夏休みの思い出~田舎で いとこ とエッチするはなし~ 作:霧里
例えば遠足の前日。例えば新作のゲームを買いに行く途中。
例えばそう、最近は21時の少し前だとか。
ソワソワとして落ち着かない。
気持ちを撫で付けるように、何度スマホの画面に目を落としても、それで時計の針が進むわけでもないし、空気を読んだ新幹線が急いでくれる筈もなかった。
都会の駅前。正月の最中。人でごった返すその場所で、和樹は唯が来るのを待っていた。
本当は、こっちから会いに行くつもりだったけど「私もそっちに行ってみたい」と言い出した唯に、すっかり押し切られてしまったんだ。
おばさんたちも、なんか唯には甘いよなって。ぼやきながらも、分かる気はする。あんな可愛い子にせがまれたら断りづらい。俺でさえそうなんだから、親って立場からすればもっとなんだろうと理解はするけど。
だからって、正月の人が多い時期なんてのはどうなんだ?
「電車に乗るくらい出来るもんっ」って、唯は言うけれど。
きっと、彼女の知ってる電車と、俺の知ってる電車では、連想できるものがまるで違うはずだ。
田舎のローカル線から、新幹線のターミナル駅で乗り換える。口で言うのは簡単だけれど、巨大な駅の真ん中で、ぽつんと立ち往生する唯の姿を想像しただけで、落ち着かなくなる。
それに正月シーズンの人混みも重なれば、慣れたつもりでいる俺でさえ遠慮したくなる塩梅だ。
『確認。確認だから。私、何番線の何の電車に乗るんだっけ』
『違うよ。迷ったとかじゃなくって、ね?』
『ただ、電車すごい一杯で、人も多いから、間違って乗ったら大変だよねって、ね?』
言わんこっちゃない。立て続けに送られてくるメッセージからは、想像通り、駅の真ん中で慌ててる唯の姿が思い浮かんでしまった。
やっぱり迎えに行けばよかった。変に甘やかすくせに、こういう所は大雑把な おばさん達の気がしれない。可愛い一人娘に何かあったらどうするんだって、なんで俺の方が過保護になってるんだ。
『切符、預かってるんだろ? それを駅員さんにみせてさ? そしたらちゃんと案内してもらえるから』
『うん。でも、お仕事中、邪魔しちゃったら』
『それも駅員さんの仕事だから大丈夫。ほら、まずは話しかけて見て?』
『うん』
既読が付いて、その間が怖い。大丈夫、きっと大丈夫。
駅員さんについていって、電車の席に座るだけ。いくら不慣れな唯でもそれぐらいは…。
それでも、もしかしてって考え出すと、意識は悪い方へとばかり向いてしまう。
もし、何かを間違えて、唯が乗る電車間違えてしまったら。次にきたメッセージに、こことは正反対の駅名が入ってたりしたら。
『駅員さん、めっちゃ優しかった』
『よかった』
俺の心配を他所に、スマホの向こうで唯がホクホクしてるのが想像できてしまう。それはそれで良いんだけど。俺、これ、唯がくるまでずっと、こんな心配をし続けなきゃいけないのか。
気が重い。唯に会った時、疲れた顔を見せる訳にはいかないけれど、反動でその場にへたり込んでしまわない自信はなかった。
『今、新幹線に乗ったよ』
それから程なくして、新幹線に乗った唯からメッセージが入る。路線と、行き先、それに席の番号を確認させた後、俺はようやく一仕事終えた気分で息を吐いた。
これで何をどう間違ったって、唯はこっちまで来れるだろう。
少なくとも行き先が終点なんだから、途中で寝落ちしたって乗り過ごしようがない。
後の問題は、駅から外に出れるかだけだが、そこまで来ているなら今度こそ俺が迎えに行ってやればいいだけの話だった。
『わ、すご、はやいはやい』
『うちの車より静かなんだけど、どうなってるの、これ?』
『地図開いたら、全然知らない所にいて怖い』
『もう和樹の住んでる所のほうが近いくらいだね』
窓際にでもしがみついているんだろうか。はしゃいでる唯の姿が目に浮かぶ。
ドキドキして、ワクワクして、でもやっぱり少し不安もあって。
初めて一人で遠出する唯は、今どんな顔をしているんだろうか?
迎えに行かなかった事の一番の後悔は、その顔が見られなかった事かもしれない。
『そろそろ着くから、和樹は駅前でまっててね?』
まだ、想像が足りてないようだ。どこか、余裕の見えるメッセージからは、同じ新幹線の駅なら、もう大丈夫だろうと思っている節がある。
「もう、着いてるはずなんだけど」
駅前って、とりあえず一番分かりやすい所まで来てみたものの、これだって数ある駅前の一つでしかない。もし、彷徨い歩いた唯が、間違って地下鉄の方面にまで行ってしまっていると、もうこっちからじゃ探しようがないだろう。
変に迷う前に改札の前で待たせておくべきかと考えていると、開いたスマホの方が先に震えだした。
「もしもし、和樹? 唯だよ」
「唯? 今どこだ? 改札の前で待ってて、迎えに行くから」
「ん、今ね? ふふっ、和樹の後ろ」
「へ?」
振り返った俺の頬が、むにゅっと突かれる。
そのまま とんっと抱きつかれ、懐かしい温かさが胸に飛び込んできた。
「和樹っ! 和樹、和樹、かずき、かずきぃぃ~♪」
「え、ちょっ、唯!?」
まるで大型犬に飛びつかれたみたいだ。スリスリと頬ずりをされて、両手でぎゅっと抱きしめられる。尻尾でも生えてたら、パタパタと勢いよく振り回してることだろう。
「苦しいって。ほら、そんなんじゃ子供みたいだろ? 離れて、な?」
けれど、往来のど真ん中で、女の子に抱きつかれてるという状況に気恥ずかしさを感じた俺は、唯の頭を撫でつつも、やんわりと、距離を取ろうとしてしまっていた。
「…和樹は、あんまり嬉しくない? 子供っぽいのは、イヤ?」
「いや、じゃないし。そりゃ、俺だって…」
ピタリと唯の動きが止まる。嬉しい、嬉しいと、全身から溢れかえっていた気配が薄れ、抱きつかれた胸元から、俺の顔色を伺うように覗き込まれた。
「だって、なに?」
求められたのは言葉じゃなくて行動だった。
顔を持ち上げた唯は、目を閉じ、そっと唇を近づけてくる。
右へ、左へ、視線が泳ぐ。チラチラと、こっちを見る視線だって当然あった。
今、するのか俺? ここで、唯とキスしちゃうのか?
イヤとかでは決してない。したいかと言われれば、絶対そう。
でも、そういうのは家に帰ってからとか、もうちょっと人目がない所でだとか、まさかこんな駅前でキスを迫られるなんて、まったく予想していなかっただけに、せめぎ合った羞恥心と欲望との間に挟まされて動けなくなる。
ぎゅっと、服が掴まれた。催促するような指の動きも、実際はその逆だ。
冬の寒さに震えているように見えても、少しの不安が、赤く染まった頬を冷やしていく。
あ、だめだ。ここで唯を拒んだら。
恥ずかしいから後でって。納得はさせられても、少なからず唯の心に傷を付けてしまう。楽しみで、楽しみで、仕方がなくて、ようやく会えたっていうのに拒まれてしまったら、唯は一体何を思うだろうか。
「俺だって、会いたかったよ、唯」
「…っ」
唯の体を抱きしめた。そのまま、差し出された彼女の唇に自分の唇を重ねて、俺たちはしばらく、お互いの体温を確かめ合っていた。
ーーーー
都会にあるでっかいタワー。
前に案内してと頼まれたのを思い出した俺は、唯の手を引いてその場所へと向かっていた。
「うわ…。ほんと、大きいんだ。ね? これって和樹、何人分くらい?」
「え、俺? ん、んー…400くらいかな?」
「へぇ、そうなんだ。へぇ…」
初めて見る大きさを、なんで俺に例えたのかは分からないけれど、単純に計算すればそんな所だと思う。
タワーと俺とを交互に見比べながら、仰け反るくらいに大きく上を見た唯が、感嘆の声を漏らす。その顔を見れただけでも、連れてきて良かった。
もう少し、子供っぽくはしゃぐものかとも思ったけれど。あまりの大きさに圧倒されたみたいに、ぽかんっと、見上げている顔も悪くはない。
「ね? 和樹が400人もいたらさ。私のこと、取り合ったりする?」
「へ? あ、ん? どう、かな?」
想像してみた400人の自分は、大きすぎる数字の前にボヤケてしまう。
なら、仮にもし、もう一人だけ自分がいたとしたらどうだろう?
もしソイツが唯を連れて行こうとしたら、俺は一体どうするだろう?
「取り合っちゃう…かもな」
「えへへ。嬉しいけど、ちょっと困っちゃうね? 私も、400人くらいいないと和樹たちがケンカになっちゃう」
くすぐったそうに唯が微笑む。
唯が400人いて、俺が400人いる。それじゃあ、結局俺たちが二人でいる今とあまり変わるものじゃない。
「俺は、でも、唯は一人居れば良いかな」
「なんで? 私に囲まれてみたくない?」
「一度くらいはな。だけど、唯って甘えん坊だし、二人でも大変そうで…」
叩かれた。無言の抗議だ。
いつもなら、それでおしまいなのに。よっぽど気に触ったのか、ポカポカと胸板を叩かれ続ける。そういう所が甘えん坊だって、言ったら噛みつかれてしまいそうだ。
「もういいっ! 私、先いくからっ」
「待てって。迷ったらどうするんだよ?」
「子供じゃないもん。上で合流っ。それくらい一人で行けるんだからっ」
ズカズカと、そんな擬音を響かせながら、唯の小さな背中はすぐにも人波に紛れてしまった。まぁ、行き先も分かってるし。エレベーターに乗って上に上がるくらい何がって訳はないのだろうけど。
『ごめん、和樹。いまどこ? ちょっと、場所、分かんなくなってて』
案の定か。冬の寒空に、頭が冷えるのは早かったらしい。
予想よりも幾分か早く、唯からのヘルプが俺の元へと届いていた。
ー
二人でタワーのエレベータに入り、ゆっくりと動いた扉が重たそうに閉まる。
最初は広いと思っていた室内も、一人二人と人が乗り込めば次第に余裕が無くなって、扉が閉まると同時に閉塞感に蓋をされたみたいだった。
ふわっと、動き出すと同時に掛かる特有の浮遊感。
それに慣れないのか、俺の腕を抱きしめるように唯が体を寄せてきた。
「どうしたの?」
「ううん。ただ、ちょっと…ちょっとね?」
「怖い?」
「慣れてないだけだもん」
唇を尖らせつつも、俺から離れようとはしない唯の手を握り返す。
「ね? いま、どのへん?」
「ん? ほら、あそこ。今200m過ぎたみたいだよ」
「200mって、運動場一周分くらいだよね? 大したことなさそう?」
「上から見ればわかるんじゃない? ほら、そろそろ着くよ」
「あ、うん」
ふわっと。2度目の浮遊感に、また唯が体を寄せてくる。
扉が開き、ゾロゾロ流れていく人波に合わせて俺たちも外へ出ると、眼の前には一杯の青空と、遠くの町並みが広がっていた。
「うわ、すご…」
1歩、2歩と、外の景色に吸い寄せられるように歩いていた唯は、エレベーターから少し離れた所で立ち尽くす。
タワーを真下から見上げた時の様に目を大きく開き、ぽかんっと、その光景に飲み込まれてしまっていた。
「唯、こっち」
「あ、うん。そっち、なにかあるの?」
「ガラスの床だって。下を見れば高さが分かるんじゃない?」
トコトコと駆け寄ってくる唯の手を取って、二人でその場所へと歩いていく。
ガラスの床。その場所は文字通り床が透明になっていて、高さ何百メートルの世界を嫌でも思い知らされる軽い絶叫スポットになっていた。
「うっ…」
「ほら、唯。向こうまで行ってみようよ? せっかくだしさ」
手を引き、透明な床を踏みしめる。底が抜けたような不安感はあれど、しっかりとした足場に特に不足は感じない。
けれど、その不安感を嫌ったのか、透明な床の前で足を止めた唯は、決して そこから先に進もうとはしなかった。
三者三様の世界。
透明な床の上ではしゃぐ子供も見れば、特に気にせず展望を楽しむ大人たちもいる中で、唯が見せた反応は三者目の方だった。
体を後ろへ下げ、先に行こうとする俺でさえ一緒に引きずろうとしてくる。
まるで病院を嫌う犬みたいだ。それは丁度、隣で「怖い、怖い」と騒ぐ女の子と同じ様な反応で、これ以上引っ張ると、その内に泣き出しそうな気配さえあった。
「わ、私良いよ。まってるから、ね? 和樹一人で行ってきて?」
「大丈夫だよ、唯。ほら、俺だってちゃんと立ててるだろ?」
「良いって。私は、ちょっ、やだっ、ひっぱんないでって。やっ、やっ、やだって、やだやだやだやだっ。むりだからっ、むーりーっ、いーやーっ、離してって、ねっ、ねってばっ、和樹っ、かーずーきーっ!!」
少しだけ、楽しくなってきていた。
唯には悪いと思うけど。好きな子に悪戯をしたくなる、男の子の衝動が俺を唆す。
無理に手を引こうとすると、大げさに嫌がった唯は、頑として頑なに、その場にへたり込んででも、先に進もうとはしなかった。
尻もちを付き、足までバタつかせて。
なんとか床から遠ざかろうとする姿は、どこまでも子供っぽい。さっきまで隣で泣いていた女の子ですら泣き止んで「このお姉ちゃん、なにやってんだろ」って顔で見られると、親御さんたちにまで温かい視線を向けられてしまっていた。
ー
その後、なんとか唯を宥めた俺は、併設されたカフェでようやく一息付けていた。
「和樹のバカっ!」「信じらんないっ」「最低」などと、散々罵倒しつづけて疲れたのか、今はむっすーと頬を膨らませるだけで、俺の方を見ようとはしてくれない。
「悪かったって…」
「べーっ!」
なんとか謝ろうとしても、舌を出されてそれっきり。取り付く島もないでは、流石にお手上げだ。
しばらくの沈黙に、困り果てた俺が次の言葉を考えていると、先に口を開いたのは唯の方だった。
「ね? 和樹。私のお家って、向こうの方?」
「うん、そうだね。向こうの…山を越えた先かな」
「そっか」
頬を膨らませたまま頬杖を付き、そっぽを向いていた唯が、窓の向こうを見ながらポツリと零す。
怒らせすぎたのか、もう帰るって言われたらどうしよう。内心は気が気じゃなかった。そんな不安をなんとか飲み込んで、彼女の顔色を伺いながら言葉を返す。
「あの、さ? 帰りたい…とか?」
「へ? ああ、ううん。そうじゃなくって、あんなに離れてるんだなって、ただ、ね? なんとなく。新幹線に乗ってたら、ぱっと着いちゃってさ、案外近かったのかなって。でも、こんなに高い所からでも見えなくって、やっぱり遠いんだなぁって、思っちゃった」
その横顔に見惚れてしまった。
寂しそうに遠くを見つめながら、でも何処か楽しそうで。
偶に送られてくる写真や、ビデオ通話でなんかじゃ見られない彼女の表情に引き寄せられる。
「ん? なに?」
「いや、なんか、新鮮だなって」
「なにそれ?」
「なんていうか、俺たち、合う時は夏でさ、いつも薄着だったじゃんか?」
「そう…だね。あ、もしかして、似合ってない…とか?」
首を振った。ぶんぶんと首を振った。
元は寒がりなのか、雪が積もる所に住んでるせいか。都会に居るには十分すぎるほどの厚着に見える。コートにマフラー、分厚い手袋に、長ズボン。もこもこと、一見すれば冬毛に包まれた小動物みたいな格好に、薄着の時とは違うトキメキを感じずにはいられない。
「可愛い?」
「うん、とっても可愛い」
「そっか、よかった。ああ、なんかちょっと暑くなってきたね? そろそろ行こっか?」
染まった頬を暑さで誤魔化す様に、残っていたジュースを飲み干した唯は、それで気分を切り替えたように立ち上がる。
「もう、良いのか?」
「和樹? 私だって、ケンカしに来た訳じゃないんだよ?」
「うん。ごめん、ほんとに悪かった」
「良いよ、もう許して上げる。私も、和樹とケンカできてちょっと楽しかったし。スマホだけじゃさ、こういう事しないもんね?」
確かに、俺にとっても新鮮な体験だった。
返事を待つ時間。返事を考える時間。それは頭を冷やす時間にも繋がって、なかなかケンカにまではなりづらい。
それが楽しいってのは、よく分からないけど。まあ、でも、いつもとは違う唯の顔がみれて、また少し彼女の事が好きになったのは確かだった。
「行こ? 和樹」
差し出された手を取って、二人で席を立つ。
「今度は何処に連れってくれるの?」
「何処って、一応まだ…上があるけど、ココ」
手を解かれた。
スタスタと、唯は一人でエレベーターに向かって歩いていく。
「一人で行けば? 私ほんとに帰るから」
「まって、まってっ。確認、一応聞いてみただけだってっ」
慌てた俺は、唯の背中に追いつくと、逃さないように彼女の手を掴み直した。
「もう…。ちゃんと掴んでてくれないと、イヤだからね?」
「自分で手離しといてさ」
叩かれた。無言の抗議が、でも今は少しくすぐったい。
「どこか、行きたい所ある?」
「うーん…あ、動物園は? なんかパンダとか居るんでしょ?」
「分かった。じゃあ、行こっか」
「うん」
仲直り、でもないのか。ただの痴話喧嘩を終えた俺たちは、動物園に立ち寄ったり、その辺をブラブラと歩いてるだけでも楽しくって、気がつけば日が暮れるまで遊び歩いていた。