あと、AIイラストを一部しようしてます。
それをご留意の上で、本編どうぞ!!
先生は目を開けると、満天の星と、 地平線まで続く荒野が目に映った。
まるで月面のような、そんな何もない場所。
ここが──。
「ようこそ、先生。“聖地”へ」
先生をこの地に導いたアリスは、そう言った。
「“何も無いね”」
「はい。こんなところに来るのは、偶然漂着するとか、文明が進みすぎて他に探求することが無くなってしまった人たちとか、ここに究極の叡智が存在するなんて噂を真に受けた人とか、まあそんな感じでしょうか」
先生はそのどれにも該当しない、レアケースのようだった。
「ゲームとかでしたら、伝説の地とかは隠されてたり、特別なアイテムが無いと行けない場所なんですが、ここって手段さえあれば割と誰でも来れてしまうんですよね。
まあその誰でもっていうのは、世界間移動できる宇宙船とか、時空転移魔法とか、そう言う資産や技術の持ち主に限りますけど」
その上、あんまりありがたい場所でも無いようだった。
「“聖地”なんて呼ばれる由来とかあるのかい?」
先生は自然と歩き出したアリスに追従しながら、雑談を挟む。
「ええ、ここはメアリース様が人間だった頃に生誕した世界。
ずっと昔には、この世界にも名前があって、普通に人々が暮らしていたらしいです。
でも今は、ほら」
「“ッ!?”」
先生は、思わず足を止めた。
見上げるほど巨大な、白亜の門。
地平線ぐらいしか見えなかったこの場所に、いつの間にかそこに行きついていた。
そして、実際に見上げれば首が居たくなるほど、途方もない大きさだった。
「アリスですか」
門の近くから声が聞こえたので、先生はそちらに視線を向けた。
そこには、白いローブで全身を覆った幽鬼のような女性が、存在感も無く佇んでいた。
「あッ、義姉さん!!」
「“お姉さん!?」
「ああ、紹介しますね、先生。彼女は姉弟子です。ここの門番をしてるんですよ」
「そうですか。話には聞いていますよ」
門番として紹介されたアリスの姉弟子は、無感情に淡々とそう言った。
アリスとどちらが機械か分からないほど無機質な態度だった。
「“どうも、アリスの担任です”」
「この場所は、時空間がズレています」
先生の挨拶も殆ど聞き流すようなタイミングで、門番は名乗ることも無く話し始めた。
「時間や距離の概念が曖昧です。
この門を守護する者は私以外に二名いますが、私に出会えたと言うことはここを通れるということです」
「“な、なるほど……”」
「この先におわす偉大なる我が師からは、余計な奴を通すな、と言いつけられていますが、そもそも通れない者はここに辿り着けぬ運命。
この私も、そこのアリスも、止める権利はございません」
まあだからと言って通しても私は半殺しにされますが、と門番は愚痴るようにぼやいた。
「“あの、どんな用向きかも聞かないのですか?”」
「聞きませんとも」
門番と言うのは、要するにセキュリティである。
その彼女が用件も聞かずに通すのは、いささか不用心に思えた先生だた。
「どうせ、あの御方に用件を告げることなどできませんから」
「“それはどういう……”」
「この先に進むうえで、三つのルールがあります。
それを守る限り、五体満足と正気のままで、貴方の帰る場所に戻れることを保証しましょう」
門番は指を三つ立てて、口を開き──。
「あれ~? 先生じゃありませんか」
その時だった。
先生は聞き覚えのある声に、振り返った。
「“アンズちゃん?”」
「ええ。皆の運命の女神、アンズちゃんですよ~」
特徴的なとんがり帽子に黒髪の少女が、まるで近所の出先で偶然遭遇したかのように手を振っていた。
「あ、キョウコ!!」
「あれあれ、アリスちゃんまでいますね。
何か用事でもあったんですか?」
「はい、実は……」
アリスは彼女に事の次第を説明した。
「あちゃ~。先生も無茶しますね。
このまま行っていたら間違いなく死んでましたよ」
「“え……”」
「だって、ダーリンに会って帰って来れる条件はたった一つだけですもん」
少女はイタズラっぽく笑って、人差し指を立てて示した。
「それはズバリ!! ──この私がここに案内すること!!
それ以外はほぼ100%ッ、無事に帰ることは出来ません!!」
彼女はニシシとおかしそうに笑った。
「だからアリスちゃんに案内されてここに来ても、絶対に助からなかったわけですね!!」
ぞわ、と先生の背筋に冷や汗が伝った。
「だから、このまま行ったら死にますよ」
彼女はそのままの笑顔で、そう運命を告げた。
「き、聞いてないですよ、キョウコ!!」
「あれ、義姉さんに聞きませんでしたか?
この門をくぐれるのは、通れる運命の持ち主だけ。
逆に言えば、戻る為にくぐる時もそれは同じってことです」
アリスは憤るが、運命の少女は笑うだけだった。
「ちなみに、この奥で守るべき三つのルールを義姉さんから説明されたと思いますが」
まだ説明されてないよ、と先生は小声で言った。
「それはダーリンが、相手の無礼を理由にぶち殺す為の口実を作る為に過ぎません!!
神の領域でルールを破れば祟られる。怪談と同じですよ。
ダーリンは底意地が悪い、ひねくれ者ですからね。だから門番である義姉さんに通すなと言っておきながら、通ることを妨害しないんです」
そんなことを赤裸々に暴露する少女に、門番はやれやれと首を振った。
「つ、つまり、こうしてキョウコが出てきた以上、先生は無事に帰れるんですね!!」
「え、それじゃあつまらないですよ」
アリスは喜びから一転、真顔になった。
そう、割れ鍋に綴じ蓋。
ひねくれ者同士が恋仲なのだった。
「以下の選択肢から、私の好物をプレゼントしてくれたら、ここからは私が案内してあげます」
運命の少女は選択しを提示した。
『“生ハムとトマトとモッツアレラチーズの盛り合わせ”』*1
『“チーズハンバーグとライスのセット”』*2
『“エビのシュリンプとオリエンタルソース”』*3
先生は答えた。
「“アンズちゃん、サイゼのメニュー表が見えてるよ”」
「あっと、これは失敬」
少女は背中に隠したファミレスのメニュー表を捨てた。
「それにしてもアレアレ?
このアンズちゃんのキャラストーリーを読めば、一発で私の好物が分かる筈なのになー?
どうしてでしょうねー? まさかこのアンズちゃんが実装されてないなんて、あるわけないですしー?
どうして誰もわからないんでしょうねぇ~~?」
「“富田屋の鳩サブレ”」
「……」
「“鳩サブレが、好きなんだよね?”」
「良いでしょう。師匠には先生を傷つけたら1000年口をきいてあげないって言っておきます」
アリスも、アリスもお願いします、と主張しているアリスを無視して、少女は肩を竦めて見せた。
本当に口を利かないんだろうなぁ、と彼女の性格を知っている先生は思った。
「さて、先ほど言ったルールに意味はありません。
ですが先生、その上でルールを守ってほしいのです」
「“わかったよ。でもその理由を教えてくれないかい?”」
はい、と少女は顔を引き締めて頷き、語り出した。
「昔々、この“聖地”が草木が溢れ、人々が過ごしていた頃の話です。
この世界には、一人の偉大なる魔法使いが居ました」
少女は、巨大な門の方を振り返る。
「彼は誰からも恐れられ、魔法使いを迫害する宗教が蔓延っていたその世界で、魔法使いたちの独立を黙認させるほど絶大な力を持っていたのです。
そんな彼に、ある男がこう言いました。「貴方を神として崇めたい」と。
彼はいい気になって、それを了承し、自身の魔法を与えました。
しかしある日、彼の弟子が己の師に報告をしたのです」
少女の語りに門番は目を伏せ、顔を逸らした。
「報告を受けた彼は、この世の醜悪の坩堝を見たのです。
彼は自分を崇めると言った教祖とその信者を、一人残らず皆殺しにしました」
「“……”」
「そして、世界に呪いをかけたのです。
────自分の名前を唱える者、自分を知り記録する物、そして自分に願い事を願う者。
そのみっつのいずれかを満たした存在に、等しく死を与えたのです」
それが、この先に存在する全能者が決めたルール。
「あの御方を見てはいけない。
あの御方を知ろうとしてはいけない。
あの御方に願ってはいけない。
それを守るものだけが、生きて帰れる」
門番が、少女に続けてそう告げた。
生涯を尽くしても使い切れぬ金銀財宝。されどそれは、呪われていた。
これは、そういうお話だ。
「その呪いは、“圧政”と称され、その魔法使いは“暴君”と呼ばれるようになりました。
皮肉にもその偏執的なほどの強大な魔法故に、人の身で神の如き、と言われるほどに。
先生が会おうとしているのはそんな、人間という存在が嫌いで嫌いで仕方がない、そんな祟り神なのです」
「“わかった。必ずルールは守るよ”」
「そうですか。その約束、守ってくださいね」
少女は先生の約束に、頷いて見せた。
「さあ、どうぞ。“暴君”の寝床へ」
巨大な門が、開く。
「いいですか、先生。門をくぐったら、顔を伏せてください。
そして、何があっても顔を上げないでください。
師匠との話は、すべて私がします。決して、先生から話しかけてはいけません」
「“うん、わかった”」
分厚い、分厚い門を通り過ぎる。
先生は言われた通り、顔を伏せた。
感じる。視線だ。
門をくぐってどれだけ歩いたか。
或いは一瞬だったかもしれないし、永遠に等しい時間だったかもしれない。
アリスが、足を止めた。
「師匠、お話しが──」
次の瞬間、アリスが部品単位でバラバラになって吹き飛ばされた。
先生の喉が一瞬で乾いたような気がした。
顔を上げなかったのは、ほぼ奇跡だった。
「おい、馬鹿弟子」
上から、声を投げかけられる。
その声は、意外にも若かった。
「お前の記憶回路はフロッピーディスク以下か?
僕は言ったよな。ここはお悩み相談所じゃないって」
「申し訳──」
「あのさ」
溜息の声。
「誰が口を開いて良いって言ったの?」
アリスの部品が、後ろの分厚い門に叩きつけられる音がした。
「馬鹿弟子。ここはどこだ?」
「し、しょう、の、ね、どこ、で、す」
「そうだ。僕はいつもここで寝てるんだ」
深いため息の音。
「いつもそうだ。
キョウコのバカだけじゃなく、今度はお前まで他人をここに連れてくるようになった……。
お前は自分の部屋に他人を連れてくるのがそんなに好きか?」
「……」
「アリスはパジャマパーティは好きです、って? あはは!! それって僕が陰キャだって馬鹿にしてるのかい?」
「……!!」
先生の背後で爆音が鳴った。
凄まじい熱気で、背中が焼けそうだった。
「ほら、見てみろよ」
VR空間のように、周囲の景色が変わる。
余りにも自然に別の場所の光景が映し出される。
そしてそこは、ミレニアムの宿舎の一室だと思われる。
「ここはお前の半身の部屋だ。ああ、言わなくても分かるよな。
ほらほら、僕からのプレゼントだ」
その室内に、どこからともなく無数の虫が湧きだした。
怖気の走るような光景だった。
「虫は嫌だって?
じゃあ何でお前は僕の寝床に僕が嫌いなモノを持ってくるんだ?
他人が嫌がることが好きなんだろ? じゃあ僕がそうして何が悪いんだ。言ってみろよ」
「……!!」
「僕は、言えと言ったぞ」
後方で、爆音が三連続で鳴った。
「アリス、お前に僕の気持ちがわかるか?
自分の部屋にゴキブリが湧いたのに、キョウコの奴はそれを殺すなって言って来たんだ。
言われなくたって殺すかよッ!! 誰がこんな気持ち悪いモノに触るか!!
ああおぞましい、おぞましいッ、お前はゴキブリと一緒に眠れるのか?
おっと、丁度汚れた人形がそこにあるな。代わりにお前を踏みつぶしてやるよ」
先生は思った。話が、通じない。
まさに“暴君”。そうとしか表現できない。
顔を上げたら死ぬ。
声を挙げたら、死ぬ。
奥歯を噛み砕かんばかりに、耐える。
アリスに振るわれる暴力を、見て見ぬ振りをする。
目の前の視線の主は、分かっていてそうしている。
お前は生徒に暴力を振るう存在に、何もできないんだと嘲笑っている。
“暴君”はアリスに攻撃をしているのではない。
かつて、あの男がハルナにそうしたように、間接的に先生の尊厳を踏みにじっているのだ。
お前はここに来たのが間違いだったのだ。
お前の言う責任の結果がこれだ、と笑っているのだ。
そもそもの話である。
この場所は“聖地”と呼ばれ、女神メアリースの生誕の地である。
人間の概念そのものである彼女が、なぜ“聖地”を荒廃したままほったらかしにしているのか?
彼女が人間なら、おびただしい死体を積み重ねてでも取り返すはずだろう。
それが人間の歴史と言うものだ。
だが、そうはなっていない。
その答えが、今怒り狂っている。
あの女神は、あのひねくれ者の運命の少女を恐れているのではない。
────この“暴君”に、怯えているのだ。
あの女神の合理性が、ここを捨て置くと選択するほどに。
こんな荒れ地の為に、資源を投じるなんてありえない、と言うように。
この暴虐の化身に、触らぬ神に祟りなし。それが最も賢い選択だった。
完全に、アリスの反応が無くなった。
ぱちん、と指を鳴らす音が聞こえた。
無からアリスの部品が現われ、集結し、元の姿を取り戻した。
「お前の先生は助けてくれなかったな」
「ぜ、全部、全部アリスが悪いんですッ」
「違うよ、そいつは僕に逆らったらお前がもっとひどい目に遭うって分かってるんだ。だから自分を押し殺した。
つまんない反応だ。嬲り甲斐がないじゃないか」
苛立ちを発散してある程度癇癪が終わったのか、そんな理性的な声がした。
「まあいい。おい、アリス」
「はッ、はい」
「帰郷は済んだだろ。いつまでも遊んでないで、こっちに戻って来い」
「えッ」
「なにが、えッ、なんだ」
視線の圧力が、強くなる。
「僕らはお前と言う産業廃棄物を引き取ってやったんだ。
それなのに肝心のお前はなに未練たらたらでよそ様に迷惑を掛けているんだい?
いい加減、自覚しろよボロ人形。お前と、お前の故郷はもう対岸なんだよ」
「ですが、師匠!!」
「おい」
アリスの身体が震える。
普通の機械ではあり得ない、人間みたいに汗をだらだらと顔からしたたり落ちている。
「はい、だ。そう言え」
「い、いやでッ」
ばんッ、とアリスの顔がまるで殴られたかのようにのけぞった。
先ほどまで非現実的な現象で痛めつけていたのに、ここに来て分かりやす暴力が彼女を襲っていた。
「まあお前が簡単に聞き分けるなんて思ってないさ」
冷めた口調。
しかしそれは、余計にアリスの身体を震わせる。
アリスは知っていた。“暴君”は怒り狂っている方が、ずっとマシであると。
「ゆ、ゆるしッ」
「……アリス。お前の友達の名前はなんだ?」
“暴君”は一番残酷な方法でアリスを打ちのめした。
「か、返して、返してください……」
アリスはひれ伏すしかなかった。
懇願するほかなかった。
「■■■をッ、■■■をッ、■■を……■■先輩を、私の思い出を、返してください……」
アリスの言葉は、殆どテレビの砂嵐のような雑音ばかりだった。
だが、先生にはそれが何かわかった。
拳を爪が食い込み、血が出んばかりに彼は握り締めた。
「こっちに帰ってこい。僕はそう言ったぞ。
それとも今度は、お前は誰だってそこのそいつに言わせ──」
え、とアリスは顔を上げた。
彼女は先生を見た。
先生は、ただ片腕をまっすぐ上を向けて手を上げていた。
それだけだった。
いや、違う。
「(“もし彼が全知全能なら、私の行動の意味が分かるはずだ”)」
彼を見てはいけない。
彼の名を呼んではいけない。
そして、彼に願ってはいけない。
先生は、そのルールを守っている。
その上で、抜け道を探していた。
「(“もし彼が全知全能ならば、手を上げて何も言わない奴の真意さえ探ろうとするはずだ。だって虫が何を考えているか分からないなんて、気持ち悪いからだ”)」
先生は、無力だった。
だが、たとえクトゥルフ神話の邪神アザトースが目の前に降臨しても、そうしてそれを直視し全ての正気を失ったとしても。
諦める、という選択肢だけは無かった。
なにより彼は、教え子に暴力を振るう存在に怒っていた。
たとえそれが暴虐の化身でも、神々の王でも。
許せないものは、許せないのだ。
「くだらない努力だね。壁の分際で」
初めて、“暴君”が先生を見た。
「(“虫から壁にランクアップした。彼は私に意識したはずだ。つまりこの方法なら意思疎通は許されるはずだ”)」
何かをしてもいいですか、と問うことも願うことと同じだ。
だから先生は自分の思考だけで、まるでサトリ妖怪を相手にするかのように“暴君”のルールに従っていた。
「(“同じアリスの教育者として、私は暴力や恐怖を用いず彼女を説得できるはずだ。
つまり、教育者として私の方が優れているはずだ。
でもまさか、全知全能たる存在が、私のような無力な人間にできることが出来ないなんて、そんなことはあり得ない筈だ”)」
「……」
「(“彼は潔癖な人物の筈だ。そして、恥を知っているからこうして怒っているはずだ。
私の想像が見当違いであるなら、あのアンズちゃんが好ましいと思う人物ではないはずだ”)」
「……」
「(“私の考えが正しいのなら──”)」
「もういい」
それは嫌悪感剝き出しの、忌々しそうな声だった。
「それ以上僕を分かった気になろうとするなら、キョウコに何を言われようが関係ない。お前の存在をありとあらゆる次元から全ての痕跡ごと消し去ってやる」
「“…………”」
「顔を上げろよ。まあ、よそ者に見苦しい所を見せた自覚はあるからね。お前は嫌いだけど、客として持て成してやる」
そして、先生は賭けに勝った。
先生は言われた通り顔を上げた。
“暴君”の寝床は、地平線まで続く荒野しかなかった。
同時に、あんぐりと口を開けて驚いているアリスが目に映った。
「し、信じられません……師匠が誰かに、敬意を払うなんて……」
そして、虚空から“暴君”のアバターが現れる。
まさしく神経質そうな眼鏡を掛けた少年だった。
小柄で、アリスよりも少し背が高いくらいしかない。
先生は驚いた。若くとも、もっと威厳があるような容姿なのかと思っていたのである。
「チビで悪かったね。吸われたのさ、僕の兄貴にね。
双子なのに僕は病弱で、あっちはムキムキで暑苦しい体育会系の権化みたいな奴だった。理不尽だと思わない?」
「“え、ええ……”」
「アリス」
「は、はい」
「でももう兄貴はどこにも居ないんだ。僕よりずっといい奴で、優れてたのに。
あそこで門番をしてる馬鹿弟子がもう一人いるだろ?
あいつは僕の親友の子孫でね、メアリースの奴もそうさ」
その話自体は、アリスは知っていた。
彼女の師は多弁なので、身の上話ぐらいいくらでも聞いている。
「お前、自分の友人の子孫に畏敬を向けられる気持ちがわかるか?
その度に、ああ、あいつは死んだんだって思い知らされるんだ。
他の人間は虫けらみたいに湧き出すくせにな」
「あ、アリスは耐えられます!!」
「そうだな。別の並行世界にでも行けば、会えるかもな。お前はだから耐えられると以前僕に言ったな」
少年は、鼻で笑った。
「いつかそれが、惨めさに変わらないといいな」
「うッ」
「キョウコに言われたよな? お前の居場所はここしかない、と。それはそう言う意味だ」
少年がアリスに与えた暴力など、それに比べれば掠り傷にも満たない。
アリスの惨めさと孤独、それは永遠の絶望なのだから。
「お前が泣きべそをかきながら、ここに戻ってくるのを待っててやるよ。
僕も、キョウコも、ここの他の連中も、何もすることなんて無いからな」
“暴君”は神々の頂点に君臨し、そして何もしない。
それだけで、この領域の全ての神々がひれ伏している。
誰もが機嫌を損ねないようにして、神輿の上で眠って貰おうとしている。
邪神アザトースのように眠れる祟り神。それが“暴君”だった。
「分かったなら失せろ。
僕はまた寝る。邪魔をするな」
アリスはこくりと小さく頷いた。
その姿が、ここに来る前よりずっと小さく見えたのは先生の錯覚ではないのだろう。
「ああ、そう言えばお前らは、あの蛆虫について聞きに来たんだっけ?
あいつなら、──もう
「“……どういう意味でしょうか?”」
「文字通りの意味さ。お前の視界にも、お前の周囲にも、何の影響も及ぼさない。生きているし、確実にどこかに存在するけど、お前たちに二度と関わることなんてない」
影にでもなったと思えばいいよ、と少年は言った。
「俗な言い方をしてやろうか?
例えばドラえもんの出木杉君には両親がちゃんと存在するが、彼の母親はたった一話だけ、声としてだけしか登場しない。
あの蛆虫はそうなった。もうどのシーンにも描写されないんだ。存在はしているけど、設定的には生存してるけど、読者の前には二度と出てこない」
まさに、虫けらの扱いだった。
先生は思わず唾を飲んだ。
「この地に来て誰も帰って来てないから、僕が全員殺したって?
それは大きな誤解さ。だって、虫を叩き潰したら手が汚れるじゃないか、気持ち悪い。
ここに来て帰ってこない連中は、誰も行方がわからなくなったってだけだ。当然、この僕もね。なぜなら、描写されないからだ」
或いは殺されるよりずっと残酷な、忘却への追放。
まるで生きた影だった。
「ああ、お前は責任を取らせたいんだっけ?
じゃあそう言う描写を挟んでおこうか」
「これで満足だろ? わかったのなら帰れよ」
先生は思い知った。本物の、全知全能の力を。
そして、これ以上の成果は
「……行きましょう、先生」
「“うん……”」
先生はアリスと一緒に帰りの門をくぐる。
「はえー、知りませんでした。
ダーリンのことだから、てっきり全員ぶっ殺してるモノだと思ってました」
そして門から出ると、門番と運命の女神が出迎えた。
「まさか本当に生きて帰れるとは……」
と、門番も意外そうに先生の帰還を見ていた。
「“……まだ生きた心地がしないよ”」
少女はどこからともなくコップ一杯の水を取り出してくれたので、先生はそれをありがたく飲むことにした。
「あ、そうだ!! せっかくだからこっちの世界を観光とかしていったらどうです?
アリスちゃんのモニュメントとかあるところもありますよ」
「“せっかくだけど、それは今度にしておくよ”」
「あら残念。それじゃあ、鳩サブレ、よろしくです♪」
「“うん、あとで用意しておくよ”」
少女はふわりと身を翻すようにして消え去った。
「帰りましょう、先生。それじゃあ、義姉さん、また」
「私は今を観測しました。安心して帰りなさい」
門番の言葉にアリスは頷く。
彼女は先生と手を繋いで、キヴォトスへのポータルを創り出す。
最後に一度だけ、アリスは振り返る。
自分が初めて、あの門をくぐった、その時のことを。
アリスは先生を送り出すと、ちょっとだけある世界へ移動した。
そこは広場で、多くの人が行き交っていた。
その中央に、アリス達を模った四つの像があった。
「わかっているのです。アリスにはキヴォトスに居場所が無いことぐらい。
アリスの手は血塗れで、本当は皆に会わす顔なんてないです」
石像は何も語らない。
アリスの独白は喧騒に消える。
「アリスはどうすればいいんでしょうか。
教えてください、ユズリハ様、ピンキー、グリーンベル……」
アリスの言葉を答える相手は、もうどこにもいない。
これは、彼女が魔法を見つけるまでのお話し。
数百年にも及ぶ、長い旅路の御伽噺である。
ちなみにアリス裏ルートは、ブルアカが異世界ファンタジーだったら、みたいな妄想を根底にしています。
次回から、本格的にアリスの辿った旅路を描きます。
ではまた、次回!!