合宿六日目、朝。
「遅い!!」
いち早く来ていたアズサが他の面々にそう言った。
「……」
「すみません、昨日はちょっと夜更かししてしまって」
真っ赤になって俯いているコハルと、寝不足そうなウズも現れた。
張り切っているアズサに、ヒフミやハナコも笑顔で歓迎していた。
「ふあぁ、おはようお前ら」
「あら、教官も寝不足ですか?」
欠伸をしながらトリコを伴って、男が現れた。
「いやな、夜中にちょいと暇だったからアニメでも見ようとおもってな。ついアニメ配信サイトで目に付いたモモフレンズを一気見してしまった。
ヒフミ、アレ普通に面白いな。俺もグッズを集めようかな」
「え、わかります?」
男の話に、ヒフミの顔色が変わった。
「ああ、特に最終話でペロロたちがこれまで出会ったキャラたちと力を合わせて、脅威に立ち向かうって王道展開が良いよな」
「ですよね!! ちなみに推しは誰ですか!?」
「ウェーブキャットだな。主人公の親友ポジってよくね?
いつも踊ってるの三枚目の奴が、終盤で敵を引き付けるのに一人単身で囮になるって展開とか弱いんだわ」
「ええ、わかります!!
ペロロ様との友情も見所ですよね!!」
「何も言わずにお互いを察し合える、最高だよな」
ガチで一気見したらしく、男はヒフミとモモフレンズについて語り合い始めた。
「アニメか、私は見たこと無いな」
「バッカ、お前、若いのに人生半分損してるぞ。
アニメ、ゲーム、映画、マンガ……サブカルチャーを否定する者も多いが、自分の知らない知識を物語として手に入れるのは人生の糧になる」
アニメを見たこと無いらしいアズサに、男は熱く語り出した。
「よし、今日の模試で合格点を取れたら、俺の一押しのマンガ、ヨルムンガンドを全巻やろう。アニメ化もされている、名作だぞ」
「あ、でしたら私も、モモフレンズのDVD全巻付けます!!」
「なんでそこで対抗意識燃やすんだよ。
それより、モモフレンズって漫画化とか小説化してたのか?
アニメとは別の媒体で違いを楽しみたいんだが」
「ふふふ、こっちに来ましたね、教官。モモフレンズの沼に……。
合宿が終わったらどちらも貸しますよ」
「ああ、型月、東方シリーズ、艦これ、ウマ娘、数々の沼にハマって来たが、今回も半年ぐらいは沼るかもな」
「意外と熱しやすく冷めやすいんですね……」
「てか、合宿が終わるまで待てんわ」
「“なんだか盛り上がってるね”」
男とヒフミが盛り上がっていると、先生が入ってきた。
「ああ、先生、午前中は任せる。
俺はちょっと本屋に行ってくる」
「“え、それは構わないけど……”」
「電子書籍もあるのに、現物を求める。通ですね、教官」
「ドアホ、俺ぐらいの年頃だと現物が普通だったんだ」
模試が終わる頃には戻る、と言い残して男は教室から去った。
「なんというか、スゴイですね、教官。
誰とでも仲良くなれるというか……」
ヒフミとのオタクトークを微笑ましく見ていたハナコがそう言った。
ある意味で、彼女が持ち合わせていなかった才能を羨むようだった。
「まったく、あんなのの何が面白いのよ」
「コハルちゃん、教官の言う通り人生損していますよ!!
今日の授業が終わったらみんなでモモフレンズの鑑賞会をしましょう!!」
食い気味のヒフミに、コハルはうへぇと呻いた。
「“それじゃあ、気持ちよくアニメを見る為に合格点を取ろうね”」
そう言って、先生は各々を席に着くように促し、模試を配り始めた。
模試が終わる前には、男も書店の袋を片手に戻って来て、小説版のモモフレンズを読み始めた。
そして、模試の結果が発表される。
ヒフミ:75点。結果──合格。
アズサ:73点。結果──合格。
コハル:61点。結果──合格。
ハナコ:69点。結果──合格。
ウズキ:60点。結果──合格。
全員、合格。
「や、やりました!!」
「ああ、よくやったぞ。お前ら」
みんなの合格に喜ぶヒフミに、男も皆に拍手を送った。
彼女がモモフレグッズをアズサに譲渡し終えると。
「実は俺からもお前たちにご褒美を用意したんだ。
アズサだけにマンガをやるのも不公平だしな」
そう言って、男は最初にヒフミに己のスマホを見せた。
「モモフレのライブチケットだ。転売されてて高騰してたが、出品者を特定して
「あ、ありがとうございます!!」
事前に準備していたのか、男のスマホには割引されたチケットがオークションサイトで落札されていた。
「“いったいどんな手を使ったんだい?”」
「いや、特に。出品記録から税務署に相談しようか、と言ったら快く譲ってくれることになった」
「“今回ばかりは賞賛しよう”」
欲しいフィギュアが転売されて涙を呑んだことは数知れない先生が、拍手を送った。
「ほれ、アズサ。さっき言ったヨルムンガンド全巻買っておいたぞ。あとで読むと良い」
「ありがとうございます、教官」
アズサは男から全十一巻のマンガを受け取った。
「コハルには、これな」
「なにこれ、白スク水? なんで水着なのよ!?」
「エッチな犯罪は許しません、ってキメ台詞でお馴染み魔界天使ジブリールのコスチュームだが?」
「エロゲーのキャラじゃない!!」
「おやコハル君、なぜエロゲーのキャラだと思ったんだ?」
「えッ、それは……あんたの事だからそうだろうと思っただけよ!!」
「仕方ない、お前にはゲームソフトをやろう」
白スクール水着を突き返され、男は紙袋に入った件のエロゲーのシリーズを渡した。
「個人的には3がおススメだ。4と戦国は個人的に受け付けなかった」
「け、検閲の為に預かっておくわ……」
なんて言いながらコハルもエロゲーを受け取った。
ちらちら、と中身を先生にばれないように見ながら。
「ハナコには、これをやろう」
「わあ、直球ですね♡」
「“熱くて盲目的な物2”だ、後で読むと良い」
ハナコにはブックカバーがされたエロ本を渡す男だった。
「“落差が酷いね……”」
なんとなくコハルとハナコへのプレゼントの内容を察しつつも、先生は諦め気味に溜息を吐くだけにした。
彼女達の喜ぶモノを的確に渡しているので、ここで水を差すのも憚られたのである。
「さて、お楽しみは後だ。
楽しい楽しい訓練の時間だ」
トリコとウズにもプレゼントを渡すと、男はにんまりと笑った。
「アズサ、リコと組んで残りを相手にしろ。今日は実践的な演習だ」
「了解です」
「わかりました」
アズサとトリコが頷く。
どうやら普通の演習だと分かり、残りの面々も安堵したのだが。
「お前ら、やる気あんのか、やり直し!!」
グラウンドには障害物が設置され、アズサとトリコ相手に突撃訓練をさせられていた。
勿論模擬弾に晒されながら。
「息を合わせろ、寝ぼけてんのかマヌケども!!」
「はいぃ!!」
兵士から、兵隊へと格上げさせる作業。
とにかく連携を重視させていた。
「ヒフミ、想像してみろ!!」
「はいッ!!」
「念願のモモフレ2では、監督が降板する!!」
「!?」
「代わりの監督は、前任者に嫉妬し、こき下ろし、否定するような続編を作る!!
作品への愛も何もない、カスのようなプロデューサーが担当し、主人公はペロロから外され、クソみたいな性格のサイコパス野郎だ!!」
「う"あ"あ"あ"ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
男の言葉に、ヒフミの脳が破壊され、女の子が発してはいけない叫び声が木霊する。
「ずっと帰りを待っていたキャラを置いてきぼりにし、最終話では倒した敵の眠る場所でライブでもしようとか言い出す、クソ素晴らしい展開になるだろうな!!」
「コロすコロすコロすコロす……」
「そんなクソ制作陣とクソ新主人公が敵だと思ってぶち殺せ!!」
「あは、はは、あははははは!!!」
その場に居た全員は、ヒフミが壊れる瞬間を目の当たりにした。
普通にトラウマモノの光景だった。
「お前はモモフレの続編を守護する司祭だ!!
お前はウェーブキャットが記憶喪失になって、ペロロをのけ者にして新クソ主人公と仲良くするような、そんな心温まる新作を見たいのか!!」
「全員、ぶっ殺します!!」
「よく言ったホーリーナイト!!
モモフレという経典を穢す異教徒を殺せ!!」
「はい教官!! 死ね、クソ制作陣ども!!」
ヒフミは血走った目で愛銃を乱射しはじめた。
「“うん、テロリストは赦してはおけないね……”」
こうやってテロリストを作り上げるんだろうなぁ、と先生は遠い目になった。
何が酷いって、あの男がモモフレへの解像度が上がった故の自傷行為にも近い暴言ばかりだったのである。
「戦えヒフミ!! クソ制作陣のせいで、モモフレはオワコンになるぞ!!
カネの亡者にコンテンツが食い物にされるのを赦すのか!!」
「ペロロ様は命に代えても守ります!!」
「俺も共に戦おう、モモフレを守るぞ!!」
「はい!!」
ついには自分も感情移入しきって、演習に参戦。
狂ったヒフミと男は、演習だということを忘れて手あたり次第全員を攻撃し始め、そして鎮圧された。
「はあ、はあ、いったい何が起こった?」
「起こしたのはあんたよ!!」
モモフレへの愛で暴走した男に、コハルは息を切らせ叫んだ。
モモフレの聖騎士と化した二人は、痛みを忘れて戦いを始めたのである。
「す、すみません、妙に教官の話のリアリティが凄くて……」
「演習どころではなくなってしまいましたね」
ヒフミはボロボロ、男の方も力尽きている。
ハナコは滅多にしない溜息を吐いた。
「“今日はこれくらいにしよう。元々軽い訓練にしようって話だったし”」
「……うむ、そうだな」
むくり、と倒れていた男は起き上がり、先生の提案に賛成した。
「教官、いえ同志!!
モモフレの危機の際には、共に戦いましょう!!」
「ああ、いつでも呼んでくれ、同志ヒフミよ」
なお、ヒフミと男は固い握手を交わしていた。
それを見た面々は、どうか男の語ったような未来が訪れないように祈る他なかった。
§§§
そして、その日の午後。
先生と男が、トリニティ学園の本校舎に赴いて、ナギサと面会をしていた。
所謂、現状報告をしに来たのだ。
「“あの中に裏切り者なんて居ない。
私は私の生徒たちの頑張りが報われる為に、最善を尽くそうと思う”」
「……?」
それは、ナギサの求めている答えではなかった。
「先生、それは語弊のある言い方だろう」
「では専門家の意見を聞かせてください」
「まだ確定的な証拠は得られていない」
男は本当の事を口にした。
実際、その通りなのだから。
「ええ、それについてはトリコさんの報告書で分かっています。
まだ全員が怪しいままである、と」
「その全員の範囲は、君と俺らでは違っていると思うがね」
「どういう意味ですか?」
「君はあの四人についてどう思う?」
「……では、なぜあの四人なのかしっかりと説明しましょう」
何も分かっていない人もいることですし、と先生を見るナギサ。
そして彼女は語る。
コハルはゲヘナを憎むハスミへの牽制の為に。
ハナコは誰よりも優れた才能を持つにもかかわらず、本気を出さずに奇行に走る。何を企んでいるか分からない存在。
アズサはそもそもが怪しい。暴力事件も何度も起こして統制できない。
「ヒフミさん、は……」
何もかも制御下に置かないと気が済まないナギサが、ヒフミの事に言及すると言い淀んだ。
「“ナギサはヒフミのことを……”」
「はい、そう、ですね。ヒフミさんへの想いは、かなり特別です」
その言葉に、男は思わず口笛を吹いて囃し立てた。
先生も、ナギサのヒフミに対する妙な対応にそれで納得できた。
ナギサは言う。ヒフミの事を大切に思っている。彼女を好いている。それに間違いはない、と。
「ですが、あの子の正体が恐ろしい犯罪集団のリーダーである、という情報がありました」
「そういう事前情報はこっちに上げて欲しかったところだがね」
結局、ナギサは目の前の男すら信用していなかったのだ。
先生も無言でそれを聞いていた。
「こういった話が返って一番怖いのです。信じていたからこそ、何か見えなくなっている。盲目な状態こそが、一番足元を掬われやすい」
自分はちゃんとヒフミを理解できているのか、それとも知らない顔があるのか、自分にはわからない、と自問自答するナギサを見て、男は内心ほくそ笑んだ。
彼の欲しかった答えが、得られたからだ。
「“そのことについて、私が誤解だと言っても、聞き入れてはもらえないんだろうね……”」
「では証明できるのですか?
ヒフミさんの心を、本心を、本音を、どうやって証明するというのですか?」
トリニティ学園は手続きを重視するという。
そこに頭まで浸かっているナギサは、トリニティ学園の象徴としてある意味相応しい状態なのかもしれなかった。
先生の言葉にどれだけの意味がある、とナギサは言う。
ヒフミの人間性を知っていても、本音だけは知り得ない。
自分と彼女は、どうあがいても他人に過ぎないのだ、と。
「俺には、簡単な話だと思うがね」
「簡単?」
「二人で河原で殴り合えばいい。
余計なことを考えず、言いたいことを言えばいい。
それだけの事だろう?」
男の言葉に、ナギサは眉を顰めた。
殴り合いはともかく、先生はそれは一つの真理であると思った。
「俺はヒフミと出会って二週間も経ってないが、少なくともお前よりはあいつを理解している。
なぜ本音が、お前を害する言葉だけだと思う?
なぜ悪しき秘密だけだと思うんだ?
それを言うお前は、いったいどれだけの本音をヒフミに話した?
俺は常にヒフミに本音で接している。だから今日、お互いの好きなものについて語り合えた。
……俺はそれで十分だ」
「それでもし、あなたがヒフミさんに裏切られたら?」
「その時は笑って殺し合おう。そして殺してしまったら、心の底から泣いてやろう」
それが俺の生き方だ、と男は語る。
「ヒフミがテロリストだったら、俺がきちんと処理してやる。
コハルでもハナコでもアズサでも、俺は誰だろうと容赦はしない」
「そこに居る先生でもですか?」
「皆まで言うな。当然だろ」
男の言う、誰だろうと、という言葉の意味をナギサはこの時点で理解していなかった。
まさか、ヒナ以外のキヴォトスの全員だなんて、思っても居なかっただろう。
「処理、ですか。私はそこまで、そこまでは望んでいません。
ですから退学させるしかないのです。エデン条約の、その成功の為にも」
「それがお前の甘さだよ」
男は心の底からそんな忠告をした。
やるなら確実に息の根を止める。そうしないのは、部外者になった時点でどうとでも出来る、と言うことなのだろうか。
「だから、最初から俺に任せればよかったのによ」
完全に壊れて暴君になれるほど、ナギサは壊れ切れてなかった。
賢い彼女は、暴君ではティーパーティーから失脚すると分かっていて、こんな中途半端な手段を選んだのだ。
そもそも、十代の少女にそんな選択を強いる、この世界が狂っているのかもしれない。
「“ナギサ、君はきっと今、疑心暗鬼の闇の中だ”」
「はい? 疑心暗鬼の闇?」
「“見たい者だけを見て、信じたいことだけを信じてるんだと思う”」
君をそこから出して見せる、と先生は言った。
これから起こることに対して、白々しいと思いながらも。
「俺はそうとは思わないがな。
ナギサは己の職務に忠実なだけだろう。
たとえそれが、外敵に怯えて震えるだけのヒヨコに等しいとしても」
「では、その外敵について、どれだけ理解しているのですか?」
「ああ、これを書面で報告は出来なかった」
軽んじられてムッとしているナギサに、男は説明した。
「ミカに会った」
「……ええ、そんな報告を受けています。話の内容まで流石に、ですが」
「あいつは、次は自分だと怯えていたぞ」
「え?」
「あいつはあいつなりに、幼馴染の役に立ちたいと、いろいろ調べていたそうだ。
そして、辿り着いちまったらしい。敵の正体を」
「だ、誰ですか、それは!?」
「アリウス分校」
男の答えに、ナギサは震えた。
「トリニティの、過去の亡霊が……!?」
「連中はテロリストとしての訓練を受け、トリニティに潜り込んでいるらしい。
いつか、トリニティを転覆させる為の工作員として。ずっと昔から。
そして、その一人が補習授業部に居る、と」
「……」
「それを知ったミカは、自分に何かあったらナギサを頼む、と俺たちに託していった。
俺達は身を隠すように伝え、その線での内偵を進めている最中だ」
「ミカさん……」
そこで彼女を疑えなかったのが、ナギサの甘さなのかもしれなかった。
本音は知り得ないと言った彼女が、本音を理解しているつもりになっている相手。
とは言え、出自がはっきりしている相手と言うのは、それだけで疑うのも難しいのだろう。
或いは、政治的な理由でミカをどうしようも出来なかったのかもしれない。
「話はシンプルになるどころか、混迷を極めてきましたね」
「ナギサ、お前も身を隠せ。
アリウスの狙いは少なくとも、トリニティの首脳陣の全員だと言うことは間違いないはずだ」
「わかりました。そうさせて頂きます」
先生は心底思った。
嘘を信じさせるコツは、真実を絶妙に織り交ぜることなのだと。
ナギサのあり得るだろう、と言う気持ちを刺激し続け、男は巧みに彼女を手玉に取ろうとしている。
知っているからこそ、背筋に寒気を覚える光景だった。
「“君たちにとっての裏切り者が誰であろうと、私は私のやることをするね”」
「ええ、承知しました。どうか頑張ってください、先生」
それはある種の、先生との決別の言葉だった。
ナギサはもう、補習授業部の全員を切り捨てる、それを絶対の正義だと信じている。
そうさせるように、男が仕向けたからだ。
「私は、私なりに頑張りますので」
話は終わった。
男が振り返る直前の笑みを、先生は見てしまった。
裂けるような、悪魔の笑みを。
清らかな天使を玩弄する、邪悪な意思を。
そうして、補習授業部は二度目の試練を迎える。
失敗が内外で確定している、無意味なそれを。
ようやく、ここまで書けました!!
原作もここから急転直下で進むので、今後の展開もぜひお楽しみに!!
次の幕間の予定ですが、キヴォトスの外のテーマパークみたいなところに修学旅行とかさせてみようかなと思ってます。オリジナル要素最小限の、生徒たちがきゃっきゃと遊ぶだけのお話にするつもりです。
では、また次回!!