

 

「いいんだ。元々あのときは、切羽詰まった状態で縛ったから。実を言うとそんなに大それたことは考えてなかったし」

 

「そんな奴にやられたのかよ、あのときの俺は」

 

「今は君のほうが強いさ」

 

「ふん、そりゃトーゼンだけど。……あんた、本気じゃなかっただろ?」

 

「君のほうこそ。ぜんぜん、本気だしてなかっただろう?」

 

「へっ」

 

 五条悟と坂本が戻ってくる。菜々子と美々子が「ぴーぴー」泣きながら突撃し、それを坂本がやさしく抱き留めると、受け止めた坂本に対して「じとー」というビミョーな視線を赤くなった瞳で注いでいた家入硝子が、ふと五条悟のほうを向いた。

 

 極寒に凍てついた声で、射すように言う。「いっぺん死んどけ、クソ五条」

 

「はあっ? なんだよ急に、おい硝子っ」

 

 言うだけ言うと、家入硝子は坂本の身体をぺたぺた触りに行ってしまう。

 

「悟」

 

「なんだよ、傑まで?」

 

 夏油傑が話しかけると、いつもの五条悟だった。

 

 夏油傑は。

 言いかけるも、言葉が続かず。本当に訊きたかったことをつぐみ、かぶりを振った。

 

「いや。……君、覚悟したほうがいい」

 

「なんで」

 

「さああああああとおおおおおおるううううううゥゥゥゥ」

 

 夜蛾正道が、般若になっていた。

 

 さながら時が動き出したように、そして蜂の巣を突っついたように高専が大騒ぎに包まれるなかで。

 

「夏油君」

 

 双子を両腕に抱きかかえた坂本に、朗らかに提案された。「あとで少し、話せないかな?」夏油傑はえも言われぬ感情に襲われながらも、坂本の背後に広がる惨状を遠い目で眺め、それから、じゃっかん引き攣った笑みで「ええ」と頷きを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





・最強 … 前にヤラれたので、ヤリ返した。全力ではないがそこそこ本気だったのに壊れなかったし珍しいものも見せてくれたので「おもしれーやつ」と思っている。ブッ壊した施設の修繕費の一部は実家に回された。

・坂本 … ヤラれかけたが、前にヤっているので内心しゃあないかなと思っている。それはそれとして(高専(ここ)の)教えはどうなってんだ、教えは……。ブッ飛んだ実力を披露したことで、高専側からドン引きされた。破れたスーツはその場で弁償してもらった。

・最強のマブダチ … 相棒が楽しそうで、ふくざつなきもち。このあと「お話し」した。

・コワモテ先生 … ストレスがマッハ。

・義娘ズ … 心臓がヒュッって止まりかけた。つよつよパパがカッコよすぎてもっと大好きになった。白髪バカのことが大キライになった。

・家入硝子 … キレた。
















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