夕日が眩しく、澄み渡った空気の中。白銀御行は、生徒会室の机に座り、学校での仕事を終えてひと時の休息を楽しんでいた。
すると、生徒会室に1人の少女が入ってきた。
「こんにちは……先輩、一人だけですか?」
声の主は、伊井野ミコだった。
「おお、伊井野か。今日はもう俺以外帰っているぞ。」
「そうでしたか……」
ミコはそう言うと、御行のところに歩いてきた。
御行は、ミコの顔が憂いを帯びている事に気づいた。
「どうしたんだ? 悩みでもあるのか?」
御行が尋ねると、ミコは彼女が片想いしていた石上優と子安つばめの交際がとても順調に進んでいる事を告げ、自分の中で祝福したい気持ちと落ち込む気持ちが両方膨らんで苦しい事を打ち明けた。
「……そうか、それは辛いな……」
御行も一学年年下の親友と言っていい石上の恋は応援していたし、その思いが成就したことは心の底から祝福している。
だが、その石上に片想いしていたミコのケアもしているうち、彼女の悩みや苦しみにも心を寄せる様にもなっていた。
「先輩、私、辛かったらどうしたらいいかわからなくて……」ミコの声は、少し震えていた。
「俺に、何か出来る事は無いか?」
「……私を、抱きしめて下さい」
一瞬迷うが、震えるミコを放っては置けない。
仮に石上と子安つばめの関係が成就していないのであれば流石に拒否しただろうが、2人が結ばれた以上今ミコを支えられるのは自分だけなのだ。
…………それに、御行もかぐやに振られていた。今は大分気持ちの整理がついたが、ミコの気持ちには共感するし、自分も寂しさを支える温もりが欲しかったのかもしれない。
御行は、ミコを優しく抱きしめた。すると、ミコの身体の震えが少しずつ止まってきた。
「大丈夫、収まる迄一緒にいてやる。」
御行は、ミコを抱きしめたまま、ふと生徒会室の窓に目を向けた。そこには、夕焼けが赤く染まった空が広がっていた。
その瞬間、ミコが背伸びをし、御行の頬へ唇を付けた。
「……伊井野?」困惑する御行へ、更にミコは告げる。
「もっと、気を紛らわせる事がしたいです。前にほら、キッスの話をしていましたよね?私を落ち着かせるキッス、して貰えますか?」
潤んだ眼で訴えるミコに、迷いつつも、放っておけない気持ちが勝った御行はこう答えた。
「解った、伊井野、俺に任せろ」
そして、今度は御行の方から、ミコの頬に口づけをした。
「これで良いのか?」
顔を真っ赤にして戸惑う御行だったが、一方のミコは笑顔になり、「はい!ありがとうございます!」と答えた。
「良かった。元気になってくれて嬉しいよ」
安堵しながら御行も笑ったが、次の瞬間、ミコは再び御行へ抱きつき、彼の唇を奪った。
突然の出来事に驚く御行だが、彼女の温もりを感じているうちに落ち着いてきた。
(あぁ……伊井野の匂いだ)
その匂いを嗅いでいるうち、御行の心には新たな欲望が生まれてきた。
(そうだ……この前見たドラマでは、キスの後、二人はそのままベッドインしていたっけ。現実とドラマは勿論違うけれど、もし、ここからその先に進めるとしたら―――?)
そこまで考えたところで、御行は我に帰った。
(俺は何を考えているんだ!?)
慌ててミコから離れようとするが、既に遅かった。ミコは彼の首の後ろに手を回し、離れようとしないのだ。
「おい、伊井野……」
唇をなんとか離して抗議するが、ミコは聞く耳を持たなかった。
「駄目ですよ、先輩。もう少しこのままでいて下さい」
ミコは甘えた声で言いながら、尚も強く彼を抱き締めてくる。
(そんな事を言われても困るぞ……。こんな所を誰かに見られたら大変な事になる。でも、もし拒めば、伊井野を傷つけてしまうかもしれないし……一体どうすればいいんだ!?)
混乱しながらも、何とか冷静になろうとする御行。しかし、一方でミコの方は、自分の想いを抑えられなくなってきたようだ。
ミコは御行の首筋に顔を埋め、彼の耳元で囁いた。
――大好きです。先輩。
(……!!)
その言葉を聞いた途端、御行は心臓が止まりそうになった。彼は今、自分が最も恐れていた状況に陥ってしまった事に気づいたからだ。
生徒会室は密室で二人きり。しかも、ここは学校の中で一番人目につきにくい場所に位置している。おまけに、相手は自分のことを慕ってくれている後輩の少女なのだ。
もしここで一線を越えてしまえば、もう後戻り出来ないだろう。
だが、その一方で、御行は心の何処かでこの状況を喜んでいる自分に気づいてもいた。
夕日に当てられたミコのとろんとした表情は、これまでに無く魅力的だった。
四宮かぐやが夜の月光を浴びる時に最も美しく輝くとするなら、ミコをそうさせるのは夕日の光と、そう思えた。
(これはマズイ事になったな……。だが、俺だって男だ。ここまで来た以上、覚悟を決めるしかないか!)
御行は意を決すると、ミコを強く抱き返した。
すると、ミコもまた、嬉しさを堪えきれないといった様子で、再び御行の唇へ口付けをした。
その柔らかい感触と共に、御行の理性は溶けていった。
一瞬の間、夕日が映す二人の影は一つになっていたが、一旦身体を離した。
互いに息が乱れていたが、ミコの顔を見ると、彼女は照れながらも幸せそうな表情を浮かべていた。
一方の御行も、緊張しつつも満足げな微笑みを返し、もう一度彼女を抱きしめた。
――ミコの身体は小さくて柔らかくて、そしてとても温かかった。
ミコも、御行の腕の中で安心感を覚えたようだった。