MEMの妊娠が発覚して間も無く行われたB小町の東京ドームライブにて、MEMの引退が発表された。
事前に広報されていたものの、有馬かなの前例がある。
ファンの誰もが辞める辞める詐欺だと思っていた。
なるほど、今後のMEMちょはこういう売り方をするのかと唸るファンもいれば、B小町チャンネルで今後「もう!引退してやる!」が持ちネタと化していくのだろうと予想するものもいた。MEMちょが一番最後まで残留するパターンもあると想像する楽観的なファンもいた。
ツッコミの有馬かなに次ぐツッコミ待ちのMEM。
これは天丼だと誰もが思った。
その天丼にファンは完全に油断していた。
故の不意打ち。
「一度は諦めたアイドルの夢が叶って、それもB小町の一員として、とうとう東京ドームまで来れたのは、仲間達と応援してくれたファンのみんなのおかげです」
不意打ちであった。
「ずっと夢の中にいるような3年間でした。
本当に、本当にありがとうございました!!」
完全な不意打ちであった。
「ファンのみんな〜〜!これからも大好きだよぉぉ〜〜!!」
だがしかし、不意打ちだからこそ、喪失感への予感、下衆の勘繰り、八つ当たりじみた怒り、そんな感情を熟成させる前にMEMの満面の笑みと感謝の言葉、アイドル卒業への涙がファンの胸に真っ直ぐに突き刺さり、結果。
「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉメムちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」」」」」
嵐のような歓声。
今、このドームという選ばれしファンの集いの場において、この瞬間の推しのアイドルの感情の波に乗らなければ何の為のLIVEかとばかりに、ファンは感情を爆発させた。
推しのアイドルの卒業、その寂しくも一度限りの瞬間最大風速の盛り上がりに乗っかることにしたファン達の感情のうねり、爆発は最高潮と思われていたLIVEを更に一段押し上げることとなる。
そして、握ったファンのテンションの手綱を決して離さぬように、完全に掌握するべくサプライズは更に続く。
「お疲れ様、メム」
「とっても素敵だったよ、メムちゃん」
花束を持ってステージに現れたのは、事務所の仲間にして、嘗てのB小町の戦友有馬かな。
そして、良くも悪くも最も話題を呼び、波乱を巻き起こした恋愛リアリティーショーを共に乗り越えた親友黒川あかねであった。
有馬かなは無論、今ガチから見ていたファンはMEMちょと黒川あかねが友人であることも知っている。ネット配信に出ることなど滅多にない黒川あかねがMEMの個人チャンネルにゲストで度々出演していることは両者のファンであれば当然知っていることだ。
このサプライズにファンは沸き、変わらぬ友情に尊さを覚えていた。
「本当に卒業しちゃうのね。でも
「うん、少し寂しいけど、もう
「あははは、そうね……チッ」
「ダメだよかなちゃん。
「ありがとう、
「うふふふふ、そうだよ……ペッ」
ファン達は涙した。
MEMの卒業を惜しみつつも、その身体を労わる二人の友情に。
そしてファンは改めて恋をした。
その気持ちを笑顔で受け取るMEMの眩しいほどに輝く笑顔に。
「「卒業おめでとう、
「うん、ありがとう
抱きしめ合う三人の尊さにドームは感動の涙とシャワーのような拍手で溢れた。
また、ファンの心を打ったのはB小町センター星野ルビーの姿であった。
本当は誰よりも寂しく、姉のように慕うMEMの側に誰よりもいたいはずなのに、三人の友情の抱擁を見守るように、少しだけ離れた場所で、三人を見つめるルビーの笑顔に浮かぶ寂しさと、それを堪えて毅然としようとするセンターとしての責任感と誇りに、デビュー時期から彼女を応援していたファンは感動した。
ここ最近、急激に大人びて、色気すら出てきたルビー、一時期は恋人が出来たとの噂もあったが、どの週刊誌も一向に男の影は掴めず、出掛けるとしても兄の星野アクア以外いなかったせいで、やはりいつまでもファン全員にとっての妹のような存在であったルビーが見せた大人の女の笑みに、ファンは何度目になるかわからない恋に落ちたのだった。
「三人とも醜いなぁ〜…まぁ、そういう余裕の無さは同じ産道を通って、同じ籍に入ってる実質妻の私にはどうしてもわからないけど」
感動の涙(演技)を拭いながら、星野ルビーは三人の自称義姉達を優しい瞳で見つめていた。
大人の女へと変わりつつある少女達の友情と成長、そして旅立ちに、その日東京ドームは祝福の思いで一つになったのであった。
・
・
・
「ところでさ、MEMちょ」
「んー?どしたのルビー?」
大成功を収めた東京ドームLIVE後の苺プロの事務所で、シャワーを浴びてきたルビーが湯気の立つココアの入ったマグカップを両手で包み込むと、ふと尋ねた。
「最後の挨拶。大好きだよで良かったの?」
「あー…」
先にシャワーを終えて事務所のソファーで横になっていたMEMはルビーの言わんとしてることにすぐに気付いた。
「?ファンに感謝を言うのっておかしくないでしょ」
撮影の近い台本に目を通していた有馬はルビーの疑問がわからないようだった。
「ルビーが言いたいのは、『愛してるよ』じゃないのかってことだろ」
「そ、さすがおにいちゃん」
「確かに、ああいう時、アイドルの子って愛してるって言うイメージがあるね」
今日のLIVEにゲストで出る為に巻きで仕事を終えて翌日のオフも獲得したあかねは、ハーブティーをカップに注ぎながら納得したように頷く。
ハーブティーはゆきのオススメで、あかねも最近気に入っているものだ。
アイドルの定番「愛してる」ではなく、「大好きだよ」と言ったMEMの言葉のことを言っているのだ。
四人の視線が自分に集まっているのが少し気恥ずかしいのか、MEMは困ったように笑う。
「あははは、改めて聞かれると恥ずかしいねぇ」
「そんな恥ずかしいことなのか?」
アクアがMEMの少し湿り気の残る髪を撫でる。
有馬とあかねの眉間に皺が寄る。
綺麗な白く滑らかな眉間に、ぴしりと皺が寄ってしまうのは折角の美人が台無しであるが、彼女達の心情を思えば無理も無い話である。
彼女達にとっても恋人にあたるアクアは、今現在MEMを膝枕し、その髪を撫でているからだ。
妊娠初期とはいえ、LIVEを終えた身体を誰よりも、当人のMEM自身よりも気遣っているアクアは、疲労を押して動画の編集作業をしようとしていたMEMを休ませるべく、MEMを抱き寄せて膝枕しているのだ。
MEMの妊娠が発覚してから、妹のルビーよりも過保護に接するようになったアクアに、頭ではわかるものの感情では納得しきれないあかねと有馬は、少しばかり不機嫌であった。
膝枕よりも、深い行為もしている、何度となく身体も重ねているのだが、甘いスキンシップは性行為とは別腹なのである。
「えっへへへ〜…あのね、私も最初は愛してる〜って言うつもりだったんだぁ。ファンのみんな、愛してるよぉ〜って、やっぱりアイドルならそれが定番だし、アイドルになる夢を持ってた時に自分の卒業LIVEのことだって何度も想像してたし。でもねぇ」
MEMの手が、自分の髪を撫でるアクアの手に重なる。
「言おうとしたらアクたんの顔が浮かんできちゃったんだ。それでもうね、わかっちゃった。私の愛してるはたくさんのファンのものじゃなくて、アクたんのものだって。アクたんだけじゃないかな。アクたんと、生まれてくるこの子だけのものだって…そう思ったら気付けば大好きって言い換えてた。アイドル失格だねぇ」
耳まで真っ赤にして、恋を知ったばかりの少女のようにあどけないMEMの笑顔に、アクアの頬が薄紅色に染まる。
ルビーや有馬、あかね、そしてMEMのおかげで自分に向けられる好意を、真っ直ぐに受け取ることを覚えたアクアだが、ようやく受け取ることを覚えただけで未だに慣れてはいなかった。
「いいんじゃねぇの…?」
「んん〜?ドルオタのアクたん的にはいいのかな?」
「もう、卒業したんだから…それで…てか、わかってて言ってるだろ」
「アクたん照れてる〜可愛いなぁ〜そっかぁ、アクたんはお姉さんの愛情を独り占めしたいんだぁ〜」
「うるさいな。そうだよ、悪いかよ ──── 」
「ちょっ、不意打ちの名前呼びはズルいよぉ!」
お互いに顔を赤くしながらじゃれ合う二人をドロリとした嫉妬の眼差しで見つめながら、あかねと有馬は脳内で自分達のスケジュールを洗い出していた。
来年いっぱい詰まったスケジュール、あかねに至っては三年先まで撮影の予定が詰まっている。
(( 私も早くアクアくん/あーくんの赤ちゃん欲しいなぁ…… ))
女優として引っ張りだこの現状そのものは喜ばしいものの、当分叶わない夢に、奇しくも有馬とあかねの二人は同時に溜息を零し、二人の溜息の意味を察しているルビーはココアを啜りながら、自分も後で膝枕をしてもらおうと妹の特権をフル活用する気でいた。