※この作品はR-18です。

エンゲージリング   作:伊駒辰葉

39 / 40
エロシーンはありません。
このエピソードで終わりです。


エンゲージリング 38

 少しはやいけど、と言いつつ麗花はお決まりのコースを要求してきた。軽く返事して真也は行きつけのホテルに向かった。麗花の好きな部屋で一緒に風呂に入り、互いに身体を洗いあってからベッドに倒れこむ。

 

 事を終えた後、麗花は深々とため息をついた。満足からくるため息でないことは真也にもよく判った。麗花は何かをとても残念に思っているらしい。さすがにここまでくると真也も気になってしまい、麗花に理由を問い質した。

 

「んー……。ホントはねー。他の女にそゆこと言うの、やなんだけどぉ」

 

 真也の腕を枕にして横たわった麗花が呟くようにして言う。

 

「正直ねー、真也君っていい女つかんだんだろうなあって思ったのよ」

 

 いい女をものにすると男が上がるもの。そう言って麗花が小さく笑う。だが真也は言われている意味が判らなかった。美鈴とは確かに寝た。だがそれは一度きりだし、麗花が羨むほどいい女だとは思えない。ちょっと見てくれの整っている、どこにでもいる女。それが真也が美鈴に抱いている印象だった。

 

「まあ、いっか。良かったのは確かだし」

「……の割にはかなり残念そうでしたけど」

 

 そう言いつつも真也はしなだれかかって来た麗花を避けなかった。麗花の好きな体位で、麗花の好きな愛撫をし、一緒に果てる。いつものように抱いているつもりでも真也の心の中には一抹の不安があった。

 

 真也は立城と過ごした一週間のことを忘れていた。しかも立城との関係についてだけ記憶が抜け落ちているのだ。女性の姿をとっていた立城のことすら記憶にない。だがそのことを真也は当然、知らない。

 

 もやもやとした気分を抱えたまま、真也は麗花に連れられてとある宝石店に入った。注文していたアクセサリーが届いたとかで麗花は店員と話をしている。それを横目に見てから真也は何気なくガラスケースの中を覗いた。

 

 シンプルな指輪が目を引く。プラチナのリングを見ていた真也は傍の店員を呼んでケースから指輪を出してもらった。指に嵌めてみるとぴったりとサイズが合う。

 

「あらぁ? 真也君、それ買うの? ……って、えらく味気ないデザインね。もうちょっと可愛いのにしたら?」

「あ、うん……でもこれでいい」

 

 支払いを済ませた真也は指輪ケースを無造作にズボンのポケットに突っ込んだ。麗花は目的の品をきっちり受け取ったらしい。いつの間にか麗花の耳には小さな赤いピアスがはまっている。

 

 夕暮れが深くなった頃、真也は早々に麗花と別れた。麗花はこれから仕事なのだ。人の増えた通りを横切ってバス停を目指す。小走りに横断歩道を渡り終えてふと足を止める。傍にある公衆便所を何気なく横目で眺めてから真也はまた走り出した。バス停に停まっていたバスに何とか乗り込む。真也が乗った直後にバスは発進した。

 

 マンションに戻るとすっかり辺りは日が暮れていた。西の空にほんのりと赤い色が残り、東の空からは月が現れている。真也は急ぎ足でマンションのエレベーターに乗り込んだ。最上階に辿り着いたところでエレベーターのドアから走り出る。

 

 いつものようにチャイムを鳴らす。だが応答がない。何度か試しにチャイムを押してから真也は鍵を取り出した。どうやら立城は眠っているかちょっと出かけているのだろう。また、無茶しやがってと呟いて真也は玄関をくぐった。

 

 広い玄関から廊下に上がり、真っ直ぐにリビングを目指す。廊下を歩いていた真也は物音に足を止めた。

 

「……あ?」

 

 立城の寝室のドアが内側から開く。真也は出てきた立城に声をかけようとして硬直した。立城はシャツ一枚を羽織って欠伸をしている。珍しくシャツははだけたままだ。おまけに下着すらつけていない。

 

「おいおい、どんなカッコだよ」

「あ、おかえり、真也」

 

 二度目の欠伸をしながら立城が言う。珍しいなあ、と笑おうとした真也は開いたドアの向こうに見えた光景に絶句した。ベッドに誰かが横たわっている。

 

「お、おい」

 

 声を潜めて真也はベッドを指差した。立城がのろのろと振り返ってああ、と笑う。静かにドアを閉じた立城は悪戯っぽく真也に笑いかけた。

 

「まあ、そういうことだよ」

「って、大丈夫なのか、お前。そ、その……」

 

 立城が女を連れ込んだことについては特に問題はない。だが今の立城はいつもの姿のままだ。髪と瞳は紫色をしているし、頭には角もある。大抵の女性はそんな姿を見せれば驚愕するだけではすまないだろう。

 

 真也の言いたかったことに気付いたのか、立城は首を横に振った。

 

「ああ、平気だよ。僕の昔からの知り合いだから」

「昔ってお前……」

 

 立城はずっと閉じ込められて外には出られなかったのだ。一体、どうやって誰かと知り合うというのだろう。吉良瀬の家の者とは知り合っていたかも知れないが、彼らは過去に死んでしまっている。今会うことは不可能だ。

 

 やれやれと肩を竦めて立城がドアに寄りかかる。肩越しにドアを指差して立城は真也に顎をしゃくった。

 

「そんなに気になるなら会っていけば?」

「阿呆。知らない裸の女に近寄れるか」

 

 顔をめいっぱいしかめてそう言ってから真也は乱暴に立城の手を取った。朝張り替えたばかりのばんそうこうが指に巻きついている。

 

「え? ちょっと、真也」

 

 ばんそうこうを剥がしにかかった真也に立城が慌てた声をかける。だが真也はそれを無視してばんそうこうを剥がし取った。ポケットから指輪のケースを出して中身を取り出す。驚きに目を見張る立城の薬指に真也は買ってきた指輪をはめ込んだ。

 

 プラチナのシンプルな指輪が明かりを反射して光る。

 

「どーせ傷を隠すつもりだったんだろ? んなら、ばんそうこうなんかじゃなくてそれつけとけ」

「……あのね、真也。僕はいま女の人といるんだけど? 誤解されたらどうするの」

 

 奇妙な怒りが込み上げる。真也は立城を指差して叫ぶようにして言った。

 

「やかましい! いいからつけとけ! 外したら殴る!」

 

 そう言い捨てて大股でリビングに向かう。苛々した足取りで歩く真也の後ろで立城がふわりと微笑を浮かべる。だがそれを真也が見ることはなかった。




みなさま、よいお年をお迎えください!
ありがとうございました。
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