トリニティでのいじめの吊るし上げは鳴りを潜めた。
ティーパーティーは全てをうやむやにすることを選んだからだ。
全てを裏で糸を引いていた、リンゴの中のジャックと言う人格が眠りについたからだ。
「“リンゴはかつて、友人に裏切られた。
なあ、それは君も同じなのかい?”」
『さて、な。忘れたさ、そんな昔のことなんて』
スマホの画面に映る、男のアバターはそんな曖昧な返事をした。
「“どうして、君が私に執着するのか、理解できた気がするよ”」
男にとって、先生は友人であり、理想の教育者足らんとする者だった。
心の奥底で男が望んでいたものを、先生はずっと体現し続けた。
男の期待を、先生は決して裏切らなかった。
以前トリコが言っていたように、あの男は愛情より友情を選んだ。
先生の為に死ぬことを、躊躇わないほどに。
先生の成長の為に、己の命を喜んで使うほどに。
「“今思えば、彼は友人に対していつも誠実だった”」
例えば彼はゲーム開発部の面々を、友人として対等の立場から愛していた。
先人として助言し、導こうとし、そして間違いを身を挺して止めた。
最後の最期まで、彼女達の為にその身を捧げるほどに。
『あんたにそう言って貰えるのなら、オリジナルも報われるだろう』
男のアバターが軍帽を深く被って、そう答えた。
「“……ところでなぜ、リンゴにWolf小隊を差し向けたんだい?”」
『リンゴは一度、己の才能を理解する必要があった。
無理に抑え込むよりも、上手い付き合い方を学ばせた方がいいと思ったからだ』
「“だけど結果として、被害者が出た”」
『だが、無辜の被害者は出なかった』
リンゴもWolf小隊も、相手を選んでいる。
何の罪もない相手に攻撃はしなかった。
「“だけどもっと、上手いやり方があったはずだ”」
『俺の好きなゲームの主人公の台詞を言おう。
──じゃあお前は、いつか法を正すから今は我慢して死ねと言うのか?』
「“……君もリンゴも、いつも難しい選択を突き付けてくるね”」
『でなければ、試練にならない』
切ない表情をしている先生に、男はいつだって現実を突き付ける。
そうやって、彼に経験を積ませ、成長を促す。
どこまでも厳しく、そして愛に溢れていた。
そうしていると、ぴろりん、とスマホに着信音が鳴った。
『……おっと、先生。メッセージの通知だ』
彼は勝手にメッセージ画面を開いて、それを示した。
「“ハナコからだ……”」
その内容は、リンゴが手に負えないから助けて欲しい、という内容だった。
「“まさか、またジャックが!?”」
『ハナコが手に負えないとは。相当だぞ』
ハナコに依ると、丁度これからリンゴ達が活動を始めるとあるので、先生はすぐに向かうことにした。
§§§
“アリウスの歴史を学ぶ会”。
アツコが中心となって、元アリウス生の学力向上の為に開催された集まりである。
これには元アリウスの生徒達だけでなく、トリニティの生徒達も数多く参加することとなった。
曰く、新しい隣人の歴史を知るのは当然のこと。
曰く、かつての先輩たちの過ちを繰り返さない為。
曰く、アリウスの制服が可愛いから。
キヴォトスでは部活動ごとに制服が違うのは珍しい事ではない。
元アリウスの生徒は、アリウスの制服での活動を許されており、それを目当てに参加する者も少なくなかった。
それだけでなく、自分たちの歴史を知ってくれるという新しい同胞を彼女達は歓迎した。
これらはアリウス分派として、トリニティの生徒達に認知されていたのだが。
「Vanitas vanitatum et omnia vanitas」
リンゴがマイクを片手に、校門前でその教えを口にする。
「これはかねてより、アリウス分校の校是でした。
あの魔女ベアトリーチェはその教えを歪め、テロリストとして手駒を操っていたそうです。
しかし、その本来の意味はこの世は虚しいから謙虚に生きて、欲望に執着するべきではない、という金言からなるのです」
これはベアトリーチェがアリウスの生徒達を洗脳する以前から、アリウスに伝わっていた教えだった。
それはようやく、正しい意味でアリウスの生徒に伝わっていた。
のだが。
「それは、つまり!!
私達は身の回りから謙虚さを体現し、トリニティ学園の生徒らしく清楚に生きるべきと言うことなのです!!」
校門前に集まった、大勢のアリウス分派の生徒がそうだそうだと声を上げる。
「アリウス分派の皆さんが学園に貢献するべく、その精鋭を選出しました!!
その名も、──“ばにばに団”!!」
リンゴが横に並んでいる面々を指差した。
「どうも、諸君。ばにばに団の団長を務める、錠前 サオリだ」
「サオリさん!!
以前の貴女の間違いを、教えてください!!」
「ああ」
リンゴからマイクを受け取ったサオリは、真顔でこう答えた。
「以前の私は、動きやすさを重視した腹部の見える格好で行動していた。
しかし、それは非清楚──つまり、スケベな格好だったのだ!!」
「その通りです!! そんなスケベな格好、トリニティの生徒にふさわしくありません!!」
「私は改心した。これからは、ばにばに団の一員として、非清楚を取り締まっていくことにする」
サオリの宣言に、校門前に集まっていたアリウス分派の面々が湧きたった。
「ねえ、なにこの茶番……」
ミサキが羞恥から顔を伏せながらそう呟いた。
「あ、あの、これ、笑われてますよね、そうですよね?」
ヒヨリはおどおどして周囲の様子を窺っている。
アリウス分派の面々以外の生徒達は、唖然としているだけだった。
「二人とも、ごめんね。
こうやってバカなことをするの、憧れてたから」
「……」
「うう、姫ちゃん」
アツコにそう言われては、何も言えない二人だった。
「我々ばにばに団は、ティーパーティーから身だしなみチェックの任務を請け負った。
これから全生徒の公開身だしなみチェックを行う!!」
サオリの宣言に、わいわいがやがやと囃し立てる。
「今回の身だしなみチェックに差し当って、トリニティ学園のお清楚四天王を招集致しました。
彼女らと、皆さんによる判定で、生徒の方々が清楚かドスケベかを判定したいと思います!!」
リンゴが校門に設置された長テーブルの前に座る四人を指示した。
「トリニティの清楚はシスターフッドが完成している!!
歌住サクラコ様だぁ──!!」
「皆さん、よろしくお願いします」
サクラコが微笑むと、アリウス分派の面々とは全く関係ないところからも黄色い声援が出た。
「真の清楚を知らしめたい!!
アリウスの姫、プリンセスセイソー!! 清楚の体現者、秤アツコ様だぁ!!」
「皆、よろしくね」
アツコが手を振ると、アリウス分派が歓声を上げた。
「エッチを見つけ次第取り締まってやる!!
我らが正義実現委員会の期待のホープ、下江コハルちゃんだぁ!!」
「もう死にたい、殺して……」
コハルは顔を真っ赤にして俯いてプルプル震えていた。
「清楚の本場はティーパーティーにある!! パテル分派流は彼女が完成させた!!
今回の催しにご協力頂きました!! 聖園ミカ様です!!」
「みんな、楽しもうね☆」
パテル分派の面々もなぜかそれなりに参加していて、わいわい黄色い声を送った。
「若きクイーンがいらっしゃった!!
清楚と言えば彼女、私達は彼女を待っていたッッッ!!
マスターオブ清楚マスター!! 伊落マリーちゃんッッッ!!」
「さ、サクラコ様を差し置いて、過分な評価を賜り、恐縮です……」
清楚、清楚、御清楚、と観衆はマリーを称えるが、彼女はもじもじと恥じらっていた。
「あと数名の有識者もいらっしゃっています」
四天王なのに五人いるとか、そう言う野暮なツッコミを入れる者は誰も居なかった。
リンゴのパフォーマンスに、校門前のボルテージは最高潮だった。
そんなところに。
「これは一体、何の騒ぎですか!!」
生贄、もといハスミ率いる正義実現委員会の面々が現れたのである。
「身だしなみチェックだ」
「こんな大がかりな上に、大騒ぎまでしてですか!?」
「これは、ばにばに団のアドバイザーであるリンゴが立案し、計画された厳粛な行いだ」
「私が許可したよ」
真剣な表情のサオリと、面白がっているミカが答えた。
「くッ、権力者をバックにしているとは!!
そ、それにコハル、あなたまでそちら側とは!!」
「こ、これは、ハスミ先輩、ちが、違くて……」
「それでは、皆さん。身だしなみチェックの時間です!!」
リンゴは虫眼鏡を取り出し、ハスミの服装を審査し始めた。
「な、ななな、なんですか、このガーターベルトが丸見えのスリットは!!
あー、ダメダメ、エッチすぎます!! 四天王の皆さん、どう思いますか!!」
「ハスミさんは狙撃手としての役割を果たす為に、あのように過剰な切り込みをいれていらっしゃるのでしょう」
「でも、あれ、パンツ見えてない?」
「うん、丸見え」
「は、ハスミ先輩がえっちなわけないじゃない!!」
「も、もう少し大人しい服装がよろしいと思います」
審査員の判定の結果。
清楚、スケベ、スケベ、清楚、スケベ。
「はい、皆さんの判定はどうすっけ? どうすっけ?」
『beeeeee!!!!』
観衆が一斉にあっかんべーをした。
「はいドスケベ~~!!
覆面ばにばに団の皆さん、ハスミさんを連行してください」
即座に、覆面を被ったアリウス分派の生徒がハスミを取り囲む。
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
「問答無用!! そのドスケベな身体で正義実現とか無理があるでしょう!! エロエロの実の能力者のドスケベ人間ですか!? そのスケベボディで自覚無しとかもはや犯罪でしょう!!」
「さあ、こっちに来るばに~」
「ば~にばにばに!!」
「ば、ばに~」
「貴女たちそれでいいんですか!?」
ハスミは用意されていた更衣室に連れていかれた。
「はい、次マシロさん!!」
「え、ええ!?」
「清楚四天王の皆さん、審査をお願いします!!」
先輩が連行され、唖然としているマシロに今度は毒牙が降りかかる。
「あれ、脚出しすぎじゃない?」
「そうですね。もっとおとなしめのスカートでもよろしいと思います」
「うん、えっち」
「マシロ、ごめん……」
「か、風が吹いたら大変なことになってしまいそうです」
審査員の判定の結果。
スケベ、スケベ、スケベ、スケベ、スケベ。
満場一致の結果だった。
「では、観衆の皆さんの判定はどうすっけ? どうすっけ?」
『beeeeee!!!!』
観衆が一斉にあっかんべーをした。
「はいドスケベ~~!!
ばにばに団の皆さん、マシロさんを連行してください」
「コハル、恨みますからね!!」
「黙りなさい、このエロこけし!!」
「エロこけし!?」
「そのスカートの丈が許されるのは、ワカメちゃんだけなんです!!
ワカメちゃんレベルの清楚力を得てからその短さにするんですね!!」
そうして次はマシロが連行されていった。
「全く、正義実現委員会はいったいどのような正義を実現しようとしていたんですかねぇ」
「そこまでっす!!」
「その声は、イチカさん!!」
「これ以上の暴挙は許さないっす!! 私を審査するっす、こう見えても身だしなみには自信があるっす!!」
「では、その勇気を称え、清楚四天王の皆さん!!」
「彼女は清楚では?」
「うん、清楚清楚」
「清楚かな」
「も、勿論清楚よ!!」
「異論はありません」
審査員の判定の結果。
清楚、清楚、清楚、清楚、清楚。
「おお、これは清楚!!
皆さん、イチカさんはどうでしょう!!」
『oh~清楚!!』
「御清楚!! 御清楚を頂きました!!
どうぞ、校門を御通りください」
「どうもっす」
リンゴに促され、イチカは校門を通った。
「二人とも、正義実現委員会の意気地を見せつけたっす!!」
「いや、そうではないでしょう!?」
「そうですよ!! 通っちゃダメでしょ、取り締まって下さい!!」
ロングスカートのセーラー服に着替えさせられたハスミとマシロが校門の内側に放り出され、イチカに詰め寄る。
「遠巻きに見ているあなた達!!
遅刻せずに登校したかったら、審査を受けなさい!!
他の通用口は覆面ばにばに団が見張ってますからね!!」
リンゴがマイクで遠巻きに見ている生徒たちを指差す。
悲鳴を上げるトリニティの生徒達。
この日、トリニティの授業は史上最低の出席率を記録した。
「“ひ、酷すぎる……”」
それが数日前の話だったという。
「ばにばに団の行動力はすさまじく、正義実現委員会の看板が一日性戯実現委員会という看板に差し替えられたこともあります」
こういう話には嬉々として入るだろうハナコが、真面目な表情で先生に話をしている。
「“まさか、リンゴがこんなに行動的になるなんて……”」
「私もここまでとは予想外でした。
しかも、扇動しやすいアリウスの生徒も抱き込んで」
「“いったい何が目的なんだろう……”」
そう呟いてから、先生はハナコを見た。
「“ハナコは手を打たなかったのかい?”」
「それが……」
ハナコは心底悔しそうにしながら、話し始めた。
「ばーにばにばに!!
この校門をくぐる者は、一切のドスケベを捨てよ!!」
要領を掴んだのか、初日以降はサオリがマイクで身だしなみチェックを主導していた。
彼女の仲間たち(主にミサキとヒヨリ)はそんな彼女の痛ましい姿に視線を向けることが出来なかった。
ただ、生徒たちはちゃんとした服装なら普通に通してくれるのが分かったらしく、初日のような地獄絵図は見られなくなったのだが。
「サクラコ様、この後のミサではいつもの歌唱会を致しましょう」
「ええ、今日も楽しみにしております」
ばにばに団はミカとシスターフッドの後ろ盾で活動しており、リンゴはサクラコのプロデュースに余念がなかった。
彼女が親しみを持って周囲に接してほしいと相談したので、じゃあコンサートでもしよう、とリンゴが計画してそれが大ヒットしたのである。
「ねえねえ姫ちゃん、ちょっと相談があるんだけどいい?」
「何でしょう、ミカ様」
「あはは、同じ生徒会長じゃん、硬くならなくてもいいよ☆」
そんな感じで審査員席もリラックスしていた、その時である。
「要注意人物の接近を確認ばに~!!」
「あの姿は、身だしなみチェックのブラックリスト入りをしている、浦和ハナコ!!」
校門の上に乗って双眼鏡で警戒をしていた団員たちが、ざわめく。
「あら、皆さん、今日もお疲れ様です」
「え、誰、あいつ」
思わずコハルが目を剥いた。
ハナコは優雅と気品と清楚さに満ちた笑みを浮かべ、カバンを体の前に両手で持って現れたのである。
まさしく女神のような、清楚の化身のような、トリニティの理想像そのものを体現していた。
「ここを通ってもよろしいのですよね?」
「あ、ああ……」
サオリが思わず、頷きかけたその時だった。
「──ストップ!!」
リンゴが大声で待ったをかけた。
「おや、どうしたのですか、リンゴさん。審査をなさるんですか?」
「リンゴさん、ですか……貴女の目論見は分かっているんですよ、ハナコさん!!」
「ど、どういうことだ、参謀!?」
「例えば、ですよ、団長。
もし我々が彼女を審査し、清楚と判定し校門をくぐった直後、──彼女が服を脱いだらどうします?」
「ま、まさか!!」
リンゴの仮定に、サオリは戦慄する。
「我々ばにばに団の敗北、そう言うことだな!!」
「構造分析班!!」
リンゴがスキャナーを持った団員の方を向く。
「ま、間違いないですばに!!
浦和ハナコは、服の下にスクール水着を着ていますばに!!」
「まさか、下着を着用しないドスケベ生徒を炙り出す装置が、こんな形で役に立つとは……」
「どんな想定よ、それ」
コハルのツッコミも空しく、リンゴは爪を噛む。
「どうする、我々は彼女を通すしかないぞ!!」
「ふふふ、これに懲りたらこんな皆を巻き込んだ大騒ぎは終わりにしてくださいね♡」
「ぐぬぬ……」
勝利を確信したハナコ。
彼女を通してしまえば、ばにばに団の名声は地に墜ちるだろう。そんなものがあるかは別として。
「こうなったら、有識者さんお願いします!!」
リンゴはオブザーバーを頼った。
「はい、有識者の河戸です」
審査員席の横に、ちょこんと小さなテーブルに座って有識者という立札を付けた、ビン底メガネに頭上に蛍光灯を乗せた生徒が言った。
「えー、トリニティウラワフラワーの生態は長らく謎に包まれておりました。
その為、学界では数多くの論議がなされたそうです。
曰く、解釈違いになるから薄い本で抜けない。
曰く、彼女がエロいことをしてくれる場面が想像できない。
曰く、逆説的に清楚なのでは?
……等々、目撃情報に反して、その解釈は多岐に渡る有様です」
「や、やっぱり、私達の敗北は確定的に明らか!?」
「いえ、そうとも限りません」
「え?」
「えー、単純な事です」
有識者は人差し指を立てて、こう言った。
「エロスとは、神秘なのです。
つまり、隠されているからこそ、暴きたくなるモノ」
「要するに、チラリズムですね」
「ええ、なので、頻繁にさらけ出されるそれは、もはや──ギャグなのです」
おお、と審査員席はどよめいた。
「即ち、浦和ハナコは清楚でもドスケベでもない。
えー、これが、私の見解であります」
「よくわかりました……。清楚四天王の皆さん!!」
有識者の見解を受け、審査員の五人が札を上げる。
判定不能、判定不能、判定不能、ドスケベ、判定不能。
コハル以外の全員が、判定できないと判断した。
「そう言うわけですので、通って構いません」
「…………」
ハナコは呆気に取られた様子で、呆然と立ち尽くしたのだった。
「私の、完敗です……」
「“いったいなんの勝負をしているのだろう……”」
かなりへこんでいる様子のハナコに、先生は掛ける言葉が無かった。
「“あれ、でも話に聞いていた顔ぶれと違うけど”」
審査員席の清楚四天王の顔ぶれが話と違っているのに、先生は気づいた。
「あ、先生じゃないかばに~」
「“サオリ……”」
「我々の新たな門出を見に来たのかばに?」
「“あの、なんで、ばにばに団なのかな……”」
先生はかなり言葉を選んで、最終的にそんな無難な質問が出た。
「それは勿論、アリウスの校是から来ているばに。
正直ダサいと思われるだろうが、皆が一回名前を聞いて、聞き返すだろうこの名称は頭に残りやすい、とリンゴが提案してくれたばに。
お陰でアリウスと言えばばにばに団となったほどだ。ばーにばにばに!!」
「“な、なんでこんなことをしてるのかな”」
「知らなかったのか、先生。腹部を他人に晒すのはスケベなのだ。私は生まれ変わったのだばに。
聞けばヒヨリも先生に腹部を晒したとか。これは許されざるドスケベだばに!!
清楚さと謙虚さこそ、トリニティの生徒にあるべき姿ばに!!
その証拠に、我々に多くの賛同者が付いて来てくれているばに!!」
主張は間違っていない。それが厄介だった。
ただ、その代わり致命的な物を失っていることにサオリは気づいていないようだった。
「“……彼女達は?”」
先生は痛々しいものから目を逸らすように、審査員席を見た。
「そうだ、先生にも紹介するばに!!」
マイクを持って、サオリが順番に紹介を始めた。
「小陸軍省に誓ったのは、清楚の誓い!! 看護婦とは清楚の起源なり!!
救護と書いて、清楚と読む!! 蒼森ミネ!!」
「ごきげんよう、先生」
真顔で座っているミネが先生に手を振った。
「我らアリウスの清楚の完成形を見よ!!
ロイヤルブラッド、ユスティナの正統後継者、秤アツコ!!」
「こんにちは、先生」
アツコも先生に手を振って見せた。
「正義とは、清楚のついでに実現するモノ!!
正義実現委員会の真髄、剣先ツルギ!!」
「こ、こんにちは、先生。うッ、うふふ……」
先生を目の当たりにしたツルギは、挙動不審になりながらも清楚っぽく挨拶をした。
「本日は不在のコハルの代役を務める、トリニティの基準値!!
我こそが清楚、清楚こそ日常!! 阿慈谷ヒフミだ!!」
「あ、あはは、先生。どうもです……」
どういうわけだかコハルの席にはヒフミが座っていた。
「そして、チャンピオン!!
先日ばにばに団主催、清楚王決定コンテスト、堂々のダントツの一位!!
清楚とは、彼女を置いて他に居ない!! 彼女を語らずして、清楚という言葉は存在しない!!
──伊落、マリーぃぃぃいいい!!」
「は、恥ずかしいです……」
すっかり持ち上げられているマリーが恥ずかしそうに顔を伏せた。
「“ミカとサクラコは?”」
「ミカ様は飽きて、清楚四天王を辞退した。
サクラコ様は……あれは、酷い事件だったばに……」
「“そ、そうなんだ……”」
サオリは遠い目になったので、深くは尋ねないことにした先生だった。
「ちょっとそこの方、ストップです!!」
先生がイオリと話している間も、リンゴが登校している生徒に目を光らせていた。
「四天王の皆さん、彼女はどうでしょうか!!」
「清楚?」
「清楚、清楚清楚」
「救護」
「救護!?」
「清楚」
四天王の五人はもはや圧縮言語で会話が成り立つほど、慣れた様子だった。
「はい、結果は出ました。
清楚、清楚です!!」
『oh~清楚!! 御清楚!!』
今日もアリウス分派の面々はご機嫌だった。
「あれ、先生じゃないですか!!」
「それでは先生。私は身だしなみチェックに戻るばに」
サオリと入れ替わるように、リンゴがとてとてとやってきた。
「ハナコさんと一緒に、どうかしたんですか?」
「“いや、それはこっちの台詞だよ”」
「ああ、これですか?」
リンゴは後ろを振り返り、騒がしいアリウスの面々を見やった。
「これは私なりに、あの男を否定しようと思いまして」
「“著しく手段を間違えてる気がする……”」
「ついでに、コハルちゃんも参加させ、民意を得ようかと。
コハルちゃんは将来的に正義実現委員会の要職に就くことを考えていますから。今のうちにトリニティの生徒に刷り込みをしておこうかと」
コハルの為、リンゴの計略のおおよそはそれだった。
「いずれ、正義実現委員会のトップに立ったコハルちゃんと、ティーパーティーを転覆させて、うふふ、ふふふ」
そんな妄想を繰り広げているリンゴを見て、ああこれはハナコにも手に負えない、と思わずにはいられなかった先生だった。
「“とりあえず、転覆は止めようね。コハルの意見も尊重してあげて。友情は、お互いの尊重によって成り立つんだよ”」
「はい、勿論です!! コハルちゃん、コハルちゃん……ふふふ」
「“ハナコ、リンゴが無理しないように見ていてあげて”」
「はい、わかりました……」
ハナコが振り回されているところは珍しいな、と思う先生だった。
最悪の場合、コハルからリンゴに言って聞かせるようにしようと、思っていると。
「先生ッ、ちょっといいですか?」
「“何かな、アンズちゃん”」
蛍光灯を頭上に乗せた生徒が、先生の背中をちょんとつついた。
「ゲームをしませんか。先生?」
「“君のゲームは、断れないって分かってるよ”」
「ふふふ、そうこなくちゃ」
ハナコがリンゴに手段を改めるように説得しているのを遠巻きにみながら、先生は周囲が遠く感じるような錯覚に陥った。
恐らく、先生は彼女と今二人きりに隔絶されているのだ。
「今度、エデン条約の調印式が有りますよね。
先生や、カヤ防衛室長、ミレニアムからセミナーのリオ会長も調停人として参加するそうですね」
「“うん”」
「その会場に、バクダンがある一人の生徒によって持ち込まれます」
「“!?”」
「これは預言です。避けられない運命。
そのバクダンによって、エデン条約は決裂するでしょう。
ネタバレはするなって? いえいえ、誰もあんな条約が成立するなんて、そんなこと思ってないでしょう? 知ってるくせに」
先生は、背中の少女が誰に話しかけているのか、偶にわからなくなる。
「誰にも見えないバクダン。先生はどうやって見つけます?
先生、私を愉しませてください。ゲームの参加証として、スワンプマンの対処法を教えて差し上げましょう」
少女は、端から先生がバクダンを止められるとは思っていない。
そんなことは、不可能だからだ。
このことを教えて、右往左往する先生を観察したいだけなのだ。
「本来ならミサイルが飛んできたところを、バクダンに差し替えてあげたんです。アンズちゃんは褒めて欲しいところですよ」
「“でも、結果は変わらないんだろう?”」
「ええ、そんな自由は、私にはありませんから」
少女は先生の前に回り込み、指先をその腹部に当てた。
かつて彼女から教えられた腹部の幻痛が疼いた。
「私は、サイコロを投げるだけ。その結果を知ることはできません。
────楽しみにしてますよ、先生♪」
少女は言いたいことだけ言って、消え去った。
「……カヤ、私だよ。お願いがあるんだ」
先生は防衛室に電話を掛ける。
彼は無駄と分かりつつも、足掻くだけだった。
なお、サオリの語尾は仲間たちの懇願によって、なんとか元に戻りました。
ギャグなお話しなのに、最後の最後で突き付けるドシリアス。これぞ、ブルーアーカイブ。
次回、波乱のエデン条約の調印式当日になります。
そして、黄金の林檎は投じられる。