「おや先生、また会ったね」
「“……”」
気を失った先生は、夢見の地を訪れていた。
ヘイローの無いセイアが、くすくすと先生を見て笑っていた。
「おや、なんで睨んでいるのかな?」
「“私をこんな目に遭わせて楽しいのかい?”」
「おやおや、もしかして先生は、先の不幸が私の所為だと言いたいのかな?
この運命の女神たる私が、貴方の運命を弄んでいる、と。
……先生、それは大きな誤解だよ」
「“誤解?”」
「今あなたが受けている不幸は、元々貴方が被る筈だったモノだ」
「“……意味が分からない”」
「じゃあ、ちょっとだけ見てみようか」
セイアの顔をした彼女は、ゆっくりと先生を指差し、その指先を先生の腹部に向けた。
その瞬間、先生はそこに激痛を覚えた。
そして幻視する。
顔の塗りつぶされた生徒が、自分の腹部に銃弾を撃った瞬間が、先生には克明に、実際に有ったことだと錯覚するようなリアルさで味わった。
痛みも、悲しみも、彼は思い知った。
「分かりましたか? それが本来、貴方が味わうはずだった苦痛と悲しみ。
それを貴方は、この世界で表現するなら『不可解な幸運』によって回避した。
だけど、幸運と不幸は天秤のように釣り合っているもの。
その銃弾は全く別の形で、貴方に不幸として降りかかるはずだった」
「“じゃあ、つまり君は……”」
「私がこの領域で出来ることは、その不幸を分散して貴方に還元することだけだった。
銃弾でお腹に穴を開けられるのと同じくらいのダメージを、分割して貴方に降りかかるようにしました。
これは結果的に、何の意味もありません」
そう、何の意味も無い。
結果的に先生の受けるダメージは、何一つ変わらないのだから。
「“……なら、なぜ君はそんな無意味だと言うことをするんだい?”」
「誰かを助けたいと思うことに、理由なんてありますか?」
その言葉でようやく、先生は彼女から人間味のようなものを感じた。
「私は、自分が振ったサイコロの出目を把握する能力は無いのです。
その上、私にとってこの世界では多くが管轄外。
なので、元々フレーバーテキスト程度しか意味の無かった私の全知全能の能力も、この程度しか発揮できないわけですね」
彼女は頭上の蛍光灯を手に取って、指先でぐるぐると回し始めた。
「“君の力に制限があるとは思えない。
どうしてもっと、多くの人に手を差し伸べないんだ?”」
「……私がただの、無力な人間の小娘だった頃、偉大なる魔法の師を得ました。
魔法の力を得た私は、得意満面になって海外の被災地に赴きました。そこで、己が如何に浅はかで無力なのかを知りました。
先生はこう思ったことはありませんか?
──―なぜ、神様は助けを求める人々に手を差し伸べないのか、と」
「“…………”」
「私は、自分が神域の住人だと気づいた時、誰かの助けに応える存在になろうと思いました。
だけど、世界はどうしようもなく吊り合いが取れている。
結局のところ、神としての私に、自由なんて無かった」
彼女が手を振るうと、景色が変わる。
運命の女神に、王女様になりたいと願った少女が居た。彼女は戦乱に満ちた時代を、己の采配で歯を食いしばるように生きる羽目になった。
ただ戦火から家族を助けたいと願った村娘が居た。彼女は何度も目の前で家族が死ぬ光景を見る羽目になった。
自分の理解者が欲しいと願った女学生が居た。その相手を救うために、彼女は死と時間のループに囚われた。
彼女は救いと同時に、どうしようもない地獄を与えた。
その者に訪れる運命に、より大きな悲劇が反動として現れるだけだった。
「私の行いなど、最終的に無意味なんですよ」
「“それは、違うよね?”」
「……?」
「“私が襲われて重傷を負うほどの不幸が、他の生徒達が関わり合いが無いはずがないから。
君は私の不幸に、生徒たちを巻き込まないようにしてくれたんだ。違うかい?”」
「ふーん、なるほど。確かに、この理解者ムーブはただの女子高生には毒ですねぇ」
彼女は納得するようにに何度も頷いた。
そして。
「……面白いッ」
先生は、女神を喜ばせた。
「ゲームの報酬の話はしていませんでしたね?
私を捕まえられたら、ほんのささやかな報酬を差し上げますよ」
「“期待はしないでおくよ”」
「では、また」
──先生、先生ッ、起きてください!!
「“──ッ!?”」
「ッ、良かった、無事目を覚ましました!!」
アヤネの声に、先生は目を覚ます。
どうやら簡易ベッドに寝かされていたようだった。
テントを覗き込んでいる生徒たちが歓声を上げた。
「“状況を教えて貰えないかい?”」
「先生、お身体に障ります!?」
「“大丈夫だから、教えて”」
熱砂に生き埋めになった先生は、それを押してアヤネに尋ねた。
確かにダメージはあるが、お腹に穴が開く程ではない。
つまり、まだ続きがあると言うことだ。
「ビナーは撃退できました。
今は事後処理をしています」
「“視察をしないといけない。予定時間があるから”」
これ以上この場に長居するのは危険だと、先生は判断した。
不幸は天秤が吊りあうまで、先生を襲ってくるのだから。
「先生、アリスちゃんが代わりにやってくれています」
「“アリスが……?”」
「はい、私達も手伝ったので、何とか形になると思います」
「“そうか、助かるよ……”」
彼女達の献身を見て、先生は思った。
生徒達との縁こそが、己の最大の幸福である、と。
そして、それがある限りどのような不幸にも負けないと。
「“じゃあ、予定時間まで休ませてもらうね”」
「よかった……」
先生が体をベッドに戻したことで、アカネは安堵の息を吐いた。
結局、先生は大した視察をできないままアビドスを立ち去った。
多くの先生達に見送られながら、次はゲヘナ学園に向かった。
そして。
「自由の為に戦えー!!」
「万魔殿と風紀委員会を許すな──!!」
「部費をもっと寄越せッ!!」
ゲヘナ自治区に入るなり暴動に、巻き込まれた。
「災難ね、先生」
「“……本当にね”」
暴徒と風紀委員会が衝突している。
不幸中の幸いだったのは、ヒナの控える本陣に早々に合流できたことか。
「アリス知ってます、あれがババアインパクトって奴ですね!!」
「“彼女達はゾンビじゃないよ”」
「ゾンビ、か。言い得て妙ね」
ヒナは冗談が言えるくらいには余裕がありそうだった。
「“一体何が起こってるの?”」
「万魔殿の政策に反対してるのよ。
マコトたちが、部活動に所属する生徒のテストの平均点数が40点以下の場合、部費を削減するって言い出したの」
「“スゴイ敷居が低いね……”」
「勿論、学力に合わせて任意の学年の試験を受けられるようにするらしいけど、この有様なのよ」
「“私としては、勉学に関わることだから反対出来ない……”」
三年生でも一年の試験を受けてもいいよ、最低でも四十点は皆で取ろうね、というだけなのにこの反発よう。
部活動を禁止してるわけでも無ければ、自分で資金調達を禁じても無い。
ミレニアムなんて成果を出さねば廃部なのに、ゲヘナは依然として自由と混沌を校風としている。
「私も同感よ。
学生として、最低限の学力を保証できないなら、それは学校の意味が無い。
あの彼の言う通り、連中は自由の意味を履き違えている」
「“ヒナも大変だね……”」
「先生、もしよければ今度、トリニティにしたようにゲヘナでも学力向上の施策を手伝って貰えないかしら」
「“ヒナたちの助けになるなら、大歓迎だよ”」
「そ、そう……」
ヒナはちょっとだけ顔を赤らめて先生に頷いた。
「ただ、今回の政策は部員が多い部活が必然的に不利になる仕組みでね。
風紀委員会にも二十名ほど、平均点を下回る者が居るのよ……」
政策自体には賛成だが、自分たちも首を絞めている。
実にマコトらしい嫌がらせだ、とヒナは思っていた。
「“なるべく、早くそっちを手伝うよ”」
「お願いします、先生」
ヒナはぺこり、と頭を下げた。
「正直、先生に彼を押し付けたことをちょっとだけ後悔しているの。
彼が居なくなったと分かった途端、それなりの数の生徒が手のひらを返した」
「“……”」
先生は以前、風紀委員があの男をヒナに並ぶ英雄だと語った理由が、少しわかった。
彼の存在は、確かに抑止力として働いていたのだ。
「先生、指揮をお願いしてもいいかしら。
どうやら最近、私が出動しなくなったから、舐められてるみたいで」
「“わかった。でも、ヒナも怪我はしないようにね”」
「……うん」
ヒナは本陣のテントから、愛銃を引っ掴んで外に出た。
「ヒナ委員長の御出陣!!」
「シャーレの先生もご一緒だ!!」
「学園の正義は我らにあり!!」
まるで花道のように、整列した風紀委員の面々が二人を称える。
「すごいです、パレードみたいです!!」
アリスはその様子にはしゃいでいる。
ヒナが目の前を歩いているので、一応先生は彼女の頭を撫でた。
後ろからだと角があるので若干撫でにくい。
「せ、先生!?」
「“ごめん、ちょっと糸クズが……”」
「そッ、そうなんだ」
ヒナは顔を真っ赤にしてそう言うことにした。
ヒナは本物だった。
いや、本物だと思ってたけどやらねばならない、と使命感に駆られたのである。
一方その頃。
「これ、爆弾ですか?」
「うん? 当たり前だろ、何言ってんだ」
暴徒たちはバカでも、戦闘慣れしたキヴォトスの生徒。
物資を集積して風紀委員会に対抗していた。
そんな爆弾の山を、興味深そうにしている無手の生徒が居た。
「本当に銃や爆弾なんて下等な武器で戦うんですねぇ」
「あんた、銃を持ってくるの忘れたのかよ、そこにあるの自由に使いな!!」
「え、本当ですか?」
「ああ!! ……あれ、あんたそれ、頭に浮いてるの蛍光灯じゃ……」
「これが安全装置って奴ですか?
トリガーを引けば弾が出るんですよね」
「あッ、バカ」
蛍光灯の生徒はアサルトライフルを見下ろしながらトリガーを引いた。
弾丸が、目の前の爆弾の山に命中した。
直後、物資集積所が大爆発を起こした。
「イオリ隊長、敵後方で大規模な爆発を確認!!」
「あっちって敵本陣のある方だよな?
あそこを攻撃する作戦は無かったし、誤爆か? 所詮その程度の練度ってことだ。
チャンスだ、攻めるぞみんな!!」
最前線で戦っていたイオリが、仲間を鼓舞する。
敵側面から単身でヒナが強襲し、敵勢は壊乱し戦いの趨勢はほぼ決まったのだが。
「いえーい、実は戦車に乗るのも初めてなんですよねー!!」
「あんた、顔を出してると危ないよ!!」
蛍光灯を頭上に浮かべた生徒がハッチから顔を出したまま、戦車がキュラキュラとキャタピラを回しながら登場した。
「“イオリ、あの子を捕まえて!!”」
「えッ、先生、急にどうしたの!?」
「“事情は後で説明するからッ!!”」
機銃でヒナを牽制しつつ、榴弾が風紀委員会に発射される。
戦車長と搭乗員が優秀なのか、随伴歩兵と連携してそこそこ厄介だった。
「危ない、先生!!」
再び戦車が榴弾を発射した。
イオリは先生を庇うように地面を蹴った。
「“ぐふぅ!?”」
「あ、ごめん先生」
勢い余って、先生はくの字に折れ曲がる。
後方で榴弾が爆発したが、二人は何とか無事だった。
「“だ、大丈夫、イオリならご褒美、だから……”」
「そんなキモイこと言ってる場合か!!
衛生兵!! チナツはどこだ!?」
良い位置にイオリのタックルを受けた先生は悶絶しながらも笑っていた。
「よーし、さっき持ってきた爆弾を使っちゃうぞー!!」
爆弾とグレネード弾の違いも分かって無さそうな蛍光灯の生徒が、手榴弾のピンを抜いた。
が、その瞬間戦車が急停止し、ハッチの縁に少女はぶつかった。
「あ……」
その拍子に取り落とした手榴弾が、ハッチの中に落ちた。
ドカン、と手榴弾が戦車の内部で爆発し、中にいた暴徒たちがほうほうの体で涙目になって逃げだす。
結局戦車は炎上し、破壊された。
切り札の戦車を破壊された暴徒たちは、瞬く間に鎮圧された。
「は、間抜け共が!!」
「“……”」
イオリが戦車の自爆を見て笑ってたが、先生は呻きながらその惨状を見ていた。
運が悪すぎる。それは彼女達の運勢なのか、あの女神に関わったからなのか。
「イオリ」
「ひ、ヒナ委員長……」
「一か月減給ね」
「そんなぁ」
負傷した先生を見て、暴徒の殆どを片付けてきたヒナがイオリに処罰を言い渡した。
「うわーん、先生、無事でしたか!!」
「“へぐう!?”」
今度は掃討戦に参加していたアリスが、先生に飛びついた。
アリス自体は普通の少女並みの体重だが、忘れてはいけないのは彼女の背負っているデカブツである。
基本重量140㎏の鉄塊に押しつぶされるのと同じだった。
「あ、すみません、先生!?」
「“だいじょうぶ、ごほうび、だから……”」
「先生──!!」
先生はまたまた気を失った。
先生が目を覚ますと、ヒナが申し訳なさそうにアリスと一緒に作った視察の報告書をくれた。
寝ている間に予定時刻を終えた先生は、ゲヘナ自治区を出発することになったのだが。
「先生、元顧問官殿から何か聞いてませんか?」
「“……なにが?”」
なぜかそわそわしているアコが、現場にやって来て全身に打撲を負って包帯だらけの先生に尋ねた。
「いえ、聞いてないのなら良いのです」
「“一応、彼に確認してみるよ”」
「あッ、いえ、先生が負傷中ですから、お気になさらず!!」
「“大丈夫だよ、用事があるんでしょ?”」
挙動不審なアコを他所に、先生は男に電話を掛けた。
『もしもし、先生か? どうした?』
スマホの電話越しに、男の声だけでなく銃声が聞こえる。
「“いや、そっちがどうしたの。銃声が聞こえるけど”」
『それがな!! 連邦生徒会を襲撃するって気合の入った奴らが居てよ!!
今俺の右腕どもが応戦中だ。しかもこれまた面白いのが、襲撃の相手ってのがトリコどもの先輩達だって言うんだよ!!』
「“ちっとも面白い状況じゃないね……”」
『それもそうだな、何人も負傷者が出てる。なかなかやるよ、あいつら。
まあこっちは何とかする。そっちは何のようだ?』
「“アコに関して、何か忘れてないかい?”」
『んー? ああ、あれの話か!!
忘れてない忘れてない。ほら、あれだよ先生、作戦の為とは言えアコにセクハラしちまっただろ?
だからお詫びとして先生とデ────ッティングをすることになってんだ!!』
爆音がして、先生は思わず耳を話した。
「“私と、なんて?”」
『あー、先生のスケジュールを調整して買い物でも付き合ってやれってことだよ』
「“別に構わないけど、それって君のお詫びなの?”」
『察しろよ、それくらい。じゃあな!!』
そして、男は通話を切った。
「“あとで私のスケジュールを調整してくれるって”」
「そ、そうですか!!」
「“私と買いモノなんかで、セクハラを許しちゃダメだよ”」
「はあ!? それじゃあ私と買い物が嫌なんですか!?」
「“そうは言ってないよ……”」
突如キレ散らかすアコに辟易しながらも、先生は予定通りゲヘナ自治区から出発した。
「先生、無理はしない方が……」
「“痛み止めは飲んだから”」
絶対に運転免許なんて持っていないだろうアリスに運転を頼むわけにもいかず、先生は自ら車を運転していた。
全身包帯だらけで痛々しい姿は、天真爛漫なアリスが心底心配するほどである。
そうして、放課後になる前の夕日が見える頃、二人はトリニティ学園に辿り着いた。
「先生、大丈夫ですか!?」
学園に着くなり、校門前にセリナが救急箱を持って待機していたらしく駆け寄ってきた。
「ひ、ヒドイ怪我です!! 一体なぜこんなに無理をして!!」
「“任せられた仕事をこなすのが、大人だから……”」
「体調管理もして、休養を取るのも大人の仕事です!!」
セリナに正論を言われ、ぐうの音も出ずに先生は何も言えなかった。
結局先生は彼女に車椅子に乗せられ、生徒会室に向かうことになった。
直前で機密がある為セリナは室外で待機し、先生は生徒会室の中に入室した。
「先生、ごきげんよう。って、大丈夫ですか!?」
テラス席に集っていた三人の生徒会長。
ナギサがその先生の姿を見て声を上げた。
「先生、何があったの、無理しちゃダメだよ!!」
続いてミカが慌てて先生に縋りつく。
「……全く、自分の状況を見て、我々の視察なんて後回しにすればいいじゃないか。最近までこちらに居たんだから」
「“……”」
「うん? どうしたんだい、先生」
いやなんでもないよ、と先生はセイアに返した。
「全くもう、セイアちゃんったらそう言う言い方しかできないのかなッ!!」
ミカがセイアの言葉にぷんぷんと怒りを示す。
「さて、視察は今日の当番の方にお任せして、先生はとりあえずこの場で少しでもお休み頂ければ」
「“ありがとう、ナギサ”」
「いえ。ハーブティーを入れさせます。少しは滋養が付くかと」
不安げに心配しているナギサに、ありがとう、と先生は返した。
「“セイアの言う通り、先日までトリニティに居たから視察は最低限で終わらせるよ。まだ残りも有るし”」
「御願いだから先生、無理をしないでぇ!!」
ミカが喚くが、いつものことなのか二人はそれを無視した。
「では、アリスはトリニティ学園を探検してきます!!」
「“うん、お願いね”」
「新しい街に到着した時のワクワク感は堪りませんね!!」
先生は元気よくそう言ったアリスに微笑んだ。
何だかんだでアリスの報告書は普通に良い出来なので、任せることにした。
「ああ、ハーブティーが来ました。
……どうぞ、先生」
ティーパーティーのメンバーが四人分のハーブティーを入れてきた。
「わぁ、ハーブティーだ!! 私これ好きなんだよなぁ!!」
ミカがそれを受け取ろうとした。
のだが。
「え!?」
ハーブティーを持ってきた生徒が素っ頓狂な声を上げて尻もちを付いた。
「きゃあ!!」
釣られてミカも尻もちを付いた。
当然、トレイに乗っていたハーブティーが宙を舞い。
「“あつッ、あちちち!!”」
先生に直撃した。
「ああもう、何をやってるんのですか!!」
「二人とも、大丈夫かい!?」
ナギサとセイアは慌ててハンカチ片手にぶちまけられたハーブティーを吹き始めた。
「も、申し訳ありません、ナギサ様!!」
「構いませんから、もう一度お願いしますね」
「は、はいッ」
ティーパーティーの生徒は涙目になって戻って行った。
「“ところでナギサ、一つ聞いても良いかな”」
「何でしょうか?」
先生は問いを投げかける前に、車椅子から立ち上がって立ち上がって服に掛かったハーブティを吹いているミカの手を取った。
「今日は、──ミカは居ないの?」
「ええ、自分の派閥での催しの打ち合わせに」
それを確認して、先生は
「“捕まえたよ、アンズちゃん”」
「へえ、どうしてわかったんです?」
「“ナギサが君を注意しない時から違和感はあった。けど、決定的なのはハーブティーの数かな”」
先生は足元のティーカップの数を示した。
途中で離脱したアリスの分を含めると、一つ少ない。
「“ティーカップの数を誤魔化そうとしたのが失敗だったね”」
「今のはちょっと強引でしたね」
そろそろ時間ですね、とミカの顔をした彼女は言った。
「また、夢見で会いましょう。先生」
手の中の存在感が消える。
先生にしか見えなかったミカが、完全に消え失せる。
「先生、どうかしましたか?」
「“ううん、何でもないよ”」
先生は改めて持ってきたハーブティーに口を付ける。
すると、先生のスマホに電話が掛かってきた。
「“もしもし”」
『先生、七神です。負傷したというのは本当ですか!?』
「“ああ、リンちゃんか。大したことは無いよ”」
『リンちゃんは止めてください。
それより、先生のお身体は一つしかないんですから、無理はなさらないでくださいね』
「“でもまだ視察が終わってないし……。そっちも大変なんでしょ?”」
『病人に心配されるほど我々は落ちぶれてません!!
ちゃんと休養を取ってください、報告書は後日で構いませんから!!』
それじゃあ、とリンはその後いくつかのお小言を言って通話を切った。
「先生、ミネ団長を呼びましょう。
とりあえず本日はちゃんとした治療を救護騎士団で受けてください」
「それが良いね。どうやら仕事も無くなったみたいだし」
「“分かった。お言葉に甘えるよ”」
生徒二人に心配されて、先生も観念した。
その後、呼ばれたミネとセリナと共に保健室に連行され、先生はその日をそこで過ごした。
アリスも看病を手伝い、いつの間にか隣で眠っていた。
そして、いつしか先生も眠りに就いた。
「どうやら、天秤は完全に吊り合ったようですね」
夢の中のテラス席には、先生の見知らぬ少女が彼を待っていた。
黒いセーラー服の黒髪の少女だった。
その体に不釣り合いなほど大きな、魔法使いが被るようなとんがり帽子を頭に乗せていた。
そんな彼女は、身の丈ほどの大きさの天秤を持っていた。
「“やっと会えたね、アンズちゃん”」
「そうですね、先生」
ただの少女にしか見えない存在は、にこりと笑った。
「腹部に受ける筈のダメージを、全身に分散させました。
まあ穴が開いて血が出るよりはマシかもしれませんね」
実際に痛い目にあった先生は、どちらが良かったかなんて言えなかった。
「“お腹に穴が空いたら仕事が出来ないから、助かったよ”」
「ミネさんが仕事をさせてくれるといいですね」
ははは、と先生は乾いた笑いをするほかなかった。
「あ、そうだ。これはこうして対面しないと聞けないから、教えて貰ってもいいですか?
なぜ、先生は最初、シッテムの箱を手に入れた時、全ての権限を手放したんですか?
サンクトゥムタワーの制御権は、それこそキヴォトスでは全能の力。王権にも等しい、神の威光だったはず。
先生のやりたいことも、もっと簡単に出来たはずでは?」
何でそんなことを知っているのか、と問うのは目の前の存在に対しては無意味だろう。第一、黒服も知っていたことだ。
「“多分、君と同じだと思うな”」
「へぇ」
女神はニヤリと笑って、次の先生の言葉に合わせこう言った。
「“「そんな力は、怖いから」”」
二人は笑い合った。
先生はようやく理解した。
目の前の強大すぎる存在は、自分の生徒達と何ら変わらない一人の個人であると。
ただちょっとやんちゃで、やり過ぎて時折説教するような、そんな手のかかる生徒と変わらないのだ、と。
「決めました。先生には契約を履行してもらいましょう」
「“契約?”」
「ええ、先生はちゃんと握手をして、私が困ったら助けてくれると言ってくれた。これが契約でなければ、何だというのです?」
「“あッ”」
そこでようやく、先生は目の前の少女を見るのは初めてではないと思い至った。
「先生、貴方に授けるささやかな幸運を、楽しみにしていてください」
意味深に笑って、少女は踵を返す。
夢の世界が崩れていく。先生は彼女に手を伸ばそうとして、意識がブラックアウトした。
目が覚めると、朝だった。
アリスが椅子に座って、先生にもたれ掛かって眠っていた。
「“猛烈に嫌な予感がする……”」
先生はこんな言葉を聞いたことがある。
曰く、神に気に入られるのと嫌われるのは、まったく同じことである、と。
先生の嫌な予感はすぐに的中することになった。
「まったく、怪我をしてまで働くってどういうことだ、お前」
「“面目ない”」
「そうですよ、先生は替えが利かないんですから」
「ちゃんと今日一日は安静にしていてくださいね!!」
シャーレに戻って、男や事務員たちに心配される始末だった。
「とりあえず、今日の当番の子にはキャンセルを伝えておくか」
「“……そうだね。今日は誰だっけ”」
「えーと、河戸 キョウコって子だな」
「“……”」
先生は当番になる子は全員名前を知っている。
それは、知らない名前だった。
「失礼しまーす、今日の当番にやって参りました!!」
そして、ほぼ同時にシャーレのオフィスに入って来る少女が居た。
「アンズちゃん……どうして」
先生は引きつった顔で見た。とんがり帽子を被ったセーラー服の少女を。
「そう言えば、私十七歳で神域に至ったので、高校卒業してないんですよね。
だからとりあえずこっちで卒業資格を取ろうかと。今時、中卒ってのもアレですしね。
ああ、勿論先生や生徒さん達の邪魔はしませんよ、その辺のモブや背景と思って思って構いませんので」
高校卒業資格を取ろうとする神様ってなに、先生はそう思った。
「助けてくれるんですよね、先生。
だからお願いします。私を、──この無窮の退屈から一時でも救ってくださいよ」
ずっと見てますから、と上位者のように少女は先生に微笑むのだった。
こうして、先生は女神の退屈しのぎとして観察対象になることになった。
これ以降、先生は視界の端に時々彼女が学生生活を満喫している姿を見ることになるのだが、本当にただそれだけだった。
そのうち先生は、ちゃんと学生してるだけ他の問題児よりマシでは、と頭がバグってそんなことを思うようになるのだった。
拙作のオリジナルシリーズより、運命の女神アンズちゃんでした。
これ以降本編には登場しないモブとして、先生の視界の端にSCPの如く映ることでしょう。特に無害で無意味な存在として。
とりあえず、魔王戦の時のように低評価連打がなくて良かったです。
読者の皆さんが訓練されたのか、篩が欠けられたのかはわかりませんが。
次回は、アリスクのメインのギャグ回にしようと思います。
では、また次回!!
追記※
もしかしたらアンズちゃんの、生徒としての絆エピソードに需要があるかもしれないので、アンケートを設置しました。
需要があるなら、今回の幕間の最期に、一話だけ入れるつもりです。
ぜひ、ご協力どうぞ。
生徒として、アンズちゃんの個別エピソードは見たいですか?
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見てみたい
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別に見たくない