西領を統べるパスティーシュ伯爵家に久しぶりの来客があったのは、秋の中月の最終日だった。
リンくんはアトリエで作業をしていて、ボクは自分の部屋の来客スペースで、セバスに差し出された書類を斜め読みして了承のサインをしていたところだった。
「坊ちゃま、坊ちゃま!」
インク不要で便利な家宝<パスティーシュの絵筆>を握りながら書類とにらめっこしていると、女中のマーサが慌てた表情で飛び込んできた。
ボクは目を丸くしてマーサを見た。マーサは、困惑と歓喜の入り混じった表情でボクとセバスを代わる代わる見た。
「坊ちゃま、あの、お客様がいらっしゃいました」
「芸術ギルドの物乞いですか? 商業ギルドのクレーマーですか? それとも、どこぞの借金取りでしょうか」
「どれも違います。あの――貴族のお嬢様です」
ボクは顔を歪めた。
「またフォージェリおじさまに孕まされた女性が名乗り出てきたのですか? 産まれてからの<親子鑑定>なら請け負います、と伝えてくださいませ。どうせおじさまが直接種付けしたのではないでしょうが」
リンくんの前のお抱え芸術家は、裸の男女がまぐわうのが好きな変態さんだったのだ。
「いえ、違います。とにかく来てくださいませ――セバス、あなたも。ぜひに。私の気が狂ったのかもしれませんから」
マーサの勢いに押されて、ボクとセバスは裏口から建物の外に出て門に近づいた。門の前には、三人の少年少女が立っていた。
一人は黒髪の少年で、どことなくリンくんの髪の色に似ていた。一人は赤髪の少女で、南領出身なのだと伺い知れた。
そして、もう一人は、オレンジ色の髪の少女だった。下級貴族のような明るい橙色のドレスの上に、古いが質のいいコートを着て、手には旅行鞄を持っていた。コートの上からわかるほど、胸が豊かだった。
オレンジ色の髪の少女はボクが近づくと、顔を上げてにっこりとほほ笑んだ。ボクと同じ、緑の瞳だった。
「こんにちは。あの……」
貴族社会では身分が高い人から話しかけるルールなので、ボクが何かしら言おうとするより先に、黒髪の少年が笑顔で口を開いた。
「ここがパスティーシュさんのお家っスか?」
「ちょっと、敬語!」
黒髪の少年を赤髪の少女が小突き、申し訳ありません、と頭を下げた。
「すみません、こいつの礼儀がなってなくて」
「いえ、あの――確かに、当家がパスティーシュです」
困惑しながら答えを返すと、少女に叱られたばかりの少年はにっこり笑顔で答えた。反省した様子がまるでない。
「はじめまして! 運送ギルドAランクの晶です。この度は運送パーティー『韋駄天』のご利用ありがとうございます!」
「はい、どうも?」
「リンレイ・アニエスドルフさんにお届け物です」
「リンくんに?」
ボクは首を傾げた。晶くんとやらは、「はいっス!」と頷いた。
「人間一人と荷物一個。確かにお届けいたしました! こちらにサインお願いしまっす!」
「あ、はい……」
「ご利用ありがとうございましたー!」
「ちょっと、どこに行くのよ!」
黒髪の少年がにこにこと笑い体を翻す。赤髪の少女が慌てて彼のあとをついていった。『運送ギルドのAランクパーティー』というのなら、あの二人はコンビで活躍しているのだろう。
あとには、一人の少女が残された。
ボクは、マーサがボクを呼んだ訳が分かった。ボクも少女も、髪の色も、瞳の色も、そっくり同じ、パスティーシュの色だった。
少女はセバスとマーサとボクの注目を一身に浴びて、恥ずかしそうに笑った。可愛らしい女性の声だった。
「あの……周囲の目もありますし、どこかに移動できますでしょうか」
「……あぁ、そうですね。確かに」
パスティーシュ邸の前は一応、西都のメインストリートなのである。晴れた秋の午後、冷たい風が吹き始める季節だ。もともと人通りが多くはないが、貴族の敷地の境界上でそっくりなボクたちが対面する様子に、ちらちらと興味深そうな視線が集まっていた。
「今、使える部屋は……ボクの応接室ですかね。マーサ、お茶の準備を。セバス、先行してこの人の荷物を運んでください」
セバスとマーサが足早に建物の中に入る。ボクは少女に手を差し伸べた。
「どうぞ。中までエスコートします」
ボクの言葉に、少女ははにかみながら、手袋に包まれた手でボクの手を取った。完璧な淑女のしぐさである。
「ありがとうございます」
囁かれた女声はボクから見ても可愛らしくて、こんな子こそが理想の伯爵令嬢なのだろうなと思った。
ボクは周囲に誰もいないことを確認しつつ、少女をエスコートしながら囁いた。
「一つ聞きたいのですが、どうして女装しているんです?」
「その言葉、そっくりお返しいたしますよ」
我が家の血族に代々伝わる<鑑定>スキルで、紛うことなき血縁であると示されたボクの弟、レオナルド・パスティーシュは、ボクに向かって悪戯っぽく笑った。
「姉上の方こそ、どうして男装しているんですか」
*
ボクの私室の一つ、応接室と言える部屋で、ボクと弟は、テーブルを挟んで椅子に腰かけていた。
マーサが温かい紅茶を注ぐ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
我が弟は可愛らしい女声でマーサにお礼をいい、マーサは居心地の悪そうな顔で頷いた。ボクの後ろにはセバスが控えている。作法としては念のため、当主であるボクに危害を加えられたら動けるようにだが、ただ単に弟への好奇心もあるのだろう。
ボクは、一つ咳払いをした。
「キミと話す前に、念のため、防音の魔法陣を敷きます」
「どうぞ」
弟がにっこりと笑って了承したので、部屋の中を範囲指定して魔法陣を敷く。
「<防音>」
ボクが<パスティーシュの絵筆>で空中に魔法陣を描くと、弟は懐かしそうに目を細めた。
「セバス、マーサ、今から話す内容は他言を禁じます」
「承知いたしました」
本来であればセバスもマーサもめちゃくちゃ忙しいのだ。本当ならここで同席させる必要はない。でも気になるだろう絶対に。だってボクたち双子だもの。
ボクは礼儀も常識もぺいっとかなぐり捨てて、弟を睨んだ。
「最初にひと言言わせていただいても良いでしょうか」
「どうぞ」
弟は美しく微笑んだ。ボクは叫んだ。
「その偽乳、大きすぎやしません!!??」
弟は爆笑した。声変わりが終わった、男性の声だった。可愛らしいドレス姿でその声はギャップがひどい。
「ちょっと姉上、開口一番がそれですか」
「そりゃ言いたいことは色々ありますよ。なんで今? とか。どうして女装? とか。でもそんなにドレスが似合ってて『ドレスを着るな』とは言えないじゃないですか、むしろもっと着てくださいって感じの可愛らしさですよ! 流石ボクの弟、顔つきが母上にそっくりですね!」
「僕の顔つきと姉上の顔つきはほぼ同じですよ。骨格似てますもん双子だから。姉上こそ何で男装してるんです? 『レオナルド・パスティーシュ』が当主を継いだと聞いて僕すっごい反応に困ったんですけど」
「そうでしょうね! でもこれには深くて浅い理由があるんですよ。せめて父上が生きてた時に帰ってきてくださいよ、もう!」
弟を抱きしめたいけど抱きしめられないもどかしさで、ボクはソファーのクッションをぎゅうと握りしめた。弟はけらけらと笑った。
「貴族社会に接触できたのが最近だったんですよ。僕だって命が惜しかったですからね。ただ普通に屋敷に帰っても偽物扱いされて衛兵に追われるのがオチでしょう?」
特に我が家は恋多き家系なので、自称・パスティーシュの子孫がめちゃめちゃ多いですからね、と弟は笑いながら言った。弟がニコニコと笑うので、ボクも嬉しくなってしまう。だってたった一人の血縁なのだ。
「ボクすっかりキミが死んだものだと思ってましたよ」
「僕も殺されると思いましたよー。でもなんか生きてて、通りすがりの旅劇団に拾ってもらいました」
弟を拾った劇団の一座は、普通は捨て子を拾わないらしい。
たまたま、一座の中に子供を亡くしたばかりの女性がいて、その人が弟を見捨てられなかったのだという。
「あっちこっちを旅から旅へ。西領と中央の境界で拾われて、北領、東領、南領の順に大回り。じゃあ次は西領か――というところでうちの劇が大ヒット、どうやら王都に定住できたのですが演劇だけでは食べて行けず、副業を探していたらリンレイに拾われました」
「リンくんに?」
「聞いていませんか? リンレイは学院卒業後の半年間、王都で画材屋をやっていたんですよ」
まぁ店はもう閉めるみたいですけどね、と弟はにこにこと笑った。
「住み込みの店員だったんですが、リンレイが店を閉めるので、店員のボクもクビです。ですが芸術ギルドや商業ギルドに知り合いも増えたし、次の職場は選り取り見取り。選び放題ですよ」
「それはそうでしょうねぇ」
ボクは深々と頷いた。パスティーシュ家の<鑑定>スキルは、世の中のありとあらゆる鑑定系スキルを包含する、最強の鑑定スキルなのである。商人にも職人にも相性がよいのだ。
「再就職先に迷っているうちに、リンレイに呼び出されたのですが」などと笑う弟は、肌つやも良く、髪は絹糸のようにつやつや輝き、幸せそうに見えた。
「姉上も、お元気そうでよかったです」
弟は無邪気に笑った。
「僕の名前で当主になるなんて、思い切ったことをするなぁと思いましたけど、姉上は昔からしっかりしていたので。姉上なら、きっと素敵な領主になりますね」
弟のまっすぐなまなざしに、ボクはうっと言葉を詰まらせた。
「…………どうでしょう。自分ではわかりません」
ボクは曖昧に笑って、話題を変えた。
「ボクも、王都で弟が元気に暮らしているようで安心しました。ところでリンくんは、どうしてキミを呼んだんでしょう?」
弟は首を傾げた。
「僕にもわからないです。そもそも僕、リンレイには正体を明かしてないんですよね」
ボクは目を丸くした。
「そうなんですか!?」
弟は頷いた。
「僕は基本的に、自分の出自も保有スキルが<鑑定>であることも、誰にも何も言っていません。幼い頃に散々嘘つき呼ばわりされたのでね。芸術ギルドに出入りしてたら、『鑑定系のスキルなのか』とは聞かれましたけど……。王都での僕は、流れの旅芸人の息子、画材屋の店員、鑑定系の何かのスキルを持つただの『リオン』という名前の平民なんです」
「はぇー……」
ボクは弟の用心深さに感心した。
「キミ、すごいですねー……」
「運がよかったんですよ。ただまぁ、僕も今日久しぶりに姉上を見て、『リンレイは気付いてるかもなー』と思いました」
「あぁ、<直感>スキル」
「男女の双子なのに、ここまでそっくりとは思わなかったんですよねー」
「わかるぅー」
ボクと弟は顔を見合わせて、うんうんと頷いた。
「じゃ、とりあえずリンくんを呼びますか」
*
突然呼び出されたリンくんは、ソファに対面で座ったボクたち二人を見て目を丸くした。
「似てるとは思ってたが、やっぱりそっくりだな、お前ら」
リンくんは一応この屋敷の客人という身分なので、ボクたちと三角形になる位置に座った。
「お久しぶりです、店長」
「おう、悪いなリオン。……お前、女顔に磨きがかかってないか?」
「ふふふ、劇団の姐さんたちに色々道具をお借りしました」
いぇい、とボクの弟は笑った。
「この衣装も劇団から借りてきたんですよ。姉上をびっくりさせられて大成功です。ところでリンレイ、なぜ僕に女装で来るように指定したんです?」
「リンくんが指定したんですか? リンくんのお店は店員さんを女装させるお店なんですか」
「ちげーよ!」
ボクが目を丸くすると、リンくんは即座に否定して弟を指さした。
「ほら、リオンってそのまんまだと見た目なら貴族だろ? お前らが二人で男装して並んでみろ。どっちが本物って騒がれるだけならまだしも、貴族に恨みのある連中に狙われたら何があるかわかんねーぞ。女なら確実に危険度は低いからな」
「なるほど……」
リンくんは弟に、「晶に頼んで<転移>してきたんだろ?」「はい」「なら安全だっただろうけど」「そうですね。一瞬でした」などとボクの知らない人についての話をしていた。
「あとはリオンにできるだけ自然な形で女物の服を持ってきてもらいたかったのもある」
女物の服、の言葉に弟は首を傾げた。
「誰に着せるんです?」
「こいつ」
リンくんはボクを示した。ボクは首を傾げた。
「ボクがドレスを? 別にいりませんよ」
「つーか、ドレスじゃなくてもいいんだよな。女物の服なら」
話が読めず、ボクは首を傾げた。察したのは弟の方だった。
「なるほど、リンレイは姉上にドレスを着せたいんですね。着飾った姉上を見たい、と」
「見てどうするんです? 胸に詰め物をしたところで所詮は偽乳ですよ? リンくんが大きい胸に興味があることは知っていますが、脱いだら全て同じです」
「ほう。リンレイは巨乳好きなのですか」
「胸から離れろお前ら」
リンくんは、一つ咳払いをした。背後で紅茶をサーブするマーサやセバスを、居心地悪そうに横目で見つつ、恐る恐る口を出す。
「リオン、レイを<鑑定>したか」
「はぁ、まぁ、出会って早々に実姉かは確認しましたが」
「健康状態はどうだ。少なくとも栄養は足りてないだろうが、合わない男物を着てたら骨格とか歪むんじゃないか?」
「え」
背後からセバスやマーサの視線を感じ、ボクは体をこわばらせた。弟は頬に手をあてた。
「骨格は、今からコルセットを正しく着用すれば大丈夫でしょうが、確かに身長に対して体重が軽すぎますね。拒食症の気もあるようです。あとは貧血のステータスもありますね」
「リンくん、<鑑定>スキルはお医者様じゃないんですから。全てがわかる訳ではありませんよ。ボクは健康です!」
「こいつ、しょっちゅう物を食わずにぶっ倒れてるんだけど、理由を聞いたら胸膨らませて女とばれたくないんだって」
弟は目を丸くした。「芸術院の頃の話ですよ」慌てて修正するが背後の使用人たちの視線が痛い。
リンくんはボクを無視して話を勧めた。
「お前、劇団育ちだろ。なんかいい道具知らないか? 下着なりなんなり、色々あるだろ」
「体型を補正する衣服ですね。あります」
弟は即答した。
「女性の体形を男性に合わせる小道具も、男性の体形を女性に合わせる小道具もあります。喉仏は付け襟で誤魔化せるし、化粧の仕方で顔つきも変えられる。変装と化粧の技術でしたらお任せください」
ボクはぽかんと口を開けた。
「いいんですか」
弟はにっこりと笑った。
「突然貴族をやれと言われたら『冗談じゃない』と脱走するつもりでしたが、僕自身のスキルを活かして使用人として仕える分には大歓迎ですよ。お給料は弾んでくださいね」
リンくんはつまらなさそうに言った。
「こいつが女装して屋敷に来たから、周りのやつらはこの屋敷に貴族の女が増えたと思ってる。レイが女装してリオンが男装すりゃ、トントンだ」
「ウィッグが必要ですね。姉上の髪が短いので、付け毛をつけましょう。胸に栄養が回るまではこの巨乳パッドつけますか?」
弟が自分の偽乳をふよふよと揺らした。ボクはごくりと唾を飲み込んだ。
「……その偽乳、巨乳パッドっていうんですか」
「うちの劇団オリジナルです。ここだけの話、底上げしてる貴族のお嬢さん多いですよ」
ドレスショップでバイトしたことあるので事実です、と弟はぐっと親指を上げた。
リンくんは「知りたくなかった……」と顔をそらした。
*
「そんな訳で、いかがでしょうか。リンくん」
ボクはふよふよとリンくんの目の前で偽乳を揺らした。
時刻は夕食後、お風呂に入る前である。場所は言うまでもなくリンくんの寝室で、ボクは普段通りのズボンとシャツを身に着け、シャツの中には弟からせしめた偽乳を着用していた。偽乳が大きすぎて、ズボンからシャツの前側がはみ出ている。
「かなり大きめの偽乳です。これをつけて通りを歩いたら、周囲の人が二度見すること間違いなし、触る感触も非常にリアル、服の上から揉む分には全然わかりません」
まぁボクら<鑑定>持ちには、本人の胸の大きさが分かってしまうのですけども。
懐かしいなぁ、芸術院時代のクラスメイトに「あの娘の胸は真か偽か?」と恋愛相談されたの。<微細加工>スキル持ちの癖にパン屋の巨乳受付嬢に惚れて学院を中退した彼は元気かな。
などと懐かしく思いながら、ボクはリンくんに迫った。
「さぁリンくん。ボクのことを巨乳のお姉さんだと思って、どうぞ犯してくださいませ!」
リンくんは服を着たままベッドに座り、不貞腐れた表情でボクを見た。
「あのさぁ、俺別に胸の大きさにこだわりはないんだけど。レイがもっと肥えて抱き心地が良くなればそれで……。お前、学院のころより食う量が減ってないか?」
「今日は沢山食べた方ですよ?」
今日は弟も一緒ということで、初めて三人で夕ご飯を食べたのである。リンくんと食卓を囲むのは学院以来で、ボクにしては珍しく食事を楽しむことができた。
「姉上、貧血には肉です。肉を食べてください」とせっつく弟がいたので、ボクは食べたくもないタンパク質の塊を二切れも口にする羽目になったのだ。食後の吐き気もない。頑張った方である。
「リンくん、いかがです? スライムの粘液で作ったもちもちの偽乳です。何か工作のアイデアになるのではありませんか?」
「まぁ、それは一理あるけどさ……」
言いながらもボクの偽乳に手を伸ばす。
「けっこう重いな、これ」
口では色々言いながらも、実際に手にすると嬉しそうな表情をするのが、リンくんの可愛いところである。
リンくんは偽乳を下から掬い上げるように揺らした。肌のつなぎ目が偽乳と擦れて、触られているという事実が間接的にボクにも伝わる。
「リンくん」
「ん? どうした」
「たのしい?」
「おう。興味深い」
ボクはリンくんにもっと触ってもらうために、リンくんに跨るようにベッドの上に座った。
「おっと。危ないな」
リンくんは笑ってボクの体を受け止め、ベッドの奥の方に移動した。リンくんはベッドの上に完全に乗り、ボクが膝で挟んでいる状態である。騎乗位と対面座位の中間くらいの姿勢だ。入ってないけど。
ボクはリンくんに抱き着いてキスしようとしたところで、重大な事実に気づいた。
偽乳が邪魔でキスができない。
「すげぇ胸に当たるな」とリンくんは無邪気に喜んでいるけれど、偽乳はかなりの弾力性があって、全然つぶれないのである。ボクとリンくんの体の間に大きなクッションがあるせいで、触れ合おうにも触れ合えない。なんだこれ。
ボクは若干ご機嫌斜めになったけど、楽しそうなリンくんに水を差すほど野暮ではない。
「レイ」
リンくんは笑ってボクの腰を抱き、背中を抱き寄せてボクの肩口にキスをした。むぎゅうと偽乳が潰れる。
「楽しいな、これ」
あぁそうですか。
偽乳で浮いたシャツの端から、リンくんが手を入れる。腰を撫でるかと思いきや、一瞬だけ掠めた器用な手のひらは偽乳へと向かい、ボクの肩にかかる重力を軽減した。
「これすげぇな。持ってるだけで楽しい。クッション……いや、馬車の荷台にあってもいいな」
リンくんは下からの重力を楽しむと、ボクの脇から横にかけての偽乳をむにむにと摘まんだ。
「髪飾りに使うのは難しそうだが剣の持ち手もアリか。野外用の鞄にもいけるかも……耐水性と耐候性が気になるが」
リンくんは横乳(偽)を堪能した後、谷間の部分を確かめるように上下で偽乳を揉んだ。
「あーでも既に使われてる可能性はあるな。合成したのどこの店だ? スライムの<加熱>と<冷却>だけでこうはならないだろうし……新しい材料でも発見されたのかな」
目がキラキラしていてとても楽しそうである。
「リンくん、楽しそうですね」
ボクの言葉に、リンくんは、うっと言葉を詰まらせた。
「別に浮気じゃねーし!」
「ボクたち付き合ってる訳ではないので浮気も何もないですが」
言いながらリンくんの頭を引き寄せる。リンくんの顔が偽乳に埋まった。
「いかがです? ボクの巨乳おっぱいは気持ちいいですか?」
むにむにとリンくんの後頭部を押さえると、リンくんはボクの胸の中で呻いた。
「すげ~気持ちいい…………」
リンくんの股間が反応しているのではないかと、片手をリンくんの腰に伸ばす。ちょっと指をひっかけてズボンの裾からシャツを抜くと、リンくんがバッと顔を上げた。
「ひゃっ」
驚いてリンくんから距離を取ると、バランスを崩してそのまま布団の上に倒れてしまった。リンくんに押し倒される格好になった。
「うわ、ご、ごめん」
「リンくん」
布団の上に寝転がったまま、ボクはシャツのボタンを、一番上と下の三つくらいだけ外した。
「もっとボクの巨乳おっぱい、触ってください。ね?」
にっこり笑って手を伸ばすと、リンくんが覆いかぶさってきた。偽乳ぶんの高さがあるため、リンくんの上半身の体重がずっしりとボクにのしかかってくる。胸のところだけ。偽乳はしっかりとした作りなので、本物のおっぱいのように横に垂れたりしないのだ。
「レイ……」
リンくんは嬉しそうな表情で顔を近づけてくる。ボクは目を閉じて唇を受け止めようとしたその時、パキッ、という幽かな音が聞こえた。
「あ」
慌ててリンくんから距離を取ってシャツを脱ぐ。
「その偽乳、そうなってたのか……」と小さく見てくるリンくんから顔を背けつつ、慌てて偽乳を体から外した。紐とスライムの樹脂を繋げる金具が外れている。
ボクは困ってしまって、上半身裸のままリンくんに問いかけた。
「どうしましょう。偽乳が壊れてしまいました。……リンくん?」
リンくんはボクの体をじっと見ていた。
「お前、ちょっと太った?」
「と、突然何を言うのです!?」
ボクは慌てて偽乳から手を離して胸元に手を当てた。ボクにも恥じらいというものはあるのだ。
ぎゅう、と両手で胸を覆い隠し、膝をすり合わせると、リンくんは口元を緩めながらボクを招き寄せた。
「やっぱりアバラの線がちょっと薄くなったな。こっち来い」
「何を企んでいるんですか」
「エロいこと」
堂々と言われてしまうとこちらが恥ずかしくなる。
「何を言い出すんですかキミは」
「いいからこっち来い。あんまり端にいるとベッドから落ちるぞ」
うぅ、と呻きながらボクは手で胸を隠しながらリンくんに近寄った。リンくんは嬉々としてボクの腰を引き寄せると、下着と腰の境目に指を差し込んだ。ボクはリンくんの脚を跨ぐ形で膝立ちになって、リンくんの目の前に胸を差し出す形になる。シャツと偽乳がないだけでこんなに不安になるとは。
リンくんは、ボクの腰を撫でながらボクを見上げた。
「手ぇ外せ」
渋々、手を外す。
「あの、リンくん。前にも試したと思いますが、ボクは胸ではあんまり感じませんよ? 前戯はほどほどにして、下を触った方がよいのでは」
「うるせぇ」
リンくんがボクの胸にキスをした。ボクは手のやり場がわからず、とりあえずリンくんの肩をつかんだ。リンくんはボクの乳首と乳首の間にキスをし、最近少し柔らかくなった胸の皮に吸い付いた。そのまま左に移動し、左の乳首に舌を這わせる。
特に気持ちよくはない。……そのはずだ。
リンくんはボクの乳首を唇で挟みながら、ボクを上目遣いに見た。ボクはリンくんの瞳から目を離せず、じっとリンくんを見返した。前に押し倒された時と違って、光源からの光を遮るものがないぶん、リンくんの綺麗な目や濡れた舌がはっきりと見えた。
リンくんは乳首を舌でしつこく舐め、唇で挟み吸い付き、軽く引っ張った。は、と彼の吐息がボクの濡れた乳首にかかった。よく分からないざわざわとした感覚がしたが、ここまでエッチなリンくんを見たら、流石に少しは心が動くのが当然である。
リンくんはボクの左乳首を尖らせて女の子の乳首にした後で、右の乳首に唇を移動した。揉んで、揉んで、舐めて、吸って。
「ひゃっ……!」
ボクが僅かに声を上げると、リンくんは乳首から唇を離した。ボクの乳首はリンくんの唾液でてらてらと濡れていた。
「レイ、どうした?」
ボクは自分の体の異変に気付いた。心臓がどきどきしているし、上半身裸なのに体が熱い。頬に熱が上り、どうしてだか息を切らしている。
「な、なんでもないです……」
は、と熱い息を吐く。リンくんはボクの腰を撫でながら「そうなのか?」と尋ねてきた。ボクは唾を飲み込んで、リンくんの太ももの上に腰を落とした。リンくんはボクの体を引き寄せて、唇にキスをしてきた。そうだ、今日はまだ全然唇へのキスをしていない。リンくんはキスが好きなのに。
ボクはリンくんの首の後ろに手を回して、何回か唇を重ねた。舌を絡めるうちに呼吸も整ってくる。体の熱は増すばかりだが、唇にキスしている間は、胸が吸われることもない。
「レイ」
リンくんが声をかけてきたので、腰を浮かせて、ズボンを脱ぐ。リンくんもボクから体を離して服を脱いだ。
「もう一回」
両手を差し出してきたので、胸の中に飛び込む。唇を合わせるとリンくんの熱いものが太ももに当たった。ぞくり、と一瞬、知らない感覚が体を走り抜ける。リンくんの器用な指がボクの割れ目をなぞって、湿り気を帯びた入り口を掠めた。
「レイ」
首筋にキスされる。
「入れてもいいか」
はい、と言葉にならない声で頷くと、リンくんはボクの腰を抱き寄せて股間を摺り寄せてきた。
「そっちじゃないです……もうちょっと、こっち」
リンくんの男根を手のひらで誘導する。リンくんが、ちゅ、ちゅ、とボクの首筋を唇でたどった。
リンくんの濡れた先端が、ボクの入り口に触れる。
「っあ……」
口から変な声が出た。はくり、と息を吐く。
「リンくん、はいってる」
「うん」
「はいってるよぉ……」
下半身を濡れた感覚が支配する。手に力が入った。リンくんの手がボクの腰を撫でて、胸の奥底がざわめく。もう開かないと思っていた股関節がじわじわと開き、入り口からずるずるとリンくんのものが入っていく。リンくんの腰骨と、ボクの太ももがぴったり重なるまで、ボクはずっと目を閉じて熱に浸っていた。
「んー……」
うっとりと目を閉じて息を吐くと、リンくんが小さくボクの名前を呼んだ。
「レイ」
リンくんの言葉に、ボクは目を開いた。腕に力を込めて抱き着く。対面座位の姿勢だ。
「レイ、気持ちいいか」
「わかんない……あつい」
体が熱い。リンくんがボクの体を下から突き上げるように動かした。リンくんの動きに合わせて腕を緩め、腰を動かす。ゆるやかな動きに合わせて体を揺らすと、リンくんはピタリと動くのをやめる。荒い息を飲み込むようにキスをして、動く。唇を重ねながら何度か律動した後、は、とリンくんが息を吐いた感覚で、ボクは彼が達したことを知った。
「レイ、出た」
「うん…………」
リンくんの上から退くと、中から液体が溢れて太ももを伝った。
「あ、出ちゃう……」
心臓がバクバクする。火照った頭のまま、体をベッドの上に横たえた。足を伝った精液を少しでも元に戻そうと、濡れた太ももを指で拭うと、リンくんもボクの脚の付け根に指を差し込んだ。体が熱くて気持ちいい。ボクは黙って目を閉じた。二本目の指が入り口をぐっと開くのを感じて、ボクは無言でリンくんの手を払った。ただでさえドロドロなのに、下手に動いたらベッドを汚してしまう。リンくんは様々な液体に濡れた指で、ボクの乳首をつまんだ。
「すっかり、女の子の乳首になっちまったなあ」
ボクは薄目を開けて自分の胸を見下ろした。確かに、乳頭が腫れて、授乳するお母さんのような乳首になっている。心なしか乳輪も大きくなっている気がした。ボクは熱に蕩けた思考のままで、ベッドに座ったリンくんの顔を見上げた。
「ボクのおっぱいは……リンくん専用だから、女の子になってもいいんです」
「そうか」
リンくんは笑った。
明日はもうちょっとお肉を食べよう、と何となく思った。
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