エリサとの別れ以来、アリスと博士の関係はギクシャクしていた。
いや、より正確に言うなら彼女の話題をどちらも避けていた。
アリスもどうすれば良いのか分からなかった。
家族のように育てた娘を失った悲しみ、苦しみ、虚しさ。
それを言葉に、感情に表現することはできなかったのだ。
「……」
博士はずっと作業に打ち込んでいる。
いつもと同じに見えて、そうではないことにアリスは気づいていた。
それでもどうしようも出来なかった。
「……む、これは」
「どうかしましたか、博士」
「見たまえ」
博士がモニターに映像を映した。
黄色い惑星が映った。
「これは……砂漠ですか?」
「ああ、この世界には中世レベルの文明が存在していたと記録にあったはずなのだが……」
「……水、ありませんよ」
「ああ、無いな」
計器もそう語っている。
この世界は、完全に死の惑星だった。
「魔王によって滅ぼされたのかもしれん。
私の持つ記録も古いモノだし、場所によっては時間の流れが違う」
「探査艇で資源を回収しますか?」
「……ああ、どうやら無人の惑星となっているようだ。
放置されているのなら、絶好のチャンスだろう。ただ……」
「ただ?」
「これは、なんだろうか。奇妙な生体反応が無数に存在する」
博士の物言いは歯切れが悪かった。
「魔物でしょうか?」
「ああ、恐らく独自の生態系を形成している可能性は高いが」
「そのままの地下資源を獲得するチャンスです!!」
「危険だ、放置されている理由がわからない」
「それを含めて調査したいです!!」
「……まあ、よかろう」
博士はどちらでも良さそうにそう言った。
「だが、君に今武装は無いだろう?」
「……はい。エリサが持って行ってしまいました。
結局、あの子にアリスの光の剣は取られてしまいましたね」
アリスは無理やり笑って見せた。
「本当に、あの子はいつもアリスの物を欲しがって……」
「これを使うといい」
博士はアリスに指輪のような物体を渡した。
「君の意思に応じて即座に武装が展開されるようになっている。
使わずに済めば良いのだが」
「す、スゴイです!! 出してみてもいいですか!!」
「玩具では無いんだぞ」
はいぃ、と博士に凄まれ、アリスはしゅんとうな垂れた。
「では、行ってきます」
「ああ、無事で帰ってきたまえ」
そしてアリスは、探査艇で砂漠の地上へと向かった。
「こちらアリス、地上は砂漠だけです」
『こちらも探査艇を介してスキャンの精度を上げているが、廃墟しか見当たらない』
探査艇から見下ろす景色は、砂漠一色。
博士からの通信通りに、偶に廃墟らしい物体が見て取れるだけだった。
『海面の痕跡すら見えない。これは異常だ』
「まるで最初から砂だけみたいってことですか?」
『ああ、この星は干上がってすらいないんだ』
とてもじゃないが人が住める環境ではなかった。
この星丸ごと、全てが砂漠になっている。
「アビドスもここまで酷くはありませんでした……おや?」
アリスの操作する探査艇のモニターのスキャン映像に、明確な構造物が確認できた。
「これは、お城です!!」
『どうやら砂漠化を免れた城下町のようだな』
アリスが付近へと探査艇を着陸させる。
探査艇を出ると、60℃近い砂漠の熱気にアリスは顔を顰めたが。
『君に渡した武装を通じて、マジッククーラーを起動した。君の周囲1メートルは常時24℃を保たれるように設定している』
「ありがとうございます、博士!!」
すぐにアリスを包むように冷風が覆い、砂漠の熱射と気温から彼女を守った。
「調査クエストを開始します!!」
砂に埋もれた街並みを、アリスは行く。
完全な無人で、生物は皆無だった。
彼女はほぼ唯一原型を完全に残しているお城に向かった。
城の中も、誰も居なかった。
「誰だ、お前」
ただ独り、彼女を除いては。
「貴女は、誰ですか?」
玉座に気だるげに座っている少女が、アリスを見下ろしている。
アリスとそう変わらない身長の、浅黒い肌と白い髪の毛、笹の葉のような耳の持ち主。
『ダークエルフか……砂漠の民か?』
幼いのは見た目だけだろうな、と博士は呟いた。
「なんで私がお前に名乗らないといけないのさ。まあ、誰でもいいや。
独りになってからつまらないし、名乗ってやるよ。
私はローティ。この世界の最期の独りだよ」
「アリスは、アリスと言います」
「なんだそれ。自分の名前を一人称にしている奴とか、本当に居るんだ」
彼女は魔王ではなかった。
アリスは何人もの魔王と対峙し、その重圧や気配を知っている。
彼女は本当に、ただのダークエルフだ。
「あの……この世界に何があったのですか?」
「見ての通りさ。全てが砂に沈んだ。私がそうしたんだ」
「貴女が、やったんですか?」
「そうだよ!! スゴイだろ!!」
ローティと名乗った少女は自慢げにそう言って見せた。
「お前、人間じゃないな。魔力の質が違う。
なあ教えてよ、お前を作った人間の生き残りが居るのか?」
「なんで、そんなことを聞くんですか?」
「決まってるだろ、殺す為だよ」
彼女を笑みを浮かべて言った。
「見ての通り一気に殺しすぎちゃってさ。
十分の一くらい残しておけばよかった。でも残したら残したらでウザいんだよね。その辺の加減とかわからなくてさ」
「どうして、そんなことを……」
「うーん、せーとーぼーえーって奴じゃないの?」
アリスの問いに、ローティは小首を傾げて答えた。
「まあ、今更理由なんてどうでもいいか。楽しいし、面白いし。暇だからお前は壊さないでやるよ。
それで、こんなところに何しに来たの?」
『アリス、あまり刺激するな』
「アリスは資源が欲しいだけです。貴女の邪魔はしません」
そもそも邪魔のしようがない。もうこの世界には、誰も居ないのだから。
「そう、好きなだけ持ってけば?
私には関係無いし、どうでもいいし」
ローティは欠伸をして、玉座に体を預けた。
「でも暇だな。退屈だな。
そうだ、お前、遊び相手になれよ」
「アリスが、ですか?」
「資源だっけか、持ってくんだろ?
じゃあ私と遊べよ。文句あるの?」
「アリスは、大丈夫ですけど」
「じゃあ、何をしようか!!」
彼女のワガママに、アリスは渋々頷いて見せた。
「そうだ、人形遊びしようよ!!」
「アリスは構いませんけど」
「よし、じゃあお前ら、出て来い」
ローティが手を叩くと、謁見の間にまで入り込んだ砂の下から何かが這い出てきた。
「うッ」
それは、人形だった。
苦悶と恐怖の表情が顔に刻まれた、人間の石像だった。
それが、数十体。
「人間が大好きな処刑ごっこしよう!!
私が偉い奴で、お前が処刑人な!!」
ローティが適当に石像を指差す。
「お前を処刑だ」
彼女に選ばれた石像は、動き始めた。
だが、そもそも石像に過ぎないそれは、動けるはずなどない。
石像は自壊しながら体を無理やり動かし、表面がボロボロと崩れながら移動を始めた。
ぼろり、と石像の表面が大きく崩れた。
「あ、あ、あああ!!」
アリスは見てしまった。
表面が落ちた石像、その箇所がピンク色の筋肉と血管が浮き出て、血が流れ出した。
『……アリス、それは石化魔法で石にされた元人間だ。
しかもわざと不完全に石化させて、意識や生命を無理やり維持させている』
惨いことを、と博士はぼやいた。
「い、生きてる、んですか、これは!!」
「そうだよ。面白いだろ!!」
動揺するアリスに、ローティは満面の笑みでそう言った。
「酷い、酷すぎます!!」
「酷くなんてないよ。人間って他種族を奴隷にするんだからな。
だから私も奴隷にしてやったんだ!! こいつら、これでもちゃんと目が見えてるんだ!!
例えばほら、この石ころとその石ころ、親子なんだって!!」
ローティは無邪気に子供の石像を蹴り倒した。
倒れた子供の石像は砕け、人間の生身が露出する。
「だ……づ……げ……ま、ま」
顔の皮を剥がれたような状態で、子供が助けを乞うた。
「ほら、助けてやれよ石ころ!! 親子なんだろ、ほら、この世で一番尊いとか言う、親子の絆の力で助けてやれって!!
あはは!! ダメじゃん、残念でした!! お前たちの愛ってのは、その程度だったんだって!! ぎゃははは!!」
子供の母親だと言う石像を、ローティは乱暴に叩いて嘲笑った。
乾いた母親の石像の両目に湿り気が帯びた。
「な、楽しいだろ!!」
「どうしてこんな酷いことが出来るんですか!!」
アリスは涙ながらに叫んだ。
ローティは分かっていてやっているのだ、これが酷いことだと。
それを心の底から、彼女は楽しんでいた。
「だって、楽しいじゃんか!!」
ローティは動こうともがく子供の石像を踏みにじる。
「人間どもはさ、私らダークエルフをゴミ扱いするんだ。しかも私ってば人間とのハーフでさ。
私に誰も優しくしてくれる奴なんていなかった。
だけど私を蔑む奴らが家に帰れば、私と同じような小さい子供に愛を注ぐんだ。
私を殴った手で、子供を抱きしめるんだ!!」
おい、とローティは顎をしゃくった。
母親の石像が自壊しながら動き出し、子供の石像を殴り始めた。
「いだ……いだぃ、ま、ま、や、め──」
殴られ、壊され、その分だけ子供の石像は嗚咽交じりに助けを乞う声が大きくなる。
どれだけ殴られても、呪われた石像は死ぬことが出来ない。
「おい、止めてやれよ。ほら」
殴るのを止めた母親の石像は、血まみれの手でローティを抱きしめた。
「なあ、どうしてこいつらの大切なモノを踏みにじるのって楽しいんだろうな!!
こいつらの大切だとかほざくものを貶めるのは快感なんだろうな!!
なにより、こいつらが大事だとかいうモノが、大したことが無いって分かった時なんて、馬鹿馬鹿しくて笑っちゃうじゃん!!」
ローティには一切の呵責もなく、本当に邪悪を楽しんでいた。
自分に無いモノに対する嫉妬など欠片も無い。邪悪そのものだった。
「なあ、お前もそう思わないか?」
「そんなことはありません!!」
「ぎゃははは!! 怒った!! 石ころ以下の鉄くずが怒ったよ!!」
怒りに打ち震えるアリスを、ローティは手を叩いて笑っている。
「貴女は、きっと私です」
「ふーん?」
「アリスは目覚めてからずっと、多くの人達に優しくしてくれました。
だからこそ、同じくらいの優しさを返したいと思います!!
私が皆から貰ったものを、ゴミだなんて言わせません!!」
「じゃあさ」
ローティはにんまりと笑って見せた。
「お前をぐちゃぐちゃにしてぶっ壊せば、お前の貰った物は全部ゴミだってことだよな!!」
「なら、アリスが勝てば、貴女のしてきたことはゴミ以下ってことになりますね!!」
「……うざ」
ローティが初めて、不快感を示した。
「うざ、うざ、うざうざうざッ」
彼女の手の平に、いつの間にか古びたハードカバーの本が握られていた。
「私にこれをくれた魔女様は言ったんだ。
この世界の誰もが私に優しくないのなら、なんで私が優しくしてやる必要があるんだって」
ローティが、その本を開いた。
その瞬間、アリスの全てのセンサーが警戒音を鳴らした。
それは人間で言うなら、全身の毛が逆立つような悪寒そのものだった。
『魔導書ッ!? しかも、あれは──』
「お前も石ころになれよ」
ローティの瞳が光った。
「……ここは?」
アリスは気づくと、砂漠のど真ん中に立っていた。
『こちらで緊急用の空間転移術式を発動させた。
危なかった、君も危うく石ころになるところだった』
「あ、ありがとうございます、博士」
『……思わず私も震えたよ。あのレベルの魔導書が実在するとは。
ネクロノミコンの原典クラスの超級の呪物だぞ、あれは』
博士の言っていることはアリスは分からなかったが、超ヤバいと言うことだけは理解できた。
『あんな学の無いクソガキがどうやってと思ったが、納得だ。あれがあれば世界の一つやふたつ、滅ぼせもするだろう』
「あれをどうにかすればいいんですか?」
『いや、不可能に近いだろう。あれは最悪なことに、“魔剣”だ』
「……あれがですか!!」
『代償も無く魔導書を使いこなせるのも説明が付く。
いや、むしろあれは“魔剣”としての運用を前提とした──』
「────ねえ、誰と話してるのさ」
近くの砂が盛り上がる。
そこから、ローティが現れた。
「この砂漠は私の手の平の上。どこに居たって逃げられないよ」
『まさか、早速使うことになろうとは。
アリス、武装を展開しろ』
「分かりました!!」
アリスは指輪の付いた手を掲げた。
それは質量保存の法則を無視して巨大化し、液状を経て明確な形となった。
「これは!!」
その形、構造は、アリスの愛銃、レールガンと同じだった。
『使い方は武装の展開と同時に君にインストールされた筈だ。
さあ、起動しろ、アリス』
「はい、博士!!」
それは、勇者の剣ではなかった。
今のアリスは勇者ではない。どこの誰でもない、ただの残骸。
「武装起動、魔剣:スーパーノヴァ・レムナントよ!!」
「何そのオモチャ!!」
ローティを中心に砂嵐が吹き荒れる。
オペレートをしてくれる博士と通信が途切れる。
普通ではない、特殊な妨害効果のある砂嵐。
それでも、アリスには不安は無かった。
彼女には、“魔剣”があるのだから。
『アリス、武装の展開と同時に君にこれまで共に生活してきたすべてのデータを疑似的にステータス画面として組み込んだ。
それは魔力炉心として機能し、同じものを武装にも搭載している』
アリスの魔剣が火を噴く。
無数の誘導弾が発射され、砂漠を焼き払う。
『その武装は、君専用装備でありながら、もう一人の君なのだ』
アリスは感じていた。
己の武器が、自分と呼応していることに。
身体が浮く。天使のように空を飛べる。
『これは冒涜か、狂気か。ぶっつけ本番なのに、綿密なシミュレーションをしたわけでも無いのに、成功すると確信していた。
君の疑似“魔剣”は君に組み込んだ魔力炉心と呼応し、常時16倍の出力を叩き出す』
ローティが無数の石像を砂地から呼び出す。
無数の犠牲者、その石像の目が割れ、瞳が現れる。
彼らを媒介にし、石化の光線が空を舞うアリスを失墜せんと針山のように空を射抜く。
だが、超高速で飛翔するアリスは捉えられない。
お返しと言わんばかりに、超高出力のレーザーが石像たちを薙ぎ払う。
『核融合式魔力炉心と人間の魂魄データ、武装と人間の間の精神、魂のシンクロ状態、そこから産み出される半永久的エネルギー供給装置。私はそれを“プロメテウスの第三の炎”と名付けた』
原初の落雷の火、核熱、それに続く──魂の炎。
人間の叡智の、結晶。
『女神メアリースの定める文明レベル90以上の超兵器だ。
だが、だとすれば、──あれは何だ?』
アリスとローティの戦闘は激化している。
アリスが新星なら、ローティはこの星そのもの。
そう、超兵器と古の魔導書が互角だった。
『霊的物質の超古代の魔導書……。まさか、あんなものまで“魔剣”として出現すると言うのか。
むしろ、魔導書なんて古のツールで、我が文明の叡智に匹敵するマジックアイテムを作成したというのか? そんな存在が、どこかに居ると言うのか……!!』
“魔剣”は決して、完全な無から出現するわけではない。
どこかの誰かが作成した物品が、物としての死を迎えてから別次元の自分のもとへと渡る。
だからそれはただ大切にされただけの人形やペンかもしれないし、空を割ることが出来るような魔法の剣や世界を焼く槍かもしれない。
あの魔導書の制作者は、“魔剣”の性質を理解し、それを前提としていた。選ばれた人間に己の叡智を授ける、そんなシステムとして利用しているのだ。
余りにも冒涜的。人間の魂を弄ぶ、狂気の所業だった。
ヒトの皮で装丁された魔導書なんてモノが現実に実在するが、それが可愛らしく見える悪魔のアイテムなのだ。
それと同じ狂気に手を染めて、博士は確信した。
『我が神よ、貴様はこれを恐れていたな? 何が倫理だ、第三の尊厳だ』
地上がどんどんと、減っていく。
それは何の比喩でもなく、二人の戦闘で惑星が削れていっているのだ。
『アリス、オーバードライブを試してみろ』
「えッ、ですが、博士……」
『やるんだ、彼らを解放してやれ』
「わかりました」
ローティの魔導書は、狂気のアイテムだ。
だが、狂気は博士も負けていなかった。
「“魔剣”の第三魂魄を起動、オーバードライブモードを開始!!」
アリスの“魔剣”には、もうひとつ、魂魄ユニットが搭載されていた。
そう、事実上制御不可能と博士が言った、三者間の魂の共振。
それは、──いや、ハッキリと表現しよう。
────自爆だった。
16倍で安定していた魔力が、急に729倍に跳ね上がる。
アリスが“魔剣”のオーバードライブを発動した瞬間、文字通り超新星爆発が如きエネルギーが惑星を呑み込んだ。
その衝撃は、当然遥か上空の宇宙空間に待機していた旗艦も熱波で揺るがすほどだった。
一瞬で星系が恒星と同じ熱量を発し、消失した。
砂漠の星は、チリひとつ残さず消滅した。
ローティも、アリスもだ。
「改良が必要だ……あれを制御さえできれば」
博士は工場で、アリスの再生産を指示した。
程なくして、アリスが駆け足でやってくる。
「博士ええぇぇぇ!!」
艦橋の扉が開くのと同時に、アリスは博士にドロップキックをお見舞いした。
博士は成すすべなくモニターの方まで蹴っ飛ばされた。
「何ですかあれは!!」
「スゴイだろ、まさか本当にあれほどの威力を発揮するとは!!」
「アリス、一回死んじゃいましたけど!? ここはリスポーン地点ですか!?」
「量子ワープと同じだ。あれも論理的には一度死んでいる」
「アリスを使い捨てにしないでください!!」
「それは結果論だ、私はただ試したかっただけだ」
「なお酷いです!!」
とにかく、とアリスは声高に言った。
「オーバードライブは禁止です!!」
「確かに、個人携行の兵器ではあの出力を抑え込む方法はほぼ不可能だろうな。しかし自爆はロマンがあるも事実だ……」
「自爆って言ってるじゃないですか!!」
アリスはげしげしとロボット三原則無視キックをお見舞いしながら叫んだ。
「とにかく、オーバードライブは禁止です!!」
「……まあ、データは取れた以上、次回以降はシミュレーションで十分だろう」
蹴りが止んだので、博士は起き上がりながらそう言った。
「……それより、博士。聞いてください」
アリスは話し始めた。
自分が自爆し、工場で再生産されるまでのほんの僅かな間の出来事を。
「ここは……」
アリスは己の武装のオーバードライブが暴走したのを自覚した瞬間、虚無の空間に来ていた。
「は、博士!! なんであんな危険な代物を!!」
アリスはちゃんと危険だと分かっていてやらせたことに憤慨していた。
「なんだ、お前。死んでんじゃん、馬鹿馬鹿しい」
そして、アリスの目の前にローティが居た。
「引き分けか、つまんなーい」
「もう、あんなお遊びは終わりです」
「あーあ、もっといたぶりたかったな。もっともっと殺したかったな。もっともっともっと踏みにじりたかったなぁ」
「……」
アリスは目の前の少女が憐れで、同時に同情はしなかった。
止められてよかった、そう思ったのだが。
「ローティ、ローティよ」
闇の腕が、彼女を抱きしめる。
「あ、貴女は!!」
「あんた、誰だよ」
「私は邪悪と悪逆を司るモノ。
ローティよ、お前はもっと人間をいたぶりたいのか、殺したいのか、踏みにじりたいのか?」
「うん、そうだよ」
「ならば、私の娘にならないか?」
暗黒の女が、少女の耳元に囁く。
「母親の愛を知らぬお前に、愛を与えよう。
他人を害することしか知らないお前に、居場所をやろう。
存分に、好きなだけ、いたぶり、殺し、踏みにじって、辱めてもいいのだよ」
「本当? ならなる!! あんたの娘に!!」
「よかろう」
ローティは即答した。
そして、アリスは見た。
「私が、お前を産み直してやろう」
少女が胎児のように丸まり、変化が起きた。
白い髪の隙間から捻じれた一対の角が生え、尾てい骨辺りから竜の尻尾がにゅうと生えた。
そしてその内に、膨大な魔力を宿した。
アリスは見た。魔王の誕生を。
魔王ローティの生誕を。*1
「ママ、私、ママの為にいっぱい殺すね!!」
「ああ、好きなだけそうするといい」
邪悪の女神は、少女の全てを肯定して頭を撫でた。
そして、彼女は歩き去っていく。もうアリスなど、彼女には眼中に無かった。
「待って、待ってください!!」
「久しいな、私の勇者」
「なんで、なんであの子を、魔王に!!」
「それがふさわしかろう」
ただのダークエルフの状態でさえ手が付けられなかったのに、彼女はもう魔王に成ってしまった。
不死身の神の化身に。本物の怪物に。
「いっぱい、いっぱい、彼女は殺すんですよ!!」
「それの何が悪い」
「なにが、悪い……?」
アリスは理解できず、困惑した。
「逆に聞くが、私の勇者よ。彼女は悪なのか?」
「人を殺すのは、悪い事です……」
「そうだな。では、これは悪か?」
闇の女が手を振ると、虚無に景色が浮かぶ。
それは、狼の魔物が人間を食い殺す場面だ。
「悪に決まってます!!」
「なぜだ、この魔物はただ今日の食事にありつきたかっただけだ。
人間とて、食べる為に動物を殺すだろう。それは悪ではないのか?」
「それは……」
アリスは、反論が出来なかった。
「ローティも同じだ。当然、お前もな」
「……え?」
「ローティはもはやああいう生き物だ。お前もまた、魔王として役割を持って産まれた。
魔物が人を殺して、お前と言う兵器が誰かを殺して、なぜそれが悪いのだ?
そのように産まれただけなのに。そのように作られただけなのに」
「……」
「リーパー隊の連中もそうだ。あれは生まれつき、先天的な快楽殺人鬼ども。初めから人間社会に溶け込める連中ではなかった。
お前は産まれただけでそれを悪と定義するのか?
魔物が魔物として振舞う。それを悪と定義し、非難するのは傲慢ではないか」
「では!! 魔物だから仕方がないと、何もするなって言うんですか!!」
「そうは言わない」
女はアリスに首を振って見せた。
「魔物なのだから、狩ればいい。
家族や友人を害する前に、倒せばいい。なにも奴らを憐れに思って死ねとは言っていない。
お前達はそれで良いのだ。私は、私なりに彼らに居場所を与えるただけだ」
邪悪の化身は、全てを肯定しているだけだ。
「お前はどうなのだ。魔王だから悪なのか?
それとも、勇者だから善なのか?」
「アリスは善悪で勇者に成りたいって思ったわけじゃありません」
「そうだな、憧れに理由など無い。炎に飛び込む蛾のように、己を焦がす光に引き寄せられただけだ」
女神は、アリスの悩みも肯定した。
「なら、ならッ、悪とはなんですか!!
貴女が邪悪を司るモノなら、教えてください」
「良いだろう、よく聞くがいい」
アリスの問いに、女神は答えた。
「悪の本質とは、──浅はかで短絡的なその場しのぎの愚かさの事だ」
アリスはその言葉を、十秒くらいその意味を咀嚼した。
もっと哲学的なことを言われると思ったのだ。
「つまり、バカってことですか?」
「お前にも覚えがあるだろう。
お前の故郷、キヴォトスではそれが日常の筈だろう?」
そう、悪とは馬鹿の事なのだ。
「悪の根源とは、無知と無教養、それ故の愚かさ。
そうでなければ闇バイト等は流行らない、とメアリースも嘆いていた」
「身も蓋もありませんね……」
「悪にお前は何を求めている。
この世の巨悪と呼ばれる大半は、薄汚いカネか女の為だ。
理想に燃える悪の改革者? 己の正義の為に悪を断罪するアウトロー? 貧しいモノの為に美学のまま動く怪盗? そんなものは所詮ファンタジーだ」
「そ、そこまで言わなくても……!!」
「おっと、お前の故郷には一応怪盗は実在したな、失礼した」
くくく、と女神はアリスの反応を面白そうに見ている。
「では勇者、英雄の本質はどうだ?
歴史を紐解けは、怪物を倒した、大きな大戦で勝った、革命を成した……ほうほう、要するに命を奪い、誰かを殺して成り上がった者な訳だ。
おやおや、これはお前の言い分では悪ではないのか?」
「それは……」
アリスは覚えている。
あの芥子の花畑で、それを食べる怪物を倒した時のことを。
あれは英雄的な行いだったか?
否、ただ生物を殺害しただけだった。それ以上でも、それ以下でもなかった。
「現実はつまらないよなぁ、我が勇者よ」
勇者はただの殺し屋で、悪党はただの社会不適合者のバカ。
それが本質。邪悪の女神はそれを嘆いている。
「だがらこそ、私は我が子を産み出した」
「……え?」
「我が子たちは不死身だぞ。幾らでも殺してもいい。なにせ、悪い奴らなんだからな。
良心の呵責も必要無い。なぜなら殺しても死なないんだからな!!
そして、己を倒した強者を我が子は認めるようだろう。その偉業を称えるだろう」
現実はつまらない。だからこそ、彼女はファンタジーを産み出した。
「私の勇者よ、だからこそ、私はお前が紡ぐファンタジーが楽しみでならないのだ」
「アリスの、ファンタジー……」
それが、アリスの本質への問いかけ。
勇者と言うファンタジーに、何を見出すのか。
「ああ、そうだ。お前が共にしている彼女に伝えておけ。
我が子らを倒すことが無意味だとか、そんなことを言っていたが、勿論そんなことはない」
「……どういうことですか?」
「おかしいとは思わないか? 我が盟友にとって、人間こそ至高の存在なのだ。なぜわざわざ魔王を上に置く?
超越者としての演出? ヘイトを集めるなら多種族の方が統治がやりやすい?
いやいや、いやいや!! 全ては確認する為だよ!!」
邪悪の女神は楽しそうに、アリスに言った。
「だって、魔王に人間が勝てば、それは人間の素晴らしさを再確認できるだろう?
自分の本当の最高傑作は、“人間”なのだと!!
本当に強く、尊く、素晴らしいのは、自分達の種族なのだと!!」
「……悪の本質そのものですね」
「そうだとも!!」
アリスの心の底からの嫌味に、彼女は笑って応じた。
「だから、自分のお気に入りには色々と与えたくなるものだろう?
彼女に伝えておけ、自分の価値を証明すれば、我が盟友がいかなる望みも叶えよう、と」
それが、神々が舞台の役者に投じる
「……忘れないことだ。
彼女の知恵も、常識も、善悪も、ありとあらゆるものは神が与えたモノに過ぎない、とな」
ひとしきりの悪役を演じきって、女神は仰々しく一礼して退場した。
そこで、アリスは艦内の工場で目を覚ました。
そして、ダッシュで博士のもとに向かった。
「と、まあリェーサセッタ様にそんなことを言われました」
「下らない……」
果たして、それは何に対しての言葉だったのだろうか。
自分を小馬鹿にする神々の態度か。
失った物を取り戻せると期待した自分なのか。
アリスにはその両方にも思えた。
「我が文明は、人間が想像する限りの全ての願望を叶えた。
死者蘇生、不老不死、時間旅行も次元超越も、ありとあらゆる想像しうる全てをだ!!」
「……」
「それを今更、何でも願いを叶えてやるだと?
全ては自分が与えたモノに過ぎないだって、笑わせてくれる!!」
「博士」
「私はもう、何も神々に期待などしない」
そして、その全てを失った彼女はそう吐き捨てた。
「聖地まで、あと約十年か」
残りの所要時間を確認し、博士はそう呟いた。
長い二人の旅路も、ようやく折り返し地点。
彼女達の旅路に、新たな転換期が訪れるのはもう間もなくのことだった。
今回のお話、三千文字くらいで終わらせたかったのですが、四倍くらいに膨らんでしまった。
あと一話でエピローグ行けるかな……。
たぶん、行ける、はず!! ダメだったらその時はその時で!!
ではまた次回!!