エロシーンはありません。
一緒に夕飯を摂った時も、最終の映画を観た時も美鈴はどこか落ち着きを欠いていた。そんな美鈴を尻目に真也はのんびりとくつろいだ時間を過ごしていた。欠伸をかみ殺してポップコーンを口に放り込む。音を立てないように飲み下してコーヒーを啜る。
スクリーンでは俳優たちが恋愛物語を演じている。お決まりのベッドシーンになだれ込んだところで美鈴が息を殺す。真也は美鈴を横目に見ながら無造作に手を伸ばした。緊張しきっていた美鈴の肩に腕を回す。
「きっ、吉良瀬くん!?」
出来るだけ潜めた声で美鈴が呼ぶ。だが真也はそれを無視してスクリーンを眺めた。腕の中で美鈴が身体を強張らせているのが判る。
「やっぱ、普通の映画じゃ隠すよなあ」
濃厚な口づけを交わす恋人同士が白い布団の下で身体を重ねている。……のだが、実際にはその振りをしているのだろう。美鈴を腕に抱き寄せながら真也はぼんやりとスクリーンを眺めていた。
二時間弱で映画は終わった。閉館のアナウンスに促されて映画館を出る客に紛れ、真也と美鈴も夜の街に出た。辺りは人の声と立ち並ぶ店内から漏れる賑やかな音楽に満たされている。人ごみの中を滑るように歩きながら真也は何気なく隣の美鈴の様子を伺った。
「……右手と右足、一緒に出てんぞ」
「へ!? う、うそっ」
慌てた声を上げて美鈴が頬を両手で包む。映画に触発されたのか、それとももっと前からなのかは判らない。だが確実に美鈴は緊張している。真也はため息をついて美鈴の肩を強く抱き寄せた。手に握ると美鈴の肩はいつもよりやけに細く思える。
「それに喋らないし。いつもだったらすげえ賑やかに話してんじゃん」
「そ、それは」
戸惑ったように美鈴が周囲を見る。だが街を行く人々は二人に興味を示してはいない。何しろ街中には若いカップルはごまんと溢れているし、この時間にその通りを行き来する目的など限られている。つい、隠したって無駄無駄と言いそうになってしまい、真也は慌てて唇を引き結んだ。
やがて道の両脇に並ぶ店がまばらになってくる。その頃になるとさすがに少しは人の声が鎮まり始めた。歩く人の足音も耳に入り始める。真也は黙って歩く美鈴に話し掛ける気にもならず、同じように無言で歩いた。美鈴は最初から真也について歩くことに決めていたのだろう。どこに行くのかも訊かれない。
大きな通りを折れて暗い路地に入る。記憶を辿って真也はとあるビルを目指していた。この辺りには値段の割に洒落たブティックホテルが多い。
「あら。真也君?」
不意に背後から聞こえてきた声に真也はぎくりと身体を強張らせた。隣を歩いていた美鈴が怪訝そうな顔で真也を見る。真也は嫌な予感を覚えて恐る恐る振り返った。細い路地に一人の女が立っている。ピンクのスーツを身につけた女が細身の煙草を咥えて真也に手を振っていた。
「うわあ、久しぶり。元気そうねー」
きゃらきゃらと笑いながら女が真也に歩み寄る。さすがにその段になると美鈴の機嫌が悪くなった。しかめ面で女と真也を見比べる。真也はため息をついて女に片手を上げた。
派手なピンクのスーツはいつだったか真也と一緒に仕立てに行ったものだ。真っ赤な口紅にめりはりの効いた化粧も相変わらずで、真也はふと時が遡ったような錯覚を味わった。スーツと揃いの色のピンヒールが女が歩く度に硬い音を立てる。
「元気っすよ。麗花さんも元気そうで何より」
ちなみに女の麗花という名前は俗称だ。だが真也は麗花の本名についてはさして興味を持っていなかった。麗花の方も名前には大してこだわりがなかったらしい。何度か真也と共に朝を迎えたきり、互いの連絡先も教えあわないままになっている。
「……吉良瀬くん。この人、誰」
「うわあ、こっわーい。大丈夫よ、お嬢さん。私は真也君の姉みたいなもんだから」
嬉しそうに笑いながら麗花が美鈴に頷いてみせる。説得力ないって、と内心で呟いて真也は恨めしさをこめて麗花を睨んだ。だが麗花は真也が何事かを言う前に全て悟っていたらしい。挨拶ついでの話を二、三ほど交わしたところでさっさと身を翻す。
頑張ってね。麗花は唇の動きだけで真也にそうメッセージを残すとその場から立ち去った。
「いまの、なに」
「知り合い」
憮然とした美鈴の質問に真也は更に憮然と返した。まあ、ここで怒るなら別にそれでもいっか。どうしてもやりたいわけじゃないし。だが真也のそんな思いとは裏腹に美鈴はそれ以上は何も訊ねなかった。
路地を奥に入ったところに柔らかな白い光が灯っている。目印の灯りを見つけて真也は無言で前を指差した。ブティックホテルとは思えないくらい、その玄関は落ち着いた作りをしている。ホテルを囲むように植えられた背の低い木はつつじだ。
「普通のホテル、みたい」
先ほどの麗花との遭遇で損ねた機嫌は元通りに回復したらしい。美鈴は奇妙にはしゃいだ声でそう言った。
「そっか? ま、入ってみれば判るかな」
美鈴の肩を抱いたまま、真也はブティックホテルに入った。見慣れたパネルと向き合う。さすがに玄関を入ってすぐにそんなものがあるとは思わなかったらしい。美鈴が息を飲んで壁にあるパネルを見上げている。
「どこにする?」
「どっ、どこって」
上ずった声で答えた美鈴に苦笑して真也は数種類ある部屋の中から一室を選んだ。白と黒のツートンカラーを基調にしたシックな部屋だ。戸惑う美鈴を余所にパネルの下に出てきた鍵を取る。美鈴はただぼんやりと真也の動きを目で追いかけているだけだった。
この年齢でこんなに慣れてるとヤバいと思われw