※この作品はR-18です。

キヴォトスに墜ちた悪魔   作:やーなん

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拙作の加筆修正した全年齢版、『キヴォトスに墜ちた悪魔 エ駄死Ver』を投稿しました。
追加エピソードも加味して、今のところ合計で一万文字くらい内容を追加してます。

ついついあの男の話を書きたくて、あっちでも投稿しちゃいました♡
暇潰しにでもどうぞ!! できればついでに高評価してくれると嬉しいです。

では本編どうぞ!!



はじまりの街

 

 

 

 

「何も、魔王様直々に出向かなくとも」

 

 天空に浮かぶ魔王の居城、蓮華城。

 移動城砦にして空中を悠々と闊歩するそれは、不浄な地上から逃れる空を飛ぶ一凛の蓮の花のようだった。

 

 玉座の間に座するのは、竜頭の怪物。

 即ち、魔王。

 

 彼に侍る側近が、彼の行動を諫める。

 

「住人共など、魔王軍の連中に好きにさせればいいのです」

「私はあの軍勢は好かん」

「……左様ですか」

 

 魔王の言葉に、側近は異を唱えることは出来ない。

 

「それ以上に、あの連中を嬲る気にもなれん」

「魔王様。恐れながら、魔王様の威光を示す為にも、御名を名乗るべきだったのでは?」

「……オオガ、貴様は豚にわざわざ名を名乗るのか?」

 

 左様ですか、と側近は恭しく頭を下げた。

 

 程なくして、魔王の部下が報告に現れた。

 

「シヴァ砲、発射準備完了しました。出力はいかほどにしましょうか?」

「とりあえず、30%で様子を見ておくのだ」

「御意に」

 

 魔王の下知を受けた部下は、退出していった。

 

 魔王が指を鳴らすと、立体型のモニターが出現し、地上を映した。

 

『シヴァ砲、発射』

 

 蓮華城から砲塔が伸び、レーザービームが地上を薙ぎ払った。

 

 地上は瞬く間に真っ赤に染まった。

 燃える地上の住人達は、苦しむ間もなく死んでいったことだろう。

 

 これは慈悲ではない。不潔な家畜に触れたくない、そんな心理からなる拒絶だった。

 

「このような仕事、私以外の誰でもよかろうに」

 

 魔王が思わず、愚痴をこぼす。

 

「次弾の準備をせよ」

『御意に。──む、これは』

「どうした」

 

 内線で次の攻撃の準備を命じた魔王は、管制室の異常を察した。

 

『地上からの迎撃です!!

 高速の飛翔体が、連続でバリアに大幅な負荷を掛けています!!』

「ほう、あの豚どもにも戦う気概がある者も居たのか」

「しかし、魔王様。資料によりますと」

 

 少しだけ感心しだした魔王に、側近は資料を取り出した。

 

「この世界の文明レベルで、この魔王城にダメージを与えられる兵器など存在しえません。

 明らかにレギュレーション違反です」

「……面白い。我が四天王を差し向けろ。オオガ、お前も狼藉者を出迎えてやれ」

「魔王様の御意のままに」

 

 蓮華城の移動が停止し、降下を開始する。

 

 地上に着陸した蓮華城の城門から、魔王の親衛隊がわらわらと出撃していった。

 魔王の側近もまた、それに続いて行く。

 

 外では戦闘が起こっているというのに、魔王は穏やかに玉座で微睡むように目を閉じていた。

 

 

「貴方が、魔王ですか?」

 

 魔王が目を開ける。

 そこには、巨大な銃器を構えた少女が立っていた。

 

「いかにも。我が名はハーチス。魔王一族が序列466位の若造よ。

 そういう貴様はこの世界の住人ではないな?」

「……私はアリスです。偶々、ここに居合わせました」

「確か、この世界は別の世界への渡航技術はないな。

 では迷い子か。偶然にしては出来過ぎだが」

 

 魔王は億劫そうにアリスに視線を向けた。

 

「どこの世界の出身か分かるかね?

 我が名にかけて、送り返してやろう」

「……アリスを倒そうとは思わないんですか?」

「その理由が無い」

 

 魔王は、彼女に敵意さえ向けていなかった。

 

「仮に貴様がどこかの世界の住民票が存在した場合、貴様を殺してしまったら殺人になる。私は公人故に、罪には問われぬではあろうが」

「じゃあどうして、この世界の人達を殺したんですか!!」

「では聞くが」

 

 怒りの感情を向けられる魔王は、無垢な少女にこう返した。

 

「あれが、お前には人間に見えたのか?」

「な、何を言っているんですか?」

「あれは失敗作だ。この世界を創造したメアリース様がそう決めた。

 だから私が処分しに来た。これはそれだけの話だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「そんなの、おかしいです!!」

「では連中はおかしくなかったのか?」

 

 魔王は淡々とアリスに言葉を投げかける。

 

「死と言う餌を乞うだけの、あの豚どもはまともなのか?

 生命の究極の目的は、生存し子孫を残すことだ。

 命を粗末にしてはいけない。そんな基本的なことも連中は理解していないのだ」

「それは、あなた達がそうしたんじゃないんですか!?」

「それは誤解だな。全くの誤解だ。

 

 魔王はアリスの糾弾に、首を横に振った。

 

「メアリース様の自伝にもあるが、あの御方は生前弾圧を受けた側だ。

 故に、神としてかの御方は教義を人々に与えなかった。

 神の言葉だろうと、愚かな人間は必ず自分の都合の良いように曲解するからだ。それは我が母も同じこと」

「なら、どうしてあの人たちは!!」

「自分たちに有利な情報を、自分たちの好ましいように解釈していっただけのことだろう。

 この世界の住人には、事前に来世への転生のシステムが通達されていたようであるしな」

 

 結局、この話はこの世界の住人が自ら招いたことに過ぎないのだった。

 

「死にたいと言うのだ。殺してやって何が悪い」

 

 この悲劇に、魔王は何の感慨も抱いていなかった。

 

「命を粗末にしてはいけないのではないのですか!!」

「あの豚ども、いや、それは豚に失礼か。

 あの汚泥どもが生きているとでも?

 生きているのならなぜ、立ち向かわない。なぜ抗わない!!

 死ぬのだぞ、それを恐ろしいと思わないのか?」

 

 魔王の突如とした重圧に、アリスは怯んだ。

 

「恐怖を感じぬ者に、勇気は存在しない。

 勇気が無ければ恐怖も克服できない。

 精神的な成長をしないのならば、それは生きてるとは言わぬのだよ」

「……そんな理由で、ただ善良なだけの人達を殺すのですか?」

「そうだ。主上が、メアリース様がそう決めたからだ。

 あいつらは人間ではない。ただ私に掃除されるだけの、ただのゴミだ」

 

 アリスは決めた。

 魔王と、戦うことを。

 

「やめよ。お前がこの世界の連中に命を賭けるほどの価値は無い。

 お前の行動を誰も賞賛しない。それでもなお、戦うつもりか?」

 

 銃口を向けるアリスを、魔王は制止しそう言った。

 

「アリスはそうは思いません。

 探せばきっと、彼らにも素晴らしい所が見つかる筈です!!」

「ッ、ははッ、はははは!!」

「何が可笑しいのですか!?」

「いやはや」

 

 魔王は玉座の脇に置かれている、水差しからワインを注いだ。

 

「こんな言葉がある。

 泥に一滴ワインが落ちても泥のままだが、ワインの樽に一滴でも泥が落ちればそれは泥なのだと。

 お前の言い分は、泥の中に零れた僅かなワインを示して、それはワインだと言うようなモノだ」

 

 魔王はアリスの幼さを可愛らしいモノを見る目で笑っていた。

 

「そもそもが人間とは、汚泥なのだよ。

 貴様はそこから、目を逸らしている。なぜ人間が素晴らしいものであると、そう言えるのだ」

「アリスは、そこに光を見たからです」

「なるほど」

 

 魔王はゆっくりと頷いた。

 

「だが無意味だ。仮に私を倒したところで、別の者が送られてくるだけだ。

 それにやろうと思えば、メアリース様がこの世界を消し去ることなど一瞬で事足りる。資源が無駄になるからそうしないだけだ」

 

 だが、魔王は顎に手を当てて、少し思案した。

 

「……ではこうしようではないか。地上の連中への攻撃を一時止めよう」

「え?」

「お前が連中の中から、生きたいと言う者を探し出せ。

 死にたくないと命乞いをするなら、生かしてやる。それだけでいい」

「……本当ですか?」

「我は魔王ぞ。二言は無い。

 単身我が元まで現れた貴様に、敬意を示そう」

 

 魔王はそう言って、管制室に連絡を入れた。

 

「聞いていたな? 攻撃は中止だ」

『……御意に』

 

 内線での返答に、魔王は頷いた。

 

「一年の時間をやろう。その間に行きたいと言う者を連れて来い」

「……わかりました。アリスが彼らの希望を見つけます」

「しかしそうだな、このままでは面白くない」

 

 魔王は顎に手を当てると、何か思案をした。

 

「おお、そうだ。地上の連中に通達しよう。

 貴様を捕まえ、この私に差し出せば、十万善行ポイントをくれてやろう、と」

「ッ!?」

「信じているのだろう? あの連中を。

 なら、別に問題あるまいな?」

 

 これはゲーム。

 ただし、遊びではない。

 

「一人でも多く救って見せろ。出来るものならな」

「アリスは、負けません!!」

「そうか。では行くがいい」

 

 気だるげな魔王に見送られ、アリスは去って行った。

 

「オオガ」

「ここに……」

 

 魔王の呼びかけに、側近が虚空から現れた。

 ただ、側近は怪我でボロボロになっていたが。

 

「お前がそこまでやられるとはな」

「お言葉ですが魔王様、お戯れはおやめください」

「……」

「いえ、失礼しました」

 

 魔王の視線を受けて、側近は深く頭を下げた。

 

「どうせ、あの幼子の言葉を真に受けるものなど現れまい」

「……いえ、それはどうでしょう」

 

 何も期待していない魔王に対して、側近の予想は違っていた。

 

「恐らく、魔王様の想像以上の事態になるかと」

 

 彼の言葉は、不吉な予言となって虚空へと消えた。

 

 

 

 §§§

 

 

「待ちなさい」

 

 アリスが蹴散らした魔王の側近たちがそこらかしこで治療を受けたり搬送されている帰り道、彼女を呼び止める声があった。

 

 血のように赤い瞳が特徴的な、黒い喪服のような祭服の女だった。

 

「あなたは、誰ですか?」

「私の名はリネン。魔王様からお前に協力しろと言われている。しがない神官だ」

「協力ですか?」

「この蓮華城は空浮かぶ城砦。

 人員はどうやってここまで運搬する?」

「あ、そう言えば……」

「お前が保護した者を、私はこの城に送り届けよう。

 この城ならば、この世界が滅びようとも安全だ」

 

 リネンと名乗った女の言葉に、アリスは質問を投げかけた。

 

「あの、アリスがこの魔王城に送り届けたとして、その人たちはどうなるのですか?」

「受け入れ先の世界を私が責任を以って見繕うことを約束しよう。

 決して手荒には扱わない。能力と適正に応じて、仕事や住居も割り振ろう」

「……この世界の人達に、価値は無いんじゃないんですか?

 なぜ、そこまでしてくれるんですか?」

「だって、無駄だろう?」

 

 女は優しくそう答えた。

 

「この世界の住人は十分な教育と技能を有している。

 社会の円滑な運用の為に、適切に人員を割り振る必要がある。

 滅ぼす世界の住人だからと言って、画一的に全員を皆殺しにするのは無駄の極みだ。或いは、ただただ憐れだと、そう考える神官も多いのも事実だ」

「神様は、絶対なのではないのですか?」

「ひとつ、教えてあげよう」

 

 すっ、と女はアリスに近づいて、囁くようにこう言った。

 

「女神メアリースはな、自主的に自分を崇めて欲しいのだ。あれは承認欲求の塊だからな。

 人間達の自由意思で、崇め称えられたいのだ。ただそれだけが彼女の報酬なのだ。

 だから己と意見の異なる優秀な者も神官として取り立てる。多様性こそ進歩への道筋だと、神は信じているからな」

「あなたも、そうだというのですか?」

「さて、どうだろうな」

 

 女は曖昧な笑みで誤魔化した。

 

 

「おい、このクソガキ!!」

 

 その時だった。

 包帯塗れのオークの戦士が現れたのだ。

 まるでゲームキャラのように、エンカウントした。

 

「この魔王四天王が一人、キバナ様が今度こそ貴様を!!」

「魔王様の意向に逆らうつもりか?」

「そもそもお前はだ──れ──」

 

 女は振り返って、オークを見やった。

 その瞬間、彼は金縛りにあったかのように硬直した。

 

「ど、どうぞ、御通り下さい……」

 

 オークはそそくさと道を開けた。

 

「どうだ、これが神官の権威だ。誰も期限まで、この世界の住人に手だしはさせない」

「……ありがとうございます」

「さあ勇者よ。行くといい。私はいつも、お前を見ている」

 

 アリスは女に見送られ、魔王の城を脱した。

 これからの彼女の一年は、辛く長いものとなるのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

『この少女を捕らえ、我が元に差し出した者に十万善行ポイントを授ける』

 

 アリスが城から出て一日後、魔王は最初現れたように大空にアリスの姿を映し出してゲームの開始を告げる。

 

 

「おい、あっちで見かけたぞ!!」

「十万ポイントがあれば、来世は大金持ちになれるに違いない、捕まえろ!!」

「あの子、昨日ここで見かけたぞ!!」

「絶対に捕まえてやる!! この虫取り網で!!」

 

 アリスは裏通りで、身を潜めていた。

 魔王のゲーム開始から一週間。

 

 姿を現しただけで追い回される日々だった。

 何とか話を聞いてもらおうとしても、大勢で取り囲まれてどうしようもなくなる。

 

 だが相手は所詮ただの一般庶民。

 平和ボケが全身まで浸かった者達で、戦う術どころか武器の類もこの街に存在しない。

 たとえ千人で追いかけても、アリスを捕まえることなど不可能だった。

 

 だが、下手に抵抗すれば彼らを傷つけることに繋がる。

 アリスがちょっと手を振り払っただけで、彼らの腕があらぬ方向へ曲がるだろう。

 ここは、キヴォトスではないのだから。

 

 

「先生、アリスはどうすれば……」

 

 早くも崖っぷちに行き当たったアリスは、途方に暮れていた。

 

 そんな彼女に、転機が訪れる。

 

 

「おい」

 

 その声に、アリスは顔を上げた。

 彼女に声を掛けたのは、幼い少年だった。

 

「あんた、天使様だろ?」

「……天使?」

「こっちに俺らの隠れ家がある、そこなら安全だ」

「っは、はい」

 

 アリスは少年に言われるまま、付いて行った。

 彼はアリスを探し回る大人たちと、違ったように見えたのだ。

 

「ここなら、大丈夫だ」

 

 少年に導かれ、付いて行った先は廃屋だった。

 その中には、数人の少年少女が集まっていた。

 

「おい皆、天使様を連れて来たぞ!!」

 

 少年がそう言うと、彼らが集まってきた。

 

「ホントだ、天使様だ」

「天使様、どうか我らをお助けください」

「本物の天使様だ……」

 

「あ、あの、アリスは天使じゃ……」

 

 そこまで言ってから、アリスはハッとなった。

 このままでは自分の話を聞いてくれない、そう思ったのだ。

 

「……はい、アリスは天使です。

 皆さんは、アリスを捕まえたりしないんですか?」

「俺らはバカな大人たちとは違う」

 

 吐き捨てるように、最初の少年が言った。

 

「俺達はまだ、子供なんだ。

 まだ全然、善行ポイントは溜まってないはずなんだよ」

「俺の母ちゃんも、ずっと病気でボランティアなんてしたこともないんだ。今死んだら、どんな来世になるか……」

「僕らはいつもつるんでイタズラばかりだから、今死んだら来世は炭鉱送りになるかもしれないし……」

 

 要するに、彼らは彼らなりの保身の為だった。

 

「街で噂になってた。

 あんたに従えば、死なずに済むって。それは本当か?」

「は、はい、魔王がそう言ってました」

「じゃあ、本当なんだろうな」

 

 魔王もまた、神の遣い。

 少年達はアリスの言葉を信じた。

 

 この日から、アリスは彼らと行動を共にすることになった。

 

 

「この世界の始まりに、メアリース様は天使様を遣わしたんだ」

 

 学校はもうお休みになり、毎日集まって来る彼らはアリスに教科書を見せてくれた。

 そこに、天使の挿絵が書かれていた。

 

 ヘイローを頭上に掲げる、幾学的な翼を持つ中性的な天使の絵だった。

 

「天使様には翼は無いの?」

「じ、実はこっちに来るときに怪我をしてしまって、今は出せないんです!!」

「そうなんだ、いつか見て見たいな」

 

 アリスにそんな質問を投げかけた少女は、疑うことも無く頷いた。

 

 彼らと接して、アリスは実感した。

 この世界の住人は善良で、疑うことも知らず、親切だった。

 

 魔王のゲームが始まるまで、アリスは食べ物や住処に困らなかった。

 住人達が親切にしてくれたからだ。

 

 今も子供たちはアリスの為に食料を持ってきてくれる。

 

「(こんな優しい人たちが無為に死ぬなんて、間違っています!!)」

 

 アリスはそう、決意を新たにした。

 

「……皆さんに、お願いがあります」

「どうしたの、天使様」

「アリスは、皆さん以外の人達も助けたいのです。どうか、手伝ってくれませんか?」

 

 アリスの願いに、子供たちは顔を見合わせた。

 

「俺もまだ、生きたいです。天使様」

「大人たちはボランティアをしてれば楽園に住めるって言うけど、私はまだ遊びたい」

「うん、私達だけ助かるのは、違うよね」

 

 少年少女たちは、口々にそう言った。

 

「皆さん……」

「よーし、じゃあ今日から俺たちは、少年天使団と名乗るぞ!!

 天使様のお言葉を、代わりに俺達が皆に伝えるんだ!!」

 

 リーダーの少年がそう宣言した。

 そうして、少年天使団は始動した。

 

 

 彼らの活動に、多くの子供たちが賛同した。

 

 大々的にSNSを使用したり、街中の家を一軒一軒回ったりしていた。

 そうやって少しずつ、少しずつ、仲間を増やしていった。

 

 そして、仲間は決して子供だけではなかった。

 

「我々は、神に願い、訴えます!!

 年齢による善行ポイントの格差を!!

 私は来世も今生の家族と過ごしたい。そんなささやかな願いも許されないのでしょうか!?

 私と我が子に与えられるポイントの差は、我ら家族を引き裂くのです!? 愛するべきものが居ない場所、それは果たして楽園と言えるのでしょうか!?」

 

 そのような街頭演説をする者も現れた。

 

 ひと月で廃墟を拠点にしていた少年天使団は、ちゃんとした施設を活動拠点として提供された。

 とある資産家が彼らに味方したのだ。

 

 アリスはその頃には、隠れ潜む必要は無くなった。

 彼女の賛同者に、アリスは守られるようになったからだ。

 

「お願いです、アリスの話を聞いてください!!」

 

「天使だ……」

「天使様だわ……」

「見ればご利益があるわ……」

 

 声が大きくなれば、規模が大きくなれば、人は耳を傾けるものだ。

 人間はもしかして、と言う可能性を捨てきれない。

 アリスを信じる人が増えれば増えるほど、彼女の言葉が真実味を帯びてくる。

 

 そして、半年が過ぎる頃には、数万人の賛同者が数万人に及ぶようになった。

 

 だが同時に、賢明な人たちが集まればまた、愚かな人間達も集まるものである。

 

「天使様を引き渡せ!!」

「我々に十万ポイントを!!」

「なぜ全ての人々を楽園に導くことをしないんだ!!

 

 魔王の言葉を拡大解釈する者達が現れたのである。

 彼らはアリスを捕まえた報酬を個人ではなく、集団でも適用されると勝手に信じて活動を開始。

 毎日、少年天使団の拠点の前で抗議活動をしていた。

 

「……」

「大丈夫だよ、天使様。貴女様は私達が守ります」

「……はい。でも無理はしないでください」

 

 それでも、アリスは街で意見が衝突し、負傷者が出たこと聞いた。

 

 争いを知らず、平和に善良に生きるだけの人達が、反目し合い、いがみ合う。

 アリスはこの世界に、争いを齎したのかもしれない。

 その不安は、一年と言う期限が近付けば近づくほど、アリスは実感せざるを得なかった。

 

 そして、残り一か月を切った時だった。

 

「思いのほか、大人数になりましたね」

「貴女は……」

 

 黒い神官が、アリスの前に現れた。

 

「女神メアリースと話を付けました。

 彼女は未開世界を創造し、この世界の住人に開拓をさせることを条件に、その世界を与えるそうです」

「本当ですか!?」

「ええ。過酷で、苦労に満ちた人生を歩むことになるでしょうが、豊かで実りに溢れた場所だそうです」

 

 女はそう答えた。

 

「この人数では今から転送しなければ間に合わないでしょう。

 これから順次、期限までにあなたの賛同者を向こうに転送します」

「わかりました!!」

「だが心しなさい。彼らを転送すればするほど、貴方の守りは薄くなる」

「その時は、アリスが彼らを守ります」

「そうですか。貴女のこの旅路が、良きものであるように」

 

 そうして、転送作業は始まった。

 

 アリスは放送やSNSで訴えた。

 

「私の言葉を信じてくれた皆さん。

 神様は私達の住む場所を、人生を生き抜ける場所をくれるそうです。

 苦労するかもしれません、大変な困難が待ち受けるかもしれません。

 だけど、皆ならきっと、乗り越えられると信じています」

 

 アリスは彼らに、感謝を述べ続けた。

 

 そして期限は刻一刻と短くなる。

 

 二週間、一週間、……残り、三日。

 

 

「あと百人です、天使様」

「もうそれだけになったんですね」

 

 彼女達の拠点も、随分と寂しくなった。

 外は相変わらず騒がしいままだったが。

 

 そして、この世界最期の日。

 

「皆、先に行ってもよかったんですよ?」

「なに言ってんだ、少年天使団は俺達が始まりだろ?」

「まあ、途中から大人たちが殆どやってくれてたんだけどね」

 

 ここに、少年天使団の初期メンバーが残っていた。

 

 アリスは入り口のガラス戸から見える抗議の人達を見た。

 彼女はそれを見て、涙を流した。

 

「アリスは、アリスはッ、彼らを救えませんでした……」

「なに言ってんだ。あんたは何万人も救っただろ、天使様」

「だけど、だけどッ」

 

「そろそろお別れは済みましたか?」

 

「……ええ」

 

 黒い女が、別れ際の彼女達に言った。

 

「アリスは、あなた達に会えてよかった。

 あなた達の小さな勇気が、多くの人を救いました。

 あなた達こそ、この世界の本当の勇者です」

 

 アリスは一人一人、彼女達を抱きしめて見送った。

 

 そうしてアリスは、独りになった。

 

 …………時間だ。

 

 

「意外にも、面白い余興だった」

 

 誰も居なくなった施設に、雷鳴のような声が響いた。

 

 魔王だ。魔王が現れた。

 

「魔王、様……」

「お前の活躍は見せて貰った。

 お前は各地で救済と共に、多くの混乱を巻き起こした。

 ぼんやりと善行を重ね、植物のように生きていく彼らに、争いと言う人の心を与えた。

 連中にはとっくに失われた筈のモノだった」

「アリスは、そうはお思いません。彼らがそれを、証明してみせた」

「そうか、では最後の余興を始めよう」

 

 魔王は入り口の方に手を向けた。

 ガラス戸が粉砕され、その人間達が押し寄せてきた。

 

「魔王様、本当に天使様を差し出せば、十万ポイントなんですよね!!」

「まだ間に合いますよね!!」

「今すぐ、捕まえますから!!」

 

 アリスは人の波に呑まれた。

 彼女は最後まで、無抵抗だった。

 

「無論だとも。

 十万ポイントとだけと言わず、ここに居る全員に仕事や寝食の心配の無い人生を約束しよう」

 

 魔王は、そのように言った。

 その横で、凄惨な現場が出来上がっていた。

 

 無数の人間がアリスを捕まえようと折り重なり、塊になっていた。

 当然、下敷きになった人間は、息絶えている。

 

「くは、くは、くははははは!!」

 

 それを見て、魔王は笑った。

 

「貴様らの行動は、人死にを招いた。己の欲望の為に!!」

 

 彼らは善良で、身勝手で、愚かだった。

 

「貴様らはその幼子の言葉を聞いて、何も感じなかったのか?

 お前達を助けたいという一心の言葉を聞いて、何も思わなかったのか?

 挙句の果てに、そんな彼女を蔑ろにした。

 ……やはり貴様らは、人では無いな」

 

 魔王の姿が、肥大化していく。

 竜人の姿から、神の意志を執行する、竜神の姿へと。

 

「お望み通り、何不自由ない来世を与えよう。

 死ぬまでその体を使い潰すだけの、延々と鉱山労働をする日々を!!」

 

 魔王の足元から、泥が湧きだす。

 それは徐々に巨大に、大きく大きく、津波となって全てを呑み込む。

 

 世界は、瞬く間に泥に沈んだ。

 

 

 こうしてこの世界、チユ・トリアルは滅んだ。

 総人口一億人のうち、助かったのはアリスの言葉に従い、生存を望んだ三万人程度だった。

 

 

 

 

 

 

「アリス、アリスよ」

 

 アリスは自分の呼ぶ声に、再起動する。

 

「ここは、貴女は……」

 

 まるでぬるま湯のような、どこでもない場所。

 何も存在しない空間に、黒い女が立っていた。

 

「改めて、お前に名乗ろう。

 我が名はリネン。通りの良い名は、リェーサセッタ」

 

 最初、神官として彼女に接触した女は、自らの正体を明かした。

 

「邪悪と悪逆を司る者。全ての魔王の母神にして、女神メアリースの盟友なる者だ」

「……貴女が」

「そう、お前の知る、あの男に罰を与えた者だ」

 

 アリスは思わず息を呑んだ。

 

「今、あの男は永劫の生の苦しみに囚われている。

 生きることは即ち、苦しみ。それこそが奴への罰なのだ。

 お前の故郷に送りこんだのは、正解だったようだ」

「……どうして、あんなことをするんですか?」

「なにがだ?」

「いっぱい、いっぱい、死にました」

 

 アリスの知覚は、一瞬にして大勢の人間が消え失せたのを認識していた。

 

「どうして、あんな真似を、神様が……」

「異なことを言う。

 ゲーム機で遊ぶには、プレイヤーが必要だろう? それと同じことだ。

 私は悪の女神。悪そのもの。ならば、それに反する正義が存在するべきだろう?」

 

 黒い靄を纏った、奈落のような赤い瞳の女神が言う。

 

「私は、人間の持つ本物の光を見たいのだ。

 その為に、あえて過酷な試練を課しているだけだ」

「そんなの、あんまりです!!」

「では、問答無用で我が盟友に滅ぼされればよかった、とでも?

 これは慈悲だとも。そしてお前は、多くの消える筈の人命を救った」

 

 黒い女神は、どこか愉快そうだった。

 

「賞賛に値する」

「……うれしく、ありません」

「ならなぜ勇者を目指す。

 誰かを救うと言うことは取捨選択。

 誰かを救わないと言うことと同義だ。

 勇者とは結局、味方した側を救うだけの存在だろうに」

 

 とは言え、と黒い女神はアリスに微笑んだ。

 

「かの御方に命じられたとはいえ、私はお前の齎す変数に興味が湧いた。

 お前の行く先々に、試練の道を敷こう。

 お前が勇者に成れるように、お前が魂を手に入れられるように」

 

 アリスの意識が、急激に沈んでいく。

 彼女の意志は関係なく、彼女は導かれる。

 

 

「お前の行く旅路を、楽しませてもらうぞ」

 

 アリスの意識が、奈落に落ちていく。

 勇者の旅路は、まだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 





アリスの今いる世界は、こんな感じでバンバン人が死にます。
次から次へと彼女を追い詰める試練が繰り広げられるでしょう。

エ駄死verもよろしくね!!
ではまた次回!!

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