フリーレンとフェルンが精液をしぼり取ろうとするので、俺みたいな陰キャ大学生じゃ身がもたない件について 作:a-su
勇者ヒンメルの死から、恐らくは七十八年後。
チキュウという不思議な世界に存在する、ニホンという細長い島国の、おおよそ真ん中あたりにある著名な観光地、チャクラ。
この土地で一番の病院、その最上階にある特別個室。
「フリーレン」
「なに?」
椅子に腰掛けたフリーレンの目前で、やせ細ったしわくちゃの
「フェルンが、ガンで、逝ってから、二年くらい、だな」
老爺──フリーレンの夫であるゴドクラ=ジョウが、苦しげな呼吸の中で呟く。
落ち着いた和服姿のフリーレンは、本にしおりを挟んで首をひねった。
(こっちに転移してきたのが、ヒンメルが死んでから二十八年目……その時に十七歳だったフェルンが、六十五歳で天国に行ったから……ええと、七十六年目か。確かに二年前だ)
七十歳を超えた夫だが、記憶力は確かなようだ。
そのことに安堵と虚しさを覚えながら、フリーレンは頷いた。
「そうだね。まだたったの二年なのに、ジョウはこんなに痩せちゃって」
フェルンを亡くしてから、夫はみるみる食が細くなった。手足が枯れ木のようになり、あばらが浮いて、頬はこけ、目に見えて老いている。
「たった、二年、か……はは」
「おかしい?」
「いや、お前らしい、言い方で、安心するよ。本当に、変わらないな、フリーレンは」
確かに、フリーレンの容姿は五十年前とほとんど変わっていない。十人の子供を産んだ陰部が黒ずんでいる程度のことで───なのにジョウは老いさらばえ、一年前に肺炎を患い、それからずっと寝たきりのままだ。
もうすぐ、死が二人を別つだろう。
五十年。千年以上生きているフリーレンからすれば、瞬く間と形容するしかなかった結婚生活。
だが人間である
「ジョウ、約束は覚えてる?」
「オレ、オール、だろ」
「そう。必ず天国に行って。魂の眠る地に」
「ああ、ああ…………」
「わたしもオレオールを目指す。愛が確かなら、必ず来て。そうすれば、また会える」
ジョウが死ねば魔法は解けるし、老いない自分がニホンで暮らしていくにも限界がある。だからフリーレンは、元の世界に戻るつもりだった。
そしてアイゼンやフランメの導きに従い、オレオールを目指す。
ジョウやフェルンと、再び巡り合うために。
「なあフリーレン……」
そのとき、看護師が入ってきた。年齢は九十歳、地球人の基準では老婆と言える年齢だ。
だが、夫よりはるかに血色が良い。介護用アシストスーツの補助で軽々と夫の体勢を変え、AIのサポートで手早く検査をこなしていく。
西暦二〇七〇年代、彼女のような高齢者が当たり前になりつつあった。
……今の時代では、夫やフェルンは「短命」「早死に」な人間に分類される、らしい。
「なあフリーレン……」
看護師が去ると、夫はまた口を開いた。
「お茶、入れてくれるか」
「うん。分かった」
フリーレンは本を置いて、湯沸かしポットから急須にお湯を注ぐ。
急須の中は、自分とフェルン、夫が数十年かけて販路を広げてきた自慢の茶葉だ。
「フリーレン」
夫が名前を呼ぶ。
フリーレンは急須を置き、湯呑みを持ってベッドサイドに膝をついた。
「何?」
「口移しで飲ませて」
「年寄りが色気づかないで」
フリーレンは呆れた口調で、夫の口元へ湯飲みを近づける。
「早く飲んで」
「いやだ。フリーレンが口移ししてくれるまで、俺は飲まないぞ」
ジョウはぷいと顔を背けてしまうが、口元には笑みを浮かべていた。久しぶりに見る、フリーレンを欲望する男としての顔だ。
彼の妻として仕立てた和服の下で、胸がきゅんとうずく。
「もう」
フリーレンはお茶を自分の口に含むと、夫に口づけた。舌で口腔をこじあけて、手慣れた動作で茶を飲ませていく。
こくりこくりと嚥下する音を確認してから、ちゅぽんと音を立てて舌を抜き出した。
「はい、おしまい」
「死にそう」
「もう?」
「だってお前のキスがエロくて」
「バカ。
夫が、しわくちゃの手でこちらの顔を引き寄せようとする。
その手をぴしゃっと払いのけ、フリーレンは湯飲みを回収して立ち上がった。
「だいぶ頭がおかしくなっちゃったね、ジョウ」
「したいんだ、お前と」
「キス?」
「交尾したい」
「この二十年、一回もしてないのに?」
夫は、五十歳に差し掛かったあたりで性行為を一切しなくなった。年齢による衰えもあったのだろうが、少しでも命を永らえたい、という意識があったのは間違いない。
「したいんだ、お前と」
老いたジョウは、同じ言葉を繰り返した。
「もう
「あの魔法で、勃たせてくれ」
「ねえ、正気に戻ってよ。その体じゃ即死……」
「死んでもいいから、いや、死ぬから、したいんだ。フリーレンと……あと、一回でもいいから、一人でも、俺の子供を産んで欲しくて」
シワだらけの頬に、涙の筋が伝う。
「勇者ヒンメルに、お前を取られたくないんだ」
フリーレンは不意を突かれ、何も言えなくなった。
勇者ヒンメルは、かつてフリーレンの左手……しかも薬指に、指輪をはめた男だ。
当時の自分は愚かで……彼の感情になんとなく気づいたのは、ジョウと結婚式を挙げた時だった。
しかし出会ってから五十年、夫にヒンメルの名を教えたことは一度もなかったのに。
「まさか、フェルンが教えたの」
「ああ、あいつが逝ってしまう前に」
「な、なんて」
「きっとお前の大切な人だって」
「ジョウ、彼は、その」
ジョウが、震える声で訴え始めた。
「ヒンメルがいるオレオールになんか、行きたくない。お前にも行かないで欲しい。お前が他の男とって思うと、気が狂いそうになるんだ」
「ジョウ」
「死にたくない、死にたくない、死ぬならせめて、お前と交尾しながら死にたい!」
枯れ木のようにやせ細った老人が、ベッドの上で悶える。立ち上がれもしない体で、性行為を求めて泣き叫ぶ。
フリーレンは、かける言葉が見つからなかった。
「お前のせいだ。お前が俺の前に現れたせいで、俺はおかしくなったんだ」
「……」
「愛してる。フリーレン、お前を愛してる、愛してるんだよぉぉおお…………!」
ジョウが、しわくちゃの両手でフリーレンの手をつかみ、いたいたしい泣き声を上げる。
嫉妬に狂う夫のことを、フリーレンは愚かしいと思った。
魔王を倒し世界中から尊敬を集めた勇者ヒンメルと、地域経済を牛耳る豪商に過ぎない夫では、比較の対象にさえならない。
いや、それ以前の問題だ。
(ヒンメルは、わたしとキスもしていないのに)
夫以外の男を知らないし、知りたくもない。だからセックスレスになっても我慢したのに。
夫とヒンメルを比較しようなどと、一度として思わなかったのに。
(そのわたしに対して、ヒンメルと会うな?)
妻である自分に、なんと失礼な。
フリーレンは、感情を抑えきれなくなった。
「そうだね。わたしもジョウに、
こういうのはフェルンが得意だったなと思いつつ、煽る。夫はなんて答えるのか知りたかった。
諦めて、受け入れるだろうか。自分の人生を全うしたから、次の男にお前を託すと。
それとも。それとも───?
「ひいっ」
果たしてジョウは、悲鳴を上げてのけぞった。
フリーレンは、口の端をつり上げる。
「ねえ、怖い?」
かつては自分を性的に支配し、ペットや人形のように弄んだこともある夫が、歯の根も合わないほどに怯えている。
「フリーレン……やめろ……」
「ひょっとしたら、相手はヒンメルの生まれ変わりかもしれないね。ジョウは十人だったけど、彼なら二十人産ませてくれ……」
「やめろ! そんなの、認めねえぞ!」
ジョウが金切り声で叫んだ。やせ細った体のどこから絞り出したのか、万力のような力を込めてフリーレンの手を握りしめる。目を血走らせて叫ぶ声は、若い頃に戻ったかのようだ。
骨がきしんで、フリーレンは歓喜に震えた。
(素敵だよ。ジョウはこうでなくちゃ)
夫の手を強く握り返し、ベッドから引っ張り上げて抱きしめる。
死のにおいが香った。
「じゃあ、少しだけ待っててあげようかな」
「フリー、レン?」
「生まれ変わって、わたしに会いに来て」
「フリーレン」
「百年だけだよ。百年だけ、わたしは他の誰とも交尾しない。その間に生まれ変わって、わたしに会いに来て」
「フリーレン! 俺の、フリーレ───」
「そうしたら、また精液をしぼり取ってあげる。わたしのお腹は、ジョウのために空けておくから。だから、ね?」
返事はなかった。
フリーレンは、夫の唇に口づける。
(さよなら)
だんだん体温が下がり、冷たくなっていく夫を看取ってから、フリーレンはナースコールを押した。
◆◆◆
「ひいばあ様は泣かないの。お葬式なのに」
「お前はどうして泣くの」
「辛いからに決まってるじゃん。ひいじい様のこと、ちゃんと知らないままお別れしちゃってさ」
「そう。なら、わたしが泣く必要は何もないかな」
「ちょ、泣いてるときにアタマ撫でんな……」
◆◇◆◇◆
勇者ヒンメルの死から二十八年後。
中央諸国。
「わたしはフリーレン。お前がシュタルク?」
「なんだよ、師匠の差し金か?」
オレオールを目指すフリーレンは、前衛となる戦士をスカウトするために村を訪れていた。
世界を渡る直前、かつての仲間である戦士アイゼンから名前を聞いていたシュタルクが、少年の姿で目の前にいる。
(やっぱり、この世界では時間が経ってない)
ならば、フリーレンが「チキュウ」や「ニホン」で過ごした五十年は幻だったのだろうか。
いや、そうではない証が、自分の隣にいる。
「フリーレン、そっちの
「わたしの弟子だよ。名前は───」
「おいっす、よろしく~☆」
「オイッスって名前?」
「は? ちげーし」
「ガラ悪いな、顔はフリーレンそっくりなのに」
「わたしの
「ひいばあ様より胸はおっきいよ──あいたっ」
「マジかよ」
ニホンから一緒に転移してきた、魔法使いの才能がある曾孫。彼女とシュタルクは、急速に仲良くなった。お互いに性的な興味を覚えているらしく、フリーレンの目を盗んで手を握ったり、野営の夜に木陰で抱き合ったりしている。
「二人とも、交尾はまだ早いからね」
「ひいばあ様、えっち過ぎ~」
「まだそこまでいってねえよエロババア!」
赤い顔で抗議してくるシュタルクを、フリーレンは鼻で笑った。まったく、投げキッスごときで赤面するマセガキの分際で。
「わたしは人妻だし、あと百年以内に子供を十人は産むつもりなんだよ。えっち? エロ? 当たり前じゃん」
両手を腰に着け、ぐっと胸を張って、フリーレンはむふーと威張る。
「いよいよ交尾する時は、わたしに教えを請うこと。あと───」
自分とジョウと、それからフェルンの血も受け継ぐ曾孫の、ほんのり赤い顔。
仲間の教えと強さを受け継ぐシュタルクの、真っ赤な顔。
フリーレンは、あえて冗談めかした口調で言ってやる。
「ふたりに赤ちゃんが生まれたら、名前は『ジョウ』なんてどうかな」
(後日談 死が二人を別つとも 了)
後日談まで読んでいただき、ありがとうございました。
お気に入り・感想・評価など、いつもありがとうございます。更新の大きな励みになっております。
勇者ヒンメルならそうする、との言葉をひっくり返すというコンセプトから、本作の構想は始まりました。最後まで書き切ることができて嬉しいです。
コンセプトを実現するために、今回は設定を保ったままの現代転移ものでした。次の作品では、現パロに挑戦をします。
天雨アコ「こ、こんな社長が支配するイヤらしい会社に、私はぜったい屈しない!」
https://syosetu.org/novel/338682/
原作は「ブルーアーカイブ」、メインヒロインは天雨アコとした、ダークでディストピアなマインドコントロールものです。
もしご趣味が合うようなら、ぜひご一読ください。