嫌いな人は設定でオフにしてください!!
夜の冷たい風が、橋の上で音を奏でる。
先生にとって、この瞬間それは永遠にも近い演奏だった。
「あ、アリスは!!」
アリスが答えた。
「アリスは、いいえを選びます!!」
「……」
「アリスには、魂は存在しないかもしれません。
だ、だけど、それを差し出せと言われても、差し出すつもりはありません!!」
「そう、ですか」
彼女に相対する少女は、どこか安堵するような、同時に、憐れむようにアリスを見ていた。
「無意味な質問でした」
とんがり帽子の鍔を、少女は気だるげに弄ぶ。
「重要なのは、この問いかけそのもの。
分岐路とは、たとえ右を選んだところで、左が消えるわけではない。
それでも、
「“……アンズちゃん”」
「じゃあ、私は帰りますね」
少女は踵を返す。
その歩む先が、裂けるように空間が割れる。
その奥には、巨大な、白亜の荘厳な門があった。
一目で先生はわかった。あの門をくぐった者は、二度とこちら側に戻ってこれない、と。
そして、同時に先生は幻視した。
少女と手をつなぎ、そちら側へ共に歩いて行くアリスの姿を。
幻に過ぎないはずのアリスが、一度だけ先生を振り返った。
声なき声で、一言だけそのアリスが何かを言った。
読唇術を持たぬ先生には、その幻影が何を言ったのか、分からなかった。
少女が消える。この世界から。
幻影のアリスを、連れ去って。
まるでジッパーが閉まるかのように、空間の裂け目が閉じる。
全ては、何事も無かったかのように、風の音だけが夏の終わりの生温い空気を運んでいた。
「アリスは、夢を見ていたのでしょうか。
……機械が、夢を見るのでしょうか」
睡眠時の夢と言う概念を、アリスはゲームで理解している。
今の出来事は、白昼夢のような、そんな地から足が離れたような話だった。
「“アリスは、夢を見ても良いんだよ”」
「先生……」
先生は、アリスに改めて向き直った。
「“勇者よ、君が本当に選ばれし者ならば、その証明をしなさい”」
「!!」
「“初代ドラクエでも、勇者の証がなければたとえ本当の勇者であっても邪険に扱われるだろう?
――――クエストだよ、アリス”」
その時、アリスのスマホに着信があった。
彼女がそれを手に取ると、クエストが発注されていた。
「勇者の証を、示せ」
アリスはそこに書かれた文章を読み上げる。
たったそれだけの、簡素な文章を。
「“これから君はキヴォトスを旅して、アリスが勇者であると皆に証明するんだ。
困っている誰かを助けてもいいし、困難に挑んでもいい”」
先生は、あらかじめリンゴ達と相談して決めたシナリオを読み上げる。
「“もし君がキヴォトスで、生徒としてみんなと一緒に居たいのなら、君自身の行いで認めさせるんだ”」
先生は、ゲームの始まりを告げる王様のように、アリスに言った。
「“君が、心を持った人間である、と”」
「ッ、アリスは、クエストを受注しました!!」
先生は目を閉じる。
これはアリスの望むことだとは、理解していた。
しかし、この状況はそれを強要するのと同じだ。
そんな一抹の葛藤を胸に、先生は告げる。
「“投票の期限日まで、君の立場はシャーレが保証する。
アリスがアリスと言うだけで、虐げられることが無いように、皆には説得しておくよ”」
「はい、アリスは悪魔の子ではありません!!」
ある意味では、そんな濡れ衣をアリスは着させられている。
その時だった。
無人のスクーターが走って来て、二人の前に停車した。
「“キヴォトスは広いからね。これを使うといい”」
「わぁ、ゲーム開始から乗り物があるなんて!!
ドラクエの王様は先生を見習うべきです!!」
先生はアリスにヘルメットをかぶせてあげると、彼女はスクーターに乗った。
「それでは、先生!!
アリスは、アリスが勇者であることを証明しに行きます!!」
アリスだけでなく、レールガンの重量も物ともせず、スクーターは発進した。
それもその筈、このスクーターはエンジニア部謹製で、Bluetoothも備わっている!!
「先生、アリスは行ってきます!!
必ず、勇者の証を見つけて見せますね!!」
「“うん、頑張って”」
アリスが乗ったスクーターが走り出す。
自動操縦なのでアリスでもラクラクなのだ。
「“スワンプマン、アリスを頼む”」
『常時十台のドローンを交代で中継している。
アリスの活躍は、それを通じてキヴォトス中に放送されるだろう』
全てはアリス次第だ、と男のアバターは言った。
『先生、リオさんとのアポが取れました。一時間後には可能だと』
『あいつも学園内の混乱をすぐに収めたようだ。
とりあえず、モモイ達を迎えに行ってやってくれ』
「“そうだね”」
先生も先生で、行動を開始する。
彼にはまだまだやることが山積みなのだ。
§§§
「保安部とガードロボを総動員して暴徒を鎮圧させなさい!!」
その頃、ミレニアムのセミナーは猫の手も借りたいほどだった。
生徒会室は先ほどから電話が鳴り響き、下では暴動が巻き起こってる。
「ユウカ先輩、電話対応が面倒なので、物理的に回線切っちゃいました!!」
「おバカッ、面倒ごとを増やすな!!」
対応に駆け回っているユウカが、コユキに拳骨を落とす。
「ユウカちゃん、ゲーム開発部の三人が、その、暴動に巻き込まれたと……」
「何ですって!?」
アホが余計なことをしてしまったので、大分静かになってしまった生徒会室。
ノアがポーンマスの通知に気づいて、ユウカに進言する。
「やむを得ないわね。メイド部を投入して」
「わかりました、リオ会長。私の不手際です」
「今は何よりも彼女達の身の安全を」
この混乱の中で、リオは冷静に指図を行う。
「ポーンマス、セミナーへの問い合わせを自動音声と事前に用意していた定型文で対応をお願い」
『了解しました』
「最初からこうしておけばよかったわね」
回線が復帰しても、電話ひとつセミナーには鳴り響かない。
リオは溜息を吐いて、ポーンマスの威力にげんなりしていた。
「ユウカ、暴動の処理をお願いするわ。
私は各地の状況を確認するから」
「分かりました」
セミナーのメンバーが、小走りで忙しそうに右往左往するのを見て、リオはタブレット端末を起動する。
「セミナー本棟前の映像を」
『了解』
リオの声に、男のアバターが監視カメラの画面に映した。
保安部の生徒がガードロボを引き連れ、銃で威嚇しながら解散するように怒鳴りつけている。
「……」
『こんな光景、見たくなかったか?』
「そうね、こうならない為に、手を尽くしたつもりだったわ」
『面白いだろう? 普段合理性だの論理的だのなんだの言っておいて、自分に不利益が被りそうになったらサルのように大騒ぎをする。
しかも、ここに居る連中の殆どは、アリスと交流の無い連中ばかりなんだぜ。
くくく、所詮はガキの集まりだってことだ』
男のアバターはセミナー本棟前に押し寄せている生徒達を嘲笑っていた。
『これがお前の愛するこの学校の生徒の本性だよ』
「緊急事態にこそ、その人間の本性が現れるとでも言いたいの?」
『それを今から、キヴォトス中で見れることになる。
ははは、いったいどれだけの奴が気づいているんだろうなぁ。
――――滅ぼすかを選ぶのは、アリスの方であると』
彼は楽し気に、リオに語り掛ける。
『楽しみだなリオ。
アリスはこのキヴォトスを旅して、どのような結論を出すんだろうか。
もし、あいつがこの世界を滅ぼしたいと思ったら、そうなるんだぜ!!』
「あなたが何が楽しいのか、私には分からないわ」
『アリスは、モモイ達に出会って多くの善性に触れてきた。
だが、人間ってそれだけじゃないだろ?
美しい事だけを知るのではなく、この世の醜さや汚さを知ってこそ大人になれるのだ。
いずれアリスに、その機会を与えるつもりだった。
まさかこんな形になるとは思わなかったが』
「その結果として、彼女がこの世界を醜いと思ったらどうするつもりなの!!」
『何を言っている。――この世界が醜いのは事実だろう?』
男のアバターは真顔でリオに答えた。
『俺のオリジナルは、たった数か月でこの世界の多くの醜さを見てきた。
例え俺に自我が無くても、このキヴォトスを見渡すだけで見えるその醜悪さを垣間見れば、嫌でも自我が産まれてくるさ。
あの無垢なるマイフェアレディが、この世界を醜いから滅ぼしたいと言うのなら、それは蹂躙ではなく審判だ。
彼女が、本当にこの世界を覆う不条理故の悲しみと苦しみを終わらせたいと願うなら、俺はその側に立つつもりだ。あいつを、独りにはさせられんからな……』
「……それでも、私は守りたいものがあるのよ」
『リオ、もはや事態は俺たちの手から離れたのだ。
……もう、このお話は、俺達の物語ではないのだよ』
もう、スワンプマンにさえこの後の展開は決められない。
この後の結末を決めるのは、アリスだけなのだから。
それ以外の全てのキヴォトスの存在を、ただの踊り狂う道化として。
『踊る阿呆に見る阿呆、どちらも阿呆なら踊らにゃ損だぜ。
さ、お互いに踊り狂おうぜ』
「……私は、私の成すべきことをするわ」
『おう。好きにすると良い』
スワンプマンは既に自分のすべきことを終えている。
最早舞台は整い、アリス以外の誰が何をしようと、アリスの選択を選ぶ材料にしかならないのだから。
「……そろそろ、先生との会談の時間ね」
『おう、連絡が来たら教えるぜ』
賽は振られた。
こうなってはリオも、運命の行く末を祈る他できないのだ。
§§§
「あ、あ、ああッ」
「ユズ、大丈夫!!」
セミナー本棟前。
そこには大勢の生徒が、セミナーに説明を求めて大挙していた。
そしてキヴォトスにおいて言うまでもないが、全員が銃で武装している。
その暴威に当てられ、ユズは真っ青になっていた。
ミドリはそんな彼女に寄り添っていた。
モモイは周囲の状況に何をすればいいのか分からずにいた。
「今すぐアリスを破壊しろ!!」
「何で今まで説明しなかったんだ!!」
「セミナーが責任を取ってあの兵器を破壊しろ!!」
四方八方で、そんな怒声が響き渡る。
「酷い、酷いよ……皆、アリスのこと大好きだったはずなのに」
ミドリの精神状態も普通ではない。
彼女も混乱し、怯えているのだ。
「こちら保安部だ!!
お前達、直ちに解散しろ!!」
「これ以上騒ぎ立てるなら、武力行使も辞さないぞ!!」
すると、保安部の生徒達がガードロボを大量に引き連れ、やってきた。
「おい、あの三人だ!!
彼女達を保護しろ!!」
「はい、速やかに安全確保しなければ」
保安部の生徒達が、モモイ達を示した。
それが良くなかった。
「あ、あいつら、アリスと一緒に居る奴らだ!!」
「お前たちがあんな兵器を持ち出したのか!!」
「あの兵器の仲間だ!!」
狂乱の目が、モモイ達に向けられた。
彼女達は、人間の醜悪さを目の当たりにしたのだ。
「うるさい!! アリスは私達の仲間なんだよ!!
アリスの事をなんにも知らないくせに、勝手な事ばかり言って!!」
逆上したモモイが、応戦しようと銃を構える。
「お姉ちゃん!! ここで戦うのはマズいよ!!」
「何がマズいのッ、あいつら、アリスのことを馬鹿にして!!」
『不思議なことに、創作活動とは想像の産物であるのに、それを消費する側はリアリティを求める。
非現実を表現する為に、現実性を欲しがるのだ』
その光景を、監視カメラ越しに眺める男のアバターが、そう呟いた。
『もっと、いろいろなことを体験しろ。モモイ、ミドリ、ユズ。
美しさも、醜さも、全て見聞きし、自分で触れて体感するんだ。
人間は、自分が経験したことしか、表現できない。
もっと、もっと、悲しみも怒りも経験し、糧とするのだ。
それがきっと、お前たちのゲーム開発に役立つだろう』
男のアバターが指を鳴らす。
彼は先生に嘘を吐いた。
そもそも初めから、スワンプマンは彼女達をシャーレから引き留める行動はしていなかった。
いや、正確には、彼女らを助けられる人物が、対応できないタイミングで救援を要請したのだ。
そして、それは時間差で彼女達の下に現れた。
「いい加減にしろ、お前たち!!」
暴徒や保安部とは別に、新たに生徒の集団が現れたのだ。
「アリスが破壊兵器だって!?
我々はミレニアム生だぞ!! 論理的な証拠と、物証を提示するまで、私達はそれを認めない!!」
「むしろ、私達に調べさせろ!!」
「古代兵器なんてロマンの塊だろ!! なにも調査しないで破壊するとかどうかしてるんじゃないの、あんた達!!」
「他人だけの情報に踊らされる馬鹿どもな失せろ!!
ここは実験と検証、そして科学によって事象を定義する場所だ!!」
アリスと交流のある生徒が、次々と声を発する。
彼女達が、モモイ達を守るように前に出た。
「み、みんな……」
「モモ、ミド、ユズ!!」
「マキ!!」
「私達ヴェリタスも停学くらっちゃったよ、あはは。
とにかく、今は先生のところに退避するよ!! 先輩達もそっちにいるし!!」
「わかったよ!!」
モモイ達は、暴徒たちにあっかんべーをした後、マキと共にこの場を離脱した。
「失せるのはお前たちが、バカ共が!!」
「もはや議論も出来なくなったか!! ゲヘナ辺りに転校を勧めるよ!!」
「お前達、どちらも解散しろ!!」
三者三様の怒号から、モモイ達が離脱する。
「みんな!! 早く乗って!!」
先生も、ミレニアム正門前にちょうど車で到着した。
四人が乗り込むと、先生はすぐに発進した。
「先生、アリスはどうなるの!!」
「“……ごめんね。私は、みんなを信じることしかできないんだ”」
「……先生」
「“みんなの荷物は、あとで取りに行ってもらうから、ほとぼりが冷めるまではシャーレに泊った方が良い”」
「わかりました」
こうなることはわかっていた、と先生は内心溜息を吐いた。
「私達、これからいったい、どうすれば……」
「停学に、なっちゃったしね……」
ユズの声が震えている。
ミドリが肩を落として俯いている。
「……アリスは、きっと大丈夫だよ!!
アリスが勇者だって、きっとキヴォトスに証明するはずだって!!」
そんな空気の中で、モモイは自分を奮い立たせるようにそう言った。
何事もなくシャーレに辿り着き、マキもゲーム開発部と同様に荷物をまとめたヴェリタスがここに避難しているので、そちらに合流しに行った。
そうして、先生は今日のやることにひと段落を終えた。
そう思っていた時だった。
『先生、シャーレの正面玄関に来客です』
「“こんな時間に? 誰かな?”」
シャーレの客は、基本的に生徒か、設備を維持する為の業者くらいだ。
後者は時間的にあり得ない。
『ええと……確認します。
――えッ、そんなまさか!?』
『う、嘘だろ……なぜ、彼女がここに!?』
シッテムの箱のAI二人が、驚愕する。
先生も、なにごとかと困惑していると。
『先生、今すぐお出迎えしろ』
「“……わかったよ”」
先生は男のアバターに促されるまま、玄関へと出向いた。
「遅い。この私を待たせるなんて、何様なの?」
そこに居たのは、玄関前にある大理石の壁の前に腰かけている大人の女性だった。
キヴォトスでは珍しい、如何にも冷たい印象を受ける、ローブを纏った人間の女だった。
「“ええと、どちら様ですか?”」
「まさか、この私の顔を知らないの? これだから、辺境世界の蛮人は嫌なのよ」
露骨に嫌味、いや暴言を吐かれ、先生は困惑を深める。
『先生、この御方はメアリース様だ』
「“えッ?”」
『信じれれないかもしれないが、メアリース様は冗談みたいにフットワークが軽い。自分の化身をホムンクルスに降ろし、無数に運用しているからだ。
だから、正真正銘、この御方は偉大なる女神、メアリース様なのだ』
男のアバターの強張った声に、先生はもう一度、彼女を見やる。
その女は、端的に用件を口にした。
「ゲーム開発部の面々に会わせなさい。
私の主催する催しに、参加するんでしょう?」
五十話以上前から前振りをしていたので、満を持して彼女が登場しました。
ブルアカとかの根幹には関わりません。ただ、確認をしに来ただけなので。
世の中はゴールデンウイークなのに、私にはほとんど関係ありません。
最近は人が居ないのので、勤務時間が伸びて執筆時間が取りずらくてかなわないですよ。
ではまた、次回!!