※この作品はR-18です。

キヴォトスに墜ちた悪魔   作:やーなん

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逆襲の始まり

 

 

 

 ゲヘナ学園、情報部の部室。

 そこに、マコトとイロハは来ていた。

 

「これがヒナ委員長の要請に応じ、収集した情報です」

「うむ。これは……」

「うわぁ……」

 

 トリニティからゲヘナへの擲弾の投射映像。

 暴動への資金提供の口座の経由先。

 

 それを情報部から聞かされた二人は顔を顰めた。

 

「それから、元顧問官殿が正体不明の“荷物”を風紀委員会本部棟の特別尋問室へ運んだそうです。

 これら全ての記録を抹消するように言われていますが、いかがしましょう」

 

 そもそもこの二人が来たのも、ヒナの不可解な動きを察知したからだ。

 風紀委員会への嫌がらせに余念がないマコトに、イロハが付き添って来たのである。

 

「資金提供者の口座の持ち主は?」

「まだそこまでたどり着けていませんが、トリニティ側であるのは確実です」

「もはや、大量破壊兵器ですね」

 

 彼女達が集めた情報を、イロハはそう評した。

 

「そのスタンドアローンの記録媒体に情報を移し、後は全て消去しろ。

 お前達も、この事は忘れろ。迷惑はかけない」

「了解しました、マコト議長」

 

 そうして、二人は情報部の部室から立ち去った。

 

「どうするつもりですか、それ」

「キキキ、ヒナではこれを持て余すだろうが、我々なら使い道があると言うことだ」

「それは、トリニティとの全面戦争の口実にですか?」

「それも良いが、もっといい使い道がある」

 

 マコトはにやり、と笑った。

 

「――トリニティの連中のカネで、豪遊することだ」

「ああ、そうですか」

「連中の吞む紅茶と茶菓子が安物になるほど搾り取ってやろう!!

 イブキに良いモノを食べさせてやろう。とりあえず、これをネタにトリニティ中の名産品を送らせようか!!」

 

 ある意味平和だなぁ、とイロハは思った。

 とにかくエデン条約がご破算になるような行動は取らなそうだと思って、一安心していると。

 

 そうして、彼女達が生徒会室に戻ると。

 

「えへへ、ありがとうリンゴのおじちゃん!!」

「ぐへへへ、イブキちゃんは偉い子だねぇ。もっとお小遣いあげようか?」

「わーい、ほしい、ほしいです!!」

 

 イブキが、男と遊んでいた。

 コイントスをして、当たれば硬貨をイブキに与える遊びだった。

 

「イロハ、イブキを連れていけ」

「了解です、議長」

 

 マコトの声のトーンが下がる。

 イロハは一も二も無く頷いた。

 

「あ、イロハ先輩、どうしたの?」

「お勉強の時間ですよ。こっちに来てください」

「えー、まだちょっと早いよ!!」

「いいから、早く」

「はーい。またね、リンゴのおじちゃん!!」

 

 男は連れていかれるイブキに、何も言わずに手を振った。

 

「かわいい子だな。お前たちが溺愛するのも分かる」

「何をしに来た」

「いや、他意はないぞ。ただ、お前たちが余計なことをしたらあのかわいい子の顔がぐちゃぐちゃになるんだろうな、と思うと悲しくてな」

「キキキッ、イブキに手を出すつもりか?

 ――――殺すぞ、貴様」

 

 ほう、と男は思わず唸った。

 

「あんた、そんな顔が出来たのか。

 ナギサといいお前といい、やればできるじゃないか」

 

 男は実に楽しそうに、マコトに近づいて行った。

 

「イブキちゃんは良い子だな。

 少し話してみたが、本当にいい子だった」

「当然だ、私達が手塩にかけて育てている」

「俺はこれでも人を見る目はあるつもりだ。

 来年には、我が麗しの風紀委員長も卒業してしまうだろう。

 そうなると、ゲヘナに居る理由も無くなる」

 

 その思わせぶりな態度に、気づけぬほどマコトは愚鈍ではなかった。

 

「ほう、主を変えるつもりがあると言うのか?」

「こういうのはどうだ?」

 

 男は大仰に手を広げた。

 

「時期生徒会長候補のイブキ、圧倒的な支持率で当選!!

 最も偉大な名君として、ゲヘナの歴史に残る偉業を立て続けに成し遂げていく!!

 彼女は歴代でも最高の生徒会長として、後世に名を残すのだ!!」

「おお……」

 

 マコトが実の妹のように可愛がっているイブキの栄光に満ちた未来。

 想像するだけで、頬が緩んだ。

 

「俺は、俺の惚れた彼女の残すモノを守りたいだけだ。

 お前達を叩き潰す案も考えたが、気が変わった。それはもうヤメだ。

 ヒナが居なくなった後は、あのかわい子ちゃんに影として仕えよう」

「どうやって、それを我々に信じさせる?」

「お前たち生徒会の兵力を練兵しよう」

 

 ほう、と次はマコトが唸る番だった。

 忘れられがちだが、風紀委員会は自治組織であって、外部勢力への兵力ではない。

 生徒会である万魔殿にも、独自の部隊が存在する。

 イロハもそこに所属する戦車長の一人である。

 

「あんたが我が麗しの風紀委員長を毛嫌いするのも分かる。

 自分の言うことを聞かない自治組織の長は面倒極まりないよな?

 彼女を排除しようと思うのは、別におかしいことではない。

 だが、イブキ議長の統制するゲヘナではそんなことはなくなる。

 歴代で最も治安の良い最盛期を誇るゲヘナを統べる彼女に、風紀委員会が大きくなりすぎる意味は無いからな」

「キキッ、キキキッ!!」

 

 男の語る、明るい妹分の未来。

 目に入れても痛くない彼女の栄光。

 想像しただけで、笑いが止まらなくなるマコト。

 当然、イブキの評判が上がれば上がるほど、それを後継者として育て上げたマコトの株も上がるからだ。

 

「彼女を時期生徒会長として、このゲヘナに明るい未来を齎そう。

 お前だって、自分を慕う生徒たちは可愛いだろう?

 最近は支持率も向上してきたし、あんたも自分の宣伝に余念がないようだし、この間は写真集も売っていたな」

「……悪くない取引だ」

 

 マコトとて、ゲヘナ学園に愛着が無いわけでもない。

 自分の母校が繫栄するなら、それに越したことは無い。

 

「それに、聞いたぞ。あんた、今度シャーレの部員として先生の元に向かうんだったな?

 彼と接して、見定めると良い。彼こそ、この無法蔓延るキヴォトスの連邦生徒会長に変わる、新王であると。

 イブキも生徒として、彼の寵愛を受けるだろう。より、この学園は安泰に向かうだろう」

「面白い。思ったより貴様、面白い男だな」

 

 気に入ったぞ、とマコトは手を差し出してきた。

 男は無言で、その手を取った。

 

 こうして、取引は成った。

 お互いの利害が一致したのだ。

 

「ああ、そうだ。これはトリニティのハスミからなんだが」

「ん? なんだ」

 

 

「議長、今戻りまし……いつの間に仲良くなったんですか?」

 

 イロハが生徒会室に戻ると、マコトにヘッドロックを掛けている男が居た。

 

「い、イロハ、今すぐトリニティと戦争だ!!」

「悪いな、約束は約束なんだ」

 

 結局マコトがギブアップするまで、ヘッドロックは続いた。

 彼女達が受け取った証拠は男がその場で破棄したので、戦争にはならなかったとさ。

 

 

 

 §§§

 

 

「も、戻りましたぁ……」

 

 トリニティ郊外の廃墟、アリウススクワッドの面々はそこに隠れ潜んでいた。

 

「連中は?」

「今のところいません」

「そうか……」

 

 ヒヨリからの報告に、サオリはようやく安堵した。

 彼女達は三日三晩、ほぼずっと戦い続けだったのだ。

 

「どうしますか、もう弾薬も食料も無いですよ……。

 補給物資は要請したんですか?」

「そんなこと、言われなくてもしている」

「そ、それじゃあ!!」

「却下された」

「えッ!?」

 

 サオリは無情な現実を口にした。

 

「この三日間、毎日補給を要請した。

 勿論、事情も説明してな。何て返って来たと思う?」

「貴重な物資をお前たちだけで浪費するな、とかでしょう?」

 

 壁に背を預け休んでいるミサキが言った。

 サオリは頷くほかなかった。

 

「次、ふざけたことを言うようなら、裏切りとみなすとも」

「それもそうだね。物資を貯め込んで反逆の用意をしてると見られかねない」

「そ、そんなぁ……」

 

 ヒヨリが情けない声で膝を付いた。

 

「そもそも何なんだ、あの連中は!!」

 

 今更のようにサオリが言ったが、ここずっと戦い続けでそんな会話も出来なかったのだ。

 

「多分だけど、私達を孤立させる妨害工作だと思う」

「いったい誰が?」

「それは分からない」

 

 不幸なことに、ミサキの頭脳はほぼ正確な現状を言い当てていた。

 

「だけど、他の学区に逃げおおせたアリウスの生き残りの子孫が居たとして、今になって現れる意味がわからない。

 余りにも狙いすましている。連中の正体の是非はともかく、リーダーは相当なキレ者だと思う」

「もしかしたら、本当に居たのかもしれませんよ?」

「そうかもね。だけど、居たかどうかは重要じゃない。

 私達にとって重要なのは、あいつらのせいで任務に支障が来そうとしている。違う?」

 

 そして今、こうして本隊から孤立している。

 もうこの時点で、敵の目的は完了しているのだ。

 

「このまま戦い続けても敗北するだけ。

 救援を求めることも出来ない。詰みの盤面か」

「……マダムはなんて?」

「そんな馬鹿馬鹿しい連中なんて、相手にするな、と」

「無理難題を言う……」

 

 襲ってくる相手を、相手にするなとは無茶苦茶である。

 

「……ミカに連絡を取ろう」

「しかし、緊急時以外は……」

 

 ハッキリ言って、アリウススクワッドの有無はもう彼女達の作戦の成否に関係ない。

 つまり、彼女達がどれだけ窮地に陥ろうと、全体としては緊急事態になりえないのだ。

 

「だが、もうそれしかない。我々を支援してくれる彼女に、頼るほかない」

「……姫はどう思う?」

 

 苦渋の表情のサオリを見て、ミサキはアツコの方を向いて尋ねた。

 

「……もう、どうしようもない」

「そうね……」

 

 こちらは補給を断たれたのに、相手は好きなだけバカスカ撃って来る。

 ほぼ一方的に彼女達が追い回されているのは、それが理由だった。

 それを差し引いても、正面から戦うには分が悪いほどの実力者があの四人だった。

 

 どうしようもない、アツコの言葉が彼女達の全てだった。

 

「……では、掛けるぞ」

 

 サオリの言葉に、三人は頷いた。

 

「もしもし、私だ」

『なーに? この番号は緊急時にしか掛けないでって言ったよね?』

「以前報告した件についてお願いしたいことがある」

『あッ、もしかして、あなた達以外のアリウスって奴?

 別に今回の計画の邪魔になるわけじゃないんでしょ? 適当に遊んであげればいいじゃない』

「連中のしつこさは尋常じゃない!!

 もしかしたら計画が漏れている可能性も!!」

『なら、もっと他にやりようがあると思わない? あなた達だけを執拗に狙う理由は?』

「それは……」

 

 何も、説明できない。

 あんな覆面を被ったふざけた連中に、彼女達は崖っぷちに追い詰められているのだ。

 

 通信越しのミカはあからさまに溜息を吐いた。

 

『うーん、そう言えば、彼女達のリーダーはうちの学園に潜伏してるって話だったよね』

「連中の言葉を信じるならば、だが……」

『多分だけど本当だと思うよ。

 だって、あなた達は無補給で、相手は弾薬の制限なしに戦闘してるんでしょ?

 ――トリニティ側に、協力者が居るってことじゃんね?』

 

 それは当然、推測できることであった。

 トリニティの外部から来たという集団が、トリニティ内部で支援を受けている。

 そのちぐはぐさが、グリゴリ小隊を名乗る四人の歪さだった。

 

『よし、わかった!! 補給物資を用意するね。

 だけどその代わり、新たな任務を与えます!!』

「連中の支援者の正体を暴け、と?」

『もう、最後まで言わせてよ!! かっこうよく命令したかったのに!!」

 

 ぷんぷん、と不機嫌そうなミカに、サオリは溜息を吐いた。

 

『なんとかそいつらに取り入って、本当の目的とかその正体とかを暴いてね!! ……出来る?』

「……恐らくは」

『そう。こっちはすこぶる順調だから、全てが終わったらあなた達はトリニティに新しく創設する武力集団の幹部にしてあげる♪

 ……だから、失敗は許されないよ』

「わかっている……」

 

 それじゃあね、とミカは通信を切った。

 

「くそッ」

「あ、あのぉ、取り入るって具体的にどうすれば?」

 

 壁に拳を打ち付けて苛立ちを示すサオリに、おずおずとヒヨリが尋ねた。

 

「連中にわざと敗北し、服従の条件としてリーダーの面会を希望する」

「ええぇぇ、わざと負けるんですか!?」

「それが任務だ。それとも、我々に棄てるほどのプライドがあるとでも?」

「それは、そうですけど……」

 

 彼女達は元孤児の、飼い犬。

 犬としての気高ささえ持ち合わせていなかった。

 全ては、仲間の為に。少なくともその為に、サオリは全てを捨てて生きてきた。

 

「……なんだろう、この嫌な予感は。

 まるで奈落に底に滑落するような、恐ろしい何かが待ってるような……」

「ミサキ、何を怖気づいている。

 我々にとって任務は絶対だ。こなせなければ、どのみち破滅だ」

「ッ、……わかってる」

 

 ミサキはリーダーの指示に、頷いた。

 だが彼女は感じていた。まるで詰め将棋のような、計算し尽くされた自分たちの破滅の予感を。

 

 その後、彼女達はミカに指定された座標で支援物資を受け取り、グリゴリ小隊の襲撃を待った。

 

 真夜中の廃墟に、こつこつ、と足音が聞こえ始めた。

 

「ゆっくり休めたかしら?

 流石の私達も疲れて寝ちゃったわ」

「勿論、あなた達の位置は常時監視してたよ☆」

「武器弾薬が補給できた?

 無抵抗なあなた達を倒しても意味が無い」

「ふぁ、ファウスト様の前に跪いてください!!」

 

 闇夜から現れる、覆面に古いアリウスの制服を纏った四人。

 

「なあ、あんた達は本当に、アリウスなのか?」

「どうせあなた達は信じてないでしょ?

 それを問う意味なんて無い。違う?」

「も、もしあなた達が同胞なら、分かり合えると思います!!」

 

 ヒヨリの主張に、ふーん、と彼女達の一人は言った。

 

「それはつまり負けを認めて、私達の真のアリウスに従属するってこと?」

「それはッ」

「違うなら戦いましょう。

 私としてはそっちの方がいいけど?」

「ねえねえ、お喋りなんて元々どうでもいいじゃん。さっさと始めよう」

 

 そうね、と彼女達は銃を構えた。

 

「待て、これ以上は我々の任務に支障が来す!!

 上はお前たちとの和解を望んでいる!!」

「興味ないわ」

「私達の目的は優越。和解なんかじゃない」

「我らのリーダー、ファウスト様の偉大さを知って下さい!!」

「ならそのリーダーと会わせてくれ!!

 条件があるッ!! 我らが服従することでこちらの自治区を支援してくれるのなら、喜んでそうする!!」

「へぇ……」

 

 覆面越しにでも、彼女達が笑うのがサオリ達にも分かった。

 支援する側とされる側、それは即ち彼女達の目的である優越に他ならないからだ。

 

「知っているかもしれないが、我らの自治区は数年前まで内戦状態で……今も食べ物や武器弾薬に困る有様だッ。

 私達もついさっきまで、補給の要請が通らなかったくらいだ」

「本当にあなた達が同胞で、支援までしてくれるなら私達はあなた達に従う。そこに嘘はない」

 

 サオリに追従し、ミサキも己らの窮状を訴える。

 ある意味では、それは彼女達の本心だった。

 

 ミカという太い支援者が居たとしても、彼女達は心の底からそれを信用していない。

 ミカはどこまで行っても、自分たちの祖先を弾圧した側なのだから。

 

 不思議なことに、彼女達はこの時、目の前の覆面の四人を信用しようとしていた。

 本当に同胞なのではないか、という淡い希望。彼女達は無意識にそれに縋ろうとしていた。

 

 そして。

 

「うッ、ううッ、まさか、そんな!!

 私達の同胞が、困窮ゆえに争い合ってたなんてッ!!」

 

 無個性な彼女達でも分かるほど口数の多い隊長と思しき少女が、目に涙を湛えて泣き始めたのだ。

 

「じゃあこうして地上に出てきたのは、物資の補充先を見つける為だというの?」

「……ああ」

 

 ある意味で、それは嘘ではなかったので、サオリは頷いた。

 

「わかった、リーダーにあなた達の事を話すわ。

 慈悲深いファウスト様は、私達と互角に戦ったあなた達を取り立てたいと言っていた。

 きっと重用してくれるし、物資も支援してくれるはずよ」

「本当なのか?」

「私達はあなた達の気持ちが分かるもの」

「なんだって?」

 

 すると、隊長格以外の覆面の三人が泣き始めた。

 

「私達はゲヘナとの混血が進んで、連中と似たような容姿になったの。

 純血を守ってる派閥もいるけど、彼女らからはゲヘナに染まったって蔑まれてて……」

「私達四人は殆ど迫害されるように育ったわ……」

「でも、リーダーは、ファウスト様は違いました!!

 実力こそが、全てだと、私達を重用してくれて……」

 

 それは、アリウススクワッドの境遇に似ていた。

 だから同情と、ある種の仲間意識が、彼女達に芽生えたのは嘘ではなかった。

 

「一緒に、美味しいモノを食べましょう。

 一般人に溶け込んで、服とか買いに行ったり、遊んだり、私達には自由があるの!!」

「共に、キヴォトスの裏から暗躍し、バカな奴らを影から支配しようよ!!」

「リーダーもきっと、あなた達を愛してくれる」

「一緒に、ファウスト様を賛美しましょう!!」

 

 四人は呆気なく武器を下ろし、サオリ達に近づいて抱きしめたり手を取ったりした。

 サオリ達は呆気ないほど、彼女達に取り入ることに成功した。

 

 だが、それを疑うには、彼女達の中に生じた感情が邪魔をした。

 

 その感情は、羨ましい、だった。

 同じ境遇なのに、同じ同胞なのに、彼女達は自分たちと違って裕福で、勝利者だった。

 

 サオリ達は、かつて姫として扱われていたアツコに抱いたような羨望が蘇っていた。

 それが、嘘のように目の前にあっさりと、差し出される。

 

 それに対して希望を持つな、と言う方が残酷だろう。

 どう足掻いても、アリウススクワッドはお腹を空かした子供が四人居るだけの集団に過ぎないのだから。

 

「はい、はい、ではそのように」

 

 スマホで連絡を取るように見せ、グリゴリ小隊の隊長は言った。

 

「あなた達に誠意を見せると、ファウスト様は仰せよ。

 明日の夜に、直接会いたいと仰ったわ」

「……本当なのか?」

「何で私達が同胞に嘘を吐く必要があるの?」

 

 きょとん、とする彼女に、サオリは思わず毒気が抜かれた。

 

「じゃあ、私達の任務も終わったし、カラオケでも行って気晴らしでもしようかしら」

「さんせー」

「この覆面、蒸れるからやだったんだよね……」

「帰りましょう、隊長!!」

 

 そうして、騒がしい四人は去って行った。

 まるで、それが普通かのように。

 

 それが、アリウススクワッドの四人にある種の説得力となってしまうのだった。

 

「ほ、本当に彼女達を裏切らないといけないんですか……?」

 

 恒常的に植え付けられてきた、彼女達への罪悪感がシフトする。

 自罰的な教義から、同胞へのそれへと。

 

 ヒヨリが、そんな世迷い事を口にしてしまうほどに。

 

「わかってるでしょ、連中は同胞なんかじゃない」

 

 それを口にするミサキでさえ、言い訳じみていた。

 マスクを外したアツコが、純粋な瞳が問いかける。

 

「……本当にそう?」

「皆、深く考えるのは止めよう。

 分かってるだろう、全ては虚しいものだと」

「なら……」

 

 

――なら、彼女達はなんだ?

 

 

 全てが虚しいならなぜ、彼女達はあんなに満たされている?

 この敗北感はなんだ!?

 なんだこの、今まで感じたことの無い類の虚しさは!!

 戦って負けるよりずっと、屈服と服従を誓った方がずっとマシだった屈辱はッ!!

 

 便利屋の四人の仕草は、それを依頼した男が狙った以上の効果を齎した。それこそ、男の想定の数倍以上の結果になろうとしていた。

 闇に生きる者(アウトロー)の真のカリスマが、無を有に変えていた。

 

 搾取と、猜疑と、呪いの中を生きていた彼女達に与えられる、慈愛と慈悲。

 

 嘘が、真実を凌駕しようとしていた。

 

 死に至る虚しさを語る言葉が、生に満ちた嘘に塗りつぶされようとしていた。

 

「なら、このあふれ出る涙はなんなのだろうね……」

 

 虚無の中の暗闇に輝く、悪の星。

 便利屋の四人は、誰もが想定していない、想像してさえない結果を齎そうとしていた。

 

 ああ、だからこそ、この後彼女達が滑り落ちる奈落はより深く、――救いを差し伸べる者の手はより尊く見えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 §§§

 

 

 今日のナギサのコーナー。

 

「もう、帰して……このことは、だれにも言わないから……」

「帰ってどうする。退学が確定した、どことも知らぬ男に穢された女の分際で、誰がお前を必要とする」

「うッ、ううッ、もういや……」

「穢れた女、穢れた女ッ、薄汚い、醜いクソ女!!」

 

「もういいだろう、トリコ。俺は許したと言ったぞ」

「……はい、ボス」

 

 身も心も打ちのめされ、崩れ落ちて泣き続ける少女を男は抱きしめる。

 

「お前はお前なりに頑張ってただけだよな。お前の努力は誰にも理解されなかったが、俺は知っている。

 誰からも必要とされなくなっても、俺はお前を認めているよ」

「……ほんとう、ですか?」

「ああ、俺はお前を愛してやれるよ。

 だから俺の女になれ。俺はお前に、決して不利益を与えない」

 

 或いはアリウススクワッドに施されていた洗脳より邪悪なそれを受け、ナギサは壊れたような不細工な笑みを浮かべた。

 

「…………はい、アップルマンさん……」

「なら、私達はもう仲間ですね」

 

 あれほどに悪しざまに罵っていたトリコが、壊れ切ったナギサを優しく抱きしめる。そこにはもう、憎悪は無かった。

 

 それを見ていた男は、時が満ちたのを理解した。

 

「愛と勇気の物語を始めよう。

 いや、正しくはこうだな」

 

 男は自分の大好きなエロゲーのヒロインのセリフをなぞって、こう言った。

 

「――――さあ、補習授業部の逆襲(ヴァンデッタ)を始めよう」

 

 

 

 

 





ナギサ完堕です。
なお、主人公は最後に某団長にボコボコにされる模様。

アリスクを攻略したら、いよいよ彼らの作戦が始動します!!

ではまた、次回!!
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