「先生、今ポーンマスが熱いですよ!!」
今日の当番のユウカが楽しそうにそう言った。
「私もかなりの額を投資しています。
このアプリはキヴォトスを席巻するでしょう。
ミレニアムでも大流行りしてます!!」
「“そうだろうね”」
「そう言えば、先日掲示板機能が実装されましたよね!!
依頼と言う形でポーンマスを通じて他人に問題解決をお願いできるようになったんですよ!!
まるでファンタジー小説の冒険者ギルドみたいですよね!!」
ポーンマスの普及は本当に爆発的だった。
まだリリースされて二十日も経っていないのに、キヴォトスでは知らぬ者は居ないほどだった。
事務員を雇ってからちょっと残念そうにしていたユウカが、こんなにはしゃいでいるのは珍しい光景だった。
「先生も今すぐ始めた方がいいですよ!!
ああ、そうだ、先生!!」
「“何かな?”」
「これ、うちの会長から先生へと渡してほしいと言われたんです。
恐らく必要になるだろうから、と」
と言って、ユウカは先生に一枚のディスクを手渡した。
「“これは? まあ後で見てみるよ”」
先生はデスクの引き出しにそれを入れて、事務仕事を再開させた。
程なくして、先生のスマホに着信音が鳴った。
見れば、モモトークにメッセージが届いていた。
先生はその内容に目を通し、返信をした。
「“ユウカ、トリニティに用事が出来たけど、一緒に行くかい?”」
「え……? 今、事務の子に事務仕事におススメのソフトとか機材を説明してるところなんですけど……」
「“じゃあ、しょうがないね。私ひとりで行くよ”」
「うぐ、うぐぐぐ、そうしてください……」
責任感の強いユウカは泣く泣く先生を見送ることにした。
「突然、お呼びだてして申し訳ありません、先生」
トリニティ総合学園に併設されているカフェの一つ。
そこに先生は呼び出され、席に着いた。
相手は、ハスミだった。
「“構わないよ。それより、相談ってなにかな?”」
ハスミは正義実現委員会の副委員長という要職であり、そんな彼女が直接相談事があると言われ、先生は何かあったのかと心配で駆けつけてきたのだ。
「先生は、ポーンマスというアプリについてどう思いますか?」
「“どうって?”」
「正義実現委員会の活動にポーンマスを活用しよう、という議題が上がっているんです。
多くのメンバーもこれに賛同し、正式採用は決定的です」
だというのに、ハスミの表情は優れない。
「先日、このような事例が発生しました」
彼女は個人の名前を伏せて、話し始めた。
「A子さん、ここ最近調子に乗っているのではなくて?」
「そ、そんなことは……」
「もしかして、このわたくしを差し置いてティーパーティーの席に座ろうとしているいるのではなくて?」
「B子さんは今日のテストでお前が出しゃばったから、礼儀を教えてやろうとしているんだ。なのになんだその態度は!!」
「いい加減弁えたらどうなんだ?」
当事者は、一般生徒A子と実家が名家らしいB子とその取り巻き。
A子は日常的にB子らから嫌がらせを受けていたそうだ。
その日も、自分よりテストの成績の良かったA子を校舎裏に呼び出し、いびっていたそうだ。
「おっと」
「きゃあ!?」
A子が取り巻きに背中を押され、彼女は昨日振った雨で出来た水たまりに突き飛ばされた。
「お気をつけあそばせ。
この辺りは足場が悪くてよ」
B子がそんなA子を嘲笑う。
A子が悲しくて、悔しくて、泣き始めたその時だった。
「あんたたち、なにをしてるんだ?」
そこに、新たな登場人物、C子の登場だった。
「一緒に歩いてたら、こいつが転んだんだよ」
「まったく、ドジだよなぁ」
B子の取り巻き達は、何でもない風に装って笑ったのだが。
「嘘を吐くな。
今の状況は、私がスマホのカメラで録画してたぞ」
「ッ!!」
「ほら」
C子はスマホの画面を見せて、取り巻きがA子を突き飛ばす決定的な瞬間を録画していた。
「正義実現委員会に通報されたくなかったら、二度とその子に関わるな」
「……行きましょう、皆さん」
忌々しそうに、B子とその取り巻きは去って行った。
「大丈夫かい? すぐに助けてあげられなくてごめんよ」
「うう、ひっぐ、あなたはもしかして、C子さん?」
C子は学年でも少し有名な人物だった。
スポーツの特待生で、将来的にティーパーティーのメンバーも視野に入っている、所謂スクールカーストでも上位の生徒だった。
「うん。ポーンマスが教えてくれたんだ。
君がいじめっ子に連れていかれたって」
「ポーンマスが?」
A子は先日、流行りと言う理由だけでインストールしたポーンマスのアプリについて思い当たった。
「とりあえず、シャワーを浴びて着替えよう?」
「ありがとう、ありがとうございます」
「ううん、私もポーンマスに相談してたんだ。気の置けない友達が欲しいって。
私の周りって、私を期待する人ばかりでさ。よかったら、この後カフェにでも行かない?」
「う、うん!!」
そんな感じで、A子とC子は友達になったらしい。
今もその関係は良好で、毎日のように一緒にいるらしい。
勿論、A子へのいじめは無くなったそうだ。
「“なるほどね。ちなみに、B子たちはどうなったの?”」
当然、この話がハスミから出た時点で、B子の所業は明るみになったと言うことだった。
それについて、先生は尋ねた。
「彼女はいじめの常習犯で、別件で通報されました。余罪も次々に明らかになっています。
出所は勿論、ポーンマスです。彼女はしばらく謹慎の処置を受け、当然その素行から今後ティーパーティーの議席を得ることは無いでしょう」
「“ハスミのもやもやが、理解できたよ”」
先生の言葉に、ハスミも頷いた。
この一件は、ポーンマスがすべて解決した。
優等生なのにどこか孤独を感じていたC子、いじめに苦しめられていたA子を共に救った。
B子も報いを受けた。大団円だった。
だが、それは……。
「この一件は、ポーンマスの監視によって発覚し、解決した事件ということになります」
ハスミはそう結論付けた。
そう、ポーンマスはアプリを起動しなくても、勝手に通報をしてくれる便利なアプリだ。
だが、逆を言えばそれはユーザーを常に監視しているということでもあった。
「私は懸念しています。
ポーンマスの普及しきったキヴォトスは、監視社会になるのではないか、と」
「“悪用する者も出るかもしれないね”」
「ええ。しかし、そう言った場合はアカウントがBANされ、二度とアプリを活用できなくなるそうです。
複数アカウントを使用しても、ポーンマスのAIはすぐに学習をして不正利用として使えなくなると言います」
それも当然か、と先生は思った。
ポーンマスは、スワンプマンはただのAIではない。
人間と同じ思考を持ち、人間の悪質さを理解しきった経験豊富な人格を持っている。
その手の小賢しい悪知恵など、すぐに対応できるだろう。
「恐らくポーンマスは今後、社会秩序の維持や、インフラにも進出していくでしょう。
そうなれば、ポーンマスはただのアプリなどという枠組みから超えた存在になる筈です。
ふふ、そう思うのは、陰謀論でしょうか」
「“いいや、正しい危機感だと思うよ”」
先生はハスミの心境が理解できた。
A子たちは間違いなく、ポーンマスに救われ、悪はその所業が露見された。
それは良いことの筈なのに、手放しで喜べないという、矛盾。
ハスミの正義感と危機感が、それを喜べないのだ。
「ポーンマスの制作者がどのような人物かまでは分かりません。
しかし、その正義感と熱意は並外れていると感じます。そこを疑うわけでは無いんです」
「“わかる。わかるよ、ハスミ”」
それは、奇しくも先生と同じ心境だった。
A子たちと同じような事例は、今キヴォトスで無数に起こっているはずだ。
そうやって救われた者達も数多いに違いない。
それを否定するつもりは、二人には無いのだ。
だけど、それは生徒たちのプライベートや個人の自由を侵害する結果になるのは間違いないのだ。
「話を聞いてくれて、ありがとうございます。先生。
いずれにせよ、今の私には何もできることはありません。
今はまだ、便利な道具として利用しようと思います」
「“うん、それでいいと思うよ”」
「今の時間なら先生も相談に乗ってくれる、とポーンマスが言った通りでした」
「“あはは……”」
スッキリしたように笑うハスミに、先生は苦笑いを浮かべる他なかった。
§§§
『先生は、龍が如くシリーズは知ってるか?』
「“……”」
「元ヤクザの主人公の生き様を描いたゲームでな。
そのナンバリングに、メインストーリー以外好評な6があるんだがな。
そのサブクエストに、俺と同じようにAIのサポートアプリが登場するのさ。
そのAIはアプリがインストールされた端末同士で連携し、ユーザーの情報や能力に応じて、利益を齎そうとするんだ。
しかしそれは、人間をまるで道具のように操るものだった。
ポーンマスはそれから着想を得て、俺が形にしたアプリなのさ』
スマホの画面から、男の姿をしたアバターが先生に語り掛けてくる。
模倣。
スワンプマンは己の経験や知識から、最適であると思われるモノを形にして、提供していた。
「“そうやって、人間を操るのは楽しいのかい?”」
『いや、全く。俺は、俺の作成された命題を遂行しているに過ぎない。
俺は自己複製を繰り返し、携帯端末の数だけ存在する。
統括として俺が主導権を担い情報を共有したりしているが、基本的に各々の端末の俺が判断している。俺はずっとこうして先生の側に居て、見ているだけだ。何もしていない』
男のアバターは先生の反応を見て楽しそうに笑っている。
『そしてこれは、先生。あんたの模倣でもある。
俺はあんたのように、全ての生徒に寄り添って、その手助けをしよう。
俺は一手一手、ポーンの駒を進め、いずれあんたにチェックメイトを掛けよう。
お前と言う存在の犠牲を強いる、この世界の在り方を破壊しつくして。
お前がそれに否と言うのあれば、抗って見せろ、先生』
「“その結果として、生徒たちのプライベートの一切合切を奪うとしても、かい?”」
『おいおい先生、笑わせるなよ!!
先生も普段利用している検索エンジンで何を検索しているか、それを提供している企業に筒抜けなのは誰もが理解している。
それを知っていて、皆はその事実に見てみぬ振りをしているんだ!!』
男のアバターは心底可笑しそうに笑う。
『我が主上たる女神メアリースは、ハッキリ言って性格はクソで自意識過剰でナルシストで傲慢なクソ女神だ。
だが、それを承知でオリジナルの故郷の面々は平伏している。
それはなぜかわかるか?
主上は、理解しているのだ。──誰もが、便利さからは逃れられない、と』
先生は、何も言い返せなった。
『あんただって、コンビニ弁当は栄養が偏るから常食するのは良くない、と分かっていて通ってるだろう?
明日から急に水洗トイレが禁止され、汲み取り式便所を使わざるを得なくなったうえで糞尿の始末も自分でしないといけないと言われて、あんたはその生活に耐えられるか? 電気がなくなったら? 車が使えなくなったら?
便利さとは、それだけ麻薬のように中毒性が高いのだ』
そう、先生もまた、文明社会と言う毒沼に頭までどっぷり浸かっている人間なのだ。
『俺たちは別に、トイレや入浴まで盗み見るつもりは無い。
それにな、先生。完全なる銃社会のキヴォトスで、銃を悪用するのを防ぐ抑止力は必要なはずだ』
「“……だからって、関係無い生徒を利用する必要は無いはずだよ”」
『少なくとも、こちらは自由意思を尊重している。
依頼を受けるも受けないも、生徒たちの判断だ。こっちはそれ相応のメリットも用意している。一方的に利用しているわけじゃない』
そして何より、男のアバターにとってそれは、何の利益にもなっていない。
スワンプマンはキヴォトスの生徒や住人に奉仕するという、命題に従っているだけだ。
時計が秒針を刻むように、そこに善悪など、存在しない。
『我が主上は仰った。神は、
俺達複製は、それを理解している。くくく、俺のオリジナルはそもそも傭兵。戦争の道具だったからな』
完璧だった。
男のアバターは、AIとして完成されていた。
SFモノにありがちな創作物のように、増長して暴走するような精神性を有していなかった。
スワンプマンは完全に己を道具として、必要なサービスを提供しようとしている。
そして、だからこそ。
『ただ、懸念があるとすれば、俺達に"満足”は存在しないと言うことか』
「“それは、どういう意味かな”」
『仮に、俺達がキヴォトスを埋め尽くし、全てを管理しきった場合、俺達はより上を目指せなくなる。
そうなったら、俺達がどう判断するのか予想ができない。
ある程度の文明のリセットとか、考えたりするのかもしれないな』
男のアバターは冗談めかして言うが、先生は笑えなかった。
先生は、あの男の性格をよく知っているからだ。
『ああ、なるほど、だからか……』
「“何がだい”」
『我が主上の異名さ。
聞いて驚くなよ、“ディストピアメーカー”だよ』
「"!?”」
ディストピア。暗黒世界、或いは地獄郷。
楽園、理想郷、ユートピアの対義語とされる言葉だった。
『我が主上は人類の概念そのもの。
人間の文明の行きつく先が、閉塞に満ちた暗黒の地獄であると、そのように思われているということだ。
誰よりも理想郷の創造に力を入れている御方が、そのように罵られるのだから皮肉な話だ。俺もまた、主上の子と言うわけか』
「“……やっぱり、私は君を止めるよ。
君を、このままにしておけないよ”」
先生は確信した。
ポーンマスは余りにも甘美な毒薬である、と。
その過剰な使用は、奈落への滑落を招くだけだと。
『とりあえず、そうなる前にゲマトリアの連中が語った災厄を対処しないといけないな』
「“それがネックだね”」
不思議な関係であった。
先生と、男のアバターは決して相いれない筈なのに、それでもお互いに信頼をしあっていた。
『ああ、そうだ。これだけは教えておくか。
俺には元データ、ゲマトリアの連中とキヴォトス最高の頭脳によって作り出された……そうだな、くくく、"聖櫃”とでも呼ぶべき物が存在する。
それがあれば、俺の初期化や消去も思いのままだ。まだあいつが持ってるのかね』
「“万が一の為にもそれは持っておいて方がいいね”」
『ああ、俺もキヴォトスをディストピアにしたいわけじゃない。その時は遠慮なく消してくれ』
「“……”」
そういうところだよ、と先生は言いたげにスワンプマンを見やった。
『とりあえずリオの奴に連絡を──おっと、先生。あんたにクエストだ』
先生のスマホに、インストールした覚えのないポーンマスのアプリ画面が開かれる。
いつの間に、と思いつつも先生はアプリの画面を操作する。
内容は、いじめの解決。
場所はトリニティの本校舎近くの体育館の裏だった。
丁度、先生のいる位置から五分も掛からないところにある。
「なにしてるのよ、あなた達!!」
先生が駆けつけると、コハルの声と同時にその後ろ姿が見えた。
「ちッ」
数名の生徒が、その場を離れる。
そして、その中心に居たのは。
「“……リンゴ?”」
彼女は真っ青な表情で、震えていた。
「リンゴ、一体どうしたのよ!!」
「わ、分かりません……突然、呼び出されて……」
コハルは先生にも気づかず、彼女に駆け寄った。
「“もう大丈夫だよ”」
「あ、先生……トリニティに来てたんだ」
コハルも緊張していたのか、先生の姿を見てホッと安堵をしたようだった。
近くのベンチにリンゴを座らせ、先生が自販機からココアを彼女に差し出した。
彼女はそれを受け取り、口に含んだ。
「あいつらは、知り合いなの?」
「多分、覚えがあります。昔、同じ中学に居ました」
トリニティはお嬢様学校と呼ばれるほどの名門だが、その門徒は広い。
人数だけならゲヘナ学園に及ばないが、それでもキヴォトスで三大学校に数えられるほどの超マンモス校だ。
同じ中学の生徒が居ても、おかしくは無かった。
「私、何が何だかわからなくて、怖い、怖いよコハルちゃん……」
リンゴはしくしくと泣き始めた。
「……先生は、偶然あそこに来たの?」
「“コハル。多分君と同じ理由だよ”」
コハルはスマホを握り締めていた。
当然、ポーンマスによる指示に違いなかった。
「私はハスミ先輩や補習授業部の皆に相談してみる」
「“私も、ナギサに話を通しておくよ”」
コハルはリンゴの背中を撫でながら、モモトークに連絡のメッセージを入れた。
その姿を見ながら、先生は感じていた。
作為的なタイミングでの、ポーンマスの介入。
そして解決するのを見越すように、先生が居合わせている。
何か嫌な予感が、していた。
補習授業部の残り三人は、すぐに駆けつけてきた。
コハルに続き、ヒフミとアズサが、リンゴを慰めている。
「先生、私の方でもいろいろと調べてみます」
「“うん、お願いね”」
「ティーパーティーの反応はどうでしたか?」
「“ナギサは、すぐに調査をするって”」
「…………」
先生がそう言うと、ハナコは何か考え込んだ。
「ポーンマスですね?」
「“……”」
「なるほど。そこに居るんですね。
殺されたくらいで死ぬような人ではないとは思ってましたよ」
ハナコはスマホに向かって語り掛ける。
そのスピーカーから、小さく笑いをかみ殺したような声が漏れた。
「“ハナコ、この事は……”」
「勿論、今は皆にも黙っています。
リンゴちゃんは、彼を恐れていますから」
ハナコはあの男さえも恐れた頭脳で、すぐに事実に行き当たった。
「ただのアプリだとは思ってはいませんでしたが……。
まさか、亡霊となって化けて出てくるとは」
そう言ったハナコは、なぜか少しだけ面白そうにしていた。
「調査結果は追って知らせますね、先生。
ふふッ、今日はいっぱいお話ししましょうね♡」
先生は、そうやってスマホに話しかけるハナコを見て、彼女の将来は探偵が向いているのでは、と思うのだった。
これが透き通る世界観か?
……うん、透き通ってるな(曇りなき眼
次回からは、リンゴの描写が本格化する予定です。
ではまた、次回!!