飽きるまで交わってからバスルームを出るともう夕方になっていた。真也はぐったりと脱力した立城を両腕に抱えて寝室に向かった。立城は眠っているのか、目を閉じている。
静かにベッドに立城を横たえる。疲れの滲んだ横顔をしばし眺めてから、真也は立城の身体に毛布をかけた。幾ら暖かくなってきたとは言ってもまだ三月だ。裸に毛布一枚では寒すぎる。真也はベッドの足元に畳んであった布団を取り上げ、出来るだけ静かに立城にかけた。だが立城が目を覚ます気配はない。
寝室を出て伸びをする。先ほどまでのことを思い出しながら真也はにやにやと笑った。自室に入って手早く着替える。使った道具を引き出しにしまいこんでから真也は部屋を出た。
空は重く曇っている。なのに真也の心は冴え冴えと晴れ渡っていた。これまで感じたことのないほどに満ち足りた気分だ。それが立城と交わっているからなのだということを真也は自覚していた。
「そーだよなー。同じ真似、別の女にしたら張り倒されるだろうしなー」
何とはなく呟いて真也はにやつく頬を手で押さえた。俯いた真也の側を主婦らしき女性がベビーカーを押しながら過ぎる。どうやら不審には思われなかったらしい。真也は肩越しに女性の様子を伺ってからほっと息を吐いた。マンションの住人なのだろう。そのまま女性は真也の出てきたエレベーターホールに向かって行く。真也は小走りにマンションの敷地を抜けた。
よく知ってる相手だから好き放題だし。真也は立城との交わりによってどうして満たされているのかをそう理由付けていた。この時の真也は他に理由を思いつけなかったのだ。
機嫌よく歩きながら真也は立城のことを思い出した。普段の静かで柔らかな物腰からは全く想像できないほどに立城は乱れていた。自分からは決して求めることがなかった立城が必死で真也を求めたのだ。情欲に囚われた立城は我を忘れていた。その様を思い起こしながら真也は口許を手で覆った。下手をすると笑い出してしまいそうだったのだ。
「あぶねー。一人でへらへらしてたら変態みたいだろが」
ぼそりと呟いて真也は足を止めた。ほどなく走ってきたバスに乗り込む。座席に腰を下ろしてから真也はジャケットを探った。ポケットから小さな手帳を取り出す。
これくらいは持っておいた方がいいよ。いつだったか立城がそう言ってプレゼントしてくれた手帳は、小さいながらも上質な紙で作られているためにメモを書き留められるページが多い。真也は後ろから手帳をめくって記されているアドレスを目で辿った。
三十分ほど走ったところで真也はバスを降りた。賑やかな人々の声が満ちる街もすっかり日が暮れている。真也は手帳を片手に公衆電話に向かった。アドレスを見ながらダイヤルする。ほどなく目的の相手が出た。
『……はーい。どなたー?』
寝ぼけた声に苦笑しつつ真也は受話器を肩と頬の間に挟んだ。手帳を閉じてポケットにしまいこむ。
「真也です。こないだはどうも」
『えっ。嘘、ホントに? うわあ。めっずらしいわねえ。真也君から電話してくるなんて』
急に相手の声がはっきりする。一気に目が覚めたようだ。くすくすと笑いながら真也は頷いた。
「ちょっとね。頼みたいことがあるんだけど」
『おっけーおっけー! 今どこ!? すぐ行く!』
弾んだ声に笑いながら真也は自分のいる場所を報せた。電話を切って二十分も経った頃。
「おーい! 真也くぅーん!」
たくさんの人が行き交う横断歩道を大きく手を振りながら一人の女が渡ってくる。真也は片手を上げて返事をした。近づいてきたのは麗花だ。どんな早業なのか、麗花はいつものようにきっちりと身なりを整えている。
「さてはタクシー使った?」
「いやあねえ。車回してくれる男には苦労してないのよ、私」
二十四時間どこでもタクシーってね。そう言ってからからと笑いながら麗花が真也の背中を叩く。真也は苦笑いしながらまずは喫茶店に入った。落ち着いたクラシック音楽の流れる喫茶店にはまばらに人が入っている。外を行き交う人は多いのに店が空いているのは、茶の一杯にかなりの金がかかるからだ。
麗花はミントティ。真也はストレートのダージリンティを頼んだ。ウェイターが行儀よく一礼して去る。そこで初めて麗花は真也に問い掛けた。
「それで? 頼みってなあに?」
身体関係は高いわよぉ。潜めた声で笑いながら告げた麗花に真也は首を振った。プロの麗花に性欲処理を頼むほど高いものはない。そのことは真也もよく承知していた。
「違いますって。それにそっちは苦労してないし」
「うわ、生意気。まあでも、顔見たらそれっくらい判るわよー。今の真也君、すっごくいい顔してるもの」
そう言いながら麗花はにやりと笑う。確かに充実はしているのだろう。これまでに感じたことのないほど満ち足りた気分なのだ。だが真也は麗花にそのことを説明はしなかった。苦笑を浮かべて適当に受け流す。
その日のうちに別の女性と出かけるとかww
ちなみにこの話は昭和の設定だったはずです。
なので携帯電話とかスマホはありません。