「だったら、ボクと子作りしていただけませんか」
オレンジ色の短髪を揺らし、緑の瞳に決意を浮かべて申し出ると、リンくんは絶句した。
*
とある夏の夜、ボクは伯爵邸の一階の隅から二番目にある扉の前で、足を止めた。
意を決して、扉を叩く。
「はい、何か――なんだ、お前か」
扉を開いたのはリンくんだ。本名、リンレイ・アニエスドルフ。
青みがかった黒色の髪を後ろで一つにまとめるのは東領男子がよくやる髪型だ。深い藍色の瞳は優しそうに細められ、ボクに親しみをもって笑いかける。
「レイ、どうした?」
彼がつけたボクの呼び名を呼ぶ声音は低く優しい。これからしようと思っていることを考えると、若干の罪悪感を覚える。
「リンくん、ちょっと中に入れてもらえますか」
「いいぞ。夜歩きが使用人に見つかるとややこしそうだしな、『次期伯爵様』は」
「今はボクが当主です」
リンくんはその言葉にちょっと肩をすくめた。ボクはその隙に、リンくんの脇を潜り抜けてリンくんが滞在している部屋の中に入った。
部屋の中は、作り付けのクローゼットとベッド、小さな机があるだけの小さい部屋だった。狭い床にはほどきかけの旅装が広げられている。リンくんはこの屋敷に一人で来た。付き人もいないようだし、誰かが乱入することはないだろう。
ベッドに腰かけて体重を預け、足をぶらぶら揺らしながら部屋の中を見回していると、リンくんはボクと向きあうように壁に背中を預けて腕を組んだ。
「で、なんだって俺を呼んだんだ」
リンくんの言葉に、ボクはわざとらしく首を傾げた。
「言ってませんでしたっけ」
「頼み事をしたい、とは手紙に書いてあったな。ただ内容が読めん。俺は今は平民だから当主就任祝いを贈る立場じゃないし、『芸術家』としての依頼ならギルドを通せばいい」
「キミ、芸術ギルドは追放されてるじゃないですか」
「うるせぇ、商業ギルドに登録したんだよ。それに追放させたのは誰だ」
「ボク――の後見人ですね。誘った身で言うのもなんですが、キミ、よく来ましたね」
「一応、お前の親友だからな」
そう言ってから、リンくんは唇を釣り上げた。
「王都に帰っていいなら今すぐ帰るぞ」
「それは困りますね」
「じゃあさっさと頼みを言え。伯爵家が一介の画材屋に『願いを叶えてくれないとキミの大切なものを壊します』なんて曖昧な脅し文句を送りつけてきたから、うちの店員共が大騒ぎしてんだ」
「話しますので、ちょっと隣りに座ってくれますか」
ボクの隣り、ベッドの上をぽんぽん叩くとリンくんは嫌そうな顔をした。
「……流石にこの部屋に、盗聴の危険はないだろ」
「いいから。あと、手を出してください」
リンくんは人ひとり分の空間を開けてボクの隣りに座った。嫌そうな顔で片手を出してきたので、手の甲に用意してきた魔法陣を押し付ける。
転写紙に描かかれた魔法陣は、綺麗にリンくんの手の甲に写った。そのまま手を握り、魔力を込める。リンくんの手の甲の魔法陣が淡く光った。
「おい、今何した」
「少し記憶が曖昧になる魔法陣です。大丈夫、後遺症はありません」
「思いっきりあるだろ!」
「別に使わなくてもいいのですが、これから当家の裏話をするので。リンくん、我が家で一生を終える覚悟はあります?」
知ってしまったら逃げられないぞ、と伝えると、リンくんは一瞬動きを止めた。流石に上位貴族に飼い殺しにされるのは嫌らしい。
そりゃ、そうだよなぁ。
小さく息を吐く。
「リンくんにボクの秘密をお伝えしますね」
ボクは、オレンジ色の短い髪を手で梳いた。
「ボクは、実は女の子なのです」
オレンジ色の髪と緑色の目は、我がパスティーシュ家特有の色だ。東領のリンくんが青みがかった髪であるように、髪と瞳の色には出身地や血筋が色濃く反映される。黄色味がかった髪は西領に多く、セントバード王国の大領地を総括する四大貴族の一角、パスティーシュ伯爵、通称西領伯とも言われる地位を現在いただいているこのボクも、黄色を煮詰めたような明るいオレンジ色の髪を持っているのだった。
「……それは、なんとなく気付いてた」
リンくんが目じりを下げた。リンくんが生来持つスキルは<直観>だ。初見で見抜かれていたとしても驚かない。むしろボクは、リンくんが感づいていながらも出会ってからの四年間、ボクに性別について問いたださずにいた点を評価したい。
「弟が生きていれば、あの子が当主になっていたんですけどね」
十八年前、西領を司るパスティーシュ伯爵家に双子の男女が生まれた。
姉の名前をレイチェル、弟の名前をレオナルドという。どちらも西領伯爵家に代々伝わる<鑑定>スキルを備えた、将来有望な子供たちだった。
ところがその八年後、野盗に襲われ伯爵夫人が死に、跡継ぎ息子が行方不明になってしまう。
「野盗の背後に貴族がいたのか、ただの通りすがりの強盗なのか、或いは強大な魔物に目をつけられたのか――理由は定かではありません。何しろ、王国軍は当時、国王の殺人事件で大騒ぎでしたので。今は後宮事変と言うのでしたか」
「そっちは知ってる」
ボクの母上は四大貴族の妻といえども元平民。正式な後継者でもない幼子との原因不明の失踪ごときでは、どんなに父上が頼んでも王国軍は動こうとはしなかった。
「軍に頼んでも『手がかりなし』の一点張り。『妻は新しく迎えればいい』『子供は新しく作ればいい』、挙句の果てには証拠品を送りつけて『自分で調べろ、<鑑定>スキル持ちのパスティーシュ家ならできるだろう』と」
そこでボクは一旦言葉を切った。
「それで――諦めればよかったんですけどね」
父上は諦めなかった。
父上と母上は本当に仲睦まじかった。ボクの双子の弟は大切な跡継ぎ息子だった。
「証拠品を<鑑定>したところ、母上の大量の血痕が見えたそうです。母上は助けられない。でも弟なら。四大貴族家の血族スキルは強力で、利用価値は大きい。ボクたちパスティーシュ家の有する<鑑定>なら、盗品鑑定なり真偽鑑定なり、どこででも利用可能です。<鑑定>スキルを有する幼子なら生かしておいた方が絶対にいい。だから父上は」
「お前を、『レオナルド』として育てた」
リンくんの言葉に頷く。
「はい。我が家を継ぐことができるのは、原則として男性のみなので」
「双子の入れ替えか。生きていた姉を行方不明の弟ということにして、姉のほうが行方不明ということにした」
「それが案外うまくいってしまったんです。十年が経ち、ボクが『レオナルド』として芸術院に通っても誰もつっこまず、父上は死んでしまい、ボクが『レオナルド・パスティーシュ』として伯爵家を継ぐことになった――困った話です。婚約者もいるんですよ。いつかは絶対にバレるのに」
頬に手を当てると、リンくんは眉間に皺を寄せた。
「おい」
「なんでしょう?」
「すげぇ今更だけど、お前、女ってバラすなら、せめて昼間にこの話をできなかったのか」
ボクは首を傾げた。自分の体を見下ろす。女性に見間違えられないように、胸は潰しているし食事制限もしているので、とても女性らしい体つきではない。
「でも、リンくん、ボクですよ? 胸もぺちゃんこだし、コルセットをつけたこともない。それに相手はキミですし」
のんきに首をかしげるが、リンくんは興奮しているようだった。
「今、何時だと思ってるんだ。早いやつは寝てる時間だぞ。いくらここがお前の自宅とはいえ無防備すぎる。俺がお前に何かしたらどうするんだ。そもそも伯爵家なら、大勢の使用人が廊下を行きかうから、基本的に女は自室から出ずにだな」
リンくんはベッドに座ったまま、ボクから距離を取ろうとしていた。ボクは愉快な気分になって、唇を舐めた。
「大丈夫ですよ。ボクは対外的には男性なので。夕食後に男同士で一つの部屋にいたところで、カードゲームなり晩酌なりとしか思われません。久々に芸術院のクラスメイトに再開したんですよ、積もる話もあるでしょう」
「だったら隣りの広間に……」
「あそこ、暫く掃除していないんですよね」
「とにかく出ていけ!」
リンくんが声を荒げた。余裕のない様子にボクは口角をあげる。効いてきたらしい。
「リンくん、ボクに何かしたいんですか? 何をしたいんです?」
ベッドの上を動き、距離を詰める。押し倒すようにリンくんの脚に触れると、彼の肩が大きく揺れた。
「お前、なにを」
「<娼婦グウェンダルクの魔法陣>」
ベッドについたリンくんの手の甲に、指で触れる。
「<忘却>と<淫乱>を組み合わせた魔法陣です――処女でも娼婦のように乱れ、翌朝には朧気な記憶しか残らない。貴族の女性の初夜にも使われます」
「馬鹿野郎!」
リンくんの肩を軽く押すと、リンくんは声にならない呻き声をあげてベッドの上に倒れこんだ。リンくんの腕が抵抗するように動いたので、そのまま纏め上げて頭の上で<拘束>する。リンくんは何かを耐えるように、きつく目を閉じた。
いくら相手が油断しきっていたとはいえ、成人男性を易々と組み敷けるとは思わなかった。性犯罪に使われすぎて禁呪になるのも納得の威力である。まぁ今ボクが性犯罪に使っている訳ですが。禁呪を取り締まるのは西方伯であるボク自身なので問題はない。
リンくんの熱を持った体を仰向けにする。股間が反応していることを確認して、下着ごと彼の下半身を露出させると、リンくんが驚きに目を見開いた。
「おいっ、ばか!」
「あぁ、どうしてキミを呼んだか、でしたね」
できるかぎり冷徹に、冷淡に、表情を込めずに答える。
「ボクの――『レオナルド・パスティーシュ』の婚約者は女性で、ボクと子を成すことはできません。ボクは<鑑定>の血筋を継がないといけない。だからキミに子種を貰いたくて」
できるだけリンくんの表情を見ないように、素早く自分のズボンも取り払う。
「ボクなんかの貧相な体を抱くのは嫌でしょうが、キミは目を閉じているだけでいいです。全部、魔法陣で何とかするので。報酬は用意します。地位でも権力でも金銭でも女性でも、キミが望む分を望む分だけ。ボクは西領伯なので。どんな願いでも叶えます。大丈夫です。絶対に大丈夫です」
リンくんの上に跨る。リンくんは目を薄っすらと開けた。青色の目は彼の意思の強さを示すようにギラギラと輝いていて、リンくんが納得していないことを示していた。
「ボクを嫌ってもいいですけど――嫌わないでくれると、嬉しいです」
言いながら、魔法陣で無理やりに奮い立たせた男根の上に腰を落とす。
ぐちゃりと水音が響いた。