俺は2度目の人生を生きている。
セカンドライフ的な意味じゃない、物理的な意味でだ。
そんな俺でも、驚くことは数えきれないほどある。
2度目の人生を生きていても驚く時は驚く。
当たり前だ。同じ人生をループしている訳じゃないのだから、恐ろしい事態に遭遇すれば逃げたくなるし、嬉しい出来事があれば小躍りの一つもしたくなる。しないけど。
性癖が変わる訳じゃないから、1度目だろうと2度目だろうと、いい女を見れば目を惹かれる。
1度目の人生が波乱に満ちた激動の人生であったのであれば、多少のことでは狼狽えたりしないのかもしれないが、生憎と特筆する程のものではない。
変わっているとこといえば多少ドルオタで、最期はストーカーに殺されたくらいで、辺鄙な田舎の病院に勤めるちょっと顔がいいだけの産婦人科医でしかなかった。
だから、突飛な出来事にはまぁまぁ驚くし、狼狽えるし、途方にだって暮れる。
話が回りくどくなったが、要は人は何度人生を歩んでいようが、想定外の事態に出くわせば驚くということだ。
【セックスをしないと出られない部屋】
「セックスをしないと出られない部屋?…あ痛っ」
「声に出して読むな」
呆然としたルビーの頭に軽くチョップを下ろす。
年頃の娘が恥じらいもなく声に出すものじゃない。過剰に恥じらうのはわざとらしく鼻につくが、一方で、こういうワードを恥じらいもなく口にすることをもてはやす風潮もどうかと思う。特に妹はアイドルなのだから。大人気アイドルなのだから。俺の目の黒い内は下ネタ売りは許すつもりはない。
「こういうのってネットではたまに見かけたんだけどねぇ」
「WEBマンガで大喜利になってるやつね」
MEMと有馬も半ば現実味が無いのか、乾いた目で表示された文字を目で追う。
「やっぱり…何かの番組の撮影なのかな?」
一通り部屋の中を確認し終えた頃、いつの間にか隣に立っていたあかねが部屋の中を見回しながら腑に落ちないといった表情を浮かべる。
部屋は見たところ2LDK。LDKは20畳くらいはありそうで。2部屋も6〜8畳はあるのかもしれない。
件のイカれたタイトルはリビングの入り口に掲げられている電光掲示板に表示されているものだ。
いかにもなそれにあかねが撮影を疑う気持ちはわかる。
「その可能性はゼロじゃないが、おそらくそれはないな」
「どうしてそう思うの?」
あかねが首を傾げる。あざとい。一度アイをトレースして以来、あかねの中の一部にアイのキャラクターが刻み込まれたとはあかねの談だが、なるほど、あざといながらも可愛いと認めざるをえないのはアイを彷彿とさせる。
「とりあえず整理するぞ」
リビングのソファーに腰掛けると、自然と他の奴らもそれにならう。
それとなく表情を見るに、大なり小なり戸惑い、困惑、不安、疑問が表情には浮かんでおり、少なくともこの中の誰かがこの事態を引き起こしたというわけではなさそうだ。
「まず、皆はどこまで覚えてる?俺は、事務所でコーヒーを飲み終えたところだ。時間は確か15時30分くらいだったか」
「私はね、2個目のタルトを食べる前までは覚えてるよ〜あ、紅茶せっかく淹れたのに飲んでない!!」
「私はあんたに私の分のタルトをあげたのは覚えてるわね。アクアは何で時間まで覚えてたの?」
「私はタルトの写真をSNSに上げたの覚えてるね。あと、あかねと一緒に撮った自撮りも上げたかな」
「うん、それ覚えてる。MEMちょの口元に食べカス付いてたのもはっきり」
「ちょ!?言ってよあかね!!」
「え…てっきりわざとなのかなって…こうやってキャラ作りするんだなぁ、凄いなって」
「わざとじゃないよ〜」
「まぁ、アラサー女が口元に食べカス付けてても、食い方ヘタクソだなとしか思わないな」
「「「ああ〜」」」
「アラサーって言わないで!?みんなも納得しないでよ〜〜!!」
半泣きになるMEMは放っておくとして、概ね各自の記憶は一致している。
つまり、殆ど同じタイミングで俺達の意識が途切れている。
仮に睡眠薬を誰かが用いたとしても、こうまで一致することはない。
久々のオフだったあかねがデザートを手土産に遊びにやって来たのが、昼をいくらか過ぎた頃だ。
糖質を抜いていると言って有馬が自分の分のタルトをルビーに譲っていたのは俺は覚えている。
俺はルビーに2杯目の紅茶を淹れてやってから、自分の飲みかけていたコーヒーを飲み終え、読みかけの小説を読もうと思ったところだった。
時間を覚えていたのは、ルビーが2つ目のタルトをウキウキと手に取っているのを見て、夕食までの時間が気になったからだ。
「ここにいるのは、俺とあかね、それからB小町…まぁ、有馬は”元"だが。撮影だったら、俺たち5人のスケジュールを把握しておく必要がある。けれど、あかねが事務所に立ち寄ったのは予定にあったことだったか?」
「ううん」
あかねが首を振る。
そうだ、あかねが来るという連絡を受けたのは、当の俺たちですら来訪の30分くらい前のことだ。
たまたま、本来遊びに行く約束をしていたゆきの都合が合わなくなったから。
たまたま、あかねの好きなスイーツ店で季節のタルトが発売されていたから。
たまたま、種類が豊富だからと俺たちへの手土産にすることを思いついたから。
そんな偶然に合わせることなど不可能だ。
無論、これはあかねが番組サイドと通じていないという前提によるものだが。
「とりあえず、見てみた限り、撮影機材らしきしものは見あたらなかった」
「その辺は私もアクたんも結構念入りに見てみたから間違い無いと思うよ」
「電波も繋がらないね…」
ルビーがスマホに視線を落としながら、眉を寄せる。
「ていうか、この部屋おかしいわよやっぱり。セットじゃないの?」
「セットにしては作り込みが細かすぎるけど…でも、異常なのは確かだよね。窓が無いし、騒音の一つも聞こえないし。あと…一番おかしいのは」
あかねが口ごもった理由を誰もが察していた。
いや、ルビーはわかっていないかもしれない。首を傾げる姿はアホの子候だ。可愛いが。
【4】
「セックスをしなければ出られない部屋」との文言の他に、掲示板には「4」という数字が表示されている。
単位は何も表示されていない。
「4…4日?ここにいろってこと…だと良いんだけど?」
「だったら、条件を付ける必要がないだろ」
「じゃあ…」
その先を想像したのか、有馬の頬が赤く染まる。
つられるように、あかねとMEMまで顔を赤くする。
そして、
「4人ってこと!?」
「何で言っちゃうのよ!!4回かもしれないでしょ!!」
「4、4回って、先輩のエッチ!ムッツリ!!インラン!!!」
「アンタ大概にしておかないと往復ビンタするわよ!!!!
ようやく察しが付いて、紅葉のように顔を真っ赤にしたルビーの叫びに、有馬の悲痛な声が重なる。
あかねは顔を赤くしたまま「4回?そんな…でも、仕方ないのかな?4回…?」とブツブツと呟く。
「ダメだな。今日はこれ以上は話し合いにならんな」
「あははは…」
他の連中よりも早々に落ち着いた様子のMEMに年の功という言葉がよぎるが、口は災いの元なので飲み込むことにする。
やはりこのメンツのなかで頼りになりそうなのは、コイツしかいない。
「とりあえず、MEM」
「なぁにアクたん?」
「今夜、俺に付き合ってくれ」
「ヒョッ!?」
「「「!?」」」
しっちゃかめっちゃかになった。
口は災いの元だった。
アクたんの誤解を招きかねない一言は、途轍もない混乱を招いた。
「怪しいと思ってたのよ!今ガチの時も可愛いって言ってたし!」「私が炎上する前から仲良かったよね!そういうことだったの?」「B小町ってやっぱりお兄ちゃんの性癖コレクションだったんだ!お兄ちゃん不潔!せんせの浮気者!!」「色魔!」「女タラシ!」「年増好き!」
数々のアクたんへの罵声(最後の罵倒については寧ろ私に深く突き刺さったが)が止んだ後、アクたんは、懇切丁寧に、巧みな話術と美貌を駆使してルビー達を納得させていた。凄いけど、いつか愁嘆場からの刃傷沙汰に至らないかとヒヤヒヤする。
「ったく、予想外に時間が掛かった」
寝室のイスに腰掛けると、アクたんが疲労を吐き出すように深く溜め息を吐いた。私はベッドに腰掛けながら、できるだけ意識しないように声を張る。
「常々思うけどアクたんは私以上に年齢詐称しているよね」
女の子の扱い方がモテる18の男の子ではなく、散々女遊びして、酸いも甘いも噛み分けたアラサーかアラフォーの男の人のそれに見えるのだ。こう、若くてまだまだ世間慣れしていない女の子を誑かすのに慣れた大人のような。
「……まぁ、それは置いといて」
「あ、うん」
「改めて調べてみたが、隠しカメラの類は無かったな」
「誘拐とか…」
「ただの若者4…5人ならともかく、有名人5人を同時に拉致するなんて、リスクしかないな」
一瞬若者に私を含めるか詰まったことにはあえて触れない。
私も限りなく低い可能性として口にしたことだ。
「私はまだワンチャンドッキリだと思いたいけどね?何か昔あったよね、こういう番組。本当の意味でのドッキリ番組みたいな」
「電波的なアレか」
「何で知ってるの。やっぱり年齢詐称してるでしょ」
「基礎知識だ、基礎知識。だが、現在のコンプラ的には難しいだろうな。それこそ、今ガチの炎上どころじゃねーぞ」
SNSが無い頃、今よりもっとテレビの視聴者が多く、それ故に視聴率を至上のものとする信仰が業界全体に深く浸透していた頃には、出演者に一切の情報を与えず、拉致同然の手段で番組撮影に参加させる番組があった。
だが、それは最早過去の遺物と言っても過言ではない価値観だ。
「だよねー。それにああいうのって、新人か売れてない芸人がターゲットだしね」
「あとは、いくらでも身体を張ってくれる芸人とかな」
拉致でもテレビの性質の悪い仕掛けじゃなければ、これは最早オカルトだ。説明が付かない事態に巻き込まれたなんて思いたくない。
「で、アクたんが私を指名した理由をそろそろ聞いてもいいかな?」
アクたんから気持ち離れて腰掛けるのは、彼を信用していないからというわけではない。
信用していても、やはり落ち着かない。
年頃の男の子と同じ部屋にいるのは。
ましてや、この部屋には私が腰掛けるベッド一つ、大人2人が横になっても余裕があるダブルベッドが一つしかない。
「あんまり警戒しないでくれ。仕方がないとはいえ流石に傷つく」
そういって、寂しげに眉を寄せられるとグラッとくる。
毛並みの綺麗な猫を一方的にこちらが虐めてしまったような罪悪感と、庇護欲が同時に湧き上がる。
自分の顔が綺麗なことを自覚して、どうすれば女の子の感情をざわつかせられるかを無意識レベルで理解している男の子は性質が悪い。
「今夜はなにもするつもりはない。ただ、検証したいだけだ」
「検証?」
「あの入り口にある数値。この部屋の主旨を踏まえれば、アレは回数か人数だ」
4回か4人か、ということだろう。
散々あかね達が盛り上がってしまっていた数値。
「仮に回数とすれば、なにを以て数えるのか。だから、とりあえず寝室で一晩明かしてみることにした」
「もしカメラがリビングにあるとしたら、私とアクたんが同じ部屋で一晩を明かしたら、エッチをしたって判定されるかどうかってことだね」
アクたんは頷く。スマホに何かを打ち込んでる、おそらく記録をしているのだろう。アクたんはトライアンドエラーをしていくつもりなんだ。
「で、なにもしないにしても、やっぱりあいつ等だと落ち着かないだろう。だから、MEMにした」
「まぁね、私はお姉さんだし」
アクたんからの信頼を勝ち得ていることは悪い気はしない。
少し緊張感が解けたのを感じる。
「実際にすることになったら、こんな形で処女を失うあいつらが可哀想だしな」
「私は可哀想じゃないの!?」
「いや、だってお前…」
「う…」
そう言われてしまえば言葉に詰まる。
脳裏を過ぎるのはとある夜。
アクたんに余裕が無くて。
私は少し迂闊で。
仕方がなかったけれど、思わせぶりな行為からの合理的じゃ無い夜。
「ノーカンのつもりだったんだけどねぇ…」
「そりゃお互い様だ」
結局、熱くなった顔を両手で覆いながら、あかねとかなちゃんにありったけゴメンナサイを心で唱えながら一晩を過ごした。
一睡も出来なかった私はあかねとかなちゃんと、おまけにルビーに詰められた。
アクたんは普通に寝ていたのがムカついた。
7日間では終わりません。