※この作品はR-18です。

キヴォトスに墜ちた悪魔   作:やーなん

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ドッペルゲンガー

 

 

 

 

「抜き打ち身体検査ぁ? なにそれ」

「私もよくわからないのよ」

 

 いつものゲーム開発部、部室でゲームをしていた面々にユウカはプリントを突き付けた。

 

「なんでも、生徒の今の状態を検査して、データを取りたいんだって。

 とりあえず、数の少ない部活動から順番にって」

「なんでわざわざ部活単位でなの?

 普通こういうのクラス単位とかじゃないの?」

「抜き打ちだから、こっちも準備が整ってないのよ。会長命令だから、こっちも仕方なくね。

 だから、まずは少数のところからって話になったの」

 

 モモイ達に愚痴るユウカだった。

 先日、急にすることになった抜き打ちの身体検査。

 

 定例会議でリオの宣言し、そのまま決定となった。

 当然予算を組むのはユウカで、その結果仕事が増えた。愚痴の一つも言いたくはなるだろう。

 

「そう言うわけだから、あなた達は一時間後体育館ね。

 普段ゲームばかりしているあなた達の健康状態が、今から楽しみだわ♪

 サボったら来月の部費はゼロだから」

「そんなの、横暴だ!!」

「卑怯だぞ!!」

「お黙りなさい!!

 普通に病院に行って健康診断したら結構掛かるのよ!!

 それをタダで学校がやってあげるんだから、大人しく受けなさい!!」

 

 立ち去るユウカに、守銭奴ッ、業突く張りッ、ふろふき大根ッ、と罵倒する双子。

 

「身体検査とはなんですか?

 あたらしいレイドイベントですか!?」

 

 当然、アリスがそれに反応した。

 

「あー、なんて言ったらいいのかな。

 身体が健康かどうか調べるみたいな?

 あっでも、アリスの場合はどうなるんだろう」

 

 彼女に説明をしようとしたミドリは思った。

 アリスは機械なので、健康診断の意味があるか分からないのだ。

 

「アリスがロボだってこと、みんなしってるわけじゃないよね」

「うーん、こういう時は、先輩達を頼って、なんとか人間っぽいデータに偽装して貰おう!!」

 

 ユズの言葉に、モモイがそんなことを言い出すと。

 

「ふふふ、そんなことだろうと思ったよ!!」

「その声は、ウタハ先輩!!」

 

 バーン、と扉を開けてウタハがゲーム開発部の部室にエントリーした。

 

「アリスの健康診断だが、我がエンジニア部にて請け負おう!!

 その代わりと言っては何だが、無難なデータをこっちでセミナーに提出しておく。

 これでも業者には伝手があってね」

「本当ですか、ウタハ先輩!?」

「ああ、正直アリスの身体が心配なのは本当だからね。

 なにせ、メンテナンスらしいメンテは受けてないのだろう?」

「はい、確かにその通りです」

 

 アリスの肯定に、そうだろうそうだろう、とウタハは頷いて見せる。

 

「と言うわけで、任せて欲しい」

「はーい、お願いします」

 

 ユウカとは信頼度が違うのか、ウタハの言葉をまんまと信じ込んだ四人だった。

 

 

 

「なんだか、騙したみたいでイヤですね」

「仕方ないだろう。セミナー会長の命令だ。

 彼女に睨まれて、ミレニアムでは活動できない」

 

 エンジニア部の部室で、アリスは様々な機械で検査を受けていた。

 ウタハとコトリがその様子を眺めている。

 

「それに、こちらの予算を三倍にしてくれると言っていた。

 セミナーにアリスのデータを提供すれば、そう、新たなロマンが幕を開ける」

「それは勿論、――――量産型アリスの制作ですね!!」

「勿論だとも!!

 妹として愛でて良し、一緒にお買い物をしても良し、ついでに戦闘もこなせるパーフェクトなアリスの量産タイプでミレニアムを埋め尽くすのだ!!」

 

 頭の良いバカどもはきゃっきゃっし始めた。

 

「でも、流石に自爆機能は付けないようにしよう」

「む、むう、そうだな。流石に自爆機能は可哀想だ」

 

 一人だけ静かだったヒビキが苦言を呈する。

 ウタハは明後日の方に視線を泳がせた。

 

「とりあえず、オプションパーツについて議論しよう」

「少なくともメイド服は外せませんね」

「全員にハンドタイプのレールガンを作成して持たせよう」

「なんかハンドレールガンって聞くと産廃な香りがしますね!!」

 

 こうして、アリスの身体データがセミナーに送られ、リオの下に届けられた。

 

 

 

 

「流石は名も無き神々のオーパーツ。

 内部構造の詳細を得られても、どのパーツがどのような役割を果たしているのか概ね理解できても、同じものを再現するには数倍の体積を要するでしょうね」

 

 リオは完全に外部から遮断された秘密のラボにて、アリスの構造データを解析していた。

 その結論は、明白だった。

 

 即ち、再現不可能。

 

「これなら、綿で出来た粗末な人形が独りでに動いている、と言われた方がまだ理解できる。

 機械で出来ているというだけの、完全な理外の代物だわ」

 

 例えるなら、ブリキの人形が意志を持って歩いて喋るようなものだった。

 

『おや、諦めるのか、リオ』

「……」

 

 そしてそれは、男から受け取ったディスクも同じことが言えた。

 

 無名の司祭たちの技術に誰よりも理解があると自負するリオでも、これにはその技術の一部が使われている、とだけしか理解できなかった。

 

 モニターには、男の顔が映っていた。

 男はにやにやとリオをカメラ越しにリオを見ていた。

 

『俺はお前を見込んで、頼んだのだ。

 お前しかできないと。だから、あんななりふり構わず、手段を用いた』

 

 人間のAI化を可能とするデータの羅列。

 それらの法則性を、規則性を、共通点を見出す。

 

『お前は、替えが利かない。

 だから俺達はお前を望んだ。大人の仕事は遊びじゃない。失敗できなかった。だから、お前には、謝らなければならない』

「いい迷惑よ」

 

 まるで監視されているかのようで、気分が悪かった。

 

 リオはアリスのデータから、ディスクの分析結果に目を通す。

 彼女の明晰な頭脳は、それが二つのデータによって分別されていることに気づいていた。

 

 そして思った。改良できる、と。

 

「まるで和洋中の料理が同じ皿に一緒に出されたみたい。

 このディスクのデータの制作者は、それぞれ別系統の技術を組み合わせて作ったみたいだけど、これでは別々の料理を同じ皿に乗せただけ。

 私なら、それぞれのレシピを統合し、一つのレシピにできる」

 

 不本意な仕事だが、リオはもうそんなことはどうでもよくなった。

 彼女は千年問題に挑む科学者。

 悪魔に魂を売った科学のともがら。

 

 あんな出会い方でさえなければ、きっと彼女はあの男に感謝さえしていたかもしれない。

 人間の生命、神秘への冒涜。

 

 その真理へと、彼女はこのキヴォトスの誰よりも迫っていた。

 

「“精神”と称するデータファイルはいい。膨大なテキストデータのようなものだから。

 だけど、この“魂”と定義されたデータは、なんなの。

 これは、これはまるで、ゲームのレイアウト画面……」

 

 なぜこれで、こんなにも人格を再現できるのか、リオには理解が出来なかった。

 だが、反証を繰り返し、真に迫ることはできると彼女は考えた。

 

 細部にこそ神は宿る。だからこそ彼女は自分の任された仕事以上のクオリティを求めた。

 

『リオ。俺はお前の、理解者になってやりたい。

 お前の孤独は、理解できる。お前は、それを完成させるだろう。

 その時が、訪れれば、きっと――』

「これ以上余計な口を開くと、これを消去するわ」

『くくく、お前には、出来ないさ。

 お前は、気づいていない。俺が求めた以上の、結果を、既に齎している。俺や、俺の友人たちの見立ては間違っていたようだ』

「……」

『だが正直、お前がもうちょっと俺好みの身体だったらなぁ。

 ……いや、えり好みはいけないとアルで学んだではないか。アコやハナコはダメだったが、案外あんたならイケるのでは?

 試しにその無駄なデカチチの弾力性を測定してみせ――』

 

 リオは冷たい表情で、モニターの電源を落とした。

 ついでにこちらに見る為のカメラの電源も消した。

 

「これが完成したところで、災厄に対抗できるとは思えないけど……」

 

 かつてゲマトリアは神を創ろうとした。

 対して、これは人間を一人増やすだけというだけ。

 その合理性の無い行為を、リオは理解できなかった。

 とは言え、知識の探求に彼女は妥協はない。粛々と、彼女は作業を進める。

 

 しかしこの時、リオは単純な事実に気づいていなかった。

 巨人が小石に気づけないように、ある意味当然のことに。

 

 人間をAI化するというツールで、それをどうするのか?

 気づかぬうちに真理に魅了されていたリオは、そんな小さなことにも目がいかなかったのだ。

 

 

 

 §§§

 

 

「……どうやら順調のようだな」

 

 男はリオから送られる進捗を確認し、笑みを深める。

 彼女ならやり遂げるだろう、という確信が彼にはあった。

 

「歩きスマホは感心しませんよ」

「おっと、悪いな。

 今日は連邦生徒会の各室との連携を密にする為の話し合いだったか?」

「ええ、連中に私の存在感を示してやりますよ」

 

 カヤの後ろを追従する男は頷いた。

 

「さて、最初は交通室です」

 

 そう言うわけで、二人は交通室に出向いた。

 

 

 

「カヤ室長も真面目だよね。

 最近、力み過ぎてない?」

「あなたが不真面目なだけですよ」

 

 交通室の応接間で対応に出たモモカに、カヤは苦言を呈した。

 

「私は聞いていませんよ。

 月に数度も列車ハイジャック事件も起こってるなんて!!」

「部署が違うんだもん、仕方ないじゃん。

 報告義務も無いし、その代わりこっちで処理してるでしょ」

「面倒ごとはシャーレに丸投げしてるって聞きましたけど」

「その為のシャーレでしょ?」

 

 モモカはカヤの真剣な態度を意に介さない。

 会談中なのにポテチまで食べ始める始末だった。

 カヤがその態度に頬が引きつったその時である。

 

 モモカのスマホに着信が入った。

 

「あー、はいはい、もしもしリン行政官?

 ああいつもの奴ね。適当に処理しておくから、資料送っておいて。

 今会談中だから。うん、ちゃんと仕事してるの。もうすぐランチだから、それが終わったら先生に連絡しておくから。じゃあねー」

 

 モモカはスマホの通話を切った。

 

「いつもの奴とは、まさか……」

「うん、またハイジャック。いつもの積み荷を狙った犯行だよ。

 今回は派手な方かな。乗客も抵抗して、負傷者多数だって」

「まるで人身事故みたいな扱いだな」

 

 男は唖然としているカヤを後ろから見下ろし、ぼやいた。

 カヤが知らないと言うことは、ニュースにもなっていないのだろう。

 もうそれだけ常態化しているということだ。

 

「犯人は逃げちゃったらしいから、現場の資料を先生に送ってSRT部に後は任せるよ。

 カヤ室長、彼女らの出動の承認はお願いねぇ」

「ええ、それは勿論承りますよ」

 

 そもそも、こうしてカヤが交通室に来ているのは、モモカが列車ハイジャック事件を毎回SRT部に投げているから気づけたのである。

 この状態をこのままにできるほど、カヤは不真面目ではなかった。

 

「それで、対策はどうなってるんですか?」

「どうやって? キヴォトス中の広大な交通網をヒトを雇って見張らせるの?

 各自治区まで路線は繋がってるのに、効果的な対策なんて無理に決まってるじゃん。

 予算はどこから出てくるの? どうしてもやりたいなら防衛室でやってよ、他の役員には話を通しておくからさ」

 

 ぽりぽり、とポテチを食べながらモモカは答えた。

 彼女の言葉は理路整然としていて、現実を見ていた。

 

「交通室の権限と、各自治地区の自治権と衝突するわけですね。

 連邦生徒会という組織の、構造的欠陥ですね」

「ま、そういうこと。対処療法しかできないってわけ」

「……アップルマンさんの意見を聞かせてください」

「特に無いな。各自治区に警備の強化を依頼するほかないだろう」

「でしょうね」

 

 だからこそ、ハイジャック犯は狙い目だと常態化しているのだ。

 こればっかりはモモカの責任ではない。

 

「だが」

「だが?」

「お前はなぜそんな平気な顔をしていられるんだ?」

 

 男の目が細まった。

 

「はあ? なに言ってるの、おじさん」

「負傷者が出て、積み荷が奪われた。

 彼らの痛みや苦しみ、そして事業が滞って損失を出した企業の苦悩を想像できないのか?」

「やったのはハイジャック犯どもじゃん」

「そうだよな。実際に体験しないとわからないよな」

 

 カヤは、見ていることしかできなかった。

 

 男が、モモカのポテチ袋を奪いそれを口に押し付けてソファーに押し倒し、銃を額に突き付けたのを。

 

「な、何をしているんですか!!」

 

 突然キレた男に、カヤは困惑した。

 

「んんッーー!! んんんッーー!!」

「ああお前の責任じゃないとも!! すぐに解決できないから仕事を割り振るのも当然だ!!

 だが被害者たちの苦しみを、なぜ理解しようともしない!!

 少しでも彼女らに寄り添おうとは思わないのかッ!!」

 

 口を塞がれ、もがくモモカに男は物凄い剣幕でまくし立てた。

 

「今お前が味わっている恐怖が、彼女達の恐怖だ!!

 俺は別にお前に無理をしろとも、もっと仕事を頑張れとも言わない。

 だが、自分の仕事に誇りを持たない奴の言葉は信用できない」

「止めてください、アップルマンさん!! 止めて!!」

「お前のような奴が責任者面して我が物顔で蔓延っているなど、虫唾が走るんだよ!!」

「私も同じ気持ちです、だから冷静になって!!」

 

 カヤが男の後ろに抱き着いて、止めようとするが男は微動だにしない。

 

 モモカの顔色が蒼くなった頃、男はポテチの袋を床に投げ捨てた。

 食べかけの中身が、床に散らばる。

 

「ハイジャック事件が起こる度に、俺の事を思い出せ。

 その恐怖の内側から、俺はお前を見ているぞ」

 

 酸欠だけとは思えない真っ青な表情で、モモカは頷いた。

 そして、そのまま大声で泣き出した。

 

 男の怒鳴り声と異変を察知して、周囲が騒ぎ出す。

 

「……最近、こうやってガキを泣かせてばかりだな」

「とりあえず、形だけでも拘束させてください」

「ああ、先生に迷惑を掛けるな……」

 

 男はカヤに銃を渡した。

 すぐに警備が駆けつけ、男は拘留されたが先生が迎えに来て即日解放された。

 

 

「“事情は聴いたよ。

 気持ちはわかるけど、手を出しちゃいけないよ”」

 

 相手は子供だしね、と先生は苦笑気味にそう言った。

 

「本当ですよ。私が手を回さなかったら大事になっていたんですからね!!

 尤も、あなたの連邦生徒会の出禁は免れませんでしたが」

「悪かったよ。昔見たクソ独裁者の下の役人があんな感じでな。

 お前に止められなかったらあのクソ野郎みたいにぶち殺してたかもな」

 

 ぷんすか、と怒っているカヤに、男は頭を下げた。

 

「私もあの態度には怒りを覚えましたとも。

 あの顔に銃弾をぶち込んでやりたいともね!!

 ですが我々はプロフェッショナルです、違いますか!?

 プロが仕事を感情で台無しにしますか!! ねえ!!」

「ああ、そうだな」

 

 カヤにまくし立てられ、男は流石に辟易としてきた。

 

「“……最近の君は、変だよ”」

「そうかもな」

 

 先生にまで心配され、男はばつが悪そうに顔を逸らした。

 

 

 

 §§§

 

 

「どうした、その程度か!!」

 

 先生は子ウサギ公園に赴くと、いつものように怒号が響いていた。

 Wolf小隊の面々が、RABBIT小隊の四人に訓練を施しているのだ。

 

「“今日はナバトか、大変だなぁ”」

 

 ほぼ毎日、代わる代わるWolf小隊の隊員たちが彼女達の面倒を見ているのである。

 そして今日の担当はナバトらしく、あの男よろしく行軍練習をさせていた。

 

「“ナバト、差し入れを持って来たよ”」

「ありがとうございます、先生。

 総員、駆け足ヤメ!! 先生からの差し入れだぞ、ありがたく受け取れ!!」

 

 はいッ、とRABBIT小隊の四人は走り込みを止めて先生の差し入れを受け取った。

 

「ちッ、コンビニ弁当か。

 廃棄もそろそろ食べ飽きた頃なのに、他にレパートリーは無いのか」

「サキ、文句を言うものではありませんよ。我々には補給手段は限られているのですから」

「要らないなら私が貰うけど?」

「要らないとは言ってないだろ!!」

 

 差し入れのビニール袋に群がる三人、ミユはそれに加わろうとあたふたしていた。

 

「“実は別の時間に行くと、おにぎりやサンドイッチ、菓子パンとかの廃棄も出るんだよ”」

「なにッ、それは本当か先生!?」

「そんな重要な情報をなぜ今まで黙ってたんですか」

「ああ、やっと甘味にあり付けそう」

 

 今度は先生に詰め寄るサキとミヤコ。

 多種多様な菓子パンに思いを馳せているモエ。

 その隙にちゃっかりミユはお弁当を確保していた。

 

「……先生、ちょっとよろしいですか?」

「“うん? 大丈夫だよ”」

 

 先生はナバトに連れられ、少し離れた場所に移動した。

 

「……先生も察しているでしょうが、最近のボスはちょっとおかしい」

「“うん……”」

 

 不安そうなナバトに、先生も頷いて見せた。

 

「ここ最近、なにやら私達にも隠れて何かをしているようなのです。

 トリコ姉さんは、私達が知る必要が無いだけ、としか言わないけど、一番彼女が不安そうですし」

「“多分、私にも言えないことをしているのかもね。いつものことだし”」

「ええ……」

 

 ナバトは先生の言葉に、曖昧に濁した。

 

「我々がこの話をする意味を、どうか察してください」

「“うん、私が個人的に探りを入れるだけだから”」

「……ありがとうございます、先生」

 

 ナバトは頭を下げた。

 

「これは独り言ですが、ボスは先ほど用事があると出かけました。

 ここ最近ずっと、18時前までにほぼ毎日です」

 

 それを聞いて、先生はそう言えばと男に思い当たった。

 ここ最近、彼は時間を作ってはどこかに通っているのを。

 

「“じゃあ、RABBIT小隊の四人は任せたよ”」

「はい、お任せください」

 

 そして、先生はすぐに行動に移した。

 

 

 

 

 

 そうして、先生はあちこち調べ回り、トリニティ自治区にある小さな診療所に辿り着いた。

 小さな、と言ってもトリニティ基準だ。

 

 先生がその診療所に入ると、ピアノの音が聞こえた。

 生徒がピアノを弾き、年老いたキヴォトスの住人が席に座ってそれを聞いている。

 

 診療所としての機能ではなく、介護施設としての側面もあるのだろう。

 ボランティアの生徒が慰問をしていた。

 

「か~な~ら~ず~、僕ら~は出会うだろう♪」

「……」

 

 先生はピアノを弾いている生徒の頭上の蛍光灯は見ないことにした。

 

「先生?」

 

 とりあえず受付で男の事を聞こうと思った先生は、聞き覚えのある声で振り返る。

 

「“セリナ?”」

「はい。この救護騎士団の仕事で診療所に慰問に来ているんです」

 

 そこに居たのはセリナで、先生は彼女の説明にとりあえず納得した。

 

「先生はなぜこちらに?」

「“ここに、彼は来ていないかい?”」

「……本来、患者さんの個人情報は明かせないことになっているんですが」

 

 その言葉に、まさか彼が病気なのか、と先生は思ったのだが。

 

「ミネ団長が、もし先生が来られるようなことがあれば、と。

 案内いたします。あの人も、今来ています」

 

 セリナの案内で、先生は診療所の奥にある病室に辿り着いた。

 彼女の案内はそこまでだった。先生に一礼をして、立ち去る。

 

 そして、先生は病室の扉をノックする。

 

「入れ」

 

 男の声だった。

 先生は扉を開けた。

 

「その足音、先生か」

 

 真っ白な病室。

 白いシーツと毛布に包まれたベッド。

 その上に眠る少女を見て、先生は目を疑った。

 

 

「やはり、いつまでも隠せないか」

 

 生命維持装置に繋がれた少女の側に置いた椅子に座っていた男が立ち上がり、振り返った。

 

 先生は、男と少女を何度も見比べた。

 

 凄まじい既視感(デジャビュ)。

 先生は少女と初対面の筈なのに、心に沸いた感情は親愛だった。

 

 まるでずっと知り合いで、一緒に居たかのような、言葉にできない感情だった。

 

「驚いただろう?」

 

 男はテーブルの上に置いてあった資料を手に取り、先生に手渡した。

 それは彼女のカルテと、彼女の身辺の調査資料だった。

 

 先生は、その一番上にある彼女の名前を口にした。

 

 

「“―――― 落合 リンゴ ”」

 

 その名前が、少女の正体と違和感の全てだった。

 

「“そ、そんなバカなッ”」

「現実を見ろよ、先生。

 DNAや脳波、経歴もすべて一致した」

 

 言われて、経歴に目を通す。

 

「“……金銭トラブルで引きこもり、そのまま中学校を卒業”」

 

 同じだった。

 以前聞いた、あの話と。

 

 

「そうだ。この少女は、俺のドッペルゲンガー。

 キヴォトスにおける、もう一人の俺だ」

 

 男は愛おし気に彼女の頭を撫で、その頭部の狼耳の毛並みを梳いた。

 

「“そんな……そんなことって……”」

「別におかしい事じゃない。俺の故郷では、魂についての研究が進んでいてな。

 聞きかじったところによると、同じ魂は別の世界や並行世界に等に必ず一つは存在するのだという。

 それは動植物かもしれないし、持ち主に愛された物品に宿っているかもしれない」

 

 男は目を閉じ、言った。

 

「――自分とは性別が異なる、少女かもしれない」

「“……”」

「この子は、俺なのだ」

 

 同じ魂を有する、同一人物。

 この二人は性別と年齢が違うだけで、同じ存在。

 

「先生、あんたがこのキヴォトスの住人ではない、と知ってまずそこを俺は疑って、ヒマリに調査させた。

 結果、お前の同一人物は見つからなかった。

 だが、ヒマリは見つけてしまった。俺の半身を。流石に俺も驚いたよ」

「“じゃあ、この子の原因不明の昏睡状態の原因は”」

「俺だろう。恐らくは」

 

 先生は己の心臓が鷲掴みにされるような気分になった。

 

「ホシノ達に確認してくれればすぐに分かる。

 俺がこの地にやってきたその日に、この子は意識不明に陥った。

 普通こう言うことは起きないのだろうが、俺とこの子は近すぎた。

 同じ世界に、同じ人間は二人存在してはいけない。それは矛盾なのだから」

「“……君は、どうするつもりなんだい?”」

「無論、すぐにでもキヴォトスから離れるつもりだ。

 ある生徒とそういう契約をしたんだが、それ以前から決めていたことだ」

 

 それは男の揺るがぬ意志で、そう決めたようだった。

 

「“Wolf小隊の皆には、そのことを言ったのかい?”」

「ふッ、最後ぐらい格好つけさせてくれよ。

 この病室を用意してくれてナギサや、ヒマリは察してるだろうがな」

「“何も言わず、去るつもりなんだね”」

「永遠の別れじゃない。大人になれば、いずれ会えるだろう。

 手紙くらいは送るつもりだしな」

「“そうか。寂しくなるね”」

 

 先生は男の事を尊重した。

 多分、自分が同じ立場でも、同じ選択をしただろうから。

 

「先生、あんたを友と見込んで頼みがある。

 この子を、もう一人の俺を、――リンゴを頼む。

 俺にできるこの子への償いは、俺が奪ってしまった以上の青春を用意するほかないと思ってな」

「“わかったよ、友よ”」

「ありがとう、友よ」

 

 男は目を閉じた。

 

「神曰く、人体にDNAがあるように、魂にも才能のDNAのようなものが存在するらしい」

「“それって、つまり……”」

「ああ。この子には、俺と同じ呪われた忌まわしい才能が眠っているのだ」

 

 男は確信をもって、そう現実を突き付けた。

 

「先生。この子を頼むよ。

 俺が出来なかった青春を送らせてあげてくれ。

 俺になるかもしれなかったこの子の、呪われた未来の俺を、どうか消し去ってくれ」

 

 先生は、ただただ頷いた。

 彼のような存在を消し去って欲しい、それがかねてよりこの男の願いだった。

 

 先生は、彼の願いを汲んだ。

 

「“リンゴのことは、私に任せて”」

「……ああ、安心した」

 

 それを聞いて、男は年老いた老人のように微笑んだ。

 

 全てを知った先生は、病室を出た。

 ピアノの音色と、歌声が聞こえる。

 

「約束は、果たされる~♪」

 

 先生は気づいた。

 それは以前、男がゲーム開発部に持ってきた、RPGの主題歌だったな、と。

 

「僕らは、ひとつになる~♪」

 

 先生は男の語ったそのゲームの物語の結末から目を逸らすように、診療所を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「後ろ足で泥を掛けるようで申し訳ないが、俺の置き土産を受け取って欲しい、先生」

 

 自分の合わせ鏡のような少女を撫でながら、男は言った。

 

「不知火カヤ。あいつの善性と悪性を俺は知った。

 奴の犯した罪を、そして先生。俺はあんたへ、最期の試練を与えよう」

 

 ほんの僅かに、眠れる少女の眉が動いたような気がした。

 

 

 

 

 

 





唐突に明かされる、謎の少女の正体。
そして当然ですが、この章は次回で一旦区切りを迎えるつもりです。丁度十話になりますし。

そして次章のタイトルは、『ニュートンのリンゴ』。
それが、全てです。
内容は原作には無いストーリーにする予定です。その間に、サイドストーリーを挟もうと思います。今の章じゃウサギさんたちの出番が少ないので。

次回、カヤ虐ついでに先生虐。
ではまた、次回。
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