では、本編をどうぞ!!
【オオカミとウサギ】
「どの面を下げてここに戻ってきた」
「……返す言葉もない」
この日、ユキノ達FOX小隊は元SRT生の説明会に同行していた。
SRTの旧校舎を用いたそれに、彼女達は仲間から厳しい視線に晒されていた。
「あなた達は我々の誇りだった!!
なのにあんなことをしでかしてッ」
「どうして私達に何の相談もしてくれなかったのよッ。
私達は同じ訓練を乗り越えた仲間じゃないの!?」
後輩や同級生からの、涙声の訴えに彼女達は何も言い返せなかった。
「個人的なやり取りは後にしろ。
今日はSRT部の説明会だ。先生、よろしく頼むわ」
「“うん、そうだね”」
とりあえず責任者として、先生が教壇の前に立った。
「……あの兎どもはどうした?」
「“来てないみたいだね”」
男はぐるりと50人にも満たない全校生徒の顔を確認し、そう呟いた。
厳しい選抜を潜り抜けたというだけあって、少数精鋭だった。
「……先輩、いつまでも頭を下げていないでください。
我々もあの子たちを止められなかった負い目もありますから」
と、ユキノ達の後輩が恐る恐るそう言った。
「すまない、みんな。償いは行動で示す」
そう言って、ようやくユキノは皆の顔を見た。
そうして、どこかのウサギちゃん達の起こした行動の為に急遽開催した説明会が始まった。
「そういうわけで、ほぼ全員がSRT部に参加することを決めた。
ちなみに、ほぼというのは、お前達以外全員ってことだ」
「そうですか」
「ユキノ達が誠心誠意説得してくれたおかげだ。
やはり最初に誠意を示すべきだったようだな」
「ところで」
ミヤコは男の目の前のそれを、指差した。
「それは、我々に対する当てつけですか?」
ジュー、と音を立てて焼ける分厚いステーキ肉の匂いが、あたりに充満する。
男はキャプテンスタッグで肉を焼いていた。
「いやな、実は先日ゆるキャン△を見直してな。
せっかくだから俺もソロキャンプってのをやってみようかなって思ってな」
男は子ウサギ公園の、わざわざRABBIT小隊の前に陣取ってテントを張っていた。
「食うか?」
「施しは要りません」
「なんだ、お前たちの分もと思って、多めに買っておいたのに」
男はそう言って、クーラーボックスから数枚重なった分厚いステーキ肉を示した。
「うッ」
「ああやっぱり、ニンジンの方がよかったか? ちゃんと用意してるぞ」
「やっぱり当てつけじゃないですか!!」
ビニール袋に入ったニンジンの束を示され、ミヤコが激昂する。
「お前達を見てると、紛争地域の貧民街のガキどもを思い出す。
あいつらは素直で、可愛かったぞ。俺が餌を持ってくると金魚みたいに群がって来るんだ。
貧困は尊厳をすり減らす。衣食住を足りて礼節を知ると言うように、お前達からそれが失われるのも時間の問題だろう。
おっと、お前たちに礼節なんて初めから無かったか!!」
「貴方の言い分に依れば、私達がデモを行ったのはSRTを追い出されたからです。
そうでなければ、こんなことなどしませんでした!!」
「デモって、これか?」
男はミヤコにスマホの画面を示した。
『ごめんなさい、もう許して!!』
そこにはミヤコがナバトに尻をシバかれてる映像が映っていた。
「~~~ッ!!」
「随分と難儀な性癖なんだな」
真っ赤に赤面するミヤコを、男は憐れむように見ていた。
「ぷッ」
「サキッ!!」
「いや、あれは笑うでしょ」
サキとモエも後ろの方でニヤニヤ笑っているが。
「お前ら、他人事なのか?」
男が別の動画を開いて見せた。
調理場でフライパンの上をポップコーン用のトウモロコシと一緒に、サキとモエが跳ねまわるMADだった。
「見ろよ、五十万再生突破してるぞ。有名人だな、お前ら」
「モエ、投稿者を特定して襲撃するぞ!!」
「すぐに特定するから!!」
態度を一変、激怒した二人は武装の準備を始めた。
ミユは持ち前の影の薄さで知らんぷりをした。
「それで、そろそろ焼けたけど食うのか、食わないのか?」
「誰があなたなどに施しを受けますか!!」
「素直じゃないな。……これはしばらく遊べそうだ」
今にも銃を取り出そうとしているミヤコの前で、むしゃむしゃとステーキ肉を食べる男だった。
「“おーい、野菜を持って来たよ”」
「お、丁度肉が焼けたところだぞ、先生」
すると先生が野菜をもってやってきた。
「“みんなもコンビニ弁当ばかりだと栄養が偏るからね、野菜も食べてね”」
「それが先生、こいつら要らないんだとよ」
「“え……野菜嫌いなのかな”」
「そう言う問題ではありませんから!!」
天然ボケをかます先生に、ミヤコが癇癪を起した。
「焼きそばなら食うんじゃね?」
「“それだッ”」
「そう思って用意しといた」
男は鉄板と焼きそばの麺とソースを取り出した。
へらで焼きそばを作り始めると、ソースの焼ける匂いが漂い始めた。
「それはズルいだろ……」
怒っていたサキが、怒りを忘れ歯噛みする。
「殺人的な良い匂い……」
モエのお腹がぐうぅと鳴った。
「先生、俺がガキの頃な、学校で校外学習で焼きそばを作ったことがあるんだよ」
「“それは楽しそうだね”」
「いやそれがな、その日は雨でしかも風が強かったんだ。
折角の焼きそばが冷えて、とても食えたもんじゃなかった*1」
「“うわぁ、それは残念だね”」
「この量、俺達だけじゃ食いきれないな。
冷めてマズくなった焼きそばは、捨てるしかないな」
「“残念だね”」
ちらッ、ちらッ。
「わかったよ!!
じゃあ捨てる前に私達が食べるから!!」
「あッ、ズルいよサキ!!」
「もう冷たいコンビニ弁当は嫌なんだよ!!」
この公園に電源は無いし、そもそも電子レンジが無い。
発電機は燃料を使うし、そのコンセントはモエの機材や各々のスマホの充電で常に塞がっている。
「くッ、覚えておきなさい、これは貴方たちに屈したわけではありませんからね!!」
「天かすとかどうだ?」
「掛けます!!」
結局、焼きそばに群がる四人だった。
「SRT部の訓練だけど、お前らはどうする?
他の連中はお前達も一緒にどうだって言ってるぞ」
「なし崩し的に引き入れようとしても、その手には乗りませんよ」
「誰もそんなことは言ってないだろ」
ステーキ肉を齧りながら威嚇するように睨んでくるミヤコに、男は呆れたように言った。
「悪かったって、そんなに警戒するな」
「がるるる……」
「なあミヤコ」
威嚇してくる彼女に、男は語り掛ける。
「他人の正義なんて当てにするな。
お前の正義はお前が決めろ。
正義とは、お前がしたいことをする為の道具に過ぎない」
「……」
「あこがれだけではない筈だ。
羨望の底には、誰かを助けたいという尊い願いがあるんだろう?
でなければ、誰が厳しい訓練なぞに耐えられるものか」
「……私は、ただ……」
ミヤコは肩を落として言った。
「私が憧れたSRTが、消えるのが納得できなかっただけなんです。
みんなが、それを忘れようとしているみたいで……」
「なら、お前が抱えて連れていけ。
お前が先輩に憧れたように、お前がいつか後輩にその背中で示せ。
それが正しいモノなら、必ず後に続くものが現れる」
「……そうなると、良いですね」
「ところでミヤコ、サキは発育が良いし、モエは論外だし、ミユはもうちょっと足りない。
お前、正直俺の好みだし、将来結婚しない?」
「率直に言って、死んでくれますか?」
「ははは!!」
ゴミを見る目で、ミヤコは男にそう言った。
「本当に死ぬ奴がありますか」
ミヤコは男の亡骸を前にして、そう呟いた。
『廃材をパクるだって?
寝ぼけてんのか、普通に犯罪だわ!!』
『誰も損しないだって?
するんだよ、ゴミ処理業者が!!
最近はゴミが業者の争奪戦になってるって知らないのかよ!!
連中はそれで食い扶持を稼いでるんだ、マヌケ共め』
『とりあえず、先生、バイトでも紹介してやれ。
……おっと、財布を落とした。交番に届け出を出せば戻って来るかな?
十万は入ってたし、届け出をだしてくれたら謝礼に一割あげるんだけどなぁ。
そんな親切なウサギちゃん達はいないかなぁ』
『アリガトー、俺の財布ダー。とりあえず、これで銭湯にでも行ってこい。飼育小屋のウサギみたいな臭いしてるぞ、お前ら。ぎゃははは!!』
「ミヤコ、偽装工作は終わった」
『こちらRABBIT4、周辺に人影は無し』
『こちらキャンプRABBIT。周辺の監視カメラの偽装は終わったよ』
「了解です。撤収しましょう」
ここで戦闘が行われたかのように偽装工作を終え、RABBIT小隊は撤収した。
「兎は恩を忘れません。
さようなら、オオカミさん」
「早く、行くぞミヤコ」
「ええ、そうですね」
全てが終わり、涙を浮かべたサキに先導され、ミヤコは現場を立ち去った。
うさぎ、うさぎ、何見て跳ねる?
十五夜お月様、見て跳ねる?
§§§
【ヒマリの耽溺】
「ヒマリ部長、根を詰めすぎると良くない」
特異現象捜査部の部室で、ここ数日ヒマリは何かにとりつかれたように作業をしている。
エイミの苦言に彼女はモニターに向かったままで何も答えない。
はあ、と仕方なく彼女は部屋の掃除をすることにした。
自分が購買で買ってきてあげた弁当やエナドリの缶を片付ける。
「あれ……これって」
ゴミ箱に、無造作にヒマリが大事にしていた占星術やら風水やらの道具が突っ込まれていた。
まるで叩きつけたかのように、壊れている。
エイミは本当にヒマリが心配になった。
今の彼女はどう見ても、まともじゃない。
「とりあえず、今日の分のごはん買って来るね」
「……お願いします」
一応、こちらに意識を向けてくれる程度にはまだ正気らしく、エイミは溜息を吐いた。
「部長、これでいい?」
エイミがビニール袋を片手に戻ると、ヒマリは机に突っ伏していた。
彼女は寝ているのかと思ったら、違った。
「これ、フルダイブのVRマシン?」
ヒマリはなにやらヘルメットみたいな装置を頭に被り、微動だにしない。
その機械は、所謂キヴォトスでも最新のVRゲーム機だった。
ゲーム内で実際に感覚が味わえるので、ホラーやFPSが人気だとエイミは聞いている。
ゲームで遊ぶ余裕があるなら良かった、とエイミは思うことにした。
「あ、でも今日はセミナーから連絡があって。
誰かのお葬式があるから、参加するなら欠席届を……まあ、ヒマリ部長には関係無いか」
エイミは彼女の身体に毛布を掛け、部室から立ち去った。
「違う、これじゃない」
テクスチャの張られていない、真っ白な世界。
ヒマリはそこで作業をしていた。
「……ねえ、抱きしめてください」
「ああ」
ヒマリのお願いに、男の姿をしたNPCが彼女を抱きしめた。
「やっぱり、違う。
彼の温もりはこんなんじゃない。
数値を変えないと」
NPCの腕を振り払い、ヒマリは再びモニターを出現させて各種数値を再入力し始める。
『憐れね、ヒマリ』
「……」
その声を、ヒマリは無視した。
『そんなことをしたところで、あの男は帰ってきませんよ。それは、どうあがいても偽物なのよ』
「よりにもよって、貴女がそれを言うのですね」
その言葉は容認しがたいのか、ヒマリは手を止め通信画面に映るリオに毒を吐いた。
「誰かを好きになったことも無い癖に」
『なら、その彼に聞いてみればいいじゃない。
今の貴女が、どれだけ痛ましい存在なのかを』
それだけを言うと、リオは通信を切った。
或いは、彼女なりに自分に並び立つ頭脳の持ち主の凋落を嘆いていたのかもしれない。
「……」
「ヒマリ、あまり根を詰めるな。
俺は、お前が美しいままで居て欲しい」
男の姿で、男の声で、男の仕草で、ヒマリにそう言った。
「なら、ならどうしてッ……私を置いて行ったんですか!?」
「わかってるだろう、ヒマリ。
なぜ俺が、こうしてここに居るのか」
「……ええ」
「愛してるよ、本当だ」
男は、自ら動いてヒマリを抱きしめた。
どれだけ数値を弄っても、出すことのできない温もりが彼女を包んだ。
「う、ううッ、うわぁぁぁん」
「泣くなヒマリ。泣かないでくれ」
男はずっと、ヒマリを抱きしめていた。
やがて、泣き止んだヒマリの瞳には、決意が宿っていた。
§§§
【黄金の林檎 —序章— 】
「ヒフミさん、彼の訃報は聞いていますね」
「……はい」
今日はその為の通夜が行われる、ヒフミはそう聞いていた。
「実は、ヒフミさんにお願いがあります」
「お、お願いですか?」
つい先日、裏切り者を探してと言われたヒフミは身構えた。
そんな彼女に、ナギサは微笑んでそっと体を寄せた。
「(なんだか、最近ナギサ様の距離感が近いような……)」
ナギサの真横で一緒に紅茶を飲んでいるヒフミは、とりあえずそれを気の所為にすることにした。
「実は、つい昨日まで、半年近く原因不明の病気で意識不明に陥っていた方が居たんです。
今はリハビリの最中ですが、勉強が当然追いついていません。
そこで、補習授業部で彼女の勉強を見て上げて貰えませんか?」
「え、意識不明ですか? それは大変ですね」
「ええ、そうでしょう?」
ナギサが体を更に寄せ、ヒフミに密着する。
「彼女もトリニティの生徒として、愛を与えられるべきですから。
ですので、彼女の事をお願いできますか?」
「はい、そういうことなら、勿論です!!」
そこで、ふとヒフミは気づいた。
「あの、ところで、なぜその内容で教官の訃報の話から入ったのですか?」
「それは、彼女の入院している場所に行って、実際に会えばわかります」
ナギサはそう言って、メモをヒフミに渡した。
「きっと、驚くでしょうから」
「……」
「ささ、今日は特別に遠方から有名なクッキーを取り寄せたのですよ、是非一緒に食べましょう♪」
ヒフミはナギサとクッキーを食べさせあいをした後、生徒会室を後にしたのだった。
「また、変な陰謀とか絡んでないでしょうね!!」
部長のヒフミの召集に、補習授業部の残りの三人は応じた。
「まあまあコハルちゃん、この間のことですし、幾らナギサさんでもすぐにそんなことは起きないですよ、きっと」
「何か陰謀に巻き込んでくるってことは否定しないのね……」
棘のあるハナコの言葉に、ちょっと引くコハルだった。
「それで、病人の面倒を見ろ、と要請があったわけだな」
「あはは……はい、今回は普通に勉強の遅れてる子の面倒を見て欲しいと言われただけですね」
「わかった、早速会いに行こう」
アズサちゃんは話が早くて助かると思ったヒフミだった。
「まったく、なんで今日みたいな日に急に……。
今夜は忙しいのに……」
「コハルちゃんも、彼のお通夜に?」
「……まあ、知らない仲じゃないし。一応世話になったし」
最寄りのバス停まで、バスで移動する四人は自然とそんな会話になった。
「あの教官が亡くなった、か。
にわかには信じられない……」
「そうですね……」
ヒフミは外の景色を見て、アズサに相槌を打った。
まだ、誰も実感が無いのだ。
先生から連絡があって、急に今日通夜が行われると言われただけだった。
「訃報とはそう言うものとは言え、やるせないですね。
ほんのひと月ほど前まで、ほぼ毎日顔を合わせていたのに」
ハナコがそう呟く。
彼女達にとって、あの鮮烈な出来事はまだ過去ではなかったのだ。
そして、四人は件の少女が入院している診療所に辿り着いた。
「あ、ナギサ様からお話は伺っています。
こちらにどうぞ……」
中に入ると、救護騎士団の団員たちが巡回しており、四人を認めると案内をされた。
「落合、リンゴ?」
ハナコは病室のプレートに書かれた名前を見て、急に嫌な予感が湧いて出てきた。
「入ります」
「どうぞ」
ヒフミがノックすると、返事が返って来た。
ドアを開ける。
「よう、遅かったなお前ら」
そんな幻聴が、聞こえた気がした。
そう、幻聴だった。その声の持ち主は、もうどこにも居ないのだから。
「ヒフミさん。アズサさん。コハルさん。ハナコさん……ですよね?」
強烈な既視感。
初めてなのに、そのベッドに居る少女からは親しみしか湧いてこなかった。
「初めまして。落合 リンゴと言います」
ぺこり、とベッドの上で体を起こしている少女は頭を下げた。
「教官?」
「なに、なにこれ、TSモノの同人誌かなにかなの!?」
アズサとコハルは混乱した。
容姿は天と地ほど違うのに、この少女とあの男は同じ人物であると脳は認識したのだ。
「混乱するのは、無理もないと思います。
私もまだ、正直混乱しています」
「あなたは、リンゴちゃん、で良いんですよね?」
「はい」
少女──リンゴはヒフミに頷いて見せた。
「私と彼は、コインの裏表。
意識不明の間、ずっと彼の見ていた景色を見ていました。
私は彼で、彼は私なんです」
「信じら、れません」
「私だってそうです」
呆然とするハナコに、リンゴは言った。
「ただ、ひとつ事実を言うなら、彼はもう旅立ちました」
彼女は目を逸らし、窓から見える景色を見やった。
「もう、この世のどこにも居ません」
その言葉に、最初にハナコが涙を浮かべ、すすり泣いた。
コハルは労わるように彼女の背をさすり、ヒフミとアズサはまだ混乱から立ち直れていない。
「よく、顔を見せて貰ってもいいですか?」
「……はい」
リンゴが頷くと、ハナコが彼女に近づいた。
丁度彼女の胸部がリンゴの目の前にくる形になった。
「……でッッ」
「どうしましたか?」
「いいえ、なんでもないです」
なぜか彼女は目を見開いていたが、すぐに気を取り直してそう言った。
「……やっぱり、貴女は彼と違いますよ。
だってこんなに可愛らしいんですから♡」
ハナコの微笑みに、リンゴは俯いた。
「……ありがとうございます」
彼女がそう言った、その時だった。
ノックの音が聞こえた。
リンゴが入室を促すと、先生が入ってきた。
「“ああ、みんな、来てたんだ”」
「はい、ナギサ様に頼まれて」
なるほど、と先生は頷いて、リンゴに歩み寄った。
「“リンゴ、これは君が持っているべきだ”」
先生は彼女の前に、男の遺した銃を差し出した。
「先生、これは貴方が預かっていてください。
……彼はそれを望んでいました」
「“……そうかい”」
リンゴは銃を持った先生の手を押し戻した。
「先生、パリスの審判は御存じですよね」
「“うん”」
彼女の問いに、先生は頷いた。
「なにそれ?」
「古い神話の物語の一幕ですよ。
黄金の林檎に刻まれた、最も美しい女神へと文言を巡って、三柱の女神がその権利を主張する話ですね。
その林檎が誰に相応しいか、一人の男が選ばれ決めることになりました。
女神はそれぞれ、王座、勝利、美女を与えると、男を唆すという内容ですね」
「それで、結局その人は何を選んだの?」
「美女です♡」
「最低じゃん!!」
「実際、その美女は人妻で、ある王国の王妃でした。
それが原因で戦争にもなったそうです」
ハナコは憤慨するコハルを尻目に、リンゴに問うた。
「彼は、貴女にどんなメッセージを刻んだんですか?」
玉座、勝利、美女。
そのどれもを、先生は望めば手に入るだろう立場だった。
「先生、彼は亡くなりました。
ですが、彼の遺した意思はまだ生きています。
彼はとんでもないモノを、キヴォトスに遺しました」
「“それは、いったい何だい?”」
「……」
リンゴは口を閉ざした。
先生は敏感に感じ取った。
不信を。或いは、戸惑いを。
「“わかった。君が言いたくなったらで良いからね”」
「すみません、先生。私、怖いんです。
あんな、あんな男が私なんてッ、あんな邪悪の権化が、私だなんて!!」
リンゴはめそめそと泣き始めた。
先生は無理も無いと思った。
あの男の所業は、一人の少女が背負うには重すぎる。
「だ、大丈夫よ!!
あんたが間違っても、私達が止めるし!!」
すぐに、ほぼ反射的にコハルがそう言った。
「うん。貴女が彼と言うなら、きっと私達は仲良くなれる」
「そうですね!! あなたが教官になる必要は全くありませんから!!
とりあえず、モモフレについて語り合いませんか?」
アズサとヒフミも、彼女のベッドに近づいた。
四人はリンゴを慰め、先生はそれを見て良かったと安心した。
しかし、先生が、いやこの場の全員は程なくして思い知ることになる。
あの男が、呪われた忌むべきと称した才能を。
この幼く見える少女が、間違いなく、あの男そのものである、と。
それは、そんなに遠い未来の話ではなかった。
ここはどこだ?
熱い、まるで焼けるようだ。
ここは、砂漠なのか?
──先輩、誰か倒れてるよ!!
──本当だ、先生を呼んでこなくちゃ!!
その声は……。
君は……俺の、天使?
足音が、近づいてくる。
砂を踏む音だ。
「君。もう、大丈夫だ」
誰だ、お前は。
「私か? 私は皆から、先生と呼ばれている者だ」
嗚呼……。
思いのほか、早い再会になったな。――なあ、先生?
正直、このままIFストーリーを書いても良いのですが。
それだとしばらく新章がお預けになりそうですし、折角の新主人公のお披露目が遅れてしまいます。
ですので、最終章が終わったら幾らでも時間はありますし、イベントストーリーとかもまとめてその後やろうと思っていたので、期待していた皆さんには悪いですが、その後にさせて貰おうと思います。
では、次回から新章に突入致します。
新主人公のリンゴの為のオリジナルストーリーですので、こうご期待!!