※この作品はR-18です。

キヴォトスに墜ちた悪魔   作:やーなん

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洗礼

 

 

 

 

「……ここはもう、別の世界なのですか?」

 

 ヘイローの無い少女に連れられて、アリスは何もない荒野へと辿り着いた。

 月明りと満点の星々のお陰で暗くは無い。

 まるで月面のような、ある種幻想的な場所だった。

 

「ええ、何もないでしょう?」

「アリス、知ってます!! ワビサビって奴ですよね!!」

「まあ、そうとも言いますね」

 

 アリスのポジティブさに、ヘイローの無い少女は適当に頷いた。

 

「アリスちゃんは何をしたいですか?

 流石にこっちは広いですから、娯楽は探せば幾らでもありますよ。

 個人的には、新しい学校にでも行って友達でも作れば──」

「アリスは、魔法が欲しいです」

「……」

「こっちには、魔法があるんですよね?」

「ええ。じゃあ魔法を学べる冒険者学校とかどうです?」

 

 少女の提案に、アリスは首を横に振った。

 

「普通の魔法では意味がありません」

「……」

「キョウコのような、スゴイ魔法使いになりたいんです。

 勇者は武力だけでなく、雷魔法や全体回復呪文も覚えるべきですから」

「その先は地獄ですよ」

 

 少女は無垢な子供に諭すように、穏やかな表情で言った。

 

「Fateシリーズの第一作は履修済みですよね?」

「勿論です!! アニメですけど!!」

「あれの作中に、正義の味方には結局、敵となる悪が必要だという話が出てきます。

 ──アリスちゃんは、誰を倒すつもりなんですか?」

「魔王を倒します!!

 そして困っている人を助けるんです!!」

「これは私の経験から言いますけど」

 

 少女はそう前置きして、彼女に言った。

 

「大抵の場合、そういうの、迷惑なんですよ」

「……え?」

「私も魔法を覚えたての時はイキって災害救助に夏休みを費やしたりしましたが、結局何もできませんでした。

 なんで救命士がいると思いますか? 彼らは専門の知識と訓練を積んでいるんです。

 素人が魔法の杖を振ったところで、邪魔にしかならないんですよ」

 

 現実はゲームではない。

 HPがあって、その数値が1まで減った人間はゼロになるまで動けるわけではないのだ。

 

「医療知識なんて無い癖に、骨が折れて腕が曲がった人に回復魔法を使って、腕が折れたまま骨がくっついたりしたら大変ですよね?」

「回復魔法はヒーラーのジョブに任せるべき、そういうことですか?」

「ええ。アリスちゃんにはいくらでも時間はあるんですから。

 そういう基礎から幾らでも学べばいいんです」

 

 少女はそのように優しく諭した。

 やんわりと、勇者の本質から話題を逸らしながら。

 

「じゃあ、アリスは以前先生のクエストでパーティを組んだ際に行ったトリニティのミネ団長みたいに成ればいいんですね!!」

「うーん、それは素直に“はい”とは言えませんけど……」

「でも、アリスは別れ際に先生に言ったんです。

 ──また会いましょう、って」

「……」

「アリスは皆を待たせたくありません。

 やっぱり、まずは魔法使いに転職し、上級職をマスターしていずれ勇者に転職したいと思います!!」

 

 それを聞いた少女は、切なそうな表情になった。

 

「アリスちゃん、実は……」

 

「キョウコ、言っていなかったのですか?」

 

 その声に、アリスは振り返る。

 そこには、今まで影も形も無かった、見上げるほど巨大な白亜の門が鎮座していた。

 

 そして、その前に佇む幽鬼のような白いローブの女がいた。

 

「あなたは……」

「彼女は、私の姉弟子です。

 そして、“観測”を司る存在でもあります」

 

 少女は彼女を、そのように紹介した。

 

「私はただの“門番”ですよ。そして我が名も、知る必要もない。

 アリスと言いましたか。貴女の帰るべき世界に、貴女は戻ることは出来ませんよ」

「えッ、なぜ、なぜですか!?」

「私がそのように見(・)た(・)からです」

「意味が、分かりません……」

 

 困惑するアリスに、少女は言った。

 

「Fateのソシャゲの第二部が、自分たちが正しい歴史だーって言って大義で、別の歴史を辿った世界と戦うって話じゃないですか?

 義姉さんの権能は、その正しさを決めるものなのです」

 

 相変わらず私よりエグイ権能ですね、少女はぼやく。

 

「分かりやすく言えば、貴女が帰れる未来と、帰れない未来。

 我が権能はその取捨選択を行うこと。キョウコは貴女が自分を忘れた世界に帰れるという未来の排除を、私に依頼したのです」

 

 門番は淡々と、アリスに無情な事実を伝える。

 

「それはつまり、ギャルゲーでどのヒロインのルートが正史であると、公式が言うようなものじゃないですか!?」

「ええ、あなたが傷つくことが無いように、と」

「じゃ、じゃあ、どうやっても、アリスは帰ることはできないんですか?」

「我が権能はそれのみ。されど、この世に数少ない“絶対”のひとつ。

 泣こうが喚こうが、過去を改変しようがルールの裏道を探そうが、貴女が元の世界に帰れる、という結末には決して辿り着くことはありません」

 

 正史を選ぶという絶対。必要な未来を選択し、確定する究極の結末。

 このルートが続編に繋がると、公式が明言する力。それ故に、彼女は“門番”なのだ。

 

 それが、ここに居るアリスがどこにも帰る場所が無いと伝えていた。

 

「そ(・)う(・)、(・)た(・)と(・)え(・)あ(・)な(・)た(・)が(・)神(・)に(・)な(・)ろ(・)う(・)と(・)も(・)」

 

 だから門番はこの時点で、彼女の末路を見渡していた。

 

「なら、なら、アリスはなんのために……」

「ただし」

「……ただし?」

「この門の奥におわす、全知全能なる我が師は、我が決定に唯一異を唱えることが出来る御方。

 より正確に言うならば、私とキョウコ、かの御方は三位一体。

 三神にして一つの神性。我が権能は、その三分の一に過ぎないのです」

「つまり、どういうことですか?」

「ややこしいでしょう?

 人生ゲームで例えましょう」

 

 困惑しているアリスの前に、少女はボードゲームをポンと取り出した。

 少女がルーレットを回す。

 

 数字は6を示した。

 ぽんぽんぽん、と少女は駒を進める。

 

「十マス先に、結婚マスがあります。ここに行きたいとしましょう。

 けど今回は六マスしか進めませんでした。結婚は出来ません。

 でも私の力は、このルーレットをやり直すことができます。

 だけどもう一度振り直したところで、10の出目が出るとは限らない」

「この場合、私はそれを正史とするしかない」

「しかしダーリンは、もう一回振り直すって主張できます。それも無制限に」

「そうやって10の出目を出し、それを確定の未来とする」

 

 まさに、全知全能の力。

 この“聖地”に隠された、本当の秘密。

 

「この力は我ら三人の同意なしに振るわれることはありません。

 余りにも強大すぎる力ですから。

 まあ、ダーリンは正直それが無くてもあんまり変わらないんですけど」

 

「なら、お願いします、アリスはいつか、みんな所に帰りたいんです!!」

「であらば、かの御方にそれを伝えればいい。ではこの先でのルールを三つ。説明します」

 

 門番は三つのルールをアリスに説明した。

 

「分かりました。行ってきます」

 

 重厚な開閉音が、荒野に響き渡る。

 

 アリスは迷いなく、その門をくぐった。

 

「いじわる。師匠がうんって頷く未来なんて、選ばなかったくせに」

「何を今更。彼女がここに来た時点で、結末は決まっている」

「そうですよねぇ、これ回想シーンですし。過去編ですし」

 

 そもそもこの領域における神とは、時間や因果律から逸脱した存在。

 この領域にアリスが発生した瞬間、もう全て彼女の行く末は決まっているのだった。

 

 

 

 

 §§§

 

 

 

 アリスはトンネルのように長大な門を抜けた。

 その先も、地平線まで広がる荒野と、星空しか無かった。

 

 そして、誰も居ない。

 いや、アリスは感じていた。

 

 視線を。

 誰かが、アリスを見ていた。

 

 

「あ、あの!!」

「イヤだね」

「えッ」

 

 不機嫌そうな声。それが眼前から発声する。

 心底侮蔑するような、見下した声音だった。

 

「なんで僕が、お前の願い事なんてきかないといけないんだよ」

「そんな、どうして……」

「それは僕が、お前が嫌いだからだ」

 

 アリスは絶句した。

 なぜこんなにも嫌われ、拒絶されているのか分からなかったからだ。

 

「気持ち悪い。人間そっくりで、なおかつ純真無垢な性格ってのが気持ち悪い。

 人間ごっこは楽しいか? お前はそのように設計され、そのように立ち振る舞う。お前の意志なんてどこにもないんだ。

 キョウコのバカも、よくもこんな気持ち悪いモノをもってきたものだよ」

 

 罵倒だった。

 アリスの全てを否定する、罵詈雑言だった。

 

「……アリスのことを、知っているんですか?」

「知ってるとも。だから気持ち悪いって言ってるんだ」

「なら教えてください!! アリスは本当に、魔王なんですか!?」

 

 アリスの問いに返って来たのは、笑い声だった。

 まるで笑い転げるかのような、大笑いだった。

 

「教えてやろうか、ボロ人形!!」

 

 喜悦に塗れた嘲笑混じりで、声の主は答えた。

 

「お前の正体、その本質とは、──愛される為にある」

「愛される?」

「そうだ!! これ以上気持ち悪いことがあるか!?」

 

 嘲笑が続く。

 アリスはやはり、なぜこんなにも嘲笑われるのか分からなかった。

 

「それは、どういう意味なのでしょう……?」

「わからないのか? お前の設定、デザイン、その性格やその他全ては、お前が他者に愛される存在であれ、として創造された。

 お前が魔王だとか勇者だとか、そんなものはお前の本質からすればどうでも良いことだ。

 お前の大好きな、ゲームの台詞の言い回しを引用し、こう言ってやろう。

 ──お前は、誰かに愛されるための機械的な人格の集まり、だとな!!」

 

 お前に人格は無い。

 お前に意志は無い。

 お前に、魂は無い。

 お前は、生きてさえ居ない。

 

 “暴君”は、アリスの全てを否定し、嘲笑っている。

 

「これが気持ち悪くなくてなんなんだ。

 お前は他人に媚びを売るだけの存在で、そうしてどこかのランキングにでも貢献して、或いは経済を回すだけの無様な奴隷だ。

 お前の存在は手垢塗れで、汚らしいビニールの人形に過ぎないんだ」

 

 アリスは理解が出来なかった。

 まるで自分の事を言及されているように思えなかった。

 

「そして最後には捨てられる。忘れられる。何も残らない。

 それがお前と言う存在の本質で、全てさ」

 

 アリスは何と言えばいいのか分からなかった。

 そんな情緒も、反論する為の材料も無かった。

 

「だから僕に近づくな。気持ち悪い。

 お前なんか愛してやるか。お前なんかの願いを叶えてやるものか。

 わかったのならさっさと帰れ。そして故郷のことなんてすべて忘れて、馬鹿みたいに勇者ごっこでもして、どこかで朽ち果てればいい」

 

 言いたいことを言い終えたのか、沈黙が降りた。

 

「……アリスが、愛されるために存在しているというのなら」

「ちッ」

「アリスは勇者に成りたいです」

「憐れな奴。お前に向けられる愛は歪んでいるんだ。

 お前を消費し、搾取し、弄ぶために愛するんだ!!

 お前の悲しみや、お前に降りかかる悲劇、それをスパイスにして、味わう為に愛するんだよ!!

 勇者ってのは、その為にお前に割り振られた記号に過ぎない!!」

「ですが、それがロールプレイではないのですか?」

 

 アリスはそう主張した。

 

「試練を乗り越え、冒険を経て冒険者は英雄になります。

 技能を駆使して探索者は神話生物の恐怖に立ち向かいます。

 サイコロの出目に一喜一憂して、私達は物語を進めていきます。

 私はキャラクターシートの彼らを、搾取して弄んでるなんて思ったことがありません!!」

「……」

「アリスに与えられる愛がそれと同じなら、アリスはその期待に応えたい。

 人間ごっこなら、それでもいい。アリスは人間の勇者をロールプレイします。

 だけど、それは独りじゃつまらないです」

「……」

「お願いです、アリスに帰る場所を返してください」

 

 沈黙。

 数秒にも、数分にも思える沈黙だった。

 

 やがて、虚空から何か小さいモノが落ちてくるのを、アリスは思わずキャッチした。

 

「これは、スイッチ?」

 

 まるでドラえもんのマンガに出てくる秘密道具、独裁スイッチのようなスイッチだけの物体だった。

 

「それを押すと、お前の故郷であるキヴォトスが爆発して消える」

「えッ!?」

「お前はそれを押せるか?」

「お、押せるわけがありません!!」

「じゃあ聞くが」

 

 視線の重圧が、強まる。

 

「それは押せないのか? それとも、押すことができないのか?」

「……それは、どういうことですか?」

「お前の意志で押せないのか、それとも押せない運命だから押すことができないのか、と言うことだ」

 

 彼は、ふん、と鼻を鳴らすな仕草をした。

 

「そのスイッチを手にしているお前は、キヴォトスの全てを自由にしているのと同じだ。

 でも、それを押すことはできない。では無いのと同じだ。

 僕らの全知全能の力とやらも、それと同じこと」

「つまり……」

「そうさ。全知全能の力なんて端から存在しない。

 僕らが何に対してその全知全能の力を使うか、選ぶことは出来ない」

 

 何の意味もない、設定だけのフレーバーテキスト。

 “暴君”は全知全能の存在。ただそれだけ。

 それを自由に行使できるが、行使できる時は限られる。

 

「お前は物語の都合で、故郷に返してやることは出来ない」

 

 また笑い声が聞こえた。

 嘲笑ではなかった。自嘲だった。

 

「これが神に至った存在の無様な正体さ!!

 神に自由なんて存在しないんだよ。僕らは舞台装置、都合がいい時に、その力を使う存在に過ぎない」

 

 そう、最初から、彼に“うん”と頷くことなどできない。

 

「わかっただろ。僕にも意志なんてものは無いんだ、お前と同じさ!!」

「……」

「これで満足しただろ。お前はお前の幸せを、勝手に追求すれば良い」

「……」

 

 アリスはしばらく考えた後、こう答えた。

 

「じゃあ、私をキョウコみたいなスゴイ魔法使いにしてください!!」

「お前ッ!!」

「都(・)合(・)が(・)い(・)い(・)の(・)な(・)ら(・)、アリスのお願いを聞いてください!!」

 

 “暴君”は思わず唸る他なかった。

 “運命”は、最初からアリスの味方だった。

 

 なにせこの物語は過去編で、回想の中の出来事なのだから。

 

「……いいだろう、なんて、言うと思うか!!」

 

 “暴君”は、激怒して怒鳴り散らした。

 

「僕に意志が無いと、認めると思うのか、お前は!!」

「ならアリスも、アリスに意志が無いと認めません!!」

 

 

「そうか。なら証明して見せろ」

 

 アリスの足元に、黒い孔が広がった。

 

「ルールは聞いていたよな?

 僕に願うことは許さない、と。

 でもまあキョウコの紹介だから赦してやる。あいつの紹介なら、願いを聞いてやるってことにしているからな」

 

 だが、と“暴君”は視線を細めた。

 

「魔法を使うには魂が必要だ。

 その魂を、お前自身で手に入れるんだ」

「魂を、ですか?」

「ああ、幾ら時間が掛かってもいい。お前の魂の存在を証明しろ。

 お前が魂を手に入れられたら、僕の弟子にしてやったっていい。

 でも無理だと思ったら、真上を向いて“諦めます”と言え。その時は助けてやるよ、でも願い事もそれまでだ」

 

 既に黒い孔に、アリスの身体の半分以上が呑み込まれている。

 そんな彼女に彼は言った。

 

「精々足掻きながら、苦しむことだね」

 

 アリスが孔に消える。

 神の寝床に、静寂が訪れた。

 

 

「おい」

 

 “暴君”の視線が、上位の位相に存在する筈の神々の領域を見下ろした。

 

 そこには、この領域に存在するありとあらゆる大小様々な神々がひれ伏し、微動だにせずしていた。

 

「リェーサセッタ、お前だ」

「はい」

 

 その中でも強大な女神を一人、彼は名指しした。

 黒い靄を纏った女神の身体が震える。恐怖でだ。

 

「今のバカを徹底的に思い知らせてやれ。

 こっちは、制服を着て学生ごっこできるような場所ではない、ってな」

「……仰せのままに」

 

 黒い靄の女神、邪悪の女神、全ての魔王の母神は更に頭を下げた。

 

「……大師匠」

 

 そんな恐怖に震え、歓心を買わぬように息をひそめている神々の中で、ただひとり顔を俯かせたまま立っているだけの神が居た。

 女神メアリースだった。

 

「まさかとは思いますが、本当にあの小娘を弟子になさるつもりですか?」

「誰が」

 

 メアリースの身体が爆散した。

 

「僕に意見して良いって言ったんだ?」

 

 反論は許されない。

 ここにいる全ての神々が反旗を翻しても、一蹴される。誰もが震える他ない。

 

 そして、彼の視線が、神々の領域から遠ざかる。

 

 空席になった文明の女神の椅子。

 しかし、彼女の同位体が何食わぬ顔でそこにやって来て座った。

 

「私の時は、袖にしたくせに……」

 

 確実に神として死んだはずのメアリースは、早々と復帰して恨み節を吐いた。

 

「何も、何もしない分際で、偉そうに!!」

「抑えよ、我が盟友よ。また残機を減らされるぞ」

「うるさい!! この私こそがかの御方の後継者に相応しいはずなのに、なんであんな小娘が!!」

「まだそう決まったわけではないだろう」

 

 と、勅命を下された邪悪の女神は彼女を宥めたが、内心は違っていた。

 

「だって、前にこうして私達に釘を刺した時、“三代目”は決まったじゃない!!」

「我々にはどうしようもないことだ」

 

 そうして、周囲にまで当たり散らすメアリースを宥める彼女であった。

 

 

 

 §§§

 

 

 

「ここは、どこでしょう……」

 

 アリスはいつの間にか、どこかの町に来ていた。

 ここがどの世界で、どんな場所か、彼女にはわからない。

 それでも、これが彼女の冒険の始まりだった。

 

「アリスは、絶対に魂を手に入れてみせます!!」

 

 そう誓った彼女は、わくわくしていた。

 

 その時である。

 

 突如として、空が暗雲に包まれた。

 

「あ、あれは!!」

 

 気象学的に決してあり得ない空模様。

 しかし、虚空に巨大な人影が映し出された。

 

 

『あー、我は魔王なり。我が母たる神に命じられ、この世界を滅ぼしにやってきた』

 

 その人影こそ、竜頭の人外。

 かつてキヴォトスにも現れた、怪物と同種の存在だった。

 

 ただ。

 

『えーと、そういうわけだから、その気があるなら私に挑んでみせろ。

 もしこの身を斃せたら、この決定は覆ることだろう。

 ……まあ、貴様らなどに期待などしていないが、これを言うのは義務なのでな。以上だ』

 

 随分と投げやりな態度で、彼は放送を終えた。

 

「ほ、本当に、オオカミさんの言う通りです!!

 この世界滅ぼします宣言です!! これから勇者アリスの冒険が始まります!!」

 

 アリスは想像を繰り広げていた。

 きっとこの世界で多くの冒険を経て仲間と出会い、最終的に魔王に挑むのだと。

 

 そう、考えていた。

 

 

「やったあぁぁぁ!!」

「ついにこの時が来たんだわ!!」

「ようやく魔王様が来られたんだ!!」

「ど、どうしよう、緊張してきた……」

 

 しかし、街の住人の反応は、アリスの想像と違った。

 

「あ、あの、どうして魔王が来るのに、そんなによろこんでいるんですか?」

 

 アリスは理解できずに、近くに居る人間に話しかけた。

 

「なぜ? なぜかって?

 当然だろう?」

 

 彼は当たり前のように、アリスにこう返した。

 

「私達は善く生きた。きっと今生の行いを女神メアリース様は評価して下さる。

 つまり、より良い転生特典をかの御方は下さるに違いないからだ」

 

「……え?」

 

「私は今生ではいっぱいボランティアをしたから、きっと善行ポイントがたくさんたまってるに違いないわ!!」

「溜まってる善行ポイントで、来世はもっといい家柄と才能を貰えるに違いないな、楽しみだぜ!!」

「私はどれだけのポイントがたまってるんだろう……知るのが怖いわ」

 

 街の住人は誰ひとりとして、死に恐怖を抱いていなかった。

 むしろ、魔王の到来を歓迎していた。

 

「し、死んじゃうんですよ、このままだと、本当に」

 

 あまりにも、常識が違いすぎる。

 そのこと自体に、アリスは恐怖を抱いてしまった。

 

「それを待っていたんだよ、我々は」

「自殺は地獄行き確定らしいからね」

「昨日亡くなった爺さんは実に間が悪いぜ、ははは!!」

 

 周囲から聞こえる声は、お祭り騒ぎだった。

 まるで、アリスがこの世界で独りぼっちであるのを示すように、ただ孤独のただ中に彼女は居た。

 

「それで君は死んで、来世にどんな恩寵を貰うつもりなんだい?」

 

 先ほどから親切そうに話しかけてくれる住人が、アリスに笑みを浮かべてそう問うた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 管理番号:485123

 世界名:チユ・トリアル

 文明レベル:55(地球換算で21世紀ほどの文化水準)

 

 備考:

 全人口の99.99%の人間の向上心、闘争心及び精神的成長の欠如。

 生産性及び、文明的発展の見込み無し。

 保存に値する文化的資源、及び世界的文化遺産は見られず。

 

 ……

 ………

 …………

 

 報告により、対処決定。

 

 対処:“伐採”対応。

 

 魔王ユニットの派遣を認めます。

 

 

 

 

 





アリスに、勇者としての資質を問う旅路の洗礼。
そこは、誰も勇者を必要としない争いの無い平和な世界。
それ故に、彼女は地獄を見るのです。

この章は、このような話ばかりです。

ではまた、次回。
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