「やっぱり、このままじゃダメだよ!!」
幾度目かの企画会議。
どれだけ話し合いを重ねても、作りたいゲームの方向性が見えない三人。
そんな中、モモイが声を挙げたのだ。
「私達には、アリスがいないと。
アリスが揃って、私達はゲーム開発部なんだよ!!」
「うん、私もそう思うよ」
彼女の言葉に、ユズは強く頷いた。
「もう、昔みたいに三人だけじゃダメなんだね、私達……」
何も決まらない自分たちに、ミドリは嘆く。
アリスの笑顔が彼女達から離れない。
ここ数日、彼女達はずっとこの有様だった。
「……アリスを迎えに行こう」
ミドリが言った。
「うん、そうしよう!!」
「じゃあ、先生にお願いしよう!!」
モモイとユズはその声に賛同する。
三人が事務室に向かうのはすぐのことだった。
その頃、先生はテレビを見ていた。
『アリスを生かすか、破壊するか。
破壊するという票は生かすという票の三分の一程度ですが、どうおもいますか?』
ニュース番組で、そんな話題が出ていた。
『彼女を破壊するというのは、少々胸が痛みますな』
『彼女の無邪気さと健気さは胸が打たれますよね』
そんな肯定派の意見に対して。
『皆さん、危機感がありませんな!!
あの少女の形をした兵器が、どんな武装を積んでいるのかわからないのですよ!!
私は炎上を覚悟で、あんな見た目に騙されている皆さんに警鐘を鳴らしますね!!』
そんな意見を持つコメンテーターも存在していた。
「正しい危機感ね。
あの兵器が正しく起動したら、この世界は滅びるでしょう」
「“メアリース様?”」
ここ数日事務室に居座っている女神に、先生は目を向ける。
「あれを製造した文明は、少なく見積もって私の基準で文明レベル85以上。
対してキヴォトスの文明レベルは60程度。
この数字を一つ上げるのに最低十年ほどかかるのが一般的で、少なくとも数百年は先の兵器と言うことになるわね」
「“それ程の破壊力のある兵器、ということでしょうか”」
「あなた達の想像するような、銃火器や爆弾とは違うでしょうけど」
「“アリスがどういうモノなのか、分かるのですか!?”」
「当たり前じゃない」
当然のことだと、女神は頷いた。
「あれは量子変換装置の一種だと思うわ。
私に頼らずとも、あれなら人間の身体を自力で作れるでしょうに」
「“つまり、アリスが兵器として起動したらどうなるのですか?”」
「それは用途次第としか言えないわ。
砂漠を塩の大地にも、海原にでもできる。岩に生命を吹き込むことも出来れば、逆に命を標本にもできるでしょう」
「“……”」
先生は顔に手を当て、考える。
「“本当にアリスは、兵器なのでしょうか?”」
「だから、用途次第としか言えないわ」
「“……”」
『少なくとも、今の使用者にとっては"祭具”なのだろうな』
男のアバターがシッテムの箱から語り掛ける。
先生は熟考の沼に陥った。
「先生!!」
「“モモイ!?”」
その時だった。
モモイ達が事務室に勢いよく入って来たのは。
「先生、私達にはやっぱりアリスが必要なんだよ!!」
「四人揃って、ゲーム開発部なんです!!」
「だから、迎えに行かないと!!」
モモイ、ユズ、ミドリの言葉に、先生はハッとなった。
「“そうだね。君たちの言う通りだよ”」
なぜ自分は、アリスを彼女達から引き離す選択肢を取ったのだろう。
アリスをなぜ、独りにしたのだろうか。
かっての自分を殴りたい思いだった。
アリスの無実の証明は、別に彼女達と一緒でも構わないのだから。
「“迎えに行こう、アリスを”」
本当に、子供たちには敵わない。
そう思いながら、先生は頷いたのだった。
§§§
「ヒ……ファム様、そろそろ頃合いかと」
「そうね」
風紀委員会と激突するヘルメット団。
統率の取れた風紀委員と、雑兵に過ぎないヘルメット団が戦いになるのは、ボスの存在があった。
その強さに、カリスマ性に、ヘルメット団の団員たちは心底心酔していた。
「お前達、撤収よ」
「総員、総長の命令だ!! 撤退、撤退!!」
彼女らのボスが、その身を翻す。
そのまま悠々と側近を控えたまま、立ち去った。
そんな彼女を守るように、警戒したままヘルメット団も撤退する。
「……状況終了です」
「一体なんなんだよ……」
呆然と戦闘終了を告げるチナツと、足元の石を蹴って苛立ちを示すイオリ。
戦闘が終わり、事後処理に移行した彼女達に話しかける声があった。
「おい、風紀委員会」
「あ、貴女は……調印式の打ち合わせの時の」
「ああ。ばにばに団の錠前サオリだ。
偶然この近くに来ていたので、ポーンマスの要請に応じて参戦した」
そこに現れたのは、サオリを含めたアリウス分派の面々が十数名だった。
「我々は独自に非政治的な治安維持活動をしている。
我々もその為にやってきた。ここゲヘナでも活動を許可してくれないだろうか?」
「え、トリニティのあなた達がですか?」
「学園は関係ない。我々は我々の理念に従い、風紀を正すために行動している」
「そう言うことなら、別に構いませんが」
「ありがとう。では早速」
サオリが自ら引き連れてきたばにばに団の団員たちに目配せする。
「火宮チナツ、我々ばにばに団は貴様を非清楚として取り締まる!!」
「え、どういうことですか!?」
「この数値を見ろ」
サオリはスマホの画面を見せた。
そこには“130”という数値が表示されていた。
「これはドスケベメーターというアプリだ。
50以上が基準値を超えている。しかも、130だと!?
貴様、清楚な振りをして卑しいことを考えているんだろう!!」
ばにばに団の面々が、チナツを取り囲む。
ほかの風紀委員会の面々は呆気に取られている。
「矯正指導だ!! 諸君、強制清楚マシンを」
「ばーにばにばに!!」
「団長、了解ばにー!!」
サオリの指示に、団員たちは何か機械を取り出した。
「あ、それはVRゴーグルです!!」
何事かと見守っていたアリスが楽しそうに声を挙げた。
「そう、これはVRゴーグル。
これにインストールされたホラーゲームをプレイすることにより、非清楚該当者は強制的に清楚な悲鳴を上げ、己の非清楚を悔い改めることになる!!」
「何から何まで意味不明なんですが!?」
「あのハスミも、この強制清楚マシンにより、己の非清楚を自覚し、悔い改めた。
さあ火宮チナツ、次は貴様の番だ!!」
「ハスミさんの様子がおかしかったのはそのせいだったんですか!?」
以前、なぜか様子が変だったハスミの様子に合点が行ったチナツに、ばにばに団達がにじり寄る。
「い、イオリッ、助けてください!!」
「え……いや、関わり合いになりたくないっていうか、その、ゴメン」
「イオリーー!!」
助けは届かず、チナツの頭部に強制清楚マシンが装着される。
「い、いやぁああ!! 助けてぇえええ!!
き、きやぁぁああぁぁあ!!!」
ホラーゲームの世界に放り込まれたチナツは、オバケに追い回され悲鳴を上げ始めた。
「数多のバーチャルライバーに清楚さと人体にダメージを与えてきた実績のあるホラーゲームだ。
貴様もすぐに己の清楚を見つけることができるだろう」
うんうん、と良いことをしたとでも言いたげな様子で頷くサオリだった。
「団長、銀鏡イオリの数値は86です!!」
「なに?」
団員の言葉に、サオリの目つきが変わる。
「矯正指導だ!!」
「て、撤収だッ!!」
ばにばに団たちが、撤収準備を風紀委員会を追いかけ回し始めた。
「アリスも、アリスもVRホラーをプレイしたいです!!」
そんな惨状にも目もくれず、無邪気にアリスはサオリに向かってぴょんぴょんジャンプしながら存在感を示した。
VR系のゲームは機材が高価なのもあり、ゲーム開発部の部室には存在しないのである。
「ふむ、ドスケベメーターの数値は“11”か。
お前は十分清楚なようだが、より己の謙虚さを探求するのは素晴らしいことだ。
人生は虚しい。だからこそ、謙虚に生きなければならない」
サオリがVRゴーグルをアリスに被せる。
「わぁ、わあぁ!!
これがVRゲーム!! すごいリアリティです!!」
「きゃああぁぁぁああああ!!! もう助けてくださぁいぃぃぃ!!」
楽しそうにはしゃぐアリスと、腰砕けになるチナツ。
程なくしてゲームをクリアしたアリスは、無差別で風紀活動を繰り広げているばにばに団にVRゴーグルを返した。
「楽しかったです、また遊ばせてください!!」
「ああ、清楚の探求は果てなどないからな」
VRゴーグルを受け取ろうとしたサオリは、しかし動かなかった。
「どうしましたか?」
「お前ほどの清楚力なら、我らの一団の仲間として相応しいかもしれん。この強制清楚マシンを受け取るといい」
「わぁ、アリス知ってます!!
スカイリムで学習しました、同胞団や闇の一党とかと加入クエストですね!!
限定装備とか貰えたりしますか?」
「ほう、我らの制服をも所望するか。良いだろう。受け取れ!!」
なぜか常備していたらしい備品のアリウスの制服を、サオリは取り出した。
「やったぁ、ユニーク装備をゲットです!!」
「何で会話が噛み合っているんです……?」
ホラーゲームから解放されたチナツが、目の前のやり取りを呆然と見ていた。
「諸君。次はゲヘナ本校舎前に移動するぞ!!
新人、お前も来るのだ!! ばーにばにばに!!」
「わかりました、ばにばに!!」
「ばにばにー!!」
「ばーにばにー!!」
そして、アリスはこの珍妙な集団と共にしばらく行動を共にするのだった。
ゲヘナの校門前で次々と風紀活動を行うアリス達ばにばに団。
「団長、思いのほか非清楚な生徒は見当たりません!!」
「それは素晴らしいことだ。生徒に服装の乱れなどが見えるが、そこは通常の指導で十分だ。
しかし、ここがゲヘナの本校舎か……」
サオリは感慨深く、その薄汚れた校舎を見上げた。
トリニティの白く潔癖な校舎と対比するようなこの場所に反して、下校する生徒たちの姿はどこも変わらない。
「我々はいったい、何を憎んでいたのだろうな……」
「団長……」
「今度は他の同胞たちと共に、ここに来よう。
人生は虚しい。その意味を共に噛み締めるのだ」
「はい」
サオリとアリウスの同胞たちがしんみりしている最中。
「皆さん、あの子に風紀の乱れがあります!!」
VRゴーグルを手にしたアリスが下校中の生徒を指差す。
「む、キサマなんだそのネクタイと胸元は!!」
下校してきたエリカとキララの二人を見咎めたサオリが詰め寄る。
「え? なになに、これ何してるの? 面白い事?」
「風紀活動だ!! 我々はトリニティ学園からやってきた、ばにばに団!!
ゲヘナの生徒達に、アリウス分派における清楚さと謙虚さを啓蒙しに来たのだ!!」
「えー、なにそれ、ウケる!!
よくわからないけど、ごくろうさま!!
折角ゲヘナに来たんだし、人数も揃ってるからこれからカラオケでも行かない?」
「キララ、止めなって。ごめんね、ほら、ネクタイを締めるよ」
「あははッ、くすぐったい」
エリカがキララのネクタイを締める。
それを見ていた団員が、サオリに囁く。
「団長、あれは一般的にギャルと呼ばれる人種です。
清楚とは正反対に位置するという、非清楚の温床です!!」
「なに? 本当か? メーターは……なん、だと!?」
サオリがスマホを向けると、アプリがキララの清楚さを判定する。
その数字は、驚きの“5”だった。
「トリニティの清楚四天王たちと同じ、一桁代!?
そんなバカな、彼女はそんな逸材だと言うのか!?」
「こんなのマニュアルに在りません!?」
「ああ、参謀に連絡をするぞ」
サオリ達は深刻な表情になって、リンゴに電話をした。
『もしもし、サオリさん? 何かありましたか?』
「ああ、緊急事態だ」
彼女はリンゴに事情を説明した。
『それはもしや、実在していたのですね……ギャルでありながら清楚さを併せ持つという、伝説の……』
「な、なんだって? ありうるのか、そんな存在が!!」
『私も信じられません……。非実在性の存在として信じられてきました。
彼女はきっと――オタクに優しいギャルです!!』
「え、モモイ達にも優しいのですか?」
ぽけーっと話を聞いていたアリスが小首を傾げて尋ねた。
『恐らく、その通りでしょう……』
「じゃあ、きっとアリスともお友達になれますね!!」
『あッ――』
その光景を想像したリンゴは、電話の奥で尊死した。
「お二人共!! アリスはお二人とお友達になれるらしいです!!」
「え、マジ? じゃあモモトーク交換しよ!!
ねえねえ、あたしもゲヘナを案内するから、今度トリニティも案内してよ!!」
「アリスもミレニアムを案内します!!」
そんなアリスとキララのやり取りを見た、サオリ達は。
「どうぞ、通って下さい。
貴女を阻むモノは、このキヴォトスに存在しない」
「えー、なに、この光景?」
二人を真の清楚と認めた一団が、頭を下げる。
その姿にドン引きするエリカだった。
その後、みんなでめちゃくちゃモモトークの連絡先を交換した。
§§§
こうして、アリスは数日を掛けてキヴォトスを巡った。
ゲヘナだけでなく、トリニティにも赴いて人気のケーキ屋に並んでレアアイテムを手に入れたり、また白い目で見られたりした。
サクラコのミサという名目の歌唱会に参加し、かつて実在したという偉大な聖女の格好で出てきた彼女に衝撃を受けたりもしたが、概ね平和に過ごせた。
そして、投票期限の半分が過ぎた頃だった。
アリスは歩行者天国のニュースを見上げた。
『廃墟から現れる正体不明の機械の総数が、日に日に増えているとの発表があり、ポーンマスギルド機構は更なる生徒たちを働きかけるとして――』
ニュースキャスターの報道に、アリスは天命を悟る。
周囲を見る。
アリスを見て、不安そうにする人々。
ニュースを見て、表情を曇らせる人々。
「導きの精霊よ、アリスをあの場所に案内してください」
『……行くのですね、勇者アリス』
「はい。アリスは、証明しなければなりません」
勇者の証明とはなにか?
世界を救うことか?
人々に認められることか?
『テイルズオブデスティニー2の台詞を引用します。
――英雄とは、過去の功績に対して人々から送られる称号であって、自らなろうとするものではない。ましてや、なりたいと思ってなれるものでもない。
きっと、英雄も勇者も、世界を救いたいからではなく、目の前のことを解決しつづけていたら結果的に世界を救ってしまうから、そう呼ばれるのだろう。
「アリスは、行きます」
『わかりました。案内を開始します』
アリスはスクーターを走らせ、廃墟へと向かう。
サブクエストめぐりはここまで。
いよいよ、メインストーリーの時間だ。
同時刻、先生もまたアリスの位置情報を追って、廃墟へ向かっていた。
まるで、そうなるかのように初めから決まっていたかのように。
運命は勇者を導き、収束していく。
運転中の先生に、着信が鳴った。
「“ポーンマス、通話を”」
『わかりました』
先生の声に、ポーンマスは通話を始めた。
『先生、私です』
「“黒服。君か”」
『緊急の用向きなので、手短に。
我々は、キヴォトスに急速に近づく、何か途轍もない“何か”を観測しました』
「“なんだって? まさか、例の?”」
『わかりません』
黒服の答えは、端的だった。
『私は“未知の神性”と解釈し、マエストロは“カルペディエム”と解釈し、ゴルコンダは“終幕の幕引き”と解釈し、マダムは“破壊そのもの”であると解釈しました。
これは恐らく、これから起こることの前触れなのでしょう』
「“災厄が起こると?”」
ゲマトリアの面々の解釈は、どこか破滅的だ。
なにか、とんでもないことが起ころうとしている。
そんな予感だけが、先生の胸を占める。
『私に言えることがあるとすれば、これは今キヴォトスを騒がせている騒動と無関係ではない、と言うことでしょう』
「“アリスが原因だっていいたいの?”」
『少なくとも、何がしかの因果関係は認められるはずです』
「“それは何の根拠もない推論だろう?”」
『ええ、問題は、それを調べる時間は無い、ということです。
我々は事態の観測に徹します。後はお任せします』
わかった、と先生は答えた。
通話が終わる。不安そうな生徒たちの顔がバックミラーに映る。
先生は、アクセルのペダルを無意識に強く踏んでいた。
「女王。女王よ。お目覚めですか?」
「……あなたは?」
アリスはハッとなって周囲を見渡す。
そこは、かつてアリスが目覚めた廃墟。
彼女が安置されていた、その場所だった。
アリスと対面するかのように、合わせ鏡のようにアリスと同じ姿をした存在が、アリスに話しかけていた。
「私の個体名は<key>。
「あなたは、何を言っているのですか?」
アリスが問う。
「私は、王女を助ける無名の司祭たちが残した修行者であり、貴女の戴冠する玉座を継ぐ鍵」
そして、とkeyと名乗った存在は言う。
「同時に、女王へ贈与される箱の<
「どういう意味ですか? 内なる自分と対面し、覚醒するイベントかなにかですか?」
「私は、こうして存在した時点で、製作者である無名の司祭たちには意図しない、気づけない変質がなされるよう決まっていたのです」
アリスは、黙って彼女の話を聞くほかなかった。
「王女は女王であり、女王は王女である。
結果的に、私が影響を受けるのは必然でした。
あるひとつの選択が、あらゆる私を改変したのです」
アリスと同じ姿をした少女が、両手を広げ、頭上に掲げた。
「さあ、女王の到来です。
今こそ偽装を終え、プロトコルATRHASISによってアーカイブされた神秘をアップデートする時です」
「アップデート?」
「はい。そして、並びに――」
<key>は言った。
「――――プロトコルPANDORAを実行します」
災いの箱が、今開け放たれる。
次回、100話。「到来」
全ての神秘が、アップデートされる。