鳥の声がする。真也は薄く目を開けて顔をしかめた。頭がやけに重い。低く呻きながら身体を起こした真也は疲れた息を吐いてから大きく伸びをした。身体を捻って関節を鳴らしてからベッドを降りる。
寝室を出た真也は身支度を済ませてキッチンに向かった。盛大な欠伸をしながら目を擦る。時間は十時。昨日の晩、何時に眠ったのか覚えていないが、普段眠る時間を考えたらたっぷり睡眠はとっている筈だ。なのにやけに眠い。
「……うぃーす。はよ」
間延びした挨拶をしながらキッチンに入った真也を立城が笑顔で迎える。真也はいつものようにテーブルについて新聞を手にとった。立城はかいがいしく料理を作っている。
「……んー? あれ?」
新聞から何気なく目を上げた真也は、立城の手に見慣れないものを見つけて眉を寄せた。
「おい、どうした、その手」
「え?」
キャベツを手にしていた立城が真也を振り返る。それから立城は穏やかな笑みを浮かべて首を傾げた。相変わらず男のくせに妙に優しい感じがする。そんなことを思いながら真也は立城の返事を待った。
「ちょっと包丁で切っちゃって」
「はー? そんっくらい力使ってぺぺっと治せよ」
呆れて言いながら真也は立ち上がった。途惑った顔をしている立城の手を無造作につかむ。左手の薬指に巻きつけられたばんそうこうはかなりくたびれている。あーあ、と情けない声を上げて真也は断りもなくばんそうこうを剥がしにかかった。
「……ちょっと力を使えない事情がね」
「あんだ、そりゃ。っと、剥げた。……なんだ、これ?}
立城の左手の薬指の根元にはばんそうこうの跡が白く残っている。手のひら側に小さな切り傷の痕を見つけた真也は眉を寄せて立城を見た。
「んな、ばんそうこうなんてはっつけなきゃならん怪我でもねえじゃねえか」
「そう、かな」
呆れたように言った真也に立城が苦笑する。おいおいと呟いて真也は剥がしたばんそうこうを丸めてごみ箱に放り投げた。弧を描いたばんそうこうがストレートにごみ箱に落ちる。
「貼るんなら新しいの貼っとけ。確かどっかにばんそうこうが……」
「あ、ここにあるよ」
そう言って立城が着けていたエプロンのポケットからばんそうこうの箱を取り出す。真也はひったくるようにして箱を取ると中身を一枚だけ出した。
「変なやつ。持ってるんならとっとと貼り替えろよ」
「何となくもったいなくてね」
肩を竦めた立城に舌打ちをして真也は手を突き出した。怪訝そうな顔をする立城の左手を取る。裏紙を剥がしたばんそうこうを立城の指にあてがおうとした真也はふと手を止めた。
薬指の根元の白い部分がまるで指輪のように見える。ふうん、と呟いて真也は先に貼ってあったのと同じ位置にばんそうこうを貼り付けた。
「ありがと」
小声で呟いて立城が左手を大事そうに右手で包む。真也はばんそうこうの箱を立城に突き返して鼻で笑った。
その日は朝から空は快晴だった。真也はアドレス帳から適当な名前を選び出して電話をかけた。真っ先に捕まったのは麗花だった。出かけてくると立城に告げて真也は早速街に繰り出した。
通りには春色の服に身を纏った女性たちが増えつつある。真也はいつものように駅前で麗花と落ち合った。その日、麗花は珍しく周囲の女性たちと同じように春色の柔らかなイメージのスーツに身を包んでいた。
「お、どしたの、それ。珍しいけど似合いますよ」
手を振りながら駆けて来た麗花にそう告げる。すると何故か麗花は顔を少し曇らせた。だがすぐににっこりと笑ってありがとうと告げる。
それから二人は仲良く腕を組んで映画館に入った。流行の洋画を一緒に観てお茶を飲みに喫茶店に入る。しばらく映画の話をしていた二人だったが、とある拍子に沈黙が二人の間に下りた。
ふと麗花が真也を見つめて呟く。
「……真也君、彼女と別れちゃったの?」
「は?」
真顔で真也は問い返した。すると麗花が困ったように笑いながらストローでレモンスカッシュをかき混ぜる。小さな気泡がグラスの内側で弾ける。
「だってぇ。いつもの真也君に戻ってるからあ」
「あ? ええと?」
麗花は拗ねたように唇を尖らせている。真也は真面目に麗花の言ったことを考えた。心当たりがあるのは美鈴だが、美鈴とは喧嘩別れしたっきり会っていない。
「うーん。たぶん……別れたことになるのかな」
「あーん、それってばちょっと残念ーっ」
すかさず麗花が言い返す。そんな麗花の返事に真也は本気で訝りを覚えた。これまで麗花が真也の付き合う女性についてコメントしたことはない。強いて言えば先日、ホテル街で美鈴と一緒のところでばったり出くわしたくらいか。だがそれにしてもわざわざ麗花が口にしなければならないほど、美鈴が珍しい訳じゃないだろう。内心、首を傾げつつも真也はそれ以上は何も言わなかった。
この話は大晦日に終了になります。
……元旦までに次の話を仕込めるか不安ですが頑張りますw