「“……”」
D.U.に存在する中で一番大きな葬儀場に、先生は喪主として立っていた。
参加している生徒たちに、普段の改造した制服を身に纏い、銃を着飾ったりしている姿は居なかった。
千人は優に入れる葬儀場は、急な日程にも関わらず満杯になるほどだった。
あちこちから、生徒たちのすすり泣く声や、感極まって大声で鳴く声も聞こえる。
この三日は、先生にとって人生で一番辛く、長い三日だった。
先生は、今日までの出来事を振り返った。
「これは、一体どういうことですか……?」
先生が最初に頼ったのは、RABBIT小隊の四人だった。
「“皆に、お願いがあるんだ”」
すぐ近くにキャンプしている都合上、すぐに駆け付けてくれると踏んだ先生は、真っ先に到着したミヤコとサキに頼み込んだ。
「……これは、自殺か?
筋肉の硬直具合から、腹部の銃傷は致命傷だが死後の傷じゃない」
唖然とするミヤコに先んじて、サキが行動に移した。
工事現場にあったビニールシートを顔に掛けられた男の死体を検分する。
流石は特殊部隊と言うべきか、或いは普段なら死体を目の当たりにすれば狼狽えそうな彼女の非日常のスイッチが入ったのか、冷静に状況を分析していた。
「……先生、私達に、何をしてほしいのですか?」
先生と膝を抱いて顔を埋めて泣いているカヤを交互に見て、ミヤコが尋ねる。
尋常じゃない状況に、ミヤコも余計なことは問わなかった。
「“……偽装工作をお願いできるかな?”」
「具体的には、どのような?」
先生は二人に要望を伝えた。
彼の要請を、RABBIT小隊は忠実に実行した。
「あなたはまともだと、そう思いたかったですよ。カヤ室長」
先生は秘密裏にリンと連絡を取って、無理を言って政務を抜け出してきてもらった。
RABBIT小隊の確保した機密保持の為の地下室で、先生はカヤと共に彼女を出迎えた。
「……」
「事態を大きくしなかったのは、良い判断ですよ。先生。
今の連邦生徒会の有様で、室長クラスが殺人事件なんて起こしたとなれば、もはや我々の信用は回復不可能な状況に陥るでしょう。
しかも、その相手がキヴォトスの安全保障を担う重鎮ともなれば」
リンは心底面倒くさそうに溜息を吐いた。
「“彼はカヤを狙うテロリストに襲われ、彼女を庇って致命傷を負った。その痛みに耐えかね、死期を悟った彼は自ら命を断った。
……そういう偽装工作を頼んである”」
「美談ですね。彼は英雄として、世間に報道されるでしょう」
「“それ以外で、彼女を守る方法は思いつかなかった”」
「……」
「カヤ室長」
借りてきた猫のように黙り込んでいるカヤに、リンは話しかけた。
びくり、と彼女は怯えたようにリンの顔を見上げた。
「あなたが私を疎ましく思っているのは理解していました。
それでも、いつか分かり合える日が来ると、そんな淡い願望も抱いていました。
この事件は、内々に処理します。表向きは何事も無かった、そう言うことにします」
「……リン行政官」
「今、貴女の席が空くと、連邦生徒会は瓦解します。
SRT部はもはや、我らの生命線なのですよ。
あなたの苛立ちは理解できます。ですが、貴女は自分の立場を弁えて軽挙妄動を控えてください」
リンの対応は、まさに事務的だった。
「……貴女は、私を責めないのですか?」
「ではあなたの頬を引っぱたけば解決するのですか?
あなたにはこれからも防衛室の業務をこなしてもらわなければなりませんから」
「……私を、軽蔑しないのですか」
「そんな余裕は、今の我々にはありませんよ」
リンの視線はどこまでも冷たかった。
罪悪感に押しつぶされそうになっているカヤを、ただ目を細めてみていた。
「……リン行政官。私は人を殺めかけました。然るべき罰が必要なはずです」
「これまで政敵を蹴落としておいて、いざ自分の手が汚れたら罪悪感でも湧きましたか?
随分と、破廉恥なのですね」
「返す言葉も、ありません」
「ならば、こうしましょう。カヤ室長」
随分と重い枷を掛けたものだ、とリンはあの男の悪辣さに眉を顰めた。
「あなたの処遇は、いずれ連邦生徒会長に決めて貰いましょう」
「──ッ!?」
カヤはリンの言葉に、顔を上げた。
「それまで、退任など許しませんよ。
私と共に、連邦生徒会を、キヴォトスの平穏の為に尽力しなさい」
「うッ、ううぅ、ううううぁぁっぁぁ!!」
リンは泣き崩れるカヤを見てから、先生を見た。
彼はただ、リンを見返して頷くだけだった。
一番辛いのは先生の筈なのに、彼は“先生”としての職務を貫いていた。
薄暗い病院の霊安室。
男の顔を覆っていた布を退けると、Wolf小隊の四人は崩れ落ちた。
「ボス、遅れてすみません。
我らも共にそちらに向かいます!!」
トリコの言葉に、残り三人も迷わなかった。
懐から、毒薬を取り出したのだ。
「“FOX小隊のみんな!!”」
先生に言われるまでも無く、同席していたFOX小隊の四人は動いていた。
「放してください先輩、放せぇ!!」
「お前たちの気持ちは痛いほどわかるッ、だが早まらないでくれ!!」
「お願いだから、残される私達の気持ちもわかってよ!!」
Wolf小隊の四人を抑えつける、FOX小隊の四人。
先生はこうなることを分かっていたから、彼女達も同席して貰っていた。
「“毒薬は没収だよ”」
FOX小隊が抑えつけている間に、先生は四人の毒薬を回収した。
自害の手段を奪われた四人はうな垂れたまま、先輩達に拘束されるがままになった。
「なぜ、なぜこんなことに……」
「“すべて説明するよ”」
先生は聡明な彼女達が、事件の結末に自力で至るのは難しくないと判断し、あらかじめ全てを説明することにした。
「“カヤを恨むな、それが彼の最期の言葉だったよ”」
「わ、私達の所為だ。
私達が、あの女の罰を求めたから!!」
「こんな、まさかこんなことになるなんてッ」
ウズとナバトが泣き叫んだ。
「……先生。ボスは以前こんなことを言っていました。
女性との約束と、男の友情なら、自分は男の友情を優先する、と。
女には嫌われてもどうにでもなるが、男の友情は替えが利かない、と。
……私は、貴方が恨めしい」
「“私を恨むことで、生きる理由になるならそれでも構わないよ”」
「……先生には敵わないなぁ」
恨み事を言うトリコに対して、ムツニはどこか諦めたように笑うだけだった。
「先輩方、もう大丈夫です。
私達はもう、自らの意思であちらに向かうことはありません」
「本当だね?」
ひとしきり泣いた後、トリコは言った。
ニコが尋ねると、四人は頷いた。
「まだやるべきことが残っているので」
「“やるべきこと?”」
「このキヴォトスに存在する邪悪を、一人でも多く道連れにすることです」
ああ、と先生は思った。
男は言っていた、彼女達と自分は一心同体である、と。
今この時、Wolf小隊は真に完成されたのだ。
あの男が悲劇によって、己の才能を自覚したように。
彼女達四人も、大切な人を喪うことで初めてあの男の後継に足りえたのだ。
「だから止めないでください、先輩達。先生」
「“……疲れたり、傷ついたりしたら、いつでも私達を頼っていいからね”」
「はい、ありがとうございます。先生」
トリコが四人を代表して、頭を下げた。
その日から、Wolf小隊の行方は闇に消えた。
彼女達は葬儀にも参加していない。
「奴の葬儀は、我々万魔殿が主導する」
「それはなりません、ティーパーティーが資金を投じて盛大にするつもりです」
「奴はゲヘナの英雄だ。我々が弔う」
「ですが、トリニティの恩人でもあります」
男の葬儀を巡って、マコト率いる万魔殿とナギサをホストの代行としたティーパーティーの面々が打ち合わせの場面に意見を衝突させる。
「全く関係はないが、明日の葬儀はゲヘナ学園で盛大に空砲で演習を行う予定だ。その号砲は、きっとあの世にも届くことだろう」
「そうですか」
「そちらの騒動の解決は、あくまで先生主導だと聞いたが?
ならば表立った形で功績を遺した我々ゲヘナの地で、奴は弔われるべきだと思わないか?」
「思いませんね。こればかりは譲れません」
「……」
珍しく真面目に対応しているマコトが、目を細める。
顔を覆う黒いベールのトークハットを被ったナギサは微笑み返した。
「トリニティでは、故人との関係が深いほど、その悲しみが深いほど長いベールをするそうだな。
……ここで言い争っても、死体の腐敗が進むだけ、か」
マコトはあえて指摘しなかったが、トークハットは親族……特に故人の妻がするものだ。そしてそれ以外の者が着用するのはマナー違反だった。
学生の身分で、あえてそれを着用している彼女の覚悟を汲み取れないほどマコトは愚鈍ではなかった。
「こっちは場所を確保する。D,U.なら角も立たないだろう、一番大きなところを借りて、準備をさせる。
そっちは資金の捻出を頼む。こういう割り振りでいいか?」
「良いでしょう。ただし、報道関連に関しては口を挟ませてもらいますよ」
「好きにしろ」
いい加減うんざりしたのか、マコトは軍帽を深く被った。
「そう言うことになりましたので、先生は公平に喪主として葬儀にお立合いをお願いします」
「“……わかったよ”」
立ち会っていた先生は、ナギサに微笑みかけられて頷いた。
「“ナギサ、泣きたいときは泣いて良いんだよ”」
「ご心配なく、先生。もう、涙は枯れ果てましたから」
先生は何も言えなかった。
彼はその後、男の知り合いに葬儀の通達を行い、その真偽に対する返信に夜明けまで対応した。
§§§
通夜には多くの生徒がシャーレに訪れた。
納棺された男の遺体に、彼女達は対面した。
「バカ、バカッ、ヒナ委員長を悲しませて、どうして!!」
「……一番悲しんでるのアコちゃんじゃん」
「うるさいですね!! まだ彼には私に対する色々な無礼の償いが終わってないんですよ!!」
イオリに指摘され、涙と鼻水でぐずぐずのアコが逆切れした。
「はい、ハンカチ」
「……すみません、委員長」
涙を拭くことも忘れ泣いているアコに、ヒナはハンカチを渡した。
「こんなことまで有言実行しなくても、よかったのに」
「本当にね」
安らかに眠る男の顔を見下ろし、チナツは言った。
この男はチナツに言って見せた通り、可能な限り邪悪を道連れにした。
ヒナとの約束の通り、その全てをキヴォトスの平穏に捧げた。
「帰りましょう。ここに居ては他の生徒達の邪魔になるから」
「……はい」
ゲヘナの風紀委員会の幹部たちは、そうして男の前から立ち去った。
「うッ、うううッ、びえぇぇぇぇん!!」
「ぐすッ、ううぅ、どうして、オオカミさん……」
ミドリとユズは、男の眠る棺を前にして泣いていた。
「オオカミさん、新しいゲーム持って来たよ。
そんなところで寝てないで、私達と一緒に遊ぼうよ!!」
モモイが空元気を発揮して、シャーレでの道中に買ってきたゲームを示す。
だが、死者はなにも語らない。
「モモイ、ニューゲームはどうやるのですか?」
「アリス……」
「オオカミさんはエンディングを迎えたんですよね!!
アリスはオオカミさんの二週目を実行しようと思います、どこのボタンを押せばいいんでしょうか?」
「アリスッ」
ゲームとしての死しか理解できないアリスを、モモイは抱きしめた。
「プレイヤーが減っては困ります。
ゲームに友達は付属していないんですから!!」
「う、ううッ」
モモイがアリスに顔を埋め、泣き始めた時だった。
「みんな、彼からの伝言があるそうよ」
ミレニアムのセミナーを代表して同行してきたユウカが、ゲーム開発部の四人の前に現れた。
「でも実質、遺言のようなものなのかもね」
ユウカはノートパソコンで、音声ファイルを再生した。
『俺はガキの頃、家族が犬を飼っていてな。
犬を飼うのは子供の情操教育に良いそうだ。
餌やりや、散歩、病気になったら病院に連れて行かねばならない。
その世話は多岐に渡り、子供に生命の難しさを教えるのだ。
そして、その寿命から最後に、子供に──死を教える』
男の声が、愛する少女たちに語り掛ける。
『モモイ、ミドリ、ユズ。
クリエイターとして、俺の死を糧としろ。経験の無いことを、リアリティのある描写として表現できない。
本物の死を前に、成長しろ。これがお前達に贈れる、俺の最後の贈り物だ』
ミドリもユズも、更に大声で泣き始めた。
『そして、さようなら、アリス。俺の麗しの少女。
君が命の尊さを理解する一助となれば、これ以上の喜びは無い。
じゃあな、お前達。元気で過ごせよ』
音声記録は、それで終わっていた。
「彼は本当に、あなた達を愛していたのね」
ユウカがぽつりと呟いた。
自分の死を最大限に活用しよう、という男の執念にも似た何かがあった。
「さようなら、お客様」
ユウカは最大限の敬意と共に、男に一礼をした。
「モモイ、ミドリ、ユズ。
なぜアリスの目から眼球ユニットの洗浄液が溢れるのですか?
この感情が、ゲームの登場人物たちが仲間の死を悲しむのと同じ気持ちなのでしょうか?
だとしたら、悲しみと言う感情は、なんて辛く、果てしないものなのでしょうか……」
「そうね」
ユウカはそんなアリスを抱きしめた。
彼女はゲーム開発部の四人を宥めながら、別室へ移動したのだった。
「教官、これ、私の宝物です。ペロロ様プレミアム限定仕様の、キヴォトスにたった十個しかないレアものなんですよ。
これできっと、あちらでも寂しくない筈です」
ヒフミは棺を開け、持参したペロログッズを棺に入れた。
棺の中には、ゲームや紅茶の茶葉、コーヒー豆やらと多くのモノが入れられていた。
そこにヒフミもぬいぐるみを添えた。
「さようなら、教官。あなたの教えは、わ、忘れ、ませんッ」
ヒフミは最後まで平常心で居ようとしたアズサに寄り添った。
「はい、あんたはこう言うの好きでしょ。
うちの委員会じゃ、恥ずかしがってこういうの返してって言う奴らはいないから、一緒に入れておいてあげる。
ついでに処分も出来るし、願ったりかなったりよね……」
コハルはエロ本らしき束を棺に入れた。
その後、感極まったらしく袖を目に当てて立ち去った。
「コハルちゃん……。
……教官。あなたのメッセージは受け取りました」
ハナコはコハルの後姿を見送ると、物言わぬ男を見下ろした。
「彼女の事は、任せてください。
……それでは。良い旅を」
ハナコはそれだけ言うと、二人と一緒にその場を立ち去った。
「ッ──!!」
「セリカちゃん……」
アビドスの生徒会の五人が男に顔を合わせると、堪らずセリカは立ち去った。
その両眼に涙を湛えていた。
「ごめんなさい、私も、見ていられませんッ」
次にノノミも、その場を後にした。
「……教官。私達は、大変ですけど、恐らくうまくやれています。
貴方や先生がくれた私達の居場所を、これからもみんなの居場所として頑張って守っていきたいと思っています」
アヤネはこみ上げる感情を堪えながら、カバンから林檎を取り出した。
「これ、うちの学園で所有する農園に植えた林檎です。
かつて偉大な物理学者が、万有引力を発見した際の林檎の木の植樹だそうで。
品種改良されていないので、美味しくはないそうですが……。
どうか記念に、持って行ってください」
それだけ言い切ると、アヤネは振り返って走り去った。
「さようなら、アップルマンさん。
これ、貴方用の覆面。いつか一緒に使おうと思ったけど、出来なかったね。
それじゃあ、またいつか」
シロコもずっと黙り込んでいるホシノに配慮して、覆面を棺に入れて立ち去った。
「……結局、私達はあなたに何が出来たのかな」
ホシノの独白は、誰にも聞こえない。
この場には、彼女一人しかいないのだから。
「アップルマンさん、そっちにはユメ先輩っていうちょっと頼りない人もいるかと思うけど、私達の先輩だからどうか仲良くしてあげてね~。
あは、あはは……これ、先生には内緒だよ」
ホシノはそっと、男の頬にキスを落とした。
「私にあげられるようなモノは無いから、これを持って行って。
えへへ、乙女の初めてのキスだよ~、値千金だよ~」
彼女はそんな風におどけてから、肩を落とした。
「それじゃあね、いつかまた会おうね」
それだけ言って、ホシノはその場を後にした。
入れ替わるように、棺の納められている部屋に便利屋の四人が入って行った。
ホシノの背後で、アルの悲痛な鳴き声が聞こえた。
シャーレの事務室は、野戦病院みたいな有様と化していた。
皆、明日の早朝の葬儀をそのまま待っているのだ。
泣いている者や、他の生徒と話して悲しみを紛らわしている者、様々だ。
ホシノが先生を見つけると、そちらに歩み寄る。
彼はゲヘナの生徒と話をしていた。
「先生、私に遺体の処置を任せて頂き、感謝致します。
エンバーミングはマニュアルでしかわかりませんでしたが、出来る限りを尽くしたと思います」
「“ありがとう、セナ”」
「いえ、キヴォトスで本物の死体を目の当たりにする機会は少ないので。
しかし彼の遺言とは言え、知り合いの遺体に処置をするのは気持ちの良いモノではありませんね」
貴重な経験になりました、とセナは先生に一礼をするとその場を離れた。
「先生」
「“ホシノ。君もお別れは済んだかい?”」
「うん」
先生の言葉に、ホシノは頷いた。
それから、何かを言う気持ちにもなれず、彼女はアビドスの仲間が居るところに向かった。
そしてすぐ、便利屋の四人がやってきた。
「先生、一つだけ教えて欲しいの」
「“なにかな、アル”」
「師匠は、師匠の最期は、……最高の犬死だったのかしら?」
目元を腫らしたアルの問いに、先生は少し呆気に取られたが。
「“うん、彼にしか理解できない美学の為に、無意味に死んでいったよ”」
その答えに、アルは満面の作り笑いを浮かべてこう言った。
「そう、なら良かった!!
師匠は最高のハードボイルドとして、己を全うしたのね!!」
アルはそれだけ言うと、今だめそめそ泣いているハルカを慰め始めた。
その日のシャーレは、最後まで眠る者が居ないまま夜明けを迎えた。
「おや、先生。お邪魔していますよ」
誰かの気配を感じて、先生は棺が安置されている部屋に向かった。
もう誰も生徒が訪ねてこなくなったその部屋に、黒服たちゲマトリアの面々が居たのだ。
「友人の死に目に、涙を流すことすらできない己が恨めしいな」
きぃ、と己の身体を軋ませるマエストロがそう言った。
「ええ、彼は我々の理解者足ろうとしてくれました。
このような別れになるとは、非常に残念です」
「そういうこった……」
ゴルコンダとデカルコマニーは男との別れを悲しんでいた。
「“あなた達の哀悼は理解できるけど、どうか生徒たちに見つかる前に帰ってくれないか”」
「わかっていますよ。我々は葬儀に参加できないでしょうから、せめてもの気持ちと言うわけです」
先生の辛辣な態度に、黒服は理解を示し頷いて見せた。
「……先生は、メアリー・スーという言葉をご存じですか?」
「“彼が崇める女神の名前がそんな感じだったような”」
「ええ。しかし、それは元ネタがあるのは御存じですか?
メアリー・スーとは所謂、二次創作におけるアンチ・ヘイトの象徴のような存在として、皮肉を込めて創作されたオリジナルのキャラクターなのです」
ゴルコンダが語る。
先生でもそれは聞いたことがある。
それだけ有名な話だからだ。
「若くして優秀で、仲間たちの為に活躍して、最後は仲間に囲まれ、惜しまれて死んでいく。
これの面白い所は、SF設定であるのに、コールドスリープやアンチエイジング等の技術を用いず、主人公はそのまま死んでしまうところにあるとは思いませんか?
物語の中で永遠に活躍しつづけて、愛や友愛を享受しつつ生き長らえるのではなく、死によって仲間たちの記憶の中で存在し続けるのを選ぶ……。
まるで、その名を名乗る女神の願望が透けて見えるようではありませんか?」
「“何が言いたいんだい?”」
「いや、失礼しました。嫌味では無いのですよ。
ただ、そのような展開に対するアンチ・ヘイトの創作物が作られるくらいには、そのような安直な展開が横行していたということです。
彼の死に際はこうして彼を慕う多くの生徒が訪れた。それはきっと多くの人間が望むものだったのではないか、と思うわけですよ」
「そういうこった!!」
「こらこらデカルコマニー、声が大きいですよ」
言いたいことは、先生にも理解できた。
人間としての至上の最期のひとつは、きっと孫に囲まれて死に目を看取ってもらうことだと思うのだから。
「それでは、我々はそろそろ失礼しましょうか」
「“例の件で私達は協力はする。彼の最期の仕事だからね。だけど、それっきりだ”」
「勿論ですとも、先生」
黒服たちはそう言って、シャーレのオフィスビルから立ち去った。
「黒服、先生にあの事を伝えずによかったのか?」
「くっくっく。その方が面白そうではないですか」
「なるほど、確かにそうですね。先生の驚く姿が、今から楽しみです」
怪人たちは闇夜に消える。
誰も居なくなった歩道を、乾いた風が撫でた。
「先生、せめてベッドに寝ましょうよ」
「仕方ないよ、ここ数日は大忙しだったもん」
葬儀が終わり、先生はどこかで深酒してタクシーで送られてきた。
当直の事務員たちは、先生の私室に入り込める権限がないので、事務室のソファーに寝かせた。
そして毛布を掛け、自分たちは仕事の続きを始めた。
だから、彼女達は気づけなかった。
先生のデスクのパソコンが、勝手に電源が付いたのを。
そしてデスクトップの画面に、このような文字がウインドウで表示された。
────先生、チェスはお好きかな? と。
掲示板回の方々は、ここから数か月待たされる模様。
サイドストーリーを挟み、新章に至ります。
ええ、主人公交代ですよ。きっと予想していた読者の方々も多かったでしょう。
個人的には、感想でカヤちゃんに対する反応が乏しく、もっと酷いことをした方がいいのかな、と思った次第です。
ナギサにはやはり勝てないのか、超人とはいったい、うごごご。
新章からは、男の残した遺産が騒ぎを起こす、みたいなオリジナルストーリーを想定しています。
是非とも、これからもご愛読下さると幸いです。
では、また次回!!