夏休みの思い出~田舎で いとこ とエッチするはなし~ 作:霧里
「着替えるから待ってて」
そう言われて、外に追い出されてどれだけ時間が経ったんだろう。
頭で思うほど長くは無いはずだ。
ただ、向こうに聞こえる祭り囃子を聞いていると、何となく気も急いてくるってだけ。現にスマホに映った時計は、それから30分とは経っていなかった。
「はぁ…」
息を吐いて玄関の壁により掛かる。
別に、祭り屋台に興味があった訳じゃない。田舎の屋台なんて、いや、こういうのは都会でだってあんまり代わり映えはしないものだ。
ただ、打ち上げられる花火には興味があって、なるべく近くで見たいと思えば、いくら田舎でも、場所取りくらいは必要になるとは思っていた。
「おまたせ」
ガラリと玄関が開いた時、俺は少し気が立っていたんだと思う。
着替えくらいでなんでこんな時間が掛かるんだって。おしゃれだなんだと、まだそういう事には全然興味が湧かなくて。
でも…。
紺色の浴衣。花柄で、帯は赤くて、草履の鼻緒に結ばれた小さなつま先にドキッとさせられる。
何だよ。何なんだよ。なんでそんな…。
可愛い。
さっきまで焦れていた感情が、波の様に静かになった。
時間が止まったような気さえする。花火の事さえも忘れて、唯の浴衣姿をもっと見ていたくなっていた。
可愛いと、思う。
見れば見るほど、その気持ちは強くなる。
ついと、唯をオカズにオナニーをしてしまった事を思い出してしまっていた。
その日の内に お互いに触りあったのなんて、今でも夢心地だったのに。
もう一度、そんな夢が見たくなるくらいには、唯の姿は魅力的に見えていた。
「和樹? 早く行こ?」
「お、おぅ…」
うまく言葉が出てこない。無造作に手を取られ、唯に引かれるままに歩き出す。
道が遠い。
会場なんて10分も歩けば着くような場所だったのに、唯の後ろ姿を見つめながら、その10分がいつまでも続いているような気がしていた。
俺より少し小さな背中。後ろ髪の隙間からチラチラ覗く首筋が、やけに気になって、繋いだ手が熱くなってくる。
気温のせいにしたかった。夜とは言っても夏は暑いんだから。
滲んだ汗が気持ち悪がられるんじゃないかって、振りほどこうにも、繋いだ手を離すことさえ惜しくなる。
「ゆーいー。こっちこっちっ!」
「今いくー」
いつまでも続くと持っていた道のりも、気づけばあっという間に過ぎていた。待っていた友人たちの声に引かれるように、すっと唯の手が離れていった時。
寂しいって、その時、初めて。
嫉妬って、こんなんなんだなって。思ってもないのに、嫌なことを考える自分が嫌いになりそうだ。
「どうしたよ和樹。そんな呆けやがって」
「いや、悪い。おれ、やっぱ唯の事好きだわ」
「ははっ。今更…」
殴られた。それも当然だと思う。プールで絡んできたのだって、きっと唯の近くにいる男が気になっていたせいだろう。
だから、殴り返した。
喧嘩とも言えない小突き合いだったけど。繰り返している内に、だんだんと熱が入り、一回は一回だと、歯止めが効かなくなっていく。
「ちょっと男子ーズっ、なにやってんの?」
そろそろ喧嘩になりそうな俺たちを止めたのは、どこででも変わらない女子の声。その中で、戯れる俺たちを呆れた様に見つめる唯の姿を見つけると、なんだか急に恥ずかしくなって、握っていた拳からはすっかりと力が抜けていってしまった。
ー
射的に輪投げ、金魚すくい。勝負になりそうなものなら何でもした気がする。
気がつけば、自分が思っていた以上に熱中していて、つまらないと思っていた屋台も、男子連中ですっかりと楽しんでしまっていた。
「楽しかった?」
「え、あ、まぁ…。思ったよりは」
「ふーん…」
つまらなそうな唯の鼻息を聞きながら、祭り囃子の中を歩く。
そろそろ花火の時間だと。会場に向かっているはずの人波から外れて歩いている内に皆ともはぐれ、だんだんと人通りも少なくなっていた。
道を間違えてない? 先を歩く唯に問いかけても、良い所があるというだけで、土地勘の無い俺は、ただただ従って歩くしかない。
「何、ムキになってたの?」
前を向いたまま、どこかつまらなそうな唯の声が聞こえてくる。
「ムキに…なってたか?」
「なってた」
そんな風に見えるくらい熱中していた事にも気づかなかった。改めて指摘されると、それが少し気恥ずかしい。
「別に…」と、誤魔化したって良い。唯には関係ないことだって、突き放すことだって出来る。だけど、俺に残されてる時間はあんまりにも短かった。
この夏が終われば、次に会えるのはまた来年。
その間にも、唯が他の誰かと付き合い始めたりしないかと、それだけが不安でしょうがない。
照れ隠し。なんて選択肢はなかった。せっかくの二人っきりに何も言えないようじゃきっと、家に帰ったって勇気が出るはずもない。
「だって…アイツが、唯の事好きっていうから、さ」
ハタと、唯の足が止まる。振り向いた横顔は、日暮れの薄暗さに隠れて良くは見えなかった。
「それで、ムキになってたんだ? 私そっちのけで…」
振り返って一歩。俺の方へと歩いてきた唯に、とすっと胸を叩かれた。
「私はね…和樹と一緒に、祭りを回りたかったんだよ。浴衣だって、可愛いの選んだんだし、喜んでくれるかなって思ってさ」
「唯…」
うつむく唯の横顔には、確かに涙が浮かんでみえた。
既に日も落ちきって、夜に包まれた境内の中ででも、キラリと光る流れ星みたいに輝いて見える。
「ね…何もない、の? 浴衣…どうとか、さ? 可愛いくらい、言ってよ…」
「う、え、あ、うん。可愛いと、思う。ごめん、言われたから訳じゃなくてほんとに、俺っ」
「そっ…」
気の利いた言葉の一つも思いつかなかった。
そっけない返事も当然で、怒らせてしまったんじゃないかと不安にさえ思う。
だから余計に、その笑顔に見惚れてしまったんだ。
息を呑み、涙を拭って、何でも無いような振りをして。
俺を見つめた唯は、少しはにかんで笑ってみせた。
「だから、花火くらい二人で見たかったんだけど、ダメ?」
「ダメじゃないっ」
「ふふっ、返事はやっ…。じゃ、いこ?」
差し出された手を強く握って、俺たちは神社の石段を上っていく。
ちょっと見づらいかもしれないけど。前置きした唯の言葉は正しく、木々に覆われた空は少し狭かった。
神社の奥宮。普段からして参拝客の少ない場所は、祭りの夜ともなればなおさらで、遠くの祭囃子が余計にこの場所の静けさを強めていた。
「あははっ、やっぱりちょっと見づらいね?」
「ああ、そう…だな」
社の前の階段に腰を降ろし、二人並んで空を見上げる。
屋根の掛かった向こう側に見える夜空は、伸びた枝葉にすっかりと邪魔をされてしまっていた。
「会場まで戻るか?」
「ううん、いい…」
問いかけ事態が野暮だった。小さく首を振った唯は、少しだけ俺との距離を詰めると手を重ねてくる。
二人っきりが良い。
口には出さずとも伝わってくる体温に、浮き上がりかけていた腰を下した俺は、素直に唯の手を握り返していた。