第三次特別試験まであと三日。
作戦決行の二日前。
多くの思惑の糸が絡み合い、ようやく一つになろうとしていた。
今日はその大詰めの日であった。
即ち、アリウススクワッドの無力化。
「では指定の位置に誘き出す。
便利屋とWolf小隊で奇襲を掛ける。
補習授業部は取り逃がした場合に備え、昨日から潜入させているアビドスの連中と共に逃走経路に伏兵とする」
「“抜かりはないね”」
「アズサによると、完璧にアリウス自治区に通じるカタコンベの通路を把握しているのは彼女達ぐらいらしいからな」
「“ミカも何度かアリウス自治区に訪れたけど、毎回別の通路を使って正確な位置は分からないと言っていたね”」
「ハナコ、地下聖堂の地図の件はどうだった?」
先生と合宿所で作戦会議をしている男は、ハナコに目を向ける。
「見つけ次第、報告をしてもらうようにシスターフッドと図書委員会に連絡しておきました。
……ただ、地図の発見は難しいと思ってます」
「なぜだ?」
「曰く、アリウスの自治区は長年その位置をその場所が有する神秘が秘匿している、と。
あの場所は何か特別なところらしく、案内無しに辿り着くのは難しいかと」
「認識疎外の魔法みたいなものか?
何らかの手段を講じる必要があるかもしれんな」
しかしそれは次善の策だ。
アリウススクワッドの案内が最善の策で、先生もそれを望んでいる。
「ああそうだ、先生。
最後に確認したいことがある」
「“なんだい?”」
「作戦に組み込んでおいてなんだが、アリウススクワッドの包囲に、便利屋の連中を連れていくか、だ」
「“何も問題は無いと思うけど……”」
「それはお前、アルを舐めてるよ」
男は腕と足を組んで、笑みを浮かべた。
「俺はキヴォトスに来て、いろんな生徒たちを見てきた。
だが、怖いと思った奴は一人しか居ない。
──それがアルだ。あれに便利屋の残り三人が加わった時の爆発力、意外性……俺はあいつらがアリウススクワッドの四人に同情して、見逃がすのを手伝うって選択を取ろうとしても全く驚かない」
「一番怖いのは、それを想定して彼女達を運用している貴方では?」
ハナコの冷静なツッコミが冴える。
「どうする?」
「“その時は、彼女達が私達に失望したというだけのことだよ。問題ないさ”」
「わかった。ではあいつらを作戦から外さないでおく」
先生の選択は変わらない。
今回の作戦を主導したというアリウススクワッドの四人も救う。
そこに例外は無い、ということだ。
「誘き出すのに最適で、想定される逃走経路の少ない場所はここになりますね」
ハナコがスマホの地図を示す。
その場所は、今は区画整理などで使われていない橋だ。
「では、始めるとするか。ハナコ、各員に作戦の待機位置の伝達を」
「任せてください」
「先生、行こうか」
「“ああ”」
今回の作戦は、先生も同行する。
男が必要だと感じたからだ。
彼らの作戦の不確定要素を潰す、最後の一手。
それが始まろうとしていた。
§§§
この日は風が強かった。
大きな川をまたぐ橋の上は、廃棄され錆びついてかつての隆盛を想像さえさせない。
この場所を指定されたアリウススクワッドの四人は、すぐにこれが罠であると理解した。
理解した上で、どうしようもなかった。
彼女達の進む道は一本道で、その道程を進む拒否権など無かったのだから。
「ファウストはまだか?」
「もう来るわ」
橋の上でグリゴリ小隊の四人と落ち合った彼女達が問うと、腕時計で時間を確認していたアルはそう答えた。
「ほら。あなた達の希望が来たわ」
車がやって来る。
橋の中央に、両方向から。
グリゴリ小隊側からは、先生と男が。
アリウススクワッド側には、Wolf小隊の四人が。
「そうだとは、思っていたよ……」
先生と男を見て、ミサキは呟いた。
己がどこか期待していた淡い希望が、デタラメだと完全に理解してしまったからだ。
しかし当然、彼女達も無策で来たわけではない。
「動くな」
彼女は爆弾の起爆装置を全員に示した。
「これはヘイローを破壊する爆弾の起爆装置。
ここで爆破させたら、全員が吹き飛ぶ」
「“ッ!?”」
「怯むな。土壇場でこそ、堂々としろ」
男は先生の背中を叩いて、アリウスの四人の前に歩いて行く。
当然彼女達は男に武器を向けている。
「なあ、どうだった?
俺の演出した、大嘘の数々は」
「それ以上近づくと起爆する」
「お前達、アズサとは昔馴染みらしいな。
だからお前たちの性格はよく理解している。
──やってみろよ、大事なお仲間と一緒に。あの世に逃げてみろ」
男は笑ってそう言った。
「私達が、出来ないとでも?」
「実はその、“ヘイローを破壊する爆弾”とやらは俺の友人のそのまた友人の作品らしくてな。
俺の友人は、そのデータを取る為に俺にも売ろうと話を持ち掛けられたんだが、実はちょっと心が動いた。
なにせ、それは元々ヘイローを持たない相手には何の意味も無いって話だったからだ。
俺がそれを持って突撃して起爆したら、俺だけは無事で敵だけ撃破できるんじゃないかなって思ってな」
そんな悪辣なことを語りながら、男は言った。
「つまり、だ。逆を言えば、その爆弾で俺だけは決して殺せない」
「だから、どうした」
「お前らの仲間を殺そう」
「ッ!?」
「お前たちが死んで逃げた後、お前たちの仲間を一人残さず、苦痛と恐怖と絶望に追い詰めてから、順番にお前たちの元に送ろう」
「貴様ッ!!」
「なぜ怒る。人生は虚しい、無意味。それがお前たちの教義だろう?
なら俺がぶち殺しても問題無いよな。違うか?」
違うッ、と否定することは簡単だった。
だがそれを口にした瞬間、彼女達は何をしているのか、という事実が浮き彫りになる。
無意味な人生にしがみつく、憐れで無価値な、愚かな子供と言うことになるのだから。
「なあ、俺の嘘はどうだった?」
もう一度、男は四人に問いかける。
「な、なにが言いたいんですか!!
私達四人があなた達に騙されて、希望を抱いてる姿を想像して笑ってたんですか!?」
「そうかそうか。希望を抱いたのか。そいつは悪かった。
しかしそうだな、つまりそれって──」
男は笑う。裂けたような悪魔の笑みで。
「お前たちの人生は、俺の嘘以下ってことか」
「黙れッ!!」
男に銃を向けたままサオリが叫んだ。
「お前のような男に、私達の何が分かる!!」
「わからんとも。
よし、じゃあ、こうしよう!!」
ぱん、と男は手を叩いてこう言った。
「お前ら、そこの道を開けて差し上げろ。この四人を逃がしてやるんだ」
男の発言は全く打ち合わせに無かった。
だから、困惑しつつもWolf小隊の四人は左右に分かれて武器を下ろした。
「お前たちを見逃してやる。
だが、その代わり、それ以外は全員殺す」
「な、何がしたいんだ貴様は!!」
「言っただろ。お前たちの気持ちはわからん、と」
だが、と男は邪悪な笑みを深めた。
生理的な恐怖が、四人を襲う。
「その代わり、お前たちを俺の気持ちがわかるようにはしてやれる」
「ッ!?」
「お前たちの虚しいだけの人生に、本当の恐怖と絶望を与えよう。
ああ、別にお前たちは勝手に自殺でも何でもしてくれ。
俺も勝手にお前たちの仲間を殺していくからよ。
その代わり、お前たちが生きている間は、人生が虚しいなんてそんな寂しいことは二度と言わせない」
男はゆっくりと彼女達に問いかける。
「なあなあ、お前達。仮にトリニティをアリウスのモノにしたとして、明るい未来が待っているとでも思ったのか?
そんなこと、絶対無いよ。なぜなら、俺が居るからだ!!
お前たちと、お前たちの仲間は全員、俺が一人残らず、地獄の底へと叩き落してやるからな!!」
男はその日の献立を諳んじるように、語り始めた。
「毎日毎日いったいどこから狙われるのかわからない恐怖と言うものを味わわせてやる。
お前たちが少しでも親しくした人間を八つ裂きにして、お前達の寝床の前に転がしておいてやろうッ。
お前達が食べる物や飲む水全てに毒が入っているかもしれない日々がどんな世界か見せてやろう!!
やっとの思いで安全を確保したと思ったら、すぐにでも近くで爆音を鳴らしてやるよッ!!
君が泣き叫んで赦しを乞うたのならば、そのすべてを無視してやろうッ!!」
悪意。狂気。四人が知らない邪悪の塊が、目の前に居た。
「その果てに、お前たちは俺を憎むだろう。
はッ、ははは!! 最高に楽しいじゃねえか!!
それでこそ相互理解ってもんだ!!
だからお前たちも、──俺と同じになれよ」
テロリストを憎むあまり、テロリストの化身となった男がそこに居た。
アリウススクワッドの末路が、そこにあった。
男は教えたのだ。アリウスが地位や権力を手に入れても、今度はそれを妬み、憎む者に狙われ、怯え続けるだけの人生になると言うことを。
自分たちがしてきたことを、される側になるという恐怖を。
「い、いや、いやです、いやぁぁぁぁああ!!!」
ヒヨリが悲鳴を上げ、錯乱したように蹲った。
こんな化け物の仲間になるなんて、そんなことは死んでも嫌だったのだ。
こんな、こんなおぞましい怪物になんて。
「だから、逃げても良いし、その爆弾を爆発させてもいい。
──さあ選べ、今ここから逃げるか、死へと逃げるか、だ!!」
からん、とミサキは起爆装置を落とした。
彼女の身体は先ほどから震え、硬直していた。
かちかち、と歯が打ち鳴らされ、目から涙が流れていた。
自分たちの行きつく果てを、未来を、彼女は見てしまったのだ。
虚しさを超える狂気を、本物の悪意と憎しみを。
サオリは思った。
この怪物を、生かしてはおけない、と。
だが、照準が定まらない。
銃で撃てば殺せるはずなのに、殺せる気がしない。
「もし、ボスを殺せば解決すると思ったら、大間違いです」
黙って話を聞いて居たトリコが言った。
「私達はボスと一心同体。あなた達がボスを殺しても、その志と憎しみは必ず我らに継承される。
そして、絶対に私達以外の仲間と、それを継承する次代を育成し、お前たちの栄光を決して許さない」
そのトリコの言葉に、サオリは放心して膝を付いた。
ただただ狂気的に振舞っただけで、男は四人から戦意や抵抗を奪い去った。
男が顎をしゃくると、便利屋とWolf小隊の面々が彼女達を取り押さえた。
「“……やりすぎだよ”」
「そうだな。だがもう、こいつらは」
男は先生の苦言を受け、拘束された四人の表情を見た。
「テロになんて加担できない」
「“……そうだね”」
まるで彼と一緒に遊んだクトゥルフ神話の神話生物に遭ったかのような、四人の表情。
それが未来の自分だと悟ったのなら、どれほどの正気度が減るのだろうか。
「“私の話を聞いてくれるかい?”」
先生は膝をついて、彼女達に語り掛けた。
「“彼の吐いた嘘は、本当になる”」
「……え?」
「“憎しみと怒りだけのアリウスの歴史は葬り去られ、君たちには栄誉が齎される。私達の計画を、教えよう”」
先生は語った。
あと二日で起きる、アリウスの変化を。
敗者の歴史が、勝者によって塗りつぶされるのを。
その一部始終を余すことなく語った。
「わ、私達は、生きていてもいいのか?」
「“当然だよ。もうこの瞬間から、君たちは私の生徒なんだから”」
呆然としているサオリに、先生は手を差し伸べる。
「“もう、自分の生に疑問を持たなくても良いように、君たちを地の底から引っ張り上げるよ”」
それは、地の底に住まう釈迦の齎す蜘蛛の糸だった。
お話しとの違いは、その糸はどれだけの人数が縋ろうとも千切れることはないと言うことだった。
「お願いします、先生……皆を、助けてください」
それが何からなのか、誰から助けて欲しいのか。
それが彼女達の中で、自分たちを支配している者を上回る何かであることは明白だった。
§§§
「“ッ!!”」
先生は激怒した。
アリウスの現状、そしてそれを支配する異形の存在を。
改めてサオリ達の口から、聞かされたのだ。
「ベアトリーチェ……ここは敢えて、かの有名な大作ノベルゲームになぞって、魔女ベアトリーチェと称するか」
男は冗談めかしてそう言った。
ただ、その創作の魔女と違って、キヴォトスの魔女が支配するのは黄金郷などではなく、恐怖と猜疑の憎しみの満ちた呪いの地下牢に過ぎないが。
「先生、そう怒るなよ。俺はどんな不確定要素かと戦々恐々していたが、思ったより簡単に処せる小物で安心した」
「“それは、どういう意味だ!?”」
「良いか先生、その魔女はこう言ったんだ。
──『自分がアリウスの新たな生徒会長であり、主人であり、支配者だ』とな」
先生は、その言葉の意味をすぐに理解できなかった。
だが、何かに気づいたようにハッとなった。
「お前は王だ。ならば、王者の戦いをしろ」
「“私はそんな立場じゃないよ”」
この二人の大人にとって、異形の魔女などその程度の相手だった。
「本当に、私達をマダムから解放してくれるのか?」
サオリにとって、その事実は望外のそれだった。
彼女達にとって、それ程までに絶対的な存在。それが魔女ベアトリーチェなのだから。
「ええと、そう言えばそこのお嬢ちゃんは、生贄用に育てられてたんだっけか?」
「……うん」
マスクを外したアツコは頷いて見せた。
「確かに魔女を退けても、また狙われるだけかもしれませんね」
合宿所に戻って来て、面々は事情を聞いて居た。
ハナコがそのように口を出すと。
「……いや、何とかなるかもしれん。要は、この子が二度と狙われなければいいんだろう?」
「え、そんなこと、出来るんですかぁ?」
ヒヨリはおずおずとそう言った。
自分たちの支配者の恐ろしさは、彼女にも身に染みて理解していたのである。
そんな彼女が、アツコを容易に手放すとは思えなかったのだ。
異形の技術を操る。だから魔女なのだから。
だが。
「ほんのちょっと聞きかじった程度だが、こう見えて黒魔術についての知識は少しばかりある。
それを適用すれば、この子を生贄として使い物にできなくすることぐらい、簡単なことだ」
この男は、元々魔法が実在する世界の出身だった。
そして、この男にアツコを会わせることそのものが、魔女ベアトリーチェの最大のミスだった。
「ほ、本当なの、そんなこと、可能なの?」
「あー、ええと、それは少しばかり語弊があるな。
俺にとっては簡単だが、その子にとっては多少の苦痛や、尋常じゃない嫌悪感を伴う可能性がある」
驚愕しているミサキに、なぜか男は歯切れの悪そうな言葉で返した。
「“具体的に、説明してくれる? 私達には魔法はさっぱりだから”」
「俺だってそんなに詳しいわけじゃないっての」
そう言って、男は理屈を話し始めた。
「仮に、召喚魔法について例えよう。
俺は手持ちが十万円しかなく、それで雇えるのはコハルぐらいとする」
「何で私に例えたのよ!!」
「魔法は、そうだな、電子マネーに例えよう。
ヒナ委員長を雇う場合、百万円が掛かるとする。
だが、俺の手持ちは現金で十万円しかない。
ここでアツコの登場だ。この子を風紀員会に売っぱらえば、残り九十万円分を電子マネーで賄ってくれるとする。
晴れてコハルの十倍の価値を持つヒナ委員長を雇えるってわけだ」
それが召喚魔法だ、と男は語った。
「つまり、現金と電子マネーは技術の違いを表しているわけですね。
現金の不足分をアツコさんと言う人的資源で、コハルちゃんの十倍の価値を有するヒナさんを呼べるようになると」
「そう、それよ」
「十分の一程度の価値で悪かったわね!!」
憤慨するコハルを、まあまあ、とヒフミが宥めていた。
「だが、九十万の価値があるアツコが、半分の価値になったらどうだ?」
「“ヒナは、呼べない?”」
「少なくとも、呼べる相手のグレードは落ちる。
そして、それで満足できる程度の結果なら、質ではなく数を集めるはずだ。
アツコの価値は唯一無二で、その価値を下げれば結果的に生贄の儀式は成り立たなくなる」
「“その価値を下げるのには、後遺症が残ったりするのかい?”」
「察しろよ、先生……」
そう言われても、と魔法の知識なんて無い先生にはさっぱりだった。
「あッ、あー、そういうことですか……」
「“ハナコ? どういうことだい?”」
「こればかりはデリケートなことなので……」
何かを察したハナコは、真顔で言及を避けた。
こんな時に茶化せるほど、彼女は不真面目ではなかった。
「いや、忘れてくれ。俺らが魔女をぶち殺せば済む話だ」
「……待って。私は、お願いしたい」
「俺は、君の身体に傷をつけると言ってるんだぞ」
「その意味が分からないほど、私は朴念仁じゃない」
「……」
男は天を仰いだ。
アツコは、自分が何をされれば価値が下がるのか、十二分に理解していた。
「でも、皆に、私を大事にしてくれる家族に迷惑を掛けられないから」
「先生、代わってくれ」
「“いや、私には何をすれば良いかわからないんだけど……”」
「……そうだな。あんたにはこんなこと頼めない」
これは先生の名誉に関わることなので、男は肩を落とした。
「本当に、本当に良いのか?
お前の価値は二度と戻らない。
お前はなぜ大事に育てられてきたのか、よく考えるんだ」
「言ってたでしょ。私が大事に育てられてきたのは、単なる生贄の為と、血筋なだけ。
……それに、元々相手を選べるような立場じゃなかった」
「そうか……。お前のような人間こそ、本当に姫と称えられるべきなのだろうな」
本当に気が進まなそうな男は、いい加減覚悟を決めた。
「わかった。儀式を行う。
これは他人に見られると成功しない魔術だから、場所を変えるぞ」
「……うん」
「10分で済ませる、ちょっと待っててくれ」
この男がドシリアスな表情をしているから、この時皆は彼の普段の素行について思い当たらなかった。
唯一人、ハナコを除いて。
誰も使っていない寮の一室で、男はアツコと対面した。
「君のような気高い女性を抱くことが出来ることを、わが生涯の誉としよう」
「前置きは良いから、早くして」
「……おう」
結果として、10分では終わらなかった。
具体的には、“儀式”は二時間ぐらい掛かった。
この日、アツコはユニコーンが実在したら二度と触れられないだろう穢れをその身に受けた。
端的に言うなら、ゴム無しだった。
儀式が終わり、しきりに己の腹部を撫でるアツコを見て、早く洗い流してくれ、と柄にもなく焦燥感を抱く男だった。
§§§
本日のナギサのコーナーの時間です。
「そう言うわけだから、お前を出すことになった」
特別尋問室で全ての説明を受けたナギサは、それに了承し、書類にサインをした。
「……」
「じゃあ、行くぞ」
「……イヤです」
「は?」
あれほどここから出たがっていたナギサが椅子から立ち上がる男の服の袖を掴んで、なぜかそんなことを言い出した。
「だって、ここを出たら私は、
貴方の浅ましい、愛欲に耽溺した情婦じゃなくなるんです……」
「……」
男は思った。なんていじらしい、と。
「それが、お前じゃないか」
「ついさっきまで、退学するものだと思っていた私と、生徒会室に居た以前の私とは違いますよ。もう、失った物は戻らないのに……」
「……」
ついさっき別の人間のを失わせてきた、と口に出して茶化さないだけの分別は男にはあった。
「もう実家には顔向けできませんし……縁談なんて以ての外で……」
「そうか? 今のお前は、以前よりずっと魅力的だと思うがな」
「……本当ですか?」
「ああ、これまではお前の身体を求めたが、今はお前の心が欲しいと思った」
「そ、そんな……」
ナギサは頬を赤らめ、もじもじとし始めた。
「……でも、やっぱり戻りたくないです」
「はあ、なぜだ?」
「だって、ミカさんはやればできるのに感情だけで突っ走るし、セイアさんは自分の世界に籠って政務を手伝ってくれないし、ヒフミさんはよくわからない人形の話ばかりするし、各派閥のバランスを保つために様々な催し物をセッティングしたり、簡単な手続きを通すために根回しをしたり、ヒナさん以外のゲヘナの方々とは話し合いにならないし、本当は私の派閥の皆さんも裏で陰口を言っているし、誰も私の苦労を分かってくれないですし……」
「そうか……」
ここにいる間はその全てから解放されていたナギサが、自嘲するように唇を釣り上げた。
「でも、ここに居たら紅茶は呑めないぞ」
「そ、それはッ」
男は知っている。と言うか、ピロートークで散々聞かされた彼女の紅茶に対する執着を。
この女、紅茶中毒なのである。
「じゃあ、こうしよう。
俺の為に耐えてくれ」
「それは、それはッ、ズルいじゃないですか……」
「俺と会っている時だけは、お前は桐藤ナギサじゃない。
その時だけは、お前はただのナギサで、俺の女だ。いいだろ?」
「……はい♡」
こうして、誠に残念ですがご好評頂いている本日のナギサのコーナーは、今日で最終回とさせて頂きます。
来週のこの時間は「モモフレンズ(再)」の予定です。(大嘘)
もうアツコは儀式の使い物にならないねぇ!!
次回、いよいよアリウスとの決戦になると思います。
ベアおばの反応もお楽しみに!!
ではまた!!