※この作品はR-18です。

キヴォトスに墜ちた悪魔   作:やーなん

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新年あけましておめでとうございます。

今回から三話ほど(予定)の幕間ストーリーは、拙作のオリジナル作品のタグ“メアリース・シリーズ”の設定が含まれます。我ながら攻めた内容です。
三章以降にはその設定は関わらないので、興味が無ければ読み飛ばしても大丈夫です。毎回この警告は致します。

了解しましたら、本編どうぞ。



幕間 総力戦:■■■■ ブラックマーケット炎上
開幕


 

 

 

 ──『序章』

 

 

「どうも、先生」

 

 先生の前に、怪人が現れる。

 また厄介ごとか、と先生は思った。

 

「かつて、私達が名を取った「ゲマトリア」と言う集団が居たと語ったのを覚えていますか?

 ええ、神の存在を証明し、新たに誕生させようとして忘れられた者達です」

 

 先生は頷く。

 

「しかし、我々ともあなた方が済む領域とはまた別の、ある領域では魔法というモノが実在するのです。

 ええ、先日先生とも「邂逅(collaboration)」した超能力を操る少女たちの住む世界のように」

 

 先生は思い起こす。

 あの鮮烈な出来事を。

 

「錬金術をご存じですか?

 鉛を黄金に換える御業。しかし、その本質はそんな即物的なモノとは別のところにある。

 曰く、鉛のような人間の魂を、黄金の如く磨き上げる。

 所謂、黄金錬成(アルス・マグナ)、そう称される人間の身で上位存在への昇華を試みる。実に興味深いと思いませんか?」

 

 先生は黒服の言葉に、曖昧に返事をした。

 

「その領域では、魔法を窮めることが神になる道であると説かれました。

 同じ魔法を繰り返し使用し、習熟度を上げると、呪文や触媒などを使用せずとも、指を振るように魔法を操れるようになるのだと。

 それは、魂に魔法が定着した、と表現されるようです。

 要するに、魂の昇格。俗な言い方をすれば、レベルが上がる、と言うことです」

 

 なるほど、と先生は頷く。

 

「ある女性は科学と魔法、人間が形作る文明の両側面を持つ錬金術を。

 ある女性は、悪魔や怪物を自在に呼び出す召喚術を。

 それらを窮め果て、死後に気づいたそうです。

 ────ああ、自分たちは神だったのだ、と」

 

 滑稽ですね、と黒服は言った。

 

「彼女達は産まれる以前より、その領域が誕生した瞬間から神だったのです。

 ただ、因果律や時間の概念の無い神々が、意識を得るのはその時が訪れた時。

 ええ、矛盾していますね。それもまた、面白い」

 

 つまり火と言う現象は最初から存在していたが、火の神は自分が神だと自覚した瞬間はずっと後、ということだろう。

 意識と概念は切り離されている、ということかと先生は言った。

 

「素晴らしい理解力です」

 

 黒服は拍手をした。

 

「しかし、その意識もひっくるめて神性を表すのです。

 傲慢なその性格と気位は、人間性を表し、錬金術を極めた女性は人間文明そのものを司る存在へと昇華した。

 怒りと憎しみに生涯を捧げ死んだ召喚術を極めた女性は、生前とは真逆の人の痛みを知る慈愛に溢れた、邪悪を司る存在へと昇華した。

 実に面白い、面白い『テクスト』だと思いませんか?

 彼らの意識は『ミメシス』なのでしょうか、人間としての意識と、神としての意識は同一なのでしょうか?」

 

 常々思う。彼らの専門用語はよくわからない。

 もっとわかりやすく説明してほしいと思う先生だった。

 

「……そんな二柱の女神は、協力して最強の、完全なる理想の生命体を創造しました」

 

 この時点で、先生はいやな予感がした。

 

「傲慢で身勝手な、同時に慈愛と赦しを兼ね備えた二柱の神性が、理想を実現する為の手駒として」

 

 ずい、と怪人の顔が先生に迫る。

 

「肉体を持たぬ神々の代行者。

 称号ではなく、種族として。彼らはその名を頂いた」

 

 

 即ち、────■■、と。

 

 

「実に安直なネーミングだと、マエストロ辺りは言うでしょうね。

 ですが、それ以上無くその二文字にその本質が現れています」

 

 黒服は目を細めるよう怪光を細くした。

 

「その二柱の女神達とは研究者同士としてシンパシーを感じざるを得ませんが、我らの実験場たるキヴォトスに介入されるのはいささか不愉快と言えるでしょう。

 私達は見ていますよ、先生。貴方が神々の試練に打ち勝てるのかを。

 ええ、女神とは、勇者に試練を与えずにはいられないのですから……」

 

 長々と語りたいことだけ語って、黒服は去って行った。

 

 彼らがこれだけ前振りをして、何事も無かったことなど無い。

 先生は溜息を吐いて、部員たちの召集を始めるべく動いた。

 

 そんな時だった。

 

「先生!! ちょっと見て欲しいものがあるんだ!!」

 

 突然、ホシノがシャーレのオフィスに飛び込んできたのは。

 

 

 

 §§§

 

 

 

 ホシノがシャーレに駆け込む、数時間前。

 

「ホシノ先輩、どうしたんでしょう。あんなに慌てて」

「さあ、私達には後で説明するって言ってたけど」

 

 アビドス社会福祉支援学園、新生アビドスのキャンプが敷かれている生徒会専用の大型テントで、ノノミとセリカはそんな会話を交わしていた。

 

「これでしょうか、今日のキャラバンで先輩宛てに届いた包み紙は」

 

 ノノミはテーブルの上に放りだされている、『粗品』と書かれた包み紙と書面を手に取る。

 

「ノノミ先輩、他人の手紙を読むなんてお行儀悪いですよ」

 

 ノートパソコンで事務仕事をしていたアヤネが横目で咎める。

 

「わかっていますよ、片付けるだけです。

 ただ、その際にちょっと見えてしまうだけです」

「あー、先輩ズルい」

 

 お茶目に笑うノノミにセリカが追従し、結局堂々と手紙を見る羽目になった。

 

 そこには、こう書かれていた。

 

『拝啓、小鳥遊ホシノ様。

 こちらの都合で粗品の郵送が送れたことを、お詫び申し上げます。

 しかし、我々の伝手で偶然面白い映像が見つかり、あなた方も無関係ではないので、折角ですので粗品として封入させて頂きました。

 是非とも、新しい生徒会の皆様とご視聴なさってください』

 

「ゲマトリアの黒服より……誰、それ」

「さあ、ホシノ先輩の知り合いでしょうか」

「ああ、もう全く、いけませんよ二人とも!!」

 

 常識人のアヤネが、二人から書面を奪い去る。

 

「でも、なんだか私達にも関係あるみたいな内容でしたね」

「さっき、ホシノ先輩何か動画を見てたみたいですし、そんなに慌てる内容だったのかしら」

 

 二人がそんな話をしていると。

 

「みんな、大変!!」

 

 ばさっ、とシロコがテントの入り口を開け、入ってきた。

 

「どうしたんですか、シロコ先輩?」

「いいから、こっちに来て!!」

 

 シロコのただならぬ様子に、アヤネは小首を傾げる。

 

「またサソリが出たとか、そう言うのでしょ」

「いい加減、皆には慣れて欲しいですよね」

 

 なんてセリカとノノミが暢気な会話をして、先に出て行った二人の下へと向かう。

 

 そして、シロコの指差す方を見て、──絶句した。

 

 

 それは、黒塗りの帆船だった。

 まるで歴史の教科書にでも出てくるような、古めかしい巨大な蒸気船のような見た目だった。

 

 問題なのは、────それが空中に浮いていることであった。

 

 

「い、いつから反重力ユニットが完成したの?」

「どッ、動力源は、不明です!!

 何をエネルギーにして空中を航行しているのか、まったく不明です!!」

 

 セリカは取り乱し、アヤネはすぐに機材で分析するが、全てアンノウンとしか返ってこない。

 

 生徒会の面々だけでなく、キャンプで共同生活している二百人ほどの面々も呆然と空を見上げていた。

 

 

「う、宇宙人だ!! キヴォトスを侵略しに来たんだよ!!」

「そんなわけないでしょ!!」

「これは、実に興味深い。未知との遭遇です!!」

 

 アビドス生たちは好き勝手にはしゃいでいた。

 

「こ、この軌道ですと……大変です!! あの船はこちらに近づいています!!」

「なんですって!!」

 

 アヤネの分析結果に、セリカが悲鳴を上げる。

 

「皆さん、退避、退避してください!! あの船がこちらに来ます!!」

 

 ノノミの号令に、好き勝手はしゃいでいた面々の声音が悲鳴に変わる。

 その直後だった。

 

 轟音を立て、まるで砂漠の砂に入水するかのように、巨大な船が接地したのは。

 空を飛んでいた船はそのまま、砂を海水のようにかき分け、彼女達のキャンプへと凄まじい速度で突っ込んでくる。

 

「こっちにぶつかる!!」

 

 退避を終え、衝撃に備え伏せていたシロコが叫ぶ。

 だが。

 

「え?」

「何が起こったの?」

 

 あれほどの速度で突っ込んで来ようとしていた黒船が、帆を広げる。

 明らかに船体に比べて飾りとしか言えないそれが引きちぎられるのは目に見えていた。

 

 だが、帆は奇妙な燐光を発し、その大きさの倍以上の光の帯となって風を受け、急速に減速した。

 

 そして、彼女達のキャンプにぶつかる寸前で、停止したのだ。

 

「……」

「止まった?」

「止めた、と思う」

 

 少女たちは目の前の巨大な黒船を見上げる。

 

 そして間もなく、側面から何かが出現した。

 それは、光の階段だった。そう表現するほかない、何かだった。

 

 その階段を、何者かがゆっくりと下りてくる。

 

「あれ、は……キヴォトスの外の人?」

「多分。“大人”だと、思う」

 

 彼女たちが断定できなかったのも無理はない。

 

 光の階段を下りるそれは、人型だった。

 まるで魔法使いのような紫の品のあるローブを身に纏ったそれの肌は鱗に覆われていた。

 身長は、彼女達の倍近く、三メートルほどの巨体。

 その上で、その頭部は──竜、ドラゴンそのものだった。

 

 伝説に伝わる、竜人。

 そう表現する他ない何者かだった。

 

 

「……」

 

 その竜人が、少女たちをゆっくりと見渡す。

 不審人物なのに、誰もが彼に銃口を向けられなかった。

 

 全員の本能が、訴える。

 

 ────アレと、敵対してはならない、と。

 

 それはまさしく、人の形をした竜、災害そのものであると。

 

 

「すまない、驚かせたな」

 

 だというのに、件の竜人から出たのは穏やかな声音だった。

 

「諸君に害を与えるつもりは無い。

 ただ、旅行の道案内が欲しかっただけなのだ」

 

 竜人はどう見ても無手だった。

 そんな相手に、いつまでも武装した上で数も多い方が警戒しているのは滑稽だと思ったのか、彼女達は警戒を解いた。

 

「我々はアビドス社会福祉支援学園の生徒会“林檎園”の者です。

 そちらの所属を明らかにしてください」

 

 ノノミが代表して、竜人に声を掛ける。

 

「ふむ、所属か。生憎、身分を明かすつもりは無い。

 これはプライベート、ごく個人的な旅行の道程に過ぎないからだ」

 

 上から目線の物言い。

 すぐにノノミは彼が貴人の類であることを見抜いた。

 完全な上流階級、しかも王族に連なるような、下々の思惑など想像したことすらなさそうな、そんな相手だと。

 

「諸君らは学校と申したな。

 ならば教師や、責任者に合わせて欲しい」

「今、生徒会長は不在です。

 なので、副生徒会長である私が現状の最高責任者です」

「大人は居らぬのか?」

「このキヴォトスに、教師という役職はごく限られた大人にのみ割り振られるものです。

 我々は、我々の身によって自治を行っています」

 

 ノノミは他所の“お客さん”にそう説明した。

 

「そうか。ならばお前たちでよい。

 私を案内せよ。尋ね人がおるのだ」

「生憎、我々が力になれるかどうか」

「それはない。それは無いのだよ」

 

 表情の読みにくい竜頭が、笑みを浮かべたのだと誰にも分かった。

 

「偉大なりし我が母は、あの男をこの地のこの付近に送り込んだと言った。

 あの血と死に塗れた男が生きていて、何も仕出かさない筈はない」

 

 その言葉だけで、ノノミや生徒会の他の三人は理解した。

 この人当たりの良さそうなだけの怪物が、誰を探しているのか。

 

「そうか、やはり心当たりがあるか」

「あの人と、いったいどのような関係ですか?」

「十年来の知人。そう表現するのが正しいか。

 或いは、何度も語り合った、無二の理解者だろうか」

 

 嘘、いや敢えて迂遠な表現をしているとノノミは思った。

 

「生憎と、私達は彼に大きな恩が有ります。

 彼の下に、あなたを連れて行くわけにはいきません」

「そうか。なるほど。先ほどお前たちは“林檎園”と名乗ったな。

 そうかそうか、お前たちは奴の教え子か。

 あの男は相も変わらず、凝りもせずに、女子供を手駒にしているのか」

 

 つまり、と竜人は結論付けた。

 

 ずッ、と怪物は一歩踏み込むだけで、ノノミに肉薄していた。

 

「お前たちの悲鳴が、あの男を呼び寄せる。そう言うわけだな?」

 

 三メートルの巨躯が、ノノミを頭上から見下ろし言った。

 ぞわり、とノノミは全身が死を予感させた。

 

「ノノミから離れて!!」

 

 即座にシロコが銃口を向ける。

 だが。

 

「その飴細工で、どうすると?」

「ッ!?」

 

 未知の現象が起こった。

 シロコの愛銃の銃身が、真っ赤に赤熱してどろりと垂れ落ちるように崩れた。

 すぐに高温が彼女の手元に伝わり、シロコは銃だったモノを思わず放り投げた。

 

 じゅう、と砂漠の砂が焼ける。

 

「……わかった、案内する!!」

「セリカちゃん!!」

「黙ってて!! でも、私達はあの人がどこに居るか知らない。

 その代わりに、居そうな場所は知っている」

 

 悲鳴じみた声を上げるアヤネを諫め、セリカは言った。

 

「……嘘ではなさそうだな」

 

 まるで、心を読まれているかのような、そんな気分に彼女は陥った。

 本当に彼女達は、男の居場所を知らなかった。

 

 砂漠を旅するアビドスの面々は、社会から断絶した共同生活を送っている。

 世俗の情報はあまり入らない。

 

 ゲヘナ学園の名前を出しても良いが、こんな怪物を他所の学校に送り込むわけにもいかない。

 そして確実に、そこにいるとも限らない。

 

 だから、セリカは自分も納得できる答えを捻りだした。

 スマホのマップで、その場所を示す。

 

「ここに、ブラックマーケットって呼ばれている場所があるの。

 ここならあの人が隠れ潜んでいて、テロリストを相手にしてるかもしれない」

「……まあ、よかろう」

 

 あの男の知り合いなら、そのセリカの言葉は納得のいく答えだったのだろう。

 竜頭の怪物は、頷いた。

 

「別に急ぎの旅ではない。丁度、この旅行の滞在に相応しい場所を探そうと思っていたところだ。

 そこでゆるりと、あの男が来るのを待つとしよう」

 

 怪物は、黒船から伸びる光の階段の方へと踵を返した。

 

「ねえ、せめて名乗るぐらいはしても良いじゃないの?」

 

 愛銃を台無しにされたシロコが、背を向ける怪物を睨みつける。

 

「ならば知り得るといい。

 我が名は、──アダム。林檎の子たちよ。生涯忘れられぬ名だ」

 

 竜人、アダムが光の階段を登っていく。

 彼が黒船に搭乗すると、それは重力を無視してふわりと浮き上がる。

 

 そして、音もなく航行を開始して、ブラックマーケットの方へと向かって飛んで行った。

 

 この場に居る誰もが、そこが爆心地になると確信を得ながらそれを見送った。

 

「せ、先生に連絡しなきゃ!!」

 

 誰かが叫んだ。

 

「その必要は、恐らくないかと」

「で、でも!!」

「ホシノ先輩、生徒会長が既に先生の下へと向かっています。

 恐らく、このことを何らかの手段で事前に察知していたのかと」

 

 ノノミの冷静な言葉に、声を上げた生徒は黙った。

 

「総員に告ぐ、第一種緊急事態宣言を発令します!!」

「先輩、まさか!!」

 

 アヤネは真っ青になる。

 それは、ビナーのような砂漠を彷徨う巨大な脅威に対抗する為の戦闘態勢。

 

 ノノミは、あの怪物と戦うつもりなのだ。

 

「アレの対処は、間違いなくシャーレの担当になります。

 我々は、先生の下に駆けつける準備を!!」

「せめてホシノ先輩と連絡を取ってからでも遅くありません!!」

 

 アヤネが必死に抗弁する。

 あれはヤバい。勝てる気がしない。戦ったら死ぬ。

 彼女の脳内を占めるのはそればかりだった。二百人以上で取り囲んでいたにも関わらず、だ。

 

「なら、アヤネは引っ込んでればいい」

 

 シロコは代わりの武器を引っ張り出し、照準などを確かめていた。

 

「あんなの、放っておけるわけないじゃない!!」

 

 セリカには罪悪感があった。

 悪党の巣窟とは言え、そんな場所に核爆弾同然の何かを放り投げたのは彼女なのだから。

 

「ええ、誰も戦うことを強制したりはしません。

 戦わない者はこのキャンプの防衛を、お願いします」

「……いえ、そうはいきません」

 

 腰を抜かしてへたり込んでいたアヤネは、やっとのことで己の感情に整理を付けた。

 

「ここで引いたら、教官に笑われます。

 いえ、ゴム弾を喰らうかもしれません」

 

 それだけはいやです、とアヤネは精一杯笑って見せた。

 

「ええ、とりあえず、生徒会長と合流しましょう!!」

 

 ノノミはキャンプ防衛に人数を割り振ると、150人を引き連れシャーレへと移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 先生は、ホシノから受け取ったデータディスクから、映像を再生した。

 

 古い映像のようだが、非常に鮮明だった。

 

『撮影は始まったか?

 こういう印象的な経験は、記録に残すのに限る』

『はい、もう始まっています。アダム様』

 

 撮影者は、竜頭の怪物を撮影する。

 それはどこかの森林のような場所。

 

 だが重要なのは場所ではない。

 竜頭の怪物、アダムが足蹴にしている人物だった。

 

 先生も、ホシノも、知らない人間だった。

 それでもなぜか、予感がしていた。

 

『さて、──アップルマンよ。

 このような決着になったこと、私も不服なのだ』

『殺す、コロシテヤル、トカゲ野郎!!!』

『どうやって? もう他に誰も居ないぞ』

 

 アダムは、アップルマンと呼ばれた人間の男を踏みつける力を強めた。

 男が呻き、声も出せないような苦痛に顔を歪めた。

 

『そう、誰も居ない。全員滅ぼした。

 国も、街も、村も、集落も、お前が最期だ。

 この世界、たった独り、お前だけが唯一の生き残りだ』

 

 流石に七十億も殺すのは億劫だった、と怪物は笑う。

 

『いつもはもっと早い段階で一掃するのだ。

 この世界の住人の苦痛を長引かせたのは、お前のせいだ。

 お前が最期の最後まで、戦う意思を示したせいだ。だが気にする必要は無い。彼らの苦しみは、我が母の愛が癒すからだ。

 だがしかし、まさかお前ひとりに、一か月も手こずるとは……』

 

 先生は、その怪物の言葉を額面通りに受け取った。

 彼を仕留める為に、一か月もかかったのだと。

 

『まさかまさか、最期の一人になって一か月も粘られるとは、思いもしなかった!!』

 

 だが違ったのだ。

 男は世界で唯一、最期の独りになっても負けを認めなかったのだ。

 

『私はお前との駆け引きをもっと楽しみたかったのだが、主上の命令でな。お前ひとり如きに、これ以上コストを掛けるな、とな。

 だから、卑(・)怯(・)にもこの世界には存在しない技術──魔法を使う羽目になった』

 

 アダムは掌をこれ見よがしに、そこから炎や冷気、稲妻を手品のように見せつけた。

 

『……明確なレギュレーション違反だ。

 名誉なことだ、誇れ。お前は我が主上が定めたことを、自ら反故にさせた。神は、お前を真っ当な手段で殺せなかった!!

 こんなこと、随分長生きしているが初めてである!!』

『ほざけ、クソがぁぁぁ!!』

 

 ここで先生はようやく気付いた。

 アダムの表情は分かりにくい。だからこれまでわからなかった、彼はずっと歓喜していたのだ。

 男を踏みにじって、嗜虐を満たしているのではない。

 

 彼はこれ以上無いほど、男を賞賛していた。

 そして、それを記録する為に先ほどから説明口調なのだ。

 

『この世界の失敗作ども七十億すべて合わせても、お前ひとりの価値に値しない。

 お前こそ、神々の求めた勇者!! 有象無象の泥から花咲く、蓮の花である!!』

『訂正、しろ!! 皆が失敗作だって!?』

『訂正は出来んよ。我が主上、お前たちの造物主がそう決めたのだ』

 

 男が地面を搔きむしって足掻く。

 すぐに地面は血で真っ赤になるが、それでもアダムの踏みつけから逃れることはできない。

 

『ころして、やる!! ころしてやるぞ!!」

 

 必死にもがく男が叫ぶ。

 その怪物の、その正体を。

 

 

『──────“魔王” アダムッ!!!!』

 

 

 

『ああ……』

 

 魔王は、本当に惜しむように目を細めた。

 

『お前のような男ですら、私を殺せぬのか。

 この先お前のような勇者が現れると、そんな期待をしないといけないというのか』

 

 ごきごき、と男の身体に、魔王の足がめり込んでいく。

 男は血を吐き、悶え、命の灯火が失われていく。

 

『それは、恐らく死よりも苦痛な日々だろう。

 悲しい、悲しいぞ、我が宿敵……こんな気持ちは初めてだ』

 

 魔王は涙を流していた。

 本当に、親しい友人を亡くすかのように。

 

『今なら、我が母に申し出て、お前を一族の弟として迎え入れよう。

 主上も、我が母も、喜ぶだろう。どうだろうか?』

 

『く そ く ら え !!』

 

「そうか、残念だ」

 

 魔王は、風船を踏みつぶすかのように男の肉体を破壊した。

 血が飛び散り、広がっていく。

 

『……撮影を終えろ』

『はい、魔王様』

 

 

 映像はそこで終わっていた。

 

 

「“…………”」

「ねえ、先生、やっぱりあの人って……」

「“間違いなく、同一人物だと思う”」

「でも、どう見ても、あれ、死んで……」

 

 先生はそのことには深く言及しなかった。

 

「“魔王には未知の技術、魔法がある。

 それで治療を施したのかもしれない”」

「そう、だよね」

 

 そして、その時、ホシノのスマホが鳴る。

 

「はい、もしもしどうしたの皆……え?」

 

 先生は、嫌な予感が確信に変わるのを悟った。

 

 RPGのゲームから飛び出してきたような、本物の魔王が現れたのを。

 その化け物が、このキヴォトスの住人全てを皆殺しにして余りある強大さを秘めていると言うことも。

 

 先生はすぐに各学園に連絡を取った。

 総力戦が、始まる。

 

 

 

 

【イベント:総力戦 魔王降臨:ブラックマーケット炎上】

地形:市街地戦 防御タイプ:???? 攻撃タイプ:魔法

 

 魔王アダムは異世界に存在する、強大な魔法を操る本物の魔王です。

 強大なる二柱の女神によって創られた、完全な生命体。

 その出現がブラックマーケットにて確認されました。

 なぜ彼がキヴォトスに現れたのかは分かりませんが、彼を野放しにしてはおけません。

 生徒たちの総力を結集し、元の世界にお帰り頂きましょう!!

 

 

 

 

 

 

 

 





魔王アダムはプライベート旅行中なので、かなり弱体化してます。
某びりびり中学生のように、全力で魔法が使えない状態です。
でもスペックがヤバい。ヒト型のビナー君みたいなものです。

そして次回、ブラックマーケット虐の始まり始まりです。
ではまた!!
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