※この作品はR-18です。

キヴォトスに墜ちた悪魔   作:やーなん

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天秤

 

 

 

「私……出来ちゃったかもしれない」

 

 アリウススクワッドの面々がシャーレのオフィスにやって来たと思ったら、アツコはそんな爆弾発言をした。

 

 

 

 話は数分前に遡る。

 

「“やあ、みんな。トリニティではうまくやれてるかい?”」

 

 アリウススクワッドの四人が、先生を訪ねにやってきたのである。

 先生は硬い表情の四人を笑顔で迎え入れると、応接用のソファーに促した。

 

「正直、上手くやれているとは言えない」

 

 サオリが堅苦しい顔でそう言った。

 

「私達はアリウスでも特殊部隊に位置するから、元々のトリニティ生からはある種の羨望の目が合って……正直居心地が悪い」

 

 サオリは新品さが抜けないアリウスの制服の袖を引っ張ってそう言った。

 

「今のところ、扱いとして私達はシスターフッドみたいな派閥と言うより部活みたいな感じなんだと思う。

 十分に勉強をする環境も無かったし、他の皆と比べても勉強が追いついていないから、必然的に仲間同士で固まるしかないし」

 

 サオリの言葉を引き継いで、ミサキが言った。

 

「と、トリニティの皆さんは陰険で他人を陥れることばっかり考えているんですよね?

 私達もきっと、いつか陥れられて、追放とかされちゃうんですかね? 最近そう言うのが流行りなんですよね?」

「姫も名ばかりの生徒会長だし、権力から離れている限りは普通に学生生活は送れると思うよ。

 少なくとも、普通に学生生活している限りは、ね」

 

 ネガティブなことを言うヒヨリにミサキが含みのある物言いで答えた。

 

「私達は新参者で権威も無ければ学力も無い。

 見下されているうちに、地盤を整えないとね」

 

 ミサキのドライな物言いに、先生も苦笑いだった。

 

「とりあえず、アリウスの生徒会長は他のトリニティの派閥の生徒会長に習うように世襲制は廃止することにした」

「“それは、慣習とかじゃなかったのかい?”」

「どうせ誰も気にしてないし。そんな余裕も無かったと思う」

 

 そっか、と先生はアツコの尽力に微笑んだ。

 ティーパーティーの制服に身を包む彼女の姿こそ、自分たちの選択の結果だと嬉しかったのである。

 

 その微笑みが硬直するまで、あと三十秒だった。

 

「戻ったぜ、先生。

 下のコンビニでスイーツを買って来た。

 お前ら、好きなのを食え」

 

 すると、男がビニール袋片手に戻ってきた。

 客人相手に茶菓子を持ってくるという気遣いだった。

 

「あの、アップルマンさん」

「おお姫か、どうした。ロールケーキでも食うか?」

 

 いつの間にかアリウスの姫呼びに慣れてしまった男が、輪切りで袋詰めされたロールケーキを差し出したのだが。

 

「私……出来ちゃったかもしれない」

 

 その爆弾発言に、男はロールケーキを取り落とした。

 先生も表情が固まった。

 

「じょ、じ、冗談にしちゃ、笑えないなぁ!?」

「でもこの間の生理も来なかったし、最近吐き気や食欲も無くて、この前も、おりものに血が……」

「“確かに、妊娠の初期症状に似てるね”」

 

 あの一件から、そろそろ三週間。

 妊娠の最初期の症状としては起こりうることだ。

 

「けけけ、検査薬、そうだ、検査薬は試したのか!?」

「“この時期だと、多分正確な検査結果は出ないと思うよ。思い込みによる想像妊娠の可能性も大いにあるけど、もう少し様子を見る必要があるかもね”」

 

 あからさまにどもって動揺している男に対して、先生は冷静だった。

 

「“不安だっただろう? よく打ち明けてくれたね”」

「……うん」

 

 とりあえず、先生はアツコを安心させるように優しい声を掛けた。

 自分の事を話すのは恥ずかしいことだったはずである。先生はなるべく彼女を安心させるように笑みを浮かべた。

 

「そ、それより先生、聞いてください!!

 姫ちゃん、もし本当に妊娠してたら、産みたいって……」

「“本当なのかい、アツコ”」

「うん」

 

 大声を出すヒヨリの言葉を受け、先生はアツコの意思を確認すると、彼女は頷いた。

 

「だって、新しい家族が出来るのなら、それは喜ばしいことだから」

「“……そうだね”」

 

 少なくとも、先生は彼女の意思を尊重するつもりだった。

 最も偉大なる神秘。生命の誕生。それ自体は尊く、彼女の意思は素晴らしいことのはずなのだから。

 

「だから、私達も困ってるんだ。

 こんなこと、先生にしか相談できない……」

 

 サオリも苦渋の表情でそう言った。

 

「ついでに、そいつにも責任を取ってもらう必要があるからね」

 

 ミサキの口から、辛辣で刺々しい言葉が出た。

 

「や、止めてくれ。俺に彼女は吊り合わない……」

「“吊り合うとか、吊り合わないとか、そう言う問題じゃないよ”」

「分かってくれよ、先生!! 俺だって混乱してるんだ!!」

 

 やれやれ、と先生は慌てふためいている男を見て溜息を吐いた。

 

「……私は、彼に責任を取ってもらうつもりは無いよ」

「姫ッ!?」

「責任って、つまりは結婚でしょ?

 私、彼の事は好きでも何でもないし。子供は皆で育てればきっと寂しくはないから。ただ認知だけはしてほしいかな」

 

 アツコは逞しかった。

 彼女の発言に仲間三人は困惑したが、続く言葉に納得したのか落ち着きを取り戻した。

 

「だそうだ。せめて毎月の養育費ぐらいは払って貰おうか」

「大人なんだから、責任の取り方ぐらいは分かるよね?」

「うぐぐ……」

 

 サオリとミサキに詰め寄られ、男の混乱は頂点に達した。

 

「あ、あ、あッ、あびゃあああぁぁぁぁ!!」

 

 男はそんな奇声を発しながら、逃げ出したのである。

 

「あッ、逃げました!!」

「追うぞ、逃がすなッ!!」

「姫は待ってて!!」

「うん」

 

 アリウススクワッドの面々は、アツコを残して男を追い始めた。

 

「“ああ、待ってみんな!!

 悪いけど、アツコを頼むね!!”」

「わかりましたー」

「とりあえず、毛布とか持ってくるね」

 

 先生は事務員たちにアツコを託して、男と三人を追った。

 

 

 

 §§§

 

 

「車で逃げたぞ!!」

「先生、こっちもお願い!!」

「“う、うん……”」

 

 先生がシャーレのオフィスに出ると、男が車で逃げるのが見えた。

 

 先生も三人と一緒に車に向かうと。

 

「申し訳ありませんが、ここを通す訳にはいきません」

 

 Wolf小隊の四人が立ちふさがった。

 

「邪魔をするな!!」

「ムツニ」

「はい、隊長」

 

 激昂するサオリなどに目もくれず、トリコはムツニに指示を出した。

 彼女は起爆装置のスイッチを押し、シャーレの公用車を全て爆破した。

 

「察してください、先生。我々も何も思わないわけではないのです」

「“それはそれとして、車を壊したことはお説教だからね”」

「ええ、処罰は後日如何様にも。では」

 

 足止めは成功した以上、Wolf小隊は無用な戦いはせずに退散した。

 まさに特殊部隊。必要最低限の仕事で、最大限の効果を発揮した。

 本当に敵に回すと厄介極まりなかった。

 

「先生、どうしましょう!?」

「“彼が逃げて乗って行ったのも、公用車だからGPSで追跡できるよ”」

「それなら、何とかなりそうですね!!」

 

 ヒヨリは先生の対応にホッとしたようだ。

 混乱のあまり彼はそれを考慮できてなかったようだった。

 ただ……。

 

「“(なんだろう、Wolf小隊の皆、いつもよりずっと物々しかった気が……)”」

 

 少しだけ、それが先生は心配だった。

 

 

 

 近くのレンタカーを借りて追跡を行うと、途中で反応は停止していた。

 当然ながら、公用車は乗り捨てられていた。

 

「“どうやら、トリコ辺りは冷静だったから、公用車をそのまま使う危険性に気づいたみたいだね”」

「代車に切り替えたか」

「どうやって追う?」

「“公共の監視カメラの映像を検索して追うよ。車で逃げたなら必ず見つけられる”」

「先生、助かる……」

 

 こうして、先生とアリウススクワッドと男とWolf小隊の追いかけっこが始まった。

 

「“監視カメラで追えなくなった……どこに逃げたか”」

「こういう場合、真っ先に下水道を疑うべきだろう」

「だね」

「“ちょっと待って、下水道マップと照らし合わせてみる”」

「ええぇ、もしかして下水道へ追跡するんですかぁ!?」

「文句を言うな、姫の為だ」

 

 弱気なヒヨリを叱咤すると、サオリは真剣な表情になった。

 

「必ず捕まえて、責任を取らせてやる!!」

「“そうだね……”」

 

 とりあえず、先生は頷いておくことにした。

 

 

 そして、下水道での追跡劇。

 

「くッ、トラップだ!!」

 

 爆発に怯むミサキ。

 

「すまない、見逃したッ」

「ちゃんとした装備もないからね、仕方ないよ」

「ひうぅ、このまま薄暗くて臭い下水道に取り残されるんですぅ」

「これくらいで泣き言を言うな!!」

 

 そして、下水道から脱出した彼女達が見たものは。

 

 

「悪いわね、先生。これも仕事なのよ」

「“便利屋の皆!?”」

 

 立ちはだかる、便利屋の四人。

 

「その声、グリゴリ小隊か」

 

 即座に銃を向けるサオリ。

 残り二人も即座に戦闘態勢に移った。

 

「依頼内容は、師匠の逃走の幇助。

 急に頼られてね、弟子として応えないわけにもいかないもの」

「まあ、偶然道端で出会っただけだけどね」

「そう言うことは言わなくても良いの!!」

 

 格好よく決めているつもりのアルにムツキが茶々を入れた。

 

「こういうのはいつもは面倒なんだけど、結局私達って決着がつかなかったでしょ?」

「アル様の前に、跪く時がきたってことですよね!!」

 

 カヨコとハルカまでそんなことを言い出す始末だった。

 

「そちらは前より一人少ないけど、先生が居るから五分五分ってことで良いわよね?」

「良いだろう、決着を付けてやる」

「こっちも舐められっぱなしじゃいられないし」

「せ、先生の指揮があれば、大丈夫ですよね?」

「“う、うん……まあしょうがないか”」

 

 そうして、ぶつかり合う因縁の両者。

 

 前衛後衛のバランスの編成と優れた連携で戦う便利屋と、先生の指揮で彼女らを翻弄するアリウススクワッドの面々。

 

 両者も望んだ決着。

 軍配は先生達に上がった。

 

「社長、これはちょっと押されてる!!」

「あははッ、火力と人数は勝ってるのにね!!」

「アル様!! ハルカはアル様の栄光の為に死ねます!!」

 

「……仕方がないわね、今回の勝負は預けておくわ!!

 仕事はどのみち完了してるしね!!」

 

 アルの状況判断は的確だった。

 彼女達は閃光弾とスモーク弾を投げて逃走をした。

 

「ち、まんまと時間稼ぎに付き合わされた……」

「武器も弾薬消耗させられた。相変わらず厄介な連中だった」

 

 追う気力もないのか、サオリは銃を下ろして溜息を吐いた。

 スモークが晴れて誰もいなくなった先を、ミサキは忌々しそうに睨んでいた。

 

「ど、どうしましょう、このままじゃ追跡は困難で……」

「“まだ、手立てはあるよ”」

「え?」

「“彼の事はよく知ってるからね”」

 

 先生は安心させるように三人に笑いかけた。

 

 そして、先生は電話を掛けた。

 

 

 

 §§§

 

 

 

 トリニティ自治区。

 

 先生は一人で、賑やかな昼間の繁華街に出向いた。

 

「“やはり、ここにいたね”」

「……よく俺を見つけたな」

 

 男は花束を花屋で購入していた。

 退店する瞬間を、先生は出待ちしていた。

 

 その格好は、普段の軍服姿ではなく、タキシードを着ていた。

 

「“少なくとも君は、自分の責任から逃れるような奴じゃないからね”」

「俺にだって、考える時間くらいくれてもよかったじゃないか」

「“私もそうしたかったけど、サオリ達がね”」

「なら、セーフハウスは制圧済みか」

「“うん、ナギサに相談したんだ”」

「ふん、だと思った。簡単に思い通りにならねぇから、あれは面白い女なんだ。モノにし甲斐がある」

 

 はあ、と男は溜息を吐いた。

 

「アイシャの時は償えなかったからな」

「“そうだね”」

「指輪は……あいつには必要無いんだったか」

「“今はアツコの近くにいてあげて欲しい”」

「それは俺じゃなく、先生に頼むわ」

「“少なくとも、不安要素は一つ減るよ”」

「わかった……」

 

 先生の説得に、男は肩を落として頷いた。

 

 こうして、先生と男の追いかけっこは幕を閉じた。

 

 

 

「アツコさん、あなたの御身は我々が24時間体制で警護いたします」

「うん、ありがとう」

 

 その日の夕方には、トリコ達Wolf小隊はシャーレに戻って来てアツコの警護の説明をしていた。

 

「自分の体の変化に戸惑い、孤独を感じるかもしれませんがご安心ください。

 狼は一度に、四匹から五匹の子供を産みます。

 万が一の場合、我々は、貴方の苦しみを共にする所存です」

「う、うん……」

 

 トリコの目はマジだったので、流石のアツコもドン引きしていた。

 彼女の隊員たちも、流石にそれはちょっと、という顔をしていた。

 

「貴様はアツコだけでなく、あの子たちにも手を出してたのか!!」

「殺しはしない、だけど水責めぐらいはさせてもらうよ」

「“とりあえず二人とも、落ち着こうよ”」

 

 先生は男を締め上げているサオリとミサキを宥めている。ヒヨリは傍であわあわしていた。

 

「“とにかく、君たちは彼を放すんだ。いいね?”」

「……はい、先生」

「次逃げたら、覚悟してよね」

「安心しろ、もう逃げない」

 

 男は、購入したてのタキシードのしわを伸ばすように手で払った。

 

「認知もする。養育費も払う。他に必要な手続きはあるか?」

「……」

「俺の右手も、好きに使っていい」

 

 男はテーブルの上に置いてあった花束を手に取り、アツコに歩み寄った。

 

「さあ、俺の身体を八つ裂きにでも何にでもするといい」

「……」

「だが、そうするなら少しだけ待ってほしい。俺にもまだやることが出来た」

「私にその気はないから。つまらない演技は良いよ」

「おや、お気に召さなかったか」

 

 男は恭しい態度を一変させ、ひょうひょうとそう答えた。

 

「だが、やることが出来たのは本当だ。

 俺の命を賭すべき、重要な案件だ。詳しい話はその後にしてくれ」

「……わかった」

「ボス……」

 

 先生は、その時Wolf小隊の面々が瞳をうるおわせて、男を見上げているのを見た。

 彼はその意味を理解するのに、もう少し時間が必要だった。

 

「“……ちょっと出かけてくるよ”」

「ああ、一応酸っぱいモノを買ってきておいてくれ。

 今後の話はそれからでいいな?」

 

 うん、と先生は男に頷いてから外出をした。

 

 

 

 

「うーん、キヴォトスのグルメ巡りの後は、聖地巡礼をして……とりあえず、ミラクル5000は外せないとして……」

「アンズちゃん」

 

 先生は、シャーレに併設されているカフェのテラス席でパフェを食べている少女に話しかけた。

 

「あれ、先生。何か御用ですか?」

「“アツコの妊娠は、本当なのかって聞きたくて”」

「ああ、私に聞くのが手っ取り早いですもんね。

 でもこれっきりにしてくださいね、先生。あまりしゃしゃり出て低評価連打は流石に私も堪えるので。実は前に一回やらかしちゃったんですよねぇ~」

「“う、うん……”」

 

 彼女が何を言いたいのかよくわからない先生は、とりあえず頷いておくことにした。

 とんがり帽子の少女は、可笑しそうに笑っていた。

 

「それにしても、こういうのってセイアちゃんの役目でしょうに、元ネタ的に。

 まあ結論から言いますと、ええ、アツコちゃんは一(・)人(・)です」

「“……そうなんだね”」

 

 運命の女神の告知。

 安心したような、そうでないような、複雑な心境で先生は頷いた。

 

「先生、よく考えても見てください。

 ここはキヴォトス。青臭い青春と硝煙の臭いの満ちる世界。

 熱血スポーツドラマが突然、十代の少女の妊娠みたいな、昼ドラやゴールデンタイムのドラマがやるようなそんな展開が、あって良いと思いますか?

 そんなこと、このキヴォトスを覆う神秘が許す訳がないでしょう?」

「“ゴメン、君が言いたいことの半分も理解できない”」

「これは失礼」

 

 ロングスプーンを咥えて、少女は肩を竦めた。

 

「あ、どうしても彼女が子供が欲しいというのなら、先取りという形で彼女のお腹に命を宿してあげてもいいですよ。

 その代わり、このキヴォトスどこかの産まれる筈の赤ん坊が死産になると思いますが」

「“そんなことは、アツコは望まないよ”」

「ですよねー、言ってみただけです」

 

 そう言って、少女は伝票を先生に差し出した。

 先生はそれを受け取って、会計をした。

 

 支払いを終えた先生が振り返ると、パフェは空っぽになっていて誰もそこにはいなかった。

 

 

 後日、女神のお告げの通り、いろいろな検査の結果アツコの妊娠は勘違いに終わった。

 

「まったく、人騒がせな」

「ごめん、皆。新しい家族が増えたらいいなって思って」

「いくら何でもこの時期じゃなくても……いや、今更詮無きことか」

「で、でも、シャーレあった冊子によると妊娠と出産の母体のダメージは、交通事故にも匹敵するって書いてあったから、私は安心しました!!」

 

 ヒヨリの主張に、そうだな、とサオリは頷いた。

 溜息を吐いたミサキに、アツコは申し訳なさそうにしていた。

 

「だが、学生は続けられる。妊娠しては、アツコは生徒会長は続けられない。

 仲間の為にも、これでよかったんだろう」

「……そうだね」

 

 サオリの言葉に、アツコは頷いた。

 彼女はまだ、生徒会長としての責任を果たしていない。まだ、辞めるわけにはいかない。

 

「それで、それを一番喜ぶべきヒトは、どこにいるんでしょうね……」

「本当にな……」

 

 なぜか不安そうにしているヒヨリに、サオリは天を仰いだ。

 

 男は今、Wolf小隊と共に休暇を申請して不在だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、返答は如何ですか?」

「勿論、大賛成だよ!!

 あのシャーレのナヨナヨした先生や、連邦生徒会のバカどもには辟易してたんだ!!

 喜んで手を結ぼうじゃないか!!」

 

 廃業し、錆びれた地下のバーで男はマスクとサングラスの生徒と密談をしていた。

 

 男の側にはWolf小隊の四人が。

 生徒の側にはFOX小隊の四人が。

 SRTの面々は感動の対面なのに、その表情はお互いに硬い。

 

「……勿論、手を組むってことは、お互いに対等ってことだよな?」

「ええ、それは勿論」

「それを聞ければ大丈夫だ。

 今日はこれくらいにしよう。次は公式の場でな」

「わかりました。ではまた会いましょう」

「ああ、行くぞ、お前ら。

 ――じゃあな、カヤ次期代行」

「ふふふッ」

 

 男はWolf小隊を引き連れ、潰れたバーを後にした。

 

 

「これで良かったんだな、お前ら」

「はい、ボス」

 

 男の言葉に、トリコ達は頷いた。

 

 やがて、彼女達はナギサが用意してくれたトリニティのセーフハウスに辿り着いた。

 

 その中には、壁に蜘蛛の巣のように写真と関連図が広がっていた。

 その中心に張られているのは、連邦生徒会の防衛室長である不知火カヤの写真だった。

 ついさっきまで、男が密談していた相手だった。

 

 トリコは太ももに装備されちたコンバットナイフを抜くと、カヤの写真にドスッと突き立てた。

 

「――赦せない」

 

 憎悪と呪詛に満ちた言葉を、トリコは吐いた。

 

「ボス。テロリストはゴミクズ。唾棄すべき汚物。そうですよね?」

「ああ、そうだ」

「なら、FOX部隊の先輩たちは?

 このクソ女の手先として、連邦生徒会を襲った彼女達は?」

 

 トリコの背に、男は何も言わなかった。

 

「オトギ先輩は、私の憧れでした。

 狙撃適正が無いと分かっていた私に、先輩はいつも指導してくれました!!」

 

 ナバトが言う。

 その表情には、ぐつぐつに煮えたぎる怒りと憎しみに満ちていた。

 

「クルミ先輩はとっつきにくかったけど、私がやんちゃするといつも叱って、その後には優しくしてくれた。

 そんな先輩が、私は大好きでした」

 

 ムツニが言う。

 彼女は相棒とは全く真逆で、何の感情も表情に浮かんでいなかった。

 

「ニコ先輩はいつも激しい訓練の後、お稲荷さんを作ってくれて、それだけが缶詰ばかりの補給に代わる楽しみで……。

 落ちこぼれの私達を、いつも励ましてくれて……」

 

 ウズは言う。

 涙を流し、顔がぐずぐずになるほど泣いていた。

 

「ユキノ先輩は、こんな落ちこぼれの私達を最後まで見捨てないでいてくれました。

 彼女達FOX小隊は、私達の憧れでした」

 

 でした。

 全て、過去形だった。

 

 ドスッ、ドスッ、ドスッ。

 トリコのナイフが、無言で写真に刃を何度も突き立てる。

 

「このクソ女は、我らSRTの誇りと正義を汚辱した。

 愛すべき、誇るべき我らの先輩を貶めた」

 

 これまでずっと、トリコは声を荒げずにそう言った。

 だが、その声を聞けば丑の刻参りの最中か何かだと誰もが思うだろう。

 

「万死に値する。だけど、殺すのも生温い。

 ボス、このキヴォトスにおいて最大の絶望は何でしょうか?」

「そりゃあ勿論、―――――ことだ」

「あはッ」

 

 男の答えに、トリコは笑い出した。

 その笑い声が納まるまで、全員は待った。

 

「あの女を、地獄に落としてやる」

 

 トリコは振り返ると、満面の笑みだった。

 

「ああ、俺も共に逝こう。

 全てが終わったら、この首を我が麗しのヒナ委員長に差し出せねばならんな」

「我らもお供します」

「姉さん、共にあのヤギ目女の目を抉ってやりましょう!!」

「全てを奪って、顔も喉も潰して、その辺に捨ててやろうよ」

「我らの正義を、思い知らせてやる」

 

 男は順番に己の右手を見た。

 トリコ、ウズ、ムツニ、ナバト。

 

 その全員を、一度に抱きしめた。

 

「お前たちのやりたいことが、俺のやりたいことだ。

 お前達は武器に意志は必要ない、と教わったことだろう。

 だが、俺の故郷には意志を持った魔剣が存在した。

 ならば、お前たちは魔剣だ。意志を持ち、一度抜刀すれば血を見なければ納刀できない魔剣なのだ」

 

 四人は男に抱き着き、泣き始めた。

 

「そうだ、ボス」

「なんだ?」

「“右腕”だけでは、不格好でしょう?」

 

 トリコは顔を上げ、言った。

 

「そろそろ、“左腕”もしつらえるべきかと」

「愛する先輩を俺に差し出すか」

「ボス。そんな輩はもう、どこにも居ないのですよ」

 

 そうか、両利きにしないとな、と男は頷いた。

 

「それに、きっと、先輩たちもクソ以下の汚物の身に甘んじるより、ボスの愛を知って私達と共にテロリストと戦う方が喜ばしいはずです」

「先輩達、いったいどんな声で鳴くんでしょうね」

「楽しくなりそうだね、ナバト」

「そうだね。ムツニ」

 

 一塊になった五人は、不気味な笑い声を発し始めた。

 

 それがこのキヴォトスに災厄を齎す、グレイプニルを引きちぎったフェンリルの笑い声だった。

 

 

 ――彼らが傾けた運命の天秤が、水平になろうとしていた。

 

 

 

 

 





次回より、第四章。兎と狐と狼と、が始まります!!
またの名を、カヤ虐の章になるかと。

これまでの主人公の影響を受け切ったWolf小隊の面々なら、多分彼女は絶対に許さないと思うのです。
だってもう、FOX小隊はどうしようもなくテロリストなのですから。

主人公たちがどうやって彼女達を篭絡し、そしてこれまでキヴォトスに貢献してきた平和の分、災厄として天秤が吊り合う為の重りとなるのか、是非お楽しみに!! なお、プロットはこれまで通り一切無しのその場の勢いでお送りします!!

ではまた次回!!

生徒として、アンズちゃんの個別エピソードは見たいですか?

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