静かなる始まり
「キヴォトスの、『七つの古則」は御存じかい?」
セイアは目の前の二人に問う。
「その五つ目は、「楽園」に関する問いだったね。
曰く、楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか?」
彼女はそれを、「楽園の存在証明に対するパラドックス」であるとして、その解釈を語った。
「もし楽園と言うものが存在するのならば、そこに辿り着いた者は、至上の満足と喜びを抱くが故に、永遠に楽園の外にでることはない。
もし楽園の外に出たのであれば、つまりそこは真の悦楽を得られるような「本当の楽園」ではなかったということだ。
であれば、楽園に到達した者が、楽園の外で観測されることは無い。存在を補足されうるはずがない」
それはそう言う、矛盾の思考実験に近いモノらしい。
「存在しない者の真実を証明することはできるのか?」
その五つ目の古則は、初めから証明することができないことに関する「不可能な問い」なのだと、彼女は言う。
証明できなければそれは無価値なのか、他に問いたいことがあるのではないのか。
古代の経典に出てくるエデンと言う楽園の名前。それが、二つの学校の平和条約の名に付けられている。
セイアはそう語った。
「難しい質問だな。
その場合の楽園とは、恐らく死後の世界のことだろう。
その旅人は前提として、全てを失っていなければならない。
現世ならば家族や友人、様々な確執から逃れた状態でなければ、至上の悦楽や喜びを得たところで外への未練が残る」
「なるほど、そう言う解釈もあるね」
男の言葉に、セイアは微笑んだ。
まるでこの話に付き合ってくれることを喜んでいるかのように。
「天国には幾つも種類がある。
くくッ、中には死後に大勢の女性に囲まれ、男のナニに次々と口淫をしてくれて、食事にも決して困らない場所だとか説かれてる物もある」
「そ、そうなんだね」
男の下卑た話に、セイアは頬を赤らめた。
「つまり楽園とは、その者の未練を断ち切る場所。
だがそうなると、どうしても邪魔なものが存在するな」
「……他人、かな?」
「そうだ。楽園に辿り着けるのは選ばれた者だけ。
数が多ければ多いほど、老いも飢えも病も無い、そんな場所に穢れが持ち込まれる」
例えばそれは、旅人が逃れたかった他者との確執かもしれない。
人間関係が発生すれば、それだけで嫌になる者もいるだろう。
それは、真に楽園足りうるのだろうか?
ほんの僅かな人数しか受け入れられない。それが本当に楽園と称されるものなのか?
「矛盾。パラドックス。難しいね」
「ああ。だから俺の故郷では、人間を創った神は死後に楽園を作らず、転生させる方法を選んだ。
そして、何度もヒトの住む世界を創り、同時に破壊を繰り返した。
本物の、誰も飢えず老いず病も無い、己の理想とする楽園の雛形やテストベットとするべくな」
残酷な話だと、セイアは思った。
逆説的に、楽園の雛形として創られた世界に住む人々に、本物の楽園に住む資格はないのだから。
「そのフロンティアスピリッツこそが、人間そのものなのだと。
存在しないのなら、自ら作り上げればいい。我が主上には頭が下がる」
「なるほど、ある意味で、それが理想の答えなのかもしれないね」
他人の創った楽園ではなく、よりよい楽園を求め続ける。
それが、人間の素晴らしさなのかもしれない。
「実はこの間、俺の“お友達”の伝手で我が神が創造した楽園を題材にした英雄譚が手に入ってな。
俺も好きな話でな。タイトルは『預言王と美貌の騎士』って言うんだが*1」
「それは興味深いな」
特に預言と言うところが。セイアの興味を引いた。
「じゃあ、今度その受け渡しの際に、ベッドで生命の神秘の哲学について語りあ──」
男のセクハラ発言は先生のチョップで阻止された。
「しかし、なるほど。
楽園が無ければ、夢見た皆で作れば良い。
だから彼女達は自らの居場所に楽園を見出し、あの二人は新しい楽園をこの地に産み出そうとした」
「“……”」
先生は目を瞑る。
結局己の嫌な予感が的中してしまった、あの出来事を。
「そのような哲学を持つからこそ、君は彼女をあんな目に合わせ、トリニティに大混乱を齎した。
そうだね、──オオカミさん?」
「そうとも。ティーパーティーの“ホスト”のキツネちゃん」
男は笑った。
お陰であの救護ゴリラにしこたま殴られたよ、と肩を竦めて。
足りないくらいさ、とセイアは溜息を吐いた。
そう、全ては先生がトリニティに招かれたその日より前から、始まっていたのだ。
話の発端は、先生にとって数週間前に遡る。
§§§
「なあ、先生」
「“なにかな?”」
「トリニティで一番頭のいい女って誰だと思う?」
車で移動中の二人は、後部座席に座りながら雑談に興じていた。
「“うーん、やっぱりこれから会う予定の、ナギサじゃないかな?”」
「やっぱりそう思うか?」
そう、二人は、いや正確には先生が、トリニティ総合学園の生徒会“ティーパーティー”に呼ばれていたのだ。
これから男は先生の付き人として、その席に同行する。
「“でも、なんでそんなことを?”」
「先生、まだボスの性癖を分かってないんですか?」
助手席にいるムツニが、バックミラー越しに先生に笑いかける。
「“まさか……”」
「ああ、良い女を抱くと男ってのは株が上がるんだ。
いいとこのお嬢様で生徒会長か……股間が熱くなるねぇ」
「“今日の当番はナバトだったね”」
「うっす」
「“彼がナギサを口説いたら、容赦なく撃っていいから”」
「了解でーす」
運転中のナバトは朗らかに返した。
「ははははは、後で覚えてろよナバト」
「今日はシャーレの当番の“ハルカ”なので。ボス」
「そう言えばその設定まだ生きてたっけか」
これから入るトリニティの学区では、基本的にゲヘナの生徒は敵扱いだ。
「学園に入ったら、護衛は良い。
それでいいか、先生」
「“うん、護衛は彼で十分だと思うから”」
「あまり当てにするなよ」
先生はひ弱で魅力以外のステータスが1のクソザコだが、男の方は生徒相手でも一応それなりに戦える。
問題は、彼が愛銃のリボルバー以外を持とうとはしないので、倒せても二人か三人程度だということだろうか。
「安心してください。あっちでは隊長とウズが影から護衛いたします」
「“そう、わかった”」
二人は潜入の達人だから、そのムツニの言葉に先生は違和感を持たなかった。
その二人が既に居る、先生がその意味に気づくのはもう少し後だった。
そして、会合の時はやってきた。
ティーパーティーの、広大なトリニティ学園が見渡せるテラス席。
そこで、優雅に彼女は紅茶を嗜んでいた。
ナギサは案内された二人を認めると、ティーカップを置いて立ち上がり、こちらに一礼した。
「こんにちは、先生。こうして御会いするのは初めまして、ですね。
ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサと申します」
「“うん、そうだねナギサ”」
先生とナギサ。書面では、お互いに面識はあった。
特に、アビドスの件では電話でお互いの意見をすり合わせもした。
「俺はアップルマンと呼ばれている。
今は先生のしがない付き人だ。気にしないでくれ」
「そうですか、こちらこそ初めまして」
ナギサは男にも優雅に微笑み、一礼した。
そうして、彼女は同じテーブルに同席している少女を示した。
「そしてこちらは同じくティーパーティーのメンバー、聖園ミカさんです」
ミカは彼女の紹介に、微笑みを返した。
「あらためまして、お目にかかります。私達がトリニティの生徒会、ティーパーティーです」
そして彼女達は、そう名乗った。
「一応確認だが良いか?
ホストってのは主催者、或いは幹事って意味合いで、生徒会における主導権を持つ者って認識で合ってるか?
誰も説明してくれないから、一応な」
「ええ、そのような認識で合っています」
そしてホストは順番に公平に、各派閥の代表が持ち回りでやることになっている、とナギサは男に説明した。
「へえ、これが先生。私達とあんまり変わらないんだね」
その横で、ミカが興味深そうに先生を見ていた。
「こっちのオオカミさんは、キヴォトスのみんなよりおっきいんだね」
「ははは、股間のモノも連中よりデカいぜ、見るか?」
「きゃー、オオカミさんのえっちー!!」
そしてきゃっきゃと笑い合うミカと男。
「ミカさん」
「“アップルマン”」
それは、お互いの上司に睨まれて止まった。
「こほん……トリニティの外の方が、このティーパーティーの場に招待されたのは、私の記憶では先生方が初めてです。
普段はトリニティの一般の生徒たちも簡単に招待されない席でして……」
と、ナギサが話題を変えた。
つまりそれくらい、このティーパーティーという組織は格式が高く──閉鎖的と言うことだ。
そんな言葉に対してまたミカが茶々を入れる一幕もあったが、ナギサは本題に移った。
先生にお願いがあるのだ、と。
先生が生徒会の仕組みに興味を持ったことに端を発し、トリニティの歴史などが語られた。
先生はともかく、男は欠伸をしながらそれを聴いていた。
口数の減らないミカにナギサがキレたりもして、彼女は、そそそと席から離れて壁際に立った。
「なあなあミカちゃん。ナギサちゃんの幼馴染なんだって?」
「うん、そうだけど?」
「やっぱり、彼女って産まれながらに許嫁とか居るの?
将来は御家の為に政略結婚するとかそう言う感じ?」
「え、オオカミさん、もしかしてナギちゃん狙い?
きゃー!! 身の程知らずだね!! ナギちゃんにアタックしようとする男の人が存在するなんて思わなかった!!
正直やめておいた方がいいと思うよ。うん、本当に。
でもうーん、私はそういうのは聞いたことがないかな?
つまりナギちゃんは今フリー!! 多分あと十年はずっと……」
「ミカさん?」
「あッ、ごめんなさい」
「“アップルマン!!”」
「ちゃんと“ナギサちゃん”は口説いてないだろ?」
へらへらしている男に、先生とナギサの頬が引きつる。
そして、男とミカが雑談している間に、先生とナギサの方で本題は進んでいた。
要するに、トリニティでも成績の振るわない生徒に、補習授業部という枠組みを与え、その担任に先生を据えることによって成績向上を図ってもらおうというわけである。
それがティーパーティー、ナギサの頼みだった。
この部活の成立は過去にも事例があるそうだが、今回は特殊な例らしく先生の権力を借りたい、と言う形でもあるらしい。
全く興味の無い男は、うんうんと訳知り顔で頷いていた。
そういうことなら、と先生も断らなかった。
ここ最近、先生も自分が教師として必要とされる場面が少なく、某爆破メイドみたいに己のアイデンティティに疑問が生じていたところだったのである。
そして、その助けが“必要な生徒たち”の名簿が渡される。
先生は名簿に目を落として、固まった。
「そちらに記された方々が対象です」
「つまり、トリニティのやっか──」
「その表現は愛が足りませんよ、ミカさん。こう言いましょうか、トリニティにおける「愛が必要な生徒たち」」
「ぜひお嬢様方には、ベッドでその愛の何たるかをご教授願いたいところですなぁ」
「あははは、本当にオオカミさんってばえっちー!!」
そして、そんな軽口を叩いている男の方を向いた。
「どうしたんだ、先生」
「“……なんでもない”」
先生には言いたいことは沢山あって、そして先生が何を言いたいのか分かっていながら素知らぬ顔をしている男に、内心怒りが湧いた。
しかし、この場でそれを言うわけにはいかなかった。
「後で、学園側からも先生の補佐役として彼女らとは別に監督生を派遣致します。共に協力し、彼女達を導いてください」
「ん? 何か気になる子でも居た、先生?」
先生は口笛を吹いて誤魔化した。
そして、その下手な口笛を聞いて笑いをこらえている男に殺意が湧いた。
「詳しい内容についてはまた追ってご連絡いたします。
他に気になる点はございませんか?」
先生は大きく溜息を吐いて、気持ちを切り替えた。
そして、伝聞でしか聞いていない、エデン条約について尋ねるのだった。
結局機密と言うことでお茶を濁され、“
そうして、両者の会合は終わりを告げた。
§§§
「“これは、どういうことだい?”」
ティーパーティーの生徒会室から出るなり、先生は開口一番で真横に居る男に名簿を突き付け、尋ねた。
「それより、知り合いが居たんだろ?
会いに行かなくていいのか?」
その反応が楽しみだった、みたいな表情で男はニヤニヤと笑っていた。
そこに記された人数は、
「“なんで、名簿の名前にウズが居るんだ”」
「どれどれ。よく似た名前だが、違うだろ。
ここの名前は、毒島ウズキって書いてあるだろ」
「“白々しい……”」
潜入任務を本名でするわけもない。
むしろこんな安直な名前で潜入するものだから、バカにしてるとしか思えない。
「“うん? 待てよ”」
先生は以前聞いたWolf小隊の基本原則を思い出した。
必ず二人一組で行動する、と。
「“トリコはどこだい?”」
「さて、なぁ……おっと、本当に知らないんだ。報告は受けてないからな」
とりあえず、先生は男に追及するのはやめた。
本当に知らなそうだったし、それより名簿のメンバーに会うのが先だからだ。
さて、補習授業部のイカレたメンバーを紹介しよう。
「あうう、先生にこんな形で再会したくありませんでした」
ペロロ様のライブの為に、テストをブッチした部長の阿慈谷ヒフミ。
「こんにちは。もしかして、私の事をお探しでしたか?」
スクール水着で徘徊はお手の物、トリニティの秘密(にしておきたい)最終兵器、浦和ハナコ。
「(シューッ、シューッ……)」
人呼んで氷の魔女、ゲリラ戦ならお任せあれ、白洲アズサ。
「死にたい……本当に死にたい……」
エッチなのはダメ、死刑!! シンプルにバカ!! 下江コハル。
「“……”」
クセの強いメンバーだ。
先生は改めてそう思った。
あれ、とそこで先生は首を傾げた。
付き添いの男が静かだと思って見て見ると、彼は気分が悪そうにしていた。
「どうかしましたか? 体調がすぐれないのですか?」
「あんたはまずそのスクール水着を着替えなさいよ!!」
心配そうに男を覗き込むハナコ。
コハルのツッコミが室内に響く。
「悪いが、離れてくれないか……」
「もしかして、吐きそうなのですか?」
「ああ、目の前にそんな下品なデカチチをぶら下げられると、気分が悪くなるんだ……」
胸まで抑え始めた男の発言に、ハナコはぴしりと固まった。
「ほら見なさい!! あんたの裸は人様に迷惑なのよ!!」
コハルが鬼の首を取ったかのように喚きだす。
「お、お願いだ、そこの君で良い。人工呼吸の代わりだと思ってそのちっぱいを揉ませてくれ」
「仕方ないわね、私で良ければ……良ければ……」
コハルはすぐにその意味を咀嚼し、自分に縋りついてくる男を睨みつけた。
「な、なななな、なにを言い出すのあんた!!」
「花粉症の人間に杉の木は天敵だろ? 俺にとってデカチチとデカケツはそう言うものなんだ……」
そう言ってから、男はたまたまその場に居たハスミに目が行った。
「ううッ、おえっぷ」
「なぜ私を見て吐き気を催すのですか!!」
「悪い、君らは悪くない。ただ俺が、デカチチデカケツを受け付けないってだけなんだ……それが室内に二人も、おえッ」
この男、筋金入りの真正のロリコンなだけである。
豊満な女性が性癖に受け付けない故に、アレルギー反応みたいな症状が起きていた。
「ここにビニール袋がある。使うと良い」
「ありがとう。おえ」
「私が太っている、太っていると言いたいんですか!!
流石は元ゲヘナの顧問官!! 先日の件と言い、今回といい、許しませんからね!!」
「“ほ、本当に彼には悪気がないみたいだから……”」
冗談抜きで気分が悪そうな男を擁護する先生。
なんとか怒れるハスミを宥めようとしていた。
そして男はアズサからビニール袋を受け取って、窓を開けて胃の中身を吐いていた。
「本当にすまない。こんなこと、滅多には起きないんだが……恐らく、室内に二人ほどデカチチデカケツが居るせいで、何かしらのアレルギー源が飽和状態なんだろう」
「は、初めて聞くアレルギー反応ですね」
真面目に語る男に、ヒフミは頬が引きつっていた。
その時である。
「失礼します、こちらに向かったと聞いたのですが、先生はいらっしゃいますか?」
「“はい、ここに……”」
その時、正義実現委員会の教室に、二人の生徒が入ってきた。
その二人を見て先生は固まる。
「ごほッ、ごほッ、皆さん、お集りみたいですね。
この度補習授業部の一員となる、毒島ウズキです」
「私がティーパーティーより監督生を任じられた、兜衣リコと申します。先生、以後お見知りおきを」
その二人とは、なぜか杖を突いて病弱キャラを演じているウズと、彼女と同じくトリニティの制服に身を包んでいるトリコだった。
こうして、後にトリニティに大混乱を齎す補習授業部の面々が集まった。
その時に比べれば、これは実に静かな始まりだった。
前回のあとがきで、三章はあまり変化が無いと言いました。
――あれは嘘だ。
いや、補習授業部編に一連の騒動を、主人公の立場から改めてエミュしたところ、まあ、うん。RTAの始まりかなって。
エピソード3と4をまるまるカットしそうな勢いと言うか。
それだけハナコと主人公の相乗効果がヤバいというか……初対面で吐きそうになってるけどね!!
とにかく、期待している読者の皆様に置かれましては、ぬるい展開にはならないと思うので、ぜひお楽しみに!!
ではまた、次回!!
Wolf小隊が実装されるなら誰がほしい? 或いどのキャラが好き?
-
生真面目なトリコ
-
舌打ちをしてくれるウズ
-
サイコな毒女のムツニ
-
正義の暴走車両なナバト