――『今日のカヤちゃんのコーナー!!』
「インパクトが無い」
「急に何です?」
男は防衛室の室長室に入るなり、カヤに向かって開口一番にそう言った。
「昨日の記者会見の映像だ。これを見てみろ」
男はスマホで映像を再生し、カヤに示した。
「お前とリンちゃんが並んで、カメラがパシャパシャしてるのがみえるだろう?」
「ええ、そこに居ましたから」
男は彼女の返答を待たずに、室内を見渡す。
すると、連邦生徒会長と各室長の集合写真が飾られているのを認めた。
よくある、内閣の官僚が並んでいる写真の奴である。
「お前、ここのどこにいる?」
「え? 右端の方ですけど」
「ああ本当だ、一瞬で分からなかった」
男は集合写真の中からカヤを見つけると、現物の方に向き直った。
「カヤ室長、お前は個性が薄い」
「個性ですって!?」
「華が無いんだ。リンちゃんと並べばどちらが目立つ?
この集合写真も、モモカやハイネの方が目立っている」
「わ、私が貧相だって言いたいんですか!?」
リンと比べられ、無意識のコンプレックスからカヤが声を荒げた。
「違う、もっとカリスマを演出する必要があるって言ってるんだ。
記者会見の配信サイトのコメントを見たが、視聴者はリンちゃんに対する失望やら連邦生徒会に期待してないとか、先生なら安心だ、とかそんなことばかりだった」
無論、カヤに対してのコメントも有ったが、リンに比べればごく少数だろう。
「お前に対するコメントを読み上げよう。
あのデカアホ毛だれ? 、あの狂犬がトップじゃなかったんだ、誰が何をやっても一緒でしょ、胡散臭いだけの女、等々」
「ぐ、ぐ、ぐッ、ぐみ……民衆は本当に愚かなようですね!!」
「言いたいことはわかる。だがこれが現実だ」
怒り心頭の様子のカヤに、男は淡々とそうリアルを突き付ける。
「今の連邦生徒会にはカリスマが居ない。
ゲヘナ風紀委員会のヒナ委員長のように、存在感を示すモノが誰も居ないのだ!!」
「わ、私は知性とカリスマを有する超人でッ」
「そのカリスマも演出しないと腐るって言ってんだよ!!
ダイヤは原石のままで価値があるのか? 違うだろ、研磨され、カッティングされて初めて輝くんだ!!」
男の反論に、カヤは怯んだ。
男は決してカヤを否定しない。
褒めて伸ばす教育のように、彼女の長所だけを切り取って示すのだ。
「とりあえず、言動をパンクにするか?
制服を改造して肌の面積を増やす方向でも良いな。
とにかく、目立て!! メディアに露出するんだ!!」
「そう言われましても……」
「今のうちにゴーストライターを雇って、お前の顔を印刷した表紙の出版物の準備をしておけ。
タイトルはそうだな、『超人のロジック ~防衛室のドン~』とかどうだ?
お前の半生や、実績、思想をまとめ自伝として販売するんだ」
「な、なるほど……その発想はありませんでした」
「勿論、これはお前が目立つようになってからの戦略だ。
連邦生徒会にも広報部門はあるだろう? もっとお前の存在感を世間に発信するんだ」
要するに、男はカヤをプロデュースしようとしているのだ。
「あんたをお堅い官僚だって印象から拭おうか。
幸い、お前の第一印象はお堅くはない。連邦生徒会の制服は白を基調としてるから、なにか首回りに黒いゴシック調のリボンのチョーカーとか付けたりしたらどうだろうか?」
「装飾品ですか、なるほど」
「高級そうなネックレスとかブローチとかは止めろよ?
バカな民衆は清貧さを官僚に求めるもんだからな」
「その辺りは勿論、理解してますよ。とりあえず、良さげなデザインの黒の装飾品を注文しておきます」
女子はオシャレを楽しむものである。
通販サイトをスマホで観覧するカヤは、ちょっとだけ楽しそうだった。
結局、彼女は短めの黒いシックなケープを選んだ。
連邦生徒会の指定するジャケットは白なので、良い感じに対比になった。
リンの黒髪との対比にもなるので、意外と悪くないチョイスだった。
そして何より、こんな有名なセリフがある。
「黒は女性を美しく見せる、とはよく言ったものだな」
「“リンちゃんの髪は綺麗だもんね”」
後日、カヤとリンが並んだ記者会見を、テレビで先生と並んでみていた男はそんなことを言ったのだった。
なお世間の評判は、黒幕っぽい、うさん臭さが増した、なんて言われているのは当人も知らぬが仏だろう。
§§§
――違和感は、最初からあった。
「あ、今日の夜警、私の当番じゃん。
トリコ姉さん、悪いけど代わってくれる?」
「そうでしたね、今日は“ムツニの日”でしたね。わかりました」
「あー、じゃあ私も行かないとだな」
「……」
そんな会話をしている後輩達を、先輩達は横目で見ていた。
「ねえあんた達、毎日順番に寮を抜け出して何してるの!?
夜遊びは禁止だったでしょ、分かってるの!?」
神経質なクルミが我慢できずに見咎めると。
「まあまあ、ここはSRTじゃないんだし、SRT部の規則もまだ決まってないしさ」
オトギがピリピリしているクルミを宥めた。
「申し訳ありません、先輩方。各隊員のプライベートなので。
ただ、我が小隊なりのリフレッシュと言いますか……」
「まあ、君達なりの発散方法を見つけたのならよかったよ。
昔の君達はずっと追い詰められたワンコみたいだったし」
ニコも苦笑しながら彼女達をフォローした。
SRT所属の時のWolf小隊のメンタル面が不安定だったのは周知の事実だった。
不測の事態に狼狽えたり、上官の指示に従わなかったり、行動方針で内輪揉めする時もあった。
そんな当時の彼女達を思えば、これくらい可愛いものであった。
「しかし、SRTは厳しい規律で成り立っていた。
今は良いが、SRT部創設後はいつまでも例外を許すわけにはいかなくなる」
「そのことなのですが、先輩方」
おずおず、とトリコがユキノに向けて全員に言った。
「我々は、――SRT部には参加いたしません」
「え、どういうことよ!!」
「そもそも最初から、私達はSRTの復活等はどうでも良かった。
不知火カヤに取り入る為の方便に過ぎませんでした」
「なるほど、ね……私達が心配だったんだ」
「……はい」
困惑するクルミに反して、ニコは少し儚げに笑った。
「ボスは落ちこぼれだった私達を完成させてくれました。
彼の下で、数多の邪悪を見ました。そして、その全てを一切合切容赦なく叩きのめした。
今更、SRTのやり方には戻れません。何より、私達がボスの下で戦いたい。これまで通り、SRTの掲げる正義を、SRT以外の場所からでも体現してみせると、我々は誓ったのです」
Wolf小隊の四人を引き留めようと思えば、幾らでも引き留められるだろう。
だが、FOX小隊の四人はその言葉が出てこなかった。
「私達が、ボスに願ったのです。あの時、なぜ私達は先輩方と戦わなければならなかったのか……それが知りたかった。
先輩方が邪悪に堕ち、悪徳に身を任せ暴虐の限りを尽くすのならば、それを討つのは我々であると、そうあるべきだと、決意したからであります」
男がサンクトゥムタワーに挨拶回りに行ったその日、FOX小隊の襲撃があった。
運命の悪戯だった。いや、必然だった。
「あれは、ボスと我々を仲間に引き入れる為の、不知火カヤの策略でした。
同時に、自分の反対派を襲撃する手筈だったと聞いて居ます」
「……そうだったのか」
「我々は、自分の意思で斬る相手を選ぶ魔剣。
道具に徹することなど、もはや出来ないのです」
Wolf小隊はFOX小隊を斬ろうとした。
だが、出来なかった。ただ、それだけの話だった。
「だが、強い力にはそれ相応の責任が生じる。
だからこそ、我々は道具に徹する必要がある。己を律し、その上で――」
「黙れ、どの口でそれを言う」
ユキノの言葉を、ナバトが遮った。
「あの不知火カヤが、あなた達の責任を取ると思っていたんですか?
いざとなったらあなた達を切り捨てて終わりだ、あなた達の立場はそれほど弱いモノだった!!
なのにあなた達は、あなた達の意思であの女に付き従った!!
そして、醜悪なテロリズムに手を染めた!!」
ナバトは彼女らを糾弾しながらも、泣いていた。
FOX小隊の四人を失望しようとしても失望しきれない、己を恥じていた。
「ボスは言った、テロリストは全てゴミクズだと!!」
「ナバト、もう止めよう」
「だがここで手を止めれば、これまで私達がしてきたことは――」
抗弁するナバトを、ムツニは己の口で塞いだ。
相手に舌を入れる深い深い、口づけ。
ナバトはそれを受け入れる他なかった。
「わ、わ、わ……」
「おおっと……」
突然目の前で繰り広げられるキスシーンに、クルミは顔を真っ赤にさせオトギは頬を赤らめた。
「部下が失礼しました、後で折檻しておきます」
「いや、その必要は無い……」
どこか、ユキノも心では理解していたのだ。
彼女らWolf小隊との決別が、いつか訪れるのを。
トリコは四人に頭を下げると、身体を絡め合い始めた二人に怒声を浴びせた。
「……ナバト、ムツニ、いつまで先輩達の前で乳繰り合ってる!!」
「……はい、トリコ姉さん」
「すみません……」
ムツニとナバトは身体を離し、居住まいを正した。
「此度の我らの任務は、SRT部の創設と初動を安定させること。
しばらくはこのままお付き合い致します。どうかこれまで通りご指導お願いします」
「姉さん、ボスから指令です」
「わかった。皆行こう」
ウズの言葉に、トリコ達は訓練施設を去っていく。
「あ、あの、先輩方ッ。
ボスは愛しているからこそ、嫌われることを厭わないと仰っていました!!
私達も、そうですから!!」
最後にウズがそう言って、三人に追従していく。
それがトドメの言葉だと理解せずに。
「……私の責任だ」
ぽつり、とユキノが呟いた。
もうWolf小隊の姿は見えない。
「それは違う。違うよ……」
ニコがそんな彼女の肩を叩いた。
「愛しているからこそ嫌われるのを厭わない、か。
本当にその通りだね。私達が、止めれば良かったんだ」
「本当は分かってたのよ。分かってた……」
オトギとクルミが、後悔の念を吐き出した。
「ごめんねユキノ。全部あなたに背負わせちゃって」
「違う、違うんだ……」
ニコはもう、痛々しくてユキノを見ていられなかった。
「本当に、私達にはもったいない後輩達だよ、あの四人は。
良い師匠に恵まれたんだね。羨ましいよ」
オトギは察していた。
あの後輩達の罵倒は、まだ序の口なのだと。
これから、他の元SRTの生徒達の説得をしないといけない。
それが、何よりも彼女達に相応しい罰なのだろう。
「それで、俺のところに来たわけか。ユキノ」
男はD.U.の有名なカフェのテラス席で、特盛パフェをスプーンでつついていた。
「お願いが、あります」
「言ってみな」
「彼女達を、あの四人を、返してください……」
「なるほど」
男は店員を呼び止めると、水を持ってこさせた。
店員が水の入ったコップを持ってきて、男がそれを受け取ると、流れるような仕草でその中身をユキノの顔にぶちまけた。
からんからん、と氷が床に落ちて乾いた音が鳴った。
「……」
「どうした、怒ったなら反撃して良いぞ?」
周囲の客や店員がドン引きしているのを気にもせず、男は言った。
「あの四人は、きっとSRT部に必要になる。
お願いです、私にできることなら何でもします」
「ほう。俺があいつらに夜な夜な何をしているか理解しての言葉か?」
ユキノは小さく頷いた。
彼女達は特殊部隊。当然この男が好色家なのは調べが付いている。まさに、英雄は色を好むを地で行く男だった。
ただ、調べが付いているだけで、彼女らに実感は無かった。
「ぷッ、あはははは!!
俺も舐められたもんだ……――失せろ。自分を安売りする女なぞ抱く気にもならん」
「なら、どうすれば……」
「失せろ、と俺は言ったぞ。これ以上俺の機嫌を損なう前に俺の視界から消えろ」
「……」
男の冷たい視線に耐えかねたのか、ユキノはその場から立ち去った。
「これ以上、あいつらを失望させるなよ。ごんぎつね」
「ッ」
ユキノは屈辱と悔しさを噛み締めながら、その言葉を背に受けるほかなかった。
次の日、男は訓練施設に訪れていた。
「SRT部の創設が決まった。
来週から始業し、お前達は初動メンバーとして活動することになる。
お前達の活動が、キヴォトスの今後と元SRT生への何よりのメッセージとなるだろう」
その言葉に、面々は喜んだ。
「実に楽しみだな。クソテロリストどもを片っ端から豚箱にぶち込んでやるんだ。
生徒をヒトとも思わないクソ企業どもも潰しまくって、失業者だらけにしてやろうじゃないか!!」
男の笑い声に、Wolf小隊が呼応して笑う。
その不気味な輪唱に、FOX小隊はちょっとだけ引いた。
「今日から訓練は俺が見てやる。
一日でキヴォトスの企業人ぶったクソオートマタのケツというケツに電動マッサージ機をぶち込めるように、徹底的に扱いてやる。
嬉しいだろう、お前ら」
ゴム弾をこれ見よがしに装填しながら、男は笑った。
FOX小隊は即座に返答したが、Wolf小隊は青ざめるだけだった。
そして始まる、地獄の行軍。
山の中、川の中、泥の中を進み、偽装を被りながら森の中を行軍する。
男に見つかれば即座にゴム弾が飛んでくる。
チェックポイントでは的当てをする。
無論、銃は精密機械であり、防水や防塵が甘かったらまともに動かない。
それを見咎められたらゴム弾と罵声を浴びせられる。
両手両足を縛ったまま海に放り込まれ、特定の種類の貝殻を拾わせたり、レッドウインター付近の凍える海で遠泳もさせられた。
女子高生らしい瑞々しい肌がカサカサになり赤く擦りむけ、血まみれになるまで過酷な訓練を施された。
SRTの訓練でもここまで酷いのはなかった、とオトギが後に振り返って遠い目になったほどだった。
訓練開始五日目には、全員の目は据わっていた。
補習授業部に施された訓練がお遊びみたいに見える訓練だった。
「あと二日で始業か。
よし、それまで休息を与える!!
各自体調を整えろ、以上だ!!」
キヴォトス各地を回った地獄の訓練は、最初の訓練施設に戻り終わった。
「返事はどうした!!」
ありがとうございます教官ッ、と八人は唱和した。
男が去ると、彼女達は崩れ落ちた。
「うッ、うううッ、もう嫌です、姉さん……」
「終わったよ、もう終わったから……」
ウズとトリコは泣きながら抱き合い、お互いに口づけを交わし慰め合った。
ムツニとナバトも似たような感じで、FOX小隊の四人ですら完全にダウンしていた。
「殺す、いつか殺してやる、あのクソ教官!!」
感情を爆発させたクルミが叫んだ。
「あれ、大人の特殊部隊向けの訓練じゃん!!
しかも一度に何十人も脱落するってやつ!! 信じらんない!!」
皮膚に罅割れは当たり前、ブーツやグローブは血まみれだ。
解放感からか、オトギも叫んだ。
「SRTの選抜試験でもここまでしなかった!!」
手足をバタバタ出来るだけ、ニコはまだ元気な方だった。
「各員、二日後の0700まで自由行動……」
ユキノの号令に、了解、とだけ隊員達は返した。
そして、その日の夜。
「教官、お話があります」
「おう、入れ」
寮の一室に寝泊まりしている男の部屋に、ユキノは訪れていた。
「ッ」
扉を開けると、トリコとウズが素っ裸で絡み合っていた。
男はそんな二人の頭を撫でていた。
「それで、何の用だ?」
「先日の件についてです」
「ああ、またその話か」
トリコとウズはユキノに一瞥するだけで、気にも留めない。
男は顔を赤くしつつも無表情に取り繕っているユキノに向き直った。
「俺達は俺達の意思で共に居る。
俺とこいつらは一心同体。死ぬ時も同じだ。
俺はこいつらを支配しているように見えるかもしれんが、お前達の一件は、今回はこいつらの意思で俺はお前らに関わりを持った。
他人に口出しされる謂れはない」
「貴方が後輩達にしたことは納得は行きませんが、理解はしました。
貴方の教えがなければ、先の訓練は到底完遂できなかったでしょう」
五日間の過酷な訓練。
Wolf小隊はお互いに愛を確かめ合い、何とかそれを乗り切った。
SRT時代の彼女達には到底不可能だっただろう。
度々その光景を目の当たりにしたFOX小隊の面々は、ああまたか、と完全に慣れきってしまった。
むしろ、こっちがフォローしなくて助かる、なんて思うくらいだった。
「ですが、我々には不要です。
どうしても、と言うなら私だけにしてください」
「……お前は本当に、何も分かってないのな」
男は生暖かい目でユキノを見た。
「何が、でしょうか」
「それはお前の同胞に頼まれたのか?」
「いえ……」
「つまり、お前の判断で、自己犠牲ってわけか!!」
「そうです」
「なるほど、こりゃあ傑作だ!!」
男は手を叩いて大笑いした。
「的当ての成績は良いのに、当人は的外れな事ばかりとは!!
悪いことは言わん、お前に関しては道具に徹した方がいいよ」
「何が可笑しいのですか」
「見る目が無いって言いたいんだよ。
世間知らずのカヤに頼ったのもそうだ。あいつに付き従ったところで、秘密警察みたいなことをやらされるのがオチだったろうよ。
真の名刀や聖剣は担い手を選ぶ。SRTに居た頃のお前は、担い手を選ぶ必要が無かったから、完璧なんて言われてたんだな」
男の指摘に、ユキノは唇をまっすぐ横に結ぶだけだった。
「では、貴方は彼女らの担い手に相応しい、と」
「当然だ。魔剣は担い手が居て真価を発揮する。
だというのに、お前と来たら……」
くつくつ、と男は笑う。
本当に鈍い、とユキノを憐れむように。
「私は、何を間違えたのでしょうか」
「なら一つ聞くが、SRTの復活は誰がお前に頼んだんだ?
お前の部隊の奴らか? それとも後輩達か?」
「……」
「そうとも、全てはお前のありがた迷惑に過ぎなかった。
SRTはお前らが襲撃事件を起こす前から、危険視されていたらしいな。
それをお前達が証明したんだ。こんな笑える話は無いだろう?」
ユキノは無意識にこぶしを握り締めていた。
そう、SRTの閉鎖はユキノ達の襲撃事件の直前の事だ。
彼女達の行いは、カヤの思惑を抜きにすれば、SRTの危険性を危惧した行政官達の言葉に正当性を持たせるだけだった。
「カヤの奴にすれば、お前達の退路を断つ思惑もあったんだろうが、まあ全て終わったことだな」
「でも、私達……私にはああするしかなかった」
「自惚れるなよ。誰がお前達に頼んだと、そう言っているだろうが」
ユキノの瞳から、涙がこぼれる。
そう、結局は彼女の独り相撲。
ただ自分の墓穴を掘って、その泥でSRTの看板に泥をぶっかけただけだった。
彼女は、自らの栄光を穢しただけだった。
「殆どのSRT生がヴァルキューレ警察学校への転校を了承した。
そんな彼女達が、SRTに戻りたいからあんたに手を汚してくれ、そう頼んだのか?」
「違い、ます」
「なあいったいどんな説得をしたら、お前の自爆にお仲間を付き合わせられたんだ? 後学の為に教えてくれよ」
「ッ……私はッ」
「いいか、テロリストは全員ゴミクズだ。
お前はSRTの看板をゴミクズにした。仲間をクソ以下の汚物にした。
騎士の剣は何を切るかによって切れ味を変える。
お前達はもう優れた道具ではなく、買い手のつかないナマクラなのだ」
だが、と男は立ち上がり、涙を流すユキノの顔に触れた。
「―――俺なら、お前達を魔剣に鍛え直してやれる」
「それはッ!?」
「俺の左腕になれ、そして俺達と共に来い」
それは、勧誘だった。
ユキノは目を逸らそうとするが、男の手は正面を見ることしか許さない。
「お前の何が悪かったのか?
それは連邦生徒会を襲撃したことなどではない。
自らの尊厳を、他者に委ね、売り渡したことが間違いだったのだ」
「だが、私達は軍人で……」
「ああ勿論、それを否定してるわけじゃない。
人間は弱い生き物だ。司令官が責任を持つことで、殺人と言う罪悪感から兵士に逃げ道を用意する。
兵士の殺人は国家の責任。そうしなければ、ヒトは殺人と言う罪に押しつぶされてしまうからだ。
お前は確かに、教本通り完璧だったのだろう。
だが、それはヒトの在り方ではない。だから教本から外れた瞬間、お前は間違えた。
――お前は結局、世間知らずの子供だったわけだ」
それが、ユキノという少女の正体だったのだろう。
彼女は軍人として、正しくあろうとして、空回りをしていただけだった。
「愚かな男の話をしてやろう。
世界中の全ての人間を滅ぼす程の災厄に最期まで挑んだ男の話だ。
その男は多くの仲間を犠牲に、最後の一人になるまで戦った。
自分が覚えている限り、仲間達が存在したことが消えるわけではない、そう考えたからだ。
だが、それも限界が来た。
死の淵でその男は女神に遭った。女神は言った。もう戦わなくてもいい、苦しまなくてもいい、私が全ての苦しみを消し去り癒してやろう、と」
「その男は、それを受け入れたのですか?」
「まさか!! 断じてお断りだって言ったんだよ!!
――神になどに、自分の苦しみや悲しみを、くれてやるものかとな!!
忘れることこそ、最後の尊厳の冒涜であると男は思ったのだ」
男の視線が、まっすぐユキノに突き刺さる。
だが男は芝居がかった口調で、マンガのセリフを諳んじる。
「私は私の意思がある限り、たとえガラス瓶の培養液に浮かぶ脳髄が私の全てだとしても!!
きっと巨大な電算機の記憶回路が私の全てだとしても、私は人間だ。
人間は魂の、心の、意思の生き物だ」
「ッ!?」
「……俺は常に、俺の意思で戦う相手を決める。
善悪や正義など気にしたことなど無い。それでも俺の可愛いこいつらは俺に正義を見出し、付き従ってくれる。
お前は意志を持たない道具だって? 嘘を吐くな!!
お前はお前の意志がある。お前は戦う相手を選べる!!
意志の無い者が、戦いなどできるものか。誰かを助けたいなどと、思うものか!!
矜持や誇りが無い者が、なぜ正義を語れる? ただの道具に正義などあるモノか。主婦か殺人鬼かで、包丁の意味は変わるのだからな」
「私は……私は!!」
「お前は何でもすると言ったが、そんなのは必要無い。
俺がお前を惚れさせてやろう。それが俺の矜持で、甲斐性だ。
だから、二度とお前は自分を安売りするような言葉を吐くな」
そう言って、男はユキノの顔を突き放すように手放した。
「今度こそ、仲間と共に決めろ。
ナマクラのまま心に影を落として生きるか、俺の左腕になるか」
「……わかりました」
ユキノは頭を下げて、部屋から立ち去った。
「結局のところ、狐は狼に狩られる側に過ぎないのですね」
トリコは見た。
去り際のユキノの表情が、熱っぽかったのを。
男は間違いなく、ユキノの本当に欲しいモノを与えられる。
そして彼女の決定に、残りの三人も従うだろう。
「しかし、ボス。FOX小隊がSRT部の顔になる予定ですよね?
流石に彼女達が抜ければ、先生も訝しむのでは?」
「安心しろ、ちゃんと抜け穴は用意してある」
ウズの問いに、男はニヤリと笑って返した。
それは、狐の巣穴を見つけ、狩りの大詰めを迎えた狼の笑みだった。
最近は寒暖差が激しいせいか、風邪を引きました。
吐き気が酷くて、職場に迷惑をかけてしまいました。
次はちょっと更新に間が空くかもしれません。
高評価や感想があれば、モチベーションの維持と励みになるので、良ければお願いいたします。
ではまた、次回。