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下着店で一時間ほどを過ごした後、二人は別の店に入った。今度こそ間違いなく衣服を売る店だ。だが店先で真也は戸惑いに足を止めた。
「……あの、麗花さん? ここって」
「そうー。女の子の憧れ、超一流ブランド店よん」
だから散財、か。真也は内心で呟きながら思わず呻いた。何しろ商品につけられている値段が余所の店とは一桁以上違うのだ。店内に入ってすぐのところに飾られたバッグを見ながら真也は眉を寄せた。だが麗花は多分、店を出ようとは言い出さないだろう。麗花は真也が学生にあるまじき金額を持ち合わせていることを十二分に知っているのだ。
吉良瀬財閥。その名は世間では有名すぎるほどに有名だ。一族の殆どが絶えた今、その財閥の当主を務めているのは立城だ。だが立城は表立って当主として動いてはいない。今は信用できる人間に会社経営やその他の事柄を預けているのだ。
だが二人に莫大な資産があることには変わりない。真也は財布にどのカードが入っていたかを思い出しながら麗花に歩み寄った。顔なじみなのだろう。麗花は店員と楽しそうに話をしている。真也は控え目に麗花に声をかけた。
「本気でここで買うんすか」
「なによぅ。怖気づいたの?」
笑顔で振り返った麗花に真也はため息をついて首を振った。値段はいい。払える金額だ。が、飾られている服はどれも派手なデザインで、先に購入した下着のことを考えるとミスマッチな気がする。真也は麗花の耳に口を寄せてそう囁いた。
「ふふふ。だいじょぶよん。あ、すまないけど例のもの出してくれる?」
「かしこまりました。今しばらくお待ちくださいませ」
恭しく一礼した女性店員が身を翻す。真也は憮然としつつ麗花と店員を見比べた。店員は振り返りもせずに店の奥に引っ込んでしまう。
「麗花さんってば」
「だーからあ。私のお気に入り、とっときを見せてあげようってんでしょお? 何をそんなにうろたえてるのよー」
「麗花さんのとっておき……?」
激しく嫌な予感を覚えて真也はひきつった。何しろ麗花は普段からデザインのはっきりした派手なものを好んで身につけているのだ。シックな色使いの服を着ていても派手に見えるのは、恐らく麗花の容姿や化粧の仕方によるものなのだろう。そんな麗花のとっておきなのだ。真也はド派手な衣装をイメージしてこめかみを押さえた。思わず呻く。麗花はそんな真也の背を叩いて小さな声で笑った。
しばしの後、先ほどの店員が二人の傍に戻ってきた。真也は店員の手にした服を見て絶句した。滑らかな生地のそれは真也が思うのとは全く違い、シックでシンプルなデザインだった。淡い上品な藤色のワンピースを麗花が手にする。
「どうよ? これ」
「どうよって……麗花さん」
困惑して真也はワンピースと麗花とを見比べた。麗花は手にしたワンピースを胸元にあてがい、その場でくるりと一回転してみせた。柔らかな生地で出来たスカートの裾がふわりと広がる。
「どうしたんすか、これ。麗花さんらしくないっていうか……」
「しっつれいねー。真也君が好きかなーとかって思ったから、わざわざ特注したんじゃないのさ」
つまり麗花はそれを着た状態で真也と会おうとしていたらしい。真也は目を丸くして麗花を凝視した。どう見ても今の麗花とその服が合っていない。麗花の派手さにワンピースがどうしても負けてしまう。
「特注? わざわざ?」
「ああら。女は幾つになっても乙女心を持ってるもんなのよー? そんな、宇宙人みるような顔しなくってもいいじゃないのぉ。だいたいねえ」
頬を膨らませて唇を尖らせてから、麗花はふと言葉を切った。店員は既に二人からは離れている。どうやら気を利かせたつもりらしい。真也はいつの間にかその場からいなくなった店員を目で探した。
「この間、真也君を見かけたじゃない。ちょっと懐かしくなっちゃって」
「あ? ああ、美鈴といた時か」
答えてから真也は麗花に目を戻した。そこで仰天する。麗花の顔にはいつもの高飛車な表情はなく、変わりに穏やかな優しい笑みが浮かんでいた。その表情に立城の柔らかな微笑みが重なる。真也は慌てて目をこすった。
「学生時代にねー。もう、私って働いてたからさあ。今みたいなハデハデな格好してたのよねー」
「そう言えばそうっすね」
大学生だった麗花に声をかけられたのが数年前だ。その時にはもう、麗花は今と大して変わらない格好をしていた。だから最初、真也は麗花が大学生だというのを信用しなかったのだ。
「でもね。ほんとはこういう服とか着てみたかったのよ。ま、似合いやしないって判ってはいるんだけどねぇ。……あら」
語る途中で麗花は不思議そうに真也を見た。真也は無意識のうちに神妙な面持ちになっていた。麗花が生半可な経験をしていないことは判る。学生時代に働かなければならなかったのも、恐らく麗花の背景に複雑な家庭の事情があったからなのだろう。もちろん真也は麗花の過去について詮索したことはない。だがその程度のことは容易に想像できた。
「いやあん。そんな暗い顔しないでよぉ。べっつに私は気にしちゃいないから」
「でも」
いつもの調子で笑いながら麗花が真也の背を叩く。だが真也は真っ直ぐに麗花を見ることが出来なかった。恐らく麗花はその服を着るのを楽しみにしていたに違いない。そうでなければわざわざ特注して作らせる理由もない。なのに麗花はその服を真也に譲ろうというのだ。
「麗花さん、俺」
やっぱりいいよ。そう言おうとした真也の肩に麗花が手をかける。するりと身を寄せた麗花は悪戯っぽく笑いながら真也の耳元に囁いた。
「お代は身体で払ってもらうわ。ここのとこ飢えてるのよね、私」
うそばっか。麗花さん、もてるじゃん。男には苦労してないだろ。
そう言いたいのを堪えて真也は苦笑した。了解と片手をあげる。麗花は妖しく微笑んで真也の手にワンピースを押し付けた。
当時はバブル前か、バブル中でしたからね!
ブランド系とかは強かったです。