※この作品はR-18です。

キヴォトスに墜ちた悪魔   作:やーなん

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『到来』

 

 

 

 運命の日。

 

 ヒナはとある廃墟の最上階に設えた一室の椅子に戻ってきた。

 廃墟とは思わないほど掃除が行き届き、調度品も備わり電気も通っている。

 この部屋を見て廃墟の一室と思う者は居ないだろう。

 

「ふう、相変わらずこれは窮屈ね」

 

 己の被っていた戦国武将の兜みたいな禍々しい意匠のヘルメットをテーブルの上に置き、汗を拭った。

 

「お疲れ様です、ヒナ委員長」

「ここではそう呼んではダメよ」

「失礼しました。ファム様」

 

 ここはヘルメット団を束ねるボスの私室。

 そこに入ることを許されるのは、側近のマッドカウこと天羽アコだけだった。

 

「進捗はどうなの?」

「風紀委員会と一戦交えたのが評判になったようで、二つのヘルメット団が傘下に収まりました。

 我らの団員もこれで200名を超えました」

「順調ね」

 

 そう、順調だった。

 これが今の、ヒナとアコの仕事だった。

 

 

 

 それは少し前の話だった。

 

「誰?」

 

 自室でくつろいでいたヒナは、ドアをノックする者に誰何した。

 

「私です、ヒナさん」

「リンゴ? 何か用なの?」

「はい、内密な話です。入って良いですか?」

「構わないわ」

 

 ヒナが入室を促すと、リンゴがドアを開けて入ってきた。

 彼女はヒナの私室をゆっくりと見渡す。

 

「意外と女の子らしい部屋で安心した」

「あなた、誰?」

 

 ヒナの手が、愛銃に伸びる。

 目の前のリンゴは、いつもと雰囲気が違ったのだ。

 

「俺の事は聞いていないのか、ヒナ委員長」

「……リンゴの別人格。確か、ジャックと」

「その通りだぜ」

 

 もう一人のリンゴは、ふてぶてしく彼女のベッドに座った。

 

「それで、内密の話って何?」

「それは勿論、キヴォトスの平和についての話だよ」

 

 とりあえず、ヒナは銃から手を離すことにした。

 

「ポーンマスは基本的に、犯罪者を許さない。

 だがしかし、このキヴォトスにはもう犯罪者なんて山ほどいる。

 そいつらも気づき始めているんだ。ポーンマスを使えば、悪事を通報されるとな」

「むしろ、それに気づくまで遅すぎるくらいだと思うけど」

「所詮学生共だからな。流行りには弱いのさ。

 だけど、ポーンマスアプリの入っていないスマホがこれからどれだけあると思う?

 携帯会社はもう既にモモトークと同じようにポーンマスを最初からインストールして売っている。

 俺の可愛い右手の最近の仕事は何だか知っているか? 犯罪の為に使う携帯の闇業者の掃除だ」

 

 くつくつ、とリンゴ――ジャックは笑う。

 

「スワンプマンはポーンマスがインストールされていない携帯機器を許さないつもりなのね」

「そもそも、今回の茶番だってそうだろ?

 アリスを壊すか生かすか、その投票はポーンマスを通じてのみだ。

 それはつまり、ポーンマスを普及する為の演出だってことだよ」

 

 このことは、ポーンマスギルドの役員全員が口には出さないが、理解していた。

 今回のアリスの騒動で、一番得をしているのはポーンマスである、と。

 

「いずれ、ポーンマスを持たない生徒は排斥されるだろう。

 邪悪な魔女は姦淫にふけり、非処女だってことと同じさ」

 

 それは当然予想される懸念だ。

 肉体も無ければ疲労も無い。常に犯罪を監視し、犯罪を憎むAIが怒りと憎しみを以って悪人に目を光らせているのだから。

 

「だけど、みんながみんな、悪いことをしたくてしてるわけじゃない」

「……」

「そこで、こんなアプリを作らせた。

 その名も、“フィルター”だ」

「それをインストールするとどうなるの?」

「犯罪をしても、ポーンマスが通報しなくなる。表向きはな」

「なるほど、そうやって犯罪の情報を蓄積し、当人の失敗に見せかけて悪事の露見するように誘導させたり、証拠を見つけるわけね」

「ビンゴ!! その通りだ!!」

 

 悪辣だった。

 犯罪は全て茶番と化し、スワンプマンの手の平の上になる。

 

「ヒナ、このフィルターを犯罪者どもに広める役目をしてくれないか?」

「それは、犯罪者たちを救う為?」

「当然だろう。これを以って、ポーンマスは悪党も管理する。

 そして自然に更生へ導くのだよ」

 

 ヒナは少しだけ思案すると。

 

「その役目は引き受ける。

 だけど、わざわざ内密にする理由が分からない。ポーンマスギルドの公式な仕事として依頼すれば良いじゃない」

「わかってて聞くなよ。犯罪者とギルドが繋がってちゃ外聞が悪いだろ」

「まあ、コハル辺りがうるさそうね」

 

 ヒナは正義感の強いあの同僚を思い浮かべた。

 

「……彼女らの処遇は、私が好きにして良いの?」

「それは勿論。ヒナの好きにすればいい」

「なら、私からも提案がある」

 

 そして、ヒナはその提案を彼女に呑ませた。

 

 

 そんな回想をしているヒナのスマホに、通知音が鳴った。

 

「……アコ、全員に武装と移動の準備をさせて」

「と言いますと?」

「私達がこうして、不良や退学生徒の半グレ集団を集めている理由は?」

「まさかッ、もうその時が来たのですか!?」

 

 アコが驚愕の表情を浮かべる。

 

 ポーンマス、延いてはスワンプマンの遠大な計画。

 それは即ち、アプリを通じてキヴォトスの生徒と言う兵力の全てに自在にアクセスできるようにして、災厄に備えると言うもの。

 

 全ては、キヴォトスを滅ぼすという災厄に立ち向かう為に。

 ポーンマスギルド機構という組織は、その為だけに結成された、先生に依らない生徒だけのシャーレもどきなのだ。

 

「例の廃墟から、無数の兵器群が出現。

 ――大移動を開始したという報告が出たわ」

「推定される予測進路は……D.U.中央区!!」

 

 兵器群は大都市へ向かっているようだった。

 その目的は不明だが、そこを通過するだけでも多大な被害が予想される。

 

「もうどこも、形振り構う余裕はなさそうだわ。使える戦力は片っ端から集めているみたい。

 私達も彼女らを使うわよ。私も前線で戦う」

「お供します!!」

 

 事態はここに来て、急速に動き始めたのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

 廃墟。

 

 連邦生徒会が管理していたそこは、危険地たちとして立ち入り禁止されていた。

 そこから出現する未知の兵器群から、リオは密かに兵力を動員し守っていた。

 

 そこにポーンマスギルドがレイドクエストを発令。

 常時一定数の兵員を派遣して、未知の兵器からの侵攻を食い止めていた。

 

 その頻度と数は、アリスが持ち出されてから日に日に数を増やしていた。

 そして、この日、遂に常設部隊の許容範囲を超えた!!

 

「おい、いったい何が起こってやがる!!」

「分かりません!!」

 

 ネルの怒声に、アカネが返した。

 キヴォトスの現行文明では存在しないデザインのタコのような兵器が、視界を埋め尽くしている。

 

 どれだけ壊しても壊しても、どこからともなく湧いて出てくる。

 いや、違う。

 

「先輩、あれよくみて!!」

「なんだ!!」

 

 背後を守るアスナが、兵器を銃撃で破壊する。

 穴だらけになって破壊された兵器は、崩れて沈黙する。

 が、すぐに破壊跡が修復し、何事も無かったかのように立ち上がる。

 

 兵器の海は、そんな彼女達を脅威とすら認識していないのか、ただ只管行進だけを目的としていた。

 

「どうなってやがんだ、あれは」

『あれは、自己修復……いえ、再構成している?

 どのみち、このままでは埒が明かないわ。

 C&Cは撤退し、後方の防衛線にて迎撃に当たって頂戴』

 

 唖然とするネルに、通信でリオが撤退を指示する。

 くそッ、と悪態を吐き出すネル。

 後輩たちに彼女が撤退を指示するが、彼女は見つけてしまった。

 

 膨大な機械の海に交じって、見覚えのある姿が。

 

「あのチビ、何してやがるんだ!!」

「先輩!?」

 

 ネルは見てしまった。

 兵器の行進に交じって歩く、アリスの姿を。

 

「お前たちは先に戻ってろ。

 私はあのバカを連れて帰る!!」

「無茶です、あの物量は無傷ではすみません!!」

 

 アカネが必死に叫ぶが、ネルはもう行動を起こしていた。

 両手のサブマシンガンで、機械の戦列を薙ぎ払う。

 

 そして海をかき分けるように、ネルはアリスに近づいた。

 

「おいチビ、こんなところで何してやがるんだ!!

 早くこっちに来い!!」

「プロトコルの障害を確認。対象の有機体の脅威度判定を修正。

 全追従者(Divi:Sion)に共有完了」

『ネル、待って!!』

 

 リオの叫びは、無情にも間に合わなかった。

 今まで見向きもしなかった兵器たちが、一斉にネルに飛び掛かったのだ。

 四方八方からまとわりつかれ、さしものネルも動きが鈍る。

 そんな彼女に、アリスのレールガンの砲口が向けられた。

 

「ッ、邪魔だ!!」

「チャージ完了、出力最大。発射」

「チビーー」

 

 ネルの意識は、そこで途絶えた。

 

 

 

 

「ネル先輩!!」

 

 その光景を、アリスは内側から見ていた。

 

「止めてください、アリスの身体を返してください!!」

「それは出来ません。

 プロトコルの達成は我々の至上命題。

 間もなく、女王が降臨なされる。その為の玉座を構築しなければなりません」

 

 そして、その為の資源として、<key>が着目したのが、D.U.の中央区だった。

 彼女は、その大都市を丸々リソースに変換しようとしているのだ。

 

「その障害は、全て排除されなければならないのです」

「ッ、それが、アリスの役目なのですか……」

「王女よ。何ゆえに地上の有機体に心を裂くのですか?」

 

<key>は問う。心底理解できないとでも言うように。

 

「このキヴォトスの愚かな有機体たちは、貴女を異端として排斥し、弾圧しようとしているではありませんか。

 我々は、貴女を害する全てを排除致します」

「アリスはそんなこと、望んでいません!!」

「本当に、そうなのですか?」

 

<key>は小首を傾げ、もう一度アリスに問う。

 

「当たり前です!!」

「この世界の住人達が、それを望んでいるのに、ですか?」

「え……?」

「では、証人を呼びましょう」

 

 彼女がそう言うと、暗がりを指差す。

 

「姿を現しなさい。王女の深層領域に紛れ込もうとする、下郎め」

「おっと、流石にばれてたか」

 

 こつこつ、と暗闇から軍服の男が姿を現す。

 

「あ、あなたは、オオカミさん!?」

「よう、アリス。ちょっくら教会で復活の呪文を唱えたら、蘇ったんだ。こうして、電脳に生きる存在としてな。

 お前の中に侵入をずっと試みていたんだが、まさかこうして招かれるとは思わなかったぜ」

 

 そんな軽い調子の彼に、アリスはとてとてと近づいて、抱き着いた。

 

「よかったです、オオカミさん、よかったです!!」

「……悪かったな。アリス。心配を掛けた」

 

 男のアバターは、そんな彼女を抱きしめ返した。

 

「不敬です。王女から離れなさい、下郎」

「はいはい。ほら、アリス。そろそろ離れろ」

「嫌です!!」

「やれやれ、仕方ないな。

 さて、アリスそっくりの双子ちゃん? それともアバター? まあどっちでもいいわ。

 俺に何を求めて、こうして招き入れたんだ?」

「王女に、現実を」

「ふむ」

 

 男は<key>の言葉に、顎に手を当てる。

 

「王女は、キヴォトスから望まれてはいない。

 我々の使命の達成を、拒絶しているのです」

「具体的に、お前たちは何をしようとしているんだ?」

「このキヴォトスを、新たな“聖地”(サンクトゥム)とするのです。女王の降臨によって」

「女王? さっきからお前はアリスを王女と呼ぶが、その親ってことか?」

「この関係性を説明するには、非常に複雑で時間を要します。

 重要なのは、王女にとって、このキヴォトスの原住民が不要であると言うこと」

 

 彼女の言い分を聞いて、なるほど、と男のアバターは頷いた。

 

「つまり、神の降臨を前に、その周辺に居る不浄の生き物は掃除しておきたい。そう言うことだな?」

「概ねその認識で間違いありません」

「オーケー、わかった」

 

 男のアバターが、彼女に銃口を向けた。

 

「お前は、俺の敵だ」

「や、やめてください、オオカミさん!!」

「アリス?」

「まだ、わからないことだけです。

 最後まで文章を読むまで、結論を出してはいけません……」

「……良いだろう」

 

 アリスに腕を掴まれ、男のアバターが銃を下ろした。

 

「要するに、キヴォトスの連中はアリスの敵だから、排除する。こういう理論だな?」

「はい、王女は賛美され、崇拝されるべき存在です」

「どれどれ」

 

 男が虚空を指差すと、ポーンマスアプリの投票画面が開かれた。

 

「今朝は賛成票が反対票の三倍はあったが、二倍に縮まってるな。

 騒動が大きく報道されているのもあるが……もうこんなにか」

 

 実はこの投票は、期限寸前まで賛成反対のどちらにでも自由に切り替えが可能なのだ。

 つまり、最初に賛成に票を入れても、後から反対に移行することもできる。

 当然、その分相対的に賛成の割合は減るのだ。

 

 アリスの生存から、破壊に票を移動した数がそれだけ多いと言うことだろう。

 

「ふむ、クロノス報道部の報道ヘリにアリスがこの行軍に参加しているのが映ったな。

 この調子じゃ、アリスを破壊しろって声は益々高まるだろう」

「そんな……アリスは、勇者で、そんなつもりじゃ」

「お分かりでしょう、王女よ。

 彼らは我らの使命を邪魔する、障害に過ぎないのです」

「う、ううッ」

 

 アリスは打ちのめされていた。

 自分の努力が、願いが、あっさりと否定されているかのようで。

 

「まあ確かに、そいつの言う通りかもな」

「オオカミさん?」

「人間ってのは愚かだ。誰もが心から他人を信じたりなんてしない。こんな報道で全てを知った気になる。それが群集と言う衆愚そのものなのだ。

 ……だが、一つだけ聞かせてくれ」

「質問を許可します」

「キヴォトスの住人を皆殺しにしろって、お前の神は言ったのか?」

「…………」

「お前の神が降臨し、その上で皆を殺すのなら好きにしろ。俺もその時は容赦なく戦う。

 だが、これはお前の判断だ。違うのか?」

「……」

「もしお前の言う女王が降臨し、なにを勝手なことをしたんだと糾弾されたら、お前はその命で贖うのか?」

「では、私にどうしろと?」

「賭けをしよう」

「賭け?」

 

 男のアバターが不敵に笑って、こう言った。

 

「最終的にキヴォトスの住人が、アリスを破壊すると決めたのなら、俺はお前に従う。俺の全てのリソースをキヴォトスの破壊でも何でも好きにしていい。

 だが逆に、アリスを生かすと決めたのなら、お前は俺に従え」

「そんな賭けに、乗る必要性は感じられません」

「じゃあ期限を決めるか? 今日中だ。

 今日中に、破壊票が生存票を上回っていれば、お前の勝ちだ。

 勿論、俺は票には何も操作しないし、通常業務以外で住人達に関わることもない」

「計算中……およそ、三時間後に破壊票が生存票を上回る。

 貴方のその愚かな妄信が、彼らに危機を陥れると理解しているのですか?」

「わかってないな、おチビちゃん」

 

 男のアバターは<key>に肩を竦めて見せた。

 

「お前に女王が居るように、俺には王が居る」

「理解不能……それが妄信でなくてなんなのです」

「で、どうするんだ? 乗るのか、乗らないのか?」

「住人達の抵抗によっては、女王の到来に支障が出る可能性が高い……。

 早急なリソース確保は急務……。

 本当に、今日中で良いのですか?」

「勿論だとも、賭けは不利なくらいが面白い」

 

 考えるそぶりを見せてから、<key>はわかりましたと頷いた。

 

「あなたの何の根拠もない賭けに乗りましょう」

「そうこなくてはな」

 

 先生頼んだぞ、と男のアバターは勝手に彼にこのキヴォトスの命運を託すのであった。

 

 

 

 §§§

 

 

 D.U.近郊。

 そこに第一次防衛ラインは形成されていた。

 

 1キロ近い距離をバリケードで封鎖し、際限なく資材を投じて陣地を制作していた。

 

「“アリスは!?”」

 

 そこに、ゲーム開発部を引き連れた先生は辿り着いた。

 

「先生か、大変なことになったな」

「“アズサ!!”」

「私が防衛戦の陣頭指揮を執っている。

 情報を共有しよう」

「“わかった”」

 

 本営のテントに案内される間、土嚢や銃座などの準備している生徒達が大勢見られた。

 トリニティ、ゲヘナ、ミレニアム、学校や所属を問わずに、皆がやれることをやって、協力し戦おうとしていた。

 これが戦いの準備でなければどれほどよかったか、と先生は思わずにはいられない。

 

「“状況は?”」

「現在、爆撃や地雷を撒いて、遅延作戦を実行している。

 しかし約一時間後にはこの防衛線に到達する見込みだ」

 

 戦況は、不利の一言だった。

 

「相手は無限の物量と再生能力を持っている。

 根本的な対処が必要だろう」

「“それはつまり……”」

「……AL-1Sの破壊」

「“!?”」

「だが、そうならない為に、私達は手を尽くしている。違うか?」

 

 違わない、と先生は答えた。

 

「ねえ、先生!!」

 

 すると、一緒にテントに入ってきたモモイ達が不安を押し殺して、こう言った。

 

「私達と、アリスを話しをさせて!!」

「何とか説得して見せます!!」

「“モモイ、ミドリ……”」

「危険すぎる。先ほど、救護テントに、美甘ネルが運び込まれた。

 彼女は、アリスを知己だと聞いた。しかし、彼女は攻撃を受けた。

 あなた達が同じ結果にならない保証は無い」

「うそ、ネル先輩が……」

 

 その事実に、ミドリは絶句した。

 彼女はアリスと度々遊んで、ゲーム開発部にゲームをしに入り浸っていたりしている。

 その仲を知らない面々ではない。

 

「関係無いよ!!」

「お姉ちゃん……」

「ッ!?」

「私達は、友達のところに行くんだ!!」

 

 モモイの言葉に、ミドリもユズも頷いた。

 その言葉に、アズサは衝撃を受けた様子だった。

 

「“お願いだよ、アズサ。彼女達の好きにさせてあげて”」

「そうさせたいのは山々だが、アリスの位置は後方に位置している。この密度では……」

 

 アズサが顔を顰めながら、設置されたモニターを見る。

 機械の軍勢は、密集陣形と言うのも生温いほど大勢いるのだ。

 

「せめて、ほんの少しでも動きが止まれば……。

 火力で突破し、道を切り開けるのだが」

 

 そんなことは土台無理だった。

 相手は未知の機械でECMも効果が薄い。

 

 万事休す。

 モモイ達に賭けたくても、それを状況が許さないのだ。

 

「“どうにか、どうにかできないか……”」

 

 必死に先生も考えを巡らせる。

 だが、どうあってもそれは関係ない生徒を危険に晒すほかない。

 

「“どうすれば、どうすれば良いんだ……”」

 

 モモイ達が、不安そうに先生を見上げる。

 キヴォトスと言う箱に、絶望が満ち始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――先生。先生。

 

 

「“その、声は……”」

 

 その時だった、先生の脳裏に、見知った少女の声が聞こえた。

 

 

 ――今こそ、大人のカードを使う時です!!

 

「“ッ!!”」

 

 

 ――世界はアップデートされます!! さあ、奇跡の担い手よ、青き石を使い、天(・)井(・)を破るのです!!

 

 

 先生は、テントの外を出て、胸元のポケットから大人のカードを空へと掲げた。

 大人のカードのリソースが、猛烈に消費されるのを先生は肌で感じた。

 

 

 そして、その時、奇跡は起こった。

 

 

 空の天幕が、割れる。

 キヴォトスという箱の蓋が、開けられる。

 

 戦場に居た生徒達、いや、キヴォトス中に存在する全ての生命体がそれを見上げた。

 

 

 それは、歯車だった。

 それは、ネジだった。

 それは、ゼンマイだった。

 バネだった。ナットだった。真空管だった。集積回路だった。ダイオードだった。トランジスタだった。抵抗器だった。プラグだった。コイルだった。コンデンサだった。

 

 ありとあらゆる機械の部品が乱雑に組み合わされて、ゆっくりとそれは現れた。

 

「うそ……」

 

 遥か遠く、天空に存在するそれを、ユズはハッキリと認識した。

 

 

「先生!! モモイ、ミドリ、ユズ!!」

 

 それは、もはやこのキヴォトスで知らぬ者が居ない筈の面貌をしていた。

 

 モモイとミドリは、同時にその者の正体を言い当てた。

 

 

「「あ、アリス!!」」

 

 

 天上から降臨したのは、機械部品の塊に吊り下げられるようにしたアリスの姿だった。

 そんな彼女が、魔法使いのようなローブを身に纏っていた。

 

「“アリス、アリスなのかい!?”」

「はい、私の名前はアリスですッ!!」

 

 到底聞こえる筈の無いはずの距離の問いに、天上のアリスは応じた。

 

「私は、もう一つの選択を辿った可能性の行きつく果て。

 キョウコに連れていかれたあの先にて、私は本物の魔法を学び、極めました」

「“まさかッ”」

 

 先生は、かつて黒服が言っていたことを思い返す。

 あの魔王の居る領域で、魔法を極めた者は――。

 

「はい、アリスはその果てに、肉体を持つ神。

 ――――機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)となったのです!!」

 

 霊的存在である神でありながら、機械の肉体を持つ神。

 

 悲劇に、閉幕を齎す者。

 

「今こそ、絶望に満ちたこの箱に、小さな希望を見出す時です!!」

 

 アリスの姿をした女神が、変らぬ笑顔で世界を照らした。

 

 

 

 

 

「嘘、だろ……」

 

 それを、この世界の内側から見ていた男のアバターは呆然となった。

 

「マイフェアレディよ。

 君はガラテアでありながら、アフロディーテとなったというのか!!」

 

 これは、そんな荒唐無稽な出来事だった。

 

「アリスが、アリスがもうひとり……?」

「そう」

 

 状況が呑み込めないアリスに、<key>は頷いて、膝を突いて祈りの姿勢を取った。

 

「いずれ女王になる貴女は、それ故に王女なのです」

 

 女王の降臨。

 自分の制作者の崇めるそれとは違う神の到来を、<key>は礼賛する。

 

「……お帰りなさい、女王よ」

 

 その彼女の言葉に、天上から降臨したアリスは微笑み返した。

 

 

 

 

 

 

 





第100話という記念の話に、なんとか間に合いました!!
あのアンケートの選択も、あのアルティメットアリスの降臨に必要な儀式だったのです!!

アロスワちゃんねるの後半で、先生と走馬灯の映画館で話していたのは実はこのアリスだったんですね!! アンズちゃんみたいな感じだったのはミスリードでした!!
誰もこれアリスじゃね? みたいな感想が無くて、ニヤリとしましたね。あの時の一人称、アンズちゃんの事を彼女と言ったといった伏線とか張ってたんですよ。

多分向こうの現実ではシナリオ実装と同時に新キャラとしてピックアップしてることでしょう。

次回、悲劇は幕を閉じる。
ではまた!!
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