最弱の魔族「趣味は読書、好きな食べ物は特にないです。」 作:夢馬
誤字報告、感想ありがとうございます!
今日は仕事の日。少し暗くなるぐらいに貧困区域に行かなければならない。だが、その前に私は借りた本を図書館に返さなければならなかった。研究などに夢中になって1ヶ月ぐらい遅れてしまっている。図書館近くに繋がる路地裏に入る。そして「隠す魔法」を使う。魔力探知が出来ない人は透明な何かが動いているようにしか見えない。
この魔法を覚えてからは、だいぶ襲われることも無くなった。正直、襲ってきた人は魔法の実験台にしていたので、ちょっと残念でもあるが。
だが、やはり哀れな貧困区域の人々とするのと比べると、嫌悪感をより覚えるので、精神衛生上良いのかもしれない。
図書館に出た。しれっと玄関を通り、返却口に行く。すると、いつもはそこにいるあの男がいなかった。何故か私が本を返却するときは必ずいるあの、親切にしてくれた男が珍しく今日はいない。
別に心配などはしている訳では無いが、ああも私と楽しそうに話す男をみると嫌でも印象に残る。
まぁいいや、とさっさと本を返すと、次は何を借りようかと考えながら
昼を図書館で過ごした。
診療所につくと、「蝋燭の魔法」で光を少しいれて、服を脱ぎ、ベットに腰掛ける。雄(雌も?)を興奮させる能力...私はこれを「本能を亢進させる魔法」と名付けた。多分、私の、魔族的に固有な魔法なのだろう。確かソリテールが固有で強大魔法を持つ魔族は七崩賢と呼ばれるらしいが...まぁ、私のこの魔法は強大とは言えないだろう。この魔法の範囲とか強度とかを試したくもある。
そんなことを考えているうちに、男が入ってきた。ここには週の終わりに来ているが、一向に病人は減らない。この区域の劣悪な住居や食事、奴隷のようにこき使われる労働環境がそうさせるのか、単に私と交尾したいだけなのかはわからないが、まぁ食い扶持には困らないから別にいいやと思っている。
可哀想とは思う。
診療所の中は薄暗い。あまり、人間の興奮した顔というのはいいものじゃないし、人によっては明るい部屋で交尾するのを嫌がる人もいるからだ。
だが、私はこのぐらいの暗さならば、日中と対して変わらないぐらいにははっきりと見える。
だから、今日、図書館で会わなかったあの男が、何故ここに居るのだろうとすぐに思った。
男は身なり的にも決して貧しい訳でもないと思った。現に今男が来ている服はここでは汚れているが、上等なものだ。だが、その容姿は以前とかなり変わってしまっている。
髪の毛はボサボサで髭も生えている。寝れていないのか眼は胡乱げで、食事も充分にとれていないのだろう、肌は荒れており、痩せていた。服さえまともじゃなければ、立派なここの住民だ。
私は困った。私はあの男の名前を知らなかった...というより覚えていないからだ。他の図書館の利用客などが彼の名前を言っていたような、彼が私に名前を伝えていたようなそんな気もするが、記憶にない。
しょうがないので、とりあえず挨拶をしておく。
「こんばんは。どうぞこちらに」
男の肩がビクリと動いた。乱れた動きをしていた目が、私の方を向き止まる。乾いた唇を動かし始める
「や、やっぱりあなたでしたか!」
彼の目に涙が浮かぶ。今にもひきつけを起こしそうなほど興奮しているように見える。そういえば、彼には私の「本能を亢進させる魔法」が効いていなかった。
「ここに来てから、周りの人が灰色の髪をもつ女性がいるとはなしてて、もしかしたらと思ったんです。」
「あはは...笑ってくださいよ」
そう言って彼は私の隣にすわる。声は乾いて、体の動きもぎこちない。
「ちょうど貴方が前に本を返しに来て、貴方と話したあと、この街の有力者の娘さんが来ましてね。あ、その娘さん、ブレンネンと言うんですけど...」
彼はつらつら、今までの苦悩を吐き出すように語り始めた。
まとめると、ブレンネンという女の誘いを断り、その女の怒りをかってしまったらしい。そして、ここに追い出されてしまったとのことだ。
正直、そんなつらつらと喋っても頭に入らない。
「僕、貴方に一目惚れしたんです。」
私は彼の顔を見た。真っ直ぐな瞳をしていた。嘘では無いのだろう
「だから、断った。彼女と結婚をすれば、僕みたいな一般市民...今は違いますけど...でも将来どころか子孫まで安泰でしょう。」
「でも、貴方のことが頭から離れなくて...」
あぁ、可哀想だなぁと思う。この男に私の魔法は十分すぎるほど効いていたのだ。
「なんででしょう。執念深さ、性格の悪さで有名なブレンネンに対してあんな態度をとれば、ただではすまないと分かっていたはずなのに。」
「フェーラァさん、どうしてこんな所でそんなふうに働いているんです。」
彼はそういって、私の体を少し見て、目を背けた。
「お金が無いから。貴方が私に見つけてくれた、家が気に入ったから、大家さんにお金を払わないといけないから。」
まぁ、後は本を買うためでもある。
「こんなことをしなくたって、僕が払っても良かったんですよ...」
「いや、もっと広い家に2人で...」
男はぶつぶつと言う。この男は大丈夫だろうか?1度、癒してあげた方がいいのかもしれない。
「ねぇ、ええと」
「エーレンド」
「はい、エーレンドさん。私が見るに貴方は正気ではありません。」
「そうかな?でもしょうがないじゃないか、なぁ?」
「えぇ、ですので1度、私と交尾しましょう。私は交尾することで人間の病気などを治すことができます」
私は悪意なく、むしろ親切心みたいなものでそういったつもりだった。だが、彼は私の言葉を聞くと、急に激昂した。
「ふざけないでくれ!」
彼は立ち上がり、その目は血走っていた。
今にも、そのそれなりに整っているような感じがする顔には、私が知らない表情が浮かんでいだ。怒り、の表情に似ていた。
しかし、それだけだった。こんどは苦悶の表情、ここでは珍しくない感情が顔に浮かんだ。
「いや、いや、違うんだ。僕が悪い?なんで、なんでこんなことに?」
「すみません、エーレンドさん。このままでは他の人達が入って来れません。どうしますか、私と交尾しますか?したくないのですか?」
私は少し彼のことを面白い人間だと思った。ころころと表情を変えるからだ。こんどは困惑と苦悩、そして怒りが強く入り交じったような表情になっていた。
結局、彼は何もせずに帰って行った。さようなら、と言ったが、彼は挨拶を返さずに、ぎこちなく体を動かしながら暗闇に消えていった。あのままの調子では、この劣悪な環境ではそう遠くないうちに死んでしまうだろう。
ブレンネン、という女は酷いやつだと思う。優しかった彼にあんな仕打ちをするのだから。人間というのは面白いものだ。
さっきの彼の姿と、今までの彼の姿が同じ人間というのが、不思議だ。たが、同時に哀れだと思う。
もっとも、私の「本能を亢進させる魔法」のせいでもあろうが...これも不思議だ。効果が発揮された時、襲うなりすればよかったのに。
人間が書く恋愛小説を読んだことがあったが、どうも私には理解できなかったし、これは私の研究対象にするべきことなのかもしれない。
ソリテールの言ったことが、呪いのように私の頭に反響する。
私は魔族である、はずだ。
大柄な男が入ってきた。
まぁ、今は仕事に集中しよう。彼が長話をしたせいで、今日は遅くなるかもしれない。
私は、「本能を亢進させる魔法」をその男に使う。
にやにやとしていた男の顔は、一瞬真顔になり、そして獲物を狩るような目を浮かべ、口元が強ばり始める。
男は私に近づき肩を、思いっきり握り、乱暴に押し倒した。
鼻息が目にかかる。
そう、本来、この魔法をかけた人間はこうなるべきなのだ。
つくづくエーレンドは不思議な男だと思った。
エーレンド、可哀想な男。